まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第205話 北へ

第二帝都東京の周辺は、もともと住宅街だったため多くの建物が立ち並んでいる。しかし、それは過去の事。現在は、無人のゴーストタウンとなっている。住人たちは、軍により有無を言わせずに追い出されたという。

 

誰一人いない静まり返った街ではあるけれど、警戒を怠ってはいけない。

どこに敵が隠れているかもしれないのっだから。叢雲は周囲を警戒しながら、一軒の住居へ進入する。鍵はかかってない、

さっきまで人が住んでいたかのような内部を見て、いかに住人たちが着の身着のままで出て行ったのかが理解できた。

 

艦娘のためということで、誰も逆らうことができなかったのだろうか。

艦娘は、暗闇でもそれほど視界は確保できるから、行動には支障が無い。けれど、雨戸を締め切られた室内には、外の月明かりさえ入ってこない状況。完全なる闇の中ではその力も低減するのか、やはり、薄暗く感じてしまう。

当たり前だけれど電気は止められているから、そちらも諦めるしか無い。もっとも、仮に通電していても、使うのはリスクが高すぎるけれども。

 

家の中を探し回り、救急箱と布製のガムテープ、そして、洋服ダンスから適当な衣類を手に入れることができた事は幸運だった。

かつて、この家には年頃の女の子が住んでいたらしく、服もスニーカー、キャップも丁度いいサイズのものが手に入った。長期間放置されていたせいか、黴臭く埃っぽいけれど仕方がない。服のセンスが自分好みじゃないけれど、現状、贅沢を言える立場じゃないし。着替えれば少しは追っ手の目を誤魔化せるだろうから。

 

「少しダサい色合いだしデザインだけど、我慢するしかないわね」

誰に言い訳するでもなく、一人呟いた。

 

服を脱ぎ、タオルで血を拭う。水道も出ないから、体を洗うことはできない。消毒もしないとまずいと思うけれど、救急箱からも室内からもそんなものは見つけられなかったので諦めた。

傷口を探りながら、綺麗そうなハンカチを当てる。そこを布ガムテープで体をグルグル巻きにして、厳重に止血した。これがどの程度の効果があるかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。

 

幸運なことに、救急箱の中から鎮痛剤を見つけた。消費期限は切れているけれど、気になんてしていられない。規定量よりも多くの薬剤を水なしで無理やり飲み込む。残りもポケットに押し込んだ。

 

そして、キャップを被る前に、部屋で見つけたハサミを使い、自らの長い髪をばっさりと、うなじ辺りから切った。

切る寸前、「叢雲、お前の髪はいつもサラサラしてて綺麗だよなあ」そう褒めてくれた提督の笑顔を思い出し、一瞬だけだけど躊躇してしまった。

 

……仕方ないもん。

 

長い髪は動くのに邪魔だし、こんな髪の色のロングヘアはどうしても目立ってしまう。すぐに叢雲だと判別されてしまうだろう。

見つからないように、逃げきるためには仕方ないのだから。切った髪は、やがて伸びるのだから。

 

きっと。

 

床に落ちた長い髪を見て、何故だか突然、目頭が熱くなり、勝手に涙がこぼれ落ちて止まらなくなった。

 

「提督、辛いよ」

思わず弱音が口を突く。しばらく蹲って震えていた。

 

それでも前に進まなければならない。ここでへこたれるわけにはいかない。

身につけた服は地味で、誰が見ても艦娘とは思わないだろう。少しは偽装効果があるだろう。そうあってほしい。

 

帽子を深く被り、スニーカーの紐をきつめに締めると、再び外へと飛び出した。

 

鎮痛剤の効果が出ているのか、さっきよりは少しはマシになった気がする。痛みも我慢できる程度まで落ち着いている。

 

それでも腰のあたりがジンジンと痺れている。その範囲が次第に広がっているように思える。けれど泣き言なんて言ってられない。

 

一体どれだけの時間を歩き続けただろうか。負傷した体では、目的地までなかなかたどり着けなかったけれど、その目的の建物の姿が見えて来たので、ホッとする。

 

かつて、東京貨物ターミナル駅という名称だった場所。

 

深海棲艦侵攻後も貨物輸送の中心として使われている場所だ。各地よりここへ、ここより各地へ荷物が運ばれている。運営は陸軍が行なっている。

 

陸軍と艦娘はあまり良好な関係ではないと聞いていたから、警備にも綻びか出ると踏んで、ここに来たのだ。連携はうまくいってないだろうから、叢雲の事も伝わってない可能性だってある。

 

もちろん、この駅から舞鶴への一般物資輸送の列車も出ていることは知っていた。そこに潜り込めばなんとかなると考えたのだ。

 

しかし、近づいてみて気づいた。すでに海軍のものらしい車両と複数の兵士達がすでに配置されていた。本来警備に当たっている陸軍の兵士達が施設の中から、恨めしそうな目で睨んでいる。色々やりとりはあったのだろうけど、ねじ込んだようだ。

 

叢雲が冷泉の元へと行こうとするのを予測しての配置なのだろう。叢雲は、施設を遠巻きに迂回しながら、様子を伺う。するとあっけないほど簡単に警備の穴を見つけた。

海軍兵士は舞鶴方向を意識し過ぎてか、北方面行きの列車には、海軍兵の姿がほとんど配置していないのだ。わずかな海軍兵士は、陸軍兵士の無言の圧力で隅っこに押しやられ、何もできないといっていい。

 

物資輸送の警備は軍施設と比べれば、非常に警備が甘い。速やかに決断した叢雲は、闇と物陰を利用しながら、目的の貨物列車に接近していく。

 

北行きの列車。

 

列車の最終目的地は、大湊警備府だ。

舞鶴行きの警備の厳しさでは、とてもじゃないが、舞鶴にはたどり着けないだろう。固執している場合じゃない。むしろ、この状況は僥倖だったのかもしれない。そもそも、たどり着いたところで、提督がどこにいるかさえわからないのだ。徒労に終わる可能性が高い。三笠は叢雲が舞鶴に行くと予想して、警備対象を西方面に集中させたのだろう。その裏をつくことができるのだ。

 

今、大湊には舞鶴の仲間達がいる、大湊を目指すのだ。

もう長波も戻っているだろう。彼女に本当のことを伝え、後を託したい。嫌な別れ方をしたかれ、謝りたい。いろんな思いが錯綜する。

 

貨物車のコンテナ扉は、外から施錠されていて入ることはできない。全てを調べれば無施錠のものもあるかもしれないけれど、もうそんな時間も体力もない。コンテナの凹みを利用し屋根へと移動する。そして、へたりこむようにうつ伏せになる。どの程度の速度で走るかはわからないけれど、コンテナの上部は思ったより平坦部が多いこと、凹みや作業用なのかはわからないけれど取っ手のようなものがいくつもあり、何かあったときにも体をささえられそうだ。ここにいてもなんとかなる。

 

列車は電車ではなく、どこの博物館から持って来たのか蒸気機関車である。それにいくつもの貨物車両が連結されている。機関部に対して貨物車両が多いように見える。どう考えても大した速度は出せない。

 

出発するまでは辺りを警戒しなければならないけれど、そんな気力もすでになかった。とにかく横になって、体を休めていたいのだ。小康状態となっているのか、痛みはそれほどない。全身が痺れたような感覚があるだけだ。薬の影響かとにかく、眠くて仕方がない。

 

コンテナは冷たいが、横になっていることで随分と楽だ。大丈夫、見つかりっこない。うまく下からは死角に入っているようで、何事もなければ大丈夫なはずだ。

北の方角は、どうも雲が濃いようだ。雨が降るのだろうか? 雨に濡れるのは嫌だな……。そんなことも考えたりする。

 

やがて汽笛を鳴らし、ノロノロとした動きで列車は動き出す。それに安心したのか、叢雲は意識が遠のいていった。

 

 

―――夢を見た。

それは、全く見に覚えの無い記憶。

 

そこは舞鶴鎮守府でもなく、第二帝都東京でさえない。まるで記憶に無い場所。小さな部屋。そして叢雲まだ幼く、自分が艦娘になる前の記憶というのだろうか?

 

そこには、優しく微笑みかけてくれる夫婦らしい男女がいた。そして、叢雲よりも小さいの男の子がいた。弟なのだろうか? 彼らが親しげに話しかけてくる。肝心の内容は、まるでノイズがかかったように聞こえない。けれど、とても楽しい雰囲気であることだけは理解できた。

一体、彼らと自分はどういう関係なのだろう。状況を見たら、仲のいい親子にしか見えないけれど。

 

突然、場面が暗転する。複数の兵士たちが部屋になだれ込み、怒鳴り声を上げて必死に抵抗する父を銃床で力任せに殴り、床に倒れこんで動かなくなる。叢雲の前に立ちはだかる母親を蹴り飛ばし、無理やり引き離なす。必死に縋りつく母親を容赦なく殴り飛ばす兵士達。叢雲は、何が何か分からないうちに、泣きわめく叢雲は家から引きずり出され、黒塗りのワゴン車に押し込まれて連れ去られたのだ。

追いすがる母親と弟の姿が車の窓越しに見える。何かを必死に叫ぶが、叢雲に聞こえなかった。

 

悲鳴のような声を上げて、叢雲は目を覚ます。まるで現実に見たことのようにリアルな感覚で恐ろしかった。すぐに夢だと気づいたけれど、鼓動の高鳴りが収まらない。全身に汗をかいている。あまりに怖い体験だったけれど、それが自分のことだったのか判断できない。そんな記憶なんてないのだから。

けれど、ただ悲しかった。

 

どうして、こんな夢を見たんだろう。

 

わからない。これは、なんの記憶なのか? 誰の記憶なのか?

全然知らない場所、知らない人々。他人の記憶を埋め込まれなのだろうか? それにしては、あまりにもリアルで、肌の感覚や息遣いまで伝わって来そうだった。そして、心の何処かで記憶を肯定する自分がいた。

 

「どうも時間は、そんなに残されていないってことね」

少し諦めたように、ため息をついた。記憶が混濁し、現実と妄想の境界が曖昧になっているのだろう。死という終焉が間近に迫っていることをリアルに感じてしまう。

怪我の影響か分からないけれど、ずっと頭がボーっとしているような気がする。いろいろと考えなきゃ、集中しなきゃいけないのに、つい他の事に意識が向いてしまう。

 

もうダメなのかな。……そんな弱気が出てしまう。

 

けれど、泣いたりなんてしない。諦めたりしない。自分の任務を全うする、絶対に。それが艦娘なのだから。

 

ぽつぽつと体に雨粒が当たるのを感じた。―――雨が降ってきたのか。雨が強くなってくると、嫌だな。

漠然とそんなことを考える。北はまだまだ寒い。そんな中、雨に濡れるのは嫌だし、体の芯から凍えてしまいそうだ。

 

唐突に汽笛が鳴り響く。そして列車が速度を落とし始めたのを感じた。

何事かと思い、体を起こして前方を見る。

 

「なんてこと……」

思わず声に出してしまう。

 

はるか前方に駅舎が見えていたのだ。一体どれくらい眠ってしまったのだろうか。辺りを見ると確かに空は白んできている。もう大湊に到着しようとしているというのか。

 

瞬間的に視力を高める。視界が一気に拡大される。思わず舌打ちをしてしまう。駅舎に兵士達が集まっているのを確認したのだ。ただの通常警備とは思えない数の車両がいるのも見えた。照明車まで出てきている。

どう考えても、叢雲が大湊に向かっていることを把握されたとしか思えない。

このまま列車に乗ったままでは、敵の真っ只中に突っ込むことになる。怪我の状況から、包囲網を突破することなど不可能。とはいえ、列車はスピードを落としつつあるとはいえ、まだ数十キロの速度が出ている。飛び降りるにしても場所を選んでいかないと危険すぎる。しかし、前方を見ても、すでにレールの両側には建物や設備が並び立つ状態で、飛び降りるに適当な場所なんて見当たらない。おまけに場所やタイミングを計りつつ様子をみるような時間も無い。しかし、このままだと敵に発見されてしまう。

見つかれば、逃げ切れるような体の状態じゃない。

 

「だったら! 」

考える時間など無かった。

叢雲は、列車から飛んだ。運任せだったけれど、決して無鉄砲に飛んだわけではもちろんない。設備や建物、舗装状況を把握しつつ、落下速度と方向を計算して、危険を最大限避けたつもりだ。

たぶん、これくらいの速度なら、うまく受身を取りつつ着地できる……はず。

 

しかし、飛んで最初に地面に右足をつけた瞬間、落下速度を受け止めるほどの脚力がすでに無かったことを思い知らされる。

 

踏ん張りきれずに倒れそうになる。必死で左足を踏み出し踏ん張ろうとするが無理だった。体を支えきれない! 思わず悲鳴が出てしまう。そのままバランスを崩して転倒した。それでも体を丸めながら受身を取ろうとする。硬い地面に体を打ち付け、全身が悲鳴を上げる。どうしようも無かった。慣性のまま、翻弄されるようにして叢雲は転がり、建物の塀に激しく打つかって停止した。

 

一瞬、意識が飛んだ。

 

気がついた叢雲は起き上がろうとするが、体がまるで自分のものじゃないように体の動きが緩慢だ。それでも必死に立ち上がろうとする。ぬめりとした液体が左目に入り込んで視界を遮る。震えながら左袖でぬぐうと、それが真っ赤な血であることが分かる。

 

「……こんな怪我、どうってことないわ」

声に出すことで自分を励まそうとする。

壁を支えにしながら立ち上がろうとする。よろけそうになり、左足で踏ん張ろうとして激痛が走った。見て驚いた。左足が妙な方向に曲がっていて、思考に着いてこなかったのだ。

 

叢雲は、再び転倒した。

現実を、折れ曲がった左足を認識したせいか、遅れて激痛がやってくる。

歯を食いしばって必死に痛みを堪える。鎮痛剤も切れてしまったか。

「こ、こんな時に」

状況はどんどんと悪くなっていることだけは、知りたくもないのに分かってくる。体を強く打ったせいで止血したはずの場所が再出血を始めているみたいだ。

 

もう……立ち上がることはできそうもない。

けれど、こんな線路沿いでじっとしているわけには行かないのだ。敵に見つかってしまう。歩けないのなら、這ってでも行くしかない。とにかくここから離れないと。

 

叢雲は立ち上がる。左足はもう使い物にならない。ならないなら、他の部分を使えばいいんだ。動かせる両手と右足を必死に使い、痛みに堪えながらノロノロと歩き始める。

 

雨は次第に強くなり、叢雲の体を冷たく濡らして体力を奪っていく。ただでさえ弱り切った身体を責め苛む。それだけではなく、冷たさがじわりじわりと体力を奪っていく。それどころか、気力さえも。

 

突然、咳き込む。激しく何度も何度も咳き込む。その反動でバランスを崩して、叢雲は倒れてしまう。

咳き込んだ時に口を押さえた右手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。自分が吐血したことを知る。

 

残された時間は少ないっていうのに! こんなところでモタモタなんてしてられないのに。どうしてなの!

気ばかり急くのに、体が自由にならない。それでも、叢雲は必死に立ち上がろうとする。刹那、凄まじいほどの目眩に襲われ、へたり込んでしまう。全身に力が入らない。力が入らない。体の制御ができない。視界がぐるぐる回り、気持ち悪くなる。

 

呼吸は、荒く絶え絶えになる。空気を求めて必死になって呼吸を繰り返す。目を閉じて体の力を抜く。すると、少しだけ楽になってくれた。

 

少しだけ、休もう。無理して動くより、少し休んで体調を、整えよう。

それは、自分を説得するかのようだ。

 

でも、少しだけ休ませて。そうしたら、きっと頑張れる……と思う。

 

深呼吸を続けながら、冷泉提督の顔を思い浮かべる。

客観的に見たら、大して魅力のない外見。なんであんなヤツを好きになったんだろう? 面食いだったはずなのに……。そんな事を考えているうちに心が穏やかな感じになる。提督の事を想ったら、痛みが次第に薄れていく。何故だか、幸せな気持ちになれる。

 

「……提督」

そのまま、叢雲の意識は、遠のいていった。

 

 

 

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