まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第211話 恐れ

夜―――。

 

どういうわけか、長波は山城に捕まって延々と愚痴を聞かされ困惑していたが、陸奥が事態に気づいて解放してくれた。ちょうど夜はここを訪れていた野党議員グループとの意見交換会が予定されていて、陸奥と山城も鑑娘を代表して出席しなければならなかったらしい。

 

解放されると、大きなため息をついてしまう。

話が話だけに拒否もしづらく、精神的にも応えた。悪い人じゃないんだけれど、山城は普通に話してもネガティブ要素が多く感じられるから、体力の消耗が激しい。

そうこうしているうち、榛名に相談する機会を逸してしまったわけである。

 

みんなはすでに夕食を終え、宿舎に帰ってしまっている。長波は一人ぽっちで、食堂で食事を取るはめになった。

大湊軽微府の食事は、舞鶴よりも美味しい。財政的な理由もあるのかもしれないけれど、品数も多いし、良質の素材を使っているようだ。だから、舞鶴から来た鑑娘達は、ここでの食事を楽しみにしている。長波もそうだった。けれど、今のこの精神状態では何の味もしない。けれど栄養管理もきちっとされているため、食べない事があったら、すぐに報告されてしまう。残したり、ましては食べなかったりしたら大変だ。無理矢理嚥下して、完食する。

 

「はあ。今日は仕方ないわ。宿舎に帰ろう……」

そんな事を呟きながら食堂を出ると、一人どこかに向かって歩いている山城の後ろ姿を見つけたのだった。

 

今日は野党議員との意見交換が予定されているために、戦艦である陸奥と山城も同席していたはずだ。もう意見交換会は終わったのだろうか? たぶん、最初だけ顔出しして、適当なところで抜けてきたのだろう。秘書鑑の陸奥は最後まで残っているんだろうけれど。けれど向かう方角は宿舎じゃない。ドックにでも行くのだろうかな、はて……? けれど、確か彼女はしばらく出撃は無いはずだから、鑑のチェックとかも無いはずだ。それにドックの方角とも違うし。

……一体どこに行くのだろう。そう思い、何となく後を付ける。

 

彼女はまるで周囲に気をつけるでもなく、少し早足で進んでいく。

 

彼女が向かった先は、大湊警備府の敷地の外れにある、平屋の宿舎がいくつか並んだエリアだった。

海が見えて昼間は景色がいいのだろう。確か、幹部職員用に造られた宿舎がこの辺にあると聞いていた。恐らくそれなんだろう。とはいえ、鎮守府施設からずいぶんと離れているし不便なため、入居者はいなくなって久しいとか。取り壊しが予定されていると言っていたな。ライフラインは停止されているのか、外灯すら点灯していない。人間であれば月明かりだけが頼りなのだろうけど、鑑娘にとっては暗闇は暗闇ではない。

 

そして、山城は迷うことなく、一つの建物へと進んでいった。一戸だけ明かりが漏れているから、迷う事なんてないのだろうけど。わざと灯りとともして場所を示しているのかな。初めから鍵が掛かっていないのか、あっさりと出入り口の扉が開き、中へと入っていく。

長波も周囲を警戒しつつあたりを見渡す。平屋宿舎であるため、山城の後をついて行くわけにもいかない。体をかがめて壁際を警戒しながら移動する。灯りのともった窓の近くまで近づくと声が聞こえてきた。しゃがんでいるとはいえ、部屋から漏れるあかりで誰かに見つかるかもしれないな……そんなことを考えるが、見つかったら見つかった時だ。……と開き直った。別に悪いことをしているんじゃないしと自分を説得する。

 

しかし、こんなところで山城は誰と会うのだろうか。まるで人目を避けているようにしかみえないけれど。わざわざこんな場所で話す事があるのだろうか? 全く想像もできない。

建物からはドアの開け閉めや歩く音が聞こえてくる。窓から覗けば誰がいるかわかるんだろうけど、向こうにも見つかってしまうだろう。誰と何を話すつもりかは知らないけれど、様子を見た方がいいと判断する。

 

今日は、波音さえ聞こえないほど静かな夜だ。かすかな音さえ聞き漏らしそうもないくらいに―――。そして、声が聞こえてくる。

 

「一体、こんな時間にこんな場所に呼び出すなんて、どういうことなのですか」

少し警戒したような声で山城が問いかける。

 

「そんなに警戒しないでください。まずは、座ってくつろいで下さい。わざわざ掃除させて整えた部屋なんですから。お茶でも出しましょうか? ……私、金剛姉様に教えてもらって、お茶の入れ方は知ってるんですよ」

え? と一瞬驚いてしまった。声の主は、普段とは違った感じだけれど、榛名であることは間違いない。

何で彼女が山城を呼び出したのだろう。意味がわからない。姉のことについて、しつこいくらいにつきまとわれていたというのに。全て話した、これ以上話すことはもう無いと言い切っていたはずだけれど。

 

少し間があり、カチャカチャという陶器がこすれるような音が聞こえる。榛名がお茶でも出しているのだろうか。

 

「ありがとうございます」

と山城。

「榛名さん、私を呼び出した要件を教えて下さい。姉様の事はもう何も言うことは無いと言ってましたよね。じゃあ一体、私に何を話すことがあるのですか」

そうは言いつつも、こんな場所に呼び出したのだから、何かもっと大事な事を教えてくれるのではないかとの期待感を持ったような声だ。確かに、そうでなければ、夜中にこんな場所に用件も告げられずに呼び出されて、ほいほいと出てくるわけがない。

 

「山城さん、……私はあなたに隠していた事があるのです。言い出したくても言い出せなかった。みんなの前では言えなかったんです」

思い詰めたような声が聞こえてくる。

「……私は、あなたに嘘をついていました。もうこれ以上嘘をつき続けることに耐えられません。だから、あなたにだけは真実をお伝えしたかったのです」

 

「そ、それは、一体何のことなんですか? ……まさか、まさか姉様の事なんですか? 私をこんなところに呼び出すくらいだから、そうなんですね! 」

感情を押さえようとしても押さえきれないのだろう。山城の声が大きくなる。

 

「山城さん、私はあなたのお姉様である扶桑さんが急に態度を豹変させ襲いかかってきたからやむを得ず反撃した……そうお伝えしましたよね」

 

「ええ、聞きました。けれども、優しい姉様が仲間である感娘にそんなことをするはずがないと、私は今でも信じているのです」

その評価は正しい……否、正しかったというべきだ。長波は冷静に思考する。

 

舞鶴での付き合いから、確かに扶桑が鑑娘を攻撃なんてすることは、想像さえできなかった。けれど、それは彼女の一面しか見ていなかっただけだったのだ。彼女は舞鶴鎮守府の仲間を裏切り、永末という男の元へと走ったのだ。しかも、何人もの仲間を引き連れて。そして、彼女は永末に命じられるまま長波たちに戦いを挑み、多くの仲間を傷つけた。そして……それどころか、仲間であるはずの不知火を自らの手で殺めたのだ。

 

優しい……?。なんと盲目的すぎる思考だ。あれだけのことをして、……何が優しいだ。ふざけるな! 事実をねじ曲げるにも程がある。長波は口に出しそうになる。

 

「あれは、嘘です。……ごめんなさい」

あっさりと榛名は告げた。

 

「は? な、なんですって! 」

驚いた声を上げる山城。

「い、一体、どういうことなんですか、どういうことなんですか」

 

「扶桑さんが私を攻撃してきたというのは、嘘だったんです。攻撃したのは、本当は私なのです。そして……私が、扶桑さんを殺したのです」

辛そうな声が聞こえてくる。

 

「な……なんでそんなことになるんですか? 何で? どうして、あなたが姉様を殺すんですか! 何のために? ……事と次第によっては」

必死になって感情を抑えようとしている山城。見えなくても手に取るように状況がわかってしまう。長波だって動揺を抑えられない。告白に言葉を失っている。

 

「私が扶桑さんを殺した理由ですか。……それは、提督のご命令だったからです」

 

「な! 」

慌てて口を覆う長波。同時に悲鳴のような声がした。それは山城の声だったのだろうか。おかげで長波の存在を知られずにすんだけれど。

 

「何ですって! 冷泉提督が、あなたに姉様を殺すように命令したっていうの。何で、そんなことになるの」

 

「ごめんなさいごめんなさい。私、私……どうしようもなかったんです」

謝罪する榛名の声は、涙声になっている。必死に謝罪しているのだろうか。

 

「命令だから……なの。だったら、教えて。姉様は、どうして殺されなければならなかったんの? みんなを裏切ったのは事実よ。けれど、罪を償おうと投降してきたのよ。姉さまは無抵抗だったのに、どうして冷泉提督は、そんな命令をしなければならないの? 冷泉提督は、どうして、そんな命令をしたっていうの」

その声は大きく感情的になり、普段のおっとりとした山城とは思えない。

 

「それは……」

榛名は言いよどんでしまう。

 

「はっきりして! だから、こんなところに呼んだんでしょう? 全てを話して下さい。いえ、話なさいよ。どんな事であろうとも受け入れるから。私は、本当の事を聞きたいの。あの時何があったのか、どうして、あんな事になったのかを教えてほしいの」

きっぱりとした声で山城が断言する。

 

「わ、わかりました。何もかも話すつもりで山城さんを呼んだのに、私が尻込みしていちゃだめですよね」

大きく深呼吸をする気配がこちらにも伝わってきた。

「……提督は、扶桑さんからの投降の連絡があった時、すぐに私をお呼びになりました。そして、こう言われました。「あの裏切り者が今更、投降を申し出てきた。お前ならどうするべきだと思うか」と。私は、これ以上の戦いを終わらせたかったですし、扶桑さんが戻ってきたのなら、他の鑑娘の居場所もわかるはず。彼女たちを救い出すチャンスだと思いました。それだけではありません。敵の兵力や本拠地の情報だって手に入ります。ですから、すぐにでも助けに行きましょう。追っ手が彼女を襲うかもしれません。今すぐにでも艦隊編制を行い、彼女を救出に向かうべきです と。提督も同じ考えだと思いましたから」

確かにそうだ。裏切り者の扶桑が投降を申し出たということは、罪の意識に耐えきれなくなったというのもあるだろうけど、恐らくは作戦の失敗により向こうの勢力の中で何かあり、扶桑の居場所が無くなった事も要因の一つだったはずだ。舞鶴を裏切り、次は永末勢力を裏切る。まるでコウモリのようではあるけれど、彼女を拿捕することで敵の勢力の全容がわかることになる。そして、敵の拠点の情報も得られる。経緯はともかく、それだけでも十分な意味がある。敵も当然それを阻止するために、兵力を差し向けるはずだ。扶桑達と戦闘に参加した鑑娘達は損傷が激しいから、作戦には迎えないだろう。ならば、他の鑑娘を差し向けるしかない。もたもたしている時間は少ないと考えても間違いではない。

 

「けれど、提督はこうおっしゃいました。「あの女は、あろうことか俺を裏切った。あんなにいろいろと面倒みてやったっていうのに、この俺の優しさを踏みにじった。そんな奴を許すことはできない、絶対に」……と。私は必死に提督を説得しようとしました。裏切りは重大な罪である事は当然ですが、今は感情に流されず、彼女の持つ情報を得ることを優先させたほうがいいと。敵の情報を得ることがどれほど舞鶴にとって有益であるかを訴えました。けれど、まるで彼は聞く耳を持ちませんでした」

 

「どうしてそんなに頑ななの? 冷泉提督と言えば、類まれな有能な指揮官と姉さまからも聞いていたのに」

 

「提督は、もし扶桑を捕らえたら、取調は俺たちではなく憲兵が行うことになるだろう。そうなったら、確かに永末達の情報は入るかもしれないけれど、他の聞かれたくもない情報も漏れるからな……と仰いました。意味がわからなかったので、思わず問い返してしまった私を……彼は力任せに殴りました。馬乗りになって何度も何度も」

その時の事を思い出したのか、声が上ずっている。

長波だってショックだ。事実であるならば、あの提督が暴力をふるうことなんて想像もできなかったからだ。そして、榛名の話しぶりからすると、日常的に暴力を振るう対象の艦娘がいたことにも驚く。

 

「大丈夫? 榛名さん」

どうやら山城に介抱されているようだ。時々咳や嗚咽が聞こえる。

 

「ご、ごめんなさい、動揺してしまって」

 

「大丈夫よ。落ち着いて話してくれればいいから」

さっきまで感情的だった山城も、取り乱した榛名を見たせいか、落ち着きを取り戻している。

「どうして、冷泉提督は姉様を殺そうとしたの」

 

「提督は私を見下ろしながら、笑っていました。そして、私を見下ろしながら仰いました。扶桑を捕らえるのは、俺だって反対じゃない。あいつを尋問すれば、ここから抜け出した奴や裏切り者の詳細がわかるからな。そして、奴らの本拠地、もしかしたら目的だってわかるかもしれない。それはプラスだ。けれどなあ、扶桑は捕らえられたら命が無いことくらいわかっていて、投降してきているんだぞ。ってことは、全てを話すつもりなんだろうな。余計なこともまで喋るかもしれない。自分の罪を少しでも軽くするために、ペラペラと余計なことを話しやがるはずだ。それは困るじゃないか」と」

 

「は? 意味がわかりません」

 

「でしょうね。私も提督に問わずにはいられませんでした。けれど、彼はあっさりと答えてくれました。確保した鑑娘の取調は、舞鶴鎮守府ではなく、恐らくは憲兵部が行うと予想されました。そうなると、提督が舞鶴鎮守府で隠れて行っていた数々の事を話す危険があったのです。命を投げ出す程の覚悟で投降した扶桑さんです。ありとあらゆることを話すでしょう。全ての膿を出し切る覚悟での投降だと提督は考えていたようです。扶桑さんに裏切られたことへの怒りもあるでしょうけれど、秘密を暴露されることを恐れているようでした」

 

「喋られては困る事って、一体なんなの? 」

 

「私は全てを知るわけではないので、詳しくはわかりません。けれども、少なくとも物資の横流しや横領で私腹を肥やしているといったことは私でも知っています。それ以外にも影では様々な良からぬ団体との繋がりを持っていたようです。提督が、そのネットワークを使い、何かを企てていた事は間違いないでしょう」

 

「司令官という立場を利用して、影で悪事を働いていたっていうことですか。……あなたはそれを見過ごしていたというのですか? 他の鑑娘達は気付けなかったんですか」

 

「他の鑑娘達の前では、そういった邪な部分は一切見せませんでした。ごく一部の、私のような自らの支配下に置くことにできた鑑娘に対してだけ、彼本当の姿を隠す必要が無かったのでしょう。絶対に逆らえない状況にまで追いやった鑑娘に対しては、口が軽くなっていたのかもしれません。……扶桑さんも長らく秘書鑑を努めていたようですから、提督とそんな関係だったのかもしれません。ですから、まさか裏切られるなんて思ってもみなかったのでしょう。提督は扶桑さんに暴露されることを明らかに恐れていましたから、いろいろな秘密を話していたのでしょう」

 

「それはどういうことですか! 姉様が冷泉提督に何かをされたとでもいうのですか。それに、どうしてあなたがそんなことを知っているの」

唐突に感情を荒立てる山城。姉の事になると制御が聞かなくなるようだ。恐らくは、されたことということで想像が思い至ったのだろう。提督は男で艦娘は女だ。どういうことをされたか……考えるまでも無い。

 

「扶桑さんが提督とどういう関係性だったかは知りません。判るのは私の事だけですから……自分のされたことを置き換えて想像するしかできません。……私は決して提督に逆らうことができないようにされてしまいました。私は、秘密を絶対に漏らさない。いえ、漏らせないことを知っている。だから、何でも隠さずに話してくれたのでしょう。扶桑さんが何も知らないのであれば、提督があれほど慌てることはありえません。提督は、明確に指示されました。扶桑さんを迎えに行き、その場でお前が確実に殺せ……これは命令だ。できなかければ、どうなるかわかるなとまで脅されました」

 

「それをそのまま聞いたというのですか? 仲間を殺せと言われて、それがたとえ提督の命令であろうと、そんな命令を聞くのですか、あなたは」

 

「私には、冷泉提督に逆らうなんて事、できないんです」

それは無理矢理に彼のものにされたことが原因なのか? 長波は想像する。同じ事を考えたのか、山城もその疑問を口にした。

 

「私は、提督に無理やり穢されました。そして、そのことを脅されていました。けれど、そんな程度の事で仲間を殺すなんてできるはずがありません」

そこだけはきっぱりと否定する榛名。

「自分だけなら、耐えられます。けれど……」

嗚咽交じりに訴える。

 

 

 


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