一体、どうすればいいのか? 自分の判断で動いていいのか?
悩む島風。
他の艦娘に相談すべきなのだろうか? 誰に? 加賀に聞こう……そんなことを考えていると、突然の怒鳴り声。
「おい、アンタ! 」
声のする方向を見ると、一人の男がやけに気色ばんだ顔でこちらを見ていた。
「アンタ、何してんだよ! 子どもが寒くて震えているんだぞ。何チンタラしてるんだよ! こんなクソ寒い外で子供達を待たせるんじゃねえ。さっさと暖かい室内に入れてやってくれよ。このままじゃ子ども達が風邪を引いてしまうだろ? いや、そんな生優しいレベルじゃないだろ? 子ども達は、こんな大変な目に遭って精神的にも参っているだ。こんなクソ寒い甲板の上に放置なんて気が狂ってるのか? アンタには、人の心が無いのか」
「そうだそうだ!! お前、子ども達を殺す気か? 」
「だいたい、こんな甲板の上に子どもを置いたまま、港まで帰るつもりなのか? 何時間、こんな場所にいろっていうんだよ。お前は、血も涙もないのか? ……ハン! やっぱり、鑑娘って奴は、人間の命なんて……子どもの命なんてどうでもいいっていうのか? バカみたいに石頭で規則の方が優先っていうんだな。このクソ冷血が。だから、化け物とは仲良くできねえっていうんだよ」
「甲板の上は、危ないだろが! 日本海の荒波をなめるな。子どもが波に浚われたら、てめえ、どうするつもりだよ。責任取るのかよ」
「この人殺し! 人殺し! 」
大人達が大合唱して島風を責める。
そんな風に言うくせに、危険な海に護衛も付けずに出航した自分達の罪については、忘れてしまっているのか。あたかもすべての責任が島風にあるかのように、彼らは激しく罵り、攻め立てる。
大人たちの剣幕に驚いたに違いない。子ども達が泣き出した。
子供達はよろよろと艦内への扉の前まで歩いて行って、ドアをノックする。それどころか、ドアノブをガチャガチャする者まで出てきた。
「おねえちゃん、寒いよ。寒くて辛いよ」
「おなか空いた。何か暖かいもの、食べたいよう」
子供達は、涙目で懇願してくる。何人かの子は、話した事のある子供たちだ。
「みんな落ち着きなさい。……甲板の上は危ない。みんな早く中に入りなさい。……なあ、鑑娘のあんた、島風さんっていうんだよね。よく考えてみてもらえないか? 俺たちがそんなに無茶を言っているのかい? 海が荒れたら、こんな場所危険すぎるって誰でも分かるよね。そんな場所に、遭難でずぶぬれになった、そして疲れ切った子ども達を置いておけっていうのかい。俺たち大人は構わないよ。確かに、軍関係者じゃない得体の知れない人間を艦内に入れるのは怖いだろう? けど、子ども達だけでもいいから、中に入れてやってくれないか。お願いだ。いえ、お願いします」
代表らしき男が頭を下げる。その表情は必死だった。
わめき散らされ、そして情に訴えられ、困惑するしかない。
艦内の開放を要求するのは、島風だって理解している。子どもが寒さに震えているのを見るのは、本当に辛い。決まりごとは守らないといけないのは分かっている。けれど、こんなときは人道的配慮をするべきなんだろう。けれど、自分は艦娘。軍に所属する者。そして、大量虐殺兵器。その強大な力を持つが故、独断で決めることはできない。許されない。
いかなるときも、上官の判断を仰がなければならないのだ。
しかし、先ほどから指示を仰ごうとしているけれど、上司……葛木提督に繋がらないのだ。このまま彼女に繋がるのを待つのが正解だと分かっている。けれど……。
どうしたらいいの?
そして、冷泉提督だったらどうするか考える。……きっと提督なら、子供達を放ってなんていないよね。たとえ、後で批判されることになったって、仕方ないよね。
島風は覚悟を決めたかのように頷くと、自らの判断で艦内への扉に手をかける。
怯えて泣きじゃくる子ども、凍える子ども達を放置することができなかったのだ。
「今から、中に入れてあげるね……」
そう言うと、島風は子供達に微笑みかける。
「でも、約束してね。入れてあげるけれど、私がいいっていう場所以外に行っちゃだめだよ。できるだけ、かたまっていて頂戴ね。それから、大人の皆さんは中に入れることはできないの。ごめんなさい」
子供だけ例外扱いだ。大人は外で待ってもらうしかない。これだけは譲れない。
一瞬だけ怒ったような表情を浮かべた大人たちだけれど、リーダーらしき人物が目配せをすると、吐き出そうとした言葉を飲み込んだ。
それを同意と判断し、島風はゆっくりと扉を開く。
「一人ずつ、ゆっくりと入ってね。慌てちゃだめだよ」
刹那!
「今だああああ!! お前ら、急いで中に入れ! 」
まるで、この時を待っていたかのように引率する大人が声を張り上げる。
「急げ急げ急げ!! 」
その指示が何かの合図だったかのように、子供達が一斉に駆け出す。そして、扉の前に立つ島風を強引に押しのけ、艦中へと向かおうとする。
「ダメ! ダメだよ。言う事を聞いて! 言う事聞いてくれないと、中にも入れられなくなるよ」
慌てて中へと入ろうとする子供達の体を掴む。
最大限の譲歩をして入り口付近までだ。それ以上は認められない。軍において命令は絶対。できることは限られているし、決まりごとを破れば罰せられる。それは、島風だけでなく、中に入った子供たちまで処罰される危険があるのだ。
そして、それ以上に何か嫌な予感がしたのだ。この子達を中に、入れてはいけないと。
必死に止めようとする島風。子供達は必死の形相になって、まるで何かに取り付かれたように艦内へと行こうとする。奇声を上げながら、まるで、何かに怯えるかのように。
突然―――。
パンパン
乾いた音が響く。
同時に焼けるような傷みが、島風の背中を襲う。何事かと思い、音のした方を見ると、銃を構えた男が立っていた。その銃口からは白煙がゆらゆらと立ち上る。
それでも島風には、何が起こったのか理解できないでいた。
背中の何箇所から激痛を感じていること。男が島風に銃口を向けている事。銃口からは僅かながら白煙が出ていること。
自分が撃たれたのだ……。そんな当たり前の事を理解するまで時間がかかってしまう。
けれど……。
「どうして? 」
と、間抜けな言葉しか出てこない。
理解が、できなかった。
何で自分が撃たれるのか? 子供達を助けるためにここまでやって来て、皆を助けようと必死にがんばったのに。そして、子供達も大人たちもなんとか救出することができたはずなのに。
どうして、その自分が、彼らに撃たれなければならないの?
シュワシュワという音とともに、背中が熱くなるのを感じる。おそらく、傷口からは煙も立ち昇っているはずだ。
それは、リンクした鑑よりのエネルギー補充によって、傷口が急速に修復されていっているのだ。急速に傷口が塞がり、破壊された体組織が再生していっているのだ。一瞬感じた痛みも直ぐにひいていく。
カラン……と、傷口から押し出された金属物が甲板に落ちる音が何回か響き渡る。
その現象を見て。悲鳴を島風を撃った男が驚いたように悲鳴を上げる。
「うがあああああああああああああああ! バケモノ、バケモノ、バケモノ!! ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 」
パニックに陥ったかのように、男は引き金を引き続ける。そして、マガジン内の弾丸を撃ちつくした。
射出された弾丸は、島風の体のあちこちに命中する。島風は着弾の衝撃でよろけるものの、すぐに体の再生が始まる。
艦娘にとって、銃撃程度の攻撃による効果は、艦とのリンクが確立されている状況では、ほとんど無い。
「ど、どうしてなの」
と、悲しそうな表情で島風は男に近づいていく。撃たれた事実よりも、撃たれた理由に衝撃を感じている。
「ヒイイイイヤアアアアアアアアアアアアアッツ」
銃を撃った男は腰が抜けたように、甲板にへたり込む。這うようにして逃げようとするが手足がうまく動かせない。バタバタと動かすだけだ。
「くそ! だめだ、艦娘には拳銃程度ではまるで効果が無い! こんな化け物だったのかよ。……おい、サトル! バカ面下げて見てる場合か? さっさと、この化け物を止めろ」
大人の一人が叫ぶ。
その声に反応して、一人の男の子が両手を広げて歩み寄ってくる。僅かに体を震わせ、両手は握り締めている。焦点の定まらない、虚ろな瞳で夢遊病者のような動き。まるで何かを諦めたかのように……。
「ねえ、どうしたの? 」
銃で撃たれたダメージは回復している。痛みがほんの僅かに残るものの、撃たれた事実を確認するためだけにシステム上感じているだけだ。どうって事はない。そんな事よりも何か様子のおかしい男の子のほうが気になる。
島風は、彼に歩み寄る。
「ねえ、君。どうしたっていうの? 」
「あのね、お姉ちゃん」
と、島風の問いかけに男の子は顔を上げ、何かを言おうとする。
「なあに? 」
男の子の瞳を覗き込んだ刹那、島風は本能的に危険を察知した。その刹那、男の子の握り締めた右手から何かのスイッチが入る音が聞こえた。
思考するより早く、体が反応する。島風は、とっさに後ろに飛びのくと同時に、反射的に前方へと防御シールドを展開する。
ほとんど同時に、男の子の体が発光し、……爆発した。
凄まじい閃光と爆発音。
油断した!
シールドの展開の発動が遅れたため、爆風の衝撃を吸収しきれず、島風は派手に後方へと吹き飛ばされる。あまりにも想定外だったために受身を取ることもできずに、船体に激しく背中を打ち付けてしまう。一瞬、呼吸ができなくなり、空気を求めて喘いでしまう。
当然、シールドも解除されてしまった。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
閃光と爆音、衝撃で思考が停止してしまっていた。頭を振りながら体を起こし、前方を見やる。何が起こったかを確認するのだ。
さっきまで男の子がいた場所が、真っ赤に染まっている。立ち上がろうとして、右手が何かに触れる。
思わずそれを見ると、肉片のようなものだった。そして、その正体が何かに想像がぶ。
小さく悲鳴を上げてしまう島風。
真っ赤なぐちゃぐちゃになった奇妙な形をしていたそれは、それはさっきまで立っていた男の子の小さな手だった。それ以外にもばらばらになった男の子の体の残骸が、爆発により、辺りに撒き散らされていた。
島風を撃った男も爆風に巻き込まれたのだろう。ぼろ雑巾のように無残な躯をさらけ出して倒れている。彼の体からは内臓がはみ出し、甲板をどす黒く汚している。
「お前ら、急げ!! 今が好機だ。すぐに艦内に入り込め。作戦通り、この船を行動不能ににしろ! 」
一人の大人が叫ぶ。
島風が吹き飛ばされたため、艦内への入口の扉は自由に出入り可能だ。
「お前達の尊い犠牲で、多くの人たちが救われる! お前達のお父さんやお母さん、兄弟姉妹や友達のために、やるんだ! 気をしっかり持て! 練習どおりにやれば、大丈夫だ」
甲板にいた子供達の何人かは爆発によって吹き飛ばされて、血まみれで倒れたまま動かない。
しかし、動けそうな子供達は、その声でスイッチが入ったかのように呆然としていた子供達が、その指令に反応するように子ども達が動き出した。開かれたままの艦内へと、歩き始める。ほとんどの子がどこかしら怪我をしているようだ。血まみれになっている子もいる。けれど、痛みなど無視するかのように動いていく。
「だ、駄目。そっちへ行っちゃダメ」
島風は立ち上がり、子供たちを止めようとする。
すると、何人かの子供達が島風を妨害するように、再び立ちふさがる。
手には、起爆装置のスイッチらしきものを握り締めている。さっきの男の子と同じだ。上着の下には爆発物を巻きつけているんだろう。先ほどの爆発でそれに気づいた。
人間爆弾として、この子達はここに送り込まれたんだ。その事にやっと気づいた。最初からこの遭難は罠で、自分をおびき出して殺すつもりだったのだということに。
この子達は、島風が近づけば爆発し、艦内への侵入を邪魔する自分を排除するつもりだ。一緒にいた大人達は、遠巻きに様子を伺っている。
他に何かを企んでいるかもしれない。まだ銃器を持っているかもしれないし。だから、彼ら大人たちにも注意を払わなければならない。
「あ、あなた達、どうしてこんなことをするの? こんなの酷い酷すぎるよ、この子達に何をしたの? 何を考えているの」
「化け物が口を利くな。所詮、化け物に話したところで理解なんてできん。……我々の崇高な目的のため、ここにいる選ばし死天使たちは、その命を投げ出す覚悟を決めてくれたのだ。我らが望む、恒久的世界平和のための礎となってくれるのだ。彼ら天使達の尊い犠牲により、我らの願いは成就するのだ」
リーダー男の口からは、あまりにも妄信的な言葉が吐き出される。
何のことは無い。
いつも時代も同じ。
くだらないことを彼らは口にしている。空虚な理想を。
こいつら……この大人達が子ども達に指示をしているのだ。……自分達の利益のために、死ねと。
「あなた達が」
心の遥か深い場所から込み上げてくる感情を、止められそうもない。絶対に、絶対に許せない。許せない怒り。
突然、艦内で爆発音が轟く。同時に艦に振動。
艦内へ侵入していった子供が自爆したのだろう。そして、その爆発は連続して発生する。
艦とリンクしている島風には、自身被害状況が手に取るように分かる。
彼らはどこかで設計図を入手していたのか、的確に艦の心臓部である半重力リアクターを目指して進んでいる。その破壊を目的としているのだろう。防御壁を降ろしたものの、それらは子供達の自爆によって突破されていっているようだ。防御壁といっても内部からの爆発物による攻撃までは想定していない。次々と突破されているようだ。
時間はあまりない……。それだけは理解した。ならば、せめて。
島風は、大人達に近づこうとする。こいつらだけは許すわけにはいかないのだから。今更、艦の破壊を止めることはできない。子供達を救うこともできないだろう。
ならば、せめて……諸悪の根源たる連中だけは生きて帰さない。彼らだけのうのうと生きながらえるなんて許せるわけが無い。
人に危害を加えてはならない……。そんな艦娘の禁忌を破れるかどうかはわからない。けれど、やらずにはいられない。
「ひい! お前ら、私達を守りなさい。この化け物を排除しなさい」
男の命令と同時に、彼らを守るかのように、すぐさま子ども達が飛びかかって来た。即座にシールド展開する。
今度は油断していない。展開に遅れは無い。
そして、爆発。
子ども達は、爆発により粉々の肉片と大量の真っ赤な血を撒き散らしながら、散華していく。しかし、子供達は諦めない怯まない。
前方がダメならば次はと、背後へと回り込む。展開したシールドのしがみつくようにして至近で爆発する。
シールドは、衝撃まで逃がすことはできなかった。島風はもろに吹き飛ばされて、船体に体を再び叩きつけられる。
倒れこんだ島風に、次々と子ども達が覆いかぶさるようにして襲いかかってくる。必死にシールドを再構築しようとする。しかし、その光は弱弱しい。
内部に侵入した子供達の破壊活動で、艦の破壊が進行しているらしい。シールド発動へのエネルギーの補充が追いつかない。シールド展開が間に合わず、ついには爆発の影響を受けざるをえなくなってしまう。
島風の体は、次第に傷だらけになっていく。攻撃が続けば、やがて耐えられなくなるだろう。
しかし、幸いなことに島風の妨害のために残った子供達の数は多くは無い。子供達は大人の指示を忠実に守り、島風を苦しめ、死の一歩手前まで追い込んだといえる。
けれど、最後の一人の女の子が自爆攻撃に失敗すると、ついに全滅した。
なんとか、しのぎ切った……。
島風は、生きている。戦闘で右腕と左足は骨折したらしく、妙な方向に曲がって元に戻らない。壁に体を持たれかけないとまともに立っていられないけれど、這ってなら移動くらいできる。痛みは尋常ではないけれど、我慢できなくは無い……と思う。
どうも左目は、見えないみたい。額からたれ落ちてくる血をぬぐうだけでも苦労する。
艦内での新たな爆発も検知できない。恐らく、突入した子供達も全員が自爆し終えたのだろう。時折、小規模な爆発が起きるが、こちらもなんとかしのぎ切ったようだ。
もちろん、艦は甚大な被害を受けたのは否定できない。それでも、自分も艦もまだ生きている。まだ戦える。
まだまだやらなければならないことがある。まずは、艦橋まで行かないと。這うようにして艦橋へと向かおうとする。
途中、大人を見つけて睨む。
こいつらだけは生かしておけないって思ったのに、もはや彼らに攻撃するすべは無い。それだけは悔しい。自分を傷つけたことはもちろん許せない。しかし、それ以上に、子供達を使い潰し、自分達だけ生き延びようとするその卑怯な行動を許すことができない。
彼らのほうから攻撃をするつもりは無いようだ。
まだ島風になんらかの攻撃手段があると思っているのかもしれない。……どんなに憎くても、島風に人間を殺すことはできなかったのだけれど。
彼らは、そそくさと救命ボートに乗り込むと逃走準備を始める。
「子ども達が命を投げ出すのに、お前達は逃げ出すというの? 子供達を道具のように使い捨てにするの」
今の島風には、それくらいの事しかできない。
一瞬、たじろいだ表情を浮かべたが、すぐに立ち直る。
「ハハハン! 我々は生き延びねばならんのだよ。尊き使命をはたすためにはここはまだ我らの死に場所ではない。天はまだわれわれに生きろと仰っているのだから」
捨て台詞を残し、彼らは駆逐艦島風から離れていく。
しかし、この海域から救命ボートで逃げ切れるわけがない。それくらい、彼らも知っているはずだ。なんといっても、陸地までは相当な距離があるのだから。救命ボートには動力は搭載されていない。オールでこいでいくにしては、あまりにも遠すぎるだろう。一体何日かかるか。救助でも待つのだろうか。しかし、仮に救助に来るものがいたとしたら、それは艦娘しかないはず。この状況を見れば、彼らが今回の事件の主犯であることは一目瞭然である。彼らは、絶対に許されるはずが無い。
だから、これ以上、彼らを追う必要は無いと判断する。自分の手で罰を下さなくても、彼らには必ずその犯した罪に見合う罰が処せられるはずなのだから……と。
そんな中、警報が発令される。艦からの警報は直接、島風にも届いた。
内容は爆発の衝撃で支離滅裂になっているように見えたが、「空」とあった。
慌てて空を見る!
「そ……そんな! 」
なんと、先程まで遙か彼方にあったはずの領域が、いつの間にかすぐそばまで近づいていたのだった。
「ありえない……」
こんなことありえない。あるはずがない。一体何時の間に近づいてきたというのか。そして、何でこんなことが起こるのか?
これじゃあ、まるで駆逐艦島風を食らおうとするかのようにしているようじゃないか。
考えている暇は無い。最優先事項はこの緊急事態対応である。もはや、あんな人間達に構っている時間は無い。彼らのことは捨て置いて、とにかく急いで艦橋まで行かなければならないんだ。
まともに歩けないから壁に体を預けながら艦橋への階段を昇る。何度も転び、あちこちを自らの血で染めていく。それでも島風は艦橋まで到達し、状況を把握する。機器を操作して鑑を制御し、消火システムを動かす。
半重力リアクターは、大破。現状、修復は不可能。武器システムについても使用不可能。当然ながら防御シールドの展開もできない。攻撃も防御もできないに等しい。こんな状況で深海棲艦に襲われたら、ひとたまりも無い。
それでも併設した旧動力は、動くようだ。旧装備であれば、攻撃くらいならできる。
最悪の事態になったとしても、まだ……なんとかなる。
出血は止まらないけれど、まだ持ちこたえられる。エネルギーの補給が無くなるということがこれほど重篤な事態をもたらすとは想定していなかったけれど、まだ大丈夫だ。
島風は痛む体に鞭打ち、救助信号を発すると、動力の切り替え作業を始めた。
まだ領域に取り込まれたわけではない。とにかく、ここから離れることが最優先事項なのだから。
いろいろと思うところ、考えなければならないことが山積みだけれど、それはここから脱出できてからだ。それまでは心を囚われるわけにはいかないのだ。