まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第220話 選択すべきこと

島風の甲板に現れた少女。

 

それは、本当に―――真っ白な少女だった。

 

「誰……? 」

 思わず呟いてしまう。

 

 恐らく、島風と変わらないくらいの年恰好。白くて、そして輝く髪。透き通るようなほどに真っ白な肌。真っ白なワンピース。そして、裸足。

 あんな子、遭難した船に乗っていた、島風を殺そうとした子供達……の中にいただろうか? 

 

 否。

 

 いたはずがない。そんな事は絶対無いと断言できる。もしもあんな子がいたとしたら、絶対に目立つ。気づかないはずが無いもの。それほど異質で、異常で、少女のはずなのに大人びていて、ありえないほど……島風から見てもため息が出るほど綺麗なのだから。

 

 では、彼女は一体、どこから? そう思った刹那、少女は視界から消失した。

「え? 」

 まさか、海に落ちた? 動揺しながらも、彼女を探そうと痛む体に鞭打ち、彼女を探す。艦橋の窓から下を覗き込むようにするが、どこにもその姿は見当たらない。彼女のいた場所からしても、海に落ちるとは思えない。

 

 どうなっているの?

 疑問だけが沸き起こる。彼女がどこから来たのか、どこに行ってしまったのか。分からないことだらけ。けれど、今はそれよりも優先することがある。

 本来であれば人命救助が優先されるのだけれど、今は艦そのものが危機的状況。この場合、自艦の維持が最優先となる。なので、気がかりではあるものの、自分の身の安全を最優先に行動することにする。

 

 原因不明の停止をしてしまったエンジンの再起動を行わなければならないのだ。敵艦隊は徐々にこちらに迫ってきているのだから。

 

 そう思い、もといた場所に戻ろうと振り返ったすぐ目の前に、あの少女が立っていたのだ。

 

 背丈は島風とほぼ同じ。遠目に見たときには分からなかったけれど、彼女の瞳は真っ赤だった。 それは、まるで血のように……。その瞳が島風を睨む。

「あなた……」

 言葉を発しかけたとほとんど同時に、少女の右手が動く。回避行動を取る間も無くその手は島風の喉元に食い込み、あろうことか軽々と持ち上げられてしまう。

 細い腕をしているというのに、なんという力なのか。片手で軽々と島風の体を持ち上げながら、表情にまるで変化がない。島風は首を絞められた状態で必死に振りほどこうともがくが、少女の手はがっちりの首に食い込んでいて、島風が全力を出しても振りほどくことはできなかった。

 艦とのリンクが確立されている時であれば、脱出することもできたのかもしれない。けれど、今はそれは叶わない。リンクが確立できていない今、島風は人間の、それも普通の少女並の力しか出せないのだった。

 

 呼吸が出来ず、次第に意識が遠のいていくのを感じる。必死に自分を保とうとするが、何時まで持ちこたえられるか。

 

 次の刹那、大きく体が揺さぶられたと思うと、島風は宙を舞っていた。そして、数メートル滑空し、壁に思い切り叩きつけられた。受身を取ろうとしたけれど、体が言う事を聞かなかった。衝撃と激痛が襲う。頭部と背中を強打し、視界が真っ白になる。呼吸ができなくなり、空気を求めて喘ぎ、激しく咳き込む。朦朧とした意識の中、再び喉元に衝撃を感じたと思うと、体がまた宙へと浮き上がる。

 視界が元に戻るにつれ、自分が少女に持ち上げられていることに気づく。

 島風と目が合った少女は、ニコリと笑うとそのまま島風を振り回し、背中から床へと叩きつける。

「ぐえっ」

 何かが潰れたような声が勝手に口から出てしまう。

 少女は再び島風を持ち上げ、床に島風を叩きつける。それを何度も何度も繰り返す。

 

 襲い来る痛みに何度も悲鳴を上げ、それから必死に逃れようともがく島風。けれど彼女の力ではどうすることもできない。頭部を何度も打ち付けられ、次第に思考が停止していく。朦朧となっていく意識の中で、感覚が次第に無くなっていく。あっという間に抵抗する気力までも奪いさられてしまったのだった。

 

「し、しま、かぜ……。しまかぜ、どうしたの? 何があったの? あなた、しっかりしなさい。しま風、島風、応答しなさい!! 」

 そんな状態なのに、遠くから叱咤する偉そうで鬱陶しい声が聞こえてくる。島風の今の状況をまるで考慮しない命令口調の声がガンガン響く。考えるまでも無い。加賀の声だった。思わず「もう、五月蝿い」と叫びそうになる。

 そのお陰か、意識が再び戻るのだった。

 

 加賀……、みんな。こっちに来ちゃいけない。もう敵は、私のすぐ側にいるんだから。

 

 叫ぼうとして声が出ないことに気づく。体にもまるで力が入らない。指一本すら自由にならない状態であることに気づかされてしまう。

 通信機からは加賀の声がまだ聞こえている。切迫した、そして心配気な声色であることもはっきりと分かる。

 

「ウルサクテ ――― ミミザワリ ――― ナ ――― コエ ――― ダネ」

 どことなく機械的な音声が聞こえる。耳障りなノイズのような声。その音声の発信元を探すと、それはすぐ側にいた少女の口から発せられているものであることが分かった。

 それらしき音を発する口の動きをしているけれど、時間差で音声が出てくる感じといえばいいのか。

「マダ ――― ハッセイキカン ――― ニ ――― モンダイ ――― アルミタイ ――― ネ」

 少女は一人納得したようなこと言うと、左手を島風の首筋に当てる。そして、一度目を閉じた。一瞬、刺すような痛みを感じる。

 

「……これでどうかしら? きちんと聞こえるかな? 」

 ものすごくクリアな音声が聞こえてきた。いや、聞こえたというより、直接、音声を感じるといったほうが正しいのかもしれない。だって、実際、少女の口は全然動いていないのだから。その声は、少女の見た目に相応しい可愛いものだった。

 

「あなたは、一体何者なの」

 島風は、そう声にしようとするけれど、喉で何かがつっかえていて咳き込むだけ。声に出すことができない。

 

「声に出さなくても考えるだけで伝わるわよ、島風さん。あたしは……あたしは、うーん、なんなんだろうなあ」

 何か考え込むような素振りを見せる。

「まあ、島風さんが思ってるとおりの深海棲艦ってやつかなあ。人間たちは、たしかカテゴリーは潜水カ級って呼んでるんだよねー。しゃーないかな。あたし、まだまだ若輩者ですから。だから名前は……えっと、名前はまだ無いんだよね。ふふふ」

 妙に馴れ馴れしい感じで話してくれる。

 

 この深海棲艦は、会話するのが好きなのだろうか? と思ってしまうけれど、深海棲艦なんて、まったく人間とかとは異なる生物であるのだ。こんな感じで話していても、心の奥底ではどう考えているかなど想像もできない。この笑顔も、この話し方も、この性格も……すべてが彼女本来のものではなく、ただのテンプレート的なものでしかないかもしれないのだから。

 

 油断してはならないのだ。

 

 そして、この少女は本当に潜水カ級なのだろうか? 戦場で見かけたカ級は軍艦の姿をしているだけで、その中にいる存在がどんな姿をしているかは知らない。そもそも、ヒトガタのものがいるかどうかさえ知らない。

 

 そんな思考の迷路に嵌りそうになる自分に気づいて、ハッとする。何を馬鹿なことを考えているんだ。今は、そんなことを考えている場合じゃない。今は、自分の置かれた状況を把握しなければならないんだ。そして、それを加賀達に伝えなければならない……今すぐ撤退することを。

 もちろん、生還を諦めたわけじゃない。どうにかできるのであれば、なんとかして鎮守府に帰り着くんだ。まだまだ諦めるには早すぎるのだから。生還の可能性、それが唯一の島風にとっての拠り所なのだから。

 

 無言で見返すだけの島風を不思議そうに見ていた潜水カ級と名乗る少女は、笑った。

「島風さーん、あのね」

 親しげな口調で話しかけたと思うと、喉に手をかけたままのその右手に力がこもる。

 

「ぐっ」

 喉を潰さんばかりのその圧迫に呻く島風。

 潜水カ級の少女は、島風の首を掴んだ右手を引き上げた。上半身だけが宙に浮き上がる。次の刹那、そのまま島風の体を床にたたきつけた。

 鈍い音を立てて後頭部と背中が床に叩きつけられる。耐え切れずに悲鳴を上げる島風。少女はそれを何度も繰り返す。

 そして、ぐったりとした島風を満足げに見下ろす。

 

「馬鹿なことを考えているんだね。びっくりしちゃう。まだ助かろうなんて考えているんだ。こんな状態なのにね。けど、何かイライラするわねえ。このままぶっ殺してやろうかしら」

 

「やめて……たすけて」

 そう言うのが精一杯だった。少し動かそうとするだけで激痛が走る。こんな状態では、この深海棲艦を倒すどころか、指さえもまともに動かせない。死の恐怖が目前にあり、体が小刻みに震えているように感じる。

 軍艦であるから死とは常に隣り合わせである。戦場における死は怖いと思ったことは無かった。死という必然なる運命というものを、受け入れる準備はできているつもりだった。それが艦娘というものであり、軍艦というものだからだ。けれど、艦娘島風という人型の少女だけでの死、というものは想像もしていなかったのだ。想定さえしていないことに対する恐怖というものへの耐性は、無い。痛みと恐怖と絶望の果てに訪れる死というものが、島風のすぐ側までやってきて、頬を撫でている。その恐ろしさにパニックになりそうになる。側に仲間も、提督もいない……。たった一人で。死ぬのは怖い。死にたくない。

 

「何も分かってないみたいだから……まあ、こんなに痛めつけちゃったから、当然かもね。えっと、島風さんの今の状況を教えてあげるね」

 息がかかるほどに顔を近づけた少女が、優しく囁いてくる。

 今、駆逐艦島風の真下に潜水カ級が船底に張り付いている。これはアームを用いて物理的に固定されてしまっている。それが、ここにいる潜水カ級であるという。そして、他に海底に動力を停止した状態で二隻の潜水艦が待機しているという。さすがに船種は教えてもらえなかった。

「一言でいうと、もう島風さんに逃げ出せるチャンスは無いってことだね。ポンコツ蒸気タービンエンジンだけで私まで一緒に引っ張って逃げなきゃなんないんだから、絶対無理だよねー。今でさえ出力が全然出ない状態みたいだし」

 少女の言うことは事実だ。今の島風では自分だけでさえ動かすのに往生する状態。潜水艦まで引っ張って動くことなんてできない。そもそも、真下に張り付かれた状態では、攻撃すらできないだろう。

 

「でね、あたしからの提案があるんだけど、……聞いてくれるかな? 」

 その言葉に、思わず身構えてしまう。

 

「あら、どうしたの? ふふふふ、そんなに緊張しなくたっていいんだよ。たいしたことじゃないんだから。あたしの言う事を聞いてくれたら、あなたを無事に逃がしてあげるんだから」

 間違いなくそれは交渉だ。けれど間違いなく何かの代償を求める取引になるのだろう。

 

「島風さんは、あたしの言うとおりにしてくれればいいの。なーに、簡単だよ。今こっちに向かってきてる艦娘が三人いるでしょ? 島風さんを助けるためにこっちに向かってるんだよね。……だから、今あたしたちがここにいることをただ黙ってるだけでいいんだよ。それだけで島風さんは……島風さんだけは逃がしてあげる」

 

「な! ……そんなことできるはずが!! 」

 思わず声を荒げてしまう。

 少女は、自分を助けるために命令違反を犯してまでこちらに向かっている加賀たちの命と引き換えに、自分を見逃してやるというのだ。仲間を売れと言っているんだ。

 

 ありえない―――。単純に拒否をすれば終わるけれど、ここは冷静に思考する必要がある。いかなる状況下においても最良と思われる選択肢にすぐに飛びつかずに、他にもっといい選択肢が無いかを思考する。常に想像力を働かせることが肝要。何度も神通さんに教えられたことだった。

 

 そうやって考えてみると、今、敵は潜水艦三隻。通常海域であるならば、空母1重巡洋艦1系巡洋艦1の艦隊に対しては、敵は貧弱すぎる戦力だ。通常海域での艦娘の戦力は凄まじい。潜水艦であろうとも、装備した様々な武器で殲滅できる。なので何の問題もない。……けれど、現在のこの海は領域化が進行している。どのレベルまで汚染されているかは分からないけれど、もしかすると通常動力が使えなくなっているのかもしれない。

 そうであるならば、話は変わってくる。この場合、……たしかに不意打ちをすればあの三人であっても危険であることは理解できる。真っ先に対潜水艦能力のある神通さんを落とせば、あとの二人は潜水艦に対しては無力。あとはじっくりと料理できるだろう。

 

 状況は、なんとなく理解できる。

 けれど、この程度の状況ならば、なんとかこの深海棲艦たちを出し抜くことはできるかもしれない。彼女に気づかれることなく、情報を加賀たちに伝えることができたなら勝機は高まる。

 

 ならば……。

 

「あーなんか馬鹿な事考えてるね、島風さん」

 見透かしたように少女が言う。その瞳は何かを見下すかのように、冷たいものだった。

「あたしを出し抜いて、何かしようと企んでたんでしょ? ふん……うざいんだよ」

 同時にメキリという音ど同時に、左横腹に激痛が走った。呻き咳き込み苦いものを吐き出してしまう。力任せにわき腹を殴られたらしい。手加減など皆無の容赦の無い一撃だった。 

「うわあ、汚いもん吐き出して、まったく汚いなあ。こんなに可愛い顔して、ゲロ吐いてやんの、汚い雌豚だね。やれやれ、自分の立場を弁えない子は駄目だよ。馬鹿そうな顔して色々と考えてるんだね、島風さんは。頑張り屋さんなのかな? ホントは、島風さんに付き合ってあげたかったんだけどね。あなたに騙されたふりして、お付き合いして、最後に絶望させるっていうシナリオもいいんだけでなあ。でも、時間が無いし許可されなかったから、却下だよー」

 

 そう言う彼女は島風の置かれた現状を解説しはじめた。

 そして、彼女の意向に沿ったシナリオへの参加を強要するのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

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