まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第222話 忘れていた感覚

 通信の切断を確認すると、白い少女は再び島風に話しかけて来る。

「もうすぐ島風さんの仲間達がここに来るわ。ここが彼女達の最後場だとも知らずにね。島風さんを助けようと必死になってここまでやって来るの。それを罠と知ることも無くね。そして、島風さんの目の前で惨めに沈んでいくのよ」

 島風は体を乗っ取られているため、言葉を返すことすらできない。それを知っていながら、煽るように少女は言葉を続けるのだ。

「島風さんを生かすか殺すかはまだ指示が来ていないから何とも言えないんだけれど、あたしとしては生かして欲しいなって思ってる。だって、うまくすれば島風さんの体を乗っ取ることができるかもしれないんだから……ね」

 少女はニヤリと嗤った。

 それは冗談でもなく、本気で言っていることが分かるから、島風は戦慄するしかなかった。どうやってそんなことができるのかは分からない。そもそも、目の前の深海棲艦は人型をすでに持っているというのに、他の人型を求めるのかも理解不能だ。

「島風さんは知らないでしょうね。今動かしているこの体は、ただの借り物。任務の為に与えられた人の代用品。おまけに使い込まれた中古品。そもそも常用なんてできるはずもない不良品なんだけどね。そして、島風さんには感じとれないかしら? ちょっとこの体、臭ってきてるでしょ? そろそろこの体も限界が来ているわけ。だから乗り換えないといけないんだけど、新鮮な人型をあたしクラスが貰える分けないのよね。そもそも人型を使わせてくれること事態、そんなに無いんだから。だから……ホンモノの体がずっとずっと欲しかったの。今回の作戦がうまくいけば、きっと上に行かせてくれる。そうなれば、常用の体を貰えるかもしれないのよね」

 獲られる褒章に想いを馳せたのか、少女は満面の笑みを浮かべる。

 つまり、加賀達を沈めることができれば、少女には本物の体が与えられるというのだろうか。深海棲艦がどのように生まれ、どのように成長し、そして自分達の前に敵として現れるのか。そいうったことは、まるで知らない。知る必要もなかったからだ。そして、それを知ったところでどうなるものでもない。意味を成さないノイズのような知識だ。必要な事は、現れた敵は殲滅する。負ければその先にあるのは死のみ。そのシンプルな世界に生きてきたし、この先も自分が生きているかぎりはそれが延々と続くだけ。それが艦娘なのだ。

 

「お仲間が到着するまで少し時間があるから、いろいろと話してあげるね。だって島風さんは沈められるか、生かされるのであればコアは回収され体はあたしのものになるしかないのだから。ふふふ、隠す必要もないもんね。どうして島風さんが今、こんなことになっているのかをね」

 そして、深海棲艦は語り出したのだった。

 

 今回の民間船の遭難事故が、島風をこの海域に来させるために仕組まれたものであったことを。そして、その目的が島風を沈めることだったということを。

 起こった事実から、それは島風にも分かっていた。けれど、そんな事のために、何人もの子供達に爆弾を装着させ、自爆させるという作戦を実行させた人間という存在に狂気に寒気がするとともに激しい嫌悪感を感じた。

 更に、これが大湊警備府が深海棲艦の助力を得るための対価であったことに絶望した。

 

 深海棲艦の少女は言った。

「今回、島風さんの命を差し出すことで、我々と日本人のある政治家のが手を結ぶことが決定されたの。これは彼の同胞である大湊警備府の……カツラギ提督の同意を得てね。だから、島風さんだけが遭難船の救助に向かわされたわけなの。最初からおかしいと思ったでしょ? けれど命令だから承諾せざるを得なかった。……軍艦だから当然よね。でも、寂しいよね、島風さん。たくさんいる鎮守府の艦娘の中で、島風さんが死んでもいいって提督に判断されちゃったんだよね。惨めだよね? 聞こえてるかな」

 言われなくても聞こえている。隣で怒鳴り声を上げられているくらいに深海棲艦の声は聞こえている。聞きたくないのに聞こえてしまうこの状況に耐えられない。喋り続ける少女の口を塞ぎたいくらいなのにどうすることもできない。

 

 聞きたくもない事なんて勘弁して欲しい。 

 自分が鎮守府の中で一番いらない子だって、言われなくても分かっている。そんなの分かっている。

 

 深海棲艦と大湊警備府が手を結ぶという、反逆行為には驚きこそすれど、それ以上の感情は沸かなかった。自分が属するのは舞鶴鎮守府であり、よその鎮守府がどういったことを考え何を成そうとしていたとしても、それは他人事でしかなかったからだ。それぞれの鎮守府の提督には大きな権限が与えられている。もちろん大きな力も。だから、国家意思と異なることを選択することもありうるだろう……そんな感じだ。

 自分がその交渉の対価に使われたということのほうが驚きであり、自分の鎮守府における価値のほうが重要といってもよかった。

 

「島風さんは、カツラギ提督が生贄として差し出したって思ってるでしょ? でも違うんだよね。あなたは舞鶴鎮守府の艦娘。だから、一応、まだ司令官の役職に残ったままのレイゼイ提督にも確認を取ったんだってさ。分かる? この意味。……島風さんは、レイゼイ提督からも見捨てられたってことなんだよー」

 

 嘘だ―――。

 すぐにそれは分かった。深海棲艦が私の心を折る為の作り話だ。

 

 冷泉提督なら、誰かを犠牲にして何かを得ようなんて考えない。誰かを犠牲にするくらいなら、自分ですべてを背負い込もうとする人だ。自分だけでなんとかしようとして……だから一人で苦しんでもがいているんだ。過去も今も、そしてこの先も。その苦しみを少しでも和らげることとできたらどれくらい幸せだろうか。

 

 もし、提督が死ねと命じてくれたなら、喜んで死んだだろう。けれど、提督は言わない。言うはずがない。そもそもそういった選択肢など、彼の中に存在しない。

 

 だから、深海棲艦の心はまるで響いてこない。まるで傷つけることなんてできない。無意味だ。

 しかし、気になる発言だ。葛木提督が反乱を計画し、それを実行しようとしている? それは事実なのだろうか? 喋ることができたのなら、深海棲艦に問いかけ真意を探ることもできるかもしれないけれど、今の自分には叶わぬ事だ。

 そして仮にそれが事実だったとしても、もはや自分にはどうすることもできないこと。

 

 人には出来ること出来ないことがある。このことは誰かに任せるしかない。もちろん、メッセージを残すことができたなら最高なのだけれど、それすらどうなることやら。

 

 今は自分にできることを模索するしかない。できることをやるしか……。

 

 それは、何とかして罠が仕組まれていることを加賀たちに伝えることだ。しかし、完全に心と体は分離したかのようになってしまっている。体に干渉しようとしてもどうすればいいかさえ分からない。視力と聴力だけはまだ共有しているのは分かる。しかし、これはあえて深海棲艦に許されているだけなのだろう。悪趣味なことに、これから起こる悲劇を自分に見せ付けるため、聞かせるために。といっても自分の意思で見たいもの聞きたいものを選ぶことさえできないのだけれど。

 

 指一本動かすことさえできない。傷の痛みも完全に無くなっている。床に倒れているのに、床の冷たさを感じない。視力と聴力以外の感覚は失われたままだ。それどころか自分が息をしているのかさえ認識できないんだから。

 まさにモニターで他人の視界を見せられているかのようだ。

 

 どうすればいい? どうすればいい?

 何か何か何か!!

 

 瞬間。

 違った感覚が残されていることに気づく。

 ゆっくりと赤黒く染められていく世界。かすかに感じ取れる風。そして潮の香り。穏やかに当たる波。次第に透明感を無くしていく水面。

 

 なんだ? この感覚は?

 感じ取れるものは艦娘としてのものよりも遥かに大きな範囲。

 

 これは!

 

 そして気づく。

 この感覚が、駆逐艦島風のものであることを。

 

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