まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第224話 思わぬ来訪者

「さて、今日は何をしようなかあ」

と、冷泉は誰に言うでもなく呟いた。

 

 憲兵に拘束され、どこか分からない施設に拉致されて一体何日経過したのだろうか? 窓のある部屋に連れて行かれたことが皆無のため、日時の感覚がない。部屋に時計など無く、取調べの兵士達も一切の時間がわかるものを身に着けていない。

 

 容疑者として捕らえられた冷泉だ。当然、苛烈な取調べが行われると覚悟していたけれど、……実際にやられそうになったんだけど、艦娘サイドが鹿島を派遣してくれたお陰で、酷い暴行を受けずに済んでいる。彼女は艦娘代表として派遣されているらしく、憲兵隊も迂闊な事をすることができないらしい。取調べ時間や一日の回数は厳格に決められ、1秒たりとも越えることを彼女は認めなかった。おまけに取調べにも同席し、憲兵達の行動を監視していた。

 艦娘を間近で見ることは憲兵達はなかったのだろう。むしろ彼らのほうが緊張しているようで、取り調べも形式的なものを越えることは無かった。このため、冷泉に対する取調べは遅々として進まず、拘束期間は長くなる一方だった。それでも、拷問を免れたのだから、幸運といっていいのだろう。

 

 毎朝、鹿島はやって来て、取調べに同席し、夕方、冷泉の留置されている部屋の封印を確認してから帰っていく。そして、また朝やって来て、封印を自らの手で解除して……を繰り返している。

 それが日数を数える唯一の方法であり、鹿島がやってくるのはすでに20回を越えている。

 

 彼女は常に冷泉の体調や精神状態を気遣い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。命令を受けているのだろうけれど、任務を越えているんじゃないかというほどのサービスぶりだ。まるで恋人のような振る舞いに、冷泉の方が照れてしまうほどだ。

 艦娘である鹿島が側にいると、今、自分が置かれている状況を忘れそうになる。それが逃避であることは理解している。どう足掻いても光の見えない状況。結論はすでに出ていて、それに向けて手続きを踏んでいるだけで、やがて宣告される未来を受け入れるだけなのだから。

 

 鎮守府司令官の任を解かれ、それどころか軍人としての身分すら失い、放逐されるであろう未来。ここがどこか分からない世界にいきなり放り込まれ、わけの分からない役職に就けられ、やっと見つけた自分の居場所をあっけなく失う。

 

 ああ、知り合いも誰一人いないこの世界で、どうやって過ごしていけばいいんだろう。それは本能的な恐怖だ。できることなら逃れたい運命。しかし、逃れられない運命。殺されるよりはマシだろう……? それは正しい。けれど、殺されないのであれば、やはり少しでもマシな未来を求めるものだろう?

 

 いつしか、冷泉は自分の先の見えない未来というものを恐れるようになっていた。毎日毎日をなんとかやり過ごし、一日でも長く今の状況が続けばいいと思っていたのだ。

 変化は恐怖の対象でしかなく、たとえ拘束された状況であろうとも、鹿島が側にいてくれて自分を守ってくれる日常。朝起きて、鹿島と言葉を交わし、ご飯を食べて、形式的な取調べを受け、昼ごはんを食べる。午後は再び取調べを受け、終われば晩御飯を鹿島と取る。そして、風呂に入り、部屋に戻って彼女と別れる。それを永遠に続けられればと思っていたのだ。

 

 否、ずっとずっと続くと信じていた。願っていた。そして、そうあるべきだと望んでいたんだ。

 

 何かあっても彼女が守ってくれるし、優しい笑顔で見つめてくれる。その陽だまりに身をおき続けていたかった。それが幸せだと思っていた。望んだものだと思っていた。

 

 自分が何者であるか、何を成さねばならないか……。そんなことをもはや忘れようとしていたのかもしれない。だって、もう自分には何も為す地位も権力も無いのだから。

 

 せめて平穏な日常くらい与えてくれたっていいじゃないか。

 十分過ぎるくらい努力したし、苦しんだし、悲しんだんだから。

 

 

 

 その日もいつものように鹿島がやって来て、部屋から冷泉を連れ出してくれるはずだった。しかし、迎えに来たのは杖をついた一人の少年だった。

 

 草加甲斐吉と名乗った兵士は、まだ少年としか思えない幼い顔立ちをしていた。まだ少年兵として採用されてそんなに日が経過していないんじゃないだろうか。しかし、その体の状況を見ただけで、普通では無いということが分かった。杖をついているのは片足を失っているからだろうが、それはフェイクであることがすぐに分かった。明らかに強化された義足がはめられている。それ以外にも体のあちこちに機械的な装置が取り付けられているらしいことが分かった。

 実際、彼は、第二帝都東京より派遣されてきたと言った。つまり、艦娘三笠の手の者であることを認めたのだ。

 

 どうりで鹿島がいないわけだ……。しかし、そんな奴が一体何のようなのか? とぼんやりと考えてしまう。鹿島の代わりなんてふざけたことは無いだろうなあ。もし、そうだったら嫌だなあと思う。なんで野郎の世話を受けないといけないんだよ。場違いだと思いながら、そんなことを考えていると、少年が口を開いた。

 

「冷泉提督、本日はあなたに確認してもらいたいことがあり、戦艦三笠の命により参りました」

 一応体裁を整えた言葉遣いをしているけれど、どこか蔑んだようなものを感じさせる口調だ。冷泉が提督というのは名ばかりであることを知って馬鹿にしているのか? それとも彼がこんな場所に派遣されたことを自嘲しているのかは分からないけれど。

 

「先日、とある場所において……具体的な場所については機密事項でありますので詮索はご容赦ください」

と、もったいぶった口調。

「事件性のある案件によって死体が発見されました。そちらについて、冷泉提督に確認していただきたく、こちらに参った次第です。ご足労をおかけしますが、提督に確認をお願いしたく……」

 

 死体の確認……かよ。こんな場所までわざわざ来て、死体を見ろっていうのか。朝から不快な申し出に思わず不満が顔に出てしまったのかもしれない。

 少年の口元が歪んだ。しかし、すぐに取り繕うような笑顔に変化する。

「朝から大変申し訳なく思いますが、これは戦艦三笠よりの依頼であります。ご協力をお願いします」

と、深々と頭を下げる。

 

 冷泉に確認させる遺体ということは、舞鶴鎮守府の関係者の遺体であるのだろう。先日の事件においての犯行グループの中に鎮守府の兵士が紛れ込んでいたのは疑いようの無い事実。そしてあの事件の後、行方不明となった兵士がそれなりの数いたことも知っている。恐らく、その中の一人が死体で発見されたのかもしれないな。

 上司としてそれを確認するのは当然の義務……か。

 

「分かった。わざわざご苦労様だね。是非とも協力させてもらうよ」

 上司としての勤めでもあり、裏切り者の顔を見てやりたいという好奇心もある。

「案内してくれ」

 

「すぐにご案内します」

 そう言った草加が、一瞬だけではあるがニヤリと嗤ったように思えたのは気のせいだろうか?

 

 

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