まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第225話 登場する真実

 草加甲斐吉は、評価する…冷泉朝陽という男を。

 

 そして、評価を下したのだった。

 自分よりも遥かに劣る……それどころか明らかな無能であり、単なる強運と恵まれたコネクションだけで成り上がった人間でしかないと。

 

 初めて彼を見た時、驚いたものだ。

 容疑者として拘束され、長期間交流されていたはずなのにずいぶんと血色がよく、やつれた様子などまるで無かった。通常、憲兵による取調べを受けたものは肉体的そして精神的に極度に追い詰められるはずなのだ。なのに彼はまるで安穏と日常を過ごしていただけにしか見えなかった。

 

 聞くところによると、途中から帝都より「あの」鹿島が派遣され、冷泉を守っていたという。それを聞いて、何故、冷泉という男だけがこれほどまでに厚遇されるのかと気が狂いそうになった。拷問に次ぐ拷問でぶち殺されたって仕方ない状況のはずなのに、あろうことか最高クラスの艦娘をあてがわれていたのだ。

 

 草加は冷泉に対する嫉妬を押さえ切れなかった。

 

 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 なんで……あいつだけ! あんな奴だけ。

 

 実際に会っても、この男はごく平凡な男にしか見えなかった。顔はせいぜい人並み程度といった評価くらいしか受けないだろう。背も平均よりも少し高い程度でしかない。所詮、街で見かけたところで誰も振り返らない……それどころか記憶にさえも残らない平々凡々さでしかない。

 見てくれはダメでも能力が優れているのだろうと納得しようとする。確かに記録上の学歴は、なかなかのものだ。草加では手も届かないところにあるといってもいい。けれど、あくまでこれが本当ならば……だ。だって、経歴なんていくらでも詐称できるのだ。なぜなら、彼は艦娘勢力の後ろ盾があって鎮守府提督になったという噂があるくらいなのだから。身の丈に合わない地位についた結果が、それを証明しているといえるのではないか。

 

 完全に艦娘の配下という感じではないけれど、冷泉という男が艦娘勢力にとっては利益をもたらす存在である証左なんだろう。どういった理由があるのかは草加には理解すらできないが。

 

 こんな男だけが何故優遇されるのか!! そんな内からあふれ出しそうになる怒りを面に出さないように必死だった。

 後ろを歩いてくる冷泉に感づかれないように無言で歩くしかない。なんとか慣れたとはいえ、やはり杖を使って歩くのはまだまだスムーズにはいかない。

 

「君の脚、……それは深海棲艦の侵攻の際のものなのかい」

 唐突に冷泉より声をかけられる。

 一瞬、自分の心を見透かされたかのように感じてギョッとして振り返る。しかし彼の顔を見てそれが杞憂であることが分かった。どうやら沈黙が耐えられなくて聞いただけのようだった。

 

 草加は、曖昧な笑みを返すだけでそれ以上は応えなかった。すると、彼は

「そうか、それは辛かっただろうね」

と、勝手に納得したような顔をしていた。

 

 目的の場所の前まで来ると一呼吸置いて、

「こちらです」

 そう言うと、扉を開く。

 そこはもともと医務室として使っている部屋であり、事務机といくつかの保管庫がに並べられている。かすかに薬品の臭いが漂ってくる。

 部屋の奥にはカーテンで仕切られたいくつかの小部屋があり、区画ごとにベッドが置かれている。

 

「一体、ここになにがあるというんだ? 」

と、不審げに問いかける冷泉に、草加は答える。

 

「こちらをご確認ください」

 そう言うと草加は一つの区画のカーテンを開く。そこのベッドには、一人の少女が横たえられている。つややか銀髪の少女がそこにいた。白磁のような白い肌。普段はしていなかったであろう頬紅や口紅がその美しい顔をさらに強調している。

 

 そこに横たえられたのは、駆逐艦叢雲だった。

 第二帝都東京の管理者たる戦艦三笠の命により、ここまで連れてきたのだ。否、すでに死んでいる者なのだから、運んできたというのが正解か。

 

 叢雲の遺体を冷泉見せてあげてください。……指示はただそれだけだった。一体? と問いかけても答えを返してくれることは無かった。

 彼女の意図を把握することが自分の地位向上の最たる方法であることは分かっているが、彼女が何を意図しているか理解できないままだった。

 

 草加に言われ、冷泉は仕切られた部屋の中を覗き込む。

 草加はその次の展開を想像し、ニヤリとしてしまう。何も知らない冷泉はそこに横たえられたかつての部下……しかも懇意にしていた艦娘の一人の叢雲の亡骸を見てしまう。その衝撃はどの程度のものなのだろうか? それを想像すると笑いそうになる。

 

 だが、しかし。

 

「草加くんと言ったよな……すまない。俺の理解不足かもしれないんだけれど、君の意図するところが分からないんだが」

と、間の抜けた声が返ってきた。

「うん、つまりだな。どうやらここに寝かされている少女はすでに亡くなられているようだけれど、……はて、この子は何者なんだろうか? 俺にこの少女の遺体を見せて、どうしたいというんだ? 意味が分からないんだけれど。俺は現在、取調べ中の身なんだよ。その時間を中断してまで、この少女を見せた意図が分からない。それを承知した憲兵も憲兵だけれど、はて、三笠さんは何を考えているというんだろう? 」

と、まじめな顔で問いかけてきた。

 

 はあ? お前何を考えているっていうんだよ? 思わずその言葉を口に出しそうになる。

 お前の目の前に寝かされている少女が叢雲だって分からないっていうのか? 憲兵に殴られすぎて頭がおかしくなったのか? 本気でそう思ってしまった。

「冷泉提督には、その少女が誰だか分からないというのですか」

 

「いや……分からないも何も、見たことが無い少女だよ。前の鎮守府での事件の関係者? ということなのか? けれど、俺が知る人間にはいないんだけれど。いや、もちろん、舞鶴鎮守府に出入りする人間すべてを把握しているわけではないから、絶対に見たこともないとは言い切れないけれど、少なくとも鎮守府の職員ではないとは言い切れる」

 思わず言葉を失ってしまう。

 この男、本気でそんなことを言っているのか?

 

「いや……提督。失礼ながら、本気で仰られてるのですか」

 

「もちろん本気だよ。少なくとも俺が知りうる人間の中に、この少女はいなかったはずだ。だからたとえ彼女が事件の当事者だったとしても、俺からは何の情報も引き出せない。三笠さんがどういったことを調べようとしているのかは分からないけれど、お役に立てなくて申し訳ない」

 そういって済まなさそうに頭を下げた。

「しかし……この少女は一体、事件にどのようなかかわりがあったんだというんだい? まだ幼いというのに、どんな役割をしていたんだろうか」

 

 驚きはしたが、まさに三笠の言うとおりになっていることに驚く。恐らく、冷泉提督は叢雲の遺体を見ても彼女だと認識できない。彼女はそういったのだ。

 だから、草加は事実を告げる。

 

「提督、あなたの目の前にいる少女に見覚えがないというのであれば、教えてあげましょう。その少女はあなたの部下であった駆逐艦叢雲ですよ。もっともっとよく見てください」

 そう告げた刹那、鼻で笑うような態度を冷泉は取った。

 

「ふふふふ……はははははは。いや、すまない。あまりに突拍子も無いことを言われたもんだから、笑ってしまったよ。君は……思ったより冗談好きな人間だな。……もっとも、面白くないけれど」

 

「……」

 草加は彼の正気を疑うような表情をしてしまう。

 

「この子が叢雲だって? 何を分からないことを言うんだい? 彼女は舞鶴から離れ第二帝都東京に異動になったんだ。戦いとは……命のやり取りとはもっとも縁遠いところに彼女は行ったんだ。そんな彼女がどうしてここにいることになるって言うんだ? そして、どうして死んでいるなんてことになるっていうんだ? あまりにもありえないこと過ぎて、冗談にもならん」

 

「よく見てください。その少女は誰が見ても叢雲でしょう? まさか彼女の顔をお忘れになったなんていうことは無いでしょう? 違うというにはあまりにも彼女は叢雲すぎるでしょう」

 理解不能な答弁を続ける冷泉に呆れてしまいそうになる。

 

「確かに似ているかもしれない。けれど、さっきも言っただろう? 彼女は第二帝都にいるんだ。そこに戦いが起こる余地は無いことくらい、君にだって分かるだろう? それがすべてだ。……それにしてもあまりにも悪趣味すぎる。彼女に似せた遺体を俺に見せるなんて……ありえない」

 

「なっ! 」

 言葉が続かない草加。

 それは冷泉の態度があまりに常軌を逸しているということではなく、彼の態度が三笠が予想したとおりであったからだ。

 叢雲の遺体を冷泉に見せるように命じたのは三笠だった。そして、彼女は冷泉が彼女の死を絶対に認めないであろうことも告げていた。どうして冷泉がそんな態度を取るのかは草加にはよく分からないが、草加の知らない事情があるのだろう。そしてそんな事情を三笠はすべては開くしている。それを理解してこういったことを命じる。

 あの女……何を企んでいるのか?

 

 考えても仕方ない。

 今は上司たる三笠のシナリオどおりに行動するしかない。草加はポケットの中の機器のスイッチを押した。

 

「悪趣味な冗談にこれ以上は付き合えないな。君の面会の理由がこれだけだというのなら、俺は帰らせてもらうよ。はっきり言って不愉快だが、不問にしておこう。……俺にかつての権限がある時だったら、君を許したかどうかは分からないけれどね」

 そういう冷泉の表情からは、感情を読み取ることはできない。けれど、揺らいでいるということだけは想像できる。かつての部下であった艦娘のニセモノの死体を見せられたのだから、平常心でいられるはずがない。

 

 本物の叢雲の死体なのだがな……。草加の表情が思わず緩んでしまう。

 それを見て、一瞬だけ冷泉の表情に変化が生じたが、すぐにそれは消えた。

「帰らせてもらう」

 そう言い捨てると、彼は扉を開けた。

 

 そして次の刹那、まるで凍りついたように動きを止めると、うめき声に似たような音を発して後ずさる。

 

「何でお前が……? 」

 搾り出すようにして発した言葉がそれだった。

 そして、扉の向こうから一人の少女が現れる。

 

「提督……どうして帰るんだよ? 叢雲を置いてどこかに行くつもりなんだよ? 」

 怒気の混じった声で少女が問い詰める。

 

「な、長波……どうしてお前がここに? 」

 困惑した表情で冷泉が問いかける。

 

 その動揺ぶりを見て、草加は声を出して嗤いそうになる衝動を必死に制御していた。

 まったく、すべて三笠の言うとおりじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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