まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第226話 意義ある死と意味なき生

「どうして、お前がここに……」

 想像していなかった人物の登場に、動揺を隠せない冷泉。

 

 そりゃそうだ。

 冷泉が憲兵隊に捕らわれたことは知っていても、彼がどこにで取り調べを受けているかなんて艦娘たちが知るよしもないのだ。

 それは極秘中の極秘事項。今回は事案が事案だけに舞鶴鎮守府の幹部にさえ伝えられていない。艦娘ならなおさら知ることもできない事なのだ。

 たとえ権限を剥奪されたといっても、鎮守府司令官だった男だ。どういった手段を用いて提督の権限を温存しているかもしれない。その危険性を十分に認識しているからこそ、憲兵は冷泉の居場所を秘中の秘としたのだ。冷泉が艦娘に命令を発動して、救助に来させるという可能性を完全に除外することができなかったわけだ。

 

 それに……もし彼がそんなことを命令しなくても、一部の艦娘たちが独断で冷泉提督を救いだそう動く可能性は否定できませんからね……。少し異常なくらい、冷泉提督は艦娘たちに好かれていますからね……と三笠は言っていた。命令を受けずにそんな事を艦娘ができるはずがないと思ったけれど、三笠が言うのであれば、実際にその危険があったということなのだろう。

 憲兵たちも……そして彼らの背後にいる連中も馬鹿では無かったということか。

 

「草加さんに連れてきてもらったからに決まってるだろ」

 吐き捨てるように長波が言う。その瞳には、怒りと嘲りしかないように思える。

 ゆっくりと歩み寄る彼女が恐ろしいのか、冷泉は彼女と距離を保とうと後ずさる。そして、躓いて床にへたり込んでしまうのだった。そして、おびえたような表情で長波を見つめるだけだ。しかし、彼女の視線に耐えきれなくなったのか顔を逸らし、救いを求めるようにして草加を見るのだった。

 

「……冷泉さん」

 草加は言う。あえて提督とは呼ばない。もはや、彼はその地位を取り上げられているのだから。それをしっかりと分からせてやらないといけない。

「私は、第二帝都東京の三笠の命を受け、第二帝都で発生した事件の重要参考人である駆逐艦叢雲をこちらに連れてきました。かつての彼女の上司であるあなたに、確認することがあるので……。ただ、ごらんのとおり叢雲はすでに死亡しています。そこで、彼女の最後を看取った長波さんに同行をお願いしたわけです。駆逐艦叢雲の最後をあなたに語ってもらうために……ね」

と、勿体ぶる言い回しで、要件を伝える。

 

「……」

 冷泉は草加と長波を交互に見て、誰にいうでもなくつぶやく。

「意味が分からない。くだらない冗談はよしてくれ」

 

「は? 何をおっしゃっているのですか、冷泉さん。私の言ったことが理解できませんでしたか? 」

 

「あいつが……叢雲が死ぬわけないってさっきから言っているだろう? 彼女は、この戦争とは無縁の第二帝都東京にいたんだぞ。それがどうして死ぬなんてことになるっていうんだ」

 まるで草加たちに非があるような口調で、冷泉が反論してくる。しかも真顔で。

 

 驚いた……。こちらが動揺してしまった。というか、あまりに三笠の言うとおりの態度に驚いただけなんだけれど。

 冷泉提督は、側のベッドに横たえられている少女の遺体を本気で叢雲とは認識していないようだ。現実と彼の世界認識に明らかなギャップが生じているかのように。

「ですから、よく彼女を見てくださいよ。あなたのよく知っている叢雲さんでしょう? 友に同じ鎮守府にいた……しかもあなたの部下だった艦娘の顔を忘れるなんて事、無いでしょう? よく彼女を見てください」

 

「ち……違う、違う」

 草加の言葉にかぶせるようにして、冷泉がうめくように否定する。

「冗談にしても酷すぎるだろう! そんな事あり得るはずがないだろう? 俺が叢雲を見間違うはずが無い。そこにいるのは叢雲じゃない。あり得ない。……もういい加減にしてくれ」

 現実から目をそらすその姿は、草加から見てあまりに滑稽で、それどころか醜くさえもある。

 

「ば……馬鹿にするなよ、てめえ! 」

 ずっと黙っていた長波が、声を荒げて冷泉に飛びかかった。冷泉に抵抗する暇さえ与えず、彼女は冷泉の襟首を掴むとそのまま彼を立ち上がらせる。

 

「や、やめろ。やめるんだ、手を離すんだ、長波。お、落ち着くんだ」

 

「うるさい、いつまでもふざけてるんじゃねえ」

 長波は抵抗する冷泉を力尽くで押さえ込み、彼の顔をベッドに横たえられた叢雲の顔に近づける。

「さあ! よく見ろ! あんたの腐りきった目でもこの距離なら見間違えないだろう? よく見ろよ! 見ろよ。叢雲だよ、あんたの部下の……部下だった叢雲だよ。目をそらすな、ちゃんと見ろ」

 顔を逸らそうとする冷泉をさらに叢雲の体に近づける。冷泉の髪の毛をわしづかみにし、まっすぐに叢雲の顔を見させようとしているのだ。

 

 否応なく、至近距離で艦娘の死に顔を見せつけられる冷泉。

 やがて、劇的な変化が冷泉に訪れるのだ。冷泉の瞳が驚愕の色に変化していく。冷泉の驚愕の表情がやがて悲しみへと変貌していくのだ。

 

「落ち着いてください、長波さん」 

 頃合いとみた草加は二人の間に割って入り、興奮気味の長波を冷泉から引き離す。さすがにこれ以上の狼藉は彼女の立場を危うくするだろう。彼女にはまだまだ活躍してもらわなければならないのだからな。

 

「……す、すまない」

 我に返ったのか、彼女は素直に謝り、戸口まで引き下がった。

 

「分かりましたか、冷泉さん。そこに横たえられているのが叢雲さんだと」

と、声をかけるが、冷泉には草加の言葉が届いていないことがすぐに分かった。

 

 何事かうわごとのように冷泉はつぶやいている。ただ叢雲をまっすぐに見つめ、何かをつぶやいている。その声はごくごく小さなつぶやきで、側に近づかなければ聞き取れないくらいだった。

「ありえない……。そうだろ、叢雲。お前は深海棲艦との戦いに疲れ、戦いの無い場所に行きたがっていたんだ。実際に、お前はそれを望んでいるって俺に言ったよな。……だから、俺はお前が第二帝都東京へと行くことを承諾したんだぞ。本当はあんなところに一人で行かせたくなんて無かった。ずっと俺の側に置いておきたかった。だけど、……お前が望むんなら、それがお前のためになるならって……だから俺は。なのに、なんでこんなことになるんだ。どうして、こんなことになるっていうんだよ。ありえないだろう? 」

 

「冷泉さん! 」

 草加は冷泉の肩を揺すり話しかける。一人で自分の世界に入り込んでしまった彼をそのままにしておくわけにはいかない。草加としては冷泉がどうなろうと本当はどうでもよかった。自分の世界に閉じこもり現実から目を逸らしていようが、草加の人生には関係のない事だからだ。けれど、彼は三笠から命令を受けている。それを完遂しなければ、自分の立場も悪くなる。面倒くさいが、段取りは踏んでいかないといけないのだ。そのためには、冷泉を現実に引き戻さねばならない。

「しっかりしてください!! 現実から目を逸らさないでください。今ある現実をしっかりと受け止めてください」

 

 声に反応したのか、冷泉が草加を見る。まだ焦点が合っていない気がする。

「叢雲さんは亡くなっているのです。受け入れがたいかもしれませんが、それは厳然たる事実なのです。目の前の現実を受け入れてください。そうしないと何も始まりません。現実を受け入れ、私の質問に答えてください。それが叢雲さんの上司である……あったあなたの責務なのですから。軍人ならば、その責務を果たしてください」

 割と強めの口調で伝える。このままくだらない無能男の泣き言に付き合っている暇などないし、さっさと物事を進めて終わらせたいのだ。これは草加にとってはただの単調な事務処理に過ぎないのだから。大過なく役割を果たし、第二帝都に戻らないといけない。ここはどう考えても草加にとっては一歩間違えれば命取りに繋がりかねないリスクが点在する場所なのだから。危険要因があまりに多いのだ。長波といい、冷泉といい、そして憲兵隊の施設の真っ只中に置かれている立場といい。長くいればいるほどリスクが高まる。さっさと用事を済ませないと、今は旨いこと回っている状況でも、いつひっくり返るか知れたものではないのだからな。地雷原の中を目隠しであるくような緊張感が実はあるのだ。

 そんなことを考えながら、表面では冷静な態度で挑んでいる。

 

「む……叢雲が死んだ? 」

と、冷泉が呟く。それは誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるかのようにさえ見えた。そして、彼は草加を見る。

「ならば、何故? どうして叢雲が死ななければならないんだ? 叢雲が一体何をしたというのか」

 当然の事を聞いてくる。当たり前だな。

 冷泉は何も知らない。彼はただ叢雲を舞鶴鎮守府から第二帝都東京へ送り出しただけなのだから。その後、第二帝都で起こった事件の事など知る由もない。……事件の発端はこの草加の欲望の発露だということも。

 

 だからこそ淡々と事実を伝えよう。なにせ冷泉は知らないし、知る立場にも無いのだから。語ることの真否を判断する材料を一切持たないのだから。三笠より伝えられたシナリオを実行するだけでいいのだ。あとは自分がいかに堂々と嘘を言い切るかだけなのだから。

 冷泉は、黙って草加の説明を聞いていた。叢雲が第二帝都で行った背信行為の数々を。そして、事実が発覚し、逃亡を図り、その際に止めようとした三笠を殺害しようとしたこと。殺害に失敗し負傷した彼女は、第二帝都より逃走して大湊警備府近くで長波に発見され、息絶えたことを。

 

「私がここに来た理由、それはただ一つです。叢雲さんがどうして裏切り行為に手を染めたのか。しかも追い詰められたとはいえ三笠様を手にかけようとしたのか。その原因を知りたいのです。艦娘が自らの意思で仲間を裏切る事……仲間を手にかけようとするなんてことはありえない。それは冷泉さんもご存知でしょう? ……一部の例外を除いては」

 

 例外事項。それは彼女達の司令官たる存在による命令という例外。

「冷泉さんも自らの身をもって知りましたよね。あなたの前任の提督の命令権限を利用した永末という男によって、あなたの部下の艦娘達が裏切り行為を行わされたということを。三笠様は、今回の事案についても同じ勢力からの指示によるものではないかと考えておられるのです。そのため、もっとも事情を知りうる立場にあるあなたに事情を聞きたかった」

 ならば何故叢雲の遺体をここに運んだのだ? と彼は問うかもしれない。それについての理由は彼にはいえない。なぜなら、単純に彼を精神的に追い詰めるためのアイテムでしかないからだ。

 

「三笠様と同様に、大方の予想は、舞鶴で反乱を起こした……緒沢提督の部下だった永末の策略と考えています。それがもっともしっくり来ますからね」

 草加の問いかけに冷泉は無反応だ。草加は話し続ける。

「けれど、私は少し違う視点で物事を考えてしまうたちなんで、ちょっと違うんですよ。艦娘勢力にもっとも敵意を抱いているのは永末です。けれど、彼がそんなことを考えるでしょうか? 彼にとっては最初の行動のときにより多くの艦娘を手中に収めたかったはず。それをわざわざ叢雲さん一人を残し、第二帝都に潜り込んで三笠様の暗殺を謀るようなこと考え付くんでしょうか? 仮にそんな考えがあったとしても、彼女を第二帝都に潜り込ませる権限は彼にはありませんよね。異動に際しては、その後の舞鶴鎮守府司令官の承諾が必要ですからね。そんなあやふやな状態で普通、そんな事を考えますかね? スパイとして舞鶴に残しておくっていうんならまだわかるのですが。……そもそも、叢雲さん一人を第二帝都に送り込んだってどれほどの事ができるんでしょうね? 私、思うんですよ。今回の事件ってどうかんがえても行き当たりばったりで、無計画、それどころかやけくそにさえ見えてしまうんですよね。追い詰められた犯人が自暴自棄になって、成功すれば儲けもの程度って感じでやったことじゃないのかなって」

 

「……言っている意味が分からない」

と、冷泉は答える。やはり彼は何も理解していない。本当に馬鹿だな。

 

「あなたならご存知でしょう? だって、叢雲さんを第二帝都へ送り込んだのはあなたなんですから」

 

「……そういうことか、馬鹿馬鹿しい。俺がそんなことをあいつにさせるはずがないだろう」

 予想通り、否定してきた。当然だな。ここがポイントだ。

 

「では冷泉提督は何もしていないって仰るわけですね? 」

と声のトーンを上げる。

「ならば、叢雲さんは自分の意思だけで第二帝都の秘密を嗅ぎまわり、更には三笠様を殺害しようするも失敗し、逆に殺されてしまった。すべて叢雲さんの私怨による行動と仰るわけなのでしょうか? 」

 この言葉は冷泉に発したものではない。戸口で大人しく控えている長波に対して言ったものだ。

 

 さあ、長波。お前の出番だ。お前の親友の尊い死を、お前達の上司は穢そうとしているぞ。それでいいのか? 保身に走った冷泉を見逃していいのか?

 死の間際にお前の友が語った事を思い出すがいい。

 

 思わずニヤけてしまうのを堪えるのに必死だ。

 


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