本当に、馬鹿な人だと思う。
なんで自分のことを一番にしないんだ。
いつもそうだ。
保身よりも艦娘のことを優先して暴走し、あちこちに敵を作り、自分の立場をどんどん悪くして、……そして、この有様だ。
人としての在り方は正しいのかもしれないけれど、鎮守府司令官としては不適格だとしか言いようがない。
軍における出世争いは、生き馬の目を抜くような厳しい世界だと聞いている。いかにして相手を出し抜き、果敢に動き、味方を増やし手ゴマを増やし懐柔し、自らの邪魔となる敵を出し抜かなければならない。少しでも弱みや隙を見せたものはそこを突かれ、失脚させられる。そんな世界で冷泉提督は、愚かなほどに理想主義者だ。
作らなくていい敵をわざわざ作り、さらに喧嘩を吹っ掛けるような馬鹿は普通はいない。
「本当に不器用すぎるんだよな、提督は。……だからアンタは好きになってしまったんだろうな。命がけで提督の役に立ちたいって思っていたんだよな」
親友の亡骸を見つめながら、呟く。
冷泉提督は、今回の叢雲が起こした事件には一切関わっていない。冷泉が叢雲の事を思い、第二帝都に異動させたのは間違いない。ただそれは、彼女の本心を慮ることができなかっただからだろうけど。
……まったく、少しは色恋沙汰に慣れていればね。
叢雲はどんなことがあっても提督の傍にいたかった。けれど、あの娘の性格だ、きっとそれを口に出せなかったんだろう。提督にはたくさんの彼の事を想う艦娘たちがいる。そこに叢雲の居場所は無いと、愚かにも叢雲が判断してしまったことにも原因があるのだけれど。もし、叢雲が提督の傍に居たいと言えば、提督はそうさせてくれた。提督が叢雲に傍に居ろと言えば、叢雲だって彼の傍を離れなかっただろう。
些細な行き違いがこんな重大な結末を迎えることになるなんて、悲しすぎる。
そして、提督が更にバカなのは、長波の事を思って真実を語らなかったことだ。
もし、提督が今回の叢雲の事件に何も関わっていないと言ったなら、すべて叢雲が勝手に行動し、提督を追い込んでしまったことになる。冷泉が虚偽の発言をしているという疑惑が残るとはいえ、長波は理不尽に親友を失った悲しみや怒りのぶつけ先を失い、親友の死という現実に折り合いをつけることができず、ただただ悲しみに暮れるしかなかっただろう。
だからこそ、冷泉はすべて彼の企みによるものだと宣言することで、長波の悲しみと怒りに対する矛先を冷泉に向けさせたのだ。自分の立場がどうなろうとも、長波の今後の生きる目的とさせるために。
それは歪なものでしかないが、それでも長波にとっては生きる拠り所となるだろう。親友を死に追いやった憎い存在として、怨嗟の向け先として。
「叢雲……。あたしはどうしたらいいのかな? 提督がバカすぎて、気持ちの整理が全然できやしないじゃないか」
提督がいろいろと長波の考えてくれたっていうのに、結局、彼の真意を知ってしまった。そして、提督の気持ちを知ってしまった以上、もう憎むことなんてできるはずがない。そうすることができたなら、どれだけ楽だったか。
長波は真実が知りたかったわけじゃない。自分のこのやりきれない気持ちと折り合いをつけたかっただけなのだ。だからこそ、すべての原因が冷泉でなければならなかった。全部、冷泉が悪いとなれば、良かったんだ。
ただ、彼を憎むだけで良かったから。それだけで、艦娘として今まで通り歩いて行けたから。
けれど、今の自分は、宙ぶらりんのままだ。
そして、叢雲を見る。
彼女は提督のために生きようとした。そして、志半ばにして倒れた。その生き方が正しいかどうかは、判断できない。けれど、彼女は与えられた選択肢の中で行動するしかなく、その中での選択だったはずなのだ。
「けれど、このままじゃ、だめなんだよな」
今、自分にも選択の時が来ているというわけだ。考えているだけでは進むことができない。とにかく今は動くしかない。結論はまだ出ないけれど、動くしかないんだ。
自分が決めなければならない。
分かっていること―――。
冷泉が黒幕で無かったということ。それは、叢雲が独断で動いたということだ。そうであれば、彼女が最後に口走ったすべてが、少なくとも彼女の中では、嘘で無かったということなのだ。
金剛の身に起こったこと。そして、これからなされようとすることが。
混乱した頭の中で、成さねばならないことを整理する。……それは一つしかない。虜囚となった提督を窮地から救い出すのだ。提督は、長波の事を思い、自ら不利な発言をしてしまった。ただでさえ窮地に追い込まれているのに、あれは致命的だ。このままでは濡れ衣を晴らすことさえできずに、処断されてしまう。……提督は、たとえそうなっても構わないという気持ちなのかもしれないけれど、そんなのあたしが、叢雲が許さない。提督をこんなところで終わらしちゃいけないんだ。提督は艦娘を指揮し、深海棲艦に打ち勝つためにいる人なのだから。
それは、叢雲の最後の願いだったのだから。
「叢雲、提督はきっと救い出す。そして、あんたが提督に伝えたかったことを必ず伝えるからね」
そう決断すると、行動するしかない。
今からならまだ間に合う。提督を乗せた車に追いつき、彼を奪還するんだ。
その後、どうするかまでは考えが及ばないけれど、とにかくやるんだ。このまま彼を放置すれば、第二帝都に連行され、行きつく先は、死しかないのだから。
提督の命を救うこと。今はそれだけを目的に動くんだ。決断すれば行動するだけだ。誰に命令されたわけでもない、
大切な司令官を守るのだから、命令なんて不要だ!
「叢雲、行ってくるよ。……きっと、提督は助け出すからな」
と長波が駆けだそうとした刹那、脳内に通信が響く。
命令書
舞鶴鎮守府所属の艦娘は、本日を以て、舞鶴鎮守府より大湊警備府への所属替えとし、大湊警備府直下とする。
また今後の舞鶴鎮守府の組織、名称等についての取り扱いについては、追って連絡を行うこととする。
大湊警備府司令長官
舞鶴鎮守府長官代理 葛生 綺譚
「な……何なの? 」
刹那、長波の体に異変が生じた―――。