まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第230話 大切な思い出

踵から脳天へと、長波の体を電流が駆け巡る。

「アアアアアアアアアアアアア……アアウアウ」

声にならない悲鳴が口から漏れ出す。

膝がガクガクと震える。その震えは止めることができず、全身へと広がっていく。

必死に堪え、立っているのがやっとだ。体をうまくコントロールできない。

呼吸が荒くなる。何の運動もしていないというのに、息も絶え絶えだ。

 

かつて体験したことのない衝撃……。全身を襲うその衝撃に翻弄され、意識を持っていかれそうになる中、自分を必死に保とうとする。

 

そんな中、メッセージが意識内に流れ込んでくる。

これは、艦娘に対する設定内容の書き換えだということすぐにが分かった。

識閾下に次々とメッセージが表示されていく。

 

・舞鶴鎮守府における権限の移行

 

 司令官 冷泉朝陽を解任 ――― 完了

 

 司令官代理 葛生綺譚の職を解き、司令官に就任させる ――― 完了

 

「そ、そんな……。まだ提督には何の処分もされていないのに、どうしてこんなことができるの」

仮に提督が任を解かれるにしても、軍法会議を経て決定されるはずなのに、こんな性急な処分が行われるはずがない。

軍部の判断なくしてこの命令をできるとしたら、現在の舞鶴鎮守府の司令官の代理権限をもつ葛城提督くらいだけれど、彼女がそんなことをするとは思えない……。

 

じゃあ、何が起こったというのか?

 

不安な気持ちからか、知らず知らずのうちに長波は左手首を右手で握りしめていた。

そこにはブルーシルバーのブレスレットが付けらている。ハートと∞のパーツが取り付けられたもの。……それは冷泉提督から貰ったものだった。横須賀に行った際にお土産とかいって艦娘みんなに配っていたものだった。

冗談めかして提督が言っていた。「ハートは愛、∞は無限の意味。つまり、俺のお前たちに対する愛は永遠なんだって証だよだ。どうか受けっとってほしい、俺のこの心を! 」って。

 

あの時は、本当に馬鹿かって思った。だから、これをくれたのは、きっとに大した意味は無かったと思うし、実際貰った際には、こんなのいらない、もっと高いもの寄こせよって毒づいた記憶がある。あとで叢雲に随分怒られたっけ。叢雲の話によると、あたしたち艦娘の命が永遠に続きますように……そこまではいかなくても少しでも長くこの世界にいられるように願掛けをしたものらしかったけど。

 

長波は、ぞんざいに受け取ったくせに、ずっとそれを左手に付けていた。何か不安があった時、これに手を触れていると心が落ち着けるような気がしたのだ。傍に提督がいるような、そんな安心感があったのだ。

 

そんな長波の気持ちなど関係なく、設定の書き換えが続いていく。

 

・司令官葛城よる命令を実行する。

 

 命令権移譲 ――― 完了

 

 絶対命令権移譲 ――― 完了

 

 艦娘に保存された前司令官冷泉朝陽に関する、すべての記憶を消去 ――― 実行中

 

「な! 」

命令文に含まれた一行に、長波は驚愕し動揺する。

何で冷泉提督の記憶を消さなければならない?

 

長波の動揺など関係ないように、命令が粛々と実行されていく。

 

これまでの長波と冷泉とのたくさんの記憶が、真っ黒なものに浸食されていくのがわかる。

彼女の脳内にある万華鏡のように映像の数々が映し出される。その中にある真剣な顔をした冷泉提督、笑顔の冷泉提督、辛さを必死に隠して笑顔を見せようとする冷泉提督。たくさんの彼の姿が、まるでマジックで塗りつぶすように、冷酷に、そして乱暴に消されていく。

 

自分の記憶が弄られていくことはとてつもない不快感だけれど、それ以上に自分の記憶の中から思い出が消されていくことが耐えられない。大切な思い出が消されていくのが耐えられない。

失いたくない大切なものが、乱暴に取り上げられていくというのにどうすることもできない。

 

「やめて、やめて、やめて……やめてくれ」

足掻くように両手を彷徨わせるけれど、止めることができない。どうすることもできない。どうしようもない現実に、長波は抗うことすらできない。

日常の何気ない出来事すら、自分にとって大切な思い出だったことが今さらながらわかってしまう。当たり前のことだと思っていたことが、どれほど貴重だったことなのか。

 

「やめてお願い。……提督を、あたしから奪わないで」

それは叫びとなるが、当然、何も変わらない。

一つ、二つ……冷泉提督が自分の中から次々と消されて行く。……消えていく。後に塗りつぶされた意味不明な記憶だけが残っていくのだ。

 

涙があふれ零れていく。それは頬を伝い、床へと落ちていくのがわかる。

 

―――処理中 30%完了

 

……悲しいのかな? 

なんで? 

冷泉提督との思い出が消えるのが悲しい? 

なんで?

提督のことを忘れるのが辛い? 

怖い?

 

いや、それだけじゃない。きっと、悲しいんだ。

 

長波はこんな時になって、やっと気づいてしまった。いや、気付いていたのに、見ないふりをしていたんだ。そこから目をそらし、自分の気持ちを押し殺していたんだ……と思い知らされる。

 

……冷泉提督のことを大切に思っていたことを。いや、大好きだったことを。

 

艦娘が所属する鎮守府の司令官に好意を持つようにされていることは知っていた。だから、艦娘が提督を好きになるのは当たり前。それを隠す必要なんて、何も無かった。

 

叢雲が彼の事を本気で好きなことを知るまでは。親友を応援したい。そう思った瞬間、自分は冷泉提督への想いを封印することを選んでしまったのだ。

だから、いつも一歩引いたところにいて、提督にはあまり関わらないように、そして、冷たく接するようにした。

それでもいろいろと彼は自分にちょっかい出してきて、そのたびに冷たく対応した。……本音ではとても嬉しかったんだけど。

自分の気持ちを押し殺すことは、最初のうちはとても辛かった。けれど、提督の事を嬉しそうに話す姿を見ているうちに、これでいいんだと自分を納得させることができた。彼女を応援することで、叢雲と提督とのことが自分の事のように思えていたのかもしれない。

 

それは、僅かながらも心に痛みを覚えたんだけれど。

 

 

そんな思い出が全部消えていく。

提督との思い出だけでなく、叢雲との思い出まで消えていくのだ。

 

―――処理中 50%完了

 

いや、いや、いや……やめてやめて。

必死に叫び、抗おうとする。無意味な抵抗と分かっていたけれど、そうせずにはいられなかった。

 

けれど、命令は容赦なく淡々と実行されていく。命令は執行されていくだけだ。

冷泉提督との記憶は、無常に消されていく。

自分が何を思い、叢雲と何を語り合ったか……それすら曖昧なものへと変換されて行ってしまう。

 

それは、自分の一部が捥ぎ取られ、奪われるようなものだ。

 

お願い、お願いだからあたしの大切なものを奪わないで。思い出を消さないで。

 

もはや立っていることができず、へたり込んでしまう。

「ああ、嫌。こんなの嫌、こんなの嫌! 助けて……お願い助けて、提督! 」

 

―――処理中 80%完了

 

意識が薄れていく。

何もかもが消えていく。

もはや諦めたたかのように立ち尽くすしかできない。

 

そして、

 

―――処理 完了

 

 

すべてが完了した。

 

 

「……ん? 」

長波は、我に返る。

 

「ここは……」

一瞬、何が起こったのか、そしてさっきまで何をしていたのかさえ思い出せず茫然としてしまう。

 

しかし、すぐに思い出す。

 

そうだ、自分は三笠様よりの命令を受け、三笠様の使いの者に同行し、ここに来たのだった。叢雲の遺体の確認と引き渡しのために。

 

自分がいる部屋の隅には、かつての親友、叢雲の遺体が横たえられている。何が彼女をそうさせたのかはわからないけれど、彼女は裏切り、三笠様を殺害しようとした。そして、失敗した。そして、彼女は逝ってしまった。

 

親友の凶行はショックだ。きっと何かの勢力に利用され、そして行動させられたのだろう。艦娘にそんな真似をさせる勢力とは何だというのか。軍の内部にそんな勢力がはびこっていることは脅威でしかないが、自分にはどうすることもできない。そして犯人探しは艦娘の仕事でないことも理解している。

親友にこんなことをさせ死なせた連中は絶対に許せないけれど、しかるべき部署が犯行グループをきっと見つけ出すだろう。そして、必ず、罪は償わさせられる。それが世の常なのだから。

「こんな死は艦娘としては不本意だよな、叢雲。きっとお前をこんな目に合わせた奴は、代償を払わせられるだろう。だから、安らかに眠ってくれよ」

何も言わない彼女の手にそっと触れると、長波は部屋を出ていく。 

 

外に出ると、まだ明るかった。今からなら夜には大湊に着くことができるだろう。

「さて、大湊に帰らないと……。提督が待ってる」

ここでの任務は完了したわけだ。悲しい仕事であったけれど、自分には悲しんでばかりいられない。艦娘には艦娘の任務があるのだから。

 

そして、帰ろうとしてふと気づく。

「これは何だろう? 」

左手に付けられたブレスレット。

そういえば、叢雲の左腕にも同じものが付けられていたな。

……この施設の入館証の類なのだろうか?

 

多分そうだろうな。なんか安っぽいアクセサリだし。自分の持ち物だったものじゃない。こんなセンスの悪いアクセサリの付けようなんて思わないもんな。しかし、こんなのいつのまに付けたんだろ?

 

「返すにしても……受付なんてなさそうだな。しゃーなしだな」

出所のわからないものは付けていること自体、気持ち悪い」

 

長波は左江から取り外すと、近くにあったゴミ箱にそれを放り込んだ。

 

チクリ―――。

一瞬、何だかチクリ心が傷んだが、意味がわからず無視した。

 

さて帰ろう。

 

提督が、葛城提督があたしを待っている!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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