まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第231話 出立

「なあ、一体、俺はどうしたらいいんだよ? 」

思わず、冷泉を監視する兵士にぼやいてしまった。話かけられた兵士は、きまり悪そうに苦笑いをするだけだが。

 

冷泉は、彼を連行するために準備されていたワゴン車に乗り込んだ。ここから別の建物に移送され、……そこが艦娘側の施設なのか、海軍私設なのか、それは分からないけれど、本格的な取り調べを受けることになるのだろうと思っていた。そして、おそらくは速やかに処分が決定されることになるだろうと思っていた。

 

まず間違いなく自分にとっては不利極まりない処分だろうとは思っていた。もはや逃れられないであろう結末だ。理不尽であり志半ばで自らの人生が終焉を迎えることには耐えられなかったけれど、この流れは変えることはできそうもない。

 

結局、あいつらに偉そうに宣言したっていうのに、何一つ成し遂げることができなかったな。部下である艦娘の未来を思うと、不安しかないが、自分がいなくなった後の事は葛城提督にお願いするしかなかった。できるかぎりの引継書は作り上げて彼女に渡している。本気で寝る間を惜しんで作りこんだんだ。少しでも艦娘たちが優遇されるように、大事にされるようにって。

彼女については、第一印象は最悪で少し誤解していたけれど、今では軍人としてはできた人だと知っている。そして、艦娘をぞんざいに扱うような人物ではない。それどころか、人間と同じように彼女たちの立場を尊重してくれる。大湊の艦娘たちを見れば明らかだった。何よりも彼女は女だ。艦娘をおもちゃにするような心配は無い。

そんな彼女に部下を任せることができてたのは、本当に僥倖だったと思っている。心残りは無いといえば嘘になるが、少なくとも部下たちを任せられる人だ。知りうる中では一番信用できる人だと思っている。

 

この後、自分に対しどんな処分が下されようとも、受け入れられる覚悟はしているつもりだった。覚悟というよりは、ただの諦めなのだが。

 

しかし……。

せっかく覚悟を決めたというのに運命とは意地悪だ。慌てて走ってきた別の兵士が車の前に立ちはだかり車を停止させた。そして運転席の兵士に何やらまくし立てるように伝えたかと思うと、すぐに車から降ろされたのだった。

どうやら、行き先が変わったらしく、さっきまでいた建物に戻されたのだった。迎えに来ていた兵士は激高して連絡を伝えた兵士に文句を言っていたが、より高次な部署からの命令だったのだろう。しぶしぶながらも帰っていった。

 

冷泉は先ほどまでいた建物のエントランスにいた。入口には銃器で武装した兵士が二人立ち、無言で冷泉の監視を続けている。

 

すでに長波の姿は無く、草加とかいった第二帝都から来た少年兵も帰ったようだった。

迎えの車がいつ来るかはまだ伝えられていないようで、しばらくはここで待つしかないようだ。

殺風景なエントランスで何もすることもできず、ウロウロと歩き回るだけだ。

 

ふと隅に置かれたゴミ箱に視線を向けると、紙屑とかではない銀色のものが捨てられているのを見つけた。不審な動きに見えないようにゴミ箱の中を覗き込み取り出してみる。

 

それはブレスレットだった。そして、それは冷泉の知っているものだった。……すぐに持ち主が誰だったかも分かる。分かってしまった。

 

「そうか、長波……。うん、それでいいんだ」

と呟く。鎮守府の艦娘全員にプレゼントしたものだ。深海棲艦に世界から隔離されてからは入手不可能となった、冷泉でも知っている海外の超がつくほどの有名ブランドのブレスレットだった。総額でかなりの値段であり、有り金すべて使い、ほとんど勢いで買ったものだった。それでも艦娘たちの反応はいまいちで、わりとショックを受けた事を記憶している。

特に叢雲や長波の反応は悪かったなあ……。そんなことを思い出してしまう。そんな彼女たちでも、いつも身につけていてくれていて、たとえ義理であったとしても送った本人としてはとても嬉しかった。

 

それが捨てられているということは、長波は冷泉が言ったことを信じたということだ。冷泉からの贈り物など身に付けていることに嫌悪感を覚え、捨ててしまうほどに冷泉を嫌い憎んでいるということに。

 

それでいいんだ。俺を憎むなら憎んでくれ。その代わり、叢雲のことは大切な仲間、親友としてお前の心に残してやってくれ。親友を殺した男として俺を憎しみ、それが少しでもお前の生きる意味としてくれればいい。

 

おそらく、これが俺にできる最後の事になるだろうから。

 

やがて一台のワゴン車が玄関に横付けされ、スライドドアが開く。降りてきた人物に冷泉は驚かざるを得なかった。兵士たちも同様に驚いたようだ。

 

現れたのは一人の少女だった……艦娘だった。

彼女は驚く冷泉の元に歩み寄ると、ニッコリ笑った。

「お久しぶりです、提督さん」

現れたのは艦娘……そして、かつて出会ったことのある第二帝都東京所属の速吸だった。

 

 

「君は、速吸。……どうして君が? 」

 

「もちろん、提督さんをお迎えにあがりました」

驚く冷泉に彼女は笑顔で話しかける。

 

どうやら冷泉の身柄は陸軍から艦娘へと引き渡されるようだ。先ほどまで警戒していた兵士たちはすでに立ち去ろうとしていた。

どういう経緯になったかはまるで想像もできない。

 

「大変恐縮ですが、これより第二帝都東京までご同行をお願いします……冷泉提督」

 

「俺に拒否権は無いんだろう? ……けれど、よく陸軍の上の連中が納得したな」

当たり前の感想を彼女に述べる。今回の冷泉の身柄については様々な勢力が蠢いているように思えた。単純に海軍のみの権限で処断できるのであれば、すでに冷泉はこの世にはいなかったかもしれない。しかし、艦娘、陸軍、議会などが出張ってきたために決定権争いに時間がかかったためにここまで五体満足でいられたわけではあるのだけれど。三すくみ四すくみの状況のため、何をするにしても時間がかかるはずだった。

けれど、冷泉が自白したために一気に流れが変わると思っていたのだけれど……。草加という少年兵はそのように考えていたようだし、冷泉もそう思っていたのだが。

 

「すべて三笠様の鶴の一声で決定となりました。軍の方や偉いセンセイ方がいろいろと喚いておられましたが、一喝です。提督さんにも見せてあげたかったですよ、三笠様の格好良いところ」

何故だか自分のことのように語る速吸。

 

「そうか……俺はまた第二帝都へ行くのか」

 

「そうです。ではでは、まいりましょう。お車にお乗りください」

急かされるように冷泉は車に乗り込む。

 

さて、第二帝都に行くことは、冷泉にとって明るい未来となるのだろうか? ……どうだろうな。八方塞がりであることには何ら変わりはないのだろうけれど。

 

シートに腰かけると、すぐ横に速吸がちょこんと腰かける。

運転席との間には仕切りがあり、運転席からは見えないようになっている。窓ガラスはスモークになっていて、普通の車より相当にガラスが分厚いようだ。自動で閉じられるスライドドアが重厚な音を立てて閉まる。冷泉の座った側のドアも開くはずだが、中から開けるスイッチは無いようだ。

 

「しばらく車ということになりますが、ご辛抱くださいね。飲み物とかが必要でしたら、教えてください。軽食を含めて積んでいますから。……あ、トイレ休憩も取りますからご安心ください

速吸が説明を続ける間に車はゆっくりと発進していく。同時に窓ガラスが黒くなり、外から遮断される。

「すみません、どういう経路で行くかはお教えできないので……」

と弁明するように速吸が言う。

 

「そうか」

 

「あ、提督さん、誰かに聞かれるのを警戒してます? ご安心ください。運転手には声は聞こえませんから、内密な話でも平気ですよ」

彼女の言葉は嘘か本当か分からない。

 

「俺はこれからどうなるんだろう」

 

「えーとですね、まずは三笠様にお会いいただくことになります。その後の話は三笠様にお聞きになってくださいとしか言えませんね」

 

「君はどうして来たんだ? 」

 

「提督さんをあのままにしていたら、きっと軍に濡れ衣を着せられて処刑されるのは間違いなかったですからね。艦娘側としては彼らから提督さんを取り上げる必要がありました。だから三笠様が直接、政府と軍に働きかけたわけです。わりと高圧的にですが……。そして迎えに行かせるとなれば、冷泉提督と顔見知りのほうがいいということで速吸が選ばれたわけです。車での長時間移動になりますからねー。知ってる艦娘のほうがいいでしょ? 」

 

「まあ、そうだけれど。三笠さんはそんな気を遣ってくれたってわけなのか」

 

「そうですね。そして、速吸が来たのは、三笠様より先に提督さんに個人的にお話しをしておきたかったっていうのもあります」

 

「? 」

速吸の物言いに強烈な違和感を感じてしまう冷泉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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