まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第233話 取り戻せない記憶

「それが提督さんの結論ってことでいいですか? 」

 

「ああ……」

 

「念のために確認しますよ。本当に……後悔は無いですね。考え直すなら今ですよ。この後、第二帝都行きの列車に乗り換えとなります。そうなれば、当然ながら警備は厳重になりますし、私も提督さんのお力になれなくなります。今さら逃げるなんて言っても、それは不可能となりますよ。それでも、本当の本当にいいのですね? しつこいくらいに言いますけど、知らなくて良いことを知るくらいなら、いっそ知らないほうがいいことがあるんですよ。私は提督さんのことを心配して言ってるんです」

 

「ああ……後悔なんてしない。たとえこの先、どんな運命が俺を待ち受けていようとも、逃げるつもりなんて無い。俺は彼女たちと約束したんだ。どんなことがあっても必ず、俺がお前たちを守る……と。だからその約束だけは、なんとしても果たさなければならないんだ。……いや、しなければいけないんじゃないかな。誰に命じられたわけじゃないし。そう、俺がそうしたいんだ……絶対に」

速吸の真剣な面持ちから、冷泉に知らせたくない事があることは予想できた。それがどれほど冷泉の心に影響を与えるかは想像できない。しかし、秘密にされたところで、起きてしまった事実は覆らないんだ。知らないでやり過ごせることなんて無いのだ。知らないままで済ますことができるなら、それでもいいかもしれない。苦しんだり悲しんだりせず、遠くの世界の出来事としてやり過ごせるからだ。けれど、自身の立場、その求められる責務から逃げることはできない。否、軍での立場なんて関係ない。どれほど過酷なことであろうと知る義務があるのだ。だから、事実から目を背けない。

 

「もう……いい加減にしてください」

吐き捨てるように速吸が叫ぶ。

「矛盾ですよね、それ。私たち艦娘は深海棲艦と戦い、そして斃すことが使命。そのためには死が必然とされている存在です。そんな私たちが、安穏な日々を笑顔で過ごすことなんてできるのでしょうか? 常に最前線で戦わされるというのに、明日を迎えられないかもしれないのに……できませんよね。提督の仰る事は、ただの理想論でしかなく、厳しい言い方をすれば……偽善です。死地に追いやらなければならない私たちへ顔向けできないから、できもしないことを、さもできるように言っているだけでしょう? それに、たとえその偽善を貫けたとしても、その先に一体、何があるのでしょうか? 提督さんのやっていることは、余計な情けをかけているだけです。その優しさが艦娘たちに苦しみを与えるだけでしかないことがまだ分からないのですか? 提督さんは良いことをして気持ちいいかもしれませんが、艦娘たちの気持ちにを想像してください! なまじヒトと同じように扱われるだけ、自分たちの運命に余計な疑問を感じるだけでしかないのです。そして、それに対する解決策を提督さんは何一つ提示することができないし、これっぽっちの能力もない。艦娘は、ただの機械として扱われるほうが幸せなんです。余計な情けや愛情をかけられて嬉しいとでも思ったんですか? 提督さんのその優しさは、傷口に塩を塗り込むのと同じということにまだ気づかないのですか。提督さんのやっていること、そして、しようとしていることは艦娘を苦しめるだけでしか無いのです。提督さんの優しさに触れることで、艦娘の与え成すべき使命への思いがブレる。兵器として望むことの叶わない物が手に入るって勘違いしてしまうんです。……私たちの未来は、死しかないのです。それを当たり前として受け入れるように作られているのに、あなたが余計な感情を与えて私たちを苦しめないでください。あなたの自己満足のために、私たち艦娘を犠牲にしないで!! 」

突然感情をあらわにした速吸。一気にまくし立てたせいか、呼吸が荒くなっている。そして、その瞳には涙が溢れこぼれ落ちそうだった。

 

「ごめん……」

冷泉には、それしか言えなかった。

速吸の言っていることは事実であり、冷泉もそれは理解していた。感情を排除して事務的に対応するのが一番だということも分かっていた。それが上に立つべきものの、本来あるべき姿なのだろう。優秀な指揮官とは、いかに効率よく敵を殺し部下を殺すかだと聞いたことがある。最小限の犠牲で最大限の効果を得るのが理想なのは分かっている。そのために誰かを犠牲にするのも、多くの者を守るためには仕方の無い事なのだから。

 

けれど、冷泉にはそれができなかった。できるはずなんて無かったんだ。

冷泉と艦娘は出会ってしまった。お互いを認識してしまった。言葉を交わしてしまった。情が沸いてしまった。もう引き返せないのだ。

だから……。

「けれど、全てを投げ出して俺だけ逃げることなんてできない。もし、あいつらが死という運命から逃れられないのなら、俺も共にそこにあろう。あいつらがいないなら、俺に生きている意味がなくなってしまう。俺はどんな時でもあいつらと共にありたい。たとえ俺が無力だとしても。これは約束とかそういったものじゃない。俺のただのわがままなのだけれど」

 

速吸は気圧されたように一瞬目を伏せたが、すぐに反抗的な瞳を取り戻していた。

「提督さんは、艦娘を助けようとこだわりすぎなんです。艦娘は死んだとしても、大丈夫なんです。艦娘は一体じゃない。たくさんの代わりがあるのです。……スペアボデーという存在が。だから私たちは任務で沈もうとも、予備があって、あらたに造られた艦本体とセットでまた新たに鎮守府に派遣されるようになっているのです。だから、死は死でなく新たな生なのです。よって、提督さんが異常なほどに固執する艦娘は、提督さんに守ってもらわなくても全然へっちゃらなのです」

 

「仮にそうだとしても……新しい、いや、新たに派遣される艦娘には、それまでの記憶は残っているのか」

 

「いいえ、ないです。艦娘が作られた時の【ベース】となる記憶しかありません。いわゆる工場出荷状態ってやつですよ。そもそも記憶媒体の場所が違うんです。ベース部分は絶対保護領域となるコアにありますが、製造後……鎮守府に派遣されてからの記憶は、スペアボデーの生体脳に記録されます。記憶領域がボデーに依存していますから、ボデーが破壊されたら当然、記憶は文字通りおシャカになってしまいます。そもそもボデーの記憶は持ち越しなんて想定されていませんからね。だって、再利用するような価値ある記憶はないですからね。艦娘としては必要ないものは、どうでもいいですから。ですから、新しく稼働した艦娘には、鎮守府に着任する前までの記憶しか持ち得ませんね」

 

「けど、そんなのって、悲しくないか? 」

 

「はぁ? どういうことでしょうか」

不思議そうに首をかしげる。

 

「今話している速吸だって……、もし、お前が沈んだとして、次に俺と出会っても俺のことは何も覚えていないんだろう? 」

 

「はい、そうですね」

と、即答。

 

「確かに俺とお前が共有した時間なんて、そんなに長くはないけれど、その時間の中で俺なりに君の事を教えてもらったし、お前も俺のことを少しは知ったことになるよな。それが全部無かったことになるなんて、寂しくないか? 俺はお前のことを、……もちろん全てを知ってるわけじゃなくて、速吸という艦娘のごく一部なのかもしれないけれど、それでもお前の事を知っている。けれど、お前は俺のことを全く知らない。初対面のような対応をされたら、やっぱり辛いじゃないか。うん、きっと辛い。……少なくとも、俺のほうはお前に対して好意を持っているんだから。あまりに寂しいことだよ。それすなわち、もはやお前は、俺の知る速吸ではない別の艦娘でしかないのと同じだから」

 

「きゃあ、もしかして私を口説いてるつもりですか、提督さん? ちょっと、そんなこと急に言われちゃうと困っちゃうんですけれど……」

予想外の発言だったのか、それとも演技なのか、速吸がドギマギと慌てたようなそぶりを見せ、上目遣いでこちらを見つめる。

「提督さんが言うことも分からなくは無いですよ。けれど、その時の私だって、今の私と何一つ変わっていない、提督さんの大好きな艦娘の速吸ですよ。少しだけ一緒に時間共有した記憶が無いだけで、本質的には速吸は何も変わりはありません。それに失った記憶なんてまた構築し直せばいいだけじゃないですか。何の問題もないです。安心して抱きしめてください。……さあ! 」

と冗談めかした感じで両手を広げてこちらを見る。

 

「うぐ……。それは価値観の問題なのかもしれない。何に重きを置くか……。俺にとっては、共に過ごした記憶はとても大切だ。それは命の一部だといってもいいんじゃないかな。だって、もし、もう一度やり直したとして、全く同じ出来事は起こらないし、仮に起こったとしてもそれぞれの思い出は、また違うものになるんじゃないだろうか」

 

「あらあら、ロマンチストですねえ、提督さんは。けれど、艦娘的には理解できないところが多いです。なんで思い出なんかにそんなに拘るんですか? それに、そもそも艦娘はただの兵器なんです。そこをお忘れ無く。司令官の命令に忠実に従い、敵を斃せばいいんでしょう? 兵器にそれ以外の何をお求めなのですか」

 

「それは、その通りだけれど。けど、俺はそんなことだけを……求めているんじゃない。なんか、こう。もっとあれだよ、あれ」

彼女に対して具体的例示できる言葉が見つからなくて、意味不明な事を言ってしまう。

 

「あ!! 提督さんが仰りたいのは、もしかして女(メス)としての、性欲の対象としての艦娘のことでしょうか? そっかー、なんだそんなことか。けど……それだって過去の記憶なんてそんなに大事ですか? 命じればなんだってご奉仕するんですから、あちらの面についての機能には問題ないと思うんですけど」

と、少し恥じらいながらこちらを見つめてくる。

「私は、提督さんの好みの体はしてませんけどね。提督さんはおっぱいのおっきい艦娘が好きなんですよね、確か。舞鶴鎮守府の秘書艦やってた娘って確か加賀さん、長門さん、高雄さん……。うわ、ほんとにおっきい艦娘ばかりです」

 

「ちがうちがう。そうじゃない。そんな事を言ってる訳じゃ無い。茶化さないでくれよ。……共有する時間の中で芽生える感情、作られる思い出。それら全ての記憶が命の一部なんだって思う。確かに兵器としては不要かもしれないけど、それはとても大切なものなんだと思う。俺は、お前たちを兵器だなんて思っていない。だから、思い出も含めて守りたいんだ」

 

一瞬だけ驚いたような表情を見せ何かを言い返そうとした速吸だったが、何かを思いついたのか黙り込んだ。そして大きく何回か深呼吸をする。

「うーん……よくわかりません。ベースがまるで違うものになるんだったら理解できますが、スペアボデーの艦娘の外見は、オリジナルと寸分違わす100%同一に造られていいるはずなんですけど。記憶についても通常の艦娘の生存時間で判別すれば、およそ95%は同じものです。であれば、それぞれの艦娘は、同じものだと言わないのでしょうか? それから、……ふと思ったのですが、提督さんはどうも誤った認識を持たれているようですので指摘させてもらいます。艦娘は日本国に貸与されているもの。それを所属先の司令官が使用するだけなので、決して司令官のものになったわけではありません。提督さんの発言はそのベースに艦娘が自らの支配下にある前提のようですけれど。あたかもヒトでいうところの「自分の女」といった艦娘に対する所有権を主張するようなもの言いを提督さんの言葉の節々から感じてしまいますね」

 

「な……」

と、冷泉は言葉を詰まらせてしまう。

 

「つまりですねえ、提督の思考の根底にあるのは、いわゆる、俺の女に手を出すな、バカヤロー! って感情です。同じ思考でお答えするなら、今の速吸の気持ちを正直に言えば、一度寝たくらいで自分の女扱い? はあ? あなた一体、何様のつもり?って感じです」

どこでそんな言葉を覚えたのか、辛辣な言い方に唖然とする。先程までの感情的は棘は無くなり、冗談めかした言い方だ。精神的な落ち着きを取り戻したのだろうか。

しかし、その言葉はしっくりきて思わず笑ってしまいそうになる。いや実際ににやけてしまったのだろう。速吸が怪訝な表情でこちらを見ていた。

 

「確かにそうだな。司令官として艦娘を守りたいとか約束したから守らなければならないとか、これだけは譲れないとか……全部建前だよな。ただ、格好付けたいだけだな」

そう、何かするにあたって、理由付けをしていただけだ。外向けの理由を。

本質にあるのは俺の部下の艦娘はぜんぶ俺の女だ大好きな大好きな彼女だ。だから彼女たちを傷つける奴らは許せないし、彼女たちのと思い出を失うなんて嫌なんだ。だから合理性など皆無に反発するんだ。

「そうだ、そうだよ。その通りだよ。それがなんだって言うんだよ。好きな女の前で格好つけて何が悪いんだ? そして好きな女を見捨てて逃げるような格好悪い真似なんてできるかよ。……だから俺は守るんだ。俺に力があるかないかなんて、二の次だ。笑われたっても構わない」

とても日本国海軍の提督とは思えないようなガキっぽい台詞だ。けれど、心の深い深い奥底に沈んでいたはずの自身の本心を発露したことで、なんだかモヤモヤした気分が晴れた気がする。答えはあまりにシンプルだった。

実際のところ、何も解決していないし解決の目処も立っていない。その事実は厳然とそびえ立っているけれど、どうでもよかった。

「だから、俺はあいつらを守るんだ。どんな無様な格好を見せたって構わない。石にかじりついても俺は諦めないぞ、絶対に……」

 

「提督さんの気持ちはわかりました。だから、もうこれ以上、何も言いません。けど、ショックですよ。せっかく覚悟を決めて段取りをしたっていうのに、無駄骨じゃないですか。提督さんのことを思って、三笠様を裏切るような真似をしたっていうのに、勇み足みたいでしたね。馬鹿みたいです。提督さんは揺るぎない覚悟を決めているんですね」

 

「揺るぎない覚悟って言われると自信がないけれど、今の自分が選ぶのはこれしかないって思う。正しいかどうか、できるかどうかはともかく、自分で選んだ事だっていうことが一番大事だと思う」

覚悟を決めるというような格好いいもんじゃないけれど、選択肢は狭められたわけではなく、自身がその意思で選んだものだと思う。

「別の道を選ぶチャンスをくれた速吸にも感謝するよ。俺なんかのために、危険を承知で動いてくれて……本当にありがとう」

 

「いえ、別にそんなに感謝されるほどのことはしていませんよ。なんか引っかき回されただけのような気がすますけど、やっぱり提督さんは提督さんでしたね。前にお会いした時と変わってませんでした。ずいぶんといろいろな事があったはずなのに、ブレてませんでした。それはすごいと思います」

嘘か本当か、感動したような表情で冷泉を見ている。

「これなら、もしかしたら大丈夫かも、しれませんね」

と意味ありげな言葉が少し気にはなったけれど。

 

その後、とりあえずトイレには行かせてもらい、再び高速を走り出したのだった。

1時間半ほど走って第一の目的地に到着した。

 

 

「さて、ここで乗り換えになります」

と、速吸が冷泉に向かって話しかける。

車で行くんじゃ無かったのか? と疑問を感じるが口に出すまもなく速吸が準備を始めた。

ドアが開けられ兵士が現れる。

 

「さあさあ、乗り換えですよ」

せき立てられるようにして、冷泉は車を下ろされる。

降りた周りを見渡すと、駅だった。




スマホで執筆はなかなか難しいものですね。

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