拘束具等は一切付けられることなく車から降ろされると、冷泉は前後を護衛の兵士に挟まれるような形で移動していく。
そして速吸は、いつのまにか冷泉の側に来ていて、左腕にしがみつくように身をすり寄せてきている。
さすがにこれはまずいと思い、彼女に離れるように他の人間に悟られぬように目で促すが、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべただけで逆にに体をすり寄せてきた。
冷泉はため息をついてしまった。
言っても無駄と言うことか。そして、すぐに諦めた。
部下でも無い彼女には、命令は通じない。
艦娘がべったり張り付いているのだ。実質的には最高レベルの逃走用の対策が取られているといっていいな。と、冷泉はぼんやりと考えていた。逃げようとしたところで、人類では逃げ切ることなどできるはずがない。
連れてこられたのは金沢駅のようだ。金沢市自体に来たこともなかったので、車中から街並みを見てもピンとこなかった。
ここは拠点駅であることから、日々のメンテは戦時下ではあってもそれなりにされているようだ。
聞きかじりの知識でしかないが、現在の日本では、拠点間の輸送はほとんどが列車となっている。故に人の行き来は思った以上に多い。とはいえ、兵士であったり作業着を着た人間が行き来するだけで、普段着を着た一般市民の姿は皆無だ。
節電のためエスカレータは停止している。エレベータも荷物運搬時にのみ使用されているようだ。少々の荷物だと階段を使って運んでいる。
ホームにはいくつかの列車が停止していた。ほとんどが貨物列車である。冷泉が乗る車両もメインは貨物列車であり、その後部に数両の人員用の車両が接続されているものだ。
車両は貨物車両とは完全にエリアが区切られているようで、周りには武器を持った兵士が何人も立って警戒している。
冷泉は、最後尾の列車に誘導された。
かつて観光列車として使用されていたと思われる、外観からしても格好良く高級そうな車両だ。車両は改造がなされているようで、窓は偽装されているのか観光列車なのにほとんど無いし、車両は前方部にしか乗車口が無い。中に入ると、普通車両とは明らかに異なり、座席数をかなり削ったようで通路は広く確保され、座席も間隔をあけてと配置されていた。通路途中の仕切られた空間にはキッチンなんかもあるようで制服を着た女性職員もいる。
そして、奥の扉のある部屋へと案内される。
最後尾ゆえに展望窓が配置されて、今は駅構内が一望できる。
偽装されていたのだろうか、外から見た時には窓は無いように思ったのだが。
景色の良いところにいけばそうれは素晴らしい光景を眺められるのだろう。豪奢なソファやテーブルが配置された部屋だった。トイレやシャワールームもあるらしい。どうやらそれ相応の地位の人間が利用する車両なんだろうな。敷かれたカーペットもふかふかだ。ただし、部屋には入口が一つしかないし、窓ガラスはチラ見しただけでも分かる分厚い強化ガラスだ。それ相応の地位の人が拉致されて運搬されるのかな。
急かされるようにソファに座らされると珈琲がすぐさま出される。
速吸は何か用事があるようで、部屋の外に出て行った。しっかりと扉は重厚な音を立てて閉じられてしまう。
なお、冷泉は一人部屋に残されたわけでは無い。武器を手にしていないがSPらしき屈強な男二人がドアの前に立っている。サングラスをしているからどこを見ているか分からないけれど、明らかに監視しているんだろう。なんかチクチクと感じる。それほど広い訳じゃ無い部屋に、スーツごしにも筋肉の塊みたいな男が二人も立ってこちらを監視している状況、全然落ち着かない。せっかくお高そうな珈琲を入れてもらったのに、薫りも楽しめないし、全然味を感じない。
そうこうしているうちに、外からベルが鳴り響く音がして、列車がゆっくりと動き出すのを感じた。
初めて乗る路線だから、この世界に来る前なら嬉しそうに窓に張り付いて景色を眺めていたんだろうな、と感傷的になる。それ以前に、こんな豪華列車に乗ったんだから、満喫したい。今、自分が置かれた状況は置いておいて、運賃はいくらくらいになるんだろうなどと考えてしまう。
専用車両だし、調度品をみただけでもかなり豪華な車両だし、しかも個室だしなあ。数十万はかかるんだろうな。高級料理は出ないだろうから半額くらいかな? こんな高い列車なんて乗ろうとも考えないだろうし、どうみても一人で乗るようなものじゃないだろうしな。
無意識のうちに現実逃避をしてしまっている。さっきからそんな事ばかり考えている。
無意識のうちに、直面した現実から……そしてこの先起こるであろう事から目を逸らそうと必死なのだろうか。それもやむなしか。
この後、第二帝都に着いたら、三笠と対面だ。軍に捕らわれた状況から救い出してもらったとはいえ、結局のところは状況は何ら好転していない。直接的な暴力にさらされる危険は減ったとはいえ、自分の安全が約束されるとは思っていない。
ろくでもない状況に持って行かれるんだろうな……。どんなことになろうとしても、せめてかつての……フッ、もうそんな状況なんだな。感傷的になっても仕方ない。とにかく部下たちだけは巻き込まないように抵抗しないと。今できる最低限のことだけはやりきろうと決意していた。
別の戦いが幕を開けるのだ。
速吸は冷泉を案内した部屋から出ると、近くの座席に腰掛ける。小柄な速吸にとってはかなりゆったりとした座面だ。包まれるような感覚で座り心地は満点に近い。さすがもともとは観光列車として運行していた車両だけのことはある。
少し離れたところにいる兵士たちが、座席を回転させて向かい合って座って打合せをしている。
顔を窓の方に向けて目を閉じた。うなじ付近に意識を集中する。
「三笠様……。今、お時間大丈夫でしょうか」
と心の中で呼びかける。
艦娘専用通信回線を使用するのだ。この車両内にいる人間はすべてが信頼できる者たちばかりだけれども、それでもヒトには聞かれてはまずい会話もある。特に三笠様との会話は内容に関係なく、極秘とされている。
「……速吸ですか?、ご苦労様です。こちらは特に問題ありません。何かありましたか? それとも順調でしょうか? 」
すぐに三笠の声が届いてきた。
思考通信という艦娘のみが使用する通信方法だ。通信距離制限無し。電波妨害不可。コアとコアでダイレクトに通話するため盗聴の恐れは無い。思考が一時中断されるという欠点があるけれど。
「はい、私は残念ながら元気です。すべて三笠様の予定通りに進んでいます。定刻どおりに、列車に乗車し、冷泉提督を貴賓室にお連れしたところです。よって、今回はただの定時報告になってしまいました」
「予定通りというのに、どうして残念そうに言うのですか? 」
不審げな三笠に、速吸は自分の見立てた計画を話した。
向こう側からは、何か呆れたような気配が感じ取れる。通話といっても感情もなんとなく伝わってくる。対面で話しているに近いものがある。
「だって、提督さんって折角段取り付けてあげたっていうのに、逃げないんですよ。つまんないです。予定では私は拉致されて最後に殺される予定だったのに。提督さんは部下の艦娘を見捨てた罪の意識、艦娘は守るとか言ってたのに、自分の命惜しさで私を殺したという罪の意識、任務を全うできない悔恨に苦しみながらも逃避する。それでも彼に安息の場は無い。次々と追ってが迫り、提督さんは次第に身も心も消耗していく……。守るべきものを守ること無く見捨てた上、艦娘速吸を自身の手で絞め殺し、夜な夜な苦悶を浮かべる私の顔が浮かび、提督さんを苦しめ続ける。憔悴した提督さんはついに……なんて感じにしたかったんですけどねえ」
「あきれた! そんなことを命じた記憶はありませんよ」
少し批判気味な口調だ。
「はい、命令はされていません。私が三笠様に言われたのは、冷泉提督を軍の馬鹿な連中から解放し、速やかに第二帝都東京の三笠様の下に連れ帰ることでした」
と、しれっと答える。
「……では、あなたがしようとしたことは、私の命令に背くような事では? 」
三笠は、言葉の内容の割に感情はこもっていない。責めるような気配は皆無だ。
「いいえ、三笠様は冷泉提督を帝都まで連れてこいと私に命じられましたが、その任務の成否については言われませんでした。命令以外の事については、私に権限を与えてくださったと思っていました。……なので、命令を実行しようとする事以外については私の自由裁量の範囲内ですよね」
「あのね、普通、命令されたらその任務達成が条件ではないのですか」
少し呆れてるのが分かる。
「だって、それだと提督さんが三笠様のおもちゃにされるだけじゃないですかあ。……そんなのつまんないです。私だって、提督さんともっともっと遊びたいです」
拗ねたようにしてみる。こういうのを三笠が好きなのは把握ずみだ。今までの経験からまず間違いない。……もっとも、本当に彼女が本当にそう思っているかは分からないのだけれど。
「別におもちゃにしているわけでは……」
怒るわけでは無く、なんだか困ったように三笠が話す。
予想どおりの反応!!
知っているんだから。提督さんはほんの少し前まで体のほとんどが麻痺して、介護なしでは生きていられなかったのに、帝都に来て手術を受けて、すぐに普通に動き回れるようになったんだから。まあ、私たちの医学力を持ってすれば、容易に治癒できる状態だったわけだけど。けれど、人間に対してそこまでしてあげた事を聞いたことが無かった。
提督さんが三笠様に気に入られているっていうのもあるかもしれないけど、あの人、性格がめちゃめちゃ悪いからなあ。好意だけでそこまでは「絶対」しないはず。当然、それ相応の代償を求めたはずなんだ。攻略対象の弱みを見つけたら、即、そこを攻めるのが三笠様。確か今の横須賀の提督もそうだったよなあ。徹底的にそこを攻めて追い詰めて追い込んで、雁字搦めにしてしまうんだから。
きっと今回も提督さんの弱みにつけ込んで、治療と称していろいろと体をいじくり回しているはず。もちろん、彼女は強制はしないし、提督さんの同意無しでは何もしないはず。ちゃんと説明して納得させ、同意させて行っているはずなんだ。それが三笠様が自身に課したルールらしい。
もちろん、提督さんが想像する以上のことを彼は施術されているはず。そこはぼやかした説明の中で読み込める内容だったんだと思うけど。横須賀鎮守府の提督は、心をいじくり回されて壊れてしまったけれど、提督さんはそれだけでなく体までいじくり回しているんだから。
……提督さんを完全に自分のものみたいに扱うなんて、絶対にずるい。
「横須賀の提督がもうスクラップに……さからうこともしない羊ちゃんになっちゃったから、新しいおもちゃが欲しかったんですよね。それが冷泉提督なんですよね。三笠様のお眼鏡にかなうようなヒトなんですよね、冷泉提督は。だったら……三笠様だけで楽しむなんてずるいです。独り占めは駄目ですよう」
「おもちゃ扱いしているわけではありません。全ては主の御心のままに……です。私は御意志に従い、それを実行するだけ。……私の意思など介在しません。確かに冷泉提督には期待していますからね。あなたも知っているでしょう?実際、彼が来て以降、日本海軍の権力構造が大きく乱れてきました。もともと、そういった種はまかれていたのですが、彼が来た事で一気に芽吹きそして成長しています。このまま行けば大きな果実がもたらされるでしょう。どんな果実が実るか……収穫が楽しみです。私が望むのはそれだけです。より美味しい果実を味わいたいだけですよ」
「でもでも、私のシナリオも面白いと思いませんか? 艦娘を守ろうとしていたのに、結局守ることなどできず、自分かわいさに艦娘を殺して逃げるなんて。これを加賀さんが知ったらすごく喜びそうですよ。金剛さんも前のままだったら、その時どうなるか興味あったんだけどなあ」
「やれやれ、本当に性格悪いですね。確かに、仮にそうなったとしたら面白いのは認めます。加賀がその現実を前にして正気を保っていられるのか気になりますね。かのじょにとって冷泉提督の存在が、何もかも信じられなくなった彼女の唯一の拠り所だったですからね。それを失ったら、彼女の心が持ちこたえられなくなるでしょうね。そのときに、どういった変貌をするのでしょうか。実に興味深い実験ではありますが、やめておいた方がいいでしょう。そこは残念と言えば残念ですけど、私たちの計画もめちゃめちゃになりそうです。速吸にとってはつまらないかもしれませんが、当初予定通りでお願いしますよ」
「そうですか……仕方ないですね。これ以上、提督さんを虐めるのはやめておきます」
としょげたような口調をする。
「あ、でもその代わり、お願いしても良いですか」
「またロクでもないことを考えているんじゃないですか? 」
何かを警戒する気配。
「私を舞鶴鎮守府に……じゃないな、冷泉提督の秘書艦にするっていうのはどうですか」
ずっと考えていたことを口にする。
「冷泉提督は、もはや舞鶴鎮守府の提督の任から外されています。葛城提督が正式に司令官となったはずですよ。だからあなたの願いは叶いませんね。鎮守府司令官でなければ秘書艦が付けられる事は無いようですから」
あっさりと否定。
「そこは三笠様の力で海軍にごり押ししてくださいよ。提督さんの側にいたらなんだか楽しそうですから。ここでぶらぶらしてると退屈です」
ここで引き下がっちゃだめ。そう思い反論を試みる。
「この先、冷泉提督の未来を予測するにですね、彼の近くにいると命の保証ができなくなりますよ」
「あ、やっぱり提督さん死んじゃうんだ」
予想通りだったとはいえ、三笠様の計画が明らかにされた。
「いえ、そうは言っていません。場合によっては死ぬことだってありうるっていう可能性を示唆しているだけです。それにあなたは戦闘艦ではありません。冷泉提督を守ることなんてできないでしょう? 何かあって、あなたを回収するこちらの身になってみなさい。……あなたは冷泉提督にこれ以上の接近は認めないことにしました」
唐突な決定が三笠から告げられて予想外の展開に慌ててしまう。
「え! それは困ります。提督さんの側にいたいです」
「あなたの行動は、どうにも不安定すぎます。これ以上、あなたに自由裁量を与えたままで冷泉提督と行動させると、なにかとんでもないことをしてしまいそうです。……とんでもない行動自体は別に構わないですが、どうにも冷泉提督を想定外の行動に押しやりそうです。あまりかき回されすぎると、本来のシナリオにも影響がでそうですから、この辺までにしておきましょう」
いつもの冷徹な三笠が顔を出していた。
「嫌です嫌です」
今までなら三笠様が命じられるなら、それに逆らうなんて気持ち起こらなかった。けれど、提督さんともう会えないと言われた途端、拒絶する感情が強くなっていた。だから、あり得ない言葉が出てしまう。冗談では無く、本気の。普段とは違う、なんの計算もなく、ただただ感情だけをぶつけてしまう。
「何を駄々っ子みたいなことを言ってるのです。これは決定事項です。命令ですよ。それには従いなさい」
「三笠様の命令が絶対なのは分かっています。けれど、私は提督さんと一緒にいたいです。それくらいならいいでしょう? 三笠様に逆らうなんて真似はしませんから。逐一情報はお伝えしますから、認めてください。それくらいはいいでしょ」
どういうわけか必死になって食い下がる自分に、自分自身でも理解が追いつかない。感情にブレーキをかけられない。
「この後、冷泉提督に与えられる命令、定められた運命はあなたも知っているでしょう? その行き着く先がどういうことかも。それなのにあなたは彼の側にいようというのです? あなたは彼の旗下の艦娘でもないのに? 何でそこまでしようとするのです? 」
「わかりません。自分が何で提督さんと運命を共にしたいと思うのか、自分でもよく分かりません。提督さんが不幸になるのにはすごく興味があって、どんな顔をするのかとかどうんな気持ちでいるのかが気になるのは事実です。けれど、そんなことを置いておいて、彼の側で彼の力になりたい気持ちがどんどんと強くなって行ってるんです。本当なら彼と一緒に逃げたかったです。けれど、それは今の私の立場では叶わなかった。提督さんの役に立ちたかったのにできなかった。すごく悲しかった。そんなんじゃ、自分の存在は意味ないです……帝都にいる限りは何もできない。けれど、ここを離れて提督さんの下に行くなら、何か意味を見つけられそうなんです。それが、どういった結果になるとしても!! 」
次々と想いが溢れて止まらない。なんでこんな気持ちになるんだろう? 全く理解できない状態だ。それでも想いを伝えずにはいられなくなっている。
「これは不味いですね……」
ポツリと三笠が呟く。
彼女の冷え切った思考が伝わってきた。冷徹且つ冷静な思考だ。まるで研ぎ澄まされたナイフをイメージさせる……。
「彼への接近がこれほど危険とは。何という汚染力でしょうか。とても……実に面白いです。これは……」
何かを分析するような声。
「三笠様? ……」
嫌な予感しかしない。
「速吸……一度、冷静になりなさい」
「え? 」
刹那、凄まじい光が閉じたはずの視界に一気に広がる。それは物理的な津波のような勢いで速吸に達し、飲み込んだ。何が何だか分からないうちに、意識が刈り取られるのを感じたと思ったら、一気に暗転した。
ここまで唐突な対応をするなんて! 慌てて反応しようとするが、すでに手遅れだった。
しまったなあ。ミスっちゃった。
………………………。
「さて、状況は分かりました。速吸、あんまり勝手な行動はしてはいけませんよ」
と、いつも通り冷静な声が聞こえてきた。
三笠様だ。
冷たそうだけど、とても優しい。速吸のわがままをいつも包んでくれる。
「はい、分かりました」
どういった報告をしたか今ひとつ記憶が無いけど、まあ大丈夫だろう。記憶の欠落については後で記憶を辿ろう。
「分かれば良いです」
満足そうにうなずいているのが分かる。
「でもでも、帝都に帰るまでは提督さんと一緒にいていいですよね? 」
「まあ、同じ列車ですからね。それに警備は万全とはいえ、何かあったらシナリオに狂いが生じますから」
「わかりました」
許可が出た。短い時間だけど、提督さんといっぱいお話しようっと。
「では、また何かあったら連絡をくださいね」
そう言うと通信は途切れた。
なんか忘れている気がするけど、まあいいか。
そう結論づけると、速吸は冷泉提督のお世話をするために立ち上がった。