「さて、一体これからどうなるんだろうか……」
冷泉はため息をつく。
「どう足掻いたところで今まで通り、なるようにしかならないんだろうけれど、少しでもマシな結果になるようにできることはしないといけない。……しかし」
そして、再び大きなため息をついてしまった。
はたして今の自分に、何ができるのか。
すでに第二帝都東京に冷泉はいた。
列車は3日の行程を経て、到着していたのだ。
バタバタとした出立であったけれど、列車に乗り込んでしばらくすると、それまでの喧騒が嘘のように、平穏な時間が流れた。
速吸は列車に乗り込んですぐにどこかに行っていたが、帰ってくると別人のように大人しくなっていた。冷泉を挑発したりするような言動は陰を潜め、まさに付き人のごとく、冷泉の身の回りの世話のみに徹していた。会話もあれほど流ちょうに話していたのに、こちらから問いかけ無い限りは言葉を発さなくなっていた。
一体何があったんだ? と訪ねたら
「三笠様にあまり提督さんに絡まないように、刺激しないようにと怒られてしまいました。これ以上、余計な事をしたり言ったりしたら解体処分にするやらなんやら、もう説教づけですよ……かなり自由にやらせてくれていたんですけど、度が過ぎちゃったみたいです。ちょっと反省です。帰ったら、三笠様にたっぷり絞られちゃいますぅ。すでに呼び出しがかかってるんですけどね」
反省しているのかしていないのかよく分からない、あっけらかんとした態度で答えてくれた。
それでも三笠の監視はずっと続いているので、命令には逆らわないよう、大人しくするとのことだった。
けれど、夜には冷泉の部屋に侵入し、ベッドにまで潜り込んできた。驚いて追い返そうとしても言うことを聞くはずもなく、
「三笠様の命令の中には添い寝はしちゃ駄目ってありませんでしたからね、問題ないです。その先、提督さんがわたしになにかしたとしても、それはそれ、わたしから誘ったわけじゃないですからね」
と訳の分からない事を言って反論する。何を言ってもらちがあかないので、結局、放置することにした。
ベッドの中でぴったりと背中に張り付かれて二人きりでいるなんて、こんな状態で精神状態で自我を保つのは相当な忍耐を要した。
「提督さんは、こんな可愛い女の子が添い寝してるっていうのに、何もしないんですか? 」
暗闇で耳元でささやかれてドキッとしたが、
「冗談はやめてくれ。そもそも、お子ちゃまには興味ありません」
と拒否して見せた。妙に色っぽい声だったので、タガが外れそうになったけれど。
「お子ちゃまって酷いなあ。……子供っぽいかもしれませんけど、脱いだら結構なもんなんですよ、わたし。確かめて見てくださいよ」
そう言って体をすり寄せてこられ、本当に理性が飛びそうになる。
「俺を挑発したりしたら、駄目なんだろ? 」
「ああ! そうでした……残念。でも、提督さんだったら、わたし大丈夫だったんですよ」
嘘か本気か悔しそうな口調で速吸が話す。
「あんまり俺をからかわないでくれ」
「からかっているわけではないんですけどね。結構本気なんですけど」
「うん、気を遣ってくれているのは分かる」
と、真面目な口調で俺は応える。
「実のところ、この先、俺にどんな運命が待っているのか……不安で不安で仕方が無い。そんな俺を心配して励まそうとしてくれているのには感謝しているよ。やり方はともかく……上司でもない俺のために気を遣わせてしまってすまないな。けれど……もっと自然でいいんだよ。俺なんかのために無理しなくていい」
「そんな風に解釈してくれるなんて、嬉しいです。提督さんは誰にでも優しいって聞いていましたが、本当でしたね。まあ分かってましたけど。でも、あんまり相手構わずそんなことしてたら、加賀さんが悲しみますよ−」
「なんで加賀が出てくるんだよ」
「艦娘は基本的に司令官に好意を寄せるものなんですけど、加賀さんの提督さんに寄せる想いって、なんだかホントに一途なんですよね。他の艦娘から聞いた話からもそうですし、実際に加賀さんを見てたらもう微笑ましいくらい。あの人、提督さんにはツンツンしているくせに、いっつも提督さんの姿を目で追ってるんですよぅ。それも愛おしげな瞳で。で、提督さんが気づくと、なんか不機嫌そうな顔して目を逸らすんですよねえ。もう、可愛いですよね。ふふふ。提督さんにとっても本命なんですかねえ」
「俺はともかく、加賀までからかったら、知られたら後が怖いぞ」
加賀が俺に優しいのは、深海棲艦から命がけで救い出したから。ただそれだけ。それは命を救われた事への感謝。彼女にとって俺に対して借りがあるだけのことだ。彼女は律儀な性格だから、何らかの形でそれを返したいから、俺に協力し助けてくれているだけなんだ。それは他の艦娘についてもも同じ。彼女たちが好意のようなものを示すのは、俺が彼女たちにとっての司令官であるからでしかない。その関係性が全て無くなってしまった時、彼女たちが俺のために何かをする義理など、これっぽっちも無いんだ。
「あまり自分を卑下しないでね、提督さん。……ぜんぜん分かっていないようだから、あえて言いますよ。提督さんが思っている以上に、あなたの部下たち……艦娘はあなたのことを信頼していますよ。提督さんが彼女たちを想うのと同じくらいには、彼女たちも提督さんのことを想ってくれているんです。それは間違いの無い事なのです。それだけは忘れないでください」
急に真面目な口調で速吸が訴えてくる。
「そ……そんなことは」
と、反論しようとしたら、すでに彼女は冷泉の背にしがみつくようにして、寝息を立てていた。
やれやれ、言いたいことだけ言って、反論は無視か。拍子抜けてしまい、冷泉は小さくため息をついたのだった。
「大丈夫ですか、提督さん? 」
唐突にかけられた声に、我に帰る。
見ると速吸がこちらを見ていた。
「まーた一人で考え込んでたんですねー。悩んだって何も解決しないですよ」
明るい声で言われて、もっともだと思う。
ネガティブ思考では何も始まらないし、始まる前から体も心も重くなってしまう。そんなんじゃあ、最初から上手いこと行くはずが無いな。
そんな冷泉に気持ちを知ってか知らずか、速吸は事務的な口調で説明を始めた。
ここは駅舎から出たすぐの広場である。列車が到着したばかりなので人の行き来で混み合っている。
どうやら、ここで待っていてくれれば、別の者が冷泉を迎えに来て、次の場所へ誘導してくれるらしい。
速吸は冷泉のすぐ側まで近づくと、手招きをする。
何かと思い、彼女に顔を近づけると
「ここでわたしとはお別れです。今度会った時のわたしは、提督さんとも、もう少し上手くやれると思うので、えっと、……期待していてくださいね。じゃあ、残念ですけど、これでわたしとは、さよならです」
彼女は思い切り顔を冷泉に近づけ、耳元でささやいた。
「は? 」
なんだか意味不明な言葉に思わず声を上げてしまう。
「どういうことだ」
彼女は問いかけには応えず、笑顔を見せるとそのまま背を向けて去って行った。
その笑顔は今まで見せてくれていた笑顔とはまるで異なり、どこか寂しげだったことがずっと気になった。