「そんな艦娘なんて、いないはずだ。葛木提督が絶対命令権を発動したと言ったじゃないか。……話によると、艦娘の意思を拘束し命令を強制的に受諾させるものなんだろう? そして嘘か本当かわからないけど、人を殺させることさえ可能だとも言われているらしいじゃないか。艦娘の存在の根幹を揺るがすような強制力のある命令が存在し、なされているというのならば、俺の命令を聞いてくれる艦娘が存在するはずが無い。……それ以前に俺はもう舞鶴鎮守府の司令官でもない。だから彼女たちに自由意志があったとしても、命令を権限が無いんだよ」
冷泉が捕らえられていた際に、取り調べの担当官が面白そうにそんなことを言っていたことを覚えている。
もう艦娘に命令することもできないんだろ……。ってことは艦娘と乳繰り合うこともできなくなるんだろう? やりまくってたのに何もできなくなったんだろう? それってどんな気持ちだ? 教えてくれ教えてくれ、なあなあ。
両手が拘束されていなかったらぶん殴っていた案件だったけれど。
「確かに提督の仰るとおりですね。艦娘は人を傷つけてはならない……そういった禁忌事項に関する命令がプログラムされているのは事実です。けれど、すべてにそれが優先されるわけではありませんよ。例えば戦闘の中で人間に裏切り者が出て、緊急的に排除しなければならないことがあります。それも人間では不可能な状態でね。艦娘が動かなければより大きな被害が出るような場合を想定しているのです。ただ、それを自己判断でさせるのは危険なのは理解できます。けれど実際にそんな事案も起こりうるし、想定しておくべきなので、そういった緊急時に、鎮守府司令官に禁忌を破ることを命令できる権限を与えたというわけです」
確かに、より多くの者を守るために、緊急避難的に艦娘が人間を殺さねばならないといった事案が起こっても不思議では無い。なぜなら今がその時、戦時下だからだ。
冷泉はふと思う。艦娘は人に危害を加えられない制約があり、司令官のみにその権限が付与されているというが、その権限を与えたのは三笠のような艦娘の上層部である。であるなら、艦娘は自らの意思で人を殺すkとができるのではないか?
「確かに鎮守府司令官にそういった権限が付与されていたとしよう。けれど、俺には何もできないだろう? 俺は鎮守府司令官じゃないから権限がそもそもないじゃないか」
かつての上司だったとしても、今はその権限は葛木提督に移譲されている。冷泉はもはや部外者だ。そんな人間が命令をしたところで、どうにもならない。
「確かに仰るとおりです。舞鶴鎮守府の艦娘への命令権はすでに葛木提督へ移譲されています。けれど、それは冷泉提督が舞鶴鎮守府に着任した段階での艦娘となっています。つまり、その後、舞鶴鎮守府にやってきた艦娘については適用されないという事が判明しています」
「いや、そんなことってないだろう? ありえない」
「提督は加賀や長門、榛名の着任に際して、彼女たちを自身の指揮下に置く登録をしましたか? 横須賀および呉から舞鶴への受領処理を行いましたか? 」
唐突に言われた登録だの受領だのという言葉に冷泉は反応できなかった。
「それって何だ? 受領? そんな手続きがあるのか? 」
答えは単純。聞いた事も無かったからだ。
「はぁ……やはりでしたか。鎮守府司令官になる人であれば、そういったことは当然ご存じだと思っていましたが、まさかとは思いましたがうまく引き継がれていないこともあるんですね。……通常は、艦娘が異動となる場合、もとの所属の鎮守府では権限解除の措置が行われ、受け入れ先の鎮守府では受領の措置が行われることになっているんです。これにより、艦娘に対する全ての権限が新しい鎮守府の司令官に託されることなるわけなんですが」
と、少し呆れたような顔で三笠がこちらを見る。
馬鹿にされているような気がして、少し不愉快になってしまう。だって、俺はそもそも軍にいたわけじゃ無いんだから……。ただのサラリーマンでしか無かったんだから。無理矢理休暇を取らされ、仕方なく旅行に出て、たまたまフェリーに乗っている時に何かに攻撃されて船が沈没。気がついたら舞鶴鎮守府司令官になっていたんだから、そんな事知るわけが無い。知るチャンスすら無かったんだから。
……ん? 三笠の今の発言からすると、まさかとは思うが冷泉が全然違う世界からやってきたことを知らないということなのか? それとも、面白がってわざと知らないふりをしているのか? 知らないのであればこのことを伝えるべきだし、知っていてワザと言っているなら一言反論でもしたい気分だ。しかし、……今は保留しておくこととした。余計な事を言ってたらどう考えても有利な状況になりそうもない。様子を見るのも大事だ。
「知らないものは知らない。知らないから仕方ないと思うんだけど。けれど……もしそうだったら、最初から舞鶴にいた艦娘たちについても、俺は受領なんて措置はしていないぞ。じゃあ、これはどういうことなんだよ」
「さあ、それはわかりませんね。けれど、提督は前任の提督の失踪に伴い急遽、着任となったわけですから、そういった細々した事務処理は軍部かそれとも舞鶴の部下の方がやってくれたのかもしれませんね。わかりませんけど。まあそこについては、もはや分からないことですし、調べても意味がないでしょう。今はこれからの対応策を考える方が重要です」
前任の提督が失踪したことは知っている。けれどその後釜に据えられた冷泉の出自については知らない……ということか。どこまで事実を言っているか分からない三笠の発言だ。あまりまともに捕らえる必要はないな。少なくとも今のところは。
しかし、加賀、長門、榛名については権限委譲措置が取られていないことが発覚したことに、三笠も戸惑っているのだろうか。普段とは違い、言葉に迷いが見受けられるような気がする。
「良いことか悪いことかは現状なんとも言えません。加賀たちは、もとの所属先を離れた状態です。権限上、どこの鎮守府にも所属していないこととなっているのです。権限の移譲処理は鎮守府間の異動においては基本中の基本なんですけれど。これをやらないと絶対命令権が発動できないし、そもそも、艦娘に対する通常の命令が発動できないんですよ」
「命令ができない? ……なるほど、それで加賀があんなに反抗的な態度を取っていたんだ。てっきり俺のことを毛嫌いしているんじゃないかって思っていたけど。長門も榛名も確かに少し他の艦娘と変わった反応をしていたのも、権限移譲が行われていなかったからか」
何かすべてのつじつまが合った感じで、納得できた気がする。
「けれど、あいつらは形式的には俺の部下になっているけど、そういった処理ができていないのに、なんで俺の命令を聞いてくれるようになったのかな? 」
はたと新たな疑問が生じた。加賀たちからすれば、冷泉は確かに所属先の鎮守府司令官であるものの、命令を強制する力は持っていない。
「現状、加賀と長門、榛名は自分の意思で動いているわけです。システム上はフリーの状態ですからね。彼女たちは彼女たちで考え、あなたを司令官として認め、従うと決めたんでしょう。ですから、あなたの指示には従っているというわけです。なんの強制力も働いていないというのに、あなたに好意を持っているんですよねえ、これまた不思議な事です」
本気で不思議そうに三笠は首をかしげる。
「冷泉提督と加賀たちの関係性はまあ置いておいてですね、……ですから、彼女たちに対して葛木提督は何らの権限も持っていないということなのです。だって、もともと彼女たちになんの権限も持っていない冷泉提督から権限を引き継いだところで、何も引き継げるものが無いんですから。つまり、絶対命令権を発動したところで、納得いかなければ彼女たちは従わないことができるんです。彼女たちは彼女たちの意思で行動しますから、一応書類上は現在部下上司の関係ですから、通常の指示に対しては従うでしょうけれど、、彼女たちが納得できない命令であれば、無視することだってできちゃうんですよね。これって冷泉提督のポカですけれど、そのおかげで敵中枢に提督の命令を聞いてくれる艦娘がいるってことなんですよね。まさに、怪我の功名ですね」
「けれど、大変じゃないか。今は大湊は絶対命令権を発動している状態なんだろう? そんな状態であいつらが命令に背くようなそぶりをしたら……」
「葛木提督の絶対命令権が及んでいないと彼女にばれてしまうでしょうね。そうなれば、彼女たちは捕らえられるかもしれません。大湊警備府は日本国に対して宣戦布告を行っている現状です。はたして彼女たちがそれに従うかどうかですねえ。けれど大丈夫でしょう。なんと言っても艦娘の仲でも彼女たちは頭の良い子ですから、自分の置かれた状況はすぐに飲み込んで、それなりの行動はするでしょう。しかし、さすがに本格的に仲間同士で戦うとなったら、強制されない状態で仲間と命のやりとりをするなんてできないでしょう。これはさすがに誤魔化しきれなくなるしょうね。……よって時間はあまりないということです。やばいですね、クスクス。どうしますか冷泉提督、クスクス」
「笑ってる場合じゃない。俺にどうしろっていうんだ」
「だから言ってるじゃないですか。まあ簡単に言いますと……今後、二つの鎮守府間の戦闘は不可避となっています。艦娘同士の殺し合いを避けるためには、冷泉提督には単身、大湊警備府へ向ってもらい、加賀たちの協力を得ながら潜入して葛木提督以下敵性勢力を排除してくださいってことです。もちろん排除というのは物理的にってことですよ」
しかし、冷泉は反論せざるをえない。
「さっきも言ったけど、戦闘訓練を受けていない自分が行ったところで何の役に立つというんだよ」
三笠は答える。
「こちらもさっき言いましたよ。どんなに精鋭の特殊部隊を送り込んだところで、艦娘の索敵能力及び戦闘能力に勝てるはずがありません。ただ無駄死にさせるだけです。けれど、冷泉提督一人なら目立ちませんし、現在大湊にいる加賀たちを使い、潜入することができます。状況からすると榛名そして神通も利用できるでしょう。提督が葛木提督の位置を加賀たちから知ることができれば、そこに艦娘による艦砲射撃をするだけです。それで完了です。葛木提督さえ排除すれば、その瞬間、艦娘は強制的拘束から解放されるし、大湊の艦娘も指揮官を失ったことで混乱状態に陥ります。そうなれば彼女たちを無傷で押さえ込む事だってできるでしょう。よって艦娘同士で殺し合うような愚かな事態を避けられることになります。。実に簡単な事です。提督は加賀たちを使って葛木提督と彼女を操る者を抹殺するだけですべてが完了します。艦娘の砲撃であれば、容易な作業となります。こちら側の勝利条件は、対象者の死。これは絶対条件となります」
「たとえ敵だと言っても、葛木提督を殺さなければならないのか? 殺さずとも捕らえることができれば」
冷泉は人を殺した事がない。直接的にも間接的にも。だからどうしても抵抗感が拭いきれないのだ。避けられるものなら、その選択肢を避けたいと思っている。そこまでの覚悟はまだ決められない。
「いえ無理ですね。葛木提督を殺さなければ、大湊および舞鶴の艦娘への絶対命令権は解くことができません。考える隙を与えたらだめです。中途半端に追い込んだらやけを起こして、日本国全域に艦娘の飽和攻撃を命じる可能性があります。そんなことになったら何百万いえ1千万を超える人が死ぬことになりますよ。それから、周防という扇動家を甘く見たらいけません。仮に生かして捕らえたら、彼の持つ政治力で、今回の罪をうやむやにしてしまう可能性が非常に高いです。それほど彼は中枢に入り込んでいるのです……。人間の処罰について私たち艦娘は入り込むことができません。よって、彼に再起の可能性を与えてしまう危険があるのです。そうなれば、一時は地下に身を潜めるでしょうけれど、再起のチャンスを狙って虎視眈々と牙を研ぐことになります。それほどしぶとい存在です。今後の憂いを立つためにもこの際、頭を潰して殺しておくほうが間違いなく日本国のためになります」
「周防は抹殺しないといけないとは、かなり警戒しているんだな」
彼をよく知らない冷泉にとって、周防という存在がそれほど艦娘が警戒する人物という評価であることに興味を覚える。
「その原因は私たちにもあるのですが。軍の中には私たちをよく思っていない勢力も多いですからね。そして、そういった勢力の心を掴むのが非常に巧いのです。私的には彼にもいろいろ利用価値があるので完全に排除するにはまだまだ時期尚早と考えているんですが、どうも彼は私たちを今回排除できると確信し、本気で潰しに来ています。いやはや愚かではありますが、どこか可愛いものです。私としてはちょっとした刺激になるので、本音では放置してもいいんですけれどね。ただ甘い顔をすると、第二第三の周防氏が誕生する恐れがありますし、妙に蔓延られるとコントロールできなくなるかもしれません。とにかく油断大敵です。どこで足下をすくわれるかわかりませんからね。よって、この際にそういった勢力を一回、日本国の国民の皆さんのためにも根っこから駆除したいのです」
「しかし、俺に人を殺せと……いや、艦娘に人を殺せと命じろというのか? 」
と、どうしても人を殺す事、部下に人を殺せと命じることに納得ができない。
「提督の命令であれば、加賀たちも言うことを聞くでしょう。絶対命令権は無くとも、その行動が多くの人を、艦娘を守るとなれば賢い彼女たちは躊躇しないと思います。葛城提督と周防氏を排除できなければ、今後多くの血が流れることになることは、加賀たちならすぐに理解してくれます。そして、戦艦2,空母1,軽巡洋艦1が動かせるのであれば、葛木提督およびその勢力を排除するのはたやすいですしょ? 自陣にいきなり味方だと思っていた艦娘が敵対戦力として現れるのです。いかなる防衛も無意味でしょう。
「しかし……」
「けれど、これが今考えられる一番の策だと思っています。他にもっと妙案が出てくるかもしれませんが、それが何時になるかわからない状況ですからね。現段階でもっとも犠牲を少なくすることができるの方法なのですよ。少なくとも死ぬのは数十名の敵側の人間、しかも日本国に混乱をもたらそうとする者のみです。国家への反逆は通常死刑でしょうから、仮に無血で彼らを捕縛しても、結局は彼らには死罪しかありまえせん。よって早いか遅いかの違いで結果は同じです。特に問題ないのでは? そもそも鎮守府司令官には戦時下における救急避難的処罰権もあるでしょう。まさにその発動要件に該当するのは、提督でもおわかりでしょう」
「それは認めざるをえないけれど、できれば俺の部下に人を殺させることは避けられるなら避けたい。分かっているけど彼女たちの手を血で汚したくない」
「甘い……甘いですね、提督は。……提督の力だけで葛木提督を捕らえることができて? 無理ですよね。彼女の周りには多くの護衛がいます。そもそも彼女に近づくことなど不可能でしょう。彼女は提督と違って戦闘は鎮守府で指揮するでしょう。横須賀鎮守府と正面からぶつかるのでしょうから、基地に残す兵力はほぼいないと考えます。軍が兵士を送ってきた時にそなえて艦娘を数人おいておけば十分対応可能。また、深海棲鑑と手を組んでいる前提でいけば、ほとんど防衛を気にする必要はないわけです。人間による攻撃なら十分対応できるでしょうけれど、艦娘の攻撃には耐えきれないでしょう。それだけで艦娘たちをまもることができるのです。指揮官が死ねば、大湊の艦娘は動きを停止します」
「しかししかし」
困惑する冷泉。
「提督が決断してくださらないと、破局が訪れるしかないのですよ。わずかな犠牲……それもどちらにしても排除される存在を処断するだけ。それだけで多くの人が救われますし、艦娘たちも仲間同士で殺し合う必要もなくなります。それでもまだ迷われるようですね、冷泉提督は。ならば、私としても提督にご決断いただくよう、強制力を発揮するしかないですね」
と、真剣な表情になった三笠がこちらを見る。
「艦娘の手を汚したくないとか人を殺させたくないとか妙なきれい事を仰られましたが、冷泉提督はお忘れになったんですかね? 」
と、探るような目でこちらを見る。
「? 忘れたといっても何のことか分からないし、これまでの話と何の関連があるか、まったくもって想像もつかないんだけれど」
「うーん、まだ思い出されないんですかねえ。それともしらを切っているんでしょうか。……まあどちらでも構いません。話を変えましょうか。……提督はマツシロ町ってご存じですか? 」
「まつしろまち? いや、ぱっとは思い出せないけれど」
唐突に出された町の名前に、意味がわからず答えるしかできない。なのに急激に鼓動が高まり息苦しくなるのを感じた。
心の中で、ついにこの件が発覚したとはと動揺を隠せない。何よりも何で今頃こんな話を持ち出すのかという疑問のほうが大きかった。
珍しく投稿間隔を短くできました。