まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第249話 金剛と冷泉

しかし、冷泉の身体能力では間に合わない。

「やめろ! 」

そう叫ぶしかできなかった。

 

 

すべての動きがまるでスローモーション映像のように、ゆっくりとなる。

自分では必死で駆けているつもりなのに、遅々として体は動かず、のろのろとした動作をするだけだ。

 

「うしぇあえいえいえい」

奇声を上げながら左手を突き出した草加は、鬼気迫る表情で金剛の腕を掴もうとする。

金剛は無表情のまま棒立ちのまま、草加を見ているだけだ。

 

何をしているんだ、金剛! 早く逃げろ!

声にならない声を上げる冷泉。

 

いや、あまりに唐突な出来事に彼女の思考がついて行かず、反応できないだけだ。

 

 

まずい、掴まれたら終わりだ。

この時ほど武器を携帯していないことを後悔したことはなかった。銃さえあれば、草加の暴走を止めることがきたのに、また、何もできないのか!

 

草加の左手が金剛の肩を掴もうとする。

刹那、金剛の右手がいつの間にか彼女に突き出した左手首を掴んでいたのだ。

 

「え? 」

間抜けな彼の声がはっきりと聞こえる。

 

金剛は無造作に掴んだその手を捻る。

 

ボキリ―――。

 

嫌な音がしたと思うと、草加の左腕が妙な方向へとねじり曲がっていた。

 

「うんぎゃああああああああああああああ!! 」

絶叫。

 

面倒くさそうに金剛は手首をクルリと回す。

 

ありえないことだが、その動きにあわせて草加の体は宙を舞う。

金剛は握った腕を離していないため、彼の体は不自然に高速で一回転して床に叩きつけられる。

背中から床に強く叩きつけられた草加は、グエッと潰れたような声とも悲鳴とも言えないような音を発した。

呼吸ができないのか口をパクパクするだけだ。目が飛び出しそうなくらい大きく見開き、虚空を見つめている。

 

金剛は、骨折して折れ曲がった草加の手を離すと、床に倒れこんだ少年を見下ろす。

 

「いでえ、いでえ、いでえよう。誰か誰か医者を呼んでくれ」

やっと声を出せたかと思うと悲鳴を上げている草加。折れた左手首を右手で掴むようにしてのたうち回る。

 

金剛は無表情で、草加を掴んでいた右手を自分の服にごしごしとこすり付けている。まるで汚れをこすり付けるように。

 

「て、てめえ、このクソ雌犬があ! 艦娘のくせに……こ、こんなことを人間様にして、ただで済むと思うのか」

痛みに顔を歪めながらも必死に声を絞り出す草加。背中を痛打したダメージはどうやら収まったようだ。

 

「俺は三笠さまの直下で使えているんだぞ! 金剛、艦娘の分際で俺にこんなことをするなんて、絶対に許されないぞ。おいおい、憲兵、憲兵はどこだ。さっさと来て、この雌犬を取り押えろ。……れ、冷泉提督、あんたなにバカ面してぽかーんって見てるだけなんだよ。艦娘が人を襲っているんだぞ、これは犯罪行為だぞ、さっさと職務を果たせよ。警備を、警備を呼んでくれ」

怒りが痛みを凌駕したというのか? 草加はマシンガンのように叫び続ける。

 

冷泉は眼前の光景を傍観するしかなかった。本来なら怪我をしている草加を助けに行くべきだろうが、所詮、身から出た錆でしかない。自分が圧倒的優位にあると勘違いしていた草加が手痛いしっぺ返しを食らっただけでしかない。そして、先に手を出したのは彼だ。金剛が反撃しなければ、彼女は怪我をしたかもしれないのだから。

 

正当防衛だ。

 

そして、何よりもずっと我慢していたが、彼は金剛を侮辱した。それは許されるものではなかった。艦娘の尊厳を穢すようなことを彼は言った。言われなき侮辱を受けたのだ。その罪は償わなければならない。

殺されていないだけましだろう。

 

「てめー金剛の見方をするのか? くそたれのフニャチン野郎のくせに、まだこの女に未練があるのかよう。こいつの味方をして、あわよくばよりを戻そうなんて、よろしくやろうなんて考えてんのか? 醜い醜いスケベ野郎が」

 

「……俺のことを貶すのは、ムカつくがまあ構わない。けれど金剛のことを悪し様に言うのは許せない。そしてお前は理不尽に彼女を傷つけようとした。……そして手痛く叩きのめされた、それだけだろう。どこに罪があるのか。俺には間抜けで粋がったまぬけな糞ガキがぶちのめされたとしか見えないんだが」

 

「て、てめぇてめぇ」

カッと目を見開いた草加は一瞬何かに気づいたような素振りを見せたかと思うと、ニンマリと嗤った。

「……どいつもこいつも俺様をなめやがって。バカにするのもここまでだよ」

そう言うと体を起こす。

「ギャハハッハハハ、クソ野郎も悪運もここまでだよ」

高笑いする草加の右手には銃が握られていた。

……今さらながら思い出した。こいつは冷泉の監視役も兼ねているのだ。当然、冷泉を制するための手段を持っている。

そして、その銃口はしっかりと冷泉に向けられていた。

「死ねや、冷泉」

草加の口角が邪悪に吊り上がる。

 

「その顔、とっても気持ち悪いんですケド」

抑揚のない声がしたと思うと、草加のすぐ横に金剛が立っていた。薄汚い物でも見るよう瞳で草加を見下ろす。

そして、次の刹那、風切るような音がしたと思うと、パン! という何かがはじけ飛ぶような音がした。

 

一瞬、銃声だと思い、冷泉は自分の体を思わず見てしまう。

しかし、体には痛みはなく、軍服に穴が開いてるわけではなかった。

 

「うぎゃああああああああああああああああああああああああ!! 」

と、代わりに草加が凄まじいい悲鳴を上げていた。

 

銃を構えていたはずの彼の右腕は消失し、噴水のような勢いで血しぶきをぶちまけていたのだ。

草加は喪失した右腕を体で庇うようにして転がりまわる。

「痛い痛い痛い痛い痛いよう、痛いよう」

悲鳴とうめきしか彼の口からは発せられない。

 

「うるさいネ、あなた」

静かに金剛が言う。

そして彼女は右足のブーツの汚れが気になるのか、床にこすり付けるような動きを示す。

初めて何が起こったのかを理解した。なぜ草加の右手が喪失したのか。

何のことは無い。

 

彼女が草加の銃を蹴り飛ばしたのだ。

ただ艦娘の力が強すぎて、銃を弾き飛ばすだけでなく、彼の右腕を、肘から上の部分ごと吹き飛ばしたのだった。

 

「あなたのような意味のない人型ごときが、私と提督との会話を邪魔するなんてありえないネ」

そういいながら、彼女は草加に歩み寄る。

 

「ヒイイイイイ」

怯えたような悲鳴を上げると草加は必死に金剛から距離を取ろうと必死に逃げようとする。ただ両手が使えないために立ち上がることができず這って逃げるしかない。

 

「静かにしてほしいネ」

抑揚のない声。

金剛は草加に近づくと右足で草加の足を、右足を踏みつける。

 

確か草加の右足は義足だったはず。

 

金属が潰れるような音。

 

金剛は何度も何度も踏み下ろす。

 

彼の義足は通常の義足とは異なり、動力を含んだ特注品。少々の攻撃では……少なくとも人の力では破壊することなどできないはず。

 

なのに、僅か数回の蹴りで彼の義足は圧し折れ、ショートし、煙が出ていた。

 

「いやいや、火が火が付くうう。燃える燃えるようー火事になるよう」

 

「なんだか分からないけど、アナタの顔、どこかで見たことあるネ。……絶対に許してはいけない相手。何でか分からないけど、絶対に生かしておいてはいけない人間」

金剛の言葉の意味は理解できないが、彼女の記憶の奥底に、草加に対する憎しみがあることだけは分かった。

 

「おまえ、生かしておいてはいけないヤツ」

初めて金剛の表情に感情が現れた。

 

それは絶対的な怒りだった。

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