金剛が何を考えているのかは、今の冷泉には分からない。
想像だけはできるけれど、それは舞鶴鎮守府に彼女がいたころの人となりからの推測。今、横須賀鎮守府の艦娘となった彼女がどういう思考形態になっているかは冷泉には想像できなかった。所属する鎮守府が変わったところで、艦娘のパーソナリティは変わるはずがないのが必然。
けれど、今の金剛は冷泉の知る金剛ではなかった。纏う雰囲気も、表情も、喋り方も……。冷泉を見る視線もだ。なにもかもがあの頃とは違ってしまっている。
もはや冷泉の手の届かない遠いところに行ってしまったのだから、今さら驚くでもない。
「お前、何考えてんの? 」
心底不思議そうな顔をして草加が問いかけてくる。
「考えるも何も無いだろう。お前みたいなクソガキが嫌いだから、金剛に命じただけだよ。ただ、それだけだ」
「……うひひひひ」
何かを思いついたかのように草加がニヤけた顔で冷泉を見る。
「まあ、まあなんでもいいや。……くそっ、痛えな。ムカつくけど、アンタの言うことを今は信じてやるよ。糞艦娘のことは今回は不問だ。それ以上に俺にとっていいものを手に入れられそうだからな。キッキッキ。本当はもっと先になると思っていたけどよう、お前みたいなムカつく奴を貶めることができるんなら、ちょうどいいや。お前は、お前の言ったことに責任取ってもらうからな」
今さらどういう展開になろうとも、冷泉の立場には大きな差がない。艦娘を使って人間を傷つけたところで、かけられた嫌疑にとっては大したものじゃない。
「……お前がこれからどうしようとしているのかはわかるけど、残念ながら今はお前の相手をしている場合じゃないんでね。ちょっと可哀そうだけれど、勘弁してくれよな」
冷泉はそういうと床に転がったままの草加に向かって歩いていく。
「な? 何をしようとしてんだよ」
完全に冷泉を追いつめたつもりでいた草加は、自分が置かれた状態を完全に失念していたようだった。
彼は義足を圧し折られ、その上両手は使い物にならない。つまり、迫りくる冷泉を阻止するどころか、立ち上がることも逃げることさえもできないのだから。
「俺はお前に構っている暇はないんだよ。それはお前も理解しているな。俺たちはこれから為すべき任務があったことを忘れたわけじゃないだろう? それなのに、お前はつまらないことにこだわって貴重な時間を浪費し、挙句の果てには任務遂行すらできない状況になってしまっている。本来であれば、お前とコンビを組んで任務を果たさなければならなにのに、とんだ失態だ。どちらかというと俺の罪よりもお前の罪のほうが大きいんじゃないかな? 三笠はお前に言ったよな。俺とともに任務を果たすようにって。それをお前はできなくなっているんだ。これをどう言い訳するんだ? 」
冷泉の言葉にどんどんと顔が青ざめていく草加。
その状態を見るだけでどれほど彼にとって三笠という艦娘が恐ろしい存在なのかがわかる。
「おい、嘘だろう? 何でそんなことになんの。俺は何にも悪くないぞ。そこの乳デカ女と無能な男が全部悪いんだろう。俺は何もしてない。むしろ被害者だろ。おい、なあ、なんとか言えよ。俺を弁護しろよ、俺は悪くないだろ? 俺は巻き込まれただけだろ? おい、なんで黙ってるんだよ、なんで俺に近づいてくる。俺は怪我人だぞ、怪我人に何するつもりだよ」
「……お前は任務遂行をしようとしたが、俺にいきなり殴られて気を失った……そんなシナリオにしてやろうっていうんだ。そうすれば少しは三笠の心象も良くなるだろう? 」
実際は三笠は逐一モニターしているだろうから、絶対に草加は許されないだろうけれど、あえてそんなことを言った。むしろ面白がって、さらに何かを企んでるだろうな。
「ヒッ……酷いことしないで」
這うようにして後ずさる草加。
とりあえず、蹴とばしたら気を失うかな? そんなことを考えたが、それより早く空を切るような音。同時に鈍い音がしてカエルが潰れたようなうめき声を出して草加が横に吹っ飛んで転がっていった。
「な? 」
冷泉の前には金剛が立っていた。
草加は彼女に思い切り蹴とばされ転がりながら壁に激しくぶつかって動かなくなっていた。
「大丈夫、手加減したから多分死んでいないわ。……死んだところで私にも提督にも関係の話でしょう? 」
見るとひっくり返った草加の体はかすかに動いているようだ。本当に手加減はしたようだな。
「しかし、こんごう」
振り返りながら彼女に話しかけようとすると、すぐそばに彼女がいた。もうぶつかりそうになるぐらいのすぐ傍に。
「どうして? どうして、見え透いた嘘をあの男についたの? 」
息がかかるくらいの距離に金剛の端麗な顔がある。真剣な表情で瞬きもせずに冷泉を見てくる。
「そ、それは……あんなくだらない奴に君の邪魔をさせたくなかったからだ……よ」
冷泉は金剛に見つめられ、目をそらすこともできなかった。
彼女は何も言わずに冷泉を見つめたままだ。言葉を発さない。すべてを話せと急かすかのようだ。
「あんな奴のために、君が迷惑をこうむるようなことにはさせたくなかった。せめて……俺は俺のできることをして、君を守りたかったんだ」
それは本音だった。たとえ自分の部下で無くなろうとも、金剛は冷泉にとって大切な艦娘だ。できるかぎり助力をしてあげたい。できることを、いやたとえできないことであっても、彼女の役に立ちたい。その気持ちはずっと持っていた。
それが何をもとにした感情かはわからないけれど……。
自分は彼女を守ることができなかったという後悔もあるのは間違いないけれど。
「くだらない……」
吐き捨てるように金剛が呟いた。
「え? 」
金剛に問いかけようとした冷泉だが、次の刹那、金剛は冷泉の襟首を掴むと、彼を壁に打ち付けた。
激しく背中を打ち付け、呼吸ができなくなった冷泉は声すら出せなかった。
右手で冷泉の襟首を掴んだ金剛は、冷泉の体を引き寄せる。
再び彼女の顔が冷泉のすぐ傍まで近づいていた。
もはや鼻と鼻がふれるほどの距離だ。
かすかに懐かしい金剛の香りが漂ってきた。
「……」
ほんの一瞬、彼女が何かを呟いたように感じた瞬間、金剛は冷泉に口づけてきたのだった。
柔らかい感触が冷泉の唇に伝わってきた。
冷泉は何が自分の身に起こったのか、すぐには理解できなかった。
その非現実から自身の状態に気づいた時、意識が遠のく感じがした。