まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第256話

冷泉は、全身の力が抜けていくのを感じていた。

運命という存在(やつ)は、いったい、どこまで俺を翻弄すれば満足するというのか。どれほどの業を背負わされてるっていうんだ。

 

救えなかった艦娘の一人が今、目の前にいて、再び行動を共にしようとしている。それは、敵の本拠地への成功の見込みの低い任務だ。

彼女は、もはや俺の部下でもはないというのに。

 

「なんで、しかし……」

言葉を続けようとするが、続かない。

 

「提督、何をもたもたしているのですか? あまり言いたくないのですが、現状認識が甘すぎませんか? 今は一刻を争う状況……そう聞いているのですけれど。……提督、早くご指示を」

冷泉の気持ちなど知るはずもない、ピンク色の髪の少女が急かす。

 

「しかし、君は俺とは……」

 

「今更ですが、当然、知っています。いまだに納得できていませんが、私があなたの部下であったことは記録により確認しています。そして、裏切り者の手により、私たちは堕とされて、上官であったあなたに刃向いました。同じ鎮守府の仲間と戦ったことも。……そして、それに見合う報いを受けたことも……すべてです」

一瞬だけではあるが、うつむき加減に悔しそうな表情を浮かべた。

「再稼働して間がないため、まだ理解が追いついていないことを謝罪します。あなたが私を信頼できないというのも理解しています。あのようなことをしでかした艦娘を信じろと言うのは、提督にとっては難しいかもしれません」

 

「……いや、そんなことはない。前の事だって、結局は俺の注意、配慮が足りなかった事が原因なのだから。おまえたちに負荷ばかりかけて、俺は俺がなすべき事ができていなかったんだから。少なくともお前が気に病む事なんて何も無い」

即座に彼女の言葉を否定する冷泉。

敵の手に落ちてなお、最後は冷泉たちを庇って砲撃の盾となり沈んだ、あの時の不知火の姿が蘇る。

とはいえ、あれほど規律に厳しかったのだから、それを自分が破ってしまったことについて、どれだけ後悔しているのかと思うと不憫になる。

「むしろ、お前こそが俺との任務に当たるのは辛くないか?」

 

「これは三笠様の勅命。ゆえに私の感情など何の意味もありません。考慮などする必要も無い事項にすぎません。それに、この任務を達成することで、私は三笠様の期待にお応えすることとなり、それが贖罪となるのですから。提督は余計な気を回さなくて構いません。ただ、同行する一人の艦娘としてお扱いください。かつての私があなたにどのような対応をしていたかは記録にないので分かりませんが、……望まれる事ならばどんなことでも誠心誠意、……全力をもって不知火は対応させていただきます」

決意の宣言ではあるが、なぜか途中から彼女は頬を赤らめている。

かつての不知火ではありえなかった態度なのだ。そういったところにちぐはぐ感に違和感を感じてしまう。

 

「相変わらず……何か含みのある言い方だな。お前からは俺の知る不知火と少し違うところを感じてしまう。正直なところ、理解できていない自分がいるんだ。任務達成のためには、上官の命令を果たさなければならないということは理解できる。けれど、お前の物言いは、なんかそれ以外のものも感じてしまうんだけど」

冷泉は、彼女の言葉に何か違和感を感じたので問いかける。冷泉の知る不知火とは少しずれがあるからだ。

疑問に感じたことはきちんとその場で確認する。それがこれまでの経験から得たことだ。決して後悔の無いよう、疑問に感じたらそれを問うこと、理解すること。それだけは忘れてはならないことだと思っている。

 

その言葉を聞いた不知火は、ほんの少し動揺したように目を大きく見開く。

「そ、それは、……これから約千キロの行程を行くのです。夜をまたぐ必要もあります。提督から見ればどうなのかもしれませんが、不知火も女です。男と女が二人で夜を過ごす……そうなれば、当然……そこは私も覚悟をしています」

 

「は? ……いや、言っている意味がわからないけれど」

唐突な発言に理解が追いつかない冷泉。

 

「とぼけないでください。提督は男性であり、艦娘は女。当然、そういったことがあることは、こんな私でも噂では聞いていますし、覚悟もしています。過去の記憶は無いですが、かつての私と提督もそういった関係があったのでしょう」

 

「いやいや、他の提督は知らないけれど、俺は鎮守府の艦娘誰一人としてそんなことをしていなし、そんなこと考えたこともないぞ。……いや、考えたことがあるかないかといえば、全くゼロではないけれど」

そこだけはきちんと否定しておく。それが何の自慢になるのかと言われればそれまでだが、自分がそういった類いの人間ではないことと、艦娘たちの純血だけは証明しておかないと。常に彼女たちには正直に向き合いたい。

 

「はあ、……提督がそう仰るのであれば、きっとそうなのでしょう。不知火は信じてはいませんけれど、それはそれで構いません。所詮、些末なことでしかないですもの。私がなすべき事は、今は任務を全うするのみなのですから。何よりも三笠様の命令でもあります。それから……ただ一つだけ言っておきます。失礼な物言いになることを許してください。……私は、冷泉提督を信じていません。これまでの記録の確認させていただきましたが、提督としての資質に欠ける言動だらけで、多くの艦娘に迷惑をかけていると思っています。それが今の体たらくに繋がっているのですから。ふしだらでだらしなく、傲慢な上に自分勝手。……そう思っています。けれど、私はそんな下劣な提督に同行し、任務を全うすることを命じられています。成功の可能性は限りなく低いですが、今、私に下されている評価を覆すため、どんな辱めを受けようともどんなに耐えがたいことがあろうとも耐えるつもりです。命令は絶対。艦娘はそれに従うしかないのですから」

 

「ずいぶんと厳しい言い方だね。まあそう思われても仕方ないし、お前の本音を教えてくれたことに感謝……かな。けれどおまえが生きていてくれたことに比べれば、おまえにどんな風に思われたって何でも無いことさ。お前に嫌われているのは理解しているから安心してくれ。俺もなすべき事をなすだけなんだからね。まあ本音はどうあれ、ともに協力して任務を果たそうじゃないか」

不知火の評価がだいぶバイアスの係ったものだけれど、結論からいうと今、冷泉が下されている評価については間違ってはない。不知火が汚名をそそぐために行動すると同様に、冷泉も行動で示すことで彼女の信頼を得るしかない。

そしてそれ以上に、今は自分の名誉などに拘っている場合ではない。

なすべき事は決まっている。それを成功させるしかないのだから。

「俺たちは、きっと任務に成功する。不知火、俺の手助けをよろしく頼む」

そう言って手を差し出す冷泉。

いろいろな違和感はあるものの、冷泉の与えられた時間は、とてつもなく少ない。今は考えるより行動が先だ。不知火もしぶしぶながら手を差し出した。

 

決まれば行動は早かった。

これからの大湊警備府までの行程には冷泉が着ている軍服では目立ちすぎる。当然、艦娘である不知火の姿も同様に目立ちすぎる恰好である。まずは変装が必要である結論。……一般人を装うか陸軍兵士を装うかだったが、一般人の格好で行く事がすでに決められていたようだ。

必要な装備関係は、すべて三笠の指示で準備がされていたのである。

 

移動用のための車やら服装品、携行品、現金、食料品など……。そして、その中には当然ながら銃器も含まれている。

 

身支度を整えた二人は外に出ると、準備された小さな四輪駆動車に乗り込むこととなる。

この車は冷泉でも知っている。黒い軽自動車の四輪駆動車だ。それも冷泉が免許を取った頃にはモデルチェンジがなされていて、中古でしか見ることのない古いモデルだった。軽自動車といっても古い規格の小さい車体だ。それなりに整備はされているようだが、年季の入ったボディーからも低年式のものであることは明らかだった。

ドアもペラペラで閉めたらパタンと情けない音を立てた。

 

準備された車両の運転は、不知火の担当となる。

見た目、中学生ぐらいの彼女ではあるが、曰く、上官である冷泉に運転させるなんてのはありえないとのことだった。しかし、当然ながら彼女は運転免許を持っていなかった。

無免許である。

そこを指摘すると、どうせ人目を避けての移動となる。であるなら運転技術に秀でた上、土地勘についても艦娘のデータリンクにより地元民より遥かに詳しい情報を持っている艦娘に任せるのが当然だと主張する。

そもそも冷泉だって免許は持っていたが向こうの世界のものであり、こちらの世界では取得していない。役職からして移動については部下が運転するのだから、必要も無かったのだ。そもそも戦争中であるので、取り締まる警察はいない。

それに無免許運転であることに変わりないわけだし。

 

結局、彼女の主張を否定することもできず、助手席に収まるしかなかったわけである。

旧規格の軽自動車の車内は狭くて窮屈だ。座面がペラペラのシートに腰掛けて、身をよじらせながらベルトを締める。

 

そして、私服姿の不知火を見るのは初めてだったので、横目で思わずチラチラと見つめてしまう冷泉。そんな冷泉をさげすむような目で不知火は睨んでくる。

やはり、ちょっと失礼だったかな。

「いや、すまん。お前の私服姿なんて見慣れなかったもんで、思わず見入ってしまったよ。ふふ、しかし、制服姿もいいけれど、私服もなかなか似合ってるぞ。うん、やっぱり可愛いいな」

冷泉の知る不知火であればこんな言葉を言うことなんて許されなかっただろう。きっと怒ったはず。けれど、隣に座った不知火は少し違う。だから、少しくらいふざけても問題ないだろう。完全にセクハラ親父だけれど。

 

「……はあ、全く余裕ですね、冷泉提督は」

彼女は、呆れたようにため息をついた。

 

「ふふふ、まあ、そういうわけではないけれど、とにかく長時間の移動となるけれど運転をお願いするよ。けれど、疲れたらいつでも言ってくれ。運転なら俺だってできるからね。こんな小さな車だったらどんな狭い道でも楽勝さ」

努めて軽薄な口調で冷泉は話す。事態は深刻だが、せめて二人の時はそんなことを考えたくない。

 

「張り切るのは勝手ですが、そんなことはありえませんよ。提督を無事目的地まで送り届けるのも任務の一つ。不知火は確実に任務を達成します」

一瞬、小馬鹿にしたような表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻る艦娘。

 

「よーし、出発だ! レッゴーレッゴー!」

不知火は無表情のままエンジンを点火する。マフラーを交換しているのか、小気味いい排気音が聞こえる。

荷物を満載した軽の四輪駆動車は、うなりを上げ、それに併せて車体がガタガタとゆれるが、エンジン音の割にのそのそとした加速だった。

それでも、まあ一定速度まで達しエンジン回転数が落ち着くと、まあそれなりの安定した走りになった。

 

不知火は両手でハンドルを握り、無表情のまま運転を続ける。車が小さいせいで、小柄な彼女の身長でも前は見えているようだ。

 

「なあ、緊張してるか?」

しばらく続いた無言に耐えきれずに冷泉が声をかけると、不知火は「別に」とだけ素っ気なく答えた。

 

「いやいや、そりゃ緊張するだろ。こんな特殊なミッション、そうそう無いよ」

冷泉は笑って見せたが、実は心の中では緊張している。失敗は許されない。そして失敗は自分の部下の艦娘の死に直結する。自分だけならそれほど思わないが、大湊にいる加賀達を思うと胸が締め付けられるような気分になった。そして、すぐそばにいる不知火の命だって……。

「とにかく、任務は成功させないとね。俺たちの未来がかかってるんだからな」

軽口を叩いたものの、心は真逆のままだ。

 

不知火は何も言わず、ただ頷くだけだった。

 

車は、横須賀鎮守府を出発し、国道1号線を北上していく。海沿いの道を走りながら、冷泉は過去のことを思い出していた。かつては、この海上で任務を遂行し、ほんの僅かではあるが司令官として戦果をあげたのだ。しかし、今はただの一兵卒に過ぎない。

 

自身の無能さや裏切りと陰謀によって、すべてを失ってしまったわけである。今思うと、もう少しうまくやれたのになと反省はしている。自分に能力なんて無いのは分かっていたのに、なぜか自分を見失い、あたかも万能であるかのように思い込んでいたのだ。セーブポイントからやり直せるのなら、今すぐリセットしたいくらいだ。

 

「あの時、もっと上手くやれていれば…」

冷泉は、海岸線を眺めながら、つぶやいた。

 

不知火は、そんな冷泉に対して何も言わない。

彼女は何を思うのだろうか。こんな任務を与えられ、どう思っているんだろう。艦娘として艦隊戦に参加するのではなく、落ちぶれた男の運転手となっている自分をどう思っているんだろうか。

 

「……なあ不知火、何か話をしないか? ずっと黙ったままじゃ退屈なんだよね。こんなポンコツ車での移動だと何日かかるか分からない。その間ずっと黙ったままでいられると、さすがに辛いよ」

 

冷泉が声をかけると、不知火はようやく口を開いた。

「私から話すことなんて、別に何もありません。提督は私に気を遣われているのかもしれませんが、気にしないでください。私は、ただ、早く目的地に着きたいだけですから。艦娘だと思わず、タクシーに乗っているんだと思っていていただいて結構です。いろいろとお疲れかれでしょうから、お気になさらず寝ていただいて結構ですよ」

それだけ言うと、彼女は再び黙り込んでしまった。彼女の言葉は、とても冷たく感じられた。

 

無言の時間が続く。

1時間程度、無言の時間が続く。聞こえるのはロードノイズとエンジン音、それから風切り音のみだった。しばらくしすると、二人は道中にある公衆トイレに立ち寄ることとなる。かつては道の駅として賑わっていた場所ではるが、今は管理する者もいなくなり荒れ放題となっている円形の建物と隣に公衆トイレが設置されている。トイレも当然管理などされていないが、やむを得ないだろう。

 

冷泉はただの人間であり、生理現象も当然起こるのだから。どんな緊急時であってもそれは同様。そそくさと荒れ果てた建物の中にある男子トイレに入り、用を済ませる。当然、水は出ないし、手洗いの水も出るはずもない。そもそも洗面所のガラスは割れ、手洗いも壊れてしまっている。便器が壊れていなかったのは奇跡ともいえるだろう。

 

「そうだ、不知火、何か飲むか?」

冷泉はリアハッチを開けて荷物の中から取りだしたぬれティッシュで手を拭きながら不知火に問いかける。水やらコーヒーなども積み込んでいる。長時間の移動では水分補給も必要だ。

 

しかし、不知火は「いらない」と答えた。

 

「ほら、疲れてるだろ。少し休憩しないか」

冷泉は、運転席のドアをあけると彼女を車から降りることを促した。そして、しぶしぶ車を降りた彼女に缶コーヒーを渡す。常温の缶コーヒーではあるが、仕方ない。

「長時間運転したら定期的に休養が必要だぞ。海軍はブラックな職場であってはならないのだ。さあさあ」

そう言うと冷泉は不知火の手を引いて、近くにあったベンチへと歩いて行く。

最初は「勝手に手を触るな」とか「乱暴なことをするな、セクハラだ」と騒いでいた不知火も、諦めたのかおとなしくついてきた。

「さあ、座って座って」

ポケットから取り出したハンカチをベンチに敷くと、彼女をエスコートする。

何か言いたそうにしたが、大きくため息をつくと、不知火は腰掛けた。

冷泉も彼女から少し離れて腰掛ける。

 

「結構走ったと思うけど、あとどれくらいかな? 」

1時間程度の移動だけでもかなりの疲労がたまっている。ペラペラの薄いシートに狭い車内。ガタガタと揺れる車。騒音でうるさい車内。これだけの環境の悪さの上、同乗者はずっと無言。精神的にも肉体的にもハードな環境にうんざりだ。

車にはオーディオすら搭載されておらず、ラジオだけだ。しかし、戦時中であり緊急時以外は放送もされていない。

「もうヘトヘトだよ」

 

「まだ埼玉県に入ったばかりですけれど」

缶コーヒーのプルタブを開けながら不知火が答える。

「目的地はまだまだずっと先です。しかもここから反乱軍に見つかりにくいように山道に入りますから、揺れや騒音はもっとひどくなります。車酔いするどころではすまないかも知れません」

と脅される。

それだけ聞いてうんざりしてきた。しかし、この程度でへこたれるわけにもいかない。こんな文句を言えるだけマシなんだと考え直す。

本来なら単身、敵地に乗り込む予定だったのだ。今のところ、相手をしてくれないとはいえ、文句を聞いてくれる不知火が同行してくれているのだ。それだけでも恵まれている。おまけに移動用の車や食料まで準備してくれているんだ。贅沢は言えない。

 

「あまりここで時間を無駄にするわけにもいかないか。誰が見ているか分からないものな」

冷泉は立ち上がると大きく伸びをした。

「コーヒーを飲み終えたら、出発だ」

 

一つ感想を述べるなら、常温の缶コーヒーも案外おいしかった……。

二人は再び車にに乗り込み、北上を続けることとなる。

 

 

 

 

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