よろしければ、お付き合いください。
よろしくお願いします。
しばらく間、車を走らせることとなる。
相変わらず冷泉は不知火に話しかけるが、彼女は「そうなの」とか「はい」とか興味なさげに答えるだけで、会話はまるで弾まないままだった。いい加減、しつこいと怒られるかと思ったが、彼女は特に不満を表すこともなく、また無視をすることもなく、話だけは聞いてくれているようだ。
冷泉の指示で二時間おきに30分の休憩を挟みながらの移動を行っている。不知火は休憩など挟まずとも疲れることなんて無いと反論するが、冷泉は「過重労働はダメ、絶対」と彼女の進言を聞くことはなかった。
昼食を取ったり休憩を取ったりしながら走り続けるうちに、やがて日が沈み始める時間になる。
あたりが暗くなってくる頃に、車は山道へと入ることになる。二車線あった道がやがてセンターラインもなくなり、時折道は狭く、くねくねと蛇行するようになり、おまけにガードレールもない状況になってくる。
「しかし……こんな道を走るのか? 暗いしなんか不気味な感じだな」
街灯すら無い道に冷泉は不安を感じて尋ねる。
「街灯があったところで電力不足で点灯なんてできるわけないでしょう。だからどこを走っても同じです。それに、敵に見つからないように、あえて人通りの少ない道を選んでるんです」
不知火は、そう答えてアクセルを踏み込んだ。
ここは一体何県なんだろう? 民家すら無くなり、外は完全な闇に包まれている。
薄暗く頼りない軽自動車のヘッドライトでは前方すら近くしか見えず、少し怖い。
「この道、やばくないか? 走っていて道が急に無くなっていたらと思うと、ぞっとするぞ」
特に不知火がスピードを出しているわけではないけれど、知らない夜道は不安だ。しかも、整備されている道路ではなさそうだ。あまり通行が無いようで路面にも落ち葉やらが積もったままになっている。
「提督には暗くて見えないかもしれませんが、艦娘である私には道路のずっと先まで見えています。システムのおかげで道路情報も完全把握できています。安心してください。この道が途中で途切れていたり、通行止めになっていることはありません。その気になればもっと速度を上げられますが、提督が怖がっているので可哀想だから、必要以上に出していないだけ」
前を向いたままで艦娘が答える。
「ま……まあ、お前がそう言うのなら任せるしかなんだけどな。俺は指示する立場、艦の制御はお前に一任。陸上でも同じ事だな」
深海棲艦との戦場となる【領域】と思えば、陸地の暗い山道なんて何のこともないだろう。艦隊戦の最中、砲弾が飛び交う中をつっきることを思えばどうってことないもんね。
深海棲艦の侵攻を受けて以降、日本国民の数は大幅に減少してしまっている。そして、人々は安全な場所に集まって生活するようになったことでいわゆる山間部などの僻地には無人の集落が点在するようになってしまった。この日、冷泉が通った道沿いはほとんどがそんな状態であり、人の手が入らなくなった建築物は荒れ果て、まさにゴーストタウンのようになっている。
ただ人がいなくなったことで、野生動物が冷泉の知る世界では増えているらしい。人がいた領域も彼ら動物たちの行動範囲に組み込まれて行っているのだろう。時折、鹿や猪が舗装された道路を我が物顔で横断しているのを見かけた。
「この辺になると町中ですら誰も住んでいなかった。もともと人がほとんど通らないこんな山奥の道なら、敵に出会う可能性はほとんどないだろうなあ。それにしても荒れた道だ。まるで木々のトンネルの中を走っているような所もあるぞ」
伸び放題の木々の枝が道路まで垂れてきて、トンネルのようになっている場所があちこちにある。通過するときにカラカラと時々車の屋根や窓に枝や葉っぱが当たる音がする。枝葉なら問題ないが、この暗闇だ。注意しておかないと幹部分と激突する可能性だってあるのだ。こんな軽自動車では太い木の枝だと大破する可能性だってある。
「心配無用です。木に当たって動かなくなるようなヘマはしません」
不安げに窓の外を見ていたのに気づいた不知火がアピールをする。
「操舵については心配してないよ」
「じゃあ、いちいち騒がないでくださいね」
「了解っす」
道路は広くなったり狭くなったり、別の道と合流したり分岐したりする。道路に張り付くような針葉樹の林が消え視界が開けたと思うと、左右のどちらかは切り立った崖だったり、谷間の渓谷だったり、小さな川が流れていたりする。不知火は初見の道なのに一切の迷いもなく、道路標識の確認すらせず、淡々と運転を続けている。時々、どちらが本道か分からないような道もあったりしたのにだ。
時折たわいも無い会話を続けていると、やっと峠にたどり着いたようだ。
崖側に広場が作られており車が何台か止められるスペースが作られていた。
「よーし、ちょうどいい場所みたい。不知火、いったんここに車を止めてくれ」
ダッシュボードの時計を見ると、午後8時を過ぎたところだった。どこかで野営する場所を探していたところだし、時間も頃合いだ。
冷泉は車を降りて外を見る。崖側には柵が作られていて、見に行くと深い谷を見下ろせる場所だった。真っ暗闇なのではっきりとは分からないけれど、かなり高さがあるようだ。かつてはこの場所から麓の町の夜景が見えたのかもしれない。住所が分からないのでどこかすらわからないけれど、デートスポットだったのかもしれないな。
「ちょうどいい場所だし、ここで一泊するか」
冷泉は車まで戻ると、不知火に声をかけた。
平和な頃なら、こんなところでキャンプなんてしたら注意されるのだろうけれど、今は利用者もなく通行する車すらない。問題無いだろう。
車から荷物を取り出し、設営を始める。薪はその辺の山から乾燥した枝葉を集めるだけで事足りた。
野営の準備が整うと、二人は焚き火を挟んで向かい合っていた。
幸い、山水が湧いている場所があったのでレトルト食品を温めることができたので、それを夕食として食べた。暖めなくても食べられるものだけど、やはり暖かいものを体に入れると気持ちだって落ち着く。
食後の紅茶を飲みながら、一息ついていると急に不知火が問いかけてきた。
「提督は、どうしてこんなことになったんですか」
「ん? どういうこと」
「不知火は、提督の事をよく知りません。提督が知る不知火は、あなたのことをよく知っていたのかもしれませんが、不知火にはその時の記憶は無いのです。運転中、いろいろ不知火に話しかけてきたのは、いろいろと過去の事を話したかったからでしょう? 夜は長いです。だから話をしてあげます。最初から気になっていた、提督がどうしてこんな体たらくなのかを聞いてあげますよ」
「体たらく……か。まあ、間違ってはいないかな」
冷泉は、ため息をつきながら、自分の過去を話し始めた。不知火が失ってしまった記憶について。
「記録では見たかもしれないが、俺は、舞鶴鎮守府の司令官だった。しかし、ある事件をきっかけとして、最終的に多くのものを……実際にはすべてを失ってしまった。政治的闘争、裏切り、陰謀、そしてそれによる絶望。俺は能力が無いくせに勘違いしてのぼせ上がり、何でもできる何でも変えることができると思い込んだ男の末路が今の俺だな。……簡単に言えば」
不知火は、冷泉の話をじっと聞いていた。
「……でも、諦めるわけにはいかない。俺は、もう一度やり直したいって考えている。多くのものを失ってしまったけれど、まだ救えるものが……いや、救わなければならないものが残されているからな。せめてそれくらいはなんとかしないと……いや、できるかどうかは分からないけれど、やらなければならないんだ。たとえ惨めで情けなくて格好悪くても……。泣き言ばかり言って言い訳ばかりをして逃げることは、今の俺にはできないわけ」
冷泉は、淡々と語った。
「勝算はあるの? 」
「……無い。何も無い」
「は? 」
「けれど失敗するつもりもないし、諦めるつもりもない。石にかじりついてでも何とかしてみせる。だって、チャンスはこれっきりしかないんだからね」
「意味が分からない」
「失敗したら、死。だけど何もしなくても死しか選択肢が俺には無いんだよね。だから、どうにかやるしかないんだ。任務を全うするに値する能力も、運も、タイミングも無い事くらい分かっている」
「犬死にするってこと?」
「違うよ。だって、俺にはまだ助けてくれる仲間がいる。現に、お前がいるじゃないか。そして、大湊警備府には加賀、長門、神通がいる。俺は一人じゃんない。みんなの協力を得ることができれば、もしかすると奇跡が起こるかもしれない」
「奇跡……。仮に奇跡が起こったとしても、提督が行うこと、できることは大湊警備府司令官の殺害しかありえないんでしょう。いいのですか、ただの人殺ですよ」
「それが唯一この状況を変えることができることだからね。銃を人に向けたことさえないけれど、やらなければ艦娘同士の戦いは避けられない状況なんだ。このままだと多くの艦娘が死ぬことになる。それは認められない。大湊警備府の艦娘を止めるためには彼女を止めなければならない。大規模な部隊を動かせるのなら鎮守府を制圧し、彼女を取り押さえればいい。けれどそんな部隊も与えられていないし、時間も無い。殺すことでしか止めることはできない。人を殺した事なんてないけれど、俺がそれを成し遂げることで多くの血が流れるのを止められるのなら、やるしかないだろう?」
不知火は、そんな冷泉を見つめながら、複雑な表情を浮かべていた。
「この不知火や提督の味方の艦娘にやらせる選択肢はないの? 」
「無い。そもそも艦娘に鎮守府司令官に直接的に危害を加えることなんてできないだろう。禁忌事項……それくらいは俺でも知っている」
艦娘の禁忌事項についてはいくつかあるが、その中に鎮守府司令官への加害行為が入っている。そもそもそんな事態が起こる事なんてあり得ないけれど、その気になれば素手で人間を殺害できる艦娘だ。間違いがあってはならないということで制限が加えられているらしい。
「そして、艦の武器を使っての攻撃も司令官の存在を認識していたらできないのも知っているだろう。……部隊を動かす権限の無い俺では、自分でやるしかないんだ。だから、実行するしか選択肢は無い」
「でも、成功したとしたら、その後はどうするの」
「その後とは?」
「葛城提督を殺害したら、大湊の艦娘達は、提督を恨むでしょう。きっと……人殺しと罵られる」
「そんなのどうってことないさ。艦娘同士で殺し合う最悪の事態を避けることができるんだ。俺が悪者になるだけで済むのなら御の字だよ。俺を憎むことで彼女たちの罪の意識が軽減されるのだから。まさに最小限の犠牲で最大の効果が上がっているじゃないか」
「提督が悪者になるのに平気なの。悪いのは反乱を起こした葛城提督なのに、それを正した提督が責められるなんて」
「大湊の艦娘たちは、命令されて反乱に加担しただけだ。彼女たちは信じる上官の命令に従っただけ。……けれど葛城提督の罪は許される事は無い。信じていた者が間違っていた……そんな艦娘たちの気持ちを整理するためにも、何か怒りの矛先が必要なんだ。そして、それが俺で済むなら喜んでなるよ。俺を憎むことで、彼女たちが平静を保てるのなら」
「本当に……その覚悟をしているというのですね」
「可愛い女の子達に嫌われるのは嫌だけど、今回ばかりはあえて引き受けるよ」
と言うと、冷泉は肩をすくめた。
「もっとも、成功しなかったら、それどころじゃ無いんだけどね」
そもそも成功率が限りなく低い作戦だ。なるようにしかならない。
「……不知火は、ただ命令に従うだけ。それについては今も何も変わらない。けれど、提督の話を聞いて、少しだけ気持ちが変わったのは事実。提督が覚悟を決めていることは認識しました。不知火は……消極的ではなく、積極的に提督に……あなたに協力することを約束する」
不知火は、そう言って、静かに微笑んだ。
「そうか……。協力感謝するよ、ありがとう」
不知火の言葉は形式としての上司である冷泉にではなく、一人の人間としての冷泉への回答と感じ取れて、少し嬉しかった。
そして、夜空には、無数の星が輝いていた。
きっと、いつもと変わらない夜空なんだろうけど、今日はやけに綺麗に見えた。