まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第260話

しばらくの間があったが、すぐに向こうでの準備が整ったようだ。

「提督、加賀からの連絡よ。……少し不満が残るけれど、三笠様のお力添えがあったせいで、かなりの権限を付与されたわ。自由にこちらの警備システムにアクセスできるし、閉じ込められた部屋からも簡単に出ることができるようだわ。……まずは提督が基地内に侵入できるようにする必要があったけれど……」

加賀の説明によると、さすがに正面玄関からの侵入は出来ないが、裏口……というか一部の職位にのみ知らされた隠し通路の場所がわかったらしく、そこへの行き方および隠し扉のある場所やそこのアクセスキーなどが知らされたようだ。おまけに基地に侵入後についても、艦娘側の人員が迎えに来てくれる予定になっているそうである。また葛生提督がいる司令室に向かうにあたっても、警備ポイントについてそのタイミングごとに人払いがなされるとのことだった。

どういった権限があればそういった措置が執れるのかは、想像も出来ない。

 

「あまりにもスムーズに事が進みそうで、怖いくらいだな」

と思わず口にしてしまう冷泉。

 

「これも大湊の艦娘が全員、出撃しているからできること。艦娘が一人でもいたら、私たちの不審な動きに気づかないはずがないことは、愚鈍な提督にも分かるわよね」

と不知火に釘を刺される。

つまりタイミングが良かったから、順調に物事が進みそうであるだけであるのだ。たとえ三笠の力添えがあったとしても、うまくいったとは限らない。すべてが三笠の手の上ではないと言いたいのだろう。冷泉にとって不安要素である榛名については言及されていないけれど。

 

「まあ、そうれはそうだろうけれどね。ただ、あまりにうまくいきそうで、嫌な予感しかないけれどね」

 

「ふううん。……だったら、やめる?」

 

「そんなこと出来るわけないだろう。たとえ罠が仕組まれていても、別の何かの意図があろうとも、俺に選択肢は全く無いんだからね。やることはシンプルだ。そして、時を逸したらすべてを失う。今は考える必要はなく、やるしかないんだ」

冷泉は取り出した銃を確認する。

 

三笠から貰った「特別」な拳銃……だ。

彼女曰く、たとえ銃器を使ったことがないド素人でも、まずは相手に銃口を向け、相手のことを考えて引き金を引けば、照準については銃がサポートしてくれますよ。後は引き金を引き続ければ、その内の9割の弾丸はターゲットに吸い込まれます……とのことだった。そんな不気味な装備なんて聞いたことなかったけれど、人類とは全く異なるテクノロジーを持つ艦娘のトップの三笠である。艦娘の科学レベルは人類では想像もつかないものだ。ゆえに、そういったものも実際に作られているのだろう。

 

冷泉に必要なもの、それは撃つ覚悟だけだ。……正確には人を殺す覚悟となるけれど。

 

「じゃあ、行こう」

冷泉は拳銃を大切そうにしまい込むと、不知火に声をかける。

 

「了解。経路については、すでに加賀から送られて来ている。不知火が先導するからついてきて」

というと、不知火は動き出した。

冷泉を一瞬だけチラリとみたが、何も言わずに背を向ける。何か言いたいことがあったのかもしれないけれど、あえて言わなかった感じだ。だから冷泉も黙ってついて行く。

 

不知火は駆け足で進んでいく。

冷泉も追いかけるが、彼女のスピードにはついていけない。別に不知火が全力で駆けだした訳ではない。人間の走力に合わせたものだったはず。しかし、冷泉はついて行くことができなかったのだ。そのため、不知火は時々冷泉を待つ必要があった。

「提督、何をダラダラとやってるの?ここは敵地。そんなのんびりと動いていたら、敵に発見されるリスクが高まるだけ」

少し苛ついたように不知火がこちらを見ている。

 

「すまない。まだ脚の動きが完全にはもとの状態に戻ってないんだよ。三笠に無理矢理治療してもらったけれど、やっぱり神経とかがうまく繋がっていないのかな。しびれや違和感が結構あって、実は思うように動かせないんだよね」

ほんの少し前までは、首から下は右手以外は全く動かすことができないほどの麻痺状態になっていたのだ。今、普通に歩くことができること自体が奇跡といって良いのだ。艦娘たちの医学力は、人類の遙か先を行っているとしか思えない。その代償に冷泉が何を支払わされるのかは不明だけれど、十分な成果を受けているといっても過言じゃない。

しかし、その医学を持ってしても未だに無理に動こうとすると激痛が走る。冷泉としても不知火に後れを取らないよう走りたいが、一定レベルの力を出そうとすると、猛烈な痛みが走り、動きを緩めざるをえないのだ。あえて違和感や痺れだと誤魔化し、痛みとは口にしなかったけれど。

……それは本当に嫌がらせに近いものだった。

 

「そう、じゃあ仕方ないわね。提督の運動能力に合わせる。けれど、提督は気にする必要は無い。温い任務よりハンデがあるほうが不知火もやる気が出るから」

冗談かと思ったが彼女にはそんなつもりはなく、至って真剣なようなので余計な口を挟まずに頷いた。

 

鎮守府周辺に兵士の姿はない。パトロールする軍用車すら見かけない。

これは加賀から送られてくる指示通りに動いているかららしい。きちんと警備の薄い場所、もしくは警備を移動させて空白地帯を作ってくれているらしい。

時折、パトロール兵をやり過ごすために建物の中に隠れ休憩を取る。その時に不知火が何気なく語ってくれる。

 

これまでの様子から、鎮守府の外周警備にあたる任となっている陸軍の兵士は、任務をボイコットすることなくいつも通りきちんと警備に当たっているようだ。この結果から、大湊に配置されている陸軍兵士達は、反乱軍勢力側についているということなのだと思われる。とはいえ、もともと艦娘勢力には非協力的な陸軍であることから、つかず離れずの関係性で様子を見ているいるだけかもしれない。陸軍の上の連中は情報収集を行いつつ、有利不利の判断をしているのかもしれない。

 

加賀の指示通りに行動することで警備の少ない経路を移動し、警備がいたとしても何らかの方法でやり過ごすことができた。これは加賀達の力ではなく、完全に三笠のお陰ということで冷泉はなんとも言えない気分のままでいる。彼女がその気になれば、今回の大湊警備府の反乱も未然に防ぐこともできただろうし、今でも簡単に制圧できてしまうのではないだろうか。そんな疑念があるからだ。それがどういった意図に基づくものかは想像もつかないけれど。

 

そして、冷泉がこういった役回りをさせられているのは、完全に彼女の考えたシナリオ通りなのだろうし、この先起こりうる事態も彼女の思うままなのだろう。操られているというか弄ばれているという感覚が非常に不快であるけれど、かといって冷泉自身の力で状況を打破することは不可能だ。

 

自身の望む成果に近い結果が得られるのなら、その後に自分にどんな運命が待ち構えていようと受け入れるしかないのだ。何かを得るためには何かを差し出さなければならない。そして代償が自分が我慢すれば済むのであれば、躊躇する必要なんてない。そう自分を納得させるしかない。

 

そうこうしているうちに、鎮守府を取り囲む外壁にかなり近い場所にある建物に不知火は入っていく。看板が掛けられていたが、名前は消されている。

明らかに鍵がかかっているはずの扉も不知火があっさりと解錠してしまう。ちなみにこの建物の入口はダイヤル式の大きな南京錠で施錠されていたが、その暗証番号もどこからか入手されたものだったようだ。

 

中に入ると、建物の扉を冷泉はしっかりと閉じる。かつて飲食店か何かだったのか、テーブル席やカウンター席がいくつか配置されている。大分前から利用されていないのか、床にはうっすらと埃が積もっている。

「提督、こっち」

不知火に促され、店の奥に入る。

そこは厨房であり、未だ雑多な物品が置かれている。不知火は奥にある小さな扉を開ける。中は壁面に棚がいくつも設置されたパントリーらしい。未だに段ボールやらビニールの大きな袋が置かれたままになっている。

不知火は奥の方に置かれた段ボール箱を引っ張り出した。

冷泉がそこに何があるのかのぞき込むと、床に扉が設置されいるようだった。不知火が取っ手を引っ張り出して引き上げると、人間一人がなんとか一人通れるほどの大きさであり、梯子が設置されているのがわかった。どうやら隠し通路への降り口らしい。

 

不知火に続いて下へと降りていくと、やはり小さな通路となっていた。コンクリート打ちっぱなしの簡素な通路であったが、裸電球が等間隔で設置されていて、今も頼りない光を放って中を照らしてくれている。そのために懐中電灯などなしでも通行できそうだ。

降りてすぐの場所に太い鉄格子の扉があり、通過を阻んでいる。扉には数字を書いたボタンが設置されており、暗証番号で解錠できるようだ。

不知火は扉の前に立つと、すぐにボタンを連打し、解錠してしまう。

「この地下通路を抜ければ、鎮守府の中に入れるらしいわ」

 

「なるほど。一部の者だけが知る隠し通路とされていたんだな。舞鶴にはこういったものは無かったけれど、鎮守府によってはこういった仕掛けがいくつもあったんだろうな。ふむ、何か理由でもあったんだろうか」

感慨深げに冷泉が呟いていると、

「舞鶴にもこういった隠し通路や隠し部屋はいくつもあった。……知らないのは提督だけ」

とあっさりと否定されてしまった。

「不知火、それ本当なのか? 俺は何も聞かされていないし、資料にも書かれていなかったように思うけど」

 

「鎮守府のトップがすべてを把握できているなんて自惚れも甚だしいです。考えてもみて、鎮守府には海軍、陸軍、そして艦娘とそれぞれ違う勢力が存在している。それ以外にも別の組織や勢力の者が入り込んでいたかもしれない。そうなるとそれぞれの勢力が自分たちだけが知っている設備や装備を隠していても不思議じゃないでしょう」

 

「うう……まあ、確かにそうだな。深海棲艦とのつながりを持つ人間が存在したくらいだ。軍事施設なのだから様々な思惑を持った魑魅魍魎たちが跋扈していても何の不思議もないってことか。……よく考えたら、そんなところで俺みたいな奴が良く生きていられたな。俺はあちこちに喧嘩売ったりしていて敵も結構いたはず。腹立たしく思ったり邪魔に思う奴らも多かったから、無防備のまま一人で夜中まで執務室でいる俺なんて、いつでも刺客を送り込んで殺すことができたかもしれないなあ。なんせ知らない通路やらがあちこちにあるくらいだから、合鍵なんて誰でも作ってそうだしな」

 

「安心して、そんなとぼけた提督だとしても、常に舞鶴の艦娘たちが提督の身辺に目を光らせていたから、うかつな行動を誰もできなかったはず。特に冷泉提督に対しては舞鶴の艦娘は提督に御執心な子が多かったようだから、とてもじゃないけど何もできなかったはずよ」

言われてみれば、確かに常に冷泉の周りには艦娘がいたようにも思う。鎮守府内をふらついた時も何かと艦娘と遭遇することが多かったのは偶然ではなかったのか。あれはたまたまだと思っていたけれど、俺を警護する目的だったのか……。そう思うとみんなが愛おしくなった。

 

「そんなことは置いておいて、先を急ぐわよ」

そう言うと不知火が駆け出す。もちろん、本気の走りではなく冷泉のペースに合わせたものだったけれど。

 

冷泉達はあまりにも簡単に、反乱軍の本拠地に侵入することができてしまった。

それは艦娘のトップである三笠の協力があってこそのものであるが、それでも順調すぎる行程である。完全に敵対している勢力のしかも本拠地に気づかれることもなく潜入できてしまったことに驚きよりも恣意的な何かを想像せざるをえないが、今はあえて目をそらしてしまっていた。

 

地下通路をしばらく移動すると再び上へと伸びる梯子が設置されている場所に出た。こちら側には扉はない。

「ここから外に出られる」

不知火が先に梯子を登っていく。

冷泉も彼女に続き登っていく。途中m何気なく上を見上げた際に見てはならないものを見てしまい、思わず「うわっ」と声を上げ慌てて視線を下げる冷泉。

たとえ薄明かりの中でも、スカートを履いた女性が梯子を登っていて、その下を登っていれば見えるものは見えてしまうものである。

「提督、どうかしたの?」

不思議そうに不知火が声をかけてくるが、冷泉は俯いたまま「いや、特に何でも無いよ」と答えるしかなかった。

しばしの間があり、何か思い当たることがあったのか

「ふーん」

蔑んだような声が不知火から発せられたが、それ以上は何も言わずに上っていったようだ。気配が遠のいたのを確認し、冷泉もゆっくりと梯子を登っていく。

 

ついに冷泉達は、大湊警備府の内部に侵入できた。

登った先はやはり建物の中だった。

不知火が冷泉を手を掴んで引き上げてくれる。穴から這い出した冷泉があたりを見渡すと、三人の人影があった。

 

それが誰かはすぐに分かる。声を上げようとするより早く、ドンという衝撃とともに抱きしめられたことに気づく。なにか大きな柔らかいものが冷泉の体に強く押しつけられるのがわかった。

「ていとく、提督、提督!!」

そう言っているんだろうけれど、鳴き声とごちゃまぜになってきちんとは聞き取れない。嗚咽が止まらないようだ。

 

「……加賀、心配かけたね」

冷泉は優しく声をかけると、しがみつく艦娘をそっと抱きしめた。そして彼女の髪を優しく撫でる。

「えぐえぐっ……ううううう」

ガタガタと震えていた加賀の体からゆっくりと力が抜け、落ち着きを取り戻していくのが分かる。嗚咽もやがて止み、「良かった」という微かで消え入りそうな言葉が聞き取れた。

 

「長門、神通……お前達にも心配かけたね。それから、無事でいてくれて良かった」

加賀が落ち着きを取り戻したのを確認すると、驚いたようにこちらを見ている二人の艦娘にも冷泉は声をかけた。

二人とも安心したような表情を浮かべると、微笑み返してきた。

 

 

 

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