まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第262話

言葉にはしないが、艦娘達が納得していないことはわかる。

 

本当なら丁寧な説明を行い、彼女たちを納得させてから行動させるのが基本であることは理解している。そんなのわかってる。けれど、今は無理だ。そしてこの件については将来的にも無理だ。……時間に追われる冷泉には、彼女達を納得させる余裕がない。行動するしか選択肢は無いのだ。

 

頼むから分かってくれ

 

残された時間は絶望的少ない。答えの出ない議論をしている余裕は無い。

 

冷泉は、無言のまま歩き出す。加賀達も続くように冷泉の後を追う。

目的地は大湊警備府の司令部の建物だ。

 

冷泉は周りを警戒しながら進んでいくが、すぐに違和感を感じた。

大湊警備府は日本国に対して全面抗争を仕掛けている最中である。そして、決戦の場に向けて艦娘達が進行している状況。完全なる戦中だ。

しかし、……先ほどから警備兵があまりに少ないこと。そして基地内に入り込んでからは、さらに人が少なくなっているのだ。

 

ありえない。こんなことありうるのか。もしかして、これは罠なのか?

 

そして、一行はすぐに司令部の建物に到着した。

普段は警備兵が入口に立ち、訪問者に目を光らせているはずなのに、今は誰もいない。あたりを見回しても周辺にも誰一人いない状況なのである。

 

「これは……罠なのか」

思わず口に出してしまうが、誰も答えを言ってくれない。

しかし、迷っている場合ではない。冷泉は建物へと進んでいく。

 

そして、状況については変化が無い。建物内に入っても、同じように人の気配が無いのだ。

これは、明らかに異常な状況だ。

 

―――危険!危険!

 

脳内に警報が鳴り響いている。背筋にいいようのない寒気が走る。

 

 

葛生たちがいる指令室へと向かう中、どこからか漂ってくる異臭を感じてしまう冷泉。

どうも雰囲気が変だ。

 

物音一つしない。

基地の警備は最少人数として、周辺の拠点警備にあたっているのかもしれない……。

確かに、榛名が味方についているということで彼女一人いれば、おまけに彼女は戦艦であることから、通常兵器で武装した人間など無意味であるのかもしれな。

 

榛名ならこちらの動きを把握していそうなものだが、今のところ何の反応もないようだ。想像でしかないが、彼女も三笠の影響により警備無力化がされてるのかもしれない。

 

誰一人言葉も発せず、重苦しい雰囲気の中、冷泉達は進んでいく。

 

司令室はドアが閉まった状態である。誰もいないし物音一つしない。

横須賀鎮守府艦隊との全面対決の迫った状況でこの静けさはありえない……。

 

嫌な予感が高まる。

そして、近づくにつれ異臭はますます強まって来る。それは鉄錆の匂いよりも先に鼻腔を焼いた。……濃厚な鉄分を含んだ甘い芳香?

 

冷泉は、覚悟を決めては鋼鉄の扉に手をかける。

 

「開くか……な?」

 

「通常であれば暗号入力が必要だけど……」

加賀が扉に設置された端末を操作すると、ゴン……と音がし驚くほどあっさりとロックが解除された。

 

**カチリ――**

 

扉が、ゆっくりと開く。

 

そして―― 一瞬 、視界が赤黒く濁った。

 

「うっ……何だ、これは……?」

眼前に広がる光景は、……あまりにも異常だった。

鉄の匂いが鼻腔を強烈に刺し、視界いっぱいに広がる紅――。

慣れない異臭に思わず呻いてしまう。

 

司令部の床は血に濡れ、肉塊と化した死体が無造作に転がっていた。

床一面が赤く染まり、あちこちに軍服を着た兵士やスーツを着た男が倒れていた。

倒れていたという生やさしい状況ではなく、何か大きな力により投げ飛ばされたかのように、腕や足、それどころか頭までがあり得ない方向に曲がっていた。人によってはちぎれている状況の者もいる。顔の確認できる兵士達の誰もが、驚愕に満ちた表情のまま事切れている。

床には乾きかけた鮮血の水たまり。

空気はねっとりとした死臭と血の匂いに重苦しく包まれている。

 

異臭は、血と人の内蔵物が混じり合った匂いだったのだ……。

 

加賀は、あまりの惨状に目を背けている。

 

「……ひどい」

神通がうめく。

 

「いったい……何が」

冷泉は、そう言うのが精一杯だった。想定もできなかったことに混乱するしかない。

 

そんな状況でも何とか部屋の状況を確認しようとする。目を背けたくなる惨状だけれど、確認しないことには始まらない。こんな異常な状態で平静を保つことなど不可能。しかし、あまりに非現実すぎる状況が、意識を保たせている。

 

……数えただけでも14体の死体が転がっている。ただ、千切れたり捻れたりしてまともな人の形をしていない犠牲者がいるため、正確な数字は分からない。……知りたくも無いが。

 

そして、狂気に囚われた部屋の中で生存しているたった一人の者を見つける。

 

それは、部屋の中央にできた巨大な血だまりの中に、冷泉達に背を向けて座り込んでいる。

 

かつては純白だったものがどす黒く血の色で染められた巫女服を着ている……。つややかだった長い黒髪は血で濡れている。透き通るようだった白い肌にも血が付着している……。

微かに肩を上下させていることから、その「彼女」は、生きていることがわかった。

 

「お前、は、……榛名なのか」

冷泉は、おぼつかない足取りで艦娘の側へと歩み寄っていく。

凄惨な光景、そして部屋にこもった胃の中からこみ上げてくるものがあるが、必死になって堪える。

今はそれよりも確かめなければならないことがある。

なんでこんな場所に彼女がいるのか? そしてこの状況は何なのか?

 

「……提督、気をつけて」

加賀が声を上げる。

 

この部屋にいた者は、全員が無残な姿で殺害されている。

 

その数……目視で確認できたものだけで14体となる。しかも、誰一人として銃器を手にしていない。少なくとも軍事訓練を受けているはずの兵士が14人いても、反応することすらできなかったのだ。それだけ油断していたのか、犯人の動きが速かったのか? 後者であるならば、最大級の警戒が必要。それを加賀が伝えたかったのだろう。しかし、それは彼女のある意味儚い願いが込められていたのだけれど。

 

この部屋で生き残っていたのは、艦娘の榛名だけ。……そして、彼女だけは生存している。……そうなれば、誰が彼らを殺したのは、消去法で明らかになってしまう。

兵士達が油断していたということは、あり得ない。なぜなら、榛名は大湊警備府の艦娘ではないということ。そして、葛生提督が発令した絶対命令権の支配下に無いことも彼らは知っているはず。確かに加賀達の話では、うまく葛生提督に取り入ったのかもしれないけれど、えたいの知れない艦娘だ。完全には信用していなかったはず。そんな兵士達が何の反応もできないまま殺される訳がない。彼らは幹部職員であろうとも訓練を受けた軍人だからだ。すると結論としては、榛名が兵士達が反応できない速度で皆殺しにしたという結論にたどり着いてしまう……。

 

冷泉は手を上げて加賀に応え、部下達へ動かないよう指示をする。

大丈夫、警戒はしている。榛名がとてつもなく危険な存在であることは理解している。しかし、冷静に考え決断づけている。

……冷泉だけが相手であれば、どうあがいても榛名の脅威にすらならないことは自明。だから、彼女も過激な行動には出ないだろうとの勝手な思いからだ。何の根拠も無く、よく知らない榛名を信じている部分がどこかにあるのかもしれないけれど。

 

しかし、艦娘達を動かしたら、榛名も黙って見てははいられないだろう。それは間違いない。加賀達に守ってもらったほうが確実だとは思う。けれど状況は全く見えない。ここで不必要に刺激するのは得策ではない。

 

「……榛名、一体何があったんだ」

慎重に距離を縮めながら冷泉は問いかける。微かな声が榛名から聞こえ、彼女が笑っていることが分かる。あまりに小声であるため、何を言っているかは分からない。ただ、笑い声だけは明確に聞こえる。この状態で何を笑っているのか……。冷泉には理解できない。しかし、榛名の精神状態が平常とは大きく異なっていることだけは理解できた。

 

ゆっくりゆっくりと近づき、手を伸ばせば届く距離まで近づいた。

 

刹那、榛名の頭がゆっくり動き、顔だけでこちらを振り返る。白い頬には血飛沫がかかっていた。黒曜石のような双眸は何の感情も映していない。ただ、その静かな佇まいが、かえって不気味だった。

「……提督ぅ」

榛名は突然、にっこりと冷泉に微笑んだ。その姿は、かつての忠実な艦娘としてのそれと変わらなかった。だが、今の彼女を取り巻く雰囲気は、決定的に違っていた。

「ねえ……提督、聞いてください」

その言葉には今ひとつ抑揚がないが、間違いなく榛名のものだ。しかし、その声はかつての可憐さを保ちながらも、どこか真空管ラジオのような軋みを帯びていた。

 

冷泉は、彼女の表情に思わず言葉を失ってしまう。

返り血を浴びているのに、その血を拭うことさえしていないことが普通じゃないし、この状況の中でごくごく普段と変わらぬ声色。けれど、彼女の瞳は光を失い、笑っているが感情がない能面のように見えてしまう。理由無く背筋が寒くなる。

 

ふと榛名のしゃがんだ場所の奥にも大きな血だまりがあり、服装からそこにうつ伏せに倒れた女性士官がいることを発見する。榛名に隠れて顔を見ることができないが、この場所にいられる女性といえば葛生提督以外にありえない。……生きているかどうかは分からないが、先ほどから全く動かないことから、想像するまでもないだろう。

 

「提督、聞いてください。榛名は提督のために、すごくすごーく頑張りました。あなたの喜んでくれることだけを思って、必死に頑張りました」

そう言って、榛名は体をこちらに向けてくる。彼女が何かを抱きかかえているのだけは分かるが、それが何かは分からない。

彼女の瞳はどこかうつろで、冷泉を見ていない。冷泉のはるか後方、さらに遠くを見ているように思えてしまう。

 

「榛名……お前は一体なにを」

冷泉は彼女が何を言っているか理解が及ばず、言葉が続かない。

ゆっくりゆっくりと彼女が体を向け、何を大事そうに抱えているのかがわかった瞬間、凍り付いてしまった。

 

「榛名、提督の為に、提督の敵をやっつけましたよ」

そう言って、抱えていたものを冷泉へと差し出した。

 

差し出された榛名両手に持たれたものは、かつての葛生提督の血まみれの頭部だったのだ。

 

背後から加賀達の呻きと悲鳴が聞こえた。

 

葛生提督の整っていた白い顔は、今は土気色に変色し、その表情は苦痛と恐怖にゆがんだままだ。自分に訪れた結末gあ信じられないかのように、彼女の瞳は大きく見開いたまま、苦しげにこちらを睨んでいる。彼女の頚部は、強力な力でねじ切られたようになっており、切断部はかなり無残な状態となっていた。

葛生提督の頭部からは、自身を襲った不運を受け入れられない怨嗟と恐怖、怨念が混じり合ったような異様な感覚を冷泉に与えてくる。

吐きそうになるが必死になってせり上がってくるものをこらえるのに精いっぱいだ。眼前に広がる衝撃的な映像とこもったような異様な匂いで嘔吐感を止めるのは困難だ。しかし、必死に耐える。

 

「……みんなお前がやったのか? 」

 

「はい!、提督がお喜びになると思って、榛名、一生懸命がんばりました」

即答だった。

まるで当たり前のことのように。その言葉自体が、冷泉の背筋を冷たくした。

彼女は瞳を大きく見開いて答える。充実したように笑みを見せる。

 

「なあ、ここにいる人たち、……みんな、お前が殺したっていうのか」

 

「そのとおりですよ、提督。葛生提督は、提督のお立場を悪くすることばかりを考えていました。他の人たちもみんな同じように提督に害をなすことばかりを考えている人たちでした。だから、だから、榛名がみーんなが悪口を言えないようにしました。提督の敵はもう何も言わなくなりました! これで提督のお邪魔になるものはいません」

自身が褒められることしか期待していないような、とても満足そうな笑顔を榛名は見せている。

冷泉は、混乱している。彼女に対して、何をどう言っていいかわからないままだった。

 

「提督、榛名はお役に立てたでしょうか? 提督のご指示に添えましたでしょうか? 」

主の意向を伺う飼い犬ように、少しだけおびえたような目で冷泉を見上げてくる。

恐ろしいことに、榛名はまったく悪気が無いということだけは理解できた。しかし、なぜ彼女がこんなことをしたのか……そして、どうして出来たのがが理解できないでいた。

 

冷泉は、何一つ榛名には命令していない。

 

鎮守府に配置されている艦娘は人を傷つける事ができないという禁忌が設定されている。それは人間の安全のため、人類の信頼を得るために設定されたものだ。

そして、それを解除できるのは。冷泉の知るところ、艦娘の頂点にいる三笠だけだ。たとえ鎮守府司令官だとしても、その禁忌を破らせることはできないと聞いている。それがどうして……。

そう思って思い出す。神通が暴走して一つの町を全滅させたことを。あの時は彼女が暴走してしまったからだったが、それが解除キーとなるとするのであれば、榛名に一体どんな事が起きたというのか?

 

何も分からない。

 

何も理解したくない。

 

こんな現実なんて、認めたくない!

 

 

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