まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第34話

そりゃ金剛もびっくりするよなあ。結構高さあるし……。

 

というか、飛んだ瞬間、自分の足下を見て金剛の甲板と神通の甲板との高低差が想像以上にあったことに驚き、でも今更どうすることもできずにそのまま落下していく状況。上手く着地しないと、失敗したら骨折だな。そう思った時には神通の甲板が異常接近している。

着地の瞬間、体を支えきれず、ごきって嫌な音がして足首を捻ってしまう。さらに着地の勢いを吸収できずに転倒する。転倒するというより、勢いを制御できずに転がったというほうが正解。

 

ごろんごろん。

 

甲板の上を何回か転び、全身を甲板に打ち付けてながら、なんとか停止した。そして足首に走った激痛に悲鳴を上げそうになるが、懸命に痛みをこらえ、なんとか立ち上がる。

しかし、顔がその苦痛のため、歪んでいたはず。

格好良く飛び降りたつもりなのに転んでしまい、逆に格好悪い。恥ずかしさで興奮状態にあり、まだ痛みをそれほど感じないのかもしれない。……そうはいっても、やはりかなり痛いのだけれども。

捻ったほうの右足首は動かそうとしたが、動かない。もしかすると折れてるかも。

けれど、その痛みのおかげで、この領域に入ってからずっと頭に靄がかかっていたようになっていた目が完全に覚めた気がする。

 

神通が倒れた冷泉のもとに駆け寄ってくる。顔が真っ青だ。

「提督、大丈夫ですか! 」

 

「……あ、心配させてごめんな。俺は、このとおり大丈夫だよ」

ちょっと動くだけで激痛が走るが悟られないように我慢し、なんとか笑って見せる。

 

「よかったぁ……」

本気で心配していたようで無事であることを知り、ほっとしたようだ。

 

「それより、お、お前こそ大丈夫なのか……」

 

「すみません、提督。……私、ドジっちゃいました」

はにかみながら笑顔を見せる。

「軽巡洋艦のくせに無理をしすぎちゃったみたいです、ね」

 

「航行は可能なのか? 」

 

「はい、一応は可能です。でも、ご覧の通り、速度は全然でませんね。……でも、でも私は大丈夫ですよ」

一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。

「提督が無事に領域から撤退できるくらいの時間は、私が稼いで見せますから! 」

 

無理に笑顔を作る神通の姿が冷泉にとって痛々しく、次の言葉がなかなか出てこなかった。。

「……何を言ってるんだ。お前も一緒に帰るに決まってるだろ? 」

その言葉に彼女は一瞬、怯んだような顔をしたが、すぐに首を振る。

「そんなの無理に決まってます。敵はすでに追っ手を差し向けて来てます。だから、艦隊が私の速度に合わせて撤退なんてしていたら、すぐに追いつかれてしまいます。今の艦隊の被害状況だと、とても敵を撃退なんてできません。今より、もっともっと損害が増えてしまいます。提督……心配しないでください。私、大丈夫です。まだ弾薬には余裕がありますから、私が必ず時間を稼いで見せます。……軽巡洋艦、神通の最後の戦いを見てください」

そう言って笑う。その言葉に嘘はないだろう。彼女の言葉には、恐怖や怯えはまるで感じられない。むしろ、誇らしげにさえ見える。最後まで軍艦であろうとする神通に軍艦としての誇り、心意気を見た。

しかし、それがものすごく悲しさを感じさせ、冷泉は彼女にかける言葉が見つからなかった。

 

「提督、これ以上私のために時間を費やしている場合ではありません。早く旗艦に戻り、艦隊の指揮をお取りください。……そして、私に命じてください。神通、艦隊の殿を努め、敵艦隊の追撃を食い止めよ……と。提督が命じてくだされば、私は、もっともっとがんばれます」

捨て奸……。すぐにその言葉が浮かんだ。いや、それよりたちが悪いな。足手まといになる軍艦を捨て石とし、死ぬまで戦って敵を足止めさせるというのか。

 

「……いやだ」

いきなり言うと冷泉は神通を抱きしめた。

神通が小さな悲鳴を上げた。

「俺にお前に死ねと言えというのか? 俺は、そんなのは絶対に嫌だし、したくもない。……なあ、神通。お前、俺と一緒に帰るって言っただろう。もっと俺と話しがしたいって言ってたじゃないか。……あの言葉は嘘だったのか? 」

 

「う……、嘘なんかじゃありません」

腕の中で小さな声で呟く神通。

 

「だったら、どんなことをしてでも帰るんだ」

神通の体が冷泉の腕の中で小さく震える。彼女の呼吸が荒くなっている。

「嫌、……そんな言葉なんてかけないでください。なんで、なんで今頃そんなこと言うんですか。私、せっかく覚悟を決めたのに、これじゃあ、これじゃあ、私、心が折れてしまいそうです。提督……わ、私だって死にたくなんかないんです。生きていたいです。提督と一緒に、もっともっと戦いたいし、いろんなお話をしたいです。でも、でも、これは私にとって運命なんです。運命から逃れることはできません。それに艦隊を守るためには仕方がないことなんです。このままみんなの足手まといになるくらいなら、いっそ死んだ方がましです。これまでも幾人もの艦娘たちも同じように、艦隊を守るために逝きました。それは、とても辛く悲しいことです。けれど、私はまだ幸せなんです。戦いの中で軍艦として沈むのではなく、提督をお守りするために死ねるのですから。艦娘として……本望です」

感情が大きく振れているのか。つまりながらも何とか言葉を発する神通。一人の少女として生きたいと願う心と軍艦としての誇りの狭間で揺れているのが手に取るように分かる。

 

「ダメだ。誰かのために死ぬとか、軍法軍紀を守るためには仕方ないとか、そんなものどうだっていいんだよ。俺は誰も死なせたくない。いや、死なせたりしない。お前たちはみんな俺のものだ。くだらない戦争のために大切なお前達を誰一人として死なせない。俺が、俺が守ってやる」

 

「……提督、ありがとうございます。そんな優しい言葉をかけていただき、とてもうれしかったです。でも、もう追っ手が近づいてきます。早く金剛さんに移動してください。それから……最後に、こんなふうに提督とお話できて、そんな特別な機会を与えてもらって、神通はとても幸せでした」

神通はすでに覚悟を決めている。全身にこれから彼女に訪れるであろう「死」を取り込んでいるかのようだ。

 

「分かった。お前の気持ちは変わらないってことなんだな」

その問いに即座に頷く神通。

「……では、金剛に、いや全員に聞こえるように伝えてくれないか」

甲板からまだ何か叫んでいる金剛を見ながら冷泉は言う。

「はい、分かりました」

と神通。

 

「よし、全艦に指令! これより鎮守府第一艦隊の旗艦を金剛から神通へ変更する。俺は神通で艦隊の指揮を執る」

 

「えーーーー」

本気で驚いたらしく、変な声色を出す神通。

 

「さあ、早く伝えて」

冷泉は淡々と指示する。

 

「テートクゥー!! なぁにを言ってるネー!! 」

どうやら神通が全艦に指示を伝えたらしい。

身を乗り出して金剛が叫んでいる。今にもこちらに飛び降りてきそうな勢いだ。

 

「提督、大変です。他の娘もいろいろと言ってます。交信が混乱して収集がつかないです」

あたふたと神通が訴えてくる。

 

「じゃあ、さらに伝えてくれ。旗艦となった神通ならば、みんなも見捨てずに守ることができるだろうって」

 

「提督、扶桑さんよりです。確かに軍紀違反とはならないかもしれませんが、提督はその説明を求められます。それはかなり厳しい諮問会となるはずと言っていますが」

と神通。

 

「では扶桑に伝えてくれ。いや、みんなにもだな。俺が諮問会で絞られるくらいで済むなら安いもんだよ。……その代わりにお前たちは誰一人として犠牲にすることなく撤退戦に挑むことができる。俺の命令だけではお前たちにも問題有りとの批判があるかもしれないが、旗艦を守るのであれば何の問題もないだろう」

 

「でもー、敵に追いつかれた時に、この戦力でどうやって戦うって言うネー!! 」

直に金剛が叫んでくる。

 

「心配するな、金剛! 何の問題もない。この戦い、勝つ必要はないんだ。負けなければいいんだから。だからみんな、肩の力を抜いて。Take it easyネー」

余裕の笑顔で金剛に向けてサムズアップ。それを見て金剛が頭を抱えた。明らかに「Oh! No!! 」って言ってる感じ。

脳天気な彼女でも頭を抱えることがあるんだと思うと、吹き出してしまう。

「We Shall Overcome」

駄目押し。

 

再び神通を見る。

「そう言うことだ。これより撤退戦に入るぞ」

 

「はい」

と神通。

 

「提督、命令だから従うけど。……それより……イイ加減、二人とも離れるネー! 」

金剛に指摘され、ずっと神通を抱きしめたままだったことに気づいた。

慌てて二人は離れる。

少し顔を赤らめたままの神通を見て、冷泉は頷く。

「よし、これより撤退戦を始める」

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