まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第38話

大井と扶桑が治療を受けているのは地下一階となる。二人とも軽傷だからだそうだ。

つまり治療施設は階層ごとに区分されており、小破の艦娘は地下一階、中破は地下二階、大破の場合は地下三階のそれぞれの施設で治療を行うということらしい。

それにしても、この施設は思った以上に大きい。

舞鶴鎮守府に在籍する艦娘の現在の数に対してはかなり規模が大きいのだ。しかし、ゲームでは100人を越える艦娘が鎮守府にいるわけだから、それでいくとこの程度の規模は一つの鎮守府に必要なのかもしれないなと考える。

 

実際には100人も艦娘がいたら、ドッグ6つでも少ないくらいだろうけれど……。

旧日本海軍の艦船の数がどれくらいあったかはよく知らないけれど、さすがに各鎮守府に100人づつ艦娘がいるってことはないだろうから、ドック6つが適正なのかもしれない。

病院の収容人数については、戦闘による損傷以外でも必要な場合があるからそれよりは多めでも問題無いのだろう。

地下一階でエレベータを降りると、地下三階とは比べてだいぶ照明も明るかった。

ちなみに、地下三階とは異なり、誰も待っていなかったし、警備員らしきものも見当たらない。

それぞれの階でセキュリティレベルが異なるのかもしれない。

そうはいっても、セキュリティレベルがさほど高そうに思えない地下一階のフロアでも、廊下天井には監視カメラらしきものが相当数配置されている。ちらっと見でも死角が発生しないよう計算されている感じだ。

 

さて、大井の部屋は……どこだっけかな。

病室の扉の右側に入室者の名前が記載されていると聞いていたので、名札を頼りに探す。彼女の病室を見つけるのにさほど時間はかからなかった。

 

こんこん―――

とノックをする。

 

「はい、どーぞ」

と、中から妙に可愛い声が聞こえてきた。

 

冷泉は引き戸タイプの扉を開き部屋の中に入る。

内部はピンクを基調とした配色になっており、一般的な病室とは異なる明るいイメージにしているようだ。女の子好みの部屋にしているのだろうか。

奥にはベッドがあり、そこに大井が横たわっていた。

来訪者が舞鶴鎮守府司令官であることに気づくと、大井はすぐにベッドをリクライニングさせ、上半身を起こす。

ちなみに彼女はパジャマ姿にだ。なんかいつもの戦闘服を見慣れているので違和感がある。

 

「あら、提督でしたか! 私、驚いてしまいました。すみません、私なんかのために……わざわざ来ていただいて、ありがとうございますー。本当にうれしいです」

相変わらず、よそよそしいというか猫かぶりしたような言葉遣い。声のトーンも妙に高い。言葉遣いは丁寧で、にこやかな表情をしているのに、なぜかすべてが作り物のようで、なおかつすこしトゲがあるように感じてしまう。これはゲームの中の彼女しかしらないからか。

ちなみにゲームでは、なかなか彼女を入手できなかった。早い段階で北上を入手し、その後、木曽を手に入れ、北上、木曽の二人が改二になって開幕雷撃しまくっていた頃に、ひょっこり大井がドロップしたので、ゲームの世界でもあまり付き合いがなかった。このため、ネットで評される大井像しかあまりしらないので、あのイメージがつきまとい扱いに困る。

 

「ところで、どう、体調は? 」

まあゲームと現実は違うはずだと思いながら、まずは彼女の体調を確認する。

 

「ご心配いただき、ありがとうございます。体調は全く問題無いですからご安心ください。そもそも、私は軽傷ですし。先生の話しでは、念のため、しばらくここで安静にしていたら大丈夫だそうです。提督のご命令とあらば、すぐにでも戦場へ行けるぐらいですよ。……まあ、艦の方の修理が全然できていないので、戦闘はたぶん無理なのですけれど」

ドッグに空きがないため、ドッグ入りしていた羽黒には途中で出てもらい、損傷の大きい神通と戦略的判断から戦艦である扶桑を優先してドックに入れている。二人が回復すれば、羽黒、大井の順で修復をしていく予定になっている。このため、大井は損傷したままで港に待機中となっており、戦線に復帰できるには、まだしばらくかかることとなる。

 

「すまないな。うちのドックの空きが無くて、お前にはしばらく待ってもらうことになってしまって。あ……そうだ。話しは変わるんだけれども、この前の戦いで失った甲標的なんだけど、新たに発注をかけている。新規に制作となるから、少し時間がかかるそうだ。大井が真価を発揮できるのは甲標的を使用した雷撃戦だから、それが到着するまではそんなに慌てなくてもいいって判断している。しばらく待ってくれ」

 

「そんなの気にしてません。こういうことは、うちではこれまでも何回もありましたからね。ドックを増やせればいいんですけど、うちは資金も資材も火の車だし。……新たなドックを作るなんて、よっぽど提督が有能で連戦連勝で行かないと、とてもじゃないけど無理ですからね。何事にも優先順位をつけて融通し合うのは当然です」

 

「そっか。すまないな」

そういって一呼吸置く。ベッドの脇に置いてあったパイプ椅子を組み立てて、腰を掛ける。

「しかし、ともかく、みんな無事で帰ってこれて良かったよなあ。神通もしばらくすれば元気になるそうだよ。……良かった良かった」

何気なくそう呟いた時、冷泉を見つめる大井の表情が一瞬険しくなったように感じた。

 

「みんな無事で? はぁ……提督は本当にそうお考えなのですか? 」

先ほどまでの猫なで声みたいなしゃべり方が妙に刺々しい口調に変わっていのが気になったが、それ以上は考えなかった。

 

「え? うん。そうだけど」

一瞬驚いて戸惑うが、素直な感情を冷泉は口にした。

 

「すみません。こんな事、私みたいな巡洋艦風情が指揮官たる提督に意見するようなことではないのですが、あえて言わせていただきます。私は……先の戦い、本来なら、神通を残して撤退したほうがより確実に帰還できたはずだと考えています。結果としては、たまたま幸運の女神が味方してくれて無事に帰れましたが、運が悪ければ全員がやられた可能性だってあったはずです」

 

「うん。まあ、その可能性はもちろん否定できないけれど、でも、みんな無事に帰れたからいいじゃん。結果オーライってやつだけれど」

 

「は? 鎮守府司令官ともあろう人がそんな適当な事でいいのですか? 常に物事を大局的に判断しなければならないお立場なのに……。やれやれ、やっぱダメだわこの人」

【やっぱだめだわ……】からは小声になっていたがしっかりと聞こえてしまった。結構怒っているんじゃないだろうか。どうも結果オーライって言い方がまずかったか? と冷泉は焦った。

 

「だって、神通を犠牲にして帰還できたって嫌じゃないか。そもそも俺は誰一人として戦いで犠牲になんてしたくないし」

と、慌てて追加説明を入れる。

 

「それは、あなたの我が儘ではないですか? そんな我が儘が組織において許されるわけないでしょう? 司令官は常に一番合理的な判断を下し、勝利を目指すものでしょう。それを何の根拠もなく、自分勝手な適当な考えだけで他のみんなを危険にさらすなんて。その上、それで結果オーライだったから良いじゃないって開き直るなんてどうなんでしょうか。あーあ、全く信じられません」

 

「それはそうだけれど。……でもさ、だったら大井は神通を見捨てた方が良かったっていうのかい」

冷泉は、彼女の言わんとすることも分からなくはなかったが、彼女の言い方に少しカチンと来たので反論する。

 

「な……そんなわけ無いでしょう! そんな論理で私の主張をねじ伏せようとするのは卑怯だわ。仲間が死ぬのを耐えられるわけ無いでしょう! 」

 

「だろ。だったらそれでいいじゃないか。とにかく、みんな無事だったんだから」

 

「今回だけ、提督にしては本当に珍しく、たまたま、うまく行っただけで、いつも、うまく行くばかりじゃないです。むしろ、失敗することが確率的に高いはずです。その時、提督はどうするつもりなんですか」

 

「たまたまうまく行っただけ……か。ずいぶんと手厳しいな。でもね、大井。それでも、俺はこれからもそうやっていくつもりだよ。誰かを犠牲にしてでも勝利するなんてことに、一体どれほどの意味があるっていうんだ? ……俺は無いと思うんだ。ただの理想論でしかないと言われるかもしれないけれど、俺は誰かを犠牲にしなければ勝ち取れないような勝利なんて欲しくもないし、そんなことを求めたくもないんだよ。そんな勝利を獲たところで、ちっとも嬉しくない。そしてそんな価値観云々の前に、誰かを見捨てて自分たちだけが助かるようなことは絶対にしたくないし、……俺はさせない。誰にも命を捨てさせないし、見捨てさせない」

 

「へえ……提督は、最小限の犠牲で他のみんなを生き延びさせることは間違いだと仰るのですか? 何様のつもりなんですか。みんなそんなことは望んでいなくても、そうせざるを得なくて、苦しみぬいた末に決断をしたというのに」

 

「まあ状況によるのかもしれないけど、俺は多数を生かすために少数を切り捨てるなんてことは作戦としては愚だと思っているんだ。常にそういった事態に陥る前に次の策を取るべきだと考えている。これは戦術論以前の話になってしまうかもしれないけれど……。少なくとも俺はみんなのために死んでくれなんてことを部下には言えないし、絶対に言いたくない。残念ながら、そこまで冷徹にはなれない。そして、それ以前にそんなことを命じる人間なんてなりたくもない。そして、もし、仮にそんな判断をしなければならない状況に置かれたなら、俺もその艦娘と運命を共にするよ。その子だけを死なすなんてありえないからな。それが俺ができる限界ぎりぎりの選択だ」

 

「じゃあ、じゃあ、今までに艦隊を守るために死んでいった仲間達はどうなるの。提督は彼女達の行動を否定するというのですか。彼女たちの死は無駄死にだったっていうの」

 

「そんな状況になったことが無いから、分からない。無駄とまでは言わないけれど、その道を選ぶよりも別の手立てがあったかもしれない。そして、常に最善の最善を見いだし、実行するのが司令官の努めだと思っている。それ以前に、艦娘を見殺しにして生き延びるなんて耐えられないよ。味方のために死を選ぶって感覚も、それを受け入れる感覚もね。どうかしてる」

感情的になっている大井に、冷泉までも感情的な発言で返してしまう。死ぬなんて愚かだ。死ぬくらいならもっと良い方法を考えるべきだ。

 

「バカにしないで。何も分かってないのに偉そうに! 提督は艦隊を守るために自らを投げ出した艦娘達を、彼女達の気持ちを否定するの? ……北上さんは無駄死にだったっていうの!! 領域解放戦で北上さんは大破して、他のみんなも傷だらけになって、撤退することになった。だけど敵の追撃艦隊が来て、……とてもじゃないけれど逃げ切れなくて……。そして、北上さんだけが一人残って、私たちを守るために無数の深海棲艦を迎え撃ち沈んでいったのよ。……あれが無駄だったって言うの! 何も知らないアンタが偉そうにそんなこと言うなら、たとえ提督だって絶対に許さない」

 

「だから、無駄とは言わない。他に何かすべがあったはずだと言ってるんだよ」

 

「はっ!、そうですか!! もし、提督がその場にいたら、北上さんを死なさなかったというんですね? へえ……すごい自信ですね。流石ですね。その若さで鎮守府司令官に上り詰めただけのことはありますねー。驚いて本当に尊敬してしまいます。ねえ、提督。そんな偉そうな事を言うんだったら提督のお力で今すぐ北上さんを生き返らせてよ! 」

北上? ……大井の姉妹艦だよな。この世界では艦隊を守るために犠牲になったというのか。

死んだ艦娘を生き返らせろとはなんと理不尽な。しかも今すぐなどと……。

 

「なあ、……大井。お前も分かっているだろう? 時は巻き戻せないんだ。済んでしまったことをどうすることもできない」

 

「フン! 何よ、結局何もできもしないのに偉そうなことを言わないで。後からならなんとでも言えるのよ。口だけの無能のくせに。この能なし」

理不尽な要求に対して対応できなければ無能扱い。

 

「だけど、今度もし、そんな場面になったとしたら、俺は今回と同じようにみんなを救う手立てを考えるし、それを必ず考え出し、実行するつもりだ。北上の事は残念だと思うが、死んだものを生き返らせることはできない。でも、その悲劇を二度と繰り返させないようにすることが俺の職務だと考えている。お前や他の艦娘達が同じ悲しみを繰り返させるような事は俺が絶対に防いでみせる」

 

「バカみたい。根拠もなく偉そうですねー」

 

「まあ、そうかもな。お前から見たら、たいした能力もないのに口だけ達者なヤツなのかもしれない。だけど、一度だけでいい、俺を信じてくれないか。お前を、お前達艦娘を悲しみの連鎖からきっと救い出してやるから。二度とお前を泣かせるようなことはさせないからさ」

 

「なんで……」

唐突に大井の頬を涙が伝う。その変化は唐突に現れる。敵意むき出しだったその瞳からいきなり色が失せる。

「なんで今頃現れて、そんな希望を持たせるようなことを言うの。せっかく私の中で北上さんの事は仕方ないことなんだ、ああするしかみんなが助かるすべがなかったんだって折り合いをつけていたのに。……なんでそんなことを言うの。北上さんはみんなを守るために死んだのよ。艦娘としての誇りを護ったんだ。辛いことだけれど、それは戦うために生まれた艦娘としてやむを得ないこと、当然のことだと思うようにしていたのに。なんでそんな希望を持たせるようなことを今頃言うの。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、死ね死ね!! 適当なことを言って、私の心をめちゃめちゃにしないで! ……もう出て行って、二度と顔を見せないで」

そう言うと、冷泉の服をつかんで引き寄せると、握った拳でぽこぽこ体をたたく。しかしまるで力が無い。やがて彼女の肩は小刻みに震え、顔を見られまいとしているのか頭を冷泉の胸に押し当てる。

思わず冷泉は大井をぎゅっと抱きしめた。一瞬抵抗をしようとする彼女を力ずくで抱きしめる。

「なあ大井、……泣きたければ泣けばいいよ。そして、俺を恨みたいなら恨んでも構わない。俺のことを嫌いなままでも構わない。だけど、俺を信じて欲しい。俺がお前を守ってやるから。お前達を護ってやるから。俺が二度と艦娘たちに悲劇を繰り返させないから」

それは冷泉誓いであった。

しかし大井は冷泉に体を預けたまま、ずっと震えたまま嗚咽を繰り返すだけで、言葉は発さなかった。

 

どれくらいの時間が経ったんだろうか。やがて大井の嗚咽が止まった。

冷泉の体から離れるとこちらを見る。目が真っ赤になているし、涙でぐしゃぐしゃだ。

 

「大丈夫か」

 

「ぐすん、取り乱してしまってごめんなさい。こんな姿を提督なんかには見られたくなかったのに……」

 

「いや、気にするな。それよりも俺こそ、あの戦いで無事帰還できたことで浮かれてしまって、お前に対して配慮不足だったな。お前にそんな事があったなんて知らなかったから。とにかく、すまなかった」

 

「いえ、提督は提督のお考えがあるのです。部下である私が出過ぎた事を言いました」

涙を拭う大井。

「あの、……提督」

 

「なんだ? 」

 

「ここでのことは誰にも言わないでください。そして忘れてください」

 

「……了解だ」

そう言って、冷泉は部屋を出た。

ただ可愛いだけだと思っていた艦娘たちも、当たり前だがいろんな想いを抱え込んでいるのを再認識した。

戦いの中にいるのだから、当然、仲間の死に直面しているだろう。そして常に自らも死を身近に感じているのだ。

冷泉のように、そういった世界と縁遠い場所から来た、そしてさらに人間には理解できないのかもしれない。

だけど、冷泉は知りたい。そして彼女達を理解したい。できることなら彼女達を救いたい。

艦隊司令官として彼女達を戦地へと送り込む立場なのに、そんな感傷的になってしまう自分に驚くとともに、この感情は絶対に失ってはいけないと思った。

 

現実は、ゲームほどには優しくはない。

だから、俺だけでも彼女たちには優しくしたい。

 

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