まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第43話

ほんの一瞬ではあるが、冷泉は自分の体が硬直してしまったことを認識した。

 

目の前に現れた、佐藤と名乗る謎の男。

 

彼が示した身分証明書にプリントされた公印、施されたホログラム、更にそこに刻印された規則性を持たせた数値のルールなどを確認した結果、それは本物であるとしか思えない。よって、彼の身分については間違いないのだろう……身分証明書作成元が虚偽の情報を意図的に入れない限りは。

 

しかし名前といい、彼の態度といい、すべてが嘘くさい。嘘くさいことについて反証する材料は手元には無い。

 

それはともかく、あろうことか彼は「こちらの世界の説明」と言った。間違いなくそう言った。

それすなわち、冷泉がこの世界とは違う「異世界」より来たという事を、彼は知っているということだ。何故そのことを知っているかは分からない。冷泉がこの世界に飛ばされる原因を作った存在なのか者なのか、それともそれを知りうる存在なのか? 現段階では全く分からない。

けれど、少なくともこの海軍中尉は冷泉を鎮守府司令官に配置させた勢力の者であるということだけは間違いない。

この男はもしかすると、あの日、搭乗していたフェリーを沈めた艦隊、そして冷泉の記憶が戻るまでの間の事を知っているのかもしれない。

 

なんとしても情報を知りたい。

その想いは強くなる。

好意的に解釈すれば、彼の胡散臭さは本当の身分を偽るためなのかもしれないし。

 

「いや、本当にすみませんでしたね。ここに来るのがこんなに遅くなってしまって。いきなり鎮守府司令官のポストに就かされ、訳が分からないまま戦場に放り出され、大変だったと思いますわ」

謝罪しているらしいが、まるで他人事のように誠意が感じられない。言葉が軽すぎる。

冷泉はあえて反応をしなかった。この男が冗談で言っている可能性も否定できない。さらには、断片的な情報を入手しているだけの反対勢力の者である可能性も否定しきれないからだ。現状、相手の素性がよく分かっていない。注意しすぎるに越したことはない。

 

「とはいえ、全くの素人のはずの提督なのに、先の領域解放戦においては図抜けた作戦指揮能力を発揮し、危機的状況にありながらも全艦を無事帰還させたそうですね。すばらしいです。あれ……おやおや、どうされたんですか? そんな目で睨まないでくださいよ。いきなりこんな時間に現れたんで警戒されているのは解りますけど」

 

「当然だろう? こんな夜中にセキュリティに引っかかることなくここまで来られること自体あり得ないし、おまけにいきなりそんな突拍子もないことを言われても何のことだか解らない。俺の中では君はただの不審者だよ。まあ身分証明書は本物らしいから、軍関係者であることは確定なのだろうけど」

あえて否定的な態度を取り様子をうかがう。

 

「私が本物であることは、今現在、この場所に立っていることが証明しているのではないですか? いかなる優秀な工作員でも鎮守府のセキュリティを突破して、司令官の側まで来ることなど不可能でしょう。人の目、機械の目、そして艦娘の目を欺いてここまで来られるとお思いですか? ご存じの通り、少なくとも艦娘の警戒網を逃れることはいかなるものも不可能ですよね。彼女たちのスキャン網を通って安全と判断され、そして今はこの部屋については彼女たちの監視対象から外されているのです。これは我々サイドから艦娘へ正式に依頼しており、彼女たちの承諾も得ています」

 

冷泉は、相手の言っていることが全く理解できないが、何も言わずにいた。

男はそれを同意と判断したのか、話しを続ける。

 

「私はただの使者でしかありませんが、あなたのことはすべて、レクチャーされております。まだ疑われてるみたいなので、一つ、世界の真理をお教えします。まあ、そうはいっても伝え聞いた話しでしかないのですで、私自身、半信半疑って感じなんですが。……あなたはこちらの世界の住人では無い。そして、どこから来たかは我々も把握できていません。強いて言うなら平行世界から来たということでしょうかね。あなたの乗った旅客フェリーが何らかの現象ににより、こちらの世界に引き寄せられてしまった。そして、運悪く領域外の日本海海上で航行中の深海棲艦に発見され、襲われて沈没しました。あなたは、たまたま通りかかった我々の艦により救助されて、舞鶴鎮守府へ搬送されたというわけです」

彼の話からすると、冷泉の乗ったフェリーを攻撃したのは深海棲艦だったということらしい。濃い霧が出ていたし、夜だったからはっきりと敵艦の姿を確認したわけじゃあない。だから、あれが深海棲艦だったようにも思うし、そうでないようにも思える。しかし、それは口には出さない。

そもそも異世界召還などという、突拍子もない設定を「はい、そうですか」と鵜呑みにするのもなんだか納得いかない。現在、自分がその世界にいるわけなのだから、否定しがたいとはいえ、たとえそれが真実としても、納得いく説明、理由付けがなければ釈然としないのだ。

 

「それならば他の乗客はどうなったんだ? 俺以外にもたくさんいたはずだけど」

 

「残念ながら、我が軍の艦船が到着した時にはすでにフェリーは沈没した後でした。捜索をしましたが、付近にはあなた以外の人は発見できませんでしたからね。普通に考えれば、フェリーと共に海底に沈んでいったと思われます。そして、運悪く沈んだ海域は水深が深い上に海流の流れが入り組んでいる上に速く、かつ濁りが酷いため、ダイバーによる捜索は不可能でした。念のため、何日か周辺海域の捜索を行いましたが、残念ながら漂流者は一人も発見できませんでした」

 

「普通に考えれば、……とはどういうことか」

 

「救助に艦船を出せたのはだいぶ時間が経ってからなので、もし生存者がいたとしても、深海棲艦に捕らえられた可能性が否定できないわけなのです。実際にそういったケースはこれまでにも頻繁にありましたからね。捕らえられた人々がその後どうなったのかは、誰も知りません。もしそんな事態が発生したとしたなら、提督は運良くそれも逃れることができたのでしょうね」

フェリーの爆発具合からして、生存者がいる可能性は低かったものの、仮に生き延びたとしても囚われの身ということか。ヒトかどうかもまるで解らない深海棲艦に捕らわれたらどういうことになるか、まるで想像できない。しかし、幸せな未来図を描くことはできそうもない。

 

「そうか……。やはりそうなってしまうか。生存者がいればいいのだけれど。では、次の問いだ。仮に異世界から来たということは置いておくとして、まあ、遭難者だから救助されたのは解る。けれど、そこからどういう流れでただの一般市民が鎮守府司令官に祭り上げられるのか、全然理解できないのだが。普通ありえないだろう。しかし、そうなっているのだから信じるしかないのかもしれないが。その答えはあるのか」

 

「我々は日本政府の軍隊ですから、自国民を救助するのは当然の責務。それは理解できますよね。だから助けたのです。けれど、あなたが司令官に任命された件については、上の決定なので私には解りませんし知りません。それについて、提督が納得いく回答は不可能ですよ。ですが、必要だから任命されたのでしょう」

 

「上というのは君の上司ということか? 」

冷泉の問いに佐藤は首を横に振って否定する

「ははは、さすがにそのクラスなんかで司令官人事をホイホイと決められるわけないじゃないですか。人は誰しも出世をしたいですからね。人事なんてものは根回しが必須ですからね。それを、いきなり決めたりしたら、後々に禍根を残すだけで争いの元にしかなりませよ。けれども今回の人事は、軍隊の者ではなく、異世界から来た誰とも判らない人物を指名ですよ。それを誰の反論もなく決定させたということだけで、ある程度推察して下さい」

 

「誰なんだ? 」

 

「残念ながら私の知る範疇ではないです。少なくとも今回の事案については、海軍とか陸軍といったレベルでは無いことだけは確かですねえ。そのクラスでは絶対に無理ですね」

大臣レベルではないものが冷泉の処遇を決定したというわけか……。一体、誰が何の為に?

しかしそれを彼に尋ねても答えられないだろうし、答えることができても答えるつもりは無いだろう。

 

「これ以上、それを君に聞いても仕方ないということか。仕方なしだな。了解した。では、他に聞きたいことがあるんだけど、構わないかな? 」

返答が無いということは承諾であると判断して、冷泉は続けることにした。

「資料を見たり秘書艦に聞いたりしたんだけど、基本的な事は誰にも聞けなかったんだ。いきなりこんなポストにつかされたからな。資料を見たってそんなことは書いてもいないし」

 

「すみません。それをお伝えする任務もあったんですけどね。今になってしまいました」

この男、全く反省していない。

 

「この世界は一体どうなっているんだ? まずは、そこから教えてくれ」

 

「えーと、一からお話するとかなり長くなってしまいますのでそんなに時間は無いのですが。……仕方ないですね、提督がどこまでご存じなのかよく分からないので、なんとも」

 

「俺が知っているのはこの世界があの領域とかいう分厚い雲に包囲されて、日本が外界から孤立していること。それから、おそらく原因である深海棲艦と戦っていることは知っている。まずは、あの領域は実際のところ何なのか。それから深海棲艦とは何なのか」

 

「領域ですか……実のところよく分かっていませんのです。外から見れば、成層圏にまで達すると思われる高さの雲のような存在です。あの雲に阻まれたことにより、通信障害も同時に発生しており、日本国外がどのようになっているかはまるで分からなくなっています」

 

「しかし、人工衛星を経由すれば通信くらいできるんじゃないのか? 」

 

「それがどういうわけか、それらもすべて使用不可状態になっているのです。領域に取り囲まれただけでも外への通信は影響を受けるようです。領域外なら通常の無線通信とかもできるんですけどね」

 

「つまり外に救援を求めることは不可能ということか」

 

「その通りです。そして外が無事かどうかさえわかりません。普通ならこう長期にわたって日本国が不在となれば、世界に与える影響は尋常ならざるはずです。現在の事務総長は無能のチンパンジー似の利己主義者ですが、さすがに国連も何らかの手だてを打つでしょうし、アメリカも黙ってはいないはずです。なにせ在日米軍およびその家族約10万人の安否が不明なままですからね。中国もこれを機に何かを狙ってくるはずでしょうし」

 

「だったら、少なくとも情報収集のためにこちらに向かってるはずだろう? 」

 

「領域中に入られた提督はご存じでしょうが、雲の中は深海棲艦という存在により生成作成された空間。こちら側の戦力が大幅に削られる変わりに、敵側の戦力が増強される空間なのです。現在の人類が所有するあらゆる兵器を持ってしても通常世界においてさえほとんど歯が立たなかったのですよ」

 

「それはどういうことだ? 」

ある程度は知っていることだが、念のために確認する。

 

「日本があの領域に取り込まれると同時に、深海棲艦の艦隊が東京湾沖合に唐突に現れました。攻撃は向こう側から開始され、応戦した自衛隊は、敵にほとんどダメージを与えることもできずに海空ともに数日で壊滅。同時に支援を行った米軍第七艦隊でさえ、ほとんど何もできないままに全滅させられているのです。……日本に接触するためには、そんな強力な敵へ威力が更に圧倒的に有利になる海域を抜けてこなければならないのですよ。あり得ないことですね」

敵は、深海棲艦側は圧倒的な力を持っている。資料以上に敵と人類の兵力の戦力差は、決して埋められないほどに大きいということを再認識させられる。

 

「諸外国からの救援は望むべくもないということが、現状なんだな。こちらから領域を突破しないかぎりは、ということか。しかし、そんな圧倒的な状態だったのに、なぜ敵側は一気に日本を攻め滅ぼさなかったのだろうか? 」

 

「人類より遙かに高次な科学力を持つ存在の思考など、我々には推測などできませんよ。あいつらにはあいつらなりの何か別の考えがあるのかもしれませんけれどね。一時期は陸上以外の活動エリアをすべて奪われていましたからね。何でなんでしょうね。まあそのおかげで艦娘が現れるまでの時間を稼ぐことができたのですからねえ」

他人事のように話す佐藤。すでにそういった事態になってから時間がたちすぎたからなのだろうか。

 

「それだよ。その艦娘はいつ、どこから現れたんだ? 」

ずっと気になっていた事を尋ねる。

 

「彼女たちがいつ、どこから現れたのかを知るものは政府のほんの一握りの存在だけなので、詳細は私レベルの者では分かりません。ただ、どこからか6隻の戦艦が現れ、深海棲艦を撃破したところから始まったようです。そこからどういう経緯で艦娘に繋がるのかは知りません」

その辺については、僅かに資料があったので知っていた。

 

領域に完全包囲された日本国は、その状況になすすべが無かった。領域というまったく未知の兵器らしきもの、そして深海棲艦と名付けたその存在が、おそらくは地上のどこの国の物でもないことだけは分かっていた。

よって、それらは人類とは違うことが分かってしまった故に、どうコンタクトをとれば良いか分からなかったからだ。日本の置かれた状況は、無条件降伏しかなかったが、それが受け入れられるかすら不明だったのだ。

敵は人間の殲滅を考えているかもしれないし、そうでないかもしれない。そもそも通信ができないために敵にコンタクトできなかった。直接赴こうとすると、即撃沈されてしまうし、航空機を使用して接近しようと試みたが、離陸した瞬間に撃墜される。

戦うすべもなく、ただこのまま手をこまねいたまま滅亡するしかないのか? 

政府首脳は本気で考えたのだろう。

 

そんな時に6隻の所属未確認の艦隊が東京湾沖に突如出現した。

 

艦影を確認し、人々は驚くこととなる。

そこに存在したのは、富士型戦艦「富士」、「八島」、そして敷島型戦艦「敷島」、「朝日」、「初瀬」、「三笠」というかつての日本海軍の戦艦だったからだ。

 

 

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