「世界の……いや、日本の窮地に昔の戦艦が現れて、状況を打破したらしいということは知っている。しかし、詳細な事については記述が無かったし、資料にも当たれなかった」
「その通りです。まあ……今、この世界に現れている艦娘も太平洋戦争時代の軍艦ですから、取り立てて新しい物ではありませんよねえ。けれど、その時現れた六隻の艦隊は、彼女たちよりさらに古い日露戦争時代の戦艦だったものですから、軍関係者も驚き、ある意味呆れたと聞いています。最初は深海棲艦と思われた彼らが、日本国に味方するという通信を受けた時、軍関係者は相当に困惑したようです。何者か判らない存在を信用できるかどうかという以前に、最強最精鋭の太平洋艦隊、そして自衛隊が、なすすすべもなく敗退させられた謎の敵に、あんな旧時代のポンコツで何をできるんだと」
政府及び軍関係者の当時の総意は、佐藤の語るままだったのだろう。しかし、彼らの予想は、すぐに間違いだったことを思い知らされることとなった。
六隻の艦隊が現れた場所の施された領域が、どういう仕組みか不明だが一瞬にして無効化され、なんと通常海域となったのだ。
領域の異変を関知した深海棲艦の艦隊がすぐに現れ、戦火が開かれた。
現れた深海棲艦は重巡洋艦を主体とした20隻を超える大艦隊だった。通常海域での戦闘においては、SF映画でしか見たことのないような超兵器で日米連合軍を蹂躙した敵艦隊。その圧倒的な火力が再び六隻の艦隊に降り注ぐと誰もが思った。
しかし、もたらされた結果は全く真逆だった。
深海棲艦の放ったビーム兵器やミサイル兵器は全て、多重シールドにより防御され、逆に放たれた砲撃は、深海棲艦の核ミサイルさえ防御したシールドをあっさりと貫き、敵艦隊を吹き飛ばしたのだった。
その圧倒的な力により、敵勢力は撤退を余儀なくされた。
東京湾近辺数十キロの海域が、再び人間の元に返ってきた瞬間だった。
敵を撃破した艦隊はゆっくりと進み、浦賀沖に停泊した。
奇しくも黒船来訪と同じ場所で、日本政府代表と彼らとの初めての会談が行われたのだった。
「たった六隻の艦隊が、人類の科学力では全く歯が立たなかった深海棲艦を駆逐し、領域の一部を開放した。彼らの尋常ならざる戦力を見せつけられた日本政府は、藁にもすがる想いで彼らとの会談を受け入れることとなったんだろう。いや、受け入れざるをえなかったんだろうな。そして、会議は某日未明、戦艦三笠内で極秘裏に行われ、様々な協定が結ばれたようだけれど、詳細は一切不明。そもそも、その会談に一体誰が出席したかすら資料には無かった。それ以上は当然調べても判らなかったよ」
「この歴史的な会談がどんな内容だったかは、政府及び軍関係者だってほとんど知りませんよ。けれど、そのおかげで我ら人類は艦娘という強力な力を得る事ができ、深海棲艦と互角以上に戦えるようになったんですよ。種の存亡の危機にあった我々に、生きる希望を与えてくれたのは、あの六隻の艦隊であることは間違いないのですから、いいんじゃないですか? 細かい話は。今はいかに敵に勝利するかでしょ」
そう言って冷泉の質問を受け流す。冷泉に伝える気が無いのか。それとも知らないのか。
「しかし、何の代償もないのに親しくもない存在が力を貸してくれるなんて、普通あり得ないけどな。だだより高いものは無いっていうし。一体、誰がどんな約束をしたのかを誰も知りたがらないのかな」
……もしかすると、相応の対価をすでに支払わされているのかもしれないな、日本国民は。そんなことを冷泉は考えていた。
「少なくとも、国民のみなさんは会談が行われた事すら知りませんから大丈夫ですよ。それから政府や軍関係者も同様ですよ。だから、まあ問題ありません。ただちに影響は無いと言うことです」
あっさりと佐藤は答える。
しかし、政府及び軍関係者のほとんど知り得ない案件を、鎮守府司令官であり海軍少将である役職の冷泉ですら会談の事実しか知り得ない事実を、たかだか大尉という階級の佐藤が知っていることはおかしいとは思わないのか? 冷泉はあえてそれは口に出さないでいた。
「知らなければ疑問さえ持たないってことなのか? けれど、いきなり世界に現れた艦娘の存在を、一般の人はどう捕らえているだろう? 」
「軍及び政府内での説明は、敵勢力から寝返った者によりもたらされたテクノロジーにより、建造された物であるということで納得していますよ。一般市民に対しては機密兵器であるため詳細は説明しないということで、こちらも完了です。国家機密軍事機密とすれば、アナだらけの説明でもそれで案外体裁は整うもんです。一部の国民は不信感を持っているようですが、どう説明したって結果は理解なんてできないでしょう。ほっときゃいいんです」
「そんなものなのか? まあいいや。……疑問に思っていたんだが、彼女たちはヒト型兵器なのか? 」
これについては彼女たちに直接聞くわけにもいかなかったが、ずっと疑問に思っていたことだ。
「直接接点のある提督なら説明なしでもなんとなくはお解りですよね。彼らからの公式の説明では、軍艦部分と艦娘は二つで一つとのことです。そもそも自律型戦闘艦艇として開発されているらしいですが、この度の日本政府との同盟関係を結んだことから、人間とのコミュニケーションが必要となりました。そのため、よりその効率を上げるため、ヒト型のコントロール部分を本体と分離しているらしいです。その説明で政府及び軍のみなさんは納得しているようです。仮に反論されたとしても、深海棲艦より得たテクノロジーなのでああなったと言われれば、それ以上は何も言えないですよね。そして、彼らもそれ以上の説明をするつもりは無いようです。無いのであれば、政府としてはそれで押し通すしかありません。それから、国民に対しては、そもそも艦娘を見せることはほとんどありませんので、知らない人のほうが多いはずですよ。あとはマスメディアを使って啓蒙活動を行えばどうとでもなります。仮に存在を知られても、女の子が軍隊に入って戦っている日本国民の鏡であるとまで言えますからねえ」
「そんなもんなのかな」
確かに一般市民は、情報操作でだませるのかもしれない。それまで事実だと思っていたことが、実はマスメディアによる誤報、……いや、意図的なねつ造だったことがいくつも暴露された事案を思い出した。政府とマスコミが結託すればもっとうまくできるのは間違いない。
「提督はこの世界を良くお知りになっていないから、まあそういう考えとなるのかもしれませんね」
「一般市民への情報統制は完璧なのか? そして政府及び軍は一枚岩だから綻びはないというのかな」
「確かに、マスメディアによる情報操作は行っています。今はインターネット環境は無くなり、情報操作がよりやりやすくなっています。もっとも、領域に閉ざされる前と同じだったとしても、今の国民にそんな余裕は無くなっていますがね。国民は日々の生活に追われるばかりで、そういった報道されて衣類事の真偽など検討する余裕なんてないのです。それから政府関係者については、元老会議がトップとなり統制を取っていますからね。圧倒的力の前に綻びなんてあり得ないです。もちろん、現在のところはね」
元老会議については資料で見ていたから、少しは知っていた。
けれどもそれは存在を知っているというだけで、中身は謎だらけで、まるで判らなかったのだけど。
「そもそも元老会議っていうのを判っていないんだけどな。資料に存在が書かれているだけで、それがどれほどの権限を持っているとか、誰により構成されているかとか隠されているからな」
「国民は、元老会議という組織の存在すら知りません。深海棲艦の襲来による陸上を除く自衛隊の壊滅、都市機能の一時的な喪失、それらによる政治の混乱。……国の統治機能は著しく損なわれてしまい、恐慌状態になりましたからねえ。そして、それに呼応するように各地で発生した組織的暴動。これには他国の諜報員が関与していたようで、警察機関も対応に忙殺され、各地でも治安が急激な悪化しました。暴動は煽動された市民により瞬く間に広域化し、特に近畿圏においては、組織化された暴徒による大阪市、神戸市、京都市の独立統治を許してしまったのです。どこから準備したか判らない、大量の銃器が支配者階級に手渡されており、組織化されたその勢力に警察では対応しきれなかった。さらには三つの政令指定都市を手中にしたその連中は、独立を宣言し、日本国に対して大陸からの救援を望むように圧力を掛けてきた。そんなことは不可能であると伝える現政権に対して、彼らは自らがワクチンが開発されていない細菌兵器を所持していることを伝えて来ました。
独立派勢力により示された細菌兵器の動画、またすでに敵勢力の元へ侵入させていた諜報員の報告より彼らの所持するそれらが本物であることが確認され、日本政府は妥協せざるをえない状況せざるを得ない状況にありました。。数百万におよぶ市民が人質とされていましたからね。しかし、そうはいっても、彼らの望む中国よりの救援はとても求められる状況でないこと、仮にできたとしても日本国まで来ることは不可能であることから、時間稼ぎをする以外何もできなかった。要求を飲まなければ、細菌兵器をまき散らすことになる、という再三の要請にものらりくらりとかわすしかありませんでした。敵勢力は業を煮やし、恣意活動として、ついにその細菌兵器を、その時使用したのは、炭疽菌等の対応が可能な兵器でしたが、それを使用してしまいます。それにより、近隣の町の多くの住民が犠牲となりました。それでも政府はあたふたするだけで何もできませんでした」
「そこは知っている。近畿はその地域性から別格だったが、外の地域でも混乱は酷かったらしいな」
赤黒い雲に取り込まれたまま外界との連絡が全くできない状況は、想像以上に人々対しに過大なストレスを与えたようだ。誰しもがまともな思考をしにくくなっていた、そんな時期である。平常心を保てた人がどれほどいたのだろうか。
資料を読んだ時、冷泉は思った。
明日の見えない、しかも得体の知れない絶望。緩やかに滅亡する未来が現実となったとき、人はそんな風になるのかもしれない。
「そんな時に、例の六隻の艦隊が現れた訳です。彼らは日本国政府との盟約の元、陸地という陸地のすぐ側まで来ていた領域を、順次、沖合数キロまで押し戻していきました。その際に何度も深海棲艦との交戦がありましたが、全て勝利を収めています。彼らは同時に日本政府に協力を要請し、千葉港を本拠地とし、その周辺20キロを彼らの完全支配地域と決めました。そして、どこからか膨大な資材を持ち込み、政府に指示して工場や軍事施設の建設を進めました」
これがいわゆる第二帝都東京と呼ばれることとなる、人間以外の存在が人と共存するために作られた都市となった。
「その施設で生まれたのが艦娘だったな」
「そうです。順次様々な艦艇が生み出されていきました。そして全てが戦いへと駆り出され、我々のために戦い、戦果を上げていきます。解放海域の拡大は、別の副産物をもたらします。解放された領域の海底からは、これまで日本近海では発見されたことが無く、発見されるはずのない鉱物資源や石油資源が発見されたことから、人々に希望が沸いてきたのです。世界はある程度の平静を取り戻したかのように思われました。しかし……問題は解決していませんでした。近畿地方の三都市を支配した勢力がまだ残っていました。希望が見えてきた日本において、混乱しか生まない新世界勢力への支持が次第に弱まって来ていたこと、かつ、艦娘という圧倒的な力を得た政府は余裕をもって対応できました」
「力を取り戻した政府にとって、ただの規模がでかいだけのテロリスト集団など、恐るるに足らずだったってことか」
「ところが、そうは行かなかったのです。壊滅したはずの海上自衛隊が艦娘を得たことにより急激に影響力を持ってきた事に危機感を持った勢力がいました」
「陸上自衛隊か? 」
「そうです。彼らは陸上戦力しか持ちません。深海棲艦と戦うことなどできない。艦娘がいない時は治安維持、救難活動などでその存在感を示せましたが、艦娘の戦力を見た時、近畿の反政府勢力もそう長くは保たないと判断しました。内地における平穏は、陸自の活動の機会がなくなること。つまり必要性を示す場の現象、イコール影響力の低下と判断しました。そこで彼らは功を焦り、意味もなく動いてしまったのです。隔離することで押さえ込んでいた勢力を殲滅するため、軍隊を動かしてしまいました。重火器で武装した彼らは快進撃をしました。しかし、彼らは、敵の指導者的連中を追い詰めてしまった。死を恐れた彼らがついに細菌兵器を解き放ってしまったのです」
「治療法の無い細菌兵器を都市のど真ん中で使用する。それがどんな厄災をもたらすか誰でも判ることだろうに」
「追い詰められやけくそになったのでしょう。自分が死ぬなら他の人間も道連れにしようと企んだのかもしれません。人の死には無頓着ですが、自らの命には異常なほど執着する。往々にして理想主義者とはそんなもんですからね。そこから先は地獄でした。想像を絶するまでの感染力。そして致死率。死神の釜に刈られるように、人々の命は刈り取られていきました。それが大阪京都神戸で一斉に発生したのです。ワクチンの開発などとても待っていられません。都市にいた人々は先を争って外へと逃げようとしました。もちろん攻め込んでいた陸上自衛隊の兵士達もです。想像を絶する感染力と致死率を保つウィルスの保菌者が日本中に散らばれば、日本国の存続に関わる一大事です。その時にある決定をしたのが元老会議なのです」
「封じ込め対策をしたというわけか? 」
「提督も話は聞いているでしょう? 近畿の三都市が消滅しているということを」
「ああ。暴動によりゴーストタウンとなったって聞いた」
確か扶桑がそんなことを言っていたな。
「すべての資料には暴動により無法地帯化し、やがてゴーストタウンなったことになっていますが、実際には違います。ウィルスの蔓延により多くの人命が失われましたが、人々は助けを求め外へ外へと逃げようとしました。それすなわち、感染の蔓延の危機が日本国を襲うことになります。皆がどうすべきか分かっていながらできなかった決断を元老会議が決定し指示しました」
「しかし、一つの都市を消滅させるほどの兵器なんて核兵器くらいしかないだろう? 日本は核を持っていないはずだけど」
「核など必要ありませんですよ」
「それはどういうことなんだ」
「艦娘による艦砲射撃で事足ります」
確かに、通常海域での艦娘に装備された武器は冷泉の知る兵器を遙かに上回る威力を誇るものばかりのはず。
「そして、元老会議の助言に基づき政府命令が発せられ、複数の艦娘による攻撃が三都市に行われました。神の鉄槌とも言われる攻撃により、三都は消滅しました。ウィルス兵器とこの攻撃によりおよそ500万人の人命が失われました。しかしこれにより、ウィルスの蔓延は防がれたのでやむを得ない犠牲だったと思います」
「仕方ないとはいえ、酷いな。500万人もの人が殺害されるなんて……」」
政府の決断の遅れが自衛隊の暴走を生み、さらなる犠牲を増やしてしまったわけなのだろう。しかし、500万人はあまりに大きい。
そして、艦娘のその力があまりに強大であることにも戦慄した。
「死んだ人たちはどちらにせよ、ウィルスにより死亡することがほぼ確定的でした。あのウィルスは致死率70パーセントを超える恐ろしい物でしたから。そして他地域への逃亡を許せばさらなる犠牲者が増えることになっていました。それを防ぐためにはやむを得なかったと考えます。それに、人類の歴史からすれば数で言えばたいしたことありませんよ。かつての共産主義国やナチスの虐殺に比べればその目的、数ともに遙かにマシな部類でしょう」
「たしかに、他に手だては無かったとは思うが……」
「すべては仕方のないことだったのです。しかし、そのおかげでウィルスの蔓延は最低限の犠牲で防がれました。さて……この案件により、それまでの政府内において発言力を持っていた陸上自衛隊はその勢力を急速に弱体化しました。そして、政府および軍は自らに与えられた力、艦娘の恐ろしいまでの力を思い知らされました。それを与えた力を見せつけられた人々は、艦娘を作り出す存在に依存せざるを得ない自らの立場を再認識させられたわけです。そして、その存在との密約の元に作られた元老会議への絶対的服従を決定したのでした。そして、元老会議の助言の元、体制の再構築が行われ、現在の政府形態となったわけです」
「それで俺の知る世界と異なる意志決定機関となっているわけのだな」
そんな言葉を話しながら、冷泉は別の事を考えていた。
艦娘の登場、当時発言権を拡大していた陸自の暴走、ウィルス兵器の使用、感染蔓延防止のための艦娘による都市殲滅。これらはそれぞれが別個の事案のように思えるけれど、すべてが一本の糸で繋がっている。すべては偶然の発動による連鎖でしかない。おそらくそうなのだろうけど、誰かが糸を引いていたとしたらどうなのだろう? そんな疑問がよぎった。
少なくとも、陸自は勢力を一気に失った。各地で勃発していた反政府勢力の暴動は殲滅された。政府中枢に対しては艦娘の力を見せつけることができた。
結局、唐突に現れた六隻の艦隊により、思う通りの政府形態を形成することができたのではないだろうか。
すべては彼らと政府による合議機関である元老会議の助言の下、日本政府が決断した。
……考え過ぎか。