まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第46話

「実は、彼が亡くなられたからです。だから、いかなる嘘を喧伝されても反論するすべが無かったのです」

 

「は……? 」

冷泉は、全く事態が飲み込めない。目の前の男の話す事が理解できなくて、困惑するだけだ。

前任の提督が死んでいる?

それはどういうことだっていうんだ?

 

「あなたが舞鶴鎮守府司令官に任命された要因の一つが、前任の提督の急逝でありました。急遽、司令官のポストに空席ができたということで、そこに誰かを当てはめる必要があった。それが冷泉さんあなただったのです」

状況を飲み込めない冷泉を放置して、男は話した。

 

「いや、待てよ」

 

「はい? 何でしょう? 」

どうかしましたか? という感じでこちらを向く佐藤。

 

「前任の提督が死んだってどういうことだよ」

 

「はい。言葉の通りですよ。前任の提督が亡くなられた……それだけです」

 

「俺が着任して以降、艦娘達は誰もそんなこと、一言も言わなかったぞ。俺が来たときには、すでに俺が着任してしばらく経ったような感じで彼女たちは応対してきたんだぞ。それって変じゃないのか。それは、俺の記憶喪失だからなのか? 確かに引き継ぎなんて全然受けてないから、前任はどうしたんだって思っていたが。俺は前任の提督の事を全く知らないし、意識が戻る以前の記憶は全くない。確かに、亡くなられたのなら、引き継ぎ無しってのも納得できる事か。しかし……俺の、フェリーが沈んでから意識を取り戻すまでの記憶が無くなっているのは理解できないが。」

 

「記憶喪失でもなんでもありませんよ。提督は負傷して入院してただけです。前任の提督とも一度も会ってませんよ」

あっさりと否定される。

 

「じゃあ、俺は救助されるなり入院し、意識が戻ったんで鎮守府司令官にされていたわけなのか」

 

「その通りです。まあよく対応できましたね。おまけに領域解放戦までやってしまうとは、想像以上にすばらしいです」

 

「まるで他人事だな。まじで大変だったんだ。まずは自分の置かれた状況を理解しなければいけないし、艦娘たちに気づかれないようにしないといけなかったし……。勝手に焦って損したか。そもそも、うまく行ったかどうかはわからないけれど。まあ前任の提督が亡くなったからか……いやいや、待て、待てよ。そもそもなんで俺が提督にならなきゃならなかったんだよ。なんでなったんだよ。おまけに、艦娘達は誰一人として、いきなり現れた俺に何の疑問も持たず、それどころか前からいるような感じで対応するし」

 

少し考えるようなそぶりを見せた後、もったいぶるように佐藤が話し始める。

「……そもそもの始まりは、あなたの前任の提督の死でした」

 

「それ、さっき聞いたよ」

 

「コホン。まあ落ち着いてくださいって。……死と言っても、自然死ではありませんでした」

 

「は? 自然死じゃないってどういうことだよ」

突然の話に再度驚く冷泉。

 

「提督は、……前任の提督の話ですが、彼は自ら命を絶ったのです」

 

「はあ? 自殺したってなんでなんだよ。なんでそんなことに」

 

「彼が自ら死を選んだことの原因というものは、他人では推測することはできても、本当のことは本人でないと判りませんよ。おそらくは鎮守府司令官というポジションにいる人間なら誰しもが受ける強度のストレスが原因ではないかと思われます。領域解放の全てが鎮守府司令官にかかっていますし、他の提督との領域解放の進捗具合で厳しく問われることもあるようですし。提督もお感じになっているかもしれませんが、領域解放の手段となる兵器が人型であること。しかも年頃の女の子であるということ。これも大きなストレス要因となるのでしょうね。彼女たちを死地に派遣しなければならないという理不尽な事。これも厳しいでしょう。それ以外にもあったのかもしれませんけれど、すべて推測でしかありません」

言わんとすることは、少しだけ鎮守府司令官の仕事を経験している冷泉だけに、その辛苦は容易に想像できた。けれど、全くの民間人である冷泉と、職業軍人であったはずの前任の提督とではその心構えも違うだろうし、そもそもそんな柔いメンタルで出世などできないはずではないだろうか。

 

「命を絶つ選択してしまうまで、追い込まれていたというのか」

 

「はい。彼は多くの艦娘達のいる前で、拳銃による自殺を図ったのです。彼がなぜそんな場所で、部下である艦娘達の前で行ったかは謎ですが」

 

「それは惨いな……。いやしかしまてよ、そんな場面に出くわした彼女たちがどうして前の提督の事を忘れてしまってるんだよ。普通でもおかしいのに、そんなショッキングな場面にいたら……」

 

「その通りです。自分の上司である鎮守府提督が拳銃自殺。それだけでも衝撃的な事件だというのに、さらにその現場に居合わせたとしたら。艦娘の提督を慕う気持ちは相当に強いです。そんな彼女たちが惨劇の場にいたとしたら……。ご想像のとおり、彼女たちはパニック状態に陥ってしまいました」

 

「普通の人間だって目の前で人が死んだりしたら、相当なショックを受けるだろ? PTSDもかなりの頻度で発生するはず。それが自分たちの司令官だったとしたら、彼女たちはどうなるんだろうな」

 

【頭どかーんっ。血、ぶしゃーって感じだったんだよ、テートク】

金剛が言っていた言葉が思い出された。

 

「実際、多くの艦娘にそういった症状が見受けられたようです。すぐ目の前でその現場を目撃してしまった艦娘もいました。中には返り血を浴びてしまった者もいたそうですからね。このため、我々は対処策を早急に練り実行する必要がありました。艦娘達は、深海棲艦と戦うことができる唯一の兵器なのですから。それがPTSDなんかで使えなくなったとしたら、その損失はあまりに大きいです」

 

「しかし、ショック症状を緩和する方法はあるかもしれないけれど、そんな簡単にはいかないだろう。特に彼女たちのメンタリティは人と同じかどうかさえ判らないんだろ」

佐藤が艦娘達を物のように言うのは好きになれないが、あえて冷泉は反応しなかった。

 

「カウンセラーを派遣してなんてまどろっこしく、そして、効果が定かではない方法など使えませんでした。そこで我々は、元老会議を通じて六隻の艦隊に助けを求めた訳です」

 

「それで、特効薬的な処置があったわけだな」

 

「いえ、そういった物はありませんでした。それでも、措置は急がないといけませんでした。艦娘達の治療の必要もありましたが、彼女たちに異変があれば、基地内の兵士達が提督の死に気づいてしまう可能性がありました。そこから外部に漏れてしまうのもまずかった。なにせ、鎮守府のトップが基地内で自殺ですからね。そんなスキャンダルなんて認められません。それ以上に司令官不在が深海棲艦側に漏れたら、鎮守府に一気に責めてくる危険もあった。時間はありませんでした。……そして、六隻の艦隊が示した対応策は、艦娘達の記憶を記憶消滅装置のようなもので一部消去することでした」

 

「そんなのありうるのか? 現実は映画みたいにうまくいくはずが無い。そもそも、そんな簡単に人の記憶の一部を選択して消したりできるとは思えないな。どんなんだよ」

 

佐藤は少し驚いたような表情を見せた。

「提督、大事なことを忘れていますよ。彼女たちは人間じゃありません。だから、艦娘の記憶というものを我々の尺度で測っちゃだめなんです。さらに艦娘側の科学力を我々人類の知識で推測するなんて無意味な事です。現に、彼女たちは、提督が自殺を少し前からの記憶を完全に失っているようです。簡易検査の結果だと、きれいさっぱり忘れているようです」

 

フッ、実際には覚えている艦娘がいるけどな。

すると、艦娘側の科学力も完璧なものではないということだ。

事実を知っている冷泉はあえてそのことは口にしない。このことは彼らに知られては良くないと判断しているからだ。未だ誰を信じて良いかは分からない。常に疑ってかからないといけないと考えている。特に目の前にいる得体のしれない男。そして彼の属するであろう勢力。あまりに知りすぎているところが胡散臭い。情報を得るだけで、こちらからは情報を出す必要はない。

「確かに、彼女たちは何の疑いもなく、俺を鎮守府司令官として受け入れてくれるようだな」

 

「詳細な説明は得られていないので推測になるのですが、艦娘たちの記憶は六隻の艦隊もしくはその上部組織によって、おおよそ自由に変えたりできるのかもしれません。記憶の中の特定の事案部分のみを消去したり、入れ替えたりできるようです。どのような方法でやっているのかは分かりませんけど」

 

「彼女たちの話だと、前任の提督と俺は同一人物のような感じになっているようだ。俺は実際よりだいぶ前から鎮守府司令官としているようにみんな思っている」

 

「そうですね。だいたい1年前くらいにあなたが前任の提督の変わりに着任し、これまで生活してきたといった感じでしょう。だから、前任の提督の自殺の事件も、あなたが懇親会で酔っぱらって窓から転落して大けがをしたという事案に入れ替わっているようです」

 

「どうして俺が酔っぱらって窓から転落なんだよ……まったく。しかし、さすがに自殺というショッキングな事件は、彼女たちの記憶から消去しきれなかったのかもしれないな……」

つまり、日常的な記憶なら完全消去が可能であるが、非日常的な記憶は消し去ることが不可能ということか。変わりに別の記憶を上書きすることで中和し、ほぼ無効化して誤魔化すしかできないのかもしれない。艦娘側の科学力も完璧ではないということ。そして、艦娘の記憶というものは、HDDに記録されたようなただのデータなのではなく、人間と同じ【思い出】に近いものだということの証明じゃないのか? そしてそれは彼女たちがただの機械ではないという証明ではないかと冷泉は思い、そして安心した。

 

「艦娘に対する記憶操作だけでは片手落ちですので、我々人間側の記録についても一部操作する必要がありました。前任の提督の自殺より少し前に人事異動を発令し、彼については別の部署へ異動したことにしています。当然ながら記録を追跡することはできないように措置はしています。後任には冷泉提督を抜擢したという人事を行いました」

 

「けどさあ、基地の中には多くの兵士がいる。彼らの中には艦娘と接点のある者も多いようだ。彼らの会話の中で、前の提督の話が出た時に、記憶の齟齬に気づかれる事があるんじゃないのか? 俺が現れた時期と前任の提督がいた時期がダブってるみたいだし」

 

「確かにその可能性はあるでしょうね。業務上の会話だけで終始するとは限りません。どこで前任の提督の話が出てくるか予想はできないかもしれません。小さな疑念から記憶改ざんに気づくかもしれません。……しかし、なかなかいろんな事を考えていますね、提督は」

 

「そんなの普通考えるだろ? 」

何か馬鹿にされているように感じたので少し不機嫌そうな声を出してしまう。彼の中でどの程度の人間だと思われているのか、冷泉は少しだけ気になった。

 

「伝えられている情報では、艦娘の記憶にある1年前から提督の自殺までの記憶は、すべて冷泉提督との記憶に上書きで差し替えられているようです。ですので、艦娘と接する可能性が高いセクションについては、我々の息のかかった信頼できる者たちを配置し、周囲に目を光らせています。そういった状況になりそうになれば、彼らがフォローに入りますから、まずばれないはずです。それとなく業務以外の会話を艦娘とは極力行わないようにと周知していますし」

 

「そんなんでいけるのかな」

 

「提督は軍隊というものをよく把握されていないかもしれませんが、上からの命令は理不尽であろうとも絶対なのです。ただの注意的な事でも、それをわざわざ破るような者はいませんよ。……そもそも、艦娘とは彼らにとっても異質で特別な存在で、ある意味畏怖している部分もあります。ゆえに、彼らから私的な話をするような事はほぼ無いはずなのです。艦娘からそういった話題を持ちかけられた場合は、こちら側の者が不自然に対応しますし」

 

「前任の提督の死の事を誰も知らないのか? 」

 

「当然です。もし知っている者がいたら、いくら隠蔽しようとしても、隠し通す事などできません。たまたま、事件が夜間だったこと、兵士たちが周辺にはいなかったことなどの有利な条件があったからこうなったということです。不幸中の幸いでした。そのおかげでこのようなお話ができるわけです」

男は、そこで話を一端打ち切った。

誰も知らないこと。知ったら大変なことになるということ。そして、そのことを冷泉が知っていると言うことは、他言無用であることを暗に示しているように感じた。

 

「つまり、……この事は誰にも言うな、ということなんだな」

 

「私の立場で、鎮守府司令官に指示なんてできませんよ。すべてのご判断はご自身でお願いしますということです。冷泉提督であれば、どのように行動すればよいかなどすでにお解りでしょうから。私は提督のご存じでない補足的な情報をお伝えする存在でしかありません」

 

「フッ、すべては自己責任か。しかし、俺がどうするかなんて結果は見えてるじゃないか」

事実は伝えた。だからそれ以上は詮索するなということだ。組織としても何の特にもならないし、艦娘たちのトラウマを蘇らせる危険性もはらんでいる。そして訪れる混乱は鎮守府の危機に陥らせる危険もあるということだ。鎮守府司令官ならどうするか、明白。

その事実を確認すると同時に、冷泉は自分が知っている事実は決してこの男だけでなく他の者にも知られてはならないと認識した。

ゆえに、

「まあ何でこうなったかは何となくは理解できた」

と答えるしかできなかった。

 

「理解していただき、ありがとうございました。……おっと、ずいぶんと時間を提督に取らせてしまいましたね。とりあえず、本日私がお伝えしなければならないことはすべてお伝えできたと思います。またお会いすることがあるかもしれませんが、今日のところはこれにて失礼したいと思います」

男は内ポケットに手帳をしまい、頭を下げた。

唐突に現れ、そして勝手に帰ろうとする。ただのメッセンジャーでしかないから、そんなものなのだろうか。

冷泉は部屋を出て行こうとする男に向けて話した。

「君の話は理解できたが、決して納得した訳じゃない」

 

男は一瞬硬直したようになったが、ゆっくりとこちらを振り返る。

「ははあん。あなたは鎮守府司令官の地位では納得できないのですか」

 

「提督にされたことだけじゃない。この世界に放り込まれた事。そしてこの世界の理不尽さ。何一つ受け入れられるものじゃないからね。俺はそのすべてを知る必要があるし、知りたい」

 

「それは今のお立場でも十分にできますよ」

 

「そうなのだろうか? この地位は柵が多すぎる」

常に死と隣り合わせの世界。いや、死地へと女の子を追いやらねばならない立場が精神的にきつかったのか? 思わずそんな弱音が口をつく。日々の生活に追われ気づいてたのにあえて目を逸らしていた事が唐突に浮上してきていた。

【世界はゲームの世界とはほど遠く、そして冷酷であること】

可愛い艦娘たちにセクハラしつつ、悪い敵を懲らしめる。そんな、のほほんとした世界観しかしらない冷泉にとって、【艦隊これくしょん】に酷似した世界は、ただ単に嫌だった。行き着く先にあるものは「誰かの死」に直面する事。

 

「それはこちらとしては困ります。けれど、それ以上に困るのはあなたですよ」

急に冷酷そうな表情を浮かべる。

 

「どういうことだ? 」

 

「あなたはこの世界においては余所者なのですよ。誰一人あなたのことを知る者はいない。今の地位を放り出すのは自由ですが、そうなればあなたは戸籍すら持たず、身内も友人も誰一人いない存在でしかないのです。提督の職を解かれたなら、艦娘たちとも会うことなどできません。お金も1円も持たず、身分を証明する者もなく、してくれる者もなくどうやって生きていくのです? けれど、今の立場に耐えられないのであれば、我々としても代わりの者を探すしかありません。私としていえるのは、ご苦労様でしたしかないです。あなたが野垂れ死ぬのは可哀相だと思いますが、それは私に関わりの無いことです」

ずいぶんと酷いことあっさりと言う。

 

「のたれ死には嫌だが、場合によってはそれもやむを得ないって考えるかもな」

と、強がってみせる。あわよくば良い条件を引き出そうという打算も少しだけある。

 

「ふふふ。けれど、あなたを信頼している艦娘たちは悲しむでしょうね。そして、あなたの後任の提督があなたのように彼女たちに優しいとは限りません。後任人事はどうなるかとても興味があります。さて、彼女たちの運命もとても気になりますね」

 

「く……」

その方向から攻めてくるとは想定外だった。冷泉のように艦娘を人間と同様に感じる者もいれば、ただの兵器と考える者もいるだろう。領域解放の為の捨て石のように使い捨てる奴も出てくるかもしれない。

自分を信じてくれている彼女たちを放り出して、自分だけ逃げ出すことなど冷泉にできるはずがない。彼女たちだけ死地に残すような卑怯者にはなりたくない。

 

「結論は出たようですね」

そう言って、男はにっこりと笑う。

「けれども、まずは査問委員会を乗り切らないことには提督の未来は開けませんよ。あなたなら、あっさりと乗り越えるショボイ試練ですが、油断をしないでください。嫉妬に狂った人間が委員にいるのですから。まあがんばってください。そして、また機会があればお会いしましょう」

そう言うと、男は部屋を出て行った。

 

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