まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第53話

艦娘の着任を迎えるというのは、冷泉がこの鎮守府に来てから初めてだったこともあり、いろいろと考えてしまい、どうにも緊張してしまう。

これは望んでいた加賀という正規空母が来るからだけじゃない。上司として、新しい人を迎えるのはなんだから、やはりいろいろと緊張するものだ。もっとも、着任する加賀も新しい環境に来るわけだから、どちらかといえば彼女のほうがもっと緊張しているだろうけど。

 

鎮守府司令官としては、加賀が舞鶴鎮守府に馴染めるようにしてあげないといけない……。

いかにフレンドリーに、しかし、あまりに馴れ馴れしすぎてもいけない。呼び方からしても注意が必要か。

「うーん。加賀、いや、加賀さん。しかし、もっとフレンドリーに【かがりん】も捨てがたい。【加賀っちで】は馴れ馴れしすぎかな? 」

やって来る彼女をなんと呼ぼうかだけでも悩んでしまう。

 

「提督、あの、一人でニヤニヤしながらブツブツと何事か仰っている姿は……失礼ですが、少し気持ち悪いです」

黙っていた高雄がたまりかねたように窘める。

 

「わっ、聞こえてた? 」

どうやら思考が口に出てしまっていたらしい。

 

「ええ。聞きたくなくても聞こえてますよ。まったく、朝から念仏のように加賀加賀加賀加賀加賀って言われたら、こっちまで頭が変になりそうですよ。はぁ……確かに提督のご希望が叶って嬉しくて仕方ないのは分かりますけど、それにして朝からソワソワしすぎじゃありませんか。せっかく、最近、少しだけですが前より司令官らしい威厳が出てきて、なんだか男らしく格好よくなったってみんなが噂するようになったのに……。もちろん、私はみんなが騒ぐ前から思っていましたが。……なのに、新しい空母が来るというだけで急に落ち着きがなくなってしまうなんて。

それも、鎮守府司令官として新しい戦力を待ちわびるというような感じじゃなく、なんだか恋人を待ち焦がれているような、そんな浮ついた態度で執務中ずっといられると、すみません、端から見ていて、割と本気でイラッとします。

今の状態の提督なんて、私が見てもがっかりしちゃうくらいですから、加賀さんが見たら、きっと失望すると思いますよ。新しい鎮守府に着任して、さあこれから頑張ろうって思ってるのに、自分の上司となるべき人が威厳も何も感じられないヘナチョコ状態だと判ったら、それはもう失望以外無いでしょう。それだけならまだしも、実は自分がスケベな目で見られているって知ったら、本気で幻滅しちゃうでしょうね。加賀さんはプライドが高い人だと聞いてますから、自分が戦力としてではなく、女として値踏みされているなんて知ったら、彼女なら一航戦の誇りが傷つけられたって激怒して、本当に艦載機で爆撃されるかもですよ」

高雄はそこで大きなため息をつく。

「それは冗談としても……まったく、提督、どうしてなんでしょう? 新しい子が来るとなると、子供みたいに嬉しそうにはしゃいで、……そんな提督を見ると、私は心がモヤモヤして、どうしてだか解りませんが胸が苦しくなって、普段なら何とも思わないことにさえ過剰に反応してしまうようになって、なんだか少しだけ冷静でいられくなるんです。すぐにかっかしちゃうんです」

 

「そうなの? 」

冷泉は自分がそんな状態であったことを認識していなかった。まあ、少し落ち着きがなかったのは事実だろうけれど。そして、それ以上に高雄の気持ちを全く知らなかった事に驚きを感じた。

 

「そりゃそうですよ。私が真面目な話をしていても、心ここにあらずといった感じでいられたら、がっかりしますし呆れちゃいますよ。その程度なら、まあ、司令官としての仕事をこなしてくれるのなら我慢もできます。けれど、そうじゃないですよね、提督。この前、島風が着任した時も歓迎会ではしゃぎすぎて飲んだくれ、島風だけじゃなく他の艦娘にも絡んだりするわ、泥酔して二階から転落して入院。鎮守府の事務を2週間以上完全にストップさせましたよね。今回の浮ついた態度は、前の時とほとんど同じですよ。そりゃあ、提督もまだお若いから、落ち着けっていってもなかなか難しいのかもしれませんが、鎮守府司令官という役職に見合った威厳を示すように努力してほしいです。いまの提督のお姿を見ている限りでは、また同じ事になるんじゃないかって、とても心配です」

 

いや、そんなことしたの俺じゃない。俺はその事件の後に、ここに着任したわけだし……。冷泉はそう思ったが、しかし、そんな反論できるはずもなく大人しく俯くしかない。

「なんと言っていいか分からないけど、すまん。……あれは俺も反省している」

と言うしかない。

 

「あ、すみません……。提督を責めるような言い方になっていますけど、本当は愚痴を言いたいだけなんです。それを誤魔化そうと提督に当たり散らしているだけなんです」

慌てて高雄が答える。

 

「? 」

 

「だって提督は他の艦娘ばかり見てて、お側にいる私をまるで構ってくれないから、私が勝手に怒ってるだけなんです。せっかく秘書艦になれたんだから、もっと提督とお話をしたいのに、提督ったら神通とか、不知火とか、金剛とかにちょっかい出してばかりで……。まあいろいろと事件があったから仕方ないという事情も分かっていますよ。はあ……。まあ、それはもういいです。でもでも、やっと落ち着いたと思ったら、今度は加賀さんが来るって! まったく、なんでこうもうまくいかないんでしょうか? 私、もうどうしたらいいかワカリマセン」

最後は頭を抱えるようにして訴える高雄。

 

ふふふ。なんだよ、ヤキモチかよ。高雄、まったく、お前は~可愛いなあ。

そうやって声を掛けて、頭でも撫でてあげれば、軽く抱きしめてあげたりしたら喜ぶんだろうな。

実際、そうできればどれほど簡単なのだろうか。けれど、冷泉にはそれができなかった。

 

それにしても、高雄だけじゃなく、多くの艦娘が冷泉に対して好意を寄せているのが解る。あまり色恋沙汰と縁がない時代を生きてきた冷泉だったが、いくらなんでも彼女たちの気持ちに気づかないほどの鈍感じゃない。しかし、どうして彼女たちが冷泉に好意を寄せてくるかが、まったく理解できないでいた。

確かに、現在は海軍少将というエリートであり、舞鶴鎮守府司令官の立場にある自分は、かつての冷泉よりもモテるのは当然となのは理解できる。けれど冷泉本人の中身は何ら変わっておらず、かつて会社でも女の子からちやほやされるような人間じゃなかった男が、いきなりそんな立場に立たされたとしたら混乱するしかない。今の社会的地位・身分が艦娘達の好意を引き寄せるているだけなのか。……けれど、彼女たちは地位とかに靡くような、そんな軽い子達ではないはずだし。

「ひょっとするとミカサフィルターでもかかってるんだろうか? 」

つい、そんな言葉が出てしまう。

 

「みかさふぃるたあ? 何ですかそれ。……あ! もしかして、まーた女の子の事ですか」

すぐに高雄が刺々しい口調に戻って反応する。

 

「い、いやいや、どうして女の子の話になるんだよ。全然違うよ。あ、でも……違わなくもないか」

その言葉はまた地雷を踏むことになるが、つい口を滑らせてしまう。

 

「! ほーら、やっぱりそうなんですね。どこの鎮守府の子なんですか? ぶーぶー」

頬を膨らませて不機嫌そうな顔をしながら、高雄が訴える。

 

「まあ待てよ。鎮守府も何も、現実世界には存在しないものの話なんだよ。……とある漫画での事なんだけど、ヒロインから見る主人公が通常描写される物とはまるで異なり、見た目だけではなく内面まで美化された存在として映るようになっていることから、変なフィルターがかかっている状態、さらにはヒロインにとって都合の良い発言まで聞こえてくるという状態を指して言う言葉なんだよ。他の人から見たら、実に平凡な容姿性格の人間を特定の人間が見たら唯一無二の存在に思えてしまう現象全般。まあ有り体に言えば、恋は盲目ってやつだね」

 

「はあ……意味は分かりましたけれど、それが私とどういう関係があるんでしょうか」

 

「ずっと思っていたんだけどね、少なくとも何人かの艦娘から見る俺の姿が、そんな風に妙なバイアスがかかった姿で見えているんじゃないかなって思ってたんだよ。俺の姿が実際に見える姿とはまるで違う、美化された存在として見えてしまうんじゃないかって。もしかしたら、高雄もそんな風に見えてるのかもな。だって、俺なんて自分で言うのも何だけど、まず見た目からどこにでもいるようなさえない男だ。たまたま鎮守府の司令官になっているだけで、確かにそれはすごいことなんだろうけど、それ以外は取り立てて評価に値するようなものなんて持ってないんだけどな。それが不思議で仕方ないんだよ。……そりゃ、もちろんお前たちに好意を持たれるのはすごい嬉しいことだけど、でも、なんでだろうって思うんだよ。だから、そんな魔法のようなフィルターでも掛かってるんじゃないのかって言ったんだよ。そうじゃないとおかしいもんな。おかしいだろ? 」

高雄を含め、金剛や神通、島風……叢雲。それから不知火でさえが冷泉に対して明確な好意を寄せてくれているのが言葉や態度から分かった。彼女たちがもし、かつて冷泉が住んでいた世界に存在し、冷泉の部下だったり友人だったとしても、決して今のような態度を示すことなんてありえないだろう。何か理解できない力でも働かない限り、ありえない話のはずだ。これは自虐ではなく、冷静に考えての答えだった。人間、モテ期ってやつがあり、冷泉に現在それが訪れているのかもしれないけれど、それにしたってこの現状はあまりに極端過ぎる異常現象だと思う。ありえない。

 

そして冷泉はいろいろ思考する間に、一番考えたくないことに行き当たりそうになり、必死でそこから意識を逸らそうとする。

……その考えとは、実に単純明快な結論だった。単に自分の前任だった男が艦娘達から好かれていて、突然いなくなった彼を引き継いだ冷泉を彼と錯誤して好きなだけ、ということだ。もし、それが事実ならば、これほど辛いことは無いだろう。冷泉にとっても艦娘たちにとってもだが。

 

だから必死になって目を逸らし、やり過ごそうとするしかない。艦娘達が冷泉に好意を寄せる現象については好意ではなく、信頼であると思うようにすれば、なんとかやっていけるかもしれない……と。

でないと、男として耐えられそうにない。

 

悶々と考え込む冷泉に、高雄は微笑みかける。

「みかさふぃるたー……ですか。仮にそんなものが私にかかっていたとしても、提督の素晴らしさはコンマ1ミリすら変わりませんよ。だって、とっくに好感度のメーターが振り切っているものを何倍したって常に最大値、好感度は変わらないですから。提督はくだらないことを考えないで、もっともっと自分に自信を持ってください」

冷泉の不安などまったく知らない高雄はあっさりと否定する。

「そんな事より、今の提督のお姿を加賀さんに見られたりしたら、もうそれだけで愛想つかされちゃいますよ。今のままじゃ、ただの鬱状態の変態です。仮にも舞鶴鎮守府の司令官なんですから……提督としての威厳をしっかりと示すようにして下さいね。提督の恥は鎮守府の恥。もちろん、あなたの部下である私達艦娘の恥でもあるんですから」

 

「う、そ、それは、大丈夫だ……よ」

高雄の言い方がいつもよりなんだかトゲがあるうえに厳しいから、どもってしまう。けれどもヤキモチ的な反応の中に冷泉を心配する彼女の気持ちが分かり、嬉しかった。彼女自身、自分の気持ちをもて余して混乱していたのに、冷泉が悩んでいる事を知り、言い方に少しトゲはあるものの逆に彼を励まし鼓舞しようとしてくれるんだから。

 

「あ、それから、絶対、横須賀鎮守府の提督と比較されますから、少なくとも恥をかかないレベルにはしてくださいね」

 

「うん、そうだな。気をつける。ところで……横須賀鎮守府の提督ってどんな奴なんだろう? 」

今更ながらだが、会ったこともないし、名前も知らないことに今気づいた。

 

「そうですね。冷静沈着、頭脳明晰、容姿端麗、文武両道、柔和温順、等量斉視、虚心坦懐……。横須賀鎮守府提督には、そのような言葉がすべて当てはまると聞いています」

あっさりと回答される。

 

「ふええ。けど、そんな奴、現実に存在するの? 」

美辞麗句が並びすぎて、あまりに胡散臭い。一部意味の分からない言葉もあるし。

 

「それが存在するのです。現在の横須賀鎮守府を作ったのは、彼の功績が大きいと言われていますし。特筆すべきは、領域解放戦においてほとんど負け無しらしいです。その不敗神話はいまだ揺るぎません。また一部で艦娘使いが荒いという噂はありますが、私が知る限り、どの艦娘も一度は横須賀鎮守府で戦ってみたいと思っているようです。横須賀は、特に優秀な艦娘ばかりが集まっているので、競争は厳しいですが、有能な司令官の下で戦えるやりがいのある職場のようですからね」

 

「なんか、凄いんだね。横須賀はエリート艦娘の集まりって感じなのかなあ」

冷泉も彼なりに頑張っているつもりだけれど、横須賀鎮守府にはとても敵わないなと思わせる説明に、少ししょんぼりしてしまう。

「高雄も横須賀鎮守府に行きたいのかな? 」

と思わず拗ね気味に聞いてみる。

 

「確かに、自分の能力がどこまで通用するかを試したい気持ちはあります。その為には横須賀鎮守府が最適でしょうね。けれど私はここが気に入ってますから、行きたいとは思いませんよ。……うちの子たちもほとんどがそうじゃないでしょうか? みんなここが好きだから、ここが気に入ってるから離れたいとは思ってないと思いますよ」

 

「そうかぁ。ここの雰囲気が気に入ってくれているのか。うん……良かった。みんながここを出て行きたいって思ってるんなら、俺としてもみんなの希望を叶えられるように本気で上に掛け合わなきゃいけないからなあ。もっとも全員の希望を叶えるのは無理だろうから、希望が叶わなかった子のフォローも考えないといけないし」

人事とは大変だ。すべての艦娘の希望を叶えるのは無理だろう。まあそれ以前にみんなが出て行ってしまったら、舞鶴鎮守府は閉鎖になるんだけれど。そうなったら、冷泉は失業だろうけれど。

 

「もう! 」

唐突に高雄が立ち上がり、つかつかと歩み寄ったと思うと、両手を机の上に置き、思い切り顔を近づけてきた。

「もっと自信を持って下さい、提督」

 

「え? どうしたんだ、高雄」

いつになく真剣な顔をしている彼女に圧倒されて、思わず声を出してしまう。

 

「提督は、横須賀鎮守府の提督に負けないくらい、いえ……それ以上に優秀ですし、素敵ですし格好いいんです! それは秘書艦であるこの私が保証します。だから、もっと堂々としてください。それに、私がここが気に入ってるって言ったのは、提督がここにいるからです。あなたがいるから私はここにいたいんです。たぶん、他の子たちだって同じ気持ちです」

少しだけ頬を赤らめてはいるが、彼女は真剣そのものだ。

 

「う、嘘でもそう言ってくれると嬉しいよ、高雄」

彼女の迫力に押されながらもなんとか答える。

 

「嘘じゃありません。本気です! 」

 

「りょ、了解した。お前の俺への信頼はきちんと把握したよ。お前や、他の艦娘たちの期待に応えられるよう今後も精進するよ。すぐには無理だろうけど、横須賀の提督にも負けないくらいの実績を上げてみせるさ」

 

「そうです、その意気です。そのためなら私も微力ながらお手伝いさせて頂きますから」

 

「ああ。期待しているよ」

そう言って高雄に微笑みかける冷泉。

その時、自分が息がかかるほど冷泉に顔を近づけていることに気づいた高雄が頬を赤らめ飛び退くように下がる。

「す、すみません。ちょっと我を忘れて提督に意見してしまいました。申し訳ありませんでした」

 

「いや、お前の気持ちが分かって嬉しかったよ。何も問題ないよ」

 

「な! え、えと、そのですね、わたしが言いたかったのは、私が提督のことを、本気で、す、すいーすんすー……ではなくて、そ、そうですそうです、信頼していると、いうことであって、……ですね」

その言葉をどう捉えたのか高雄があたふたする。

 

「うんうん」

冷泉は面白そうに頷く。

 

「いえ、提督。ちゃんと聞いて下さい」

両手をぶるんぶるんと高雄が激しく振るため、それに合わせて胸部外装もぶるんぶるんと揺れてよろしくない。いや、よろしいのだが、目のやり場に困るので、よろしくない。

 

「大丈夫だよ。ちょっと新しい艦娘が来るということで浮ついていたようだ。……もう大丈夫! 司令官としての威厳を示すようにするからさ」

 

「期待していますよ」

 

「ところで、加賀はいつ到着なんだろう」

冷泉の問いかけに、高雄は自分の机に戻り資料をめくる。

 

「護衛の駆逐艦と共にこちらに向かっていて、あと1時間もしない内に鎮守府に到着するでしょう。こちらからも不知火、叢雲の二人が先ほど迎えに出ていますから」

 

「そうか。ではそれまでは通常業務に戻るとするかな」

 

「加賀さんの到着には私が迎えに参りますので、提督はこちらでお待ち下さいね。嬉しげに港で待ちかまえる真似なんてしないように」

早速、釘を刺された。

司令官たるものが一人の艦娘が着任するからって港まで出向いて迎えるのはおかしいということか。

 

「わかった。大人しく待ってる」

そう答えると、満足げに秘書艦は頷いた。

 

まもなく、我が艦隊に正規空母が来る。

 

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