まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第59話

様々な犠牲を払い、通常海域に戻したはずの海が、空が、……空母赤城から立ち昇る負の波動により次第に浸食されていく。それは開放した世界が、再び領域という名の異空間に飲み込まれようとしているのだった。

 

眼前で展開される光景は、艦娘たちの誰も経験したはずのない異変だったのだろう。

彼女たちは誰一人、声すら上げることも無く、ただその光景を見ているだけだった。

 

このままでは、世界は再び領域化する……。

その危機感だけは、皆が共有できたものだった。

 

開放のために派遣された横須賀鎮守府第一艦隊の被害は甚大であり、再び領域内での戦いとなれば、間違いなく艦隊の中に犠牲者が出るだろう。その可能性は非常に高く、相当に危険な状態である。その前になんらかの行動をしなければならない。それは分かっている。

しかし……どうすればいいかわからない。

 

艦隊の状況など関係なく、異変は加速度的に進行して行く。

 

「提督、大変です! 火気管制システムがダウンしています。このままでは……通常兵器が使用できません」

状況確認を行っていた霧島の悲鳴が響く。

 

「そんな馬鹿な!! 」

 

「嘘! 全火器システムがこちらも使用不可能です」

 

ここは通常海域である。それなのに、まるで領域内のように、全ての通常兵器は使用できなくなっていることに気づき、パニックに陥る艦隊。

 

「この段階で既に領域のジャミングが始まっているというのか。こんな事、全く初めての事例だ……やむを得ない。全艦隊、旧装備に切替を急げ。速やかに使える兵装の確認を急ぐのだ」

提督の指令を受けて艦娘達が慌ただしく動いているのが分かる。

 

「こちら比叡。戦闘による損傷のため、全砲塔使用不可能です。対空装備が僅かながら使用可能です」

 

「こちら蒼龍。飛行甲板損傷のため、応急措置をしたとしても、発艦できるようになるまでは、もうしばらく時間がかかります。艦載機の損傷も酷いため、発艦できる艦載機の数も僅かしかありません。消火作業にも手間取っていて、実際どうなるかわかりません。すみません」

比叡、蒼龍からの報告が届く。

 

「霧島です。私も状況は変わりありません。現状、戦闘力は通常の10%程度ですね」

 

「……分かった」

提督の声が聞こえる。

「旗艦長門も被害が大きいため、ほぼ戦えない。……結局のところ、加賀のみが戦闘可能ということか」

第一艦隊の中で唯一、加賀だけがほとんど無傷で存在している。

 

そして、敵深海棲艦のいる方向を見ると、かつての姿から大きく異形の何かに変形した艦載機が、新たに作り出された赤城の飛行甲板上で発艦準備を始めているのが目視できる。

まもなく、あれが出撃し、こちらに殺到してくるのだろう。猶予は無い。

 

「時は一刻を争う。加賀、全艦載機を発艦させ、敵深海棲艦を破壊せよ」

と、提督の指令が飛ぶ。

 

「……嫌です」

咄嗟に拒否をする加賀。

「僚友である赤城さんを討つ事など、私にはできません」

 

「何を言っているのだ。敵はまだ、発艦準備中だ。今が唯一のチャンスだ。放っておけば武器を満載した敵艦載機がこちらに殺到してくるだろう。そうなったら、こちらにもはや打つ手は無い。ここで討たなければ艦隊は全滅する可能性が大だ。それがわからないお前では無いだろう? 」

冷静な口調で訴える司令官。

 

彼の言っている事は全く正しい。しかし、加賀は承諾しない。

 

「そんな命令、納得できません」

 

「このまま赤城艦載機の発艦を許せば、防御手段の無い状態のこちらの艦隊は全滅させられるしかない。そうなってもいいのか? 」

 

「それも認められません。けれども、赤城さんを攻撃することも承服できません」

彼女は無表情ではあるが、その奥底では煩悶しているのだろう。

 

「我々が全滅させられれば、せっかくこれまで頑張って広げてきた人類の領域が再び敵の手に落ちてしまうのだ。それは、これまでに斃れた仲間の死という代償を支払って得た勝利が水泡に帰することと同義。……それがどれだけ重大なことか、共に戦ってきたお前に分からないはずがないだろう? それでもなお、私の言うことを拒否するというのか」

 

「たとえどんな理由があっても、親友を、大切な人を自分の手で沈める事なんてできるわけがないでしょう!そんなことしたくない 」

 

「加賀さん、お願い。私を艦娘のままで死なせて。……深海棲艦になんてなりたくない」

突然、艦内に女性の声が響く。それは空母赤城の声だった。切迫し悲痛な叫びのように訴えかけてくる。

 

「赤城さん? 赤城さんなの? 直接、私に話してきているの? 」

通信機器からではない通信方法で赤城からメッセージが来ているのか? そんな疑問を冷泉は持つが問うことはできない。

 

「お願い、加賀さん。……私に提督を、みんなを殺させないで」

それは、弱々しく、そして小さく呻くような声。しかし、切迫した声だ。

 

「赤城さん、一体、そこで何が起こっているの? どうなっているの」

叫ぶ加賀。しかし、それに対する答えはない。

代わりに彼女の司令官の命令が艦内に響く。

「今、戦う事ができるのは加賀、お前しかいない。そして時間はもはや無い。……司令官として命令する。加賀、全兵力をもって敵空母を撃沈せよ」

司令官は、赤城のことをあえて敵空母と呼んだ。

 

「な! そんなことできるわけない。赤城さんを殺すくらいなら、私が死ぬわ。その方がまし」

 

「今はそんな戯れ言を聞いている暇は無い。これは命令だ」

 

「できない! できない! 絶対に嫌。そんな命令なんて、拒否します」

両手で耳を塞ぎ、頭を左右に振る加賀。

 

「今倒さなければ、我々は全滅する。ここで我々が死んだら、これまでの苦労が、犠牲が全て無駄になる。我々の死は、単に我々の死というだけではないのだ。いかなる事があったとしても、今、第一艦隊を失う訳にはいかない」

 

「あなたにそんなことができるの? どうして、あなたはそんなに冷静でいられるの? 赤城さんはあなたのことを……」

 

「黙れ! それ以上言うな!! 感傷など生き延びたものだけに許される特権だ。生きて帰らなければ後悔すらできない」

遮るように司令官が言葉を挟む。

 

「たとえ全滅するとしても、私は構わない。赤城さんを沈めることなんてできるわけがない。そもそも、赤城さんのいない世界なんて、私にとって意味が無い。だったら、私も赤城さんと共に逝くわ」

 

「加賀、ここで私たちが全員が沈んだら、一気に敵は勢力を拡大してくるだろう。我々の穴を埋める戦力を補充するまでに、敵は一気に勢力を拡大してしまうのだ。奪われたものを再び取り返すには、どれほどの時間と多くの血が流されるかを想像するんだ」

長門が叫ぶ。

「それに、私たちが領域内で沈んだら、私たちがどうなるか、誰も知らない。仲間の敵になる可能性もあるのだぞ」

 

「赤城さんと一緒ならそれでもいい」

 

「馬鹿を言うな。人間達を護り戦うのが私たちの使命であり誇りだろう。そんなことも忘れたのか? 」

苛立ちを隠すことなく長門が反論する。

 

「人間なんてどうなったって構わないわ。彼らは、砲弾の飛んで来ない安全な場所で偉そうな理想を私たちに押しつけるだけの存在でしかないもの。私たちが命をかけてまで護る価値なんて無いでしょう? 実際、必死に護ったって、簡単に切り捨て裏切るような人たちばかりだもの」

加賀は吐露する。それは自分の司令官への批判でもあった。

 

彼女たちが意見をぶつけ合っている間にも赤城は変貌していく。

そして徐々に深海棲艦の姿へと変わっていく。続々と飛行甲板に無数の艦載機が現れ、エンジンを始動し始めている。

 

「加賀、艦載機を出すんだ。このままでは敵に先制を許してしまう。選択肢はお前に無いのだ」

長門が必死に訴えるが、加賀には通じない。

 

「そんな事どうでもいいわ。生きるとか死ぬとかもう何もかも……」

 

「加賀さん、早くお願い。このままでは、もう私は私で無くなってしまう……。嫌、嫌、助けて。お願い、早く沈めて」

赤城の叫びが再び聞こえてくる。

 

「そんな、赤城さん。でも、わたし、……できない。できるわけがない」

混乱の極みの加賀は全てを拒否しようとしている。

 

「仕方がないな……。これ以上、時間を無駄に使うわけにはいかない」

黙っていた司令官が何かを決断したかのように言葉を発する。

「ここに横須賀鎮守府司令官の名において、……空母加賀に対して無上命令を発効する」

静かな口調で鎮守府司令官の声が響く。

 

何故かざわめきが聞こえる。艦娘達に明らかな動揺が走っているのを感じ取る冷泉。それはあきらかにただならぬ事らしい。

何故かざわめきが聞こえる。艦娘達に明らかな動揺が走っているのを感じ取る冷泉。それはあきらかにただならぬ事らしい。

無上命令?

 

初めて聞く言葉なので、その言葉の意味する事はまるで分からない。けれど、何か凄く嫌な響きだ。

 

「て、……提督、しかしそれは」

長門が驚愕し、呻く。

 

「……仕方ない」

吐き捨てるように司令官が言う。

 

「い、いや……」

言葉を聞いた瞬間、明らかに狼狽する加賀。

「そんなの、絶対嫌、嫌! 」

何かから逃げるように動こうとするが、足がもつれて倒れ込んでしまう。

 

「全艦載機を発艦させ、敵空母を殲滅せよ……」

その言葉を聞いた瞬間、加賀は、雷にでも打たれたように倒れ込んだ状態からバネ仕掛けの人形のように急に起きあがる。

だらりと腕を垂らし、今にも倒れそうな体勢で立つ。

その瞳は光を失い、虚ろなまま虚空を見つめている。

 

「リ……リョウカイ。提督ノ命令ノ、ママニ」

感情が完全に消えた、機械のような声で加賀が答える。

その言葉を合図に加賀の飛行甲板に並んだ艦載機がエンジンを起動し、次々と発艦していく。

 

【無上命令】というものがどういったものかは分からないが、艦娘の意志を無視して命令のみを実行させるということが可能なものであることだけは分かった。

あれだけ抵抗していた加賀なのに、司令官の命令に逆らうことはできないようだ。

まるで彼女の意志が介在しないかのように、航空母艦加賀およびその艦載機が稼働している。

全艦載機が発進し、敵空母へ殺到する。形態変形中のため無防備な赤城へ、艦載機はおのおの雷撃、爆撃を開始する。

 

加賀は虚ろな瞳は光を失い、惚けたような表情で両手をだらりと垂らし立ち尽くしたままだ。眼前に展開される光景を見、何かを叫ぶように口が動くが声は出ない。出そうとしているのに体が言うことをきかずにもがいているようにさえ見える。ただ瞳から涙があふれ出すばかり。体は小刻みに痙攣している。

 

まるで、必死に赤城への攻撃を拒否しようとしているのに、提督の発動した絶対命令にあらがうことができないことに、ただ泣くしかできないように見える。自由に動くこともできす、それどころか言葉を発することさえできずに。

 

深海棲艦赤城の対空砲火をかいくぐった加賀の艦載機の爆撃が、雷撃が、つぎつぎと命中し爆発を繰り返しながら炎に包まれる赤城。発艦準備をしていた敵艦載機は攻撃に爆発炎上し、発艦を試みた艦載機は攻撃を受け、飛行甲板を転がりながら海へと落ちていく。

全力の攻撃をもっても赤城はなかなか沈まない。爆発炎上を繰り返し、黒煙を上げながらも海上に鎮座している。

加賀は、すでに第三次攻撃隊を出撃させている。

再々度の全力の攻撃が開始される。

 

そして、ついに深海棲艦、赤城の船体が傾き始めた。

 

加賀の艦内に聞こえてくる声があった。

「加賀……あなたにだけ辛い思いさせて、ごめんね。でも、提督を恨まないで。それから……ありがとう」

その言葉が加賀に聞こえたかどうかは分からないが、彼女は瞳を大きく見開き、反応したように見えた。

 

ほどなく赤城は、崩壊を繰り返しながら、ゆっくりと海中に没していった。

 

敵深海棲艦の沈没により、澱みかけた世界は再び光を取り戻していく。

 

普段なら領域開放の充実感、安堵感、勝利の達成感がみんなを包むのであるが、今回ばかりはそれは無かった。

これほどまで後味の悪い勝利はなかった。

誰もがしばらくは声すら上げられなかった。

 

味方駆逐艦艦隊が迎えに来るまで、皆が呆然と立ち尽くしたままだったのだ。

 

無上命令から開放された加賀は、自分がしてしまった事の重大さにありえないほどに取り乱し、ひたすら泣き続けた。動揺し絶叫するその姿は、普段の冷静な彼女からは、想像できないほどの姿だった。

 

そして加賀は泣き疲れ、放心状態のまま、味方駆逐艦に曳航されてなんとか鎮守府へと帰投したのだった。

 

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