はっきりとは分からないけれど、もしかして彼女に嫌われてるのか……?
冷泉は、そんな気がした。
冷泉自身がという訳ではなく、自分が【成り変わった?】この存在であるかつての舞鶴鎮守府の提督であるなぜか自分と同じ名前の人間が、ということなんだが。
「扶桑、済まなかった。金剛のほうがあまりにスキンシップが激しいから、君にも同じように対応しようとしてしまった。スマン、この通り、謝る」
冷泉は慌ててその場を取り繕うとする。
ここの世界での今の自分、舞鶴鎮守府司令官の冷泉朝陽……は、少なくとも彼女、扶桑に対しては馴れ馴れしくして無かったらしい。
ただちにこの誤りを修正をしておかないと、自分が提督である冷泉朝陽と違う人間ってことがばれてしまう危険性大。
冷静に、かつ適切に対応しないと小さな疑惑がさらなる大きな疑惑を生み、やがては自分の立場が危うくなるかもしれない状況だ。
「きゃー! 提督ーぅ、エッチー。でもねー、私は提督だったらオッケーだヨ」
と、冷泉の気持ちなど知るよしもない金剛が妙に楽しそうにはしゃぐ。この子は本気で言っているのか、それともわざとなのだろうか。
「い、いや、違うって」
否定しながら、めまぐるしく思考を巡らす冷泉。
この世界がはたしてどこであり、自分の立場がどういう状況なのかをまるで把握し切れていない状況なのである。
とにかく、現状を把握できないまま次のステップへ進もうとしたなら、おそらく、ロクでもない展開になるのは間違いないだろう。
まずは自分の足元を固め、そして横へと広がり縦へと繋がる。大学のゼミの教授のセリフだ。
今一番急がなければならない事、……それは、自分の立場についての現状把握。そして、次に必要なことは協力者を作ることだ。それができるまでは、そのためには彼女たちに疑われたりしないことが最優先事項なはずだ。
何か彼女たちは冷泉の事を違う人間(顔も名前も全て同じらしい)として認識しているようなので、しばらくはそれに合わせておいて状況を把握。その後、信頼できる存在が現れたら真実を話して協力してもらうしかなさそうだし。
しかしどうしたらいいんだろうか?
すでに扶桑への対応で、冷泉は明らかなミステイクを犯しているんだけれども……。
それにしても、困ったな。
ちらりと彼女の方を見てみると、目が合うがすぐに視線を逸らされてしまう。
明らかに驚きと疑いが入り交じった表情でこちらを窺っている。
突然、金剛が大声を上げた。
「あー! そーだ。言い忘れてたよ。OH!! 扶桑。BADニュースだヨー。なんとねー、なんと、提督は記憶ソーシツみたいなんだよ-。いろいろと忘れてしまってるみたいなんだよね。だから、いつもとちょっと違う感じなんだよネ。ふふふ……でも、でもね、私の名前は覚えててくれたネ」
それだ! もっと早くそれを言えよ、金剛。
冷泉は金剛の話に素早く便乗することにした。
「そ、……そうなんだ。どうも、どうしてこうなったかは分からないけれど、俺は断片的に記憶を失っているようで、今でもだいぶ混乱しているんだ」
少し声のトーンを落として悩んでいるような素振りを見せてみた。
「え? 大丈夫なのですか、提督? 」
すぐに心配そうにこちらを見る扶桑。
「もう! 金剛。何でそんな大事なことを先に言わないのですか」
「だってー、扶桑ったらいきなりギャンギャン怒って来たから、そんなこと言う間なんて無かったんだもん。それに私もビックリしたり嬉しかったりで忘れちゃってたデス」
体をクネクネさせて言い訳する金剛。
「だって、仕方ないじゃない。……あの時、金剛、あなたは提督を絞め殺しかけてたんだから」
「殺そうなんてしてないデス!。提督の、私に対する愛が確認できたから、嬉しくってお返しでギューってハグしてただけダヨ」
「あなたみたいな、超弩級戦艦の馬鹿力で締め付けたら、普通の人間なら死んじゃうわよ。そんなことも分からないの? ……本当に、提督が生きていらっしゃたのは僥倖だったわ」
何だか扶桑の口調が結構きつくなってる。
「うわっ、扶桑、ひっどーい。私、馬鹿じゃないモン!」
と金剛は妙に勘違いして、頬を膨らませてプンスカしている。
「で、提督。実際のところ、どの程度の記憶はあるのでしょうか」
ギャーギャー騒いでいる金剛を無視して、彼女はこちらを見やる。
「うーん、君や金剛の名前はまでは分かるけど、自分の立場やこれまでどうやっていたかという部分が全然思い出せない。そもそも、なんで俺が病院にいるのかさえ、金剛から聞くまでは分からなかったからね」
決して嘘はついていない。現状について正直に、言葉にした。
扶桑は心配そうな、それでいてやはりどこか疑うような視線を冷泉に向けて来る。
「提督であることも、おわかりにならなかったのですか? 」
「うん。まっさらな状態でいきなり、……そうだな、全く知らない世界に放り出された感じだよ、今は」
実際この言葉の通りだから、嘘じゃない。
「そう、そうですか……」
少し考え込む扶桑。
「やっぱり先生の言ってた通りダヨねー、扶桑。あんなに強く頭を打っちゃったんだもんね。頭どかーんっ。血、ぶしゃーって感じだったんだよ、テートク」
と金剛が話に割り込む。
それにしても、この子、喋りがゲームよりもテンション高すぎだな、と冷静に観察してみたり。
「しかし、金剛。俺ってそんなにひどい怪我だったのか? 」
問い返す冷泉。
「うんうん。本当に血がぶしゃーって飛び散って、扶桑なんか、近くにいたから、まともにその血を浴びちゃって失神しちゃったんだから。他の娘も大騒ぎだったんだよ。あー思い出しちゃって、私もクラクラしてきた。扶桑だってそうだよネ」
「え……ええ」
そう答えた扶桑の顔色がなんだか青ざめている。眉間に手をやり、なんだかふらつく。
「おい、扶桑? 大丈夫なのか」
そう言って側に近づこうとする冷泉を
「だ、大丈夫ですから」
少し強い口調で拒絶する扶桑。
「扶桑、大丈夫デスカ? 」
すぐに金剛が駆け寄り、横から支える。
「大丈夫、よ。金剛」
答える彼女の声には力がない。
「提督、すみません、……ちょっと提督が怪我をした時の事を思い出したら、急に頭痛がして。ほんとにすみません」
「いや、俺は大丈夫だよ。でも、扶桑、少し横になった方がいいんじゃないのか」
「そ、そうですね。少し休ませてもらっていいですか? 」
「うんうん。そうした方がいいデスネー。提督、私、扶桑を寝かせて来ますネ」
そう言って、金剛は扶桑を連れて部屋を出て行った。
しかし―――。
冷泉の頭の中には新たな疑念が生まれていたのだった。