まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

71 / 262
第71話

舞鶴鎮守府では提督重体の連絡を受け、艦娘たちはかつて無いほどの動揺を受けていました。

第一艦隊として共に出撃していた艦娘たちの反対されたものの、自らの主張を一切曲げることなく、深海棲艦に襲われた正規空母加賀を救出するため、駆逐艦島風と共に向かった提督。

 

あの時、もっと強く反対していたら。提督を力づくでも引き留めていたら……そんなことをみんなが思い、後悔をしました。けれど、あの時の提督を止めるなんて、艦娘の誰にもできなかったでしょう。それほど提督の決意は固かったと思います。それに言い訳になってしまいますが、通常の海域であれば領域のように敵に有利な条件付けはありません。そして、これまでの通常海域での戦いのデータから深海棲艦が出してくる艦種は精々軽巡洋艦レベル、出現数も単体、たとえ多くても数隻でしかありませんでした。だから、駆逐艦島風一隻でも十分に対応できると、甘く考えてしまっていたのです。

何が起こったかの詳細が伝わってきていないため、戦いがどういうことになったのかは、今は分かりません。分かっているのは提督が重体であること。ただそれだけです。情報があまりにも少なく、それが更にみんなを不安にさせています。

 

現在、島風が提督を乗せ、全速力でこちらに向かっているという情報が入っているため、鎮守府の港にはすべての艦娘達が集まっていました。領域解放戦から帰投し、本来なら入渠しなければならない子達でさえもその場にいます。私もそうですが、提督の状態を思うと呑気に入渠なんてしていられません。

鎮守府の救急隊も既に港に駆けつけて待機しており、すぐにでも提督を病院に搬送する体制を整えていました。

情報があまりに少ない状況。なんでもいいから情報が欲しいところですが、無いものは仕方がありません。

私達は不安な気持ちを抑えながら、ただ待つことしかできませんでした。いいようのない不安。それを必死に打ち消しながら。

 

そして数刻……。

 

まもなく、島風の艦影が見えてきました。その姿を見て少しホッとした気持ちになります。

けれど入港する彼女の様子がいつもと明らかに違い遅く、何か様子が変でした。

スピード自慢の普段の彼女とは思えないくらいゆっくりと、それどころかヨロヨロといった感じで入港してきたのです。提督が負傷しているから急いでいるはずなのに……です。

おまけに船体からは火災が発生しているようで、遠目にも白煙が上がっているのが見えました。それは、明らかに異常事態でした。

 

異常に気づいた鎮守府の消防隊がすぐに船を発進させ、島風のもとに駆けつけると放水を行い、船体の消火作業を行います。さらにタグボートに曳航され接岸されると同時に、担架を担いだ救急隊員達が船内へと駆け込んでいきました。

辺りはたくさんの人が集まり騒然とします。救急隊員達の怒声が飛び交う異様な緊迫感で、艦娘達は誰もが声すら出せず、その光景を見守るしかありませんでした。

 

やがて、数分もたたない内に担架に乗せられた提督が、複数の隊員に担がれて島風の艦内から運び出されてきました。

その姿を見て、みんなが凍り付き、悲鳴さえ上がりました。

 

俯せに横たえられた提督の体には、十数本の棒状の物が突き刺さり、彼の純白だったはずの軍服は赤黒く染められていました。

提督の体は、まるで動きませんでした。それがどれほど提督の容体が悪いかを示しているのかを想像すると、恐怖で全身から血が引いていくようで、何か悪夢を見ているような気持ちになりました。

金縛りにあったように言うことを聞かない体を無理矢理動かして、搬送されていく提督の元へと近づこうとした刹那、背後で悲鳴が聞こえました。

振り返ると、扶桑さんが両手で頭を押さえるようにし、もともと大きな瞳をさらに大きく見開き、その表情は驚愕で凍り付いたようになっていました。おっとりとした普段の彼女からは想像ができないような状態です。明らかに動揺し、取り乱しているのが分かります。もともと白い顔が今では青白く見えます。

 

「扶桑さん、大丈夫ですか? 」

たまたま彼女の隣にいた羽黒が彼女に声をかけますが、反応はありません。焦点の定まらない視線で提督の方を見つめています。

「ていとく、……提督が真っ赤に。真っ赤に。血まみれで血まみれになって……。また、……あなたは、死んでしまうの……。いやよ、いや、……いやぁあああ!!! 」

絶叫を放つと、そのまま崩れるように倒れ込んでいきます。慌てて羽黒が彼女を支えようとしますが支えきれず、二人とも転倒してしまいます。

 

「みんな、はやく、……はやく提督を病院に連れて行くネ!! とにかく急いで。艦娘たちは……、祥鳳!夕張!! あなたたちは扶桑をお願いするわ」

動揺しながらも金剛さんがてきぱきと指示を出す。さすが鎮守府旗艦を努めるだけのことはあると、こんな時ではあるが感心してしまいます。

 

救急隊員達は慣れた感じでてきぱきと行動し、提督を救急車に乗せます。

素早く金剛さんも乗り込んでいきます。

 

「高雄、扶桑と島風をお願いするネ。それから他の子達も落ち着いたら、病院に来ても構わないって伝えて。……それから、後の処理は、全部あなたに任せるネ」

突然、彼女が私に向かって指示をします。

 

「え? でも……」

突然の事で私は戸惑いを隠すことができません。それに、周りを見回すと集まった艦娘達の動揺ぶりはかなりのものです。とても私の力だけでは彼女たちの動揺を押さえられそうにありません。

 

「高雄、しっかりするネ!! 今はあなたが秘書艦なんダヨ。だから、あなたが提督の代わりをしなければなりまセン。とにかく、全力でこの現場の指揮を執りなさい。そして、みんなを動揺を落ち着かせてうまく乗り切って。とにかく、がんばって……あなたならきっとできるからさ。……それじゃ、私は行くネ」

ドア越しに一方的に指示だけ言い残すと、彼女と提督を乗せた救急車は走り去っていきました。

 

「……えー! そんなぁ」

情けない声が出てしまいます。突発的なアクシデントに対応できるような能力なんて、私になんかあるわけないのに。そもそも、みんなをまとめるような事なんて、そんな器じゃないのです。

 

「あの、そのー! すみませーん」

背後で声がしています。

それが誰に言っているのか分からないので無視していましたが、どうやら私に向かって言っているようです。途中からその声がほとんど叫び声になっています。

厄介な事じゃなければいいのだけれど……と思いながら振り返ると、ヘルメット姿の救急隊員が立っていました。

私と目が合うと、びっくりしたように視線を逸らします。おまけになんだか少し遠慮がちに話します。

いつも思うことですが、人間たちはどうも私達艦娘に対して少し遠慮というか恐れというものを持っているようです。特に初対面やそれに近い人間は、奥底におびえや恐怖といった感情を持って私達と話します。艦娘というものが強大な力を持つ軍艦のであることがそう感じさせるのでしょうか? けれどそれだけではないように私は思っています。

 

私達は強大な戦闘力を持つ軍艦という存在でありますが、更にそれとは別に外見上は人間と全く同じ形状をした艦娘という形のモノが一対のものとして存在しています。軍艦と人型で一対の存在であるモノ、生命体? 兵器? これは人間にとってはとても理解しがたいものであり、理解できないモノがそうやって実在するという事が彼らの恐れといった感情に結びついているのではないのかと私は推測しています。もっとも、実際のところはよく分かりません。それは、人間の思考というものを私達も彼らといろいろと話すことで学んでいる段階であるからです。そして、それはそう簡単にできるものではないようです。人というものはみんなが同じ考え方をするわけではなく、個々に違った考え方を持っているようで、私達にはまだまだ理解できない部分が多いのです。もっとも、それは彼ら人間にとっても同じなのでしょうけれど。

 

そして、人間の艦娘に対する恐れというものは、よほど私たちとの会話に慣れてこないと、それは無くならないようです。ドックの人や整備員の方くらいでしょうか、なんとか普通に会話ができるのは。初対面で普通に話してくれたのは私達の提督くらいなものでしょうか。……もっとも、あの人の場合は少し慣れ慣れしすぎて困ってしまいますが。

 

「な、なんでしょうか? 」

相手の緊張が伝染したのでしょうか、何故か私まで緊張してしまいます。

 

「あ、あのですね、……早く、この子も、駆逐艦の島風さんを入渠させなければならない状況なんです。ただ、今の状況では提督に判断を求めることはできません。だから、高雄さん、今はあなたが秘書艦ですよね。なので……提督の代理として指示をお願いします」

提督の血まみれの姿を見たことで動揺してしまい、そこまで気が回りませんでした。そうなんです。少し遅れて島風も担架に乗せられて運ばれてきたのでした。見た限り怪我はありませんでしたが、気を失っているようで動きもしません。

 

どうしていいかわからず混乱していますが、とりあえず頷いて話を続けるように促します。

 

「どうも相当な無理をしたようで、彼女は艦の中で倒れていました。専門ではない自分ではこの状況がどれほどのものか正確には判断できないのですが、それでも急を要する状況と思われます。ご指示いただきましたら、救急車にてドックへ搬送いたします」

救急隊員の一人が私に状況を説明します。

 

いきなりいろんな事が起こったので混乱し、自分の立場を忘れてしまっていました。

 

そうでした。

 

……今回の領域解放戦が終了するまでは、自分が提督の秘書艦でした。本来なら帰投後、提督が次の秘書艦を指名し、引き継いでいる頃なのですが、提督不在の現状では、しばらくの間は自分が鎮守府の提督の代わりを努めなければならないようです。

しかも提督の補佐というポジションではなく、提督の代理……。これは相当なプレッシャーです。緊張で泣いてしまいそうです。

でも、私がこの場から逃げるわけにはいかないのです。

 

今は私が秘書艦なのですから。私を秘書艦に指名してくれた提督の期待に応えなければなりません。

 

焦ったり困ったり動揺したりするのは、後からいくらでもできます。

主が不在の場合、私がしっかりと鎮守府を運営し、護らなければなりません。

 

提督のあの姿を見た瞬間、もうどうしようもないくらいに慌ててしまい何も出来なくなってしまうのが本来の私なのですが、扶桑さんが倒れたりしたことでそういったことについて先を越されてしまったことで、案外冷静になれたのかもしれません。

通常の業務であれば、人間側に提督を補佐する人たちがいるわけで彼らにお願いすればいいのですが、艦娘の件については彼らではなく、秘書艦の私が代理となっているのです。

 

とにかく、しっかりしないと!!

 

「わかりました」

意識的に落ち着いた声で答えます。

「大至急、島風をドックへと搬送をお願いします。向こうには私が連絡を入れます。それから、扶桑さんも一緒に連れて行ってください。……祥鳳、羽黒、夕張、あなたたちも二人についていってあげてもらえるかしら」

そうやって指示を出します。

突然指名された3人も一瞬驚いたような顔をしましたが、すぐに頷きます。続けて私はドックにも連絡を入れます。

「高雄です。……緊急事態です。今から戦艦扶桑及び駆逐艦島風をそちらに搬送します。戦艦扶桑については気絶しているだけで、おそらく問題は無いと思われますが、駆逐艦島風については急を要します。受け入れ準備をお願いします。それから、そちらから整備員をこちらまで回してください。駆逐艦島風の艦本体も重篤な状態です。おそらく自走は不可能だと思いますので、そちらの準備もよろしく。至急入渠させる必要があると思われます。よろしくお願いします。詳しい状況については、一緒に祥鳳、羽黒と夕張を行かせますので、彼女たちから聞いてください」

一方的に伝えると、すでに救急車に乗り込んでいる3人に目で合図を送ります。車は少し離れたドックへと発進しました。

これでまずは一段落です。あとは整備チームがこちらにやって来て、島風本体をドックへと曳航して行ってくれるはずです。

 

何気なく駆逐艦のほうの島風のステータスをスキャンしてみます。

提督ほど正確に他の艦娘の体調を確認することはできませんが、それでもおおよその状況は、同じ艦娘同士ですからわかるのです。

そして、衝撃を受けました。

外観は、ほとんど損傷を受けていないように見えた彼女ですが、体の内部、それも機関部に深刻なダメージを受けていることが判明しました。それはオーバーヒートと同じ症状を示していました。提督が搭乗している際に戦闘はあったようですが、被弾はゼロだったはずです。ゆえに戦闘によるダメージではありませんでした。そして、損傷の原因はすぐにわかりました。考えるまでもないですけれど……。

 

提督をここまで運んでくるために、彼女の限界を超えた速度を出し続けた為でした。瞬間的になら問題ない出力、速度であっても、それを延々と続ければ、どんなに頑丈な機関部でも、やはり壊れます。

普通ならそこまでいかないように調節するものですし、そもそも安全装置が働くはずなので、そんな無茶はできないはずなのですが、彼女はそれを無視して限界を超えて走り続けたようです。何故そこまで無理をしたのか……。それは考えるまでもありませんね。

少しでも早く、とにかく一刻でも早く提督を病院に連れて行かなければ……。その思いだけで彼女は必死に走り続けたのでしょう。その結果、たとえ自分が壊れたとしても、高負荷が自分の船体にどのようなダメージを与えることになろうと構わないと……。

なんて無茶をする子なんでしょう。

 

「提督、絶対に死んじゃだめですよ。島風があんなにがんばって運んでくれたんですから……」

思わずそんな言葉が出てしまいました。

あなたの命はあなただけのものでは無いのです。だから、絶対に生きて下さい。

提督が死んだりなんかしたら、私だってとても辛いですから。こうやって何かを考えていないと、心がどうにかなってしまいそうです。

 

「さて……」

気持ちを切り替えるように深呼吸すると、港に残ったままの艦娘達を見回します。

残されたのは軽巡洋艦の神通と大井、駆逐艦の子達です。

 

「あなた達は提督のいる病院に向かって頂戴。私は加賀さんたちが帰ってくるのを待っているから。……今、こちらに車を回して貰うわ」

連絡を鎮守府の庶務課の配車担当に入れます。

提督が搬送された病院は鎮守府の外にあります。前に提督が二階から落ちて怪我をした時に搬送された病院です。ここからだと3キロくらい離れた場所です。この距離なら、歩いてでもいけるのですが、それはできません。艦娘達は許可無く鎮守府の敷地から出ることはできません。そして許可が取れたとしても、艦娘だけでは認められないのです。少なくとも複数の人間と共に、そして極力、鎮守府の車両を使用することとなっているのです。それは外部の人間との接触をさせないということが一番の目的のようです。軍に関係する人々でも艦娘に対する恐れといった感情を持っているわけですから、一般の国民がどういった感情を艦娘に対して持っているかは想像するまでもありません。おまけに舞鶴鎮守府は関西エリアにあるという地域性がさらに問題をややこしくします。

大阪、京都、神戸の3都市を殲滅した艦娘という存在に対する恐怖心、敵愾心です。そういった事実があることを知る人々は艦娘に対しては良い感情を持っているとは思えません。たとえ、自分たちを護ってくれている存在だと知っていても、500万人を越える人命を奪ったものの仲間と一括りにされてしまえば、その感謝も吹き飛んでしまうでしょう。現実に、鎮守府の周りでは艦娘の日本からの排除、鎮守府の完全廃止を求める市民団体のデモがしょっちゅう行われていますから。私も遠くから見たことはありますが、彼らの負の感情に少し触れただけでも凄く悲しい思いをしました。

提督はそんなデモを見たり、彼らの代表と何度も話をしたことがあったようです。最初は彼らにも彼らなりの言い分があるのかもしれないと言っていました。最近では、彼らのことを相当嫌っているようで、かなり酷い言葉で罵っていましたけれど。あれは彼なりの私達に対する気遣いなのかもしれませんが。

 

そういった事情などで、トラブルを避けるため極力、一般市民がいる場所には出ない。そして出るときも護衛をたくさん付けて彼らに接近されない措置を取るようになっていたのです。

今回もそれまでの例にならって、軍の車で病院へ送ってもらうことにしました。今回は人数も結構多いですから。

 

艦娘を乗せた車及びその護衛の兵士を乗せた車は病院へと走っていきました。

私は一人残り、帰ってくる加賀、不知火、叢雲、村雨を待ちます。本当はすぐにでも提督の下に行き、彼の無事を祈りたいのですが、秘書艦としての立場があるので残らざるを得ません。……仕方ありません。

ここで提督の回復を祈るしかありません。

私には次にやらなければならない、大事な、そして気が重くなる仕事があるのです。

 

そして、その仕事が相当に難儀なものであることにげんなりしてしまいます。

帰ってきた加賀をどうするかという問題です。

提督があんなことになった全ての原因は彼女にあります。当然、帰ってきたら彼女はみんなに責められるでしょう。責められないはずがないです。自分勝手な行動で提督の命を危険にさらしたのですから。私だって許せないです。

 

はたして、彼女と他の艦娘の関係をどうしたものか。

またまた胃が痛くなってきました。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。