病室に集まったのは、高雄、羽黒、祥鳳、扶桑、夕張、そして金剛だ。
羽黒と祥鳳の二人は感極まったのか、言葉を発することもできずに立ちつくしている。こぼれ落ちる涙を拭うことなく、ただただ冷泉を見つめているだけだ。
「みんな心配かけてしまったようだね。だけど、なんとかこの通り……まだ万全ではないけれど、少し休めば、じきに良くなると思う。そうでしょう? 先生」
冷泉の問いに、医師は力を込めて頷いた。
「ってことで、ここにいない艦娘もいるけれど、また俺のことをよろしく頼むよ」
そういってみんなを見る。皆、嬉しそうに同意してくれているようだ。先ほど呆然としていた二人も何度も何度も頷いている。
それを見て、冷泉も安心した。
「ところで、提督。加賀さんと島風さんは、現在、ドッグの治癒装置の中で休んでいます。先生の話では、眠りから覚めるにはもう少し時間がかかるようです」
「そうか……。島風には無理をさせてしまったしな。しばらくは、休ませた方がいいよな。元気になったら、ちゃんと褒めてあげないといけないなあ。それから、加賀は……えっと」
あの後、加賀と他の艦娘達の関係がどうなっていたか心配になり、つい口にしてしまった。
「提督、ご心配には及びませんよ。……彼女は彼女自身で思うところがあったようで、だからこそ、ドッグで傷を癒しているところなんです。提督が戻られた時のために役に立てるように。だから、もう、前みたいに投げやりな事はしないと思います。それから、提督が気にされているような彼女と私達の関係も……えっと、まあ、仲良しになったとまでは言えませんが、少なくとも、わだかまりは、それなりに解消されていますからご安心下さい。舞鶴鎮守府の仲間として、これからは前向きに進んでいけると思いますよ」
高雄が秘書艦らしく、簡潔に説明してくれる。
冷泉が不在の間に本当はいろいろあったのだろうけど、今はそれ以上伝える必要が無いと高雄は判断しているようだ。ならば、それでいいのだろう……と冷泉は考える。必要があれば、別の機会に高雄が報告してくれるだろう。
「そうか……、良かった」
と、安堵してみせる。
「ですよね。せっかく帰ってきたっていうのに、私達艦娘の関係がギスギスしたままだと、提督も心休まる時がありませんからね」
高雄が同意するように頷く。。
「それから、神通、大井、不知火、叢雲、村雨、初風の6名は、現在遠征中のため、ここにはいませんが、本日帰還予定ですので戻り次第、提督にご報告にやって来ると思います」
「え、遠征に行ってるのか? 」
少し驚いてしまった。遠征の予定は組まれていたとはいえ、司令官不在の中、動揺することなく任務を遂行できるとは……なかなかやるなと感心してしまった。
「神通が、……彼女がみんなを引っ張って行っちゃったんです。私達は提督の事で取り乱して、何考えられないし何もも出来ない中、彼女だけは、提督は必ず意識を取り戻す、だから、その時にすぐにでも行動できるようにしておかないといけない。第一艦隊は出撃に向けて準備をしておくべきだし、自分たち第二艦隊はそのための資材を集める任務をこなしておかなければならない。そう言ったのです。そして、提督は、生死を彷徨いながら今も戦っている。だから、自分たちは提督が戦いに勝利して帰って来ることを信じて行動しなければならないって」
と、高雄が解説してくれる。
「そうか。神通って普段はおどおどしてて、とても気が弱そうに見えるけど、わりと芯が強いところがあるとは思っていたけど……みんなを引っ張るなんて思えなかったなあ。そこまでとはなあ」
「それだけ、神通は提督の事を信じているネ。どんなことがあっても彼女は、提督の言うことだけは本気で信じていたからね。提督は絶対的な存在なんだヨネ。あれも愛のカタチなんだよね」
金剛が話に割り込んでくる。
「でもネ、神通が気が弱そうに見えるのは、提督の前だけだからね。提督の前では、すっごく緊張してるみたいで、おどおどしているだけで、本当はネー……フガフガ」
続けて何かを言おうとする金剛の口を後ろから扶桑が両手で塞ぐ。
「あー扶桑、苦しいネ! 何をするネ」
「提督、この馬鹿な子の言うことは、気にしないで下さいね」
と、扶桑が苦笑いをしながら言い訳する。
「何するネ、私、バカじゃないヨー」
「バカじゃないなら、空気を読みなさいよ、もう! あなたは」
二人の戦艦がじゃれているのを冷泉は、ほほえましく思う。
なんか、やっと居るべき場所に帰ってきたなと思えて、心からホッとした。ここが本来、自分が帰ってくる場所であり、絶対に護らなければならない場所、人なんだなと再認識する。
だからこそ、帰って来られたんだ。
そのことを再認識した。
しかし―――刹那!
けたたましいサイレン音が外から鳴り響く!
同時に、艦娘たちが持つ携帯端末から警報音が鳴り響く。
「何だ! どうしたんだ? 」
すさまじいサイレン音の中、冷泉は問いかける。
携帯端末より鳴り響く警報音は、その内容に応じて鳴る音が決まっているのだ。
火災、事件、緊急招集……いろいろとあるが、今鳴っている音は、最悪の物だった。
それは、敵の襲来を知らせる物だったからだ。
高雄は音を止めながら、端末の画面に表示されたメッセージを見る。他の艦娘たちも同様だ。
「た、大変です! 」
高雄の表情がその事態の深刻さをより伝えてくる。
「深海棲艦隊が北の領域より現れ、こちらに向かってきています。その数……15」
「敵艦隊の種類は、分かるか」
「現在確認できているところでは、戦艦2、空母2、重巡洋艦5、軽巡洋艦3、駆逐艦2とのことです」
病室内に緊迫感が走る。
「こんな時にどうして……」
冷泉は、驚きの声を上げずにはいられなかった。
鎮守府への直接攻撃……。
記録では、ここ数年は無かったはずだ。鎮守府は艦娘達の基地であり、最高レベルの警備体制が敷かれている。しかも、通常海域であることから、領域の中のように深海棲艦へのアドバンテージは皆無だ。しかも、艦数の制限もかけられないから鎮守府からは全艦船が出てくる可能性もある。
領域内のように、第二次大戦中の旧式兵器及のみでの武器制限は取り払われ、動力についての制限も無くなってしまう。艦娘たちは本来の武器で攻撃してくるし、動力も本来のものを使用してくる。それどころではない。領域では特殊な磁場が生み出されているため、使用不可能となった戦術データ・リンクシステムも使用可能となる。つまり、本来の力を最大限に発揮される状態での戦いを強いられるということになるということだ。
つまり、よほどの戦力差、事情ことがなければ、現在において、深海棲艦にとって通常海域で戦う事は、不利な条件を覚悟での勝算が無ければ行わない筈なのだ。
それを現在、やつらが仕掛けてきている。
何故……?
それは、簡単な事だ。
舞鶴鎮守府には、現在、司令官が欠けているからだ。正確には、欠けていると判断されているからだ。
司令官がが突然不在となれば、指揮系に統当然ながらに乱れが生じ、伝達に齟齬が生じる。そこに隙が生まれる。故に、攻め込んでみる価値があると判断したのだろう。
しかし……。冷泉が負傷したことは知ることは、可能だったかもしれない。しかし、瀕死の状態だったこと、場合によっては死亡の恐れがある事まで知り得たのだろうか? 奇跡的に冷泉は生き返ったが、死んでいてもおかしくなかった。それを見越したかのような敵の攻撃。
どうやって冷泉の状況を深海棲艦側が知ることができたというのか?
まさか……な。
冷泉は、一瞬浮かんだ考えを否定し、頭の中から消し去る。そんな仮定の事を考える時間的余裕は、現在は無いのだ。
「医療班!! 」
側にいた医師が、緊急連絡ボタンを押しながら叫ぶ。
「すぐに提督を安全な場所まで移送する。急げ! 」
「みんなすぐに港に戻ります。敵を迎撃しますよ! 」
高雄が素早くみんなに声をかける。
「祥鳳! あなたは提督の側にいて。どんなことがあっても提督をお守りして」
「はい、わかりました! 」
「先生、早く提督を安全な場所にお願いします。深海棲艦は私達が引き受けますから」
「頼みますよ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 」
勝手に話が進んでいき、声をかけるタイミングを逸していた冷泉が叫ぶ。
「どうされましたか? 」
高雄が怪訝そうに問いかける。
「いや、俺も戦闘に出る」
静かな声ではあるが、強い意志を込めて冷泉が伝える。
「な、何をいってるんですか! 今、提督は意識を取り戻したばかりなのですよ。そんな状態で戦いに出るなど、医師として認められません」
と、医師は大声で否定する。艦娘達も明らかに拒否の表情をしている。みんな何をバカな事をといった感じがありありとわかる。
確かに、冷泉はまだ万全どころではない体調であることは誰の目にも明らかだった。
しかし、冷泉は再び宣言する。
「俺は迎撃戦に出る。出なければならないんだ」
「何を言ってるネ。テートクは、安静にしていていいんだヨ。私達がテートクを必ず護るから! 」
そう言って金剛が窘めようとする。
「あの、その。私も金剛さんの意見に賛成です。司令官さんは、まだ戦いに出られるとは思えないです。無理をして欲しくないです……ご、ごめんなさい、私なんかが偉そうにすみません。でも、心配なんです」
「金剛さんと羽黒の言うとおりです。無理はしないでください。私達だけでなんとかしてみせますから」
その言葉、普段なら信じて任せられるが、今はそういうわけにはいかない。
「いや、ダメだ。俺もお前達といっしょに出る。……敵は我々の倍を超える勢力だ。たとえ領域でのハンデが無いとしても三倍に及ぶ兵力差があるんだ。お前達だけを危険にさらすわけにはいかない。前にも言っただろう? 俺は常にお前達とある。いついかなる時も、俺はお前達の側にいると」
「我が儘言わないで下さい、提督。そんな体で無茶をしないでください」
「これは、鎮守府司令官としての命令だ。この艦隊の指揮は俺が執る。俺がお前達を護り戦いに勝利してみせる。これ以上の議論は不要だ。もう時間はあまりないはずだ。全艦、出撃体勢に入る。出撃は、金剛、扶桑、高雄、羽黒、夕張とする。……祥鳳、空母は一般領域における戦いでは不利だ。よって鎮守府において待機すること。それから俺は、軽巡洋艦夕張に搭乗する。今回の作戦は、夕張を旗艦として挑む。……異論は認めない。いいな」
旗艦を夕張としたことで、思わず驚きの声を上げる者も出た。
いろいろな想いがあるのは分かっているが、これを譲るわけにはいかない。彼女たちだけで出撃させれば、あの戦力差を覆すことはできない。冷泉には考えがあったのだ。それを試してうまくいけば勝てる。少なくとも負けはしない自信があったのだ。
「夕張! 」
「はい! 」
急に呼ばれた夕張がびっくりして声を上げる。
「各艦とのリンクシステムは構築できているな? 」
「はい、もちろん大丈夫です」
「よし。この戦いの成果は、お前のシステム運用にかかっている。俺たちの命をお前に預ける。頼むぞ、いいな? 」
「了解です。任せて下さい」
顔を紅潮させながら夕張は敬礼をした。
「よし、港に移動し、出撃をするぞ」
「了解! 」
艦娘達が声を発した。一部に不承不承といった想いを感じてはいたが、あえて気にしないことにした。
そして、今、新たな戦端が開かれる。
【作戦名:強襲!! 舞鶴沖攻防戦】
いきなり、戦いがはじまってしまいました。
今までにない展開の速さではないかと。