隣のほうから来ました   作:にせラビア

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お団子、狩り、お団子、採集、お団子、おだんご、オダンゴ……


LEVEL:101 六つ目の証

「……おや、どうしたんですか皆さん? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「……っ……ぉ……!?」

 

不意に会議場内へ、文字通り湧いて出てきたアバンの姿に、一同は騒然と――いや、逆に静かになっていた。

悲鳴なり驚愕なりといったリアクションを取ればまだ可愛げがあるのだが、どうやら人間、驚き過ぎると声も出なくなるらしい。

アバンの顔を知らぬ者は突然現れた男の姿に警戒を見せるが、ダイたちの様子から彼が知り合いであることをなんとなく察し、それでも視線を切ることはなかった。反対にアバンの使徒の面々やフローラたちカールの軍勢に到っては、目を丸くしたまま信じられない者を見るような目でアバンの事を凝視する。

 

「おや、皆さん。どうしました? ここ、笑うところですよ? ……ひょっとして、詰まらなかったですか?」

 

そして、その場にいる全ての者達からの視線を一身に受けているにもかかわらず、当の本人たるアバンはそんなことはまるで意に介していなかった。

むしろ先の発言に対して誰しもが無言のまま、反応が無いことを気にしているようだ。

 

「むむ……やはり一度使ったネタですからねぇ。どれだけ良質なネタでも新鮮味が薄れるとウケが悪くなるものなのでしょうか……? どう思いますかポップ?」

「へぇっ!? そ、そうっすね……なんせおれは初めて聞いたんで……って、そうじゃなくて!!」

 

無反応であることの原因がネタの使い古しであるのかと思い、アバンは弟子の一人に意見を求める。話を振られたポップは戸惑いながらも感想を口にしようとしたところで、そんなことを言っている場合ではないと気付き叫んだ。

 

「あんたは先生、なのか……!? いや、そんなはずはねぇ!! どうせロモスの時みたいなオチが待ってるに違いねぇんだ!!」

「そう、かも……でもこの感じは……」

「おお! なかなかグッドなノリツッコミですよ。(二重丸)をあげましょう」

 

かつてロモス城でのクロコダインとの戦いの折りに痛い経験をしていたためだろうか。ポップは目の前のアバンを偽物だと決めつけ、疑うことはなかった。

マァムもまた、ポップと同じ経験をしていたために懸念こそしているものの、それを完全に拭い去る事は出来ずにいた。武闘家としての修行によって闘気を感じられるようになったことと、かつての僧侶としての修行によって(よこしま)な気配を鋭敏に感知できるようになったことで、ある程度見抜けるようになっていたらしい。その感覚が訴えるのだ。このアバンは邪悪な者ではない、と。

そして当のアバンはといえば、ポップから敵意を向けられているものの、先ほどの反応に気を良くしたのか上機嫌になっていた。そのなんとも場違いな言葉に気勢が削がれていくのがわかる。

そして、彼らのやりとりに触発されたのか、残る者たちもまた動き出した。

 

「アバン……なのか……!?」

「いや、それよりも貴様、いつどうやってこの部屋に入ってきた!?」

 

ヒュンケルは目の前の相手がアバンだと半ば確信しているものの、どうにも信じ切れずにいるようだ。償いこそしているものの、かつて自身がしてきたことを思い返せば、面と向かうのに少々抵抗がある、といったところだろうか。

そしてバランは、突然現れたことに疑いを隠せずにいた。なにしろここには地上でも指折りの強者たちが集っている。幾ら会議に集中していたとはいえ、その全員の目を掻い潜って部屋に入るなど易々と出来るものではないからだ。

 

「待ってみんな!」

 

剣呑とした雰囲気が漂い始めた事を察してか、レオナが声を上げた。その言葉にバランたちの殺気が少しだけ収まる。

 

「さっきの言葉、あったでしょう? アレは十五年前……先生がハドラーと戦っていた頃に言ったものなの」

「む?」

「は……? なんだと?」

 

続いて彼女の言葉の内容を耳にして、動きが完全に止まった。

 

――ジタバタしましょう。

 

その言葉は、かつてカールの重鎮たちに向けてアバンが投げかけた言葉であり、そしてつい先日、世界会議(サミット)のために各国の指導者たちがパプニカへと集まった際、チルノがフローラへ向けて口にしていた言葉でもあった。

レオナがその言葉を聞いたのは、二度目の時――すなわちフローラからアバンを語るエピソードとして聞いた時である。そしてこの話を知るのは、その場に居合わせた者たちくらいのものだ。

 

「それを知っているということはアバン先生本人、かもしれないわ……」

 

だがそこまで説明して、レオナは最後の最後でほんの少しだけ不安になっていた。

かもしれない、と言葉尻を弱気にしてしまったのは、前大戦の際のエピソードを耳にする機会が魔王軍の手の者にもあったかもしれないという可能性に気付いてしまったからだ。とはいえその可能性は低いと見積もってはいるのだが、今は大事な時である。

不確定要素は可能な限り避けたいと思ってしまっても仕方ないことだろう。

 

レオナの言葉を聞き、アバンは頬を掻きながら遠慮がちに口を開いた。

 

「あー……ひょっとして私、疑われていたんですか? なるほどなるほど……」

 

周囲の様子を改めてじっくりと伺い直し、ある人物(・・・・)の姿が見当たらないことを確認したところで、アバンはようやく合点がいったとばかりに独り言のように呟き、続いて手をポンと打ってみせる。

 

「では、もう一つ証拠をお見せしましょう。いきますよ……トヘロス!」

 

そして言うが早いか、呪文を一つ唱えた。途端、ダイたち全員の身体が穏やかな光に包まれる。

 

「こ……これは……」

「まるで光の結界の中にいるようだ」

 

有無を言わさず呪文の標的となったことに文句の一つでも言おうとした者もいたが、その言葉を飲み込んでしまうだけの柔らかさがあった。温暖な気候の昼下がり、木漏れ日を浴びているような、そんな穏やかな感覚が呪文を受けた者たち全員に湧き上がっていた。

 

「こんな感じでいかがでしょう?」

 

全員がトヘロスの呪文の効果を感嘆したように見入っているところを見計らい、アバンは少々得意げな表情と共に尋ねる。その問いかけに答えたのはバランであった。

 

「なるほど、考えたものだな」

「ありがとうございます」

 

たった一言の言葉であったが、それだけでアバンは満足したように笑う。バランが何を言いたいのか、詳細に説明せずともきちんと理解しているということだ。

だが、それだけでは理解が及ばない者も当然いる。

 

「バラン様はこの呪文をご存じで?」

「ああ、聖なる結界を張り敵を押さえ込む――いわゆる破邪の呪文に分類されるものだ。邪悪なる者では使うことが出来ぬ。つまり、この男は少なくとも魔王軍の手の者ではないということだ」

 

ラーハルトの質問は、呪文の詳しくない者たちにとっても知りたいことであった。

バランはそういった者たちに気を遣うかのように呪文の効果を端的に説明し、アバンが邪悪なる者ではないことを証明してみせる。

 

そして、バランの説明を聞き終え、いち早く反応したのはフローラであった。

 

「破邪の呪文を扱える……それはつまり……では、やはり貴方は……!!」

 

彼女は、感極まったような声を上げた。とはいえそれも仕方ないだろう。

なにしろ予期せぬタイミングで唐突に思い出深い言葉を述べながら、前触れもなく姿を表したのだ。

心の準備をしておけといった以前の問題である。

そもそもフローラは、アバンの死を受け入れてすらいた。未来の知識を知るチルノですら助ける事が出来なかったのだから、仕方ないことと割り切っていた。

だがそれも表面上のこと。

どうしてもアバンの死を受け入れきれないという気持ちが彼女の中に燻り続けていた。もしもアバンがここにいれば、という想いを捨てきれずにいた。

 

そこへ来て、戦況が悪く傾きつつあるところでアバン本人の登場である。フローラの驚きはいかほどのことだったろうか。

当初こそ、女王としての責任もあって素直に信じられずにいたが、それもアバンが破邪の呪文を使ったことで疑いは完全に晴れる。

 

「……っ……!!」

 

――アバンが生きていた!!

 

感情の昂ぶりが限界に達し、声にならない声を上げながらフローラは意識を失う。

 

「おっと危ない」

 

さながら糸の切れた人形のように力なく倒れかけた彼女であったが、まるで事前に知っていたかのように――実際、チルノから聞いて知っていたのだが――アバンは彼女のことを優しく抱き留めた。

 

「アバン……本当に、本当に貴方なのですね……? これは夢や幻術の類いでは、ないのですね……?」

 

肌で感じる力強い腕の感触と暖かな温もりによって自らの意識を取り戻したフローラは、感涙で滲む視界に映る相手へ目掛けて、一言一句を確認するかのように声を掛ける。

 

「ええ、勿論です。随分と心配を掛けたようで、申し訳ありません」

「アバン!!」

 

彼女の投げかけた全ての疑問を肯定するかのように、アバンは大きく頷きながら柔らかな笑顔を見せた。それだけでフローラの感情は再び頂点へと達し、だが今度は意識を失うような無様な真似をすることはなかった。代わりに、アバン目掛けて力一杯抱きつくとその胸元へと顔を埋める。

 

しばしの間、フローラの嗚咽の声だけが室内に響いた。

 

 

 

 

――数分後。

 

「……お恥ずかしいところをお見せしてしまい……皆さん、ご迷惑をおかけしました」

 

顔を真っ赤に染めながら頭を下げるフローラの姿がそこにはあった。

皆、アバンがどうして生きていたのか、今まで何をしていたのか等々それぞれ――特にダイら弟子たちは――聞きたいことや話したいこと、言いたいことが山ほどあったのだが、フローラのことを慮り、何も聞かぬまま彼女が落ち着くのを待っていた。

正気を取り戻した彼女が開口一番に口にしたそれは、仲間たちに気を遣わせてしまったことに対する謝罪と感謝の言葉でもある。

 

「いえ、フローラ様に非はありません。悪いのは全てこの男です。何しろ生きていたというのに、今まで連絡の一つ寄越さずにいたのですから」

「あははは、相変わらず厳しいですねえ……」

 

だがその言葉に口を挟む者がいた。

彼はアバンを強く睨みながら言葉を放ち、アバンはその言葉に苦笑いで応じる。数秒ほどその拮抗が続くと、やがてどちらからともなく表情を軟化させた。

 

「アバン……生きていたのだな」

「ホルキンス……あなたも無事だったんですね」

 

アバンが生きていたことを喜んでいるのは、フローラばかりではない。彼はカール王国の産んだ勇者であり、騎士団に所属する者であれば大なり小なり尊敬の念を抱いている。

そしてそれは、ホルキンスも同じだ。

かつてハドラーとの大戦の折り、ホルキンスは新米騎士の立場でこそあったものの、その存在は知っており、アバンと肩を並べて戦ったこともあった。

やがて、世界が平和になってからも彼らは顔を合わせる機会もあったため、互いに人柄を知る関係でもある。

キツい物言いも旧知の間柄だからこそだ。

 

「ああ、色々と死に損なってな……こうして今も生き恥を晒している」

 

互いに生きていたことを喜ぶが、ホルキンスからすれば彼の命は多くのカール騎士たちの犠牲によって生きているようなものであり、素直に喜ぶことも出来ずにいた。

 

「あなたがここにいる……ということは、どうやら私が知っていることと色々と食い違いが生まれているみたいですね」

 

だがアバンにとってみれば、ホルキンスが生きているということはまた別の意味を持ってくる。

 

「どういうことだ?」

「そう焦らなくとも、お答えしますよ」

 

訝しげに尋ねるホルキンスに対して、アバンもまた真剣な表情で答える。チルノから教えられた未来の知識との剥離、まずはそこを埋める必要があると考えたからだ。

 

「ですがそれを話すにも順番というものがあります。まずは私がどうして生きていたのかを。そして、私が今まで何をしていたのかを教えてましょうか」

 

そう前置きをすると、アバンはデルムリン島でのハドラーとの戦いの終盤、メガンテを唱え終えたところから語り始めた。

 

カールの守りの存在によって一命を取り留めたこと。

チルノに助けられ、随分と早く復活できたこと。

そしてチルノから未来の知識を教えられ、短い期間ではあったが彼女を鍛えていたことまでを話す。

 

「そっか、姉ちゃんがデルムリン島に残ってたのは、先生を助けるためだったんだ」

「ええ、そういうことです。色々と相談しましたし、ダイ君よりも短い間でしたが色々と修行もつけました」

 

そこまで話し終えた所で、口を挟んだのはダイであった。自らの出立の際の出来事であるために関心も高かったようだ。その頃を思い出すような口調のダイに追従するように、アバンもまた頷いてみせる。

 

「もう皆さんもご存じかも知れませんが、彼女は色々と出来るそうですからね。短い期間でしたが、可能な限り詰め込ませていただきました。中々楽しい時間でしたよ」

「短い期間……って、おれたちが島を出てからロモスに付くまでの間でですか?」

「いえいえ。私も自分の役割を果たそうと思っていましたので、その半分くらいの時間ですね」

「…………」

 

平然と答えるアバンの言葉に、ポップが思わずあんぐりと口を開けていた。逆算すればそれはほんの数日であり、再会した時の強さから考えるにどれだけ多くのことが行われたのかが彼にもなんとなく見えたからだ。

 

「さて、思い出話に花を咲かせたい気持ちは私にもありますが、話を先に進めさせて貰いますね。まずは互いの状況と情報を共有しておきませんと」

 

コホンと咳払いを一つして後ろ髪を引かれそうな思いを払う。

 

「では、続きです。傷を癒やし、デルムリン島を出発した私が何をしていたかについて、お話しましょう」

 

次に語られたのは、アバンが島を出てから何をしていたのかについてだ。とはいえこれは列挙すれば非常に単純。

 

マトリフの元へ行き後を託したこと。

破邪の洞窟へ挑み続け、自身を鍛え上げていたこと。

輝石と聖石を生成し、シルバーフェザーとゴールドフェザーと呼ばれるアイテムを用意したこと。

そして、深部で破邪の秘法と呼ばれる秘術を会得し、一通りの挑戦を終えたことで少し前から地上に戻っていたことまでだ。

 

「破邪の洞窟、ですか……アバン、あそこは未だ底が何階かすら分からぬ場所なのですが、一体どこまで……」

「およそ二ヶ月で、地下百五十階といったところです」

「ひゃく……っ!? そんなに深くまで、だと!?」

 

カール王国の領内に存在することもあってか興味をそそられ、フローラが思わず尋ねる。するとアバンは自身の成果を平然と答え、その前人未踏たる深さを耳にしてホルキンスが声を上げた――いや、よく見ればカール勢は皆が一様に驚いている。一番驚きの声を上げたのが彼だと言うことだけだ。

 

「ええ、とはいえチルノさんから聞き及んだ決戦にはまだ時間がありましたからね。もっと深くまで潜ることもできたのですが……やることがありましたからね」

「やること、ですか? それは一体……」

「お話したいのはやまやまですが、それはまた後でのお楽しみということで……」

 

一体何をやるのかとフローラが尋ねるが、アバンは内緒とばかりに人差し指を立て、自身の口へと当てると、コホンと一つ咳払いをする。

 

「さて、次はそちらの番ですよ」

「こっちの、ばん??」

「ええ、そうです」

 

ダイが何を言っているのか分からないという顔を見せると、アバンは真摯な表情で頷く。

 

「聞かせていただけますか? 私が身を隠している間に何があったのかを」

 

 

 

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「ふむふむ、なるほどなるほど……」

 

アバンが身を隠していたその頃、ダイたちは今まで何をしていたのか。

長い話ではあったがその一部始終を聞き終えた彼は、感心したように呟きながら自身の中で耳にした話の内容を反芻し、吟味しなおす。

そして師として愛弟子たちに何を言うべきだろうかと逡巡し、やがて第一声はこれしかないと決断すると口を開いた。

 

「まずは、ダイ君!」

「は、はい!!」

 

彼らしからぬ程に強い口調で名前呼ばれ、ダイは思わず背筋を正して返事をする。だがアバンはダイの名を呼んだまま、しばらく無言であった。果たして次に何を言われるのか、一瞬とも無限とも思えるほどに緊張した時間が流れた後、アバンは破顔した。

 

「……ご結婚、おめでとうございます」

「へ……っ?」

 

満面の笑顔でそう告げられ、ダイは感情の処理が追いつかなかった。だがアバンはそんなものなどお構いなしとばかりに言葉を続ける。

 

「いやいや、まさかそのようなことになっているとは。そうと知っていれば、お祝いの品の一つでも用意したのですが……本当に申し訳ありません」

「えっ……えっ……?」

「これはもうダイ君と呼ぶのは失礼ですね。一人前の相手としてダイと呼ばねば」

「あのー、先生……?」

 

祝いの言葉かと思えば今度は謝罪の言葉やらダイを認めるような言葉である。言動の落差に着いていけずダイはオロオロとするばかりであった。それを見かねたように、ポップがおずおずと口を挟む。

 

「おれが言うのも何ですけど、こう言う時はフツーはダイの成長を褒めるとか、そういうことを言うんじゃないですかね……??」

「何を言うのですポップ!? お祝い事にはちゃんと祝辞を述べなければダメでしょう!」

「いや、それはそうですけど……」

 

アバンからすれば、話で聞いていた未来とは大きく違うことがそれ(結婚話)であった。ならば師として何よりもまず言わなければならないだろうと考えてのことだ。

その志は立派でありポップも理解できなくはないのだが、時と場合というものがあるだろうとツッコミを入れずにはいられなかった。

 

「ですが状況は私が思っていた以上にずっと複雑なことになっているようですね。お祝いは後日改めて、ちゃんと行いますので安心してください」

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

そう言われても、今の状況では素直に喜んでいいのかどうか。ダイは困惑したままそう返事をするのが精一杯だった。

 

「それにダイの成長は一目見ただけでわかります。正直、想像以上でしたよ」

「……ッ!」

 

かと思えば、油断していたところへさらりと賛辞を聞かされ、嬉しいやら恥ずかしいやらでダイは思わず言葉に詰まる。

 

「なによりポップ、成長という意味ではあなたの方がよほど凄いと思いますよ。破邪の洞窟であなたを見かけた時と比べても、随分と成長したようで一安心です」

「破邪の洞窟……って……ああっ!!」

 

アバンの言葉にポップの中の記憶が甦った。

 

「じゃあやっぱりあの時のは!!」

「ようやく思い出しましたか?」

「せ、せんせい……おれ……おれ……」

 

マトリフによって破邪の洞窟に潜らされたときの出来事、夢か妄想の類いだと思っていたことが、すべて事実であったのだ。その嬉しさと感動にポップの瞳から涙がこぼれ落ちる。

そして愛弟子の喜びをアバンもまた自分のことのように噛み締めていた。

 

「そして、マァム」

「はい」

 

まだまだポップの成長を褒めてあげたい所だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。続いて、見た目という意味では最も大きな変化を遂げた少女へと向く。

 

「これまでの経験は、あなたをより良く成長させたようですね。優しさの中に強さがあるのが伝わってきます」

「先生……ありがとうございます……」

 

彼女もまた瞳から溢れる涙を指で拭いながら言葉少なく答えるだけだった。

本心ならばもっともっと話をしたい。自分がどんな経験を積んできたのかを話したい衝動に駆られるが、彼女はそれを心の奥底でグッと抑える。

ダイ、ポップ、マァムと順に声を掛けてきたのであれば、次にアバンが誰に言葉を投げるのかは自明の理だ。それを理解しているからこそ、彼女は限られた時間を譲ることを選ぶ。

 

「……ヒュンケル」

「…………アバン……」

 

最後に、アバンは彼が最も始めに弟子とした者の名を呼ぶ。その呼びかけにヒュンケルは、師以上に時間を掛けながらもようやく言葉を絞り出していた。

だがヒュンケルは、身体こそアバンの方を向いてはいるものの、その視線だけは横目に逸れていた。

唐突な登場の際には疑いの目で見て、だが本物だと分かってからはフローラの出来事もあってか多少なりとも冷静になることもできた。その結果が、視線だけを外すというなんともしまらない行動となって現れていた。

どのような事情があれ、ヒュンケルが人間たちに牙を剥いたのは事実であり、アバンに対する(わだかま)りが胸中に渦巻き続けていた。

 

「オレは……」

「いえいえ、大丈夫ですよヒュンケル」

 

それでも、語らずにはいられなかったのだろう。彼は今までで最大限の勇気を振り絞って言葉を口にしようとした。だがそれをアバンは首を横に振りながら遮る。

 

「あなたがこの場に生きて、ダイたちと共に力を合わせている。そして良き仲間に恵まれ、強く真っ直ぐに成長してくれている。それだけで私にはもう充分すぎます。今のその姿が、どれだけの言葉よりも雄弁に語ってくれています」

 

ヒュンケルが多弁ではないことは、彼に修行をつけていたのだから知っている。そして彼がどのような行いをしてきたのは、チルノから聞かされていた。だが実際にどの様に成長したのかまでは、目で見なければ決してわからない。

どのような姿になって出会うことができるのか、期待と不安を最も抱いていた相手がヒュンケルであった。そして、実際に出会った時に感じたのは、チルノから聞かされた姿よりもずっとずっと立派な姿であった。

 

「あなたは私の誇りですよ」

「……っ!! ……オレには随分と勿体ない言葉だ……」

 

お世辞や戯れを抜きに、アバンはヒュンケルのことを素直にそう評してみせた。

それを耳にしたヒュンケルは、ぶっきらぼうにそう口にすると、まるで耐えきれなくなったように後ろを向いてしまう。だが背中からは照れの感情が見え隠れしており、僅かに覗く肌は気恥ずかしさからか真っ赤に染まっているのが見えた。

そんな背中をアバンは愛おしそうに見つめる。

 

「最後になりましたが――」

 

何時までも見ていたいが、そうも言ってられない。名残惜しそうに視線を切ると、残る者たちの方を向く。

 

「あなた方がバラン、ラーハルト、クロコダインですね。チルノさんからお話だけは窺っていたので、なんだか初対面と言う気がしないのですが……初めまして、アバン=デ=ジニュアール3世と申します」

 

ダイたちにも全く引けを取らない――いや、それどころか上回ってすらいる――闘気を漂わせる者たちを前に、アバンは深々とお辞儀をしながら名を名乗る。

バラン・ラーハルト・クロコダイン。

名前とどのような活躍をする予定だったのかは耳にしているが、こうして実際に対面するのは初めてのことだ。特にバランなどは、当初の予定では顔を合わせることすら不可能だと考えていただけに、アバンの心中は期待と当惑が入り交じる複雑なものであった。

 

「地上の勇者アバン……ディーノたちから話は聞いている。こちらも初対面という気はあまりせんが……私がバランだ」

「……ラーハルト」

「クロコダインと申します。アバン殿には一度会ってみたいと思っていました」

「これはこれは、ご丁寧に」

 

アバンの言葉に対して三者はそれぞれが思い思いの返事を見せる。

それを受け止めながら、アバンは話に聞いていたそれよりも幾らか柔らかな態度を見せていることに驚いていた。特にラーハルトなどは、どこかヒュンケルを弟子にした直後のような懐かしさすら感じたほどだ。

 

「アバンストラッシュ――あれは見事な技だ。数日とはいえ、ディーノを鍛えてくれたこと、心から礼を言おう」

「おや……」

 

バランの言葉にアバンは小さく息を吐いた。

人に対する意識というものが変わったことはダイたちの話から聞いていたが、まさかこれほどとは彼も想像しえなかったほどだ。ダイと同じ時間を共有することで、自然と親としての成長を促された結果なのだろうかと慮る。

 

「いえいえ、私も大したことはしていませんよ。あれは元々の仕込みと彼の素質もあってのことです。むしろ、ハドラーを撃退することが出来ず、修行を完遂させることのできなかった私の不甲斐なさを謝らねばなりません」

「いや、それは親としての任を放棄した私に責がある。そなたに責はない」

「ふふ……でしたらここは、一つ痛み分けということで手を打ちましょうか?」

「……わかった」

 

互いに自身の非を認めるため、このままでは話は平行線となりかねないと判断したアバンは妥協点を提案する。バランは素直にそれに応じ、此処で話は一旦の決着を見せた。

……間に挟まれたダイはヒュンケルに劣らず顔を赤くしていたが、それはご愛敬。

そして話が終わった頃を見計らい、クロコダインが口を挟んだ。

 

「アバン殿、オレはあなたに一つ謝らねばならん」

「おや、なんでしょうか?」

「大地斬――あの技の術理を、勝手に真似させて貰った。弟子でもないオレが勝手に使ったのだ。そのことを一言、侘びたかった」

 

彼が口にしているのは、大地斬を無断で使用したことだ。

ヒュンケルら使い手たちからお墨付きを貰っており、またアバン本人はこの世にいないと思っていたために割り切っていたが、こうして生きていれば話は別である。

このままのうのうと使い続けることは彼の武人としての矜持が許さなかった。

 

「なるほど、そういうことですか……ですが、それなら構いませんよ」

 

アバンもまたクロコダインの心を汲み、そしてあっさりと許可を出す。だがそれもそのはず――

 

「あの技術も元はブロキーナ老師に教えていただいたものですから」

「ええっ!?」

 

その事実に驚きの声を上げたのはマァムであった。

 

「おや? 老師から教えてもらえませんでしたか?」

「そんなことは老師からは一言も……ねえ、チウは知ってた?」

「いえいえ、ボクも知りませんでした」

 

ブロキーナの弟子たる二人は、初めて知った事実に顔を見合わる。

 

「だから、てっきり先生が独自に生み出した技だとばかり……」

「まあ、私も若かりし頃は色々とあったのですよ。そうそう、大地斬を覚えた頃はレイラとも知り合ったばかりの頃でして、私は各地を周り刀殺法を鍛えてハドラーを倒すべく修行を……」

 

当時のことを懐かしむように口にしかけ、だが不意にアバンの顔が曇った。

 

「ですが、そのハドラーにはもう会えないのですね……話に聞くだけだった、生まれ変わった彼の姿を一目だけでも見てみたかっただけに、残念です……」

 

それは本当に残念そうな顔だった。

因縁の相手とすら呼べる相手が、果たしてどれほどの変貌を遂げたのか。チルノから話を聞いていた分だけ期待は上がり、その望みが裏切られたことに肩をすくめる。

 

「ですが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいきませんね。我々はいつだって、今できることをやらなければ!」

 

だがそれもつかの間のこと。

ことさら大げさに胸を張り、気合いを入れ直してみせた。

それは周りの者たちを巻き込んで前向きに動かすため、ワザと道化のような(おど)けた態度を取ってみせる。アバンが昔からよくやる行動だった。

それを見たフローラは声には出さぬもののクスクスと笑顔を浮かべる。大切な者のよく知った態度に彼女の心はようやく平静を取り戻した。

 

「アバン、一ついいですか?」

 

そのおかげで彼女の中には新たな疑問が湧き上がる。

 

「突然あなたが現れたことでうっかり忘れかけましたが、本当ならばあなたはもっと後――大魔王の居城へと乗り込んでから姿を現すのですよね? それが何故、今このタイミングで……?」

「あ……!」

「言われりゃ確かにそうだ……いや、先生が来てくれるのは嬉しいんですけどね」

 

アバンが生きていたこと。そして味方についてくれることは、人間たちにとっては喜ばしいことこの上ない。その衝撃的な事実が強く表に出ていたために、どうしてこれほど都合の良いタイミングで彼が現れたのか。そんな当たり前のことすら疑問に思わないほどには、心が浮かれていたのだ。

 

「ああ、そのことですか……実は私を導いてくれた物があるんです」

「導いてくれた?」

「それは勿論これですよ」

 

一体何をやるというのかと首を傾げるフローラの疑問に対し、アバンは腰につけた道具袋からある物を取り出すと全員が目に出来るようにと少しだけ高く掲げて見せた。するとそれを見た全員の顔色が変わる。

 

「それは、輝聖石の……!?」

「卒業の証!!」

 

青く透き通った涙滴形の石を持つペンダント。輝聖石によって作られたそれは、アバンの修行を完遂した者に贈られる、いわゆる卒業の証だ。

そして、持つ者の力をほんの僅かながら上昇させる効果を兼ね備えた、この世に幾つも存在しない貴重品でもある。

本来ならば静かな光を放つはずのその石は、だが今はどうしたわけか忙しなく輝きを見せていた。

 

「これはチルノさんの分です。彼女にはまだ渡せていませんでしたからね。この石が、私をここまで導いてくれました」

「姉ちゃんの分?」

「ええ、そうです」

「でも石が導くって……??」

 

チルノのための卒業の証を用意したというのはわかった。だがそれがどうしてアバンを導いたというのか。それが分からずダイは首を傾げる。

 

「実はこれ、ちょっと特別品でして……最初から彼女へと渡すことが決まっている物でもあります。彼女へと渡すことを前提にして作りました。そのおかげか、どうやら見えない糸のような物で繋がっているようなのです」

 

何しろアバンはチルノと二日ほどとはいえ、文字通り四六時中つきっきりで修行を行っていた。密度の濃すぎる時間を共に過ごしたために、チルノの魔法力なども無意識のうちに記憶していた。

それが卒業の証を作る際にも反映され、魔力的な繋がりを持って生み出されたのだろうとアバンは推測する。

 

「石がチルノさんに異変が迫っていると訴えているように感じ、こうして来てみたところ、これが大当たりだったわけです」

 

実際、真魔剛竜剣のように持ち主との目に見えぬ繋がりがある武具は存在するのだが、それがまさか自身の作り出したアイテムでも起こるとは、アバンですら予想外のことだったのだが……結果オーライというやつである。

 

余談ながら、アバンが破邪の洞窟での修行を切り上げたのはコレを作る為というのも理由の一つである。

なにしろ輝聖石は完成までには時間が掛かるのだ。

チルノ用の輝聖石を最初に作り上げてから洞窟に挑むことも考えたが、それを優先した結果、修行が疎かになっては本末転倒だと判断していた。

まずはアバン自身がダイたちと肩を並べて戦える程度に強くならねば無意味なのだ。

最悪、卒業の証は「まだ用意できなかった」と謝ればいいが、アバン本人の強化が間に合わなければ全ては水泡に帰すのだから。

結果的には期間に間に合ったどころか、卒業の証を作成する時間も充分に取れた。しかもその過程で、シルバーフェザーとゴールドフェザーも本来の歴史よりも大量に用意できたのだから、これは怪我の功名のようなものだろう。

 

「私が思い描いていた予定ではこの場にはチルノさんもいて、この卒業の証を直接、首に掛けてあげられたはずなのですが……なんとも残念です」

 

チルノの危機を知ることが出来る。

だがそれは決して喜ばしいことではない。危機を察知して急いで来てみれば、チルノは大魔宮(バーンパレス)に囚われの身となっており、この場にはいないのだ。

思いがけない計算違いにアバンは表情を暗くし、つられるように何名かも表情を沈ませた。

 

「何も知らない皆さんの前に、私が颯爽と登場した後で、チルノさんと二人で"ドッキリだ~いせ~いこ~う!"と言うのを楽しみにしていたんですがねぇ……」

「……!?」

 

けれども続く言葉を聞きつけて、慌てて顔を上げる。

 

「チルノさんがちゃんと秘密を守っていてくれていたようで、感心です。ですが、こんなサプライズは御免ですね」

 

聞き間違いであって欲しいと願うものの、アバンの言葉から察するにどうやらそれは真実だったようだ。確かにアバンが生きていたというサプライズならば騙されても文句はない、どころか喜んで騙されよう。

だが、こんな消沈する驚きでは喜べるはずもない。

 

「あのアバン様、少し宜しいでしょうか……?」

「おやあなたは……メルルさん、でよろしかったですよね?」

「はい、名前を覚えていただけたようで、光栄です」

 

ふと、メルルが遠慮がちに声を掛ける。彼女たちもまた初対面――話の上では知ってはいるのだが――のため、軽い挨拶を交わしてから本題を切り出した。

 

「その、アバン様はその特殊な輝聖石のおかげでチルノさんの危機を知ったのですよね?」

「そうです。ですが何分(なにぶん)、私も初めてのことですから自信はありませんが、この輝きは何か彼女に異常があると考えて良いでしょう」

 

念を押して確認するように尋ねれば、アバンもまた確証こそないものの間違いないと答える。メルルとアバンの二人によって齎された断片的な情報。だがその二つを組み合わせれば、事の真相は朧気ながら見えてくる。

 

「私の占い、水晶玉では大魔宮(バーンパレス)が見えました……つまりチルノさんは捕らわれていて、その身が危険ということでしょうか……?」

「おそらくそうでしょうね……ですがチルノさんは回復呪文も使えます。囚われの身となっている以上、人質として使うと考えるのが当然のはずです。ならばこれほどハッキリと危機を訴えるというのは……」

 

メルルの推測を裏付けるようにアバンもまた考えを巡らせ、だがそれらの事柄を列挙していく内に彼の脳裏にある可能性が浮かび上がる。

 

「ええ、しかし……いや、待ってください……まさか……」

 

誰に向けるわけでもない、自分の考えを整理するための独白。思い浮かんだ可能性を否定しようとするもその材料が足らず、それでも一縷の望みとばかりに彼は叫んだ。

 

「メルルさん!」

「は、はい!」

「たしかあなたは水晶玉で遠くを見通すことが出来ましたよね?」

 

鬼気迫る様子に気圧されながらも、メルルは無言でコクコクと首肯した。

 

「では今現在、バーンの城はどこにいるか分かりますか?」

「え、と、お城ですか? 少々お待ちください……」

 

アバンの言葉に背中を追い立てられながらもメルルは意識を集中し、水晶玉へと念を送る。しばしの空白の時間の後、先ほどと同じように大魔宮(バーンパレス)が映し出された。だがその視点は一度目よりもずっと望遠――遠くから眺めているため、辺りの景色もよく見ることが出来る。

 

「ここは?」

「この白いのって、ひょっとして雪かしら?」

「じゃあこのチラついてるのは吹雪ってわけか」

 

遠くから眺めている光景のためか、映像は少々不明瞭になっていた。大魔宮(バーンパレス)は遠目から辛うじてその形が分かり、雪の白は逆にその場がどこか特定させるのを困難にさせる。

だが見ている人間は多く、各国に知識を持つ者もいる。

 

「オーザム周辺と考えて間違いないようですね」

 

彼らの意見をまとめ、代表したようにフローラがそう述べる。誰しもがその意見に頷く中、ノヴァだけが不思議そうに声を上げた。

 

「でもこのお城、動いてないみたいですよ」

「え?」

「ホラここ、見てください」

 

そう言いながら水晶玉の一点を指さす。遠目からのためわかりにくかったが、大魔宮(バーンパレス)の影は大きくも小さくもならず、下に見える木々と比較しても同じ場所に位置している。すなわち動かず、空中に静止している状態ということだ。

 

「なるほど、これは……もしかすると相当マズいかもしれませんねぇ……」

 

その指摘を耳にしながら、アバンは険しい表情で呟いた。

 

 




この人(アバン)に頑張って貰う。

しかし、話が全然進まないな。もう少し詰め込む予定だったのに。
「出会った以上、こういうやりとりはさせたい。でも先にも進めたい」
というジレンマ。

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