隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:102 最後の希望

「相当マズいって……一体どういうことですか先生!?」

 

アバンの呟きに真っ先に食いついたのはダイだった。話の流れからチルノが関わっていることは明白であり、そこに否定的な言葉を聞かされれば気にならないハズがなかった。

そして、ダイほどではないにせよ他の仲間たちも同じくアバンの独白が気になり、彼のことを真剣な表情で見つめている。

 

「いえ、これはまだ可能性の段階なんですけどね」

 

集中する全員の視線を受けながらも平然とした態度で、アバンは一言断りを入れると己の考えを口にし始めた。

 

「まず本来の歴史のおさらいです。その世界で大魔王は黒の核晶(コア)を仕込んだ(ピラァ)を世界各地の要となる地点に落とした……ここまではいいですよね?」

 

確認するように一度言葉を切る。そして全員が頷くのを確認して次の句に続ける。

 

「そしてこの世界でも、大魔王は居城を空に浮かべています。そしてオーザムまで行っておきながら、何も動こうとはしない……妙だと思いませんか?」

(ピラァ)を落としていないことが?」

「うーん、その答えではマルはあげられませんね」

 

ダイの回答にアバンは両手の人差し指を斜めに重ね合わせる――いわゆる指でバッテン印を作ってみせる。

 

「ダイの回答も間違いではありません。ですが、敵は魔界の神とまで呼ばれた大魔王ですよ。チルノさんの知る世界で(ピラァ)を落としたからと言って、単純に同じ行動を取るわけがない。相手も考えるわけですからね」

「そっか……」

「チルノの知る世界では、私は倒れディーノも死したと思っていた。それを知ったからこそバーンは計画を進めたのだろうな」

 

ダイの考えを補強するかのようなバランの推測に、アバンもまた頷いた。

 

「私もそれは同じ考えです。計画の邪魔になる強敵がいなくなったと断じたからこそ、行動を起こした。それも巨大な柱で地上を吹き飛ばすという大胆な方法を装いながら、その裏で全く別の狙いがあった……スケールの大きさに脱帽しそうですね」

「つまり今はその逆、邪魔者がいるから(ピラァ)を落とさずにいる」

「でもバーンは城を空に飛ばしたわよね……?」

「いやそれこそ、おれたちがいるからだろ? 居場所もバレてるのに呑気に待ち構えていられるほどおれたちは弱くねえよ」

「あ、そうか」

 

ヒュンケル、マァム、ポップがそれぞれ口を開く。そのやりとりを聞いていたレオナは弾かれた様に叫んだ。

 

「それよ! あたしたちの存在だわ!!」

「きゃっ!?」

「なんだなんだ!? 急にどうしたんだよ姫さん!?」

 

突然の大声にマァムは可愛らしい悲鳴を上げ、ポップも驚きの声を上げる。だがレオナはそれに返事をすることなく、自身の考えを口にし始めた。

 

「バーンが計画を進める気なら、あたしたちを無視するはずがないわ! ポップ君の言う通り、邪魔をする相手という認識は持っているはず……しかもこっちは後から船団が迫っているのよ? なのにその一切を無視してオーザムに向かった。それがおかしいのよ!」

「ええ、私も同じ結論です」

 

それは今までの全員の言葉をまとめ上げたようなものだ。だが逆に言えば彼らは、断片的な正解に辿り着いていたことになる。尤もその影にはアバンの補足的な説明があってこそなのだが、とあれ彼はレオナの意見を首肯する。

 

「現時点でオーザムに向かう必要性は薄い。そしてオーザムに向かったというのに、何もせずにただ留まっているだけ。何もしないのであれば、我々を攻撃すればいい。それこそ、上空から呪文を雨のように降らせるだけでも大打撃になるはず……なのにそういった建設的な行動を一切取らない。どう考えてもおかしいわけです」

「確かに、そうですね」

「攻め時は幾らでもあったはず。だがバーンは敢えてその機を逃したということか」

 

戦術や用兵といった知識に造詣の深いフローラとバランもまた、それは異質であると感じていたようだ。だが、後進の成長を促すためと、何よりアバンが持論を展開し始めたために彼の考えに追従する形を取っていた。

 

「つまり何か別の目的がある、と考えるのが自然でしょう。そして私が思うに、その目的は――」

 

まるで語り部が聞き手の興味を煽るかのように、そこで一旦言葉を切って無言になった。沈黙の時間が数秒間流れ、一体どんな答えが飛び出すのかと誰しもが気付かぬうちに続きを渇望し始めたところで、アバンはようやく口を開いた。

 

「――ズバリ、空から世界中を観光するため」

「……………………」

 

再び沈黙が場を支配する。

 

「……だったらこんなに悩まなくて済むんですけどねぇ」

「先生~……っ」

 

ポップの口から思わず漏れた短い言葉。だがそこからは「どうしてこんな大事な場面でボケをかますんだ」という強い想いがひしひしと伝わってくる。流石に自省したのか、アバンは少々顔を赤らめつつも仕切り直すように一つ咳払いをすると、改めて考えを口にした。

 

「コホン……では改めて。ズバリ、挑発です」

 

今度は先ほどのような沈黙が訪れることはなかった。

その代わりに訪れたのは困惑。

一体どうしてそんな結論に到ったというのか、誰しもがそこまでの思考の道標を見つけられなかった。とはいえそれはアバンもまた想定の範囲内だったのだろう。すぐさま次の言葉を言い始める。

 

「例えば魔界にはマネマネというモンスターがいるそうです。モシャスの呪文を使い相手そっくりに化けて戦うのが得意だとか」

 

チラリとバランの方を見ると、彼は無言で頷く。それを見たアバンは僅かに胸をなで下ろした。話には聞いていたものの実際にマネマネを見たことはなかったため、魔界にも詳しいバランのお墨付きが欲しかったのだ。

 

「これもいわゆる挑発行為の一つ。お前の出来ることは全部真似できるぞと行動で挑発し、相手の冷静さを奪うわけですね。ついでに言うと、自分が本物なのだから偽物に負けるはずがないという意地も邪魔をするわけです」

「なるほど、手の内を真似されるということか」

「偽物に負けるつもりなど毛頭ないが、確かに良い気はせんな」

 

実際に敵として戦った場合を想像したのだろう、クロコダインとラーハルトが若干苦い顔を見せる。

 

「他にも過去に苦戦した、あるいは敗北を喫した闘い方や戦術をなぞることで、お前の事は全て知っているぞと挑発して冷静さを失わせるという手もあります。今回のバーンの行動はコレに近いでしょう。あちらの世界と同じ行動を取ることで、私たちに圧力を掛けているんでしょうね」

「え……? せ、先生!! ちょっと待った!!」

「はい、どうしましたポップ?」

「闘い方や戦術をなぞるってのはわかりますけど、それをおれたちが知っているってのはどうやって……あぁっ!!」

 

ポップが口を挟んだのは、アバンの考えに疑問を持ったからだ。なるほど確かに、因縁のある事件などを再現されればどの様な相手とて少なからず感情は動くだろう。

だがそれを実現するには対戦相手のこれまでの経験を調べる必要がある。

しかも今回の場合、その行動の出所はチルノの知識という本来ならばどう頑張っても調べようの無い物が源泉だ。

だが、それを真似できるということは――

 

「そのまさかだと思います。考えたくはありませんが、チルノさんが大魔王に捕らわれている以上、思いつく理由は一つしかありません……」

「そんな……!?」

 

そこまで言えば誰しもが気付いていた。ダイが真っ先に悲痛な叫びを上げたが、それは偶然彼が一番早かったからに他ならない。この場の誰もが悲鳴を上げたかったのは間違いないだろう。

 

「そう……彼女が持つ知識を大魔王が知ったのでしょう」

 

全員が絶句する。それは絶望にも似た宣言だった。

 

 

 

 

「それじゃ……まさか、姉ちゃんはおれたちを裏切ったんですか!?」

 

真っ先に正気を取り戻したのはダイだ。アバンの話を聞き、どうしてバーンが知識を知ったのか、その理由を――その中でも最悪の可能性を思い描いてしまい、もはや黙っていることができなくなったのだ。

 

「いえいえ、安心してください。それは違うと思いますよ」

 

顔面を蒼白させ、不安そうな瞳を浮かべるダイを安心させるように、アバンは穏やかな口調でその可能性を否定してみせる。

 

「バーンがチルノさんから話を聞き、それを信じたと仮定しましょう。するとその場合、このような挑発を取ること自体がおかしいんですよ」

「それって……?」

「自身の計画が失敗するだけではなく、大魔王自体も命を落とす――そんなことを知れば、相手の動きはもっと違った物になるはずです。私たちを一気に殲滅に来るとか、魔界から山ほど戦力を連れてきて総力戦を仕掛けるとか……まあ、可能性は色々あると思いますが、少なくとも、のんびりとした動きは見せないでしょう」

 

自身の命が掛かっていれば、その動きはもっと激しい物になるはず。ましてやこの計画は大魔王バーンが水面下でじっくり時間を掛けて進めてきたものだ。その全てを潰されるとなれば、相応の反応があってしかるべきだろう。

 

「なのに相手は挑発したまま目立った動きを見せないという、おおよそ考え得る中で最も迂遠かつ異質な行動を選びました。それは何故か?」

 

だが相手は積極的な動きを一切見せずにいる。それどころか、こちらにヒントと時間を与えるという利敵行動を取っているのだ。

 

「もしも本当にチルノさんが知っていることの全てを伝えていたならば、こうはなりません。どのような手段が使われたのかは知りませんが、大魔王は知識を中途半端に伝えられたのでしょう。その結果、こうなった。誤った知識に誘導された結果と言ったところでしょうかね」

「誤った知識?」

「拷問して口を割った、という可能性もありますが……」

 

拷問という言葉を聞いた瞬間、ダイの内側から凄まじい怒気が発せられた。その勢いにアバンは一瞬気圧され言葉に詰まり掛ける。

 

「な、なんらかの秘薬や呪文を使ったと考える方が自然でしょう」

「秘薬……まさか、ザボエラか?」

 

毒によって操り人形にされかけるという嫌な未来を知らされたおかげで、クロコダインが吐き捨てるように言う。

 

「それはわかりませんが、とにかく正常ではないと考えておくべきでしょう。付け加えるなら、彼女には人質としての価値があるはずなので手荒なことはされていないかと」

「そっか……」

 

駆け足を思わせるように最後に付け加えられたアバンの言葉は、ダイを可能な限り安心させるためという意図があった。その試みはどうやら成功していた。

姉が裏切ったわけではないという根拠を語られ、ダイは少しだけ胸をなで下ろした。

 

「安心できましたか?」

「はい、ありがとうございます」

 

師の言葉にダイは素直に頷いた。未だチルノが危険な状態であることには違いないが、それでも今までよりはずっとマシだと思えるようになっていた。少なくとも闇雲に不安を撒き散らしていた頃と比べれば雲泥の差だ。

 

「ですがダイ、本来ならばあなたが最後までチルノさんのことを信じなければならない立場なんですよ」

「う……」

「そうだな。ディーノよ、そんなことでは愛想をつかされるぞ」

「…………」

 

大人の男二人にたしなめられ、ダイはさきほどまでの姿が嘘のように縮こまっていた。

尤もそのすぐ近くには、恨めしそうな目でアバンのことを睨む某大国の女王の姿もいたりするのだが、幸か不幸かそれに気付く者はいなかった。

勿論、気付いていながら知らん振りをしている者もいない。いないったらいない。

 

「人生訓を教育中のところ済まないが……」

 

いくばくか空気を読みながら、ホルキンスが声を掛ける。

 

「その目論見が分かったところで、どう対処するつもりだ? 大魔王にオレたちの戦力を知られたとあっては、打てる手などあるのか? そもそも、相手の本拠地に乗り込む手段すらオレたちにはないのだぞ?」

「ああ、確かにそうですね。ですが、あまり心配する必要はないと思いますよ」

 

その説明をし損ねていたことを反省しながらも、だがアバンは極めて平然と返す。

 

「まず、相手があちらの世界の行動をなぞっている以上、しばらくは手出しをしてくることはないでしょう。手出しをするつもりなら、もうとっくにやっているでしょうから」

 

本来の歴史ではヒュンケルたちを人質に取り、世界中に(ピラァ)を落とすという目的もあってか、合計すれば最終決戦までにおよそ十日間ほどの猶予があった。相手がそれをなぞっている以上、似たような期間は動きを見せないと考えて良いだろう。

 

「そして乗り込む手段ですが、これも相手がなぞってくれるのであれば悩む必要は無いでしょう。ミナカトールは私も契約しましたし、意外と向こう方から迎えにやってくるかもしれませんね」

 

――ただ、相手に時間を与えた分だけ罠には注意が必要ですが。

 

と最後にそう締めくくる。

 

「そして戦力についてですが、こちらは簡単です。相手の知識の源泉はチルノさん。ならば私たちは、彼女が知らない力を身に付ければ良いだけですから」

「知らない力、ですか?」

「奇策と言い換えても良いでしょう。個人個人の実力を高めるのも悪い手ではありませんが、大魔王バーンの自力に追いつくには到底足りません。ならば差を補うための手段として相手の意表を突くわけです。どこか一点でも大魔王に勝っている部分を用意し、それを磨き上げて己の牙とするのです」

 

かつてアバンがハドラーを相手にしたときと同じようなもの。

魔族のハドラー相手に人間のアバンではどれだけ研鑽を積んでも限界がある。その状況を打破した力こそが、かつて偶然撃ち出す事が出来たアバンストラッシュを初めとする刀殺法の数々だ。それを極限まで磨き上げたからこそ、ハドラーを倒すにまで至れたのだから。

 

「というわけで、これからの時間は最後の特訓に充てたいと考えていますが……いかがでしょう?」

「異論は無い。だが私はディーノを鍛えさせてもらうぞ」

 

確認のためにと、年長者であり最強の実力者でもあるバランへと提起したところ、意外なほどにすんなりとした答えが返ってきた。

とはいえその答えはアバンにとっても充分に予期していたこと。(ドラゴン)の騎士を鍛えられるのはバランを置いて他にはいないことは重々承知の上である。

 

ならば、とアバンは残る者たちの訓練役を買って出る。

話がまとまり、一度死の大地からギルドメイン大陸へと戻ろうとしたところで、アバンは言い出しにくそうにしながらも口を開いた。

 

「ホルキンス、ノヴァくん」

「何だ?」

「は、はいっ!」

 

突然名を出され、ホルキンスは意外そうに。ノヴァは緊張した面持ちでアバンを見る。だが彼はそのいずれにも反応を示すことなく、少しだけ思案顔になる。

 

「それとカール騎士団の皆さんも何人か、お願いしてもいいですか?」

 

お願い、と言いながらも何をやらされるのか。不安になりながらも、数名の騎士たちが頷く。それを見たアバンは、渋面をさらに渋らせながらも言う。

 

「……非常に申し訳ないのですが、皆さんには少々やって貰いたいことがあります」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

アバンの提案を受け、ダイとラーハルトはバランと共に。マァムは――いつの間にかこの場に姿を表していた――ブロキーナの手ほどきを受けて。残るアバンの使徒やクロコダインらはアバンの元にてそれぞれ修行を行っていた。

特筆すべきはレオナがアバンに手ほどきを受ける時間が多かったということだろう。彼女がアバンの教えを受けたのは、本来の歴史では半日も満たなかったのがこの世界ではある程度の日数を設けることが出来たのだ。

彼らは押し潰されそうな不安と、それに負けぬ希望を胸に抱きながら日々を過ごしていく。

 

なお修行場所は環境の問題から死の大地ではなく、一旦大陸に戻りカールの地にて行われていた。一度接岸までしておきながら、多くの人たちが何をするわけでもなく戻るという結果になったことに無力感すら覚えていたが、僅かながらそれに当てはまらない者たちがいた。

 

「死の大地……なんとも無味乾燥な場所ですね」

「自分の様なものがこうして足を踏み入れる機会があるとは、思ってもいませんでした」

 

数名のカール騎士たちが小さな声でそう呟き合う。彼らはアバンの要請を受け、すぐに戻ることなく死の大地に残った者たちであった。

動植物を含め、自分たち以外は一切の生命の気配すら感じない死の大地の光景に恐怖と興味を抱えながらも、力強い足取りで奥地へ向けて歩みを進めていた。

 

「無駄口は叩くな。居城が空に浮かんだとはいえ、ここは敵の本拠地であったのは間違いない。どこに魔物が潜んでいるか分からんのだ」

「申し訳ありません」

 

それを聞いていたホルキンスが注意の声を口にする。

危険性は大幅に下がったとはいえ、気を抜くには早すぎるというのに……と部下たちの行動に内心で溜息を吐き出しつつ、とはいえ彼の心中も同じようなものであった。

未知の大陸を進むという恐怖と好奇心。そして、どうせならば戦いの為にこの地を歩きたかったという僅かな無念を押し殺しながら。

 

「ホルキンス団長……やっぱりボクは……」

「不服か?」

「……ええ。音に聞こえた勇者アバン様の頼みだからこそ、引き受けましたが……」

 

しばし無言の時間が続いていたが、やがて同行者のノヴァが不安そうに口を開く。一見、素直に従い任務を忠実に実行しているように見えたが、やはりまだノヴァは若い。

ましてやこれから行おうとするのは、提案者のアバンですら渋面を作る程度のことなのだ。汚れを嫌う彼の感性をホルキンスはどこか懐かしく感じていた。

 

「それは、これから行うことへの不満か? それとも……自分もアバンに鍛えて欲しい。彼らと共に肩を並べて戦えない自分への不満か?」

「それ、は……」

 

そう尋ねられ、ノヴァは言葉に詰まる。だがそれもつかの間のこと、すぐに二の句が出てきた。

 

「両方、です……多分ですが……」

「ははははは! 案外素直だな! だが、その気持ちはわからんではない」

 

てっきり不満を押し殺すのかと思っていたが、どうやら彼は考える以上に貪欲でワガママだったようだ。リンガイアの地にて北の勇者と呼ばれていただけのことはあると感心しながら、ホルキンスは吹き出していた。

 

「なに、心配するな。この仕事を提案したのはアバンで、責任者はオレだ。いざとなったら全部オレたちに押しつければいい。それにこの仕事が終われば、ダイたちと訓練する時間もできるだろう」

 

そして若い彼の悩みを吹き飛ばすように、口早に告げる。本当はもっと大声で、励ますように伝えてやりたかったのだが、部下たちのおしゃべりを注意した手前もあってその声は小さめだった。

ただ、その代わりにと一つサービスする。

 

「ま、それでも足らなければ、オレが相手をしてやる」

「ええっ!?」

「倒れるまで付き合ってやろう。まあ、アバンに比べれば劣るかもしれんが……」

「いえっ! そんなことは!!」

 

ノヴァが北の勇者であれば、ホルキンスはカール最強の剣士とすら呼ばれた男だ。その彼に直々に稽古を付けて貰えることが、ましてや他国の人間である彼ならば、それはどれほどのことか。

 

「なら、この仕事をとっとと終わらせるぞ。たしか、話ではそろそろのはずだが……」

 

喜色を浮かべる少年の反応に満足しながら、ホルキンスは周囲を見回す。景色は相変わらず殺風景であるため、景観から目的地を捜すのは困難であった。そのため移動に掛かった時間から逆算していた。

 

「……あったぞ。これか」

 

その計算は正しかったようだ。目的の物はすぐに見つかり、だがそのいずれもが元の形を残していない。その光景から窺える凄惨さと、それでもなお輝きを放つ金属の姿。

また、これだけの量を目にすることなど一国の王であっても不可能である。それらの驚きが混ざり合い、全員が知らず知らずに声を上げていた。

 

「思ったよりも重労働になりそうだな。アバンめ、戻ったら覚えていろ」

 

そう口にしながらも、ホルキンスはニヤリと笑っていた。

 

 

 

 

「どうか、お願いします」

 

アバンは深々と頭を下げる。その先には、詰まらなそうに明後日の方向を向くロン・ベルクの姿があった。

 

「話はわかった。だが、結論から言えば無理だ」

「どうしても、無理でしょうか……?」

「無駄だ」

 

嘆息と共に断るロン・ベルクに向け、アバンはなんとか食い下がろうとする。だがどれだけ頼んでも答えは同じであった。

 

「まあ、少しでも強い武器を持たせてやりたいという親心はわからんでもない。奴らが武器の強さに恥じないだけの使い手であることも、オレは認めている。だがな……」

 

そこまで口にすると、ロン・ベルクはアバンの用意した物――とある手段(・・・・・)で手に入れたオリハルコン――を一瞥する。

 

「大魔王の強さの前には、少々の強化など無駄だ。たとえオリハルコンといえども、持ち手にあったそれぞれの武器を作らにゃ意味が無い。そして全員分を揃えるには時間が足りん」

「やはり、無理ですか……?」

「中途半端な物ならば出来るが、そんな物を作るのはオレのプライドが許さん」

 

アバンが頼み込んでいるのは、ヒュンケルやマァムらにもオリハルコンの装備を用意できないかということであった。その為の素材となるオリハルコンも用意している。

だが肝心の鍛冶師ロン・ベルクが首を縦に振ることがなかった。

 

かつてダイの剣を打つ際に「剣を振るう者の魂の声を聞かせなければただの剣へ成り下がる」と口にしていたように、一人一人の武器を用意するには鍛冶の最中に立ち会わせなければならない。となれば特訓を中断する必要がある。

それに加えてロン・ベルクの体力も問題なのだ。ダイの剣一振りを作り上げるだけでも魂を削るほどに疲弊していたというのに、それを更に複数人分となれば、到底決戦に間に合うはずもない。

 

アバンもそれを理解しており、苦肉の策として彼らが現在装備している武器にオリハルコンでコーティングするなどして強化できないかと尋ねたが、結果は前述の通り。

大魔王を相手にその程度の小細工は付け焼き刃にすらならず、そもそも伝説の金属を使ってそんな中途半端な仕事をするなど鍛冶師としての誇りが許さずにいた。

 

「しかし、こんな手段を取るとは……もっと甘い、優男のようなイメージを持っていたが……」

 

用意されたオリハルコンの素材(・・・・・・・・・)を見ながら、心底意外そうにロン・ベルクは呟く。

 

彼が持ってきた素材の正体、それはハドラー親衛騎団の残骸だ。

 

ホルキンスらに頼んでいた内容の正体がこれであった。

素材とするため、死の大地から親衛騎団の亡骸を回収してくるということ。だがそのようなことを告げられればノヴァが忌避感を示したのも当然の反応だ。

だが残骸となっていようとも、彼らはオリハルコンから生み出された存在。その肉体はオリハルコンであり、武具の素材としても充分に使える。

 

――倫理観さえ無視すれば。

 

それは喩えるならば墓場から死体を掘り起こし、まだ使えるパーツをより分ける行為とでも言えば良いだろうか。そんな口にするもおぞましい手段を、勇者アバンとまで呼ばれていた男が選ぶなど想像の埒外であった。

 

「そこはそれ、私も教え子たちを失いたくはありません。後世の人間に"悪鬼羅刹の所業"と罵られようとも、彼らの為ならば心を鬼とします」

 

何もアバンも自ら好んでそんな手段を選んだわけではない。それはホルキンスたちにこの仕事を頼む際の反応からも明らかだ。

だが敵は想定以上に強力になるというのであれば、ダイたちの生存の可能性を少しでも上げてやりたい。

進んでやりたくはないが、必要とあれば文字通り何でもやるという強い覚悟を持っていた。

 

「だがな……どれだけ頼まれようとも……!?」

 

目の前の相手からの決意を肌で感じつつも、実現は不可能である。

オリハルコンの素材(親衛騎団の残骸)を眺めながら返事を口に仕掛け、不意にその言葉が途切れた。

それ以外の全ての興味を失ったように、ロン・ベルクはただひたすらオリハルコンの素材(親衛騎団の残骸)を凝視し続け、やがてゆっくりと顔を上げた。

 

「気が変わった。これならやれるだろう」

「えっ!?」

「これらの素材はオレの小屋まで運ばせてもらうぞ。あそこなら道具も設備も揃っているからな。それと、奴らの武器を持ってこい。この大仕事に不可欠だからな。作業の間は、少しでもレベルアップするように厳命しておけ」

 

一体何を感じ取ったのか、突如として乗り気になったロン・ベルクの態度に驚かされるのはアバンの方であった。

 

「いえ、ちょっと待ってください。武器を作り上げるには、振るう者の魂の声が必要なのでは!? それに彼らの武器とは!? そのような中途半端な仕事では意味がないとご自身で仰ったはずでは!?」

 

鍛冶をやってくれることは喜ばしいが、ならばどうして使い手の協力が不要なのか。

どうしてヒュンケルらの武器が必要なのか。必要とするならば、それは自らが口にしたように、付け焼き刃程度の結果にしかならないのではないか。

 

「それはな――」

 

ロン・ベルクの一言で、アバンが矢継ぎ早に投げた質問の答えが氷解した。

 

納得したアバンは彼の元へとヒュンケルらの武器を届けた後、仲間たちの特訓へと合流する。その間、何を聞かれても「出来上がりを楽しみにしていてください」とお茶を濁すだけだった。

 

やがて、時は満ちる。

 




ある意味で禁断の方法によるオリハルコン強化を決断。
こんな風にオリハルコンの素材が取れるかは不明。
今回は「可能である」ということで、どうか一つ。

まあ、ロンが何を感じ取ったかバレバレな気がしますが……
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