天空より巨大な居城が大地へ向けてゆっくりと降下していく。
その光景は、この一部分だけを切り取ってみればとても幻想的かつ神秘的なものに見えるだろう。
事実、その城は白亜の御殿と呼ぶに差し支えないほど優雅な外観をしており、全体を見渡せば巨大な鳥が翼を広げたような形状をしている。何も知らない者がこの瞬間を目にすれば、天からの使者が純白の鳥の背に乗り、地上を救済するために姿を現したと思ったとしても仕方ないだろう。
だが、この光景を間近で見ている者たちは皆、この城の正体を知っている。荘厳なる城の名は
ダイたちは、見る者を焦らすかのようにゆっくりと降下していく
「まさか本当に向こうから、しかも迎えに来てくれるとは思いませんでしたね」
驚嘆の混じった声をアバンは零す。
十二分に予測の範疇だったとはいえ、実際に自らの目で確認すれば思うところはまた別にあるらしい。さも自信満々に言い放ち相手の狙いを正確に読み取ったように見せていたが、そもそもバーンたちが一定期日まで待ってくれる保証などどこにもない。
突然気が変わり、堅実な手段でダイたちを打倒にくる可能性もゼロではなかったのだ。
まあ、バーンの性格から判断すれば一度決めたことを容易に翻すことは無いだろうことも計算に組み込まれていたが、絶対がないことをアバンは良く知っている。
「それも私たちの居場所をちゃあんと把握していたようで……いやはや、大魔王軍の情報収集能力には毎回舌を巻きますよ」
とあれ、それを全員の前で悟られるわけにもいかない。
どこか戯けた口調でバーンたちの行動を評しているその姿は、内心の動揺を押し隠すためのものでもあった。
「お前の言う通りの結果になったな、アバン」
「さっすが先生!」
「いえいえ、このくらいは読み取れますよ」
教え子たちの声に手を上げて軽く応じながら、ここまでは順調とばかりにアバンは誰に気付かれることもなく胸をなで下ろした。
「それよりもこれが決戦です、もう後戻りはできません。皆さん、忘れ物はありませんか?」
「忘れ物って……」
「大丈夫です!」
「ああ、問題はない」
ダイとバランはいつでも行けるとばかりに声を上げるが、彼らには文字通り問題はなかった。だが彼らとは別に懸念となる者たちが存在している。
「お前ら、装備に違和感はないか?」
「無論だ」
「当然」
「自分の身体の一部に感じられるくらいには使い込んだつもりよ」
「正直、持て余しているほどだ」
「どこまで扱いきれるかわからねぇけどな」
ロン・ベルクの問いにヒュンケルらは、それぞれが感想を口にしていた。
彼らは皆、新たにオリハルコンによって補強された装備を渡された者たちである。この決戦となる日より数日前、完成した新たな装備を受け取り、それらを手に馴染む程に使い込んでいた。
時間からすれば短いものの、マァムの言葉ではないが腕の延長線となる程度には使い込んでおり、その攻撃力はクロコダインが恐れるように使い手たちが恐れるほどだ。正直、補強しただけとは思えないほどの性能を誇っていた。
「そうか、そいつは良かった。そいつらも喜んでいるだろうよ」
全員の感想を聞きながら、ロン・ベルクは薄笑いを浮かべる。だがその少々不可解な言い回しに違和感を感じたラーハルトが首を傾げた。
「……そいつらも?」
「そうだ。お前たちが今、手にしているだろう?」
我慢できなくなったのかとうとうクククと笑い声を零し始めた。だがロン・ベルクはそれ以上は語ることもなく、彼らに小さな棘のような疑問を残させてたまま今度はアバンの方を向いた。
「それとアバン、お前さんには特別な餞別だ。直前に渡す羽目になったのは悪かった」
「これは……?」
そう言いながら差し出されたのは一振りの剣だった。鞘の中に納められた、見た目だけで判断するのならば何の変哲もない剣。アバンはアバンで自分用の剣を用意してあるのだが、なにしろ名高い鍛冶師の打った物なのだ。困惑しつつもそれを受け取る。
「抜いてみな」
そして促されるままに剣を引き抜いた。
「これは!!」
「ええっ!?」
「うおっっ!」
「なっ……!?」
その刃を見た途端、アバンは我慢しきれずに声を上げていた。いや、アバンだけではない。この場にいた全ての者が、その刃の輝きに魅せられ、悲鳴のような声を上げる。
彼らが驚くのも無理はない。
何しろそれは、ダイの剣や真魔剛竜剣と同じくオリハルコンによって作られた剣であったのだから。
「しかし、どこかで見たことがあるような……」
刀身の形状は直刀、鍔の部分は手を保護するように丸くドーム状になっている。そこからさらにハンドガードの為の金属が伸びており、その先は柄尻にまで繋がっていた。柄の長さも相まって、両手で使うことを想定していない完全に片手専用の剣だ。
その剣をしげしげと眺めながら、アバンは誰に向けるわけでもなく呟いた。視点を変え角度を変え、些末な見逃しすら残さないように観察していく。そうしていく最中で、記憶の奥底から僅かに引っ張り出されたような武器の姿。
だがどこで見たのか詳細に思い出すことができない。心の奥がモヤモヤするようなそんな歯がゆさを味わいながらも、やがて何かに気付いたようにアバンは剣から目を離した。
「いえ、ですが私はこれを受け取る資格はありません! これほどの物があるのならば、他の者に渡した方が……!!」
剣を使うというならば、もはやヒュンケルの方が腕前は上だ。そうでなくとも、ホルキンスのような使い手もいれば、まだ若いが勢いのあるノヴァのような者もいる。もしもこの剣を最も効果的に使うのであれば、彼らに渡した方がよほど有意義だろう。
そう思い直し剣を突き返そうとしたが、だがそれは他ならぬロン・ベルク自身の手によって止められる。
「そいつはお前の為の剣だ。今さら他のヤツに回されても剣が泣く。精々使い潰してやれ」
「はあ、そうなのですか……? ありがとうございます」
その語り口調から、どうやらこれはアバンの為に作られた物だということはわかった。それは単純に嬉しいのだが、同時に小さな疑問も覚える。
――使い潰してやれ、ですか。
噂に聞いたロン・ベルクの人柄からすれば、到底有り得ないはずの言葉。何故そんなことを口にしたのか、その真意を考えながらも今考えることでは無いと思考を切り替えた。
「さてそれでは……いえ、これ以上は私の出る幕ではありませんね」
全体に向けて声を掛けようとして、だがこれはもはや自分の役目ではないと思い直し、アバンはダイへと場所を譲る。
「さあダイ、はりきってどうぞ」
「えっ、おれ!? えーと……」
唐突にお鉢を回され、代表として全員の前に出されたことに当惑し目を白黒させながらも、ダイはやがて前を向くと叫んだ。
「行こう、みんな!」
力強いその言葉に全員が「おうっ!」と短く賛同する。たった一言だが、それだけで彼らの精神は高揚していた。
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「バーン様、
「うむ」
老いた姿のバーンは玉座に座したまま、その報告に一つ頷いて応じる。彼の視線の先にはミストバーン、キルバーンとザボエラ。そして未だ
「キヒヒヒヒ、いよいよですなバーン様」
「どうやら勇者たちはこっちの意図を正確に読んでくれたみたいですね……まあ、それもすぐに無駄になるんですけど」
ザボエラとキルバーンは、これからの時間が待ちきれないとばかりに血気に逸った姿を見せる。その勢いは、味方であるはずのミストバーンが呆れるほどだ。
「当初の予定通り、このチルノを先陣として出撃させますじゃ! なぁに、あの正義ヅラをしたやつらのことですから、身内と分かれば途端に手を出せなくなります! あとはまとめて命を奪えば……キィ~ッヒッヒッヒッ!!」
それもそのはず、何しろ彼らは彼らで大魔王軍とは別の狙いをしているのだから。
その目論見が吉と出るか凶と出るかは、この時点では誰にも分からない。だが成功させねば、下手を打って露見しようものならば、彼らの命も無いのだ。
ならば否応にも気合いが入ろうというものである。
おさらいになるが、彼らの狙いはヴェルザー陣営としてバーンの討伐だ。
そのための第一の策として、チルノを埋伏の毒とすることを考えていた。今なお呪文の影響下にあって正気を取り戻せていない彼女とダイたちとを戦わせ、適当なところで正気に戻ったように演出する。
だがその実は操られたままであり、ダイたちを自分たちの意のままに操る為の人質として使おうというのが真の狙いだ。
そのための仕込みとして、今なお彼女の耳元には
だが計画を実現させるには、兎にも角にも最初に出撃させてダイたちの元へチルノを仕込まなければならない。とはいえそれは既に進言済み了承済みのため、楽な仕事になるはず。
あとはこのまま出撃するだけと、そう考えていたときだ。
「余も異論はない。任せる……ただ……」
「なっ……何か……??」
ザボエラの顔色が途端に曇る。
今まさにこれから出撃準備に入ろうかというところでバーンの言葉を聞き、何か落ち度があったかと勘ぐりすぎた結果、かく必要のない汗を一つ垂らした。
「そう急くな、何も咎めるわけではない。ただ、戦いに出る者に手向けの品くらいは贈ってやろうと思ってな……ミストバーンよ」
「はっ!」
だがバーンはそのザボエラの様子など歯牙にも掛ける様子はなかった。興味なく視線を外すと、ミストバーンを呼びつける。
「これをあの娘の首に掛けてやるがよい」
「……っ! かしこまりました」
何事かと傍らまで寄ってきたミストバーンに向け、バーンは懐からある物を取り出す。
それはペンダントだった。
チェーンが付いており、先端の装飾品にはチルノの胸元を飾るには少々不釣り合いに感じさせるメダルのような物が付いていた。
かつてバーンが贈った暴魔のメダルをどこか連想させるそれは、だが暴魔のメダルよりもよほど禍々しい気配を放つ。漆黒に彩られたメダルには魔方陣のような文様が刻まれている。
手渡されたそれを見たミストバーンは一瞬動きを硬直させたのち、何ごともなかったかのように丁重な態度で頷き、そしてチルノの傍まで歩み寄った。
「どうした? 首をだせ」
「………………」
だがチルノは何も反応することはなく、ミストバーンの声を聞いてもなお動くことはなかった。一体どこを見つめているのか焦点の定まらぬ瞳のまま、ただ控えの姿勢を取り続けている。
「……チルノ、付けてもらいなよ」
内心で大きな舌打ちを一つしながら、キルバーンは声を絞り出した。
耳飾りの効果によって声を聞こえなくしたことが、ここに来て裏目に出ていたらしい。気付かれたかと己の行動の迂闊さを悔やみながらも、もはやどうすることも出来ない。
それはザボエラも同じ気持ちであり、滝のような汗を流しながら微動だにせずにいた。
やがてペンダントはチルノに掛けられ彼女の胸元を鈍く彩る。
彼女の仲間たちが身に付ける
「余が手ずから拵えた代物だ、光栄に思え。これを身に付ければ
だがバーンはチルノの無反応、そしてキルバーンの不自然な言葉を見聞きしているというのに何ら反応を見せることはなく、ただ口の端を薄く釣り上げただけだ。
「…………っ!」
キルバーンは思わずピクリと身体を震わせた。
バーンの無反応という反応、そして直前の言葉が繋がり、一つの推論が彼の頭の中に組み立てられる。
――まさか……!!
「どうしたキルバーンよ? 何か不都合でもあったか?」
「いえ、何も……」
今度ははっきりと、愉悦を含んだ微笑をバーンは浮かべていた。
――そういうことか……だけど、まだチャンスはある。
内心の動揺を悟られぬようにしながら、キルバーンは必死で状況の再整理を行う。
もしも全てが露見していたというのであれば、このような迂遠な方法を取るとは考え難い……ならばこれは、こちらの目論見を潰そうという布石……いや、ただ確実な手段を選んだだけに過ぎないのか……?
「……?」
頭の中で凄まじい葛藤と推測を続けるキルバーンを余所に、ザボエラはこのやりとりの裏の意味までを読み取る事が出来ずに首を傾げていた。
「後は任せたぞザボエラ、そしてチルノよ」
「そ、それでは失礼いたします……吉報をお待ちくだされ……ホレ、行くぞチルノ」
「はい……」
ただ、やはりそのペンダントに思う所はあったのだろう。
正体不明の不気味さと薄気味悪さを感じながらも、それを特に疑問として口に出すこともないまま、チルノを伴って部屋から出て行こうとする。
――ザボエラ君はどうやら気付いていないようだね……困るなぁ、まだ二人には役割があるっていうのに……
もしも全てがキルバーンの想像通りであれば、それは彼にとってはとても面白くない結果になるだろう。
だがどれだけ文句があろうとも、この状態でバーンを相手に面と向かって文句など言えようはずも無い。
彼に出来ることは、歯噛みし、吐き捨てたい衝動を抑え込みながら出撃する二人をただ見送ることだけだった。
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「しっかし、何の反応もないってのはなんとも薄気味悪いな……」
緊張に耐えかねたようにポップが一つ愚痴を零す。
彼らは現在、
ダイたちは軍勢の先頭に立っており、その様相はまさに大軍を率いる勇者のような姿であった。
「油断しないでポップ君、敵がこうやって静かな場合は誘い込む罠の可能性が高いんだから」
「おっ、さすが姫さん。授業の成果が出てるみたいだな」
茶化すようなその言葉にレオナは少しだけ顔を誇らしげにする。
この数日間の準備期間の間、彼女は暇を見てはアバンから授業を受けていた。とはいえその内容は戦闘技術や新たな呪文ではなく、賢者としての物の考え方――ひいてはアバンの思考方法に近い内容だ。
期間こそ短かったものの、彼女の胸元にも卒業の証が揺れていた。
出発してから既に時間が経ち、既に
呪文の一つでも唱えれば遠距離からも充分攻撃可能で、城の壁に焦げ目の一つくらいは作れる程度の距離にまで肉薄していた。
それはつまり、敵側からも攻撃を仕掛けられるということを意味している。
ましてやダイたちは現在、敵地に近寄っているのだ。
古来より「攻める側は守る側の三倍の戦力が必要」などと言う。
ましてやどのような罠が仕掛けられているか未知数であり、一歩足を踏み入れた瞬間に大勢の人間が命を落とす可能性もあるのだから、慎重になるのは当然だった。
先のポップをたしなめる言葉も、そうした授業の成果といえる。そして、その成果が確実に発揮出来た気がして、顔がにやけるのを止めきれなかった結果でもあった。
「いやいや、充分な時間が取れずに申し訳ない。この戦いが終わったら改めて時間を取りますので許してくださいね」
「褒めるのは良いんですが、先生……その姿は何とかならなかったんですか?」
「これですか? 一応用心の為にと思って」
そう声を掛けるマァムの視線の先には、アバンの姿が
声はすれども姿は見えず、だがそれは決して不可思議なことではない。アバンは破邪の洞窟の奥地から見つけた特殊なマントを羽織い行軍に参加していた。
これは身に付けることでレムオルの効果を発揮し、装着者の姿を透明にすることが出来るというするという代物だった。
とはいえ音は消せず、激しい動きをすると透明化が解除されてしまうという欠点もあるのだが、使い方次第では不意打ちや暗殺に絶大な効果が期待できる。
「私は死んだと思われてますからね。まあ、チルノさんが魔王軍に話してしまった可能性もありますが……そうだとしても姿が見えないのは絶大な利点の一つですから、損はありませんよ」
明らかに何もないハズの空間からアバンの声が聞こえてくるというシュールな光景ではあったが、相手がアバンだと思うとダイたちの誰もが納得できた。特にフローラなどは、彼の行動にいち早く順応するほどである。
「キィ~ッヒッヒッヒッ!! よく来たのう勇者どもよ!!」
「この声、ザボエラか!!」
不意に辺りに耳障りな甲高い声が響く。
その声がした途端ダイたちは当然、騎士団らも瞬時に警戒態勢を魅せる。そしてクロコダインは声の主に直ぐさま気付き、周囲を見回しながら叫んだ。
「じゃがここがお主らの墓場となる!! 無駄な抵抗などせず、自刃でもしたらどうじゃ!?」
「黙れッ!! オレたちがその様な言葉に屈するとでも思ったか!!」
「フン! 低脳トカゲが吠えるでないわ!! そもそも貴様らの相手はワシではない! こやつじゃよ!! やれいっ!!」
そう言うが早いか、空気を切り裂く鋭い音が聞こえた。次の瞬間、
「ッ!!」
真っ先に反応したのはダイであった。彼は腰に差した短剣を瞬時に引き抜き、真っ先に前へと飛び出ると短剣で刃を受け止める。
その時には、誰の目にも明らかとなった。
蛇のように細く長い鞭に無数の刃が連なった異質な武器の姿が。
「この攻撃……この武器は!!」
ダイの言葉を裏付けるように、真っ赤な髪に褐色の肌を持つ、漆黒のドレスを身に纏った少女――
「姉ちゃん……!!」
――チルノが姿を現した。
ちょっと短め。キリが良かったの。