隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:104 今度はおれの番

チルノがダイたちの前へと姿を現し、攻撃を仕掛始めた。

その様子は悪魔の目玉を通じて大魔宮(バーンパレス)内部の大魔王たちも直ぐさま届けられる。

映し出されるその光景を見物しながら、バーンは微かに目端を緩ませた。

 

「ほう……ダイが迎え撃ったか。ならば少々面白いことになるかもしれんな」

 

最も関係の深い仲であるはずのダイとチルノとが争い合う。

その結末は果たして、ダイが愛する者を手に掛けるのか、それとも正気に戻ることを願いながら黙って討たれるのか。はたまた全く別の第三者がチルノを打ち倒し、ダイに深い憎悪の念を植え付けるのか。

それとも――最も詰まらない結果になってしまうのか。

いずれにせよ負けの未来(・・・・・)だけはないことを確信しながら、バーンはいずれかの未来に辿り着くのか思いを馳せる。

 

「……バーン様、質問を宜しいでしょうか?」

「なんだ?」

「あのペンダントはまさか……」

「気が付いたか?」

 

観戦中だった為に遠慮がちなミストバーンの言葉に頷けば、予想外の質問だった。自らの部下の目聡さにバーンはもう少しだけ笑みを深くする。

 

「そう、お前の想像通り。あの正体は黒の核晶(コア)だ」

「……ッ!!」

 

微かに息を呑む声が響く。予想通りのその反応に満足しながら、更に言葉を続ける。

 

「ザボエラがハドラーを超魔生物へと改造した際に取り外した物が余っていたのでな。使い道がなくなった道具の再利用というわけよ……尤も、一見しただけではそれと分からん程度には細工してあるが……」

「危険過ぎます! 大魔宮(バーンパレス)にも近すぎますし、最悪の場合あの娘が自爆を狙ってこちらに玉砕を仕掛けてくる可能性も……!!」

 

大魔王の言葉を遮る形で、ミストバーンは悲鳴のような声を上げた。

黒の核晶(コア)の恐ろしさは魔界に住まう者ならば誰であろうとも知っている。ましてや今回は、それを自分たちの膝元近くで使おうというのであれば、ミストバーンの言葉も十二分に頷けるものだ。

 

「案ずるな、あの黒の核晶(コア)はそこまでの破壊力はない。元々ハドラーが敗れた際に、万が一で用意した物だからな。あの辺りならば爆発したとしても大魔宮(バーンパレス)まで影響は及ばん」

 

だがバーンとてその程度は計算の上である。

本来の歴史ではバランが全竜闘気(ドラゴニックオーラ)を消費せねば押さえ込めぬほどの威力を誇っていたが、あれは超魔生物となったことで溢れ出るほど強力な魔法力を無尽蔵に吸収しつくしてしまった為だ。

本来の状態であれば、それほど絶大な破壊力にはならない。

 

「精々が、周囲の者を吹き飛ばす程度よ」

「で、ですが……気付かれてしまっては逆に利用される危険性が……!」

「故に一見しては分からんように小細工を施してあるのよ。何か危険が――こちらにとって不都合となる事が起これば、即座に爆破させる。それにあれは、装着すれば易々とは外れぬ呪いが掛けてある」

 

死の首飾りや呪いのベルト、破壊の剣などのように暗黒の祝福を受けた装備というものが存在する。それと同様に、あのペンダントは一度身に付ければ外せぬ仕組みになっていた。

 

「見つけることも外すこともできぬ爆弾をどうやって解除する?」

「…………」

「だから言ったであろう? 何者にも負けはせぬ(・・・・・・・・・)と。ま、少々惜しい気はするが……背に腹は代えられぬというやつよ」

 

その問いかけにミストバーンは返事ができなかった。

確かにこの難題は、そう易々と解けそうにない。ましてやダイたちのような人間ならば、叶わぬ希望に縋り続けて全滅するという可能性もゼロではないだろう。

バーンの言葉通り、確かに負けはない。

黒の核晶(コア)によってチルノ一人が犠牲となるか、それともチルノがダイたちを皆殺しにするのか。はたまた全員仲良く黒の核晶(コア)の犠牲となるのか。考えられるのはそのくらいだろうか。

ただ、少々惜しいという言葉の真意だけは図りかねていたが。

 

「のう、キルバーン?」

 

続いてバーンは、無言を貫く死神へと声を掛ける。

 

「お主ならば、この状況にどう対処する……? 忌憚のない意見を聞かせてくれぬか」

「ウフフフフ……バーン様もお人が悪い。ボクにどうしろって言うんです?」

「なに、ほんの戯れよ。ほんの、な……」

 

微笑を崩さぬままのバーンの姿に、キルバーンは言葉を濁すのがやっとだった。

 

 

 

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「姉ちゃん! どうして!?」

「…………」

 

ダイが悲痛な叫び声を上げるが、チルノは何も言葉を発することはなかった。無表情のまま虚ろな瞳を浮かべたまま、ガリアンソードを引き戻すと再び鞭のようにしならせてダイへと攻撃を仕掛ける。

 

「このくらいなら! ……えっ!?」

 

再び攻撃を受け止めようとするが、その直前でガリアンソードの節は直角に曲がり、ダイを無視したまま彼の背後目掛けて襲いかかる。

真の狙いは後ろに控えていたポップとレオナだ。

 

「うわああっ!」

「きゃあっ!!」

 

直接戦闘力では下から数えた方が早い相手を狙い、素早く回避しにくい方法で仕留めるという腹積もりだった。ヒュンケルやクロコダインのような腕前を持つのならば反応することも回避や受け止めることも可能だろうが、彼らではそれも望むべくもない。

ましてや変則的な動きを見せるガリアンソードの攻撃は、ダイであっても油断すれば傷を負う。その動きになれぬマァムらの反応は自然と遅れ、後衛であるはずのポップらに攻撃を許してしまった。

 

「ああ……っぶねえぇぇっ!」

 

だが寸前で攻撃は止められていた。

ポップが咄嗟にブラックロッドを構え、アタリを付けて振るう。それが偶然にも功を奏し、どうにか無傷で凌ぐことに成功していた。それもオリハルコンで細工を施した部分で。

仮に他の場所で受け止めていたならば、技量差でポップは少なからずダメージを受けていただろう。

 

「…………」

 

だがそんな幸運は何度も続くはずがない。何しろ受け止めた張本人ですらこの結果に驚き、目を白黒させているのだから。

二の矢を継げないその間隙を突いて、チルノは再び剣を戻す。

 

「ダイ! 忘れたか!! チルノが正気じゃねぇってことを!!」

「で、でも!!」

 

剣を戻させるのは再度攻撃の機会を許すことになるのだが、ポップはそれを止めることは無かった。彼の能力では上手く止められないというのも事実だが、それ以上にダイに向けて叫ぶことを選ぶ。

 

「もしも何らかの事情でバーンの手先になっているんなら、あの表情は不自然だ!! どんな手段かは知らねぇが、操られているのは間違いない!!」

「毒か呪文……その辺りが妥当なところでしょうね」

「どのみち、手荒な真似になるのは避けられねぇんだ! 乱暴な手段を使ってでも止めねぇと、どんどん被害がデカくなるんだぞ!?」

「う……」

 

レオナの分析も、ポップの言葉もどちらも信用出来る話だ。だがダイの心の中で最後の踏ん切りがつかない。

 

「ダイ様、ここはそうすべきかと……」

「ディーノよ、私も賛成だ。お前が出来んのならば、私がやるぞ?」

「うう……でも、どうすればいいのさ!?」

 

解毒をすればいいのか、それとも呪文の影響から解放すればいいのか。チルノが現在どうなっているのか詳細な状況を知らぬダイでは、迷いが出るのは仕方ないことだった。

そして、ラーハルトらの言葉も正論ではあることは理解できるが、それでも姉に手荒な真似をするのはどうしても抵抗が生まれる。だが同時に、自分でやらなければならないということも理解しているのだ。

 

「知らん! 四肢を縛り上げるか、それとも気絶させてでも止めるぞ!!」

「そんな!」

 

父の乱暴過ぎる言葉に抗議の声を上げるが、現状ではそうでもしなければ止められない。覚悟を決めようとするが、流石にチルノに時間を与えすぎた。

 

「……【魔法剣ファイガ】」

「むっ、マズい!! 注意しろ!!」

 

ヒュンケルが警戒するように声を張り上げた。

チルノの持つガリアンソードはメラゾーマの火炎にも負けぬほどの猛火に包まれる。その破壊力を知る彼は、仲間たち――特に詳しいことを知らぬ者たち――に対して警戒するように呼びかける。

変幻自在、縦横無尽の攻撃が更に恐ろしいものになったのであれば、それを驚異と感じぬはずはない。再び剣を分割させ、すぐさま攻撃を仕掛けてくると思っていたが、だがその予想は裏切られる。

 

「…………」

「接近してきただと!?」

「でもチャンスだ!」

 

今まで距離を取っていたのが一転、疾風のように駆け寄ってくる。突然の行動の変化に驚くものの、これを転機と捕らえたダイが迎え撃とうとした時だ。

 

「【ブリザラ】」

 

少女は唱えておいた魔法を解き放つ。大地に冷気が四方に向けて走り、それらは炸裂すると同時に周囲に極寒の空気を撒き散らした。あまりの寒さに小さな氷塊が幾つも出来上がる。

 

「うわわっ!!」

「さ、寒い……!?!?」

「ッ!?」

 

チルノの操る魔法に詳しくないノヴァやホルキンス、フローラたちはこの状況に驚き反応が遅れた。そしてある程度知識のあるダイたちですら、目的の読めない攻撃に一瞬戸惑ってしまう。

 

「…………」

 

ブリザラの冷気目掛けて、魔法剣ファイガの発動した剣を振るう。

 

「うおっ!?」

「なんだなんだ!!」

「こ、これって……あのときの!?」

「しまった!! これでは姿が見えん!」

 

瞬間、幾つもの爆発が巻き起こった。

極低温に対して高温の刃が衝突したことによる、いわゆる水蒸気爆発だ。周囲の温度と湿度が同時に上がり、蒸発した水分が濃霧のように立ちこめて全員の姿を覆い隠す。

レオナはかつてフレイザードとの戦いの時にも同じ事が起きたことに今さらながら気付き、目的を見抜けなかったことに悔しそうな声を上げた。

そしてホルキンスは視界が聞かなくなったことから、闇討ちの可能性を恐れてフローラの身を庇うように前に出る。

 

だがその霧はチルノだけに利するものではなかった。

 

「捕まえたぞ!」

「チルノ様、申し訳ありません」

 

バランとラーハルトが、二人掛かりでチルノの手足を掴み少女の動きを封じる。爆破と霧を目隠し代わりとして接近していたのだ。身体能力ではこの二人に勝る者は天地魔界を捜しても見つかるかどうかと言うほど。

力任せに抵抗しようとチルノは手足を動かそうとするが、まるで岩か何かに挟まれたようにびくともしない。

 

「……【テレポ】」

 

それを確認すると、チルノは再び魔法を唱える。途端に少女の姿は幻影のようにかき消え、気付けば少し離れた場所に移動していた。

 

「い、今のは一体……!?」

「わからん、だが一筋縄では行かんと言うことか……」

 

彼らの目にはチルノの姿が、文字通り煙のように消えて現れたようにしか見えないだろう。だがそれもそのはず、テレポは瞬間移動を行う魔法なのだ。今まで誰の前でも使っておらず、説明も受けていない類いの魔法なのだから、対処が遅れて当然である。

しかし魔法の効果は分からなくとも、何が起きたのかは分かるのだ。バランは今までの経験が通用しない相手にやりにくさを覚えながらも自身に喝を入れ直した。

 

「ポップ、レオナ。どうにか姉ちゃんを正気に戻す方法はないの!?」

「難しいわね……せめて原因が特定できれば……」

「じゃ、じゃあ……」

「…………」

 

そしてダイは、どうにかしてチルノを救う手立てがないのかと尋ねていたが、その成果は芳しくなかった。二人ともチルノの様子を窺いながら必死で知恵を練っているのだが、そう簡単に原因を特定出来ればここまで苦労はしない。

ならばとアバン――現在は透明状態になっているので目には見えないが――を見るも、彼もまた結論が出ていないようだ。首を横に振る気配が伝わってきた。

 

「呪文です! 操られているんです!!」

 

一体どうすればいいのか、悩むダイたちのところへ叫ぶような声が届く。

 

「メルル?」

「感じたんです、チルノさんの叫び声を……だから、呼びかけてあげてください!! ダイさん!!」

 

メルルは駆け込んでくると同時に、自身の持つ占い師としての力で感じ取ったチルノの異変の原因について伝える。

彼女が感じ取れたのは、言うなれば予知と占いを組み合わせた結果である。二つを組み合わせることによってチルノが操られていることを悟り、同時に彼女が何を求めているのかを導き出したのだ。

だがそのアドバイスを聞いてもダイは思案顔を崩せなかった。

 

「呼びかけるって、でもそれならさっきからずっと――」

 

何しろ先ほどまで何度も叫んでいたのだ。

呼びかければ良いのであれば、最初の時点で多少なりとも何らかの変化や反応があっておかしくはないだろう。しかし現実ではチルノはピクリとも反応することはなかった。

 

ならば声の大きさや回数が足りないのか、それとももっと別の方法でアプローチするべきなのか。そこまで考えて、ダイの脳裏に一つの可能性が生まれた。

 

「――あっ!!」

「何か閃いたの?」

「うん、多分これなら……今の姉ちゃんならきっと行けるはず!」

 

あまり良い思い出が無い方法なのだが、背に腹は代えられない。必要なのはやり過ぎない(・・・・・・)ように自分が気をつければ良いだけだとダイは己に言い聞かせると、精神を集中し始めた。

 

「なら、私たちの役目はそれまでの時間稼ぎね」

 

解決の糸口が見えたおかげか、マァムはどこかスッキリとした表情を浮かべると、言うが早いかバランたちに加勢するように前線に切り込んでいく。

丁度その頃、チルノの振るう剣をラーハルトが弾き返したところだった。伸びた剣もろとも吹き飛ばすように槍を操ったため、その余波を受け止めきれずにチルノは体勢を半ばほど崩していた。

 

「チルノ! ちょっと痛いわよ!」

 

今が好機とばかりにマァムは一気に距離を詰め、ハイキックを放った。

 

「うわぁ……容赦ねぇなマァムのやつ……」

 

遠目からそれを見ていたポップが思わず呟く。何しろ加減しているとはいえ、まともに当たれば行動不能は必死の一撃だ。下手すれば意識も吹き飛びかねないのだが、その辺は上手く加減しているだろう。

だがポップが本当に驚くのはここからだった。

 

「……【カウンター】」

 

不安定な姿勢から猫のようにクルリと身を捻ると、チルノはマァムの蹴りに合わせて自身も蹴りを放つ。

 

「いいっ!?」

「……ッ!」

「…………」

 

肉体的な鍛錬の度合いではマァムの方が明らかに上だ。だがチルノの方は攻撃を迎え撃つ形になっている。相手の動きに合わせて反撃を行うカウンターの能力と合わせて放たれた一撃は、マァムの攻撃と互角だった。

互いに衝突がぶつかり合い、二人の動きが僅かな時間だけ止まる。

 

蹴りを蹴りで、それも上段蹴りを迎撃したのだ。格好も相まって、二人の白い下着と黒い下着が一瞬だけ衆目に晒され、一部の人間たちはそれに視線を奪われる。

 

「姫さん、おれたちも!」

「ええ、バギ!」

「ヒャダルコ!」

 

とはいえそれに注視しすぎて動きを忘れる間抜けはここにはいない。動きの止まった瞬間を狙い、二人は呪文を放つ。真空呪文(バギ)氷系呪文(ヒャダルコ)のどちらもがチルノの行動を阻害するのが目的だ。

 

マァムは迫り来る呪文を察知するとすぐさま身を翻して距離を取り、だがチルノは手にしたガリアンソードを胸元に構えて待ち受ける。

 

「……【魔封剣】」

 

その言葉と同時に魔法剣は効果を終え、代わりに剣が淡い光を放つ。そこへ二人の放った呪文が襲いかかり、音もなく消滅する。

 

「消えた!? ううん、吸収したの!?」

「そんなのアリかよ!?」

 

有り得ない結果にさすがの二人も驚きを禁じ得なかった。

魔封剣は放たれた呪文や魔法を吸収して自らの魔力に変換するものだ。ただ、使用者は集中し続けなければならないことと、何より敵味方の区別なく打ち消し吸収してしまう欠点を持っている。

使いこなせれば便利ではあるのだが、バーンなどの敵の強大な魔法力を吸収しきれるか不安ということもあって、チルノは使うことを躊躇っていた。

だが今の彼女にはそのような迷いはない。あっさりと使用を決断し、自らの力とする。

 

「ピッ!」

「スラリンさん!?」

 

チルノが絡むために我慢が出来なかったのだろう。今度はスラリンが動いた。メルルの肩を踏み台に天高くジャンプすると、ボディプレスでもするかのように飛びかかっていく。

 

「……っ! じゃ、ま……!」

「ピィッ!!」

 

上空から飛びかかるスライムの姿にチルノは一瞬だけ何かを思い出したように動きを止め、苦しそうな表情を浮かべながら手で振り払う。だがそは、今までとはまるで違う弱々しい手つきだった。

命に別状はなさそうだが、スライムの肉体ではダメージは大きかったらしくスラリンは目を回してしまう。

 

「オオオオオッ!」

 

だがそれだけの価値はあった。

ダイは準備は完了したとばかりに右手に意識を集中させたまま、(ドラゴン)の紋章を強く輝かせる。

 

「ムッ! あれは……」

 

それに真っ先に反応したのはバランであった。それもある意味では当然だろう。何しろ彼がかつて行ったことなのだから。

 

「う、く、ああぁぁ……っ!!」

 

ダイの(ドラゴン)の紋章が輝きを増すと同時に、チルノは苦痛の表情を浮かべ始めた。そして少女の身体が微かに発光する。

ダイが行おうとしているのは、紋章同士の共鳴による記憶への干渉だ。過去にダイが受けた際にはその全ての記憶を消されたが、今回彼が行おうとしているのはその逆。

自身の記憶を流し込むことによってチルノへと呼びかけているのだ。

そして――ダイたちは知ることも無いのだが――イヤリングの効果によって声を遮断されているチルノにとってこれは最善の方法の一つだった。

 

バランが行ったのと同じ手段を用いながら、真逆の結果を齎すべくダイは奮闘する。

とはいえ紋章もなく、竜闘気(ドラゴニックオーラ)の量も微量なチルノを相手にするからこそ可能な手段であったのだが。かつて記憶を奪われた時の事を思い返しながらが、ダイは紋章を通してチルノに呼びかけ続ける。

だが、不思議な力に邪魔されてダイの呼び声は完全には届かなかった。紋章を通してダイ本人もそれを感じ、思うように行かない自体に苛立ちを覚える。

 

「なるほど。では私も、及ばずながら力になりますよ」

 

ダイの奮闘を見ながらアバンはマントを勢いよく脱ぎ捨てた。マントが外れたことで当然アバンは姿を現す。

 

「むっ! き、貴様はアバン……じゃと!? どうしてここに!?!?」

 

戦線を監視していたザボエラが悲鳴の様な声を上げる。傍から見れば本当に突然アバンが出現したように見えただろう。

アバンは五本のゴールドフェザーを取り出すと、それらを配置する。フェザーは互いに互いを光の軌跡で結びつけ、五芒星を作り上げた。目映いばかりの輝きに見ている者たちは思わず目を奪われるほどだ。

 

「シャナク!」

 

呪文を唱えると同時にフェザーは一斉に飛び出しチルノの周囲に降り注ぎ、地面へと突き刺さった。そこでも再び五芒星を描くものの、だがそこまでだ。

チルノの様子は何も変化することはなかった。

 

「おや、違いましたか……では、キアラル!」

 

手応えのなさに小首を傾げながら、アバンは再び同じ手順を繰り返す。だが今度は唱える呪文が違っていた。

キアラルは地上世界では遺失した呪文の一つだ。その効果は混乱した者を正気に戻し精神を安定させる効果を――つまり精神混乱呪文(メダパニ)を打ち消す力を持っている。

 

「あ……う……んっ……!」

 

目論見通り、その効力は絶大だった。破邪の秘宝によって増幅されたキアラルの呪文は、バーンによって込められた強大な魔法力すら打ち破り、彼女の心が正気を取り戻していく。

 

――ありがとう先生! 今だ!!

 

「チルノォォォッ!!」

 

紋章を通じて抵抗が消えたことを感じ取ったダイはここだとばかりに、姉のことだけを思いながら、雄叫びを上げつつチルノへ強い思念を送り続けた。

 

「あ……あああぁぁっ!!」

 

強烈な思念を叩きつけられ、チルノは悲鳴を上げた。その勢いに耐えきれず、彼女は思わず自分で自分の頭を抱えてしまうほどだ。

 

「……っ……!」

「あわわわわっ!!」

 

だがその抵抗も急に力を失った。

支えを失った人形のようにチルノは膝から崩れ落ち、それを見たダイは大慌てで駆け寄り、なんとか受け止めることに成功した。

 

「だ……大丈夫……?」

「ダイ……ありがとう……あなたの声、ちゃんと聞こえたよ……」

 

ダイの腕の中、チルノは瞳に輝きを見せながらそう呟く。

姉の柔らかな笑顔を見つめながら、少年は最愛の彼女をようやく自分の元に取り戻せたことを確信していた。

 

 




茶番です。
なんかもうキアラル使わせちゃって良いかなって。

……やっぱり前話と合わせて一つにまとめるべきだったかも。

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