「な、なななななんじゃとおおぉぉっ!!」
チルノの様子を眺めていたザボエラは、予定外の展開にただただ絶叫することしか出来なかった。
死したと思っていたはずのアバンが突然現れただけでも驚愕であり、正常な判断を出来ずにいた。そこへさらに追い打ちのように、チルノに掛けられていた
どれだけ呼びかけようともザボエラの命令を聞くことがないのが、その何よりの証拠だ。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!! 大魔王様の呪文を解いただと!? ありえんぞ、そんなことはありえんわっ!!」
だがそれを信じられず、ザボエラは呪詛のように喚き散らす。そうすることで目の前の現実から逃れようとするが、どれだけ地団駄を踏もうとも眼前の光景が変わることなどあるはずもなかった。
これは当初の予定が完全に狂ってしまったことを意味する。
「そもそも
毒を消すのであれば
人間たちが
だが人間の絆などという理由は、ザボエラからすれば認められない。
そんな何の足しにもならない不確かなものに打ち負けるなど信じたくはなかった。だが彼の目で見ても、ダイの呼びかけによってチルノが正気を取り戻したようにしか見えなかった。
実際は、アバンが増幅して放ったキアラルの呪文の効果で大魔王の魔法力が薄れ、ダイが
……広い目で見ればザボエラの言う"想像の埒外の方法"と"一般的で野蛮な方法"で打ち破った様なものなのだが……それは言わぬが花というものだろう。
「じゃ、じゃがどうする……? このままでは……」
しかしいつまでも喚き散らし、現実を否定し続けるわけにもいかない。チルノという手札を失った以上、次の手を用意する必要がある。
「退散はすべきか……い、いや! それはそれで困るわい! な、ならば仕方あるまい。当初の予定通りやるしかあるまいて!」
なんとも業腹だが、逃げるわけにも行かない。となれば――ザボエラはかねてから用意していた次手を用意することにした。
だが彼は知らない。
チルノの胸元で鈍く輝くペンダントが活躍の時を虎視眈々と狙っていることを。
「なんとっ! 大魔王様のお力を退けるなど!!」
ザボエラが驚愕の声を上げていたのと同じ頃、ミストバーンもまた悲鳴にも似た絶叫を
バーンの信奉者たるミストバーンにとって、大魔王の力を易々と打破されるのは信じがたく屈辱にも似た感情が支配する。
「そう言うな、ミストバーン」
だが憤るミストバーンとは対照的に、バーン本人はさして気にした様子を見せない。
「確かに、なんとも詰まらん結果となった。それは事実として認めよう。だが、何のための仕込みだと思っておる?」
「!!!」
微笑を浮かべながら見せつけるように右手を軽く上げる。
その手の小指、その爪に刻まれた黒色の五芒星。それこそが、チルノの胸元に揺れる黒の
「余がこの指先から魔法力を飛ばせば、あの
彼らが目にする水晶には丁度、チルノが力なく膝から崩れ落ちたところをダイが抱き留めた場面が移し出されていた。
「感動の再会か……丁度良い、その続きはあの世でゆっくりやるが良い」
ニヤリと意地の悪い笑みを深く刻み、バーンは小指の先を目標へと――水晶に浮かぶチルノの胸元に向ける。
「砕け散れッ! 黒の
バーンの指先が輝き、室内を一瞬だが純白に染め上げる。魔法力が放たれた証だ。
そして、余人の目には感知することも不可能だが、魔法力は確実にチルノの胸元まで届くとゆっくりと起動する。
「これでもはや、何人も止めることは出来ん……」
――くっ! けれど仕方ないか……?
勝利を確信したように淡々とした表情を浮かべるバーンの様子を窺いながら、キルバーンは歯噛みしていた。
だが黒の
自身の考えが破綻したことを理解しながら、それでもどこかで修正できないかと今までの出来事を必死で思い返す。
何かヒントや手がかりとなる物は無いかと。そして――
「ミス、ト……?」
「……どうしたキル?」
「……いや、なんでもないよ」
死神は言葉を飲み込んだ。
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「姉ちゃん! 姉ちゃん!! 元に戻ったんだね!!」
自らの腕の中でどこか疲れたような表情を見せる姉の姿を凝視しながら、ダイは歓喜のあまりチルノのことを強く抱き締めようとする。
「待って! ちょっと待って! ……ああ、もう!!」
だがチルノはそんなダイの機先を制するように彼の腕の中からスルリと抜け出ると、大慌てで首に掛かるペンダントを毟り取るか引きちぎりでもするかのように、乱暴かつ強引に外してみせた。
「なにそれ?」
姉の行動も彼女が手に持つペンダントも、そのどちらも意味が分からずダイは疑問の声を上げた。とはいえチルノはそんな声など届いていないかのように――実際、今はまだ届いていないのだが――強く強く集中すると、魔法を解き放った。
「【デジョン】!」
これは対象を異次元へと送り込む魔法だ。
魔力によって生み出された異次元へと繋がる小さな穴が空間に開かれると、彼女は迷う事なく手にしたペンダントを投げ入れ、大慌てで穴を閉じる。
――次の瞬間。
「うわわわわっっ!?」
「なんだなんだ!?!?!?」
突然巨大な地震によく似た振動が周囲を襲い、仲間はたちは驚きの声を上げた。
だがこれは地震ではない。
本当に地震ならば揺れるのは地面だけ。決して
その正体は、黒の
異次元に送り込んだとはいえ、黒の
小指の先にも満たないほどの穴から漏れ出た破壊のエネルギーの残滓が、これほどの影響を与えていた。
「やっぱり……こんなことだろうと思ったのよね……」
揺れが収まったのを確認してから、チルノは額に浮かんだ大粒の汗を手で拭いながら呟いた。確信はなかったとはいえ、何らかの嫌な予感がしていたことは事実だった。何しろバーンが自ら用意したと豪語していたアイテムだ。
何にせよ碌でもない物には違いないと思っていたのだが……状況から察するに、猶予は限りなくゼロに近かったようだ。
もしも気付かずに正気に戻ったことを祝っていたならば。ペンダントの処理に時間が掛かっていたならば。
おそらく自分たちはまとめて全滅していたことだろう。
最悪の未来を想像して、チルノは内心胸をなで下ろす。
「な、なんなんだ今のは……」
「今のって……何?」
目まぐるしく変化していく事態に付いてこれず、仲間たちが呆然と呟く。だがそれはチルノの目にはただ口をパクパクさせているようにしか映らなかった。
「……あ、そうか。ついでにこれも」
まだ一つ外し忘れていた物があることを思い出し、残ったイヤリングを外す。とはいえこれは
「ヒュンケル! ラーハルト!
――それぞれのイヤリングを二人に向けて放り投げる。
言われた方は一瞬何のことか分からなかったが、それでもチルノの言葉に従い二人の戦士はそれぞれの獲物を振るい、中空で切断して見せた。
「これでいいのか?」
「良いのですか? 高そうな物ですが……」
縦一文字に両断されたアクセサリーの残骸を受け止め、それぞれがチルノに見せつける。
「ええ、問題ないわ。ありがとう。それを付けていると、みんなの声が聞こえなくて……外したままだと、声を盗み聞きされる可能性もあったから……」
完全に壊れていることを確認すると、安心したように彼女は呟く。だがそれは事情を知らぬ仲間たちからすれば、色々と聞き捨てならない言葉だった。
「えっ……? おれの声、聞こえなかったの……? そんな……」
「声が聞こえない? なんだそりゃ?」
「それって、そのイヤリングの効果なの?」
「あー……そっか。そこから説明しなきゃダメね」
彼らの反応に思わず苦笑いをチルノは浮かべる。
さてどう説明したものかと思案顔になりながら、それでも第一声はコレしかないだろうと思い立つ。
「みんなごめんなさい!!」
そして全員に向けて思い切り頭を下げた。
だがチルノの突然の行動にダイたちは困惑した表情を浮かべる。
「大魔王の
「ああ、なるほど」
「だから大魔王たちはあんな行動を取ってたのね」
続く彼女の言葉でチルノが何を謝っていたのかを悟り、だがダイたちはどこかスッキリしたような納得した表情を浮かべていた。少なくとも、チルノが未来のことを話してしまったことを責めたり驚いたりしたような表情はしていない。
むしろその反応を見たチルノの方が驚かされるほどだ。
「……え? な、なんで……」
「いやぁ、そのな……」
「先生が予測してたんだよ。バーンたちが何らかの理由で姉ちゃんから情報を引き出していたんじゃないかって」
「さ、さすが先生……」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。今回の場合、相手も分かり易かったですから」
状況の変化によってアバンが早めに参加してくれたのだろうことはチルノも分かったが、まさかそこまで推察されていたのかと、アバンの頭脳に少女は舌を巻く。
だがアバンはそんなことは驚くに値しないとばかりに平然とした態度を崩さなかった。
「それに
「でも、そうなったのも元を辿れば私が竜に変身して暴走しちゃったからで……あ、そうだった!」
そして不可抗力だったのだから気にすることはないと責めずにいる姿に、思わず胸を打たれる。そして、そこまで口にしたところでチルノはもう一人、頭を下げなければならない人物がいることを思い出す。
「バラン……あの時は、本当にごめんなさい」
「……気にするな。若い頃の
「子竜……あはは……」
だが逆に、謝罪の言葉など無用とばかりの姿を見せつけられた。
なるほど言われてみれば確かに、バランからすれば自分など子竜に過ぎないのだろう。そう思うと同時にそのスケールの大きさに軽く圧倒させられる。
「ところでチルノさん。大魔王に捕らわれていた間のこと、もう少し詳しく話していただけますか? 何か攻略の糸口が見つかるかもしれません」
「はい、それは勿論ですよ。ええっと――」
そう前置きすると、チルノはこれまで何があったのか。皆はその一言一句をも聞き逃すまいと集中する中で、その一部始終について語り始めた。
竜に変身したのは、自身の能力による物だという可能性が極めて高いこと。
大魔王に呪文を掛けられ、操り人形とされたこと。
けれども呪文の影響下にあってもその時の記憶は残っていたこと。
キルバーンとザボエラが別途、大魔王を打倒すべく独自の行動を開始し始めたことと、バーンらには偽りの情報を与えたこと。
出陣直前にバーンからペンダントを渡されたものの、ずっと怪しいと思っていたこと。
そして最後に、ここに侵攻するまでの間は閉じ込められていたことを告げる。
「――というわけです」
「なるほど」
一通りの話を聞き終えると、アバンは手を顎に当てながら思案顔を浮かべ始める。一方ポップは、チルノの服装に着目していた。
「その服装はそういうことか」
「ちょっと悪趣味な感じもするけれど、似合ってるんじゃない?」
「そうですね、印象が変わります。でも素敵です」
「ピィッ!!」
「でも危険じゃないの?
レオナの言葉にメルルが賛同し、スラリンも同意の声を上げる。ただ、フローラだけはイヤリングとペンダントという前例もあってか、その服装を危険視する。
「あ、ありがとう。それとフローラ様のご指摘も尤もなのですが、でもどのみち着替えなんてないし……このまま行くしか」
竜から元に戻った後、しばらくの間全裸でいたのだ。アレと比べればマシである。
「オレとしては、操られていた時の戦闘力に驚かされたぞ。なんなのだアレは?」
そしてクロコダインはチルノの戦い振りに着目していた。
初めて目にする闘い方に、今まで見たことのない魔法や技能。彼女をよく知る者ほど、あれには驚かされる。バランらが賛同するように頷いているのもその証左だろう。
「あれはその……ちょっとした理由があって、隠していたというか……新しく使えるようになったというか……」
けれどもチルノは言葉を濁す。
確かに隠していた部分もあるが、竜に変身できるようになって自身の扱える魔法や技術が格段に多くなった。なにより
ただ、それをどう説明したものか。
「あ! そういえばダイ!」
「な、なんだよ姉ちゃん……?」
なので彼女は話題を逸らすことにした。
「さっき私のこと、チルノって名前で呼んでくれたよね?」
「ええっ! い、いやさ……って、ていうかさ!! そのイヤリングのせいで聞こえなくなってたんじゃないの!?」
急に矛先を向けられダイは言葉に詰まる。
ましてやそれは、彼がありったけの勇気とその場の勢いを借りて口にした言葉でもある。
だがイヤリングのことを知らされ、聞こえていないものとばかり思っていた。少しばかり落ち込んでいたところに、実は伝わっていたという事実を知らされ、恥ずかしさやら驚きやらで頭が混乱してしまう。
「でも口の動きくらいは見えるからね」
「姉ちゃ~ん……」
「あら? もう名前で呼んでくれないのかしら? 嬉しかったのに……」
狼狽える弟の姿にクスクスと笑いながら、さらにチルノはからかうように鳴き真似をしてみせる。その姿にダイは更に困惑し、思わず周囲の仲間たちから笑みが零れた。
「えー、チルノさん。お取り込み中の所、少し宜しいでしょうか?」
同じく笑顔となりながら、アバンが遠慮がちに口を挟んできた。
「すっかり忘れていたのですが、」
「これって……」
「貴方の胸元には、あんな危険な物よりもこちらの方が相応しいですね」
そう言いながらアバンはチルノの首に新しくペンダントを掛ける。それは青く透き通った涙滴型の石を持つペンダント。ダイたちは持っているのに、チルノだけが持っていないもの。
アバンのしるしだった。
ツイッターの使い方が分かりません。
原始人か私は……
当初はメガフレアで打ち抜こうと思ったけれど、絶対時間が足りないので。
怖い物はぜーんぶ、