とっと話を進めろよ病
「…………」
アバンの手によって首に掛けられたペンダント。チルノはそのペンダント――より正確にはぶら下げられた涙滴型の宝石――を掌の上へと大事そうに乗せながら、しばらくの間無言であった。
まるで宝石の輝きに目を奪われたかのように凝視を続けている。
なにしろそれは、アバンから教えを受け、アバンから認められた者という証なのだ。チルノからすれば決して手の届かないはずの外の世界から垂涎の眼差しを持って眺め続けていたようなものだ。
それが実際に手に入ったとなれば、延々と……それこそ何時間も眺め続けていたとしてもおかしくはないだろう。
「あの、アバン先生……!!」
けれども何時までもそうしているわけにも行かない。チルノはふと正気に戻ったように顔を上げると、恐る恐るアバンの方を見る。チルノの視線を受けたアバンは、にっこりと柔らかな笑顔を浮かべ少女へ向けて優しく語りかけた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、待たせた甲斐はあったと思いますよ」
だがそう言われてもまだ、チルノの心には戸惑いが大きかった。
こうして実際に卒業の証を手にしてみると、嫌が応にも理解させられるのだ。アバンという偉大な人物に認められたという事実と、その教え子として生きていくというその重圧を。
片手で簡単に持てるほど小さいはずのペンダントが、今の彼女には重くて仕方なかった。
ヒュンケル、マァム、ポップ、ダイ。
彼女よりも前に受け取った者たちもまた、同じような気持ちを感じてきたのかと思い、そしてその重さを乗り越えてきたのだと改めて思い知らされる。
そんな中に、自分も混ざって良いのかとどうしても不安になってしまう。本当の英雄たちと肩を並べる資格があるのかと。たった一つの小さなペンダントの有無が、ここまで大きな差になるのかと。
「本当に私が……? これを……!?」
「ええ、勿論です」
恐る恐る尋ねれば、アバンは一切の淀みなくそう言い切ってみせた。
「みんなをここまで導いてきたのでしょう? 私が保証しますよ」
「ありがとう……ございます……」
たった一言、そう言われただけで手の中に感じていた重さはいつの間にか消失していた。
アバンたちとの絆がより強くなったような、重さは消えてもその存在感だけはますます大きくなったような。
そんな感覚を味わいながら、チルノは一筋の涙を垂らしながらアバンのしるしを優しく握りしめる。
「それに、今さら"やっぱりいりません"なんて言われても、こっちも困っちゃいますよ。なんと言ってもそれは特別製ですから」
「特別製……ですか?」
「何しろ最初から渡す相手が決まっている状態で作った代物ですよ。まだ見ぬ持ち主の危機すら私に教えてくれるくらいに、超スペシャルな一品に仕上がっています」
「ええぇっ!? そ、そんな凄いんですか……!?」
ニヤリと得意げな笑みを浮かべながら、アバンはチルノが持つ卒業の証について簡単な説明を行う。特別製という言葉に「一体何が違うのか?」と値踏みするようにペンダントを検分していたチルノであったが、続くアバンの言葉は流石に想像の域を超えていたようだ。
驚きの声を上げると同時に「そのくらいのことはあっても不思議ではない」と納得もしていた。
なにしろ輝聖石自体の性能もさることながら、持ち主の心に感応して光を放ってみせたり、かと思えばペンダントの鎖は攻撃を受け止めたりもするのだ。そのくらいのことはやってのけても当たり前だろうという認識がどこかにあった。
「そして、それを渡した以上はあなたも一人前です。これからは甘えは許しませんよ? わかりましたかチルノ?」
「はい……心得ました」
アバンは強調するように少女を名を呼んだ。それも呼び方を「チルノさん」から「チルノ」へと変えたことが誰の目にも分かるくらいにだ。
それは彼が宣言したように、これからはチルノのことを一人前の相手として扱うという心の顕れ――決意や儀式のようなものなのだろう。
そして、それが分からないほどチルノも愚鈍ではなかった。厳かに返事をしながら、少女はその言葉と覚悟を胸に強く刻みつける。
「やったじゃない! これでお揃いね」
「わっ、レオナ!? そっか、レオナはもう貰っているんだ」
禊ぎは済んだとばかりに、レオナがチルノに抱きつきながら祝いの言葉を口にする。突然飛びかかってきたレオナをなんとか受け止めながら、チルノはレオナの胸元にもアバンのしるしが輝いていることに気付き、賛辞の言葉を贈る。
「ふふっ、いいでしょ? これであたしの方が先輩よ」
「あはは……これからもよろしくね……」
抱きついていた手を離すと腰に当て、レオナは得意げに胸を張りペンダントを見せびらかすような姿勢を取った。同性相手とはいえ、男衆が圧倒的に多いというのに胸元を強調するポーズを平気で取るレオナの傑物っぷりにチルノは乾いた笑いを浮かべる。
「チルノ、おかえりなさい」
「マァム……うん、ありがとう」
レオナが気の置けない友達のような態度だとすれば、マァムの言葉には母性が込められていた。たった一言の言葉だけで優しく包み込んでくれるような暖かさがある。それこそが彼女の本質なのだということを再認識しながら、チルノは短くお礼の言葉を継げる。
そして――
「チルノさん、おめでとうございます」
「ピィッ!!」
「メルル、それにスラリンも……」
黒髪の少女は控えめに、けれども誰にも譲らせないほどに強い意志を持ちながらチルノを前へと出た。眼前の少女の相棒たるスライムを胸元に抱え、一緒になって祝いの言葉を贈る。
チルノはそれを少しだけ照れくさそうにしながら受け止めた。
「チルノさん、私……チルノさんが行方不明になって本当に心配したんですよ……」
「うん……ごめんなさい……」
メルルの言葉はレオナともマァムともまた違う、本当にチルノを慕い身を案じる者のそれだった。悲哀を含んだ小さな言葉は、どこまでも正論であり聞く者の耳に鋭く突き刺さる。
かつてアバンたちに事情を打ち明けた際、ブラスに怒られたときのような気持ちを思い出し、チルノは反射的に目を伏せてしまった。
「本当は私も、スラリンさんもチルノさんと一緒に行きたいんです。あなたの隣で、力になりたいって思っているんです。でも、私たちではこの戦いで戦力にはならないってことも、ちゃんと分かっています」
「メルル……?」
「だから、スラリンさんと二人で、チルノさんが戻ってくる場所はちゃんと守っておきます……だから、絶対に帰ってきてください」
だがその瞳はすぐにメルルを方を向く。
チルノのことを真剣に思い、自分の出来ることを精一杯やると言う言葉に彼女の視線は自然とメルルに吸い寄せられ、そして離れられなくなっていた。
「じゃないと私、チルノさんのことを一生恨みますからね!」
「そうね、ありがとうメルル。約束する、ちゃんとみんなで戻ってくるから」
トドメとばかりの精一杯の怒気が込めれた彼女らしからぬ強い言葉に、チルノは根負けしたように破顔すると、力強くそう返答していた。
絶対に破れない約束と絶対に裏切れない期待を胸に込めながら。
「再会の挨拶は済んだか? ならばそろそろ歩みを進めたいのだがな」
「バラン……もう少しだけ待って貰える? 伝えなきゃならないことがあるの」
「伝えること? まだ何かあるというのか?」
急かすバランに対し、チルノは小さな棘のように胸の裡で刺さり続けていた懸念点を口にする。
「ええ、キルバーンたちのことよ」
「それって、バーンを打倒するべくザボエラと手を組んで裏で行動を開始したって話だろ? 自分で言ってた話じゃねぇか」
ポップの言葉に、ダイたちは頷く。
「偽物の情報をバーンに伝えて、状況をコントロールしたいって話よね?」
「そのせいで、攻めるとも守るともつかない中途半端な状態になったんだってことでしょ?」
「うん、そうなんだけれど……ただ……」
「ただ?」
「上手くは言えないんだけれど、それだけじゃないと思うの……根拠とかは無いんだけれど、その……もう一枚裏があるような……」
キルバーンの言葉を直接話を耳にした者にしか感じ取れないような何か。裏の裏に隠された別の思惑のようなものがチルノの中で警鐘を鳴らしていたのだ。それを感じ取ったからこそ、注意を促す意味を込めて再度伝えるという行動を取らせていた。
だがそれも、ただこのように漠然とした注意喚起をするのが精一杯。
本来の歴史という知識が役に立たなくなったことを歯痒く思いながらも、その原因はチルノ自身がまいた種なのだからどうすることも出来ない。それでも伝えずにはいられなかった。
「だから、それに気をつけて欲しいの。漠然としたことしか伝えられなくて申し訳ないんだけれど……」
「くだらんな」
だがそんなチルノの懸念をバランは一言で切り捨てた。
「死神が何かを企んでいるのは既に承知のことだ。その内容も、おそらくはヴェルザーに利することだろうが、そんなものはどうでも良い。邪魔する者は私が全て斬って捨ててやる」
男らしいと取るか、はたまた強者の余裕と取るか。大概の者は今のバランの言葉をそう受け止めるだろう。
だがその本心はもう少し複雑だ。
かつてバーンに差し伸べられた手を取り、人間に弓を引いた事に対する後悔と慚愧を払拭するために。そして
「流石は竜騎将バラン、頼もしいですね」
「……身勝手な願いだということは重々に承知しているが、その呼称は止めて頂きたいのだ、カールの女王よ……」
「そうですね。失礼しました。
ただ、少なくともフローラだけは内心を幾ばくかは把握していたようだった。
かつて魔王軍に所属していた頃の役職で呼ぶことでバランの心をくすぐりながら、続いて仰々しい呼び方をすることで少しだけ意趣返しをする。
「行くぞ! 先陣は私が切る!!」
そう叫ぶと同時、バランは駆け出す。その後ろを、ダイたちは絶大な信頼を感じながら続いていった。
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さながら大地に降り立った鳥のように、
だが腹の下を全て地面に接しているわけではなく、魔法力と空に浮かぶ特殊な金属の組み合わせによって幾らか地面から浮かび上がっていた。
それは丁度、魔宮の門へと通じる階段が大地に触れるか触れないか程度の高度である。傍から見れば客人を招き入れようとしているかのようだ。
「まるで歓迎されてるみたいだな」
「確かに、ある意味では歓迎されているんだろうけど……」
ポップの何気ない呟きにマァムが珍しく賛同するような言葉を返す。
城に近寄るまでの間――もっと言えばチルノを元に戻してからの間も含めて――ずっと、バーン側は沈黙を貫いたままだったのだ。
チルノを伴うようにして現れていたザボエラですらいつの間にか姿を見せなくなっており、まるで妨害の無いまま敵の膝元近くまで辿り着いていた。ならばここから先に何かが仕掛けられているのだろうと判断し、彼らは緊張の糸を張り巡らせる。
「あの時のままだな……」
先頭を進んでいたバランは当然、誰よりも早く魔宮の門の中へと足を踏み入れる事となる。そして内部を一瞥するなりそう呟いた。
かつてダイと二人掛かりで破壊したはずの門は修復こそされていたものの、再び見えたときにはかつて感じた威容など微塵も感じるのことない――有り体に言ってしまえばタダの金属製の門へと変わっていた。
少し力を込めて押せば簡単に開く門の存在に少々毒気を抜かれつつも、バランは油断することなく奥へと進んでいく。
「ここを通るしかないわけか」
「仕方ありませんね。我々は誰一人として、
続いて内部へと踏み入ったのはヒュンケルやラーハルト、アバンと言ったいわゆる前衛を任される者たちだ。彼らは初めて目にする
やがてダイらも門を通りぬけ、そしてポップら後衛の者たち全員までもが城内へと足を踏み入れ、少しした頃だ。
「キィ~ッヒッヒッヒッ!! まんまと掛かったか!! 愚かな人間共よ!!」
周囲に特徴な声が響き渡った。
もはや耳障りとすら感じるその声に、その場にいた全員が思わず顔を顰める。ダイたちはすでに門から奥へと入っているせいで直接視認することは出来ないが、それ以外の者たち――すなわちフローラやノヴァといった者たちは未だ
一度身を隠しておきながら何食わぬ顔で再びその姿を見せる厚顔無恥さに多くの人間たちが思わず呆れるが、だがザボエラが無策で姿を現す筈もない。
「そら! 者どもかかれえぇっ!! 今ならば邪魔は入らんわっ!!」
その言葉を合図に無数の光の帯が
「こ、これは……!?」
「
「それになんて殺気なんだ……」
そこにいたのは無数の
所狭しと並び立つ魔物の群れが、魔宮の門を取り囲むように半円状に集結している。その殆どが初めて見る魔物ばかりであり、加えて身の毛がよだつほど強力な気配を放つ。
「既に勇者どもは
つまるところ、ザボエラの策とはこういうことだ。
ダイたち地上の実力者を先に行かせ、手薄になったところを強力な魔物たちに後ろから襲わせるというものである。
細い通路は行き来し難く、仮に先に進んだ者たちが危機を察知しても戻ってくるまでに時間が掛かる。その隙に少しでも人間たちに被害を出そうという算段だ。
「なるほど、そう来るわけですか」
「予め知らされていなければ、連携も取れず足並みも揃わず、大きな被害が出ていたかもしれんな」
だがザボエラの言葉を耳にしながら、フローラとホルキンスは納得したように頷きあった。
いや、二人だけではない。この場にいる全員が頷きながら剣を手に取り、周囲を囲む魔物たち目掛けて闘気を漲らせている。
予想とは違う人間たちの反応に、むしろ
「お前たちは先に行け!! ……
現時点で最も門の近くにいるのはホルキンスだった。
彼は門を両手で掴むと内側に向けてそう叫び、続けて勢いよく門を閉める。本来ならばここで更に鍵の一つでも掛けたいところであったが、生憎とそのような技術も呪文も彼は知らなかった。その代わりとばかりに、門が変形するくらいの力を込めて閉じるだけだ。
「な、なんじゃその態度は……!?」
訝しむザボエラであったが、彼らからすればこの事態もまた想定通りであった。
本来の歴史でも、同じような場面で魔界の
そう判断した彼らは皆、予め襲われた時の対処方法や手順といったものを念入りに打ち合わせしていた。
「行くぞ者ども!! 我々の勝利を勇者たちに捧げるのだ!!」
「「「「「おおおおおぉぉぉっ!!!」」」」」
ホルキンスの威厳に満ちた声に、随伴していた多くの騎士たちが雄叫びを上げる。彼らは一切の怯えも動揺も見せることなく、魔物たちに挑みかかっていった。
もう2話くらい、文字数少ない短めの話が続く予定。
(短いって目算があるならとっとと書けよ私……)