隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:11 魔の森にて

「メラ!」

 

ポップの放った火炎魔法によって、リカントと呼ばれる獣人の姿をしたモンスターが火だるまになった。既にダイの攻撃によってダメージを受けていたところに、トドメとばかりに放たれたメラの直撃を受けて絶命する。

リカントの毛皮と肉がメラの炎によって焼ける臭いが周囲に漂い始め、自分で火炎呪文を使用したにも関わらずポップは顔を顰めた。

 

「倒せたみたいだな……でもこの匂いは、選ぶ呪文を間違ったぜ……」

 

鼻を摘まみながらのため少々鼻声のようになりながら、ポップは呟いた。

 

「そうだね。おまけに森の中なんだから、火は使わない方がいいと思う。火事になっちゃうよ」

 

リカントの死体に土をかけて即席の消火活動を行いながらダイもその言葉に同意すると、ポップも違いないとばかりに言葉なく頷いた。ゴメちゃんも肯定するように一鳴きする。

 

――魔の森。

ロモス王国が存在するラインリバー大陸のおよそ三割ほどを覆う、巨大な森林地帯である。デルムリン島を船出してから数日後、ダイたちは大陸南端にたどり着くと一路ロモス王城を目がけて進む。その途中、大陸を南北に分けるように存在しているこの森へと足を踏み入れていた。

木々は折り重なるように群生しており、現在はまだ昼前。天気は快晴だというのに、見上げる空は暗い。十重二十重の葉が日光を遮っているのだ。

植生はまばらであるため、太陽を拝める場所も存在するが、森特有のジメッとした感覚からは逃れられない。

そんな森の中をゴメちゃんを肩に乗せたダイとポップが進んでいく。一見すれば瞬く間に迷いそうな場所だが、二人はしっかりとした足取りで進んでいた。

 

「しかし、何度見ても大したもんだよなぁ……空から見ただけなんだろ? それも何か月も前だってのに……それでよくこんな精細な地図が描けるもんだ」

 

ダイが持つ地図を覗き込みながら、ポップは心底感心したように言う。

二人が見ているそれは、デルムリン島を出発前にチルノから渡された彼女お手製の地図である。チルノとダイの二人は以前、偽勇者事件の際にロモスまで空路で向かったことがあった。その際に空からの景色を可能な限り覚えて作成したものである。方位とデルムリン島とロモス王城までの大まかな位置関係。縮尺は適当だろうが、大雑把にアタリを付けた移動日数も記載されている。さらにはトドメとばかりに、太陽や星の位置などから方角を割り出す手順まで書いてある。

この地図に加えて、アバンの下で地理学なども学んでいたポップのフォローもあるため、旅は順調そのものだった。

これも、原作知識から必要になると分かっているからこそここまで先手を打った行動が取れるのだが、それを知らないダイたちはチルノの底知れぬ先見性と才能に感謝していた。

 

「ホントだよ。おれたちだけだったら、こうやって間違いなく直進してたもの」

 

そう言いながらダイは、地図上のデルムリン島からロモス王城までの直線距離を指でなぞる。その途中に存在する魔の森には「東回りで進むこと!」と嫌でも目に付くくらいに大きく記載されていた。

 

魔の森――そこは人を寄せ付けず、知らぬ者が迂闊に足を踏み入れれば彷徨い続けて二度と出ることの出来ない樹海のように思われるかもしれない。

だが、そんなことはない。

曲がりなりにもロモス王城の付近に存在する森が、そのような魔境であるはずもないのだ。

森の中には、かつての英雄レイラの出身地でもあるネイルの村も存在しており、その村に向かう商人のために街道――森道と呼ぶ方が近いかもしれないが――もある程度は整備されている。勿論、森を抜ける街道も同様に存在する。

その道に沿って移動すれば、それほど危険もないのだ。時折森の奥に棲むモンスターが襲い掛かって来る――魔王復活の影響でその頻度は増している――こともある。先ほどダイたちが撃退したのも、そうしたモンスターの一匹である。

 

反対に、街道から外れたルートを辿った場合は、魔の森と呼ばれる由縁を余すところなく体験できる。西側は未整備、未調査の区画が多く、森も深くて生存するモンスターの数も多く質も高い。

原作のダイたちが何日もこの森で彷徨っていたのも、先ほどダイが自分で言ったように直線距離で移動しようとしたのが原因だ。考えもなしに最短距離を通ろうとした結果、魔の森の西側へと足を踏み入れてしまい、延々と彷徨い続けることとなっていた。

直線距離に進むのではなく整備された歩きやすい道を選ぶべし。急がば回れとはよく言ったものである。

 

「おれたちだけってのは聞き捨てならねぇぞダイ。このポップ様がいるんだから、地図がなくたって東回りに進んでいたぜ」

 

自信満々にそう言い放つが、原作ではダイの描いた極めて大雑把な地図を信じた結果、三日も森を彷徨うこととなっている。それを知るものからすれば何を言うのやらと思うことだろう。

 

「ふぅーん……」

 

その事実を知らなくとも何かしら思うところがあったのだろう。ダイはポップの言葉にジト目と抑揚のない声でそう返した。見ればゴメちゃんもダイの肩で同じような行動を取っている。

 

「なんだよその目は! さては信じてねえな!? 大体デルムリン島に行く時だって、先生と一緒にこの森を抜けてきたんだ! わかんねぇわけねえだろうが!!」

 

目は口ほどにものを言うとはいうが、分かりやすすぎるほどに信じていないというダイの様子にポップも声を荒げる。というか、それが本当ならば原作でも魔の森へ突入する前に口添えをしてあげて欲しかったと思うのは贅沢な望みだろうか?

実際には、デルムリン島に行く前に森を抜けたことは本当だが、すべてアバンの後を付いて行っただけなので、わかっているとはお世辞にも言い難い。仮にポップ一人でこの森を抜けるとするならば、ダイと同じルートを選んでしまい迷っていた可能性は非常に高かっただろう。

 

「わかったわかった、信じてあげるよポップ」

 

とはいえ全ては仮定の話に過ぎない。この辺りが潮時とダイは気のない返事をしながら、再び地図へと視線を落とす。ポップはまだ納得がいっていないらしく小声でブツブツと何か言っていたが、すぐにダイを追って地図に目を向ける。

現在地は魔の森の東側。街道に沿って移動中である。さすがにチルノの地図とはいえ、森の中の街道まで詳細に描いてあるわけではなかった。森の外側をぐるっと大きく回るような矢印が描いてあり、その矢印を追っていくと途中に「村があるはず」とマルで大雑把に囲ってあった。

 

「村ねぇ……こんな森の中に本当に村なんてあるのかよ?」

 

辺りを見回せば、暗さと湿度が相まって何とも言えない恐ろしさを感じる。魔の森と呼ばれるような場所に村を作るなど気が知れなかった。だがポップの言葉にダイはムッとした顔で反論する。

 

「姉ちゃんがあるって言うんだから、あるんだよ」

「いや、別にチルノを疑うわけじゃねえけどよ。でもさっきだってモンスターに襲われたんだぜ。この村の住人全員、とっくに避難しててもおかしくねぇんじゃねえかってことだよ」

 

そう言われると途端に言い返せなくなってしまった。ダイたちにとってみれば、この地図は数か月前の知識を基にして描かれたものだ。だがその後に魔王軍の侵攻があったため、ポップの言うように避難していたとしても――もっと大変なことになっていてもおかしくはないだろう。

 

「たしかに……じゃあ、どうするんだよ?」

「どうするって、信じて進むしかないだろ? 目的はロモス城なんだから。それに、例え村人全員避難していたって家はあるんだろうから一夜の宿代わりくらいにはならぁ」

「なんというか……図太いねポップ……」

「へっへ、おれは魔法使いなんだぜ。魔法使いは常にクールで現実主義者であれ。なんつってな」

 

得意げにそう言うポップであったが、本人が冗談めかして言ったこの言葉は後にとある師匠から骨身に染みるまで叩きこまれ、彼自身も常に心得るようになるのだが……今のポップには知る由もなかった。

 

 

 

ダイたちの視線の先には、のどかな村があった。木製の簡易的な柵が村の周りを囲んでおり、その内側には木造りの家々が立ち並ぶ。村の広場では子供たちの遊ぶ姿が見え隠れしており、時折子供の声も耳に入ってくる。何件かの家の煙突からは煙が上っているのも見られた。

 

「よかった……ついた……村もまだある……」

「いや、そりゃ村はあるだろ。アレはあくまで、仮の話だからな……」

 

心底ホッとしたように呟くダイとそれに同調したような表情をゴメちゃんが見せる。そんな二人に向けて、ポップは呆れた顔で突っ込みを入れる。

 

「なんだよ、ポップが悪いんだろ」

「そこまで本気に取っていたとは思わねぇよ……」

 

冗談半分疑い半分の発言だったのだが、ダイにとってみれば本気で悩んでいたことらしかった。世間知らずというべきか純粋すぎるというべきか。ポップは少しだけ悪かったと反省する。

 

「おれが悪かったから、機嫌なおしてくれよ。それよりもさっさと村に入ろうぜ。そろそろいい時間だし。今日はここに泊まらせてもらおうぜ」

 

そう言いながら指を空に向ける。その先では西の空に夕日が輝いている。もうじき夕暮れ時を迎える時間だ。村もダイたちも全てが赤く染まっている。このまま進めば、ロモス王城に着く前に間違いなく夜となるだろう。無理に強行軍をして森の中で野宿をするよりも、ここで一泊させてもらった方が楽だろうと言っている。

 

「うん、そうだね。どこかで泊めてもらえればいいんだけど」

 

このような小さな村の場合、専門の宿屋があるとは限らない。どこか親切な村人の家に泊めて貰えれば御の字。最悪馬小屋や軒先で一夜を明かす可能性もあることを覚悟すべきだろう。

少ないがお金もあるし、宿泊費代わりに払えるアイテムも持っている。相場にもよるだろうが、泊まるくらいならばなんとかなるだろう。

ダイたちは期待を込めて足を進め、村の中へと入る。

 

「ちーっす。どうも」

「おや、こんにちは。旅の人かい?」

 

村に入るなり、最初に出会った村人のおばさんへとポップは軽い調子で挨拶をする。対する村人も、ポップの言葉に気づくと会釈をしながら挨拶をした。

 

「ええ、そうっす。ロモス王城に向かう途中なんですよ」

「なるほどねぇ。お城まではここからだとちょっとかかるよ」

「やっぱりそうっすか。じゃあ、今日はこの村に泊まって明日改めて出発しようと思うんですけど、ここって宿屋はありますかねぇ?」

「ああ、ごめんねぇ。この村に宿屋はないねぇ。ほら、小さな村だからね。専業の宿屋じゃあ商売あがったりってやつみたいだよ」

「じゃあ、どこか泊めてくれる親切な方がいらっしゃったり、なんて知りませんかね……?」

「うーん……とりあえず長老様に相談してみるといいよ。ほら、村の奥のあの家がそうだから。尋ねてみなさいな」

「はい。ありがとうございまーす」

 

さながら立て板に水を流すように、澱みなく繰り広げられたポップと村のおばさんとの会話。ダイの目から見ればそれは、まるで物語のワンシーンのように、初めから話すことが決まっているかのように思えた。

 

「……っていうことらしいぜ。って、おいダイ? どうした?」

「いや、なんていうか……ポップが初めて頼りに見えたよ……」

「あん? お前……おれをそういう目で見てたのかよ……」

「そういうのじゃなくて」

 

ジト目でダイを見るポップに、真剣な眼差しをダイは向ける。

 

「おれずっと島にいたからさ。あんな風にスラスラ喋れるポップが羨ましくて」

「ああ、デルムリン島にずっといたんじゃ、こういう経験は積めないよな」

「うん。何かコツとかってあるのかな?」

「コツって程でもないけどな。ああいうおばちゃんに、人の良さそうな、善人で無害な若者でござい。って感じで話すんだよ。軽く丁寧語とか交えてな。こっちの目的地と何の理由で村に寄ったのかを話しておけば、そこまで警戒はされねぇよ」

 

故郷の生家は武器屋を営んでおり、母親の接客を教師として、父親の態度を反面教師としたおかげだろう。門前の小僧よろしく、誰に習ったわけでもないがこの程度は自然にできていた。付け加えれば、アバンに師事してからおよそ一年間、各地を回って見分を広げていたことも影響していた。

小さな村では人の出入りはすぐにわかる。村民同士がお互いに協力しあっているため、団結力も高い。不必要に警戒されるよりも、多少道化のように振舞ってでも無害な旅人として認識されれば、余計な波風も立たないだろうという配慮からだ。

 

「おばちゃんは、大体話好きだからな。よっぽど変な態度でもない限りは付き合ってくれるし、あとで村の人間に『こんな旅人が来た』って伝えてくれるんだよ。村の噂の伝達速度はスゲェんだぞ。そうすりゃ、俺たちが怪しい人間じゃないって村中にすぐにわかってもらえるさ」

「ふぅーん……いろいろ考えてるんだなぁ……」

 

正直に言って、ポップがそこまで考えていることにダイは驚いていた。ダイから見ればポップはただ話をしていただけなのだが、話一つでもそんなことを考える必要があるのかとダイは唸る。

 

「そういえば、姉ちゃんも似たようなことやったっけ」

「チルノが? 何やったんだ?」

「前にロモスに行ったとき。話しただろ? あの時だよ」

 

ラインリバー大陸に向かうまでの船上にて、二人は退屈しのぎにお互いのことを話し合っていた。ダイも偽勇者事件のことをポップに話している。聞いているポップも、あの時の話かと大筋を思い出していた。

 

「あの時も、おばちゃんたちのところに行って偽勇者の情報をあっという間に聞いてきたんだよ」

「へぇ……けどよぉ、チルノもダイと同じで島から出たことないんだろ?」

「うん、そのはずだけど……」

「よく聞いてこれたな……」

 

そうなると対人スキルはダイと変わらないはず。女の分だけ社交的とも考えられるけれど、それにしたって島にずっと住んでいたチルノがそこまで出来るとは考えにくい。だったらどこでそんな知識や経験を身に着けたのだ? ポップは首を捻り、そして呟いた。

 

「何者なんだよお前の姉は?」

「姉ちゃんは、姉ちゃんだよ……多分……」

 

ポップの言いたいことを理解したため、ダイも自信無さげにそう呟いた。チルノが前世の記憶と経験を持つことなど知らない二人は、揃って首を傾げていた。

 

 

 

「なるほど、ロモス城に向かわれますか。それでしたら今日はもう遅くなるでしょう。よければ、どうぞ我が家にお泊りください」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます! いやぁ、言ってみるもんだ」

 

あれから長老の家まで到着したダイたちは、家人の長老に対して手短に要件を話した。そして、立ち話も何だからということで屋内へと通され、改めて目的を告げたところ、長老は快く一夜の宿を提供してくれることを快諾してくれた。

出会ったときから人の良さそうなお爺さんだと思っていたが、これほどすんなりと事が運ぶとは思わず、ダイたちは大声で感謝の意を示す。

 

「ははは、狭い場所で、大したおもてなしもできませんがね。それでよろしければ」

「いやいや、そんな全然。野宿と比べれば天国と地獄っすよ」

 

実際、彼らは海上で――それも小舟の上で――何日も過ごしていたのだ。それと比べれば雲泥の差。雨風が凌げるだけでも大儲けだった。

 

「でも、おれたちお金がそんなになくて……」

 

そんな陽気なムードを吹き飛ばすように、ダイがおずおずと口を挟む。ダイにしてみれば、宿屋に泊まるというのも初体験――というかちゃんとお金を払う機会にすら恵まれてはいないのだ。相場もわからず、足りなかったらどうしようという不安感だけが彼を襲っている。

 

「たしかブラスじいさんから幾らか貰ってるんだろ? それに薬草やら毒消し草やらもあるって言ってたじゃねえか」

「ほう、薬草に毒消し草ですか? すまんが、見せてもらえますかな?」

「へっ!?」

 

懐事情については、ポップもある程度は聞いていた。ブラスが必死で集めたお金に、チルノが売っても良いと言って渡してきた薬たち。ポップからしてみれば、それで一晩泊まれるならば遠慮なく使えば良いと考えたがための、軽い一言だった。

だが長老は、その言葉に予想以上の食い付きを見せる。

 

「ええ、どうぞ……」

 

ダイも長老の様子に驚きながらも、荷物から薬草などを取り出すと長老へと渡す。薬を受け取った長老は、上から下まで一通り眺め、匂いを嗅ぐ。

 

「ほほう、これは良い物ですな」

「わかるんですか?」

 

この薬草はチルノが手ずから調合して渡した自信作だ。デルムリン島での修行中でも、何度かお世話になったこともある。効果のほどはダイが身をもって知っているのだ。その薬草を褒められたことで、なんだか自分のことのように嬉しくなってしまう。

 

「多少なりとも齧っておりますからね。ふむ……調合をして効果を高めてありますな。こっちの毒消し草も……」

 

ほほう……と感嘆の唸り声を上げながら長老は薬草と毒消し草の検分を終える。すると長老は改まった態度でダイの方へと向き直る。

 

「宿代代わりにと言うことでしたが……催促するようで心苦しいのですが、これらの薬を幾つか頂けますかな? このネイル村はご存じのように、魔の森に接した村ですから。モンスターが生息していることもあって、お金よりもこちらの方がありがたいくらいなのですじゃ」

 

ネイル村は魔の森の中に存在する村である。森の奥地に生息するモンスターに襲われる可能性もあり、ましてや魔王軍の襲来に伴ってその可能性は平和な時代よりも多くなっていた。決してお金が不要というわけではないが、薬草や毒消し草を買うお金があっても商品そのものがない。という事態に陥ることもある。長老の言うように薬の方がありがたいのも事実だった。

 

「はい、どうぞ」

「すみませんなぁ。いつもはマァムが森の中の群生地まで採りに行ってくれるが、こうして安全に手に入るのなら、あの子も少しは楽になるじゃろう……」

 

袋からさらに幾つかの薬を取り出すと、長老に渡す。それらを受け取りながら長老は、誰に対してでもなく自分たち村の人間の不甲斐なさを嘆くように呟いた。

 

「マァム?」

「村の自警団の人かい?」

 

長老の言葉から普段は誰かが薬草を採りに行っていることは推測できる。そして自分たちも多少なりとも魔の森の洗礼を受けてきたのだ。そんな中、森に入り群生地まで行って薬草を採って戻ってくるとなれば多少なりとも腕が立つということだろう。ダイたちは自然と興味を覚えて、その人物に対して尋ねていた。

 

「いえ。男手は殆どロモス城の方に取られていますので。いくらアバン殿の弟子とはいえ、あの子に頼りすぎているというのは分かっておるのですが……」

「ええっ!?」

「じーさん、今なんて言った!? アバン先生がどうって!?」

 

長老が何気なく言ったその言葉だが、ダイたちにとっては衝撃的だった。アバンの弟子という言葉。その言葉にダイたちは言葉遣いも忘れて敏感に反応する。

 

「ええ。マァムはアバン殿の弟子ですよ」

 

アバンの名は有名なのだな、程度の認識をしながら長老は笑顔で頷き己の言葉を肯定する。だが返ってきたのはダイ達の予期せぬ言葉だった。

 

「お、おれたちもそうです!」

「おれたちもアバン先生の弟子なんですよ! ほら!!」

 

逸る気持ちを抑えながら、卒業の証である輝聖石のペンダントを見せる。

 

「なんと! それは確かに卒業の証……なるほど、これも神のお導きですかなぁ……」

 

掲げられたそれを見た瞬間、長老は目を見開いた。マァムが持つペンダントを何度か見たことがあったが、目の前で輝くそれは、確かに記憶の中に存在するものと同じ。この世に幾つも存在しない輝聖石は、まるで近くに仲間がいることを知らせるように深い輝きを放っていた。

長老は少しだけ目を閉じ、神に感謝の意を示してから再び口を開いた。

 

「どうでしょう旅のお方、マァムに会って貰えますかな? あの子もアバン殿のお話など聞きたがるでしょうし……」

「もちろん!」

「早速行こうぜ! どこにいるんだ!?」

 

その提案にダイたちは一にも二にもなく頷くと、待っていられないとばかりに席を立ち上がる。仲間に会えるかもしれないという思いが行動を後押しするのだろう。ポップなどもはや一刻も早く外に出ようと、扉に手を掛けていたほどだ。

そして、ポップが開けようとしていた扉は彼の想定よりも(・・・・・・・)ずっと軽く開いた。

 

「と……おわわわわっ!!」

「きゃあっ!!」

 

ちょうどポップが扉を開けようとしたとき、同じタイミングで反対側から扉を開けようとしていた人物がいたのだ。前のめりな体勢で扉を開けようとしていたポップは、つきすぎた勢いとそのあまりの手応えのなさに大きくバランスを崩し、踏み止まることも出来ずに倒れ込んだ。

しかも、向こうから扉を開けようとしていた誰かを巻き込んだ形で、だ。

向こう側にいた人物も、油断していたとはいえポップが反対側から扉を開けようとしていたことに気づかず、ポップの倒れ込みを避けることも受け止めることも出来ず巻き込まれ、一緒になって転げてしまう。

ポップともう一人分の悲鳴が聞こえたことで、ダイたちも慌てて二人の様子を確認すべく動いた。

 

「いてててて……」

「もう、なんなのよいった……い……」

 

そこにはポップともう一人、見知らぬ女性の姿があった。どことなくツナギを思わせるような半袖とホットパンツをまとい、腰には革製のホルスターをつけている。腕と足を大胆に露出しており、胸元も女性が着るにしては大きく開いているため、何とも言えない色気を感じてしまう。年齢はポップと同じくらいだろう。肩まで伸びている桃色の髪と、不釣り合いなゴーグルが目立つ。優しさを感じさせる美人だった。

その彼女が、ポップの下敷きになっている。

まだポップは痛みに苦しんでいるようで目を閉じて小さく唸っているが、女性の方はすでに立ち直り体を起こそうとしていた。そうしたところで彼女は気づく。自分の上に見知らぬ男が乗っていることに。その男の手が、自分の胸元を掴んでいることに。

 

「……ん?」

 

予期せぬ痛みを受けたせいで一瞬だけ五感情報が途切れたポップは、現在の自分の状況が理解できていなかった。ただ、痛みに耐えるように目を閉じたままの状態で、ポップはふと違和感に気づいた。右手に感じるとても柔らかな感触。倒れたということは理解できていたので、体を起こそうと力を入れたため、手の平から五指のすべてに至るまで、その感触を堪能することが出来た。

これは何なのだろうと考え、正体を確かめるべくもう一度、今度は意識してはっきりと触る。彼の今までの人生の中でも他に例えようのない、体験したことのないような柔らかな感触。指先を動かすたびに自己の存在を主張するように押し返してくる。手の平全体から温もりが伝わり、何とも言えない幸せな気分になってくる。

よくよく意識すると、自分の体は何か柔らかく温かいものの上に乗っているようだ。右手に感じるそれよりは硬いが、それでもとても心地よく感じる。

 

「んんんん??」

 

触覚がはっきりしてきたことで、続いて聴覚と嗅覚も覚醒してきた。

聞こえてくるのはダイが自分の名前を呼ぶ声。そしてもう一つ、聞きなれない女性の声が聞こえている。鼻腔をくすぐるのはとても甘い香り。少し汗の匂いも混じっているが、不快ではない。むしろもっと嗅いでいたくなるような魅力を持っていた。

そこまで感じたところで、ポップの脳裏に猛烈に嫌な予感が走った。自分がどんな状態になっているのか、今更ながら想像できたのだ。もしも自分の想像が間違っていなければ――

 

――とりあえず、まずは全力で謝らねえとな。

 

そう覚悟を決めると意を決して目を開く。最初に飛び込んできたのは、小山のように豊満な膨らみだった。そして、男の下心を誘うその魅惑の谷間に、キラリとした輝きを見つける。奇しくもそれは、ポップたちが身に着けているのと同じ、輝聖石のペンダントだった。驚きのあまり強く見つめてしまう。

 

「こ、これは卒業の証!! ってことは、お前がマァムか!?」

「ええ、そうよ……私のこと、よくご存じみたいね……」

「ん? どうした……」

 

同じアバンから学んだ仲間を幸先よく見つけたことで忘れかけていたが、マァムの怒りに満ちた表情でポップは自分が先ほどまでどうしていたのかを思い出す。

要約すれば、ポップがバランスを崩してマァムを押し倒してしまい、起き上がろうとしたところで胸を揉んでしまう。調子に乗って二度三度と揉んだところで、さらに感じるは汗のアクセントがついたマァムの匂いを堪能。覆い被さった状態で倒れているため、体同士も密着している。目を開けた途端に胸元を見つめ、しかも謝罪の言葉の一つもない。

 

「って!! 違うぞ!! 違うからな!!」

 

慌てて体を起こすとマァムから離れ、必死に誤解だと訴える。だがどうあがいても許されないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「問答無用!! なんなのよあなたは!!」

「ぎゃああああああ!!!」

 

手加減抜きのマァムの一撃がポップを襲う……いや、一発だけでは足りないとばかりに続けて二発、三発と続けて攻撃が叩き込まれていく。

 

「ポップ!! 待って、ちょっと待ってあげて!!」

「こりゃよさんかマァム!! 気持ちは分かるが落ち着け!!」

 

ダイと長老が必死で止めようとするが、マァムはまるで話を聞かない。

そしてお忘れかもしれないが、ここは長老の家の玄関を出てすぐの場所である。大騒ぎのせいで村人の何人かはこの騒動を目撃しており、ポップの評判がちょっとだけ変動した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「……悪かったって言ってるでしょう? だからホイミもしてあげたじゃない……」

 

全員の必死の説得と暴れていた場所が場所ということもあって、あのすぐ後にはマァムは正気を取り戻していた。逃げるように長老の家へと全員入り、そこで行われた必死の会話劇によって、どうにか彼女の怒りも静まっていた。

自己紹介を行い、それぞれがアバンの教え子だということも説明し、卒業の証も見せあったことでようやく誤解も解けていた。そして彼女の言うように回復呪文まで使って怪我を治したのだが、呪文でもポップの機嫌までは治らなかったらしい。

ムスッとした険しい表情を浮かべており、それを見たマァムが先ほどの謝罪の言葉を述べていた。

 

「ったく、ちょっと触ったくらいでぎゃーぎゃー気にしすぎなんだよ。チルノだったらそんな……」

「ポップ?」

 

暗くなった雰囲気に負けたのか、ポップが軽口を叩く。だがそれは別の導火線に火をつける結果となった。その言葉にダイはいち早く反応すると口を開く。

 

「姉ちゃんになにかしたの?」

 

絶対零度の言葉とはこういうことを言うのだろうか。仲間同士であるはずのダイからポップへと語られたとは思えないほどの、底冷えするような口調。暗く冷たい感情を圧縮して込めればきっとこんな風に言えるのだろう。

追い詰められていたハドラーもきっとこんな感覚を味わったのだろうかと、場違いなことを考えながらポップは恐怖に震え、それ以上何も言えなくなっていた。

 

「チルノって誰なの?」

「おれの姉ちゃんだよ。ちょっと事情があって今はいないけれど、一緒にアバン先生の修行を受けたんだ」

 

マァムの問いかけにダイに感情が戻り、まるで何もなかったかのように普通にダイは返事をする。その落差がさらに恐怖を加速させ、このまま黙っているのは不味いと直感的にポップは口を開く。

 

「い、いや違うからなダイ! そりゃ、指導の時に腕とか掴んだけどよ。そのくらいは普通だろ!?」

「どうだか? 指導の名目で、そのチルノって子を相手に鼻の下を伸ばして触ってたんじゃないの?」

 

マァムの言葉にダイからの重圧が再び強くなっていくのを感じる。

 

「違うって言ってるだろ!……そ、そんなことよりよ、マァムだっけ? お前はアバン先生からどんな修行を受けたんだ?」

 

この話題を続けると命がいくつあっても足りないと思ったのでポップは強引に話題を変える。とはいえ露骨な話題転換から誤魔化したことはダイとマァムにはしっかりとバレており、二人は後でチルノ本人に直接会ったときに根掘り葉掘りしっかりと聞いておこうと心に誓っていた。

 

「私は僧侶の修行を受けたわ」

 

そんな考えはおくびにも出さず、マァムは答える。

 

「へえ、僧侶かぁ……」

「ってことは回復呪文とかが得意ってわけか」

「うむ。実際にマァムの回復呪文には村の者も世話になることがあるんじゃよ」

 

長老が少々情けない顔をしながら言った。まだ若い年齢のマァムに頼っている現状に納得し切れていないのだ。

 

「けど、ここってモンスターが出て来るだろ? しかもさっき、森の中にも入るって言ってたけど、攻撃力のない僧侶がバギ系の呪文だけでそこまで戦えるのかよ?」

 

「確かに僧侶は攻撃力が低いし、そもそも私は攻撃系の呪文は覚えてないわ。でも私には、先生の作ってくれたこれがあるから」

 

そう言うとマァムは、腰のホルスターから拳銃によく似た金属塊を取り出す。

 

「それは?」

「確か、鉄砲って武器だろ? 前に聞いたことがあるぜ」

「ううん、違うわ。これはアバン先生が私にくれたの。魔弾銃といって、呪文を撃ち出せるのよ」

「呪文を!?」

「そう。この弾丸の中に予め呪文を詰める必要があるんだけどね」

 

そう言いながらマァムは弾丸を取り出して見せた。弾丸の先には宝石のような小さな石が付いており、そこに魔法を封じ込めることが出来る。

 

「なるほど。それがあるから、攻撃力の低さもカバーできるってわけか」

 

マァムの説明に納得したようにポップは頷き、だがそれからすぐに納得できないと言った表情を浮かべ直した。

 

「でもよぉ、さっき殴られたとき滅茶苦茶痛かったぜ。あれで攻撃力がないってのは嘘だろう?」

「ポップ!」

 

その言葉にマァムは一瞬怒ったような反応を見せるが、だがすぐに諦め顔になる。

 

「……って言いたいところだけど、悔しいけれど否定できないのよねぇ。私の父さんは戦士だったから、それを引き継いでいるみたいなのよ」

「マァムの両親は、父は戦士ロカ。母は僧侶レイラ。二人ともアバン殿と共に戦った仲間でもあるのじゃよ」

「へぇ~」

 

英雄二人の間に生まれた子供。まさにサラブレッドである。英雄の子供という肩書きのためか、二人は自然と声を上げていた。

 

「そういうこと。二人の資質を受け継いだから、私は僧侶戦士ってところかしら」

 

そんな話をしながら交流を深めていると、不意に家の扉がコンコンと叩かれた。長老が返事をすると、扉の向こうからマァムに似た面影を持つ女性が姿を現した。

 

「マァム、まだ長老様の家にいたのね」

「母さん!?」

 

現れたのはマァムの母、レイラだった。

 

「遅いから心配したのよ。長老様のところへ行くって出て行ったきり戻ってこないんだから」

「あ、ごめん母さん。でもね、聞いてよ。この子たちもアバン先生の弟子なんですって!」

「まぁ、アバン様の……」

 

娘の言葉を聞き、レイラは丁寧に頭を下げる。

 

「紹介するわね。母のレイラよ」

「この人が、アバン先生と一緒に戦ったっていう……」

「よくご存じで。長老様にお聞きになりましたか?」

 

何気なく呟いた言葉にレイラは敏感に反応し、微笑を浮かべた。

 

「もう十五年くらい前でしょうか……主人は戦士として、私は僧侶として。アバン様にお力添えをしていました。魔王を倒し世界が平和になった後に、一度この村を訪ねてこられて……その時にマァムを教えていただいたんです。五年位前になりますかしら……」

「私の魔弾銃も、卒業の日に貰ったのよ……懐かしいなぁ、もうそんなになるのね……」

 

レイラとマァムは、ともに在りし日の記憶を思い出すように遠い目をする。

 

「そうだわ! この村に泊まっていきなさいよ。久しぶりに先生の話を聞きたいわ」

「それがいいわ。ぜひ泊まっていって」

「えっ! で、でも……」

「なぁ……もう長老様のところに泊まるって先約があるし、宿代も払っちまったし……」

 

マァムの提案に、バツが悪そうにダイとポップは顔を見合わせる。アバンが実は生存していることを知らない二人からすれば、マァムたちに真実を語ることなど到底できなかった。この村で一晩泊まるのは決めていたことだが、彼女の家に泊まれば必然的にアバンの話をしなければならなくなり、そのままボロを出てしまいそうで、なんとか断れないものかと先約があることを理由に言葉を濁す。

 

「いやいや。わしの家よりもレイラ殿の家の方が良いじゃろう。同じアバン殿に学んだ者同士、積もる話もあるじゃろう。宿代のことなら心配いらん。代金に見合った分の材料を提供させてもらうから、二人には豪華な夕飯を振舞ってやってくださいな」

 

純粋な親切心からそう言う長老の姿を見て、退路が断たれたことを理解する。ダイたちはそれ以上何も言えなくなり、マァムの家に一晩厄介になることなった。

 

 




魔の森とクロコダインのシーンは当初の予定ではカットでした。
ぶっちゃけロモスは全部カットかな?と、初期妄想(誤字にあらず)はそんなノリでした。
でも途中から「書こうぜ?」と頭の中で私のゴーストが囁き、気が付いたら書いてました。
そして1話に全てをまとめるとすごく長くなりそうなので、一旦ここで切ることに……計画性のなさが露呈していますね……
全部スギ花粉が悪いんだ……(春先限定)

魔の森で迷わなかった分だけ日程を短縮しているダイ一行。ミーナと偶然の出会いをせず、そもそも道に迷わなければこんなもんでしょう。普通に村について、偶然アバンの使徒の仲間のことを知る。
こんな展開で大丈夫か? ……なんとなくだけど後が色々と大変そう……(他人事)

アバンとポップがデルムリン島に来るまでのルートがわからない。具体的には魔の森を通ったかどうか。通ってたらポップが多少なりとも知ってて森の中を舵取り出来るよなぁ……と悩む。
色々と個人解釈した結果、(原作の描写から)ネイル村はスルーしてて、魔の森はアバンが直線距離で突っ切ったと予想。ポップはその後を付いていただけ。森の詳細なルートは分かってない。という扱いにしています。文中で偉そうなこと言ってますが、ポップだけなら迷ってたと思います。
(ルーラで一気に森を超えて大陸南端の村(あるのか?)まで進んだ可能性もありますけど)
あ、魔の森の西側東側街道云々については独自解釈ですのであしからず。

ポップのラッキースケベ。多分ここが最初ですかね?(明後日の方を向きつつ)
胸を「がしっ」と鷲掴み。しかも上に覆いかぶさった状態です。原作でも似たようなことはしてますけれど。それはそれとして、入れておかないと。
え? 別にそんなシーンは必要はないだろう? ……何を仰っているのやら? ご両親に何を学んできたんですか?

というかマァムさん。肌を大きく出して胸元も開けた服着て森の中に入るなんて、襲ってくれって言ってるようなものですよね? ……ブヨとか藪蚊とかのことですよ。あと漆にかぶれたりススキで肌を切ったり。これだからホイミとキアリーで治ってしまう世界の人間は……

ゴメちゃんはついてきているはずなのに、全然出番がない件。つい書くの忘れるんですよね、目立った動きもしないし、下手に書くとテンポも悪くなりそうで……

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