隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:110 残った罠

「大魔王……バーン……」

 

 乾いた布から無理矢理水分を搾り取るような感覚で、レオナは声を絞り出した。だが、当のバーン本人はレオナに一瞥すらくれず、キルバーン目掛けてゆっくりと歩みを進めていった。

 

「この状況、なるほど。ほぼ余の予想通りといったところか」

 

 僅かに走らせた視線の先にあったのは、ミストバーンが身に纏っていた長套の残骸。ダイの意識を乗っ取ったミストバーンの姿。そして追い詰められたようなキルバーンの姿だ。それらを目にして、大魔王は呟いた。

 

「キルバーンよ、一つ教えておこう。ザボエラは余が始末した」

「なっ……!!」

 

 その言葉に死神は絶句する。それはつまり、彼がアテにしていた計画の一つが潰れたと言うことに他ならない。超魔生物の研究も(ドラゴン)の騎士の量産化も、実際の責任者であったザボエラがいなればお話にはなるまい。

 仮に研究資料が残されていれば可能性もあるだろうが、バーンがそのような可能性を残しておくとは思えなかった。少なくとも、そんな甘い考えに期待できる相手ではない。

 

「余の首と奴の技術を手土産にヴェルザー側へ引きずり込む、か。報酬としては悪くはないだろうな。余の計画を知れば、ザボエラの性格からして乗ってくるだろう。ハドラーに施した劣化(ドラゴン)の騎士の技術も、いずれは本物に負けぬほどの力を発揮しても不思議ではない。数が増えればいずれは確実に余の邪魔となるだろう」

 

 全ての計画を白日の下に曝け出すその語りを、キルバーンはただ無言で聞いていた。

 

「だが問題は時間だ。余がこの地上で何を行うのか、その計画の詳細を知るお前では、悠長なことはいっておれん――というより、もはや今このタイミングで手を打つより他はない。チルノというイレギュラーより得た知識を活用し、人間たちをも利用してでも余を倒さんとした大博打は中々見事であったぞ」

 

 蓄えられた髭を撫でながらのその姿は、どこか部下の成果を褒めるようにも見える。

 一方、人間たちはバーンの言葉に驚いていた。ただ、彼が想定していたのとは少々違う部分でだが。

 

「ザボエラをバーンが倒しただと!?」

「外周部に直接出向いたのか!?」

「まさか、フローラやホルキンスたちも……」

「ん? ……ああ、なるほど。お前たちはそう考えても無理はないか」

 

 どうしてそのように驚いているのか瞬時に理解することが出来ず僅かに首を捻るものの、その原因にすぐさま気付いたバーンは物のついでとばかりに答える。

 

「外にいるアレはヤツの用意した偽物よ。本物は別の場所で逐電の準備をしておったわ」

「偽物……」

「そういえば、そうよね。本来なら、私を正気に戻ったフリをして内部に誘い込むって作戦だったのに、それが崩れた。ならザボエラの性格から逃げていても不思議ではなかった……むしろわざわざ姿を現したのがおかしかったのね」

 

 特に当事者の一人となっていたチルノは、その可能性に到らなかった自分を恥じる。尤もそんな場合ではなかったという理由もあるのだが。とあれ、腹立たしいことに敵の手によって未来の危機の一つが去ったことで、少女は少しだけ悔しがる。

 

「ち、ちく、でん……?」

「逃げるという意味じゃよ」

 

 ただ一人、チウだけ別の意味で頭を捻っており、近くにいたブロキーナにこっそり教えて貰っていたが。

 

「さて、何の話であったかな……おお、そうであった。裏切り者の処分についてだな」

 

 わざとらしい前置きをしながら、大魔王は再びキルバーンに目を向ける。

 

「元々貴様はヴェルザー配下であることは承知の上。物騒な死神を飼っておくのもまた一興と思っていたが……この場面で明確な裏切りを見せた以上、もはや捨て置けん」

「フフ、フフフ。いいんですか……いや、いいのかいバーン?」

 

 もはやへりくだり言葉遣いを取り繕う必要性すらないと考えたのだろう。敬語を止めて対等な口調を使っていた。

 

「この場にはまだバラン君らがいる。ボクの始末よりも先に、貴様の討伐に動くことだって……」

「であろうな。それもダイが人質となっていなければ、だが」

 

 地上世界に大穴を開けることを目的とする――それも計画成就は寸での所まで来ている大魔王と比べれば、まだ地上世界の征服を画策しているヴェルザー陣営の方は後回しに出来るだろうという目算があった。

 必要であれば――どちらも本意でないのは言うまでもないが――共闘して大魔王を倒したって良い。天秤に掛けた物の大きさから考えれば、大魔王を先に倒すことを選ぶ可能性はあるはずだ。

 その考えは、ミストバーンの存在によってあっと言う間に無に帰した。

 

「余は奴らにこう持ち掛けようではないか。勇者たちよ、裏切り者の死神を倒せ。さすればそなたらの大事な仲間は解放してやろう。とな」

「バーン様!?」

 

 ミストバーンが流石に抗議の声を上げる。ようやく手に入った敵側の最強の駒をあっさりと手放すことなどありえないとばかりだ。だがそんなことは大魔王とて織り込み済み。続く言葉を勇者たちに向けて投げかける。

 

「勿論、この言葉を信じるか信じぬかはそなたらの自由だ。だが、信じねばダイが死ぬ。これだけは確約しよう。さあ、どうする?」

「…………」

 

 問いかけに対し、一瞬言葉に詰まった。

 提示された条件を、勇者たちが呑むはずがない。その可能性はほぼ確実と言って良い。だが呑まねばダイに危険が及ぶのは、それ以上に確実なことと印象づける。いわゆる不自由な二択というやつだ。

 当然、キルバーンも倒すべき敵の一人という認識ではあるがそれも今この場で、大魔王とミストバーンに操られたダイに挟まれた状態で不用意に動くのは避けたいという気持ちがあった。

 

「……バーン!!」

 

 問答に耐えかねたようにアバンが声を上げる。 

 

「あなたは知らないのかも知れませんが、キルバーンの正体は――」

「ああ、あの使い魔であろう?」

 

 だが続く言葉をバーンは予期していてかのように平然と答える。あまりに自然なその返答に、むしろアバンらが面食らうほどだ。

 

「初めて奴が余の前に現れた時から察しはついておった。そなたの言葉でより確信に到ったというところだ。感謝しよう、アバンよ」

「……くっ!」

 

 アバンの目論見としては、キルバーンの本体についての情報を共有させることで時間を引き延ばし、あわよくば人形の始末をバーンたちにさせてしまおうというものだった。ましてや人形には黒の核晶(コア)が仕込まれている。それを知らせれば、バーンとて動かざるを得ないだろうと、そう考えていた。

 

「安心しろキルバーン。あの使い魔――いや、アレが本体か。まあどちらでもよい。アレの居場所は余も既に把握しておる。すぐにそなたの元まで向かうが、勇者たちが人形を倒すまでの間は生かしてやろう。それどころか、勇者どもに勝利すれば多少の温情を与えてやっても良いぞ」

 

 だがそれも容易に水泡に帰す。

 大魔王は既にピロロの居場所を把握しており、生殺与奪の権利はおろかこの戦場における手綱のすべてはバーンの手中にあった。仮に人形内部の黒の核晶(コア)を作動させたとしても、バーンの力ならば本体の処分と爆弾の処理を瞬く間にやってのけるだろう。

 絶対的優位のまま、最後通告とばかりにキルバーンの反応を待つ。

 

「アハ……アハハハハ!! ハハハハハハハハハハ!!」

「な、なんだ!?」

「この状況で笑うだと?」

「絶体絶命の状況に狂った……とか?」

「アハハハ! 魔法使いクン、ボクは狂ってなんかいないさ」

 

 突如として狂気染みた笑い声を上げるその姿は、なんとも不気味であった。ポップの言うように、全ての計画が看破されたショックでおかしくなったと考えても不思議ではない。だがキルバーンにはもう一つだけ、策が残されていた。

 

「確かにチルノは正気に戻り、ミストへの不意討ちは失敗に終わったさ! でもね!!

ボクがこの状況を予想していなかったとでも!? まだ罠は残っている!!」

「ほう……」

 

 その言葉に大魔王は少しだけ意外そうな顔をする。

 全ての手を封じ、例え知らぬ罠が残っていたとしても全て対処できるとバーンは考えていた。だがキルバーンの様子から、この状況にあってもまだ有効な切り札を隠し持っているのが窺えたからだ。

 

「仮にミストを……若かりしバーンの肉体を消滅させることができても、ボクを狙ってくるのは当然さ! だから――」

 

――パチン。

 

 そこまで言うと死神は指を鳴らした。だが変化は何も起こらない。

 誰しもがそう思った時だ。

 

「……えっ!?」

 

 チルノは不意に、自身の視界がブレているのに気付いた。何が起こっているのか確かめるように周囲を、そして自らの身体を確認するように見回して、そして理解する。

 

「ちょっと、これ!? まさか……!?」

 

 声が聞こえたのはそこまでだった。その言葉を最後にチルノの姿は煙のように消える。

 

「チルノ!」

「いったい何処へ!?」

 

 仲間たちが見たのは、まるで蜃気楼かなにかに包まれたようなチルノの姿。ゆっくりとブレていくその姿はやがて何事もなかったかのように止まった。さながら彼女の姿を覆い隠したことで役目は終えたとばかりに。

 

「フフフ……さあ勇者たち! 命に代えてもバーンたちを倒すんだ!! チルノの命が惜しければねぇっ!!」

 

 その言葉で――いや、先ほどの言動でも充分に分かることだが――この事態はキルバーンの仕業だった。仮にミストバーンを倒したとしても、次にバランらに狙われることは十二分に考えられる。

 ならばそれをどうやって回避するか。

 その答えがこれ。弱みを握ることで動きをコントロールさせるということだった。

 

「チッ、頭の悪いことを……」

「だが無視するわけにも行かんぞ。見捨てるなど論外だ」

「ならばやることは決まっている」

「……案外チルノならなんとかしそうな気もするけどね」

 

 口々に文句を言うが、とはいえ取り合わないわけにもいかない。短絡的な策ではあるが、効果という点では充分に意味のあることだった。ヒュンケルらが困惑する中、レオナはぽつりと楽観的とも言えるような事を言う。

 

「なんとも醜いものだな」

「黙れ!! さあ、どうするんだいバーン。これでお前の言うことを聞く必要もなくなったよ?」

 

 短慮な行動にバーンは珍しく嘆息してみせた。だがキルバーンにはその言動をまともに取り合っている余裕もない。

 彼が普段目にし続けた、相手の命を弄ぶ残酷な死神の姿などもはや何処にも存在しない。ただひたすらにワガママを叫び続けてかんしゃくを起こす子供のような姿。その姿が更にバーンを消沈させた。

 

「目には目を、人質には人質を。とでも言うつもりか? 追い詰められ、無様にも敵の力に縋ってでも目的を果たそうとする……こんなものは策ではない。ただの悪あがきと呼ぶのだよ」

「何とでも言うが良いさ! お前を殺せるならねぇ!!」

「そうだな。だがまずお前が死ね」

 

 大魔王と死神。二人の会話に割り込む形で、ラーハルトが動いた。持ち前の瞬足を生かして音すら置き去りにするほどの速度でキルバーンへと肉薄すると、そのまま通り過ぎざまに槍を振り回す。

 穂先が描いた軌跡はキルバーンの首へと寸分違わず吸い込まれ、そして僅かな抵抗も見せずに通り過ぎていた。完全に刎ねたはず。だがその考えは槍から伝わってくる感覚によって裏切られる。

 

「っ! 手応えが……!?」

 

 軽い。あまりにも軽すぎる感触。抵抗が少ない(・・・)のではない、完全に無い(・・・・・)のだ。空気でも切り裂いたような予想外の感覚が、ラーハルトを驚かせる。

 

「アハハハ!! 馬鹿だなぁ、いつまでもボクがここに留まる理由はないんだよ」

 

 首が切れた状態でキルバーンが叫ぶ。いや実際には景色が歪み、首が切れたように見えているだけである。先ほどチルノをどこかへ転送したのと同じ技法を使い、今度は自身をどこかへ飛ばそうとしているのだ。

 

「安全なところからキミたちがバーンを倒す姿を見物させてもらうとするさ。勿論、バーンにも捕まらない場所でね! さあ頑張りたまえよ勇者諸君!!」

 

 言いたいことだけを口にして、キルバーンの姿はチルノの時と同様にフッと消えた。後に残されたのはバーンらとバランらのみ二組だけだ。

 

「ふむ……さてどうする勇者たちよ? キルバーンは姿を消し、残ったのは我々のみ。キルバーンを追うか? それとも余と戦うか?」

 

 少しだけ探るような様子を見せると、バーンは少しだけ残念そうに口を開いた。

 その様子から察するに、どうやらキルバーンの居場所を見失ったようだ。でなければ、このような台詞を吐くことはないだろう。

 

「余はどちらでも良いが……まあ、目に見えている方を優先すべき(・・・・・・・・・・・・・・)であろうな」

「承知しました!」

 

 再び逡巡するような仕草を見せ、やがて決断したようにバーンはミストバーンへ視線を向ける。それだけでミストバーンは全てを察し、残るアバンの使徒たち目掛けて襲いかかってきた。

 

「ディーノ!!」

「バランか」

 

 さすがに操られた状態ではダイの剣を抜くことは出来なかったようだ。移動の最中に一度だけ抜刀するような動作を見せ、そして動かなかったことを確認すると、ミストバーンはならばとばかりに拳を繰り出してきた。

 それも、どこから覚えたのか、当然のように竜闘気(ドラゴニックオーラ)を交えての一撃である。今までのダイよりも数段鋭い攻撃を、バランは真魔剛竜剣の腹で受け止めてみせた。

 

「まさか再び、我が子と本気で剣を交えねばならぬとは……」

「本気? なにか勘違いをしているようだな」

 

 思わず口を突いて出た言葉を耳にし、ミストバーンは嘲るように鼻で笑うと第二撃を繰り出した。

 

「ぐおっ!!」

 

 その攻撃はバランが反応に遅れるほどの速度で繰り出された。それでも何とか肩口で攻撃を受け止めはしたものの、攻撃力も想定よりもずっと大きい。手痛い衝撃にバランは苦痛の声を上げながら吹き飛ばされる。

 

(ドラゴン)の騎士の肉体を私が気兼ねすることなく全力で操れば……バラン、貴様をも凌駕するのだ。本気ではなく、殺すつもりで来い」

 

 ミストバーンに肉体を乗っ取られた者は、その暗黒闘気の影響なのか肉体が黒く染まる。極度に日に焼けたようなその体色は、今までのダイとは全く異なる印象を見る者に与えていた。体色だけ見ればチルノに近いものの、だが見た目からの印象は正反対であった。

 そして額には、暗黒闘気の集合体である姿を縮めたような黒い飾りが鎮座する。それこそがミストバーンの本体――だが今はダイの肉体の奥底まで入り込み、彼を操っているのだ。

 

「いや、貴様が死ねばこの肉体は双竜紋(そうりゅうもん)をも手に入れるのだったな……ならば此処で貴様を殺す方が先か」

 

 それまで一度も見せたことのないような邪悪な笑みを、ダイの顔は浮かべていた。

 

 

 

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「ここは……?」

 

 突然訪れた見たことのない場所に、チルノは慎重に周囲の様子を窺っていた。

 周囲は絵の具を溶かしたように真っ黒であった。上空には星々にも似た緩やかな明かりが明滅しており、一見すればどこか深夜のようにも感じられる。

 だが決定的に違うのは、周囲の気配だ。

 生き物の存在が一切感じられない。何もない空間にたった一人だけ放り出されたような、そんなうすら寒い感覚を覚えてしまう。

 

「たしか、あの時に景色が歪んで……多分、飛ばされたってことよね? ジャッジの異空間が確かこんな感じだったような……」

「ご名答だよ」

 

 頭の中の考えをまとめるように一人呟いていただけの声に、同意の言葉が加わる。彼女はその声のした方向を忌々しげに睨み付けた。

 

「……キルバーン」

「ジャッジのことも知っていたか」

「でも、鎌はなかったようだけれど?」

 

 ジャッジとは、キルバーンが所持している魔界の遺物の一つである。胸から上に腕と頭しか存在しない機械人形といったデザインをしており、両手でも余るほどの大鎌を持っているのが特徴だ。

 その用途は決闘による完全決着。

 鎌には空間を切り裂き異空間へと相手を引きずり込む力が秘められている。その能力で対戦相手と一対一となり、ジャッジそのものが審判役となり異空間に封印された両者の戦いを見守る。一切の邪魔の入らない異空間で戦い、敗者はジャッジに首を刎ねられるという判決で決闘が終了する。

 

 チルノが言っているのは、そのジャッジの鎌のことだ。大鎌によって引きずり込まれた覚えなど彼女にはなかった。

 

「当然だよ。なにしろ今回の場合は鎌ではなく、キミの着ている服が原因だからね」

「これが?」

 

 真っ黒に染められたゴスロリドレスのようなそれを鬱陶しそうに引っ張る。

 

「その服はジャッジの鎌に似た効果の発動体の役割を仕込んであったのさ。戻ってきた時に着替えていなくて本当によかったよ。気に入ってくれたのかな?」

「私だって着たくて着ていたんじゃないわよ! 着替えと着替える時間と状況が許してくれれば、とっとと脱いでいたんだから!!」

 

 こんな服を着ていたのはあくまで不本意ながらであり、ここまで連れてこられたのは偶然の産物でしかないと全力で抗議の叫びを上げ、ふとチルノは気付く。

 

「……発動体?」

「そうさ。キミだって感じただろう? ここに来る時に」

 

 言われて少しだけ記憶を引っ張り出す。視界が溶けていくようなあの感覚を、彼女は直接体験したことこそなかったものの、知識としては知っている気がした。さらに少しの間だけ熟考を重ね、突如、弾かれた様に顔を上げる。

 

「――旅の扉!!」

「ビンゴ! 流石だよ」

「褒められても全く嬉しくないわね……それで? 私を人質にして、何とかなると思っているのかしら? ここに連れてこられる前の状況から推測するに、私を捕らえることで大魔王を狙うように仕向けたってところ?」

 

 嘆息混じりに状況から判断した内容を尋ねる。だがそうやって言葉にすることで、キルバーンの現状が見えてきた。決して楽観視出来るような状況ではない。いやさ、もう逆転は不可能に近いのだろう。

 

「大魔王から逃げるのに、あなたも必死みたいね」

「ウフフ、ところがこの空間だけは違うのさ。ここはジャッジが作り出した特殊な空間だからね、外からこの空間の位置を見つけるとんでもなく困難なんだよ。それこそ、大魔王といえども容易に手出しできないくらいには……」

 

――なるほど。追い詰められていたには妙な自信があったのは、それが原因か……

 

「ふぅん……安全な隠れ家で私と一緒に勇者の大魔王討伐の観戦でもしようってこと?」

「それも楽しそうだけど。残念ながらキミには人質ともう一つ、重要な役目があるのさ。その役目を果たして貰わないと」

「役目? まだ何かあるのかしら?」

 

 役目という珍しい言葉に思わず疑問符を掲げた。果たして目の前の相手はこれ以上何を自分に求めているというのか。

 

「ヴェルザー様の依り代だよ」

「……えっ!?」

 

 死神の言葉にチルノは思わず我が耳を疑った。

 

「依り代!? 何を馬鹿なことを言うのかと思えば……ヴェルザーは魂を封じ込められて魔界で石になっているんでしょう? それをどうやって依り代にするのよ!!」

「確かにヴェルザー様は封印されているさ。でもね、キミの中には強大な竜の力が眠っている。いや、竜そのものが眠っていると言ってた方が良いかな? そしてヴェルザー様ならば例え封じられていても同じ竜という因子を利用してキミを乗っ取ることもできるはずさ」

 

――試したことは無いけれどね。と最後にキルバーンは笑いながら付け加えた。

 

「ダメならダメで、利用方法はある。単純にヴェルザー様が意のままに操れる肉体としても魅力的だからねぇ……異界の竜の力があれば、今度こそ天界の住人たちを皆殺しにもできるかもしれない」

 

 なるほど。と思わずチルノは頷いた。

 相手は仮にも冥竜王とまで呼ばれた魔界最強クラスの実力者だ。天界の精霊に魂ごと封じられて力を失っても、それでもまだ行使出来る力の一つや二つはあってもおかしくない。

 そしてそれが同族――つまり竜を意のままに操る力というのは、可能性はいかにも高そうに感じられた。

 

 尤も、やられる側からすればヴェルザーに肉体を渡すなど死んでもお断りだが。

 

「だけれども、依り代にキミの意志は不要。あのまま精神混乱呪文(メダパニ)で自意識を失われたままでいてくれたら、とっても仕事がやりやすかったんだけどね。目覚めてしまったのはとてもとても残念だったよ」

 

 そう言うとキルバーンはどこからか大鎌を取り出した。そして命を刈り取るように刃をチルノへと向ける。

 

「だから、今度はキミの精神だけを殺してあげよう。大丈夫、とっても痛くて苦しいから、すぐに諦められるさ」

 

 全然安心できない情報を口にするその姿に、チルノは余裕の笑みを崩さなかった。

 

「へぇ、でも私に勝てると思っているのかしら? 私の頭の中には、貴方の罠や能力は入っているのよ」

「フフフ……ダイ君やバラン君といった(ドラゴン)の騎士やらを相手にすればボクも勝てないさ。でも、キミ一人くらいならまだ実力で勝てる。それに、まだ見せてない奥の手は山ほどある。いくら何でもその全てを知っているはずは無いからねぇ……」

 

 確かにキルバーンの言う通りだった。

 彼が本来の歴史で見せた死の罠(キル・トラップ)は、♢の9(ダイア・ナイン)の一つだけ。それ以外にも罠や呪法は用意していただろうが、その全てはアバンによって無力化されていた。そのため、チルノが知っているはずはない。

 

「奇遇ね。私もまだ見せてない、奥の手があるの」

 

 だがそれは彼女も同じだった。

 キルバーンが――いや、この世界で誰も知らない奥の手がまだ彼女には残されている。

 

「それとも、私一人なら何とでもできると思ったのかしら?」

 

 珍しく不敵な笑みを浮かべながら、彼女はキルバーンに抗うべく精神を集中させた。

 

 




チルノさんまた捕まってるよ……
ただ今回は「やってやるぜ」モードです。凄く血気盛んです。
(多分もう読んでいる人にはバレている)

キルバーンがチルノを狙っていた理由。
チルノを変身させた時に「ヴェルザーなら同じ竜の属性持ってるし、チルノの身体を依り代扱いにできるんじゃなかろうか?」と思いまして。
異世界の竜の力を使える! これを献上すれば更に評価も上がる!
というキルさんの思惑です。
(バハムートの肉体なら冥竜王よりも強そうだし)

最後に。
"一番最初の頃に妄想していたアバンVSキルバーンのメモ書き"みたいなものを発掘したので、なんとなく活動報告に貼っておきます。
(小ネタにも満たない自己満足の塊みたいな物なので見る必要は全くありません。)

活動報告ページ

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