隣のほうから来ました   作:にせラビア

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心の電池が切れてました。


LEVEL:111 マァムの意地

「空裂斬!」

「フン!」

 

 邪悪な瞳をバランへと向けるダイ(ミストバーン)であったが、彼よりも先にアバンが動いていた。抜き身の剣に光の闘気を集約させ、空の技を放つ。狙うはダイの中に潜み、その魂を蝕むミストバーンの本体だ。だがダイ(ミストバーン)は、右腕を軽く振るっただけで空裂斬の一撃を弾き飛ばして見せた。

 

「並の怪物(モンスター)なら、今の技で倒れているだろうな。だが生憎、私は並ではない。その程度の光の闘気では相手にならん!」

「くっ……」

 

 狙い澄ましたはずの一撃をあっさりと跳ね返された結果に、アバンは思わず頷く。よく見ればダイ(ミストバーン)の右腕には(ドラゴン)の紋章が輝いていた。それも、暗黒闘気の影響なのだろうか純白に光り輝いていたはずのそれは、今では闇の様に黒く鈍い色を放っている。

 陳腐な表現だが、暗黒竜の紋章とでも呼ぶべきだろうか。ミストバーンがダイの根源的な部分すらも浸食され掌握されていることの証でもあった。

 

「……ッ!」

 

 バランが己の額へと(ドラゴン)の紋章を浮かび上がらせ、強く輝かせた。

 

「ディーノ……」

 

 紋章を僅かな時間輝かせた後に、黒化した(ドラゴン)の紋章を忌々しげに睨みながら、バランはダイ(ミストバーン)から視線を切ってバーンへと向き直る。

 

「おや? 余の遊戯相手をしてくれるのならば歓迎するが、良いのか? 息子の様子を確認せんでも?」

 

 以前、死の大地で戦った時と同じように自身へと凄まじい殺気を飛ばすバランの姿を見ながら、バーンは含み笑いを浮かべながら挑発するように言う。ダイに背を向け、

 

「構わん……腹立たしいが、私にはああなったディーノを救ってやれんようだ」

 

 本当に、本当に、今にも爆発してしまいそうな感情を押し殺しながら、バランは言葉を絞り出した。

 バランが先ほど紋章を輝かせたのは戦闘準備の為ではなく、かつてダイの記憶を奪った時のように紋章の共鳴現象でミストバーンを追い払えないかという試行だ。だがその結果は、バランの行動を見て分かるように失敗だった。ダイの紋章は手の甲へと移っており、ましてやミストバーンは他者の肉体を操っているだけ。器の肉体に影響を与えられても、その奥に存在する本体には届かない。

 

「ならばディーノのことはあやつらに任せ、私は私の出来ることをやるだけだ」

「その結論が、余の足止めか……」

 

 そこまでを瞬時に見極め、バランは別の行動を取ることにした。

 届かぬと分かっていても息子の名を呼び続け、その顛末を余すところなく見届けたい。そんな本心を鉄よりも強固な自制心で押し殺しながら。

 

「バランよ、一つ教えてやろう。ミストバーンに魂を掌握され、ああなってはもはや助かる(すべ)は無い」

「……その言葉を信じると思うか?」

 

 決意の心をかき乱さんとする大魔王の言葉を、バランは一言で切って捨てる。

 

「私はあの者たちを……息子の仲間を信じている! ディーノは任せたぞ!!」

 

 真魔剛竜剣を突き付け、全ての意識をバーンへと向ける。ダイへは一切の気を回さずにいるその姿勢は、アバンらがダイを間違いなくなんとかしてくれるということに一切の疑いを持っていない。

 

「ラーハルトよ、貴様は加勢しろ!!」

「はっ!」

 

 その言葉を待っていたとばかりに、ラーハルトはバランの横に並び立った。バランと最も長く時間を共有してきたのは、他でもないこのラーハルトである。背後を任せるのにこれほど頼もしい相手はおらず、またラーハルト本人もそれを理解していた。

 そしてもう一つ理由を上げるならば、ラーハルトには闘気を使う戦闘は不得手である。自身の速度を十全に活用する戦い方しか出来ない彼には、暗黒闘気を操るミストバーンは相性が悪すぎる。

 それぞれの得意手から瞬時に必要となる戦力を選び、そしてバランの隣で戦えるという誉れをラーハルトは胸に抱く。

 

 一方、バーンは僅かに瞳を細め、苛立たしげに二人の様子を眺めていた。

 

「その殺気……余の元から去ったのはやはり惜しい……」

 

 本来ならばバランもラーハルトもバーンと同じ方向を向き、人間たちを滅ぼすためにその力を振るっていたはずなのだ。一時は叶っていたはずのそれは、今は真逆となってバーンへと襲いかかって来ている。

 敵対したからこそ分かる圧力を堪能しながら、思わず嘆息していた。だがその未練も一瞬の物。

 

「ミストバーン! もはや駆け引きは不要だ。とっとと片付けよ!」

 

 大魔王は部下に向けて命を下した後、バランらと対峙する。

 

 

 

 

 

「承知いたしました」

 

 バーンの命にダイ(ミストバーン)は仰々しく頷くと、アバンらへ拳を向けた。ダイの主たる武術は剣術ではあるが、体術についてもある程度は学んでいる。専業の武闘家と比べれば当然のように劣るものの、現状を鑑みれば決して楽観視できるものではない。

 全員の緊張感が嫌が応にも高まっていく。

 

「まずは、貴様らからだ。それが済めばバランを……ああ、ヒュンケル。お前の命だけは助けてやる。なにしろ大事な代わりの肉体(スペア)だからな」

 

 ダイ(ミストバーン)はアバンら全員に向けて舐めるように視線を向け、最後にヒュンケルを――正確にはその肉体に傾注する。これだけは大切に扱わねばならぬと戒めるようなその言葉は、ダイの肉体を持ってすればアバンらになど決して負けないという自信の表れなのだろう。

 別のことを考えながら、手心を加えてでも勝利することが出来ると言外に言い放つミストバーンのその様子にヒュンケルが怒りを露わにしていた。

 

「そう簡単にオレたちが負けると思うのか?」

「思っているとも。仮に私が操っているのがダイではなくとも、貴様らは手出しが出来んよ。それが人間の限界だからな……ククク」

 

 本来の歴史でマァムの肉体を乗っ取られた際には、彼女を犠牲にしてでもやむを得ないという考えが出ていた。ミストバーンという強敵を相手に勝利を得るためには致し方ないと、ラーハルトらはそう口にしていた。

 だが、そうまでしなければ勝利を掴めない。犠牲の上に成り立つ勝利など、誰しも好んで得たくはないのだ。

 

「貴様こそ忘れたのか? オレたちには光の闘気がある。空の技を使えば、ダイの肉体の奥に潜む貴様だけを狙い撃つことも不可能ではない!」

 

 だがその考えに真っ向から立ち向かい、光の力による勝利に賭けたのは他ならぬヒュンケルだ。状況こそ変われど、ヒュンケルの本質までもが変わるわけではない。この世界でもまた、彼は光の闘気によって勝利できると信じて疑わない。

 

 その言葉を、ダイ(ミストバーン)が首肯してみせた。

 

「確かにな。だが貴様らにそれが出来るか? 空の技といえど、肉体へのダメージはある。打ち所が悪ければ、ダイの肉体が死ぬかもしれんぞ」

 

 そう言うとダイ(ミストバーン)は自らの首を絞めるようなポーズを取って見せた。片手で自らの喉を掴み、さらには同時に舌を出して自らかみ切るような仕草を見せる。

 これはメッセージ。

 このようにすれば自害できるということを分かり易く見せつけているのだ。加えて、ワザと防御を解くことで肉体に大ダメージを負わせることも可能だ。空の技がどのようなものかはミストバーンも身を以て知っている。

 

 迂闊な行動を取れば――もとい、迂闊な行動を取らなくてもミストバーンの気分一つでダイは命を落としかねない。

 そうなれば大魔王軍としてもしめたものだ。

 仮に双竜紋(そうりゅうもん)を手に入れることが出来なくとも、勇者ダイを葬り去ることが出来れば、それは大魔王バーンを倒せる者はもうこの世に存在しなくなったことを意味する。

 そういう意味では、これは本来の歴史よりも難易度がずっと上がっていた。

 

 明らかな脅しとも取れる言葉を耳にしながら、だがヒュンケルは顔色一つ返ることはなかった。

 

「ダイもまた光の力を信じているはずだ。そしてオレも、光に賭けてみせる!」

「いえ、ヒュンケル。私にやらせてください」

「アバン殿!?」

 

 動こうとしたヒュンケルをアバンが手で制する。

 

「バランに――ダイ君のお父様に、息子さんを任されてしまいましたからね。教師として彼を導いた手前、私にも意地があります」

「待てアバン、オレが――」

「アバン先生……私に、私にやらせてください!」

 

 ミストバーンを倒すには自分の役目だとばかりに食って掛かろうとするヒュンケル。だが彼の言葉を遮ったのはマァムだった。彼女にしては珍しくと言うべきか、強い決意と責任感に満ちた瞳を見せながら、アバンらよりも一歩前へと出る。

 

「マァム!?」

 

 予想外の立候補にポップは驚いていた。声に出したのは彼だけだが、アバンもヒュンケルもまた、口には出さないものの彼女の行動に目を丸くしていた。

 

「しかし……!」

「まあまあ、ここは教え子を信じてあげてよ」

 

 意を決したその姿に圧倒されながらも、だがまだ悩む姿をアバンは見せていた。ヒュンケルもまた、どうしたものかと戸惑う。そんな彼らに、予想だにしない者から声が掛かる。

 

「老師……?」

「あの子に未来の話を聞いて、マァムも色々と頑張ったのさ。ワシも修行を手伝ってあげてね」

 

 あの子、とは言うまでもないだろうがチルノのことである。彼女から話を聞き、マァムの心の中には一つの覚悟のようなものが生まれていた。その覚悟を是非とも叶えさせてあげたいという師の思いがそこにはある。

 

「だから、ここはマァムに譲ってあげてくれるかい?」

「……わかりました」

「マァム、任せたぞ」

「ダイのこと、頼むぜ」

「ええ、任されたわ」

 

 ブロキーナの言葉をアバンは僅かな逡巡の後に頷き、続いてヒュンケルとポップが彼女に声を掛ける。頼もしい声援を背中に受けながら、マァムは静かに頷いた。

 

「話し合いは済んだか?」

「あら、随分と優しいのね……待っててくれるなんて……」

「最期の晩餐、と言ったか? 死にゆく貴様らへのせめてもの手向けだ」

 

 ダイの顔を邪悪に歪ませながら余裕たっぷりに語るミストバーンを見ながら、けれどもマァムは奇妙なほどに心を落ち着かせていた。心情は凪いだ水面を思わせる程に穏やかなまま。どれだけの挑発、罵詈雑言を浴びせられようとも、まだ(・・)彼女の心が揺らぐことはないだろう。

 

「ミストバーン……私の事を覚えているかしら?」

「……?」

 

 その言葉の真意を測れず、ダイ(ミストバーン)は僅かに眉根を寄せる。

 

「武闘家マァム。ロモスにてダイたちの仲間となり、一時戦列を離れるものの再び合流。僧侶の呪文に加えて、格闘術を操る――」

「そう……覚えてないならもういいわ」

 

 発せられたのはマァムに関する情報、魔王軍が知る彼女の情報だった。バーンの配下であれば誰でも知り得る事の出来る共通した情報。それを耳にした途端、彼女は落胆し溜息を一つ吐き出す。

 

 ――今はこの程度、か……まあ、仕方ないわね!

 

「ダイ、聞こえる!? ちょっとだけ痛いかもしれないけれど我慢してね!!」

 

 心の中でそう吐き捨てるとマァムはダイに向けて叫び、続いて一気に闘気を高める。

 静から動への瞬時の転換。それは振れ幅が大きければ大きいほど、爆発的な威力を生み出す。マァムの心は先ほどまでの穏やかな心が嘘のように嵐のような激しさと、火山のような荒々しさを見せながら彼女へと力を与えていた。

 

「はっ!!」

 

 その勢いをも利用したまま、マァムは一直線にダイ(ミストバーン)目掛けて突進していく。傍から見ればイノシシの如き猪突猛進ぶりだが、そこには単純な突撃と思わせないほどのパワーが込められている。

 

「フン! その程度では!!」

 

 だがダイ(ミストバーン)はマァムの突撃に対して、余裕すら持ちながら迎撃を試みていた。そもそも徒手空拳の技術だけで比較すれば、マァムに軍配が上がる。如何に(ドラゴン)の騎士と言えども技能の差は容易に埋められる物では無い。

 その彼我の差を埋めるのが、ミストバーンの能力だ。肉体の損傷すら意に介さずに動き、圧倒的な力を発揮することで敵を容易に倒す。

 今回もそれを行うだけと断じながら、ミストバーンはマァムに向けて拳を振るった。

 

「そこっ!」

「ちっ!」

 

 繰り出されたダイ(ミストバーン)の拳は、彼女が知るダイの一撃よりもよほど速かった。だが、速くとも対処できなかったわけではない。

 突進の速度を緩めぬまま、マァムは見事な体捌きでダイの拳を寸前のところで避けた。拳が頬を掠めて擦り傷が生まれるものの、それ以上ダメージらしいダメージを受けることもなくダイの懐まで潜り込んでみせた。

 ミストバーンは自らの目論見が外れたことに舌打ちこそすれども、わざと大ダメージを負いマァムの心をかき乱すべく全身の力を抜く。

 

「はっ!!」

 

 互いの息づかいすら聞こえそうなほど接近した状態から、マァムはダイ(ミストバーン)の胸元に掌底を叩き込んだ。ミストバーンの考えを知ってか知らずか、その威力はマァムが普段放つ攻撃と比べれば雲泥の差。当たればダメージは皆無ではないだろうが、一般的な兵士程度に鍛えていれば充分に耐えられる程度のものだった。

 明らかに加減された一撃を見て、ミストバーンは表情を歪ませる。偉そうなことを言っておきながら、所詮は無策で突っ込んできただけかと嘲笑しようとしたときだ。

 

「ぐ……ぐぎゃあああああ!?!?」

 

 今まで生きてきた中で、一度とて感じたことのない"激痛"による衝撃。

 生まれて初めてと言っても良いほどの強烈な衝撃を体験し、その驚きのあまりミストバーンは苦痛の悲鳴を上げた。

 

 ダイ(ミストバーン)の反応にアバンらは驚きの声を上げる。自ら名乗り出たのだから、何かしら勝算があるとは思っていたが、実際に目にすると驚きの度合いはまた違う。

 そして当人たるマァムは、上手く行ったことで小さく息を吐き出して安堵していた。

 

「な、何故だ!? 一体何が!?」

 

 どうしてダメージを負ったのか理解が及ばない。耐えきれず悶絶していた。反射的にマァムに殴られた部分を抑えながら、ダイ(ミストバーン)はうずくまりながら叫ぶ。

 

「……パプニカでの戦い」

「パプニカ、だと……!?」

 

 ポツリと呟かれた言葉から連想される情報とは果たして何なのか。ミストバーンは必死で記憶を探ろうとするが、痛みが邪魔をして思考が上手くまとまらなかった。辛うじて思い出せたのは魔王軍時代のヒュンケルが占領し、ダイたちと戦ったということまでだ。

 

「まだ分からない? じゃあ、こうすれば思い出せるかしら!?」

 

 一撃を入れた後――追撃を放つつもりはなかったのだろう――距離を取っていたマァムは、今度は両手を見せつけるようにゆっくりと構える。

 その両手にはうっすらと闘気を纏っていた。

 

「ぐっ、よせっ!! やめろ!!」

「だぁ……めっ!」

 

 可愛らしい口調で――ただ、語尾には強い感情が込められていたが――ダメと言いいながら、続いては両手でそれぞれダイ(ミストバーン)の両肩を叩くようにして突く。

 

「ぎゃああああぁぁっ!!」

 

 この攻撃も速度こそあれど肉体が負うダメージは低かった。だが突かれた場所から再び激痛が走り抜け、ミストバーンに向けて襲いかかる。

 

「そうか、思い出したぜ! あの時か!」

 

 謎の技を繰り出すマァムと苦しむミストバーンとを見比べながら、声を上げたのはポップだった。横からだが、ようやく合点がいったとばかりの言葉にアバンらの注目が集まる。

 

「どういうことです?」

「いやその、おれとマァムはパプニカでミストバーンと一度やりあってるんですよ。とはいえ結果はボロ負け。使える技を乱発してどうにか食い下がって、最終的には逃がして貰えたって終わりだったんですが……」

「その通りよ」

 

 ダイ(ミストバーン)から視線は切らぬまま、ポップの弁に言葉だけで頷く。

 

「暗黒闘気の集合体――つまり闘気が生き物の中に潜り込めるのなら、私だって同じ様に闘気を送り込むことはできるはず! ミストバーン、貴方だけに許された特権なんかじゃないわ!!」

「聖拳なにやらという技か!? だがアレはザムザの腕をズタズタにするほどの破壊力があったはず!! ダイの、この肉体が耐えきれるはずがない!!」

「ええ、そうよ! もう一度あなたと戦う時のためにと編み出したのが聖拳爆裂(せいけんばくれつ)! でもそのままじゃあなたに有効打は与えられない!! だからこれは、それを更に進化させた技!」

 

 ロモスで見せたように、聖拳爆裂(せいけんばくれつ)は相手の体内に闘気を潜り込ませ、内側から爆破したような衝撃を与える技だ。だがこれをそのまま使うのでは、ダイの肉体を傷つけるだけでその奥に潜むミストバーンまでは届かないという、最悪の結果になるだけだ。

 元々がパプニカで戦った時の雪辱から編み出されたこの技は、マァムがミストバーンの正体を知ったことで更なる改良を加えられた。その奥に潜む暗黒闘気だけを狙い撃ちできるように、その牙を研ぎ澄ませながら。

 

「そっか。マァムのやつ、あの時の事をずっと気にしてやがったんだな……」

「やったぁ!! いいぞマァムさん!!」

 

 やっていることは単純にして明快。ただ相手の体内に光の闘気を浸透させるだけ。だが実際に行うとなれば難題だ。何しろ相手の肉体に傷を付けないように加減をしながら放つ必要があり、それを戦闘中にやってのけるのだから。

 苦労の甲斐あってか、その効果は抜群であった。

 

「なんと、こんな技法を……」

 

 アバンはマァムの成長ぶりに舌を巻いていた。彼の修行を終え、魔弾銃を授けたときの様子からは想像も付かないほど逞しく成長した姿には感動すら覚えている。

 

「ですが、あれだけでミストバーンを倒せるとは思えない……」

「うん、そうだろうね。ワシもそう思う。他の技術はともかく、光の闘気を操る。その一点だけを見ればマァムは未熟だよ」

 

 ブロキーナもまたその意見に追従する。

 とはいえこれはあくまでもアバンやヒュンケルというパーティ最上位の使い手と比較して未熟と言う意味であり、彼女自身の腕前は決して低くはない。加えてミストバーンという暗黒闘気の塊を相手にいつまでも戦うには不安が残る。

 

「では、その穴は師である私が埋めましょう」

 

 だがそれに何も問題はない。彼女は決して一人で戦っている訳ではないのだ。マァムを補うかのようにアバンが揚々と前に出る。

 

「……マァムだけで言えば、ワシも師なんだけど。尽力した方がいいかい?」

「いえいえ、老師は土ふまずぺたんこ病が悪化するといけませんので。ここは私にお任せください」

「アバン」

「当然、ヒュンケルにも手伝って貰いますよ。あなたの最強の技で、ね?」

「フッ……」

 

 お茶目に告げるアバンの言葉にニヒルな笑いで答えながら、ヒュンケルもまた参戦する。

 彼らの様子を見ながら、ブロキーナはどこか嬉しそうに呟いた。

 

「やれやれ……ワシの持ちネタ、取られてしまったか」

 

 

 

 

 

「光の闘気!! だが、技の仕組みさえ分かれば問題にはならん! 要はマァム! 貴様の手に触れなければ良いだけだ!」

 

 戦場はマァムの優勢から一転、ダイ(ミストバーン)はなりふり構わぬ反撃に転じていた。身体能力の差を利用して、徹底的に攻め続ける。堅実に、反撃不可能な攻撃のみを行うことでマァムの聖拳爆撃を封じる算段だ。

 

「ありがと。ようやく名前で呼んでくれたわね」

「ぬかせぇっっ!!」

 

 繰り出されるダイ(ミストバーン)の攻撃をいなし、時には避けながら思わずにやけそうになるのをマァムは堪える。かつてザムザと戦った際にも同じ事を行っていたからだ。

 考えることは皆同じ――というよりも、粘液を使っていた分だけザムザの方が頭を使っているとすら言える。本人の能力と、全盛期のバーンの肉体という最強の武器を使っていたために発想が少々単調になっているのかもしれない。

 とあれ、そう来るのならばまだ主導権はマァムが握ったままだ。

 

「だから……せいっ!!」

 

 完全に意表を突いたタイミングで、マァムはダイ(ミストバーン)目掛けて飛び上がった。狙いが読めずにダイ(ミストバーン)の動きが一瞬止まるものの、すぐさま迎撃するように動き出したが遅い。

 飛翔した勢いをそのまま利用し、ダイ(ミストバーン)の頭部を両脚――太腿辺りで挟み込んだ。

 

「はっ!!」

「ぐうぅぅっ!」

「うおっ!?」

 

 腿で頭部をがっちりと固定すると、その姿勢のままバク宙をするように身体を操ってみせた。振り子のように身体を揺らす勢いに負け、ダイの肉体は巻き込まれたまま投げ飛ばされる。

 いわゆるフランケンシュタイナーなどと呼ばれる大技の一つだ。とはいえ加減はしており、本来ならば相手の脳天を床に叩きつける技であるはずのそれをマァムは上手くコントロールして背中全体で落とすようにしている。

 一連の動きを見ていたポップが思わず歓声を上げてしまうほどに見事な、流れるような一撃だった。

 

 攻撃は光の闘気によるものだけだと思い込んでいたミストバーンにとって、これは完全に想定外であった。いやそもそも、相手の頭を両脚で挟んでから投げるなど彼にはそのような発想すら浮かばない。

 

 投げられた衝撃で動きを止めている間にマァムは素早く拘束を解き、追撃を放とうとしたときだ。

 

「えっ!?」

 

 彼女たちの周囲を囲むように天から降り注ぐ羽根(フェザー)に彼女は動きを止める。

 

「これは、先生の!?」

「よく頑張りましたねマァム。正義のために、仲間を救うために持てる力で戦う。あなたのそんな姿を見ることが出来て、私は満足です。ロカもきっと、胸を張って自慢できるでしょう」

 

 アバンの言葉にマァムは思わず言葉を詰まらせた。

 

「ですがあなたの攻撃だけでは、ミストバーンへの決定打にはならない。申し訳ありませんがここからは私も参加させて貰いますよ。なに、これだけ弱っていれば、効果はきっと大きいでしょう」

「この羽根……何をする気かは知らんが、させん!!」

 

 既に羽根は五芒星を描くように設置されており、後はアバンの呪文を待つばかりである。だがミストバーンは呪文の完成を待つほど愚鈍でもない。ゴールドフェザーを破壊すべく暗黒闘気を放つが、それよりも既に準備は完了しているアバンの方が速かった。

 

「トヘロス!!」

 

 唱えられたのは聖なる結界を展開し、邪悪なる者を寄せ付けなくする呪文だ。基本的には術者を中心として展開され、下級の魔物との戦いを避ける用途で用いるものなのだが。

 それを破邪の秘宝にて増幅して放てば、その効果は劇的に変わる。

 

「おおおおおぉぉぉっっ!?!?」

 

 ミストバーンはとてつもない力でダイの中から押し出されようとされるのを、全身全霊で踏ん張っていた。

 これこそが増幅されたトヘロスの効力。呪文の効果はダイの内側にまで及び、本来の効果通りに弾き飛ばそうとしていた。光の闘気を操るダイにとっては、どれだけ増幅されようとも全く影響は無い。マァムが力を弱めたこともあり、鉄砲水と正面衝突でもしたような気分をミストバーンは体験していた。

 影響はそれだけではない。

 

「で……てい……け……」

 

 ダイの口から、地の底から響くような声が絞り出させれた。

 弾かれようとするのを堪えるのに必死となったため、魂の支配率が下がっていたのだ。おかげでダイ本人の意識が浮かび上がり、少しずつではあるが身体を自由に動かせる様になってきていた。

 そして、肉体や意識を自由に動かせるということは、ダイ本人が光の闘気を生み出せるようになったということだ。

 

「おれの身体から出ていけええぇぇっ!!」

「ま、マズい!!」

 

 内側から光の闘気が溢れ出るように生み出された事を察知し、ミストバーンはたまらずダイの身体から抜け出した。トヘロスの効力に抗ったまま光の闘気の奔流に呑まれれば、消滅は免れない。

 それがアバンらの狙いでもあった。

 

「ヒュンケル!!」

 

 ミストバーンが抜け出したと同時にアバンが叫ぶ。だが指示の声を受けなくともヒュンケル本人もそれに気付いていた。ダイの中に潜んだ暗黒闘気を探知しながら、その瞬間を虎視眈々と狙い続けていたのだ。

 ――光の闘気を充填しながら。

 

「ひっ!!」

「グランドクルス!!」

 

 飛び出した瞬間、待ち構えていたヒュンケルとミストバーンの視線が交差した。瞬時に、相手が何をしようとしているのかを察知してミストバーンは小さく悲鳴を上げる。

 かつて師として仰いだこともある相手の、情けない声を耳にしながらヒュンケルは十字の光線を放った。

 

「ぐわああああああぁぁぁっっっ!!」

 

 大出力で放たれた光の闘気の奔流はミストバーンを飲み込んでいく。

 弱った黒は圧倒的な白によって塗りつぶされ、そして消えていった。

 




チルノさんが秘法を解除する予定だったのが崩れた結果。
マァムが頑張った。頑張ってしまった。
(聖拳爆撃は二度と出ないと言っておきながらこの体たらく)

本当なら凍れる時の秘法ミストバーンに打ち込ませてあげたかった。
(やってることはヒムのオーラナックルに近い。ただ体内に流し込んで暗黒闘気だけを攻撃するのでダイへのダメージはグッと減る。あと亡者系の魔物にも効果ありそう)
アバン先生の悪霊退散(トヘロス)
トドメはヒュンケルの光の技なのはお約束。
アバンと揃ってグランドクルスさせたかったけれど、流石に無理(アバンが覚える余裕があるとは思えなかった)

……何故私はフランケンシュタイナーを使わせたのだろう?
(マァムの太腿に顔を挟まれるとか性癖歪んじゃう)
次は、垂直落下式平等バスターだな。

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