隣のほうから来ました   作:にせラビア

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お前が言うのか


LEVEL:113 閉鎖空間での決闘

「それとも、私一人なら何とでもできると思ったのかしら?」

 

 時と場面は少しだけ巻き戻る。

 

 ジャッジの決闘空間にて、チルノは不敵な笑みを浮かべながら精神を集中させる。

 

 ――ククク、愚かだねぇ。

 

 その行動を何らかの呪文を発動させるものだと判断したキルバーンは、どこからともなくトランプを取り出すと無防備なチルノへと投げつけた。トランプ自体には特別な仕掛など施されていない、手裏剣や投げナイフといった投擲具のようなもの。ましてや手加減して投げている。チルノの実力ならば間違いなく気付いて対応することも、無視して発動に集中することも出来るだろう。

 

 そのどちらとも取れる二択を突き付けるのがキルバーンの狙いだ。

 集中しすぎれば呪文は発動すれども回避が遅れてダメージとなり、また気付いて回避すれば呪文を発動させることはできなくなる。ましてや回避と集中を両立させようとすれば散漫な動きとなり、キルバーン本人から手痛い攻撃を受ける羽目になるだろう。

 一石二鳥どころか三鳥をも狙える、なかなか嫌らしい攻撃だ。

 

 ――なんとも良い機会が巡ってきたわね……

 

 だがチルノは動くことはなかった。

 代わりに、心の中で絶好の好機の訪れに感謝する。これでようやく彼らの不満(・・・・・)を少しは解消してやることが出来るからだ。

 

 ――【召喚】!

 

 発動に必要なだけの魔力を練り上げ、放つ。同時にチルノの身体から数条の閃光が走り、それらは全てキルバーンへ向けて襲い掛かって行った。

 何も知らぬ者から見れば光の矢を生み出して攻撃する呪文にも見えたことだろう。だが彼女が使ったのは、そんな簡単な物では無い。

 

「なっ……!? き、貴様らは……!!!!」

 

 襲い掛かる閃光を目にして、キルバーンは驚愕の声を上げた。彼が放ったトランプは先陣を切って襲い掛かってきた光によってあっと言う間に打ち落とされ、その勢いのまま牙を剥いてくる。

 その一撃こそ避けたものの、後に続くように襲い掛かってきた四つの光の攻撃に直撃を受けてしまう。合計五つの光――その光の正体を悟ったが故に動転してしまった。

 

「ぐっ……そんな馬鹿な……お前たちは確かにバーンの手で破壊されたはず……」

「だから言ったでしょう? 私一人(・・・)ならなんとか出来ると思ったのか……って」

 

 嘲笑するようなチルノの言葉を証明するかのように、彼女の傍にはヒム、シグマ、フェンブレン、ブロック、アルビナスが。

 ハドラー親衛騎団たちが、少々不満げな顔を見せながら整列していた。

 

「ガラクタ共が……」

 

 かつて共闘したことも、敵として戦ったこともある相手に憤怒を見せる。確かに壊されたはずの相手がどうしてこの場にいるのかについては疑問だが、それを疑問と思うよりも先に怒りの方が勝っていた。

 感情に任せて攻撃を行おうとしたところで、キルバーンは不意に手を止める。

 

「いや、待て! まさか……!」

 

 それは当然の結論だった。

 確実に倒されたはずのハドラー親衛騎団がこの場に復活しており、そしてチルノの味方をしている。ならば、彼らの親玉にも同じ事が起こらないとどうして言えようか。

 

「珍しいな、死を司る神と名乗るお前がそのような顔を見せるとは。もしや、死んだはずの相手が甦りでもしたか?」

 

 その考えを全面的に肯定するかのような声が、チルノの背後から聞こえてきた。

 途端、ヒムら親衛騎団たちは膝を折り臣下の礼の姿を見せる。まるでそうすることが当然のことのように一切の澱みのない流れるような動作。何も無い空間に畏敬の念がにわかに漂い始める。

 

 五名の部下たちが頭を垂れる様子を目にしながら、威風堂々とした立ち振る舞いでハドラーが姿を現した。

 

 

 

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「ハドラー君、生きていたんだね……」

 

 現れたハドラーを見ながら、キルバーンは声を絞り出す。だが平静を装っているのは誰の目にも明らかだった。

 

「馬鹿を言うな。オレはあの時に命を落とした。それは貴様も知っていよう?」

「……そうだね」

 

 あっさりと否定し、死したと口にするハドラーの様子に、むしろキルバーンの方が気圧される。そもそも生存を信じる方が難しいような状況だったのはその場にいた誰もがよく知っている。

 故に不可解なのだ。どうしてハドラーがこの場にいるのか。

 

「そもそも、超魔生物となった者は亡骸(なきがら)すら残らない。死者を蘇生させる呪文、暗黒闘気によって不死者(アンデッド)として操る、いずれも亡骸が無ければそもそも不可能……」

 

 自身の知識を総動員し、思いつく限りの手段を模索するが、その全てが不可能と結論付けられる。

 

「言えッ! 一体どうやって甦ったと言うんだ!!」

「フハハハ!! どうした死神、随分と乱暴な口を利くではないか。オレたちがいるのがそんなに不思議か?」

 

 焦りが余裕を失わせ、口調が崩れた。怨敵の変節にハドラーは高らかに笑う。

 

「簡単なことだ。あのままでは死んでも死にきれん! この想いを果たすため、オレは――オレたちは地獄の底から舞い戻ったのだ!!」

「そういうことだ死神さんよ」

「卑劣な罠を使いハドラー様を陥れたその罪、報いを受けよ!」

「泣き叫べども、許しはせぬ。覚悟してもらおうか?」

「ブローム」

「大魔王が後に控えているのです。お前が相手ならば前座に丁度良いでしょう」

 

 その言葉に親衛騎団は続き、それぞれがキルバーンへと恨み節を投げかける。そして最後にチルノが口を開いた。

 

「まあ、簡単に言えば……あなたはやり過ぎたのよ、キルバーン」

「やり過ぎた、だと?」

 

 何を馬鹿な。と小馬鹿にするような死神の言葉をチルノは首肯する。

 

 そもそも大前提として、ハドラーたちはあの場で間違いなく命を落としていた。老いた状態とはいえど大魔王バーンが手に掛けたのだ。そこに生存の余地など残ってはおらず、同時に――キルバーンが口にしたように――超魔生物となったハドラーでは遺体すら残らず、復活させることは不可能だ。

 

 世界樹の葉、蘇生呪文(ザオリク)、復活の杖。

 これらは伝説の中にのみ存在するほど稀少な道具や呪文であり、死者を蘇らせる効果を持っている。だがこれらを利用したとしても不可能――それこそ神の奇跡に縋っても不可能。

 ハドラーの肉体(・・)はあの時点で滅び、そして主が死したことで禁呪法によって生み出された親衛騎団たちもまた、倒れる運命にあった。

 

 だが、そこにほんの少しだけ、神の奇跡のような二つ(・・)の巡り合わせがあった。

 

 覚えているだろうか? 過去にチルノは召喚魔法の練習をしていたものの、まるで芽が出ることがなかったことを。あの時にも説明したが、召喚魔法を扱うには「呼び出す対象と契約を結び」「召喚対象をこの場に呼び出すだけの魔力」が必要となる。

 そしてチルノがデルムリン島にて召喚魔法を何度練習しても発動しなかったのは、何者とも契約を結んでいなかった事が原因だ。契約を結んでもいない、架空の相手を呼び出そうとしても失敗するのは当然のこと。

 

 だが逆に言えば「契約を結べば、召喚魔法を使える」ということでもある。

 

 死にゆく最中、ハドラーと親衛騎団たちは願った。戦いを侮辱した者(キルバーン)と、自らを侮辱した者(バーン)に一矢報いたいと。このままでは道化の様に果てるのでは、死んでも死にきれないと。

 その強烈な渇望は、チルノへの契約という形となって叶った。加えてその時のチルノは、竜王バハムートの姿に変身していたことも後押しとなる。まともに制御できぬとはいえその強烈すぎる力は、ハドラーの魂と親衛騎団のコアに宿る意志を捕らえて放さなかった。引きずり込んだと言っても差し支えないだろう。また、彼女の近くにいる事以外に雪辱の機会を得る事が出来ないということも理解できた。

 

 結果、半ば無意識に半ば強引に近い形で契約は結ばれ、彼らはチルノの召喚獣となる。つまり生き延びたわけでもなければ、蘇生したわけでもない。チルノの魂と共にいることで死への道程を先延ばしにしているに過ぎない。

 彼女が召喚魔法を行使すれば生前と寸分違わぬ状態で呼び出されて力を発揮できるが、その肉体はチルノの魔力によって構成されている。そのため、彼女の魔力が切れれば顕現していることもできない。

 ハドラーが「地獄の底から舞い戻った」と評するのも当然だ。

 

 そしてもう一つの奇跡は、ヒュンケルらの装備をオリハルコンで補強したことだ。

 装備の強化に使われたのは、死の大地に残されていたオリハルコンの残骸。それはすなわち、魂だけとなった彼らと肉体との繋がりを仲介する役目を果たした。

 全身オリハルコンである親衛騎団は元より、ハドラーとて自らの肉体にオリハルコンを埋め込むことで血肉と一体化させたのだ。触媒とするには充分に条件を満たしている。

 

 仮に、触媒の無い状態で召喚していたとすればどうなっていたか。おそらくだが、呼び出すこと自体は不可能ではないが、消費が大きすぎた。召喚したところで、まともに戦えるほど顕現させ続けるのは不可能だ。

 

 ――前述の二つの奇跡。

 すなわち、チルノの召喚獣として契約を結んだこと。そして、自身の肉体のカケラが近くに存在していたこと。この二つの要素が揃ったことにより、ハドラーたちは再び戦場に立ち並ぶ事が出来たのだ。

 キルバーンはおろか、例え大魔王バーンであれども正解に辿り着くことは出来ない、偶然と奇跡が生み出した結果。

 

「そうよ、やりすぎた。だから怒りが限界を超えて、彼らが出てきてしまったの」

「……ああ、なるほど。そういうことか」

 

 チルノの言葉を聞き終え、死神は突然冷静な様子を見せる。

 

「つまりこれはチルノ、キミが作り出した(まぼろし)というわけだ。そして幻影に攻撃を被せることで、さも本物がいるように見せかけて動揺を誘う。違うかい?」

 

 今の状況を自分なりに推理したのだろう、得意気にそう述べる。

 なるほど、理由が分からないのが恐怖であれば、そこに納得できるだけの理由があれば問題はない。つまるところ、彼はハドラーたちが復活したのをペテンにかけただけと判断したのだろう。

 もしかすればキルバーンの持つ死の罠(キル・トラップ)の中にそんな効果を持つ物があるのかもしれない。竹馬の友や不倶戴天の敵に見せかけて混乱させるような罠が。そういった手段を自身が使うからこそ、相手もきっと使ってくると、そう判断しての言葉なのだろう。

 キルバーンの言葉を耳にしたヒムが、嘆息しながら無造作に近づく。

 

「おやおや、まだ続ける気かい? 残念だけど、タネが割れたらおしまい……がっ!?」

 

 だがその動作も幻影だと思い込んでいる死神は特に対応することもなかった。傲慢とも言える余裕を見せつけるキルバーンの腹部目掛けて、彼は拳を叩き込んだ。

 

「死神さんよ、こんな攻撃が幻にできるかい?」

「まさか……本当に復活したのか!?」

「さて、なっ!! 真実はあの世でゆっくり考えろ!!」

 

 動揺するキルバーン目掛けてヒムは更に連続して拳を叩き込んでいく。元々近接戦闘ではヒュンケルと並ぶ程の男だ。これだけ近寄ってしまえば罠も策も関係ない。頼りになるのは自身の肉体だけ。

 キルバーンにも接近戦の心得はあるが、ここまで詰め寄られてしまっては話が別だ。途切れぬ連続攻撃をどうにか防ぐものの、防戦一方のまま。ダメージが着実に蓄積していく。

 

「愚かですね。このような相手にハドラー様が後れを取ったなどと……信じがたい」

「罠や奇襲だけに頼り、正面切って相手と戦えぬ者ではこの程度が限界でしょう」

「ええ、わかっています……わかっていますよシグマ……」

 

 そこまで呟くと、アルビナスは自身の身を震わせる。

 

「だからこそ、私は許せない! この程度の愚物がハドラー様の邪魔をしたことが!! なにより、それを救えなかった私自身が!!」

「アルビナス!?」

 

 悲鳴の様な絶叫を上げると、アルビナスはキルバーンに向けて飛びかかっていた。マント状の外甲の下に納めている両手両脚を解放し、女王(クイーン)の駒の持つ機動性を最大限に発揮させる。その速さは疾風と呼ぶにも生ぬるいほどだ。

 彼女は瞬時にキルバーンへと肉薄する。

 

「なんだっ!?」

「ヒム! そこをどきなさい!!」

 

 仲間であるヒムが驚くほどの速度と形相を見せつけながら攻撃を繰り広げていく。

 

「死ね! 今すぐに死になさい!! ハドラー様にその首を捧げ、謝罪するのです!!」

「人形風情が知った風な口を」

「アハハハ!! これは傑作ですね。よりによって貴方がそんな台詞を口にしますか!」

「なんと……」

「オンナの嫉妬というやつか? 恐ろしいものよ……だが、言っていることはワシも同意する。お主はどうだブロック?」

「ブローム」

 

 女王という駒や言葉が持つ性質と自身の感情とが噛み合ったのか、高慢な高笑いを上げる様は、他の親衛騎団の目から見ても新鮮なものだったようだ。

 仲間たちにも少々の畏怖を撒き散らしながらも、だが彼らもまた胸の裡に抱える感情は同じ。フェンブレンの言葉に鳴き声で答えるとブロックもまた動き、そしてそれに続くようにシグマたちも動いた。

 

「……愛されているわね、ハドラー」

「そうだな。オレには勿体ないほどの部下だ」

 

 ――そう言う意味ではないんだけれど。

 

 アルビナスの様子を見ながら交わされた二人の会話。そして、続く言葉をチルノは飲み込んだ。

 ハドラーがあくまで部下という視点で見ているのに対して、チルノは女性の視点でアルビナスの行動を見ていた。あれほどまでの激情を剥き出しにするのに、臣下の関係だけでは弱すぎるとしか思えなかったからだ。

 だがそれを指摘したところで、当人たちは決して認めないだろう。素直になるには、それぞれの立場や関係性が邪魔をしすぎている。

 

「ところで、本当に手を出さなくて良いの? キルバーンはあれで油断ならないわよ」

「心配はいらん。あいつらならば――」

 

 話題を変えるべく、目の前の戦いに視点を戻るチルノ。ハドラーはそう言い掛けて、一瞬だけ口ごもる。この表現では、少々正確性に欠けると感じたが為だ。

 

「――今の(・・)あいつらならば、死神相手に遅れなど絶対に取らん」

「でしょうね」

 

 どこか懐かしむようにチルノも同意した。

 

 前述の通り、彼らと契約をしたのはチルノがトランスによって竜王へと変貌していた頃である。そしてチルノ本人は精神混乱呪文(メダパニ)の影響下にあった操り人形となっていたが、心では正気を保っていた。

 魂に寄り添うような形で契約した彼らは、その心の中――表現するならば精神世界と呼称するのが最も近いだろうか――で、雪辱を果たすべく牙を研ぎ続けていた。

 仲間たちと共に競い合うのは当然の如く。そして契約主の意識を引きずり込んででも。その影響は大きく、操り人形となってなお、ときおり許し難い相手の名を呟くほどになった。

 

 ――訂正。

 懐かしむほど時は経過しておらず、確かに身動きが取れぬ状態で他にすることが無かったとは言え、四六時中付き合わされたのはチルノにとっては有り難いと同時に大変な記憶だった。

 

 とあれ、このように腕を磨き続けたのだ。オリハルコンの肉体は成長することはなくとも、闘い方を洗練すれば強くなれる。なにより彼ら親衛騎団最大の強みは連携だ。そこを重点的に鍛え抜いた今の彼らならば、キルバーン相手に勝利が揺らぐことはない。

 

「どうしました死神? 随分と旗色が悪いようですね」

 

 それぞれが得意分野で敵を圧倒し、不利な点をカバーするように戦い続ける。その戦法にキルバーンは確実に追い込まれていた。そして何よりも不利なことは、せっかく仕掛けた罠が使えないということだ。

 そもそもキルバーンの仕掛ける罠はその殆どが術者が指令を出さねば発動しない。そして今の状況――如何にキルバーンといえども絶え間なく襲い来る敵の軍団を相手に罠を発動させる隙を微塵も見いだせなかった。

 

「き、貴様らッ!! 一対一の神聖なる決闘を何だと思っているんだ!!」

 

 苦し紛れに言い放つ。だが舌戦を仕掛けようとも罠を発動させる隙が見られなかった。下手に発動させようとすれば即座に狩られるか、諸共餌食になりかねない。

 そもそもチルノと一対一の戦いを想定していたのだ。それが蓋を開ければ親衛騎団たちと戦うことになるなど聞いていない。多人数を相手にすると分かっていればそれなりの準備も出来たというのに。

 

「一対一、ねぇ……」

「滑稽だな死神よ」

「そのようなこと、一片たりとも思ってはおらんだろうに」

「自身のことを棚に上げて、よくもまあ、そのような事を言えますね。その精神だけは感服しますよ」

「そもそもこれは決闘なんて高貴なお題目ですらない。この戦い自体が私をヴェルザーへの贄とするための罠でしょう? それともジャッジの決闘空間にいれば全部が決闘だって言うのかしら?」

 

 嘲笑する親衛騎団の後に続き、チルノが嘆息する。そもそもが決闘の体裁すら為していないのだ。苦し紛れなのはわざわざ説明するまでもない。

 だがこのとき、キルバーンは別の事を考えていた。

 

 ――ジャッジだって?

 

「フ……ウフフフ! アハハハハハ!!」

「なんだ!? とうとう気でも違ったか?」

 

 突如笑い出した敵の様子にヒムが気味の悪そうに声を上げる。だが死神はそんなことを気にすることなく、ひとしきり笑い続けるとその哄笑をピタリと止めた。

 

「どうやら驚きすぎると視野が狭くなるようだね。一つ勉強になったよ」

 

 そこには勝利を確信した余裕が宿っている。

 

「チルノ、キミは知っているんだろう? ボクは本物のキルバーンじゃない。ただの人形さ。どれだけボクを追い詰めても、本体には何の影響もない……いや、それどころかボクの機嫌を損ねればキミたちはここから一生出られなくなるよ」

 

 彼が常に従えている使い魔ピロロこそがキルバーンの正体であり、仮面を被った黒衣の死神は彼の操り人形に過ぎない。文字通り人形と人形遣いの関係なのだ。そしてどれだけ人形を倒しても人形遣いが倒れることもない。

 

「……決闘空間は決着が付かない限り出る方法はない」

「その通り」

 

 ここから出られなくなる。その言葉が何を言いたいのかチルノはすぐさま察する。

 

「でもたしか、勝者はジャッジの決闘空間から出られるんじゃなかったの?」

「そんなことを本気で信じていたのかい?」

「いいえ、まったく」

 

 キルバーンの問いかけを笑顔で返しながら、ほんの少しだけ感心した。

 

 なるほど確かに、このような状態になってはもはや人形がどれだけ足掻こうとも戦って勝利することは不可能だろう。ならばいっそ、別の方法で勝利を模索するというのは充分にあり得る。

 なにしろ相手には手段のえり好みをしていられる程の余裕はない。

 

「でも意外ね。てっきりその人形に仕込んだ黒の核晶(コア)でも使って私たちを倒すんだとばかり思っていたのに」

「ああ、それも良かったね。けれど頭部に仕込んだ爆弾はバーンの暗殺に使わなきゃならない。キミに使うような無駄遣いは避けないと」

 

 だがてっきり黒の核晶(コア)を使ってくるとばかり思っていただけに、このような迂遠な、もっといえば消極的とも取れる策を取ることはかなり意外だった。

 

「……呆れたものだ。この期に及んでまだ勝つ気でいるのか?」

「なんとでもいいなよ。確かにボクの流儀じゃあないかもしれないけどね。それにキミは人間だ。その空間にしばらく閉じ込めておけば勝手に弱っていく。完全に衰弱したところで本来の目的を遂げさせて貰うよ」

 

 どうやらハドラーも同じ考えだったらしい。とはいえ彼の場合は、チルノの感想とは少々趣が異なるようだ。だがその言葉も今のキルバーンには届かない。

 

「そんなことをさせるとでも?」

「当然さ」

 

 逃がしはしないと意気込む親衛騎団たちに対して、キルバーンは自身の腕を大鎌で切断した。片腕一本を切り落とすと同時に、それを床に向けて力いっぱい叩きつけた。

 

「くっ!?」

 

 当然のように血液が飛び散り、それが親衛騎団たちを襲う。

 人形の肉体に流れている血液は、強酸性のマグマのような液体だ。触れればオリハルコンとて腐食させるそれを目眩まし代わりとする。

 痛みも感じず、四肢を失っても復元することが可能だから人形だからこその逃走手段だ。親衛騎団が液体に一瞬反応してしまったために、距離と時間は稼がれてしまう。

 

「それじゃ、さよならだ」

 

 その言葉を合図としたように、この空間にチルノが引き込まれた時と同様、キルバーンの姿が揺らいだかと思えばすぐさま煙のように消え失せた。

 

「くそっ!!」

 

 まんまと目の前で獲物を取り逃がした苛立ちから、ヒムは拳を手の平に打ち付けながら吐き捨てる。金属同士が衝突する甲高い音が何も無い空間に響いた。

 だがそれだけだ。

 それ以上何か反応が起こるわけでもない。親衛騎団たちもまた、同じように焦りを見せながら何か脱出の手がかりは周囲を探り始める。

 

「落ち着いてヒム」

「これが落ち着いていられるか!」

「大丈夫よ、まだ手段は残っているから」

「ほう、この空間から抜け出せる切り札があるのか?」

「多分ね」

 

 チルノの言葉にハドラーを含めた全員が手を止め、少女を注目する。

 

「キルバーン、聞こえている?」

 

 はたして一体どのような手段を取るのかと見守る中、チルノは虚空に向けて喋り始めた。

 

「返事はないけれど、多分聞いているんでしょうね。だから教えてあげる……あなたは少しヒントを出し過ぎた。あなたはここをジャッジの決闘空間だと言っていた。そして外からこの空間の場所を見つけるのは困難だってことも言っていた」

「それがどうかしたのか?」

「バーンの目から逃れるためらしいけれど、だったらピロロ――本物のキルバーンもこの場にいるはず。でもこれから戦いを始めるって場所に隠れるかしら?」

 

 意図が読み取れずにいたヒムの問いかけに、チルノは自身の考えを口にする。

 

「本体は本体で別の空間に潜んで、ここの戦いの様子を窺っている……そんなところでしょうね。でも準備のためには、本体もこの空間に最低一度は来ているはず。あとは賭けね」

「賭け……ですか。一体何の賭けを?」

「あんな面倒な相手を野放しには出来ないでしょう?」

 

 アルビナスの言葉に少し戯けたように反応してみせてから精神を集中させ、彼女はとある魔法を放った。

 

「さて、上手く行ったら拍手喝采……【リターン】」

 

 その瞬間、世界は巻き戻る。

 

「……え? ええぇぇっ!?!?」

「ここは!?」

「なっ!?」

「なん……だと!?」

「これは一体!?」

「よしっ!」

 

 親衛騎団は勿論、ハドラーすらも。そしてこの場に引きずり出された形となったキルバーン本人(・・・・・・・)その人形(・・・・)までもが、驚きの声を上げる。

 そしてチルノだけは、望んだ結果まで引き戻せた事に思わず感嘆の声を上げていた。

 

 リターンとは、大まかに言うならば「特定の空間ごと時間を巻き戻す」という効果を持った魔法である。もっとかみ砕いて表現するならば「最初からやり直す魔法」とでも表現すべきだろうか。

 例えば「強敵の攻撃を避けきれずに大怪我を負ったとしても、この魔法を唱えることで攻撃を食らう前まで巻き戻すことができる」といった具合だ。加えて状況は巻き戻されても、当人たちの記憶は残ったままとなる。相手がその攻撃を行うということを事前に知ることが出来る。

 

 チルノが使ったのは、その応用のようなもの。つまり、キルバーン本体と人形だけを対象とし、彼らがこの空間にいた時を狙って状況を巻き戻して見せたのだ。安全な場所に隠れていた本体と逃げた人形からすれば、この場に無理矢理連れてこられたに等しい。

 

 ただ今回の場合は特例、使用する度に狙って意図的な状況を作り出すことは不可能だ。先の強敵との戦いの例で言うならば「攻撃を受ける直前」に戻る可能性もあれば「攻撃を受けた直後」までしか戻らない可能性もある。

 これほどピンポイントに望んだ結果まで戻せたのは、此処が決闘空間という特殊で不安定な場所だった為に成功していたに過ぎない。もう一度やっても、同じ事が出来るという保証は何処にも無かった。

 本人の口から「賭け」や「上手く行ったら拍手喝采」といった事を言っていたのも、その現れだ。

 

「どうしてだ!! なんでボクがここに!? 一体何が起きたんだ!?」

 

 だがチルノはその賭けに勝利した。彼女の望んだ時間をたぐり寄せ、逃げたはずの敵を再び戦場へと引っ張り出してみせた。

 まさかこのような隠し技があるとは思わず、ピロロ(キルバーン本体)はオタオタと目に見えて取り乱す。

 

「っ!! すっとぼけている場合じゃねぇ!!」

「た、確かに!」

 

 最も速く正気に戻ったのはヒムであった。何が起きたかは理解出来ずとも、彼がやることは変わらない。二度と同じ手で逃がすような下手な真似はしまいと、キルバーン人形目掛けて殴りかかる。その行動に正気を取り戻し、アルビナスらも後に続く。

 

「ひ、ひいいいいぃぃぃっっ!!」

 

 その様子に、キルバーンは振り返ることなく脱兎の勢いで逃げ出した。人形が親衛騎団たちに蹂躙されていくのも構わず、反撃を指示することすら頭から抜け落ちているようだ。その姿からはキルバーンの頃に漂わせていた気配や恐ろしさは微塵も感じられない。

 それも当然、なにしろまともな戦いを経験したことすらないのだ。人形を身代わりにして自身は安全圏から戦いを眺めているだけ、命を賭けているのは相手だけだ。その戦いすらも罠を仕掛け、嵌めて殺すだけ。

 これでどうして、ピロロ(キルバーン本体)が勝負度胸を持てようか。

 

「逃げなきゃ……逃げなきゃ!」

「逃すか!」

 

 別の空間――元いた安全な場所――へと逃げようと必死で道具を取り出し、そこへハドラーが追撃を試みる。

 

「あ……アハハハ!! ちょっと遅かったねぇハドラー君!!」

「くっ!」

 

 だが僅かに届かず。その一撃は空を切った。転移の道具が発動し、キルバーン本体の姿は再び消えていく。

 ハドラーが動き出すのがもう少しだけ速ければ、あるいはリターンによって出現した場所がもう少しだけ近ければ、勝負は決まっていただろう。

 起死回生の一手を逃した結果となったものの、渋面を見せるハドラーとは対照的にチルノは薄笑いを浮かべた。

 

「なるほど、そこ(・・)ね」

 

 一連の様子をつぶさに観察し続けていた少女は、やがてそう納得したように呟くと、ある魔法を唱えた。

 

「【テレポ】」

 

 それは魔力によって物体を転移させる魔法。転移させる場所さえ術者が知っていれば、理論上は何処にでも移動することが出来る。

 チルノがキルバーンを観察し続けていたのは「一体何処に逃げるのか」その座標だ。この場で仕留められれば問題ないが、万が一ということもある。ならば追い掛けるための手段を確保しておきたい。

 幸か不幸かその備えは必要となり、彼女は逃げ出した死神を一人追う。

 

 消えゆく彼女の後ろでは、オリハルコンの戦士たちが物言わぬ人形を完膚なきまでに破壊する光景があった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 ジャッジの決闘空間とはまた別の、安全と思われる場所に用意した専用の空間内にて、キルバーンは荒い呼吸を繰り返しながら全身を恐怖で震わせていた。

 

「クソッ! なんなんだアイツは!! 得体が知れない!!」

 

 一体どの様な方法を使ったのかは彼にはまるで理解が及ばない。ただ唯一確信を持って言えるのは、あとコンマ数秒でもあの場所に長居していたら間違いなく命を落としていたと言うことだ。

 久しく味わっていなかった"自身が命を落とすかもしれない"という強烈な感覚に襲われ、未だに歯の根が合わない。うずくまって頭を抱えながら逃げ延びたことに喜んでいるその姿は、死神として傲慢に振る舞っていた者と同一とはとても思えない程に無様だった。

 

 だが、彼の受難は終わったわけではない。むしろ、ここからが始まりだ。

 

「……見つけた」

「ひいいぃぃっ! こ、この声は!!」

 

 自分以外には何者も存在しないはずの、絶対安全なはずの隠れ家。そこに響き渡るのは、先ほど撒いた少女の声だった。

 恐怖を振りまくように、無感情な低い声でゆっくりと紡がれたその言葉に、キルバーンは萎縮し竦み上がる。

 

「あ、ああ……ああああぁぁっ!! なんでだ!! どうしてここにいるんだ!!??」

 

 最悪の予感を抱きながら恐る恐る声のした方向を振り返り、そして予想通りチルノの姿があることに困惑する。もはやキルバーンの中に抗おうという気概は完全に消え失せていた。

 腰が抜け、へたり込んだまま。少しでも距離を取り逃れようと後ずさりを続ける。

 

「【召喚】」

 

 なんとも無様なその姿を眺めながら、チルノは魔力を練り上げ、そして放つ。

 

「……へ?」

 

 突如キルバーンの背中に衝撃が走り、それ以上下がれなくなる。まるで壁にでもぶつかったかのようだ。

 だがそんなことは有り得ない。この空間は言うなれば無限ループのような構造をしており、普通の移動ではどれだけ動いても端に届くことはない――つまり後ずさりを何百回続けてもチルノから逃れる事は出来ないのだが、そんなことすら頭から抜け落ちていた――のだ。

 

 では一体何にぶつかったのか。震えながら、錆び付いたゼンマイ仕掛けの人形よりも遅い速度で首と視線を背後へ向け――

 

「ハッ、ハハハハハハドラー!? なんでお前まで!?」

 

 ――そして絶望した。

 

 召喚魔法によって呼び出されたハドラーの足に背中をぶつけただけなのだが、そんな単純な事すら今のキルバーンにとっては恐怖の対象でしかない。

 

「知らなかったのか?」

 

 ハドラーが口を開く。

 同時に、キルバーンを取り囲むようにして親衛騎団が呼び出される。

 

「魔王から逃れることは出来んのだ」

 

 ――四面楚歌。もはや逃げることは絶対に不可能。

 

「ま、待て! いや、待ってくれ! いえいえ、待ってください!! お願いします! お願いしますハドラー様!! もう悪いことはしません!! ハドラー様に忠誠を誓います!! そ、そうだ! ここから、ここから出る方法もお教えします!! 出たら、一緒にバーンを倒しましょう!! だからどうか! ね、ね!?」

 

 それを理解した者に出来たのは、もはや命乞いだけだった。傍から見れば、小さな使い魔が魔王に必死で許しを請う光景にも見える。

 なりふり構わず、己が主すら捨ててでも必死で媚びを売り助命を嘆願し続けるその姿からは、死神を気取り他人の命を玩具のように扱っていた者の気配は微塵も感じられない。

 

「……キルバーンよ」

「は、はい! ハドラー様!!」

 

 そして、それに騙される者も情けを掛けようとする者も、この場には存在しない。

 

「ご……あっ……!!」

「そういう命乞いは、底なしの馬鹿かお人好しを相手にやれ」

 

 片手でキルバーンの喉元を掴み上げ、一気に捻り上げた。身長差によって体重が頸椎に掛かり、そこに握力まで加わり首は一気に締め上げられる。

 

「少なくとも、オレには通じん!!」

 

 掴み上げた手から火炎呪文(メラゾーマ)を放つ。接触した状態で放たれた火炎は寸分違わずキルバーンを焼き尽くしていく。

 

「が……あ……ぁ……っ……」

 

 だが喉を潰されたキルバーンには断末魔を上げることすら出来ない。許されるのは、全身を襲う激痛を甘受し、その肉体をゆっくりと黒い灰へと変えていくことだけだ。

 

 緩慢に忍び寄る死の影に向け、キルバーンは「速く来てくれ」と意識が途切れるまで願い続けていた。

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 キルバーンは物言わぬ灰となり、人形は内部に仕込んだ黒の核晶(コア)によって空間ごと破壊し尽くした事を確認すると、再びテレポの魔法にて今度こそ通常空間――大魔宮(バーンパレス)へと帰還する。

 

「どうやら、狙い通りの場所に戻ってこれたようね」

 

 思わず満足の声を零した。

 戻ってきた場所は、戦場からは少し離れた位置だ。下手をすれば激戦のど真ん中に割り込む形で転移する可能性を考えれば、距離を取るのは当然だろう。

 また、ハドラーたちは召喚状態を解除してある。必要になればいつでも呼び出せる上に、呼び続ければ魔力を消費するのだ。少しでも節約したいと願うのもまた当然だ。

 

「あれは……!?」

 

 ダイたちと急ぎ合流しようとした駆け出したところで、チルノは目にした。

 

 どうしてそうなったのかは分からないが、何が起きているのかは彼女には分かる。真の姿を取り戻した大魔王カラミティウォールを放ち、それを仲間たちが無防備に受けようとしている光景だ。

 

「【召喚】!!」

 

 今から駆けつけても間に合わず、彼女一人の力で仲間たち全員は救えない。もっと多くの者の助力が必要だと判断すると、急ぎ、この日三度目となる召喚魔法を行使する。

 目論見は成功し、呼び出されたハドラー達は皆、それぞれがまるで狙ったかのように関わりのあった相手の救出に間一髪で成功していた。

 だが突如として現れたハドラーと親衛騎団たちの姿に、その場にいた全ての者達が驚愕の色を隠せなかった。

 

「遅れてごめんなさい。でも、どうにか間に合ったみたいね。お詫びに、とびっきりの援軍を連れてきたわ!」

 

 少し遅れて、一人の少女が再び顔を見せる。

 




バーン様に簡単に倒されたのも、残骸を仲間たちの武器強化に使ったのも。
ぜーんぶ、このため。召喚万歳。
FFのお話に関わるくらいメイン技能だから、派手に使いたくて。

本文でも書きましたが、召喚ができるようになった大雑把な経緯としては――

①親衛騎団が倒される→彼らの魂(コア的な物)が解放される→チルノと契約(このままでは死んでも死にきれないという想いと竜王の力を認めた。一時的な借宿みたいなもの)
②彼らの残骸を仲間の武器強化に使った→触媒(肉体)がある→容易に召喚可能に。

(ついでに精神世界的な場所で親衛騎団たちとトレーニングしました。メダパニ状態のときにキルバーンの名前を呟いたのは、内面世界の影響がちょっと漏れ出たから)

――という理屈です。

仲間たちの武器の補強には"偶然にも"それぞれ戦った相手の素材が使われています。なので親衛騎団がそれぞれ戦った相手の近くに召喚されました。
こうして、前話最後の「シグマに助けられて頬を膨らませて拗ねるラーハルト」や「ハドラーにお姫様抱っこされて頬を赤らめるアバン先生」という状況に繋がるわけです。

元作品でも魂だけで召喚獣になってくれるパターンもあるので、問題なしです。

そして禁断のリターンの使用。
だってこうでもしないと、キルバーン本体を引きずり出せないんだもん。
(なので「不安定な空間だから万能に使えた」という制限を付けています)

(ホントはファントムレイザーをフェンブレンが全てたたき落として「オリハルコンは元より皮膚すら切れぬナマクラよ」とか言わせる予定とかあったんですけどね)
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