「お前たちっ!! ああ、任せておけ。その願いはすぐにでも叶えてやろう!」
感極まったように叫ぶハドラーの姿を見ながら、チルノもまた親衛騎団の行いについて感心していた。
――本当に、見事なものね。あれだけの覚悟と結果を見せるんだもの。
心の中でそう賛辞を贈る。
彼らの戦い。その結果を評するならば"大金星"といったところだろう。大魔王を相手に出し抜いて見せたり、小さな傷を与えたこともそうだが、何より敵の最大奥義を白日の下に晒してみせたことが大きいだろう。
バーンがシグマ・フェンブレン・ブロックを一瞬にして葬り去ったあの技こそが、大魔王が誇る最大最強の必殺技だったのだから。
勿論ダイたちもチルノからその存在は聞いていた。どのような技かについても知ってはいたが、百聞は一見にしかず。実際に目にするのとでは理解度を含めてまるで違うだろう。
――ハドラーの言葉じゃないけれど、任されたわ。だから、ね……
少女は、ついに訪れた大魔王との戦いに向けて精神を集中させなおす。ダイたちもまた、自分たちが大魔王と戦うのだと闘志を漲らせていた。
「ようやく五月蠅いのが消えたか」
だが肝心のバーンだけが、これから戦いが始まるというのに集中しきっていないような、そんなどこかぼんやりとした様子を見せていた。ダイたち全員へを視線を動かし、そして最後にチルノのことを見ながら、大魔王はゆっくりと口を開き始めた。
「答えは分かっている……だが念のため、聞いておこう」
「?」
「……なんだ?」
「まさか……」
怪訝な顔を見せる中、チルノだけは続く大魔王の言葉が予測出来た。そしてその予測が正しいことをすぐに知る。
「そなた達に問う……余の部下にならんか……?」
「なにを馬鹿なことを……!!」
「またその言葉か、大魔王よ!!」
「そうだ! おれたちが"はい"って言うわけがないだろう!!」
バーンの言葉を耳にした途端、堰を切ったようにダイたちは叫び出した。そのような甘言に乗る者は絶無だと口々に訴える。だがその反応はバーンも初めから予想していたことだ。
「もちろん、そう口にするだろう。それはわかっていたことだ。余とて、このような問いかけをするつもりはなかった。真の姿に戻ったのだ、ならばこのような問答は不要……不粋であろうと、そう考えていた」
老いた姿の頃ならばともかく、バーンは既に全盛期の姿に戻っているのだ。ならばここでダイたちを勧誘すれば、果たして何のために秘法による封印を解除したというのか。万が一にもダイたちが首を縦に振れば、それこそ真の姿に戻った意味がない。
故に、勧誘するつもりはなかった。
「だがチルノ、お前の見せた能力を見て少々気が変わった。親衛騎団とハドラーを甦らせるとは、実に大した物だ。何しろ、余をあれほどまで驚かせたのだからな」
その意志も、一人の例外が姿を見せたことで綻びを見せる。
「お前はまだ余の知らぬ能力を隠しているのだろう? そのなかには凍れる時の秘法のようなものがあるやもしれん。余の肉体を再び時の流れから守ることもできるかもしれん」
バーンからすれば、未だ底の見えないチルノの能力。その中に彼の問題を解消する手段が無いとどうして言い切れようか。バーンはまっすぐ視線をチルノへと向ける。
「そう考えれば、試す価値もあろう? たとえ可能性は低くとも」
「つまり、私の能力を買ってくれたってこと?」
「その通り。そして、それ故の誘いよ」
「それ故の……誘い……?」
果たして、どういう意味で言ったのか。意図が読み取れず怪訝な顔を見せるチルノたちに向けて、バーンは堂々と言い放った。
「わからぬか? この誘いは、余なりの手向け……いわば救済よ」
「救済だと!? 大魔王! 一体何を持って救済などと口にするのか!!」
「アバン……そなたでも分からぬのか……ならばバランよ、そなたはどうだ?」
「愚問だな。どのような理由があれ、私は貴様を倒すと誓ったのだ。今さら決意は変えぬ」
「つまり、分からぬということか」
見識の深い者へと問いかけたにもかかわらず望む言葉は返ってこなかったことに、バーンは嘆息を一つ吐いた。言外に「真意を汲み取れぬのか」と言わんばかりに。
「今の余を倒すことは出来ぬ。そもそも話に聞いた
誰も勝てないという言葉に、負けん気の強い数名がムッと表情を強ばらせた。その反応に少しばかり口の端を緩めながらもバーンは続ける。
「しかし、そなたらは全員、この地上でも比類無き強者たちだ。それほどの力を持つ者が、余の手に掛かり、無為に命を散らしていく……そう考えたら、急に惜しくなってきたのだ。それ故の誘い、それ故の救済よ」
「なるほど、そういう事ですか……」
大魔王の言葉を聞き終え、アバンは手にした剣を力強く握り締めた。表情には激怒のそれを浮かぶ。
「私たちを舐めるのも大概にして貰いましょうか! そのような救済、こちらから願い下げです!!」
「おれたちじゃあ、絶対にお前を倒せないって……そう言いたいのかよ! バーン!!」
「その通り――と言いたいが、夢物語も時として現実にもなる」
続くポップの言葉を、バーンは首肯してみせた。
「いや、むしろ……現実となった時の方が残酷な結末となるだろうな……」
「なんだと?」
「どういう意味だ?」
「人間の愚かさ、醜さを知らぬわけでもあるまい?」
何故勝利したことが残酷な結末となるのか――何を言いたいのかを理解し、数名が渋面を見せる。
「賭けてもいい。仮に余を倒せたとしても、お前たちは必ず迫害される。そういう連中なのだ、人間とは。勝った直後は少々感謝もしようが、平和になれればすぐさま不平不満を言い始め、そしてお前たちは英雄の座を追われることになる」
そこまで語ると、大魔王はチラリと視線を移す。
「バランという実例もあるのだ。お前たちがそれを知らぬとは言わせん」
「…………」
だが視線の先の相手は、何を口にするでもなくただ無言。無表情を貫いていた。その反応を詰まらないと思いながらも、言葉は止めない。
「だが、余は違う。余はいかなる種族であろうとも、強い者に差別はせん。たとえ敵に回ろうとも、強者への敬意は変わらん」
そう言うと続いて、かつて彼の下で魔軍司令として働いていた男を見る。
「ハドラーよ。貴様は魔族であり余の部下でもあった。戻ることに何の躊躇いがあろう? 黒の
「…………」
続いて、軍団長だった者たちを。
「クロコダイン、そしてヒュンケルよ。貴様らもだ。六大軍団長をしていた頃と今とでは、強さは比べものにならぬ。それだけの力、再び余の下で振るいたいとは思わぬか?」
「…………」
最後に、かつて人間に絶望した
「そしてバランよ……考え直せ。そなたは妻と子を失うような悲劇を、また繰り返すつもりなのか?」
「…………」
そのいずれもが返答はなかった。貝のように口を閉ざすその姿は、大魔王の言葉を受け入れている様にも見える。
「そもそも人間は、純粋な人間でない者に頂点に立たれるのを嫌う、排他的な種族よ……いや、同じ人間であろうとも邪魔になれば引きずり下ろし、消そうとする……もはや手に負えぬな」
その沈黙を肯定、あるいは同意と取ったのだろう。大魔王は最後に、ポップら人間に向けて苦言を呈する。
かつてバランがそうだったように。マトリフがパプニカの重臣に煙たがられたように。ラーハルトが魔族と人間の混血であったために迫害されたように。
「もう一度言おう。人間とは最低の生き物だ。そのような連中のために戦うなど、そのような連中のためにその力を無駄遣いするのは、下らぬとは思わんか?」
「……言いたいことはそれだけか?」
遂にハドラーが、耐えかねたように口を開いた。
「大魔王、お前はオレに対して侘びると言った。ならば我が部下、親衛騎団たちには侘びるつもりは無いと言うことか?」
「そのようなつもりは……」
「黙れっ!!」
もとより聞く耳を持たないと言った方が良いかも知れない。バーンの言葉を強く否定し、自身の覚悟を述べる。
「口にすることを避けたのが何よりの証! それにオレは、あいつらの覚悟とオレ自身の誇りのためにも、貴様を倒す! 再び貴様の使い魔となるつもりはない!!」
親衛騎団について言及することを避けたのは、彼らの覚悟を心に刻み直したばかりのハドラーにとってみれば何よりの侮蔑――もっと言えば、下に見ている証左だった。それは、既にマグマのように煮えたぎった感情を内に秘めたハドラーへ、更なる燃料を投下したに過ぎない。
「私からすれば、そのような事はもはや議論するに値せん。既に腹は決まっている」
「オレたちも、バランに同意見だ」
「うむ。今さら何を言おうと無駄なことだ」
烈火のごとき姿を見せるハドラーと対照的に、バランたちは冷静に。さも当然のようにバーンの言葉を否定していた。
そもそも彼らは、時間と覚悟の量が違う。今さらこの程度の事を言われようと、揺らぐことはない。
そして何よりも――
「そもそも、その程度のことをどこかのお節介焼きが考えていないと思っていたのか?」
――そう口にするとバランはチルノへと視線を向けた。それが何を意味しているのかを察した少女は、その信頼に応えるべく一歩前へと出た。
「そういうことよ。バーン、そもそもあなたの言った言葉。それは絶対に本心なんかじゃないでしょう?」
バーンの口にしたこともまた、状況の差違こそあれど、本来の歴史で彼自身が口にしたことだ。チルノはそれを知っている。
そして彼女は、バーンが口にしたそれを現実の物としないために手を打っていたのだ。策を講じ、この舌戦に打ち勝つための言葉は、予め用意してある。
「数少ない例を見て、全てを知った気になって軽蔑してるだけ……もっと言ってしまえば人間には
「ほう……なぜそう思う?」
「だってあなた、絶望できるほど人間を知らないじゃない。よく知らない相手の表面的な部分を――悪い部分だけを見ていれば、そりゃ絶望した気になって切り捨てるのも簡単よね」
バーンとて、バランを自軍へと引き入れた時のように予め弁舌の内容は用意してあったのだろう。もしくは、彼が普段から思っていることをそのまま口に出しただけかもしれない。
だがその程度の言葉ではチルノを止めることは不可能だ。
「あなたは人間全てを見てきたの? 全ての人間の意見を聞いたの? あなたが"こうであろう"という思い込みを、さも全体の総意みたいに言っただけ。違うかしら?」
「ク、クククク……ハハハハハハハッ!!」
チルノに問われ、バーンは唐突に笑い始めた。
彼女の指摘は真実であり、
「確かにその通りだ。お前の言う通り、余は人間を詳しく知っているわけではない……だがな、余の言ったことも完全に的外れというわけでもあるまい? 事実、バランは人間を一度見限ったのだ。それをどう覆す? 同じ事が起こらぬと――それ以上の悲劇が起こらぬとどうして言い切れる!?」
「……ぷっ! あはははは!!」
「うふふふ!」
今度はチルノが笑い出す番だった。バーンの哄笑に対抗するように可愛らしく吹き出して見せた。いや、チルノだけではない。彼女に釣られるようにして、レオナもまた笑い声を上げている。
「もう忘れたの? バランが言っていたでしょう、私が考えてないと思ったのかって」
ひとしきり――実際には数秒程度だったが――笑い声を上げ終えると、続いて不敵な笑みを浮かべて見せた。もう一度言おう、その程度の事は想定しており、対策済みなのだ。
「確かに人間は臆病で、よく知らないことを恐れて排除しようとする。でもそれはよく分からないから。知らないなら教えてあげればいい。知ってもらう機会を設ければいいの。敵ではないと理解すれば、迫害する理由にはならないでしょう?」
「ほう……だがどうやって知らしめる? まさか世界中の人間一人一人に説いて回るとでも言うつもりか?」
「いいえ、もっと簡単な話よ。歌や物語、お芝居にして広めるの。なにしろ大魔王を倒して、地上を救った英雄たちの物語よ。世界中の吟遊詩人や作家、役者たちがこぞって広めるわ」
「ええっ!」
「そんな話、聞いてないぜ……」
「言ってないからね」
初耳だとばかりに、ダイやポップが驚きの声を上げた。彼らに向け、チルノは「ごめんなさい」とばかりに両手を合わせたポーズを見せる。
「でも考えてもみて。地上を救った勇者たちの話なんて、格好の題材よ。放っておいても勝手に広まる。だったら、それを利用しない手はない」
分かり易く言ってしまえばメディア戦略だ。
ダイたちの活躍振りを伝え、危険な人物ではないと伝える。口で言うのは簡単だが、伝え方は選ぶ必要がある。国が頭ごなしに「彼らは危険ではない。英雄だ」と伝えても一応は理解されるだろうが、それでは彼らがキチンと知ったとは言い難い。
そこで考えたのが、もっと単純かつ娯楽性の高いもの。誰でも簡単に知ることができて、しっかりと見聞しようと思うもの。
歌劇や演劇と言った手法だった。
過去、時の権力者が自身の力を誇示するために無理矢理自身を賛美させるような歌や劇を流行らそうとしたことがあったが、そのようなものはすぐ廃れる定めだった。しかし彼らの場合は違う。多少の脚色はあれど、実際の出来事を伝えるのだ。民衆の注目度が低いはずがない。
吟遊詩人たちは各地で英雄の物語を高らかに歌い上げ、大きな街では幾人もの役者が演劇として彼らの奮闘を再現する。本として広がれば、実際に足を運ぶことの出来ない遠くの人間も知る機会が得られる。
勿論放っておいても勝手に広まるだろうが、そういった場合は噂のように伝わる可能性が高い。そして噂には尾ヒレ背ビレがつきものだ。身に覚えない話が事実と認識されて下手に悪い印象を持たれるくらいならば、いっそ自分たちでしっかり広めてコントロールしてしまえ。というわけだ。
「そしてもう一つ。これはダイたちには言ったけれど、アルキード王国の復興よ」
その内容は、以前ソアラの墓所へとバランがダイたちを連れて行った際に、チルノが二人に伝えたのとほぼ同じもの。
何も無い状態から人を集めて復興させる。家々を建て田畑を開墾し、人が住めるようにしていく。大変な苦労が待っているだろうが、その苦労は人々に伝わり、野心などを持たず清廉に過ごしていくことのアピールにも繋がる。
「歌や演劇でダイたちの存在を知り、その英雄が実際に今を過ごしている場所がある。だったら、一度見てみたいと思って人がやってくる。来訪者は自分の目で見た事実を持ち帰って、家族や友人に伝える。話が広がればまた人がやってきて、知る機会が広がるの」
――ただ、その時のためにちょっと良い人間を演じなきゃならないけどね。と最後にチルノは付け加えた。
何しろ実際に評判を見に来た者に悪評を持ち帰らせるわけにはいかない。むしろ少し過剰なくらい親身になって対応する……嫌な言い方をすれば「恩を売る」わけだ。
「見世物になるのは、本意じゃない。でも、人間に絶望するくらいなら喜んで道化にだってなってみせるわ!」
そして同時に、自らそう断言もしてみせる。そこにはダイのためならば労苦も厭わぬという確固たる決意があった。あまりの勢いに大魔王すら僅かに気圧される中、アバンはハッと気付いたように顔を上げる。
「……ということは、レオナ姫。まさか今の話を知っていたのですか?」
「ええ、そうですよ」
思えばチルノと一緒にレオナも笑っていたが、その理由がコレ。つまり、チルノの考えを彼女もまた知っていたからだ。
「チルノが
アルキードの件と共に合意は取り付けており、その時にはレオナも同じ場所にいたのだ。全てを知り、準備をちゃくちゃくと進めている者からすればバーンの言葉は滑稽。一笑に付するだけだ。
「馬鹿な! それでは貴様らは人間のために、愚者共のために自らを捨てると言うのか!!」
「英雄になって地位や名声を得たい、一生楽で贅沢をして暮らしたい。そんなことを私たちが思っているとでも考えていたの?」
バーンは理解できぬように叫んだ。その怒りも尤もだろう。
魔界という特殊な環境生まれ、大魔王と呼ばれる程の強者にまで上り詰めた者からすれば、そんな生き方が理解できるはずもない。
あるいは、まだ未熟な頃のバーンであれば理解できたのかもしれない。だがその仮定を持ち出すには、バーンは王である時間が長すぎた。強者でありすぎた。
彼が見られるのは、もはや山頂から見下ろす王の景色だけ。山の麓、下の者が目にする景色を理解することはできなかった。
「もう一度聞くわ。私が想定していないって本気で思っていたの? 国の中にという枠に嵌めようとすればどこかで無理が生じて、あなたが行ったような未来が訪れたかもしれない。でも、その可能性は事前に潰せる」
もはや言葉は不要と、したり顔を浮かべる。
「なら、あとは勇者が魔王を倒すだけ。簡単な話よ……ね、みんな?」
チルノは振り返り、仲間たちに問いかけるように言う。
それがどれだけ難しいことかは、わざわざ口にするまでもなく誰もが骨身にしみて理解している。だが彼らは皆、良い表情を見せていた。
舌戦のみ。ここに突っ込むしかなかった。
チルノさんが考えていた「人間がダイを恐れないように」の案その2です。
(その1は以前にも言った「アルキード復興」の案)
身も蓋もない言い方をすれば、印象操作です。
・吟遊詩人や演劇、お伽話などを通じて、ダイたちは良い人間だと世論に宣伝する。
・(福次効果で)宣伝で興味を持った人が、現地に行って直接確認することで知る機会が増える(バランの二の舞の防止)
人の交流が増えれば復興の足しにもなるので、よりお得。
直接来た人のために「ちょっと英雄らしい良い姿」を演じる必要はありますが。まあ、ダイは良い子なので平気でしょう。
そしてこれが上手く転ぶと、民衆が味方についてくれる(かも知れない)
次からずっと戦闘シーン……もうネタない……
(大雑把な流れはともかく、細かい戦闘の組み立てが限界)