隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:12 新たな仲間

「さあ、遠慮しないでどんどん召し上がってくださいね」

 

あの後、マァムたちの誘いを断り切れず、ダイたちは彼女の家に厄介になっていた。

長老から夕飯の材料を貰い、またアバンの弟子が訪れたという事実にレイラも少なくとも舞い上がっており、出された夕飯を見ただけでもその気合の入れようが分かるというものだ。

目の前に並ぶは湯気を立てる出来立ての夕飯の数々。ネイル村の立地の関係から、キノコや野菜などが多いものの、動物を仕留めたであろう肉料理もちらほらと目に入る。

出来立ての料理から漂ってくる匂いはまさに食欲の暴力だった。加えて、長らく船の上で味気のない保存食を食み、森を抜けるために今日はあまり食べていないことも災いしている。

早い話が、ダイたちは碌な物を食べておらずに空腹だったのだ。

そこにレイラの手料理という家庭を感じさせるものを出されては、まだ若いダイたちでは抗うすべなどなかった。

 

「ありがとうございます! いただきます!」

 

まず勇者が真っ先に陥落した。

料理がテーブルの上に並ぶ間から既に彼の腹の虫はグーグーと鳴いており、もう待ちきれないと力いっぱい表現していたのだ。レイラの許可が出た途端、目の前のそれへと齧り付く。

 

「おい、ダイ……」

 

手を付けないのは失礼に値すると分かっているが、さりとて手を付ければアバンの話をしなければならなくなる。どうやって誤魔化したものかと悩んでいたポップは小声でダイに注意を促すが、肝心のダイはまるで聞く耳を持たなかった。

 

「ポップも食べてみなって! これ、すごい美味いんだぜ!」

 

そう言いながらダイが渡してきたのは、野ウサギの肉料理だった。ダイの皿には既に半分ほど齧られた肉が乗っており、口周りはソースで汚れている。

 

「わかったよ。食べるから……」

 

もはや食べないのは不可能だと諦め、ポップも料理を口の中に入れる。

 

「っ! なんだこれ、すげえ美味いぞ!」

「だろう!?」

 

パーティで一番冷静でいなければならないはずの魔法使いが陥落した瞬間であった。

 

「ふふふ、そんなに美味しそうに食べてもらえれば、作った甲斐もありますね」

「本当よね。よく食べるわ」

「いやぁ……このところちょっとさもしい食事だったから」

 

恥ずかしそうに言うが、食べる手は止めない。若い男二人の食欲と相まって、食卓の皿は段々と綺麗になっていった。

 

「食べるのもいいけど。アバン先生の話も聞かせてよ」

「「!!」」

 

食べるのに夢中で頭から抜け落ちていた事柄をマァムの言葉で急に掘り起こされ、思わず食べ物が喉につかえていた。二人とも胸をドンドンと叩き、詰まりを解消しようとする。

 

「そうね、私も聞きたいわ。アバン様はお元気ですか?」

「え、ええ! そりゃもう!!」

 

水で流し込んだポップが先にそう言うと、続いてダイも慌てて口を開いた。

 

「元気ですよ! おれの島を走り回るくらい元気です!」

「そうそう! ダイの修行のときなんて大暴れだったもんな!」

「そうですか……それは本当になによりです」

 

そう言いながらダイとポップは互いに視線を交差させ、心の中で申し訳ないと謝る。真実を告げることが出来ず、二人を騙していることに心がチクチクと痛んだ。その痛みは、ダイたちの言葉を聞いて慈母のごとき柔和な笑みを浮かべて安堵するレイラを見たことでさらに増加した。

けれども今更嘘だったとも言えない。ならば相手に悟られることなくこの嘘をつき続けるのが、せめてもの責任である。

 

「ふーん……ねえねぇ、二人はどんな修行をしたの?」

「俺は、特別(スペシャル)ハードコースっていう……」

「ええっ!!」

 

そこまで聞いた途端、マァムは椅子から立ち上がる。

 

「それって、一週間で勇者になるっていうあの!? すごいのね、ダイ……」

 

特別(スペシャル)ハードコースの評判は良くも悪くも有名だったようだ。マァムは特訓を受けたダイのことを驚きと羨望の眼差しで見つめる。

そんなマァムを見て、ポップはあることを思いついた。

 

「そうなんだよ! ダイのやつ、その難問をクリアしてさあ。それで今、先生はダイの姉ちゃんの特訓をしているはずなんだよ!」

「ダイのお姉さん?」

「そうそう! 長老の家でも話しただろ!? チルノっていうんだけど、ダイの修行が終わって今はチルノの特訓中なんだよ!」

 

それはアバン不在の理由についてチルノのことをダシに使うということである。今修行中だから一緒にいられないというのは十分理由となるし、元気でやっているということも間接的にアピールできるはず。

 

「なるほど。だから先生は一緒じゃなかったのね……」

「そうそう、そういうこと」

「アバン様は本当に、精力的に活動なさってますね」

 

ポップの言い訳が功を奏したらしく、マァムとレイラは二人とも揃って納得した様子を見せる。そしてダイはというと、姉の名を聞いたことで少しだけ疑問を浮かべていた。

 

――そういえば姉ちゃん。後から追いかけるって言ってたけれど、どうやって来る気なんだろう?

 

ポップがペラペラと弁舌を並べる中、場違いにもそんなことを考える。

なお、正解はキメラの翼を使うことである。キラーマシン事件の際に一度体験しているにも関わらず、その存在をすっかり忘れてるダイであった。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

あれから会話も弾み――厳密に弾んだとは言い切れないかもしれないが――チルノの事、ダイの修行のこと、ポップが一年近くアバンにくっついて修行をしていたこと、魔弾銃を受け取った時のエピソードなどを話しているうちに、あれだけあったはずの料理は全て綺麗さっぱり平らげられていた。

 

「あー、楽しかった。いつもは母さんと二人で夕食だから、こんなに大勢で食べるのなんて久しぶりだわ」

 

お腹も気持ちも満ち足りたとばかりに、満足気な表情を浮かべてマァムは大きくノビをする。活動的な面も目立つが、彼女もまた年頃の少女である。今日のように気の済むまでお喋りをするのは、良いストレス解消になっていたのだろう。

実際、男手の少なくなった村の守りを若い彼女一人でこなしていることから、その身に降りかかる重圧は並ではないはずだ。今日の出会いは、彼女にとって良きものとなっただろう。

 

「本当ね。昔はあの人がいたから」

 

マァムの言葉にレイラが食卓の上の皿を片付けながら頷く。満腹になったせいでそれをボーッと見ていたが、やがてポップが声を上げた。

 

「ん……二人……? え、ちょっと待て」

「どうしたのポップ?」

「いやマァム、お前の親父さんは?」

「言ってなかったかしら? 父さんはもう死んでるわ」

「ええっ!!」

 

初耳であった。予期せぬ回答にダイたちは声を上げると、それから慌てて弁解するように言う。

 

「いや、男手は城に取られているって長老が言ってただろ!? だから、てっきりそっちに行ってると思ってたんだよ! それがまさか、なぁ……?」

「ごめんなさい! 知らなかったとはいえ……」

 

慌てふためく二人の様子がおかしくて、マァムはくすくすと小さく笑う。レイラも片づけの手を止めてダイたちに言った。

 

「大丈夫ですよ。もう昔の事ですから」

「それに今日は、かわいいマスコットがいたからね」

「ピィ!」

 

そう言うとマァムは、近くを飛ぶゴメちゃんを指で少しつつく。ゴメちゃんは元気よく返事をするとマァムの周りを嬉しそうに飛び回った。

 

「それにしても、不思議よね……モンスターはみんな凶暴になっているはずなのに……」

 

先ほどの話の中でもゴメちゃんの話題は出ており、マァムもその存在を知っている。だが、なぜ魔王の邪悪な意志の影響を受けないのかについては誰も答えることはできず、結局のところそういう生き物なのだということで落ち着いていた。

 

「うん、姉ちゃんも大丈夫だって許可してくれたし」

「なんか不思議な力でも持ってるのかねコイツ?」

 

ゴメちゃんを見ながら、ダイとポップも呟いた。

 

「村の子供たちに会わせたら良い遊び相手になってくれそうね」

「ピッ!?」

 

マァムが何気なく言った子供の遊び相手という言葉に何か嫌な予感でも感じ取ったのか、ゴメちゃんはダイの後ろに隠れてしまう。

 

「あら? 大丈夫よ、みんな良い子たちばかりだから」

「なんだゴメちゃんは意気地なしだなぁ」

 

ダイの言葉にマァムとポップもつられて笑う。ゴメちゃんだけは、その反応に納得いかないとばかりに抗議の表情を見せていた。

 

「あらあら。何やら楽しそうなところにごめんなさいね。粗末な場所で心苦しいですが、寝床の用意もできました。お二人とも、どうぞゆっくりとお休みくださいな」

 

そんな笑い声を聞きつけたのかは定かではないが、レイラが部屋の奥から顔を覗かせた。先ほどまで多少なりとも会話に参加していたかと思えば、いつの間にか食卓の上は綺麗に片づけられており、その言葉を信じるのなら寝室の用意まで短時間で行ったことになる。ベテラン主婦の手際の良さの何たることか。

 

「本当にありがとうございます」

「夕飯をご馳走になったばかりか、寝床まで用意してもらえるなんて。頭が上がりませんよ」

「うふふ、お気になさらずに。色んなお話を聞けて嬉しかったんですよ。アバン様の近況も聞けましたし」

 

レイラの言葉に一瞬だけドキリとしたポップは、耐えきれなくなったように席を立つ。

 

「いや、そんな。それじゃあ俺たちはこの辺で、先に休ませてもらいますね」

「待てってばポップ。おやすみなさい」

 

一足先に席を立ったポップを追ってダイも移動する。そんな二人のなんだか不思議な様子をマァムはよくわからないといった表情で眺めていた。

 

 

 

「すっかり、世話になっちまったな……」

「うん。こんなにお世話になったのに、おれたち先生のことで騙しているんだよね……」

 

宛がわれた寝室に退避してすぐ、ベッドに腰かけてダイとポップは先ほどの事を話し合っていた。嘘をつき続けているということが心苦しく、けれども本当のことを言えるほどの勇気もなかった。

 

「本当のことを言うべきかな?」

「けどよぉ……もう元気だって言っちまったんだぜ……今更言えるか?」

 

それが問題だった。なまじ元気だと言ってしまったことで、返って真実を伝えることが難しくなっていたのだ。

 

「下手に伝えても、悲しませるだけだろ?」

「いやでも……やっぱり嘘をつくのはよくないよ……」

 

ゴメちゃんも加えて二人と一匹で、結論の出ない堂々巡りのような会話を続ける。

 

その一方、マァムは居間に残ったまま母親と会話を続けていた。

 

「ダイ君とポップ君、良い子たちね」

「うーん、ダイはともかくポップはどうかなぁ……?」

 

レイラの言葉にマァムは少しだけ不満を上げる。どうも初対面の時の事件が影響しているようで、ポップにはダイほどのいい印象を受けられないようだ。

 

「そんなことを言うものではないわ。同じアバン様に学んだ仲間じゃないの」

 

娘の様子を見ながら、レイラは嗜めるように言う。そう言う母の姿は、まるで娘の全てを見透かしているようだった。

 

「そういえば、ダイ君たちはロモスに向かうんですってね。王様を助けるとか言ってたみたいだけど、マァムはどうするの?」

「えっ!?」

「ダイ君たちと一緒に行くのかしら?」

 

レイラの問いかけに、マァムは力なく首を横に振った。

 

「ううん、私はこの村を守らなきゃ……」

「あの人が守っていた村を?」

 

二人の脳裏に、まだ若い一人の戦士の姿が思い浮かぶ。父として夫として、村に住む一人としてネイルの村を守り続けたロカの姿を。

 

「うん、父さんだったらきっと……」

「そうかしら?」

 

マァムが言ったその言葉にレイラは待ったをかける。

 

「あの人がまだ生きていたら、魔王を倒しに行ってると思うわよ」

「えっ!? ……ふふ、確かにそうかもね」

 

まだ元気だったころの、怖いものなど知らないと言った姿を思い出して母娘はしばしの間くすくすと笑っていた。

 

「マァム。村を守ってくれるのは嬉しいけれど、でもマァムの重しにはみんななりたくないのよ」

「うん……」

「ダイ君たちがこの村に来たのも、ひょっとしたらアバン様のお導きかもしれないわ。ロモスには明日にも出発してしまいそうだったから、行くのなら早く決断した方がいいわよ」

 

母親の言葉にマァムは何も言わず深く考え込んだ様子を見せる。そんな娘の前にレイラは新しくお茶を注ぐと、何も言わずに退出していった。まるで、娘の考えに自分の存在は邪魔だとばかりに。

 

しばらくして、森の奥の方から大地を震わせるほどの雄叫びが響き渡った。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「な、なんだぁこの声は!?」

 

満腹と疲労のためウトウトしかけていたダイたちは、突然の大声で一気に目を覚ました。慌てて周囲を見回し、やがてそれが外から聞こえてきたものだと知るとすぐに部屋を出る。するとちょうど、家の外に出ようとしているマァムと鉢合わせた。

 

「マァム!?」

「ダイも今の声を聞いたの!?」

「ああ、すごい声だった。眠りかけたところを一気に起こされたよ」

「なんだよあの声は!? 目覚ましにしちゃ、おっかなすぎるだろ!!」

 

部屋を出てくるダイとポップの言葉を聞きながら、記憶に残る声を引っ張り出す。

 

「今の叫び声は、モンスターが群れを成して城を襲うときに聞こえてくるあの雄叫びみたいだった……」

「はぁ? なんだそりゃ!?」

 

文句を言いながらも、ただならぬ何かが起きていることはわかっているらしい。様子を窺うために全員で家の外に出る。すると他の村人も外に出ていた。家から外に出て森の様子を窺う者。窓から不安そうに外を見つめる者。松明を片手に辺りを警戒する者など様々だ。

 

「お姉ちゃん!」

「ミーナ!?」

 

不意にマァムの傍まで近寄ってくる小さな人影があった。村に住む子供の一人、ミーナである。すぐ近くには彼女の父親と母親の姿も見える。

 

「とつぜん大きな声が聞こえてきて……だいじょうぶだよね?」

 

今まで村を守っていたマァムに頼る癖がついてしまっているのだろう。不安な声で聞いてくる。マァムはそんなミーナを安心させるように、目線を合わせて少女の頭を撫でる。

 

「大丈夫よ。私もいるし、今日は私と同じアバン先生に学んだ仲間が二人もいるんだから。ね、そうでしょ二人とも?」

 

同意を求めるようにダイたちの方を見ると、ダイは神妙な面持ちで、ポップは一瞬ギクリとしたがすぐに何でもない風を装う。さらにはダイの近くにいたゴメちゃんが、自分もいるぞとばかりにマァムの傍でアピールする。

 

「えっ、何この子!? かわいい~!!」

 

ゴメちゃんを見た途端、ミーナが喜んだ。丸っこいスライムフォルムに加えて羽が生えている姿が幼女の心に会心の一撃のように突き刺さったらしい。先ほどまでの怯えた様子をどこかに吹き飛ばしたように笑顔を浮かべている。

 

「ゴメちゃんって言うのよ。ゴメちゃん、悪いけどミーナの相手を少しだけしてもらえる?」

 

その言葉にピィと鳴きながら羽で器用に敬礼のようなポーズを見せると、幼女を元気づけるように飛び回った。その様子に一先ずは大丈夫だろうと納得しながら、マァムはダイたちに近寄る。

 

「マァム……さっき、城を襲うときの声とか言ってたよね……」

「ええ……どうしたのダイ?」

 

先ほどから神妙な面持ちを続けているダイの言葉に、マァムは頷く。

 

「感じるんだ……すごいパワーを……下手したらアイツよりも」

 

アバンとの修行によって、闘気を感じることの出来るようになったダイには理解出来ていた。森の奥から村へと近寄ってくる恐ろしいほどの力の存在を。

 

「あ、ああああアイツってまさか!?」

 

はっきりと名前を出さなかったものの、ダイがこんな風に言う相手をポップは一人しか知らなかった。つい先日、アバンと死闘を繰り広げ、メガンテにすら耐え抜いた相手――ハドラーのことだと考えてまず間違いないだろう。

ダイにそう言われて森の方へとよく目を凝らせば、魔法使いのポップにすら何となく感じられた気がした。身も震えるような凄まじい存在感を。

 

遂には足音が耳に届き、森の木や草がなぎ倒される音が聞こえて来る。その恐ろしさに、村人たちも後ずさっていく。ダイはその様子を見ながら、無意識のうちにナイフを引き抜いていた。そしてついに、その相手が姿を現す。

 

「見つけたぞ、小僧」

「……ワ、ワニ男!?」

「リザードマンだ!!」

「こいつが、あの声の主……」

 

現れたのは真っ赤な鱗を持ったリザードマン――大柄で厳つい姿をした爬虫類系の獣人だった。その巨躯に見合う堅牢そうな鎧を身にまとい、その手には小さな片手斧を持っている。

もとい、片手斧は決して小さくなどない。並みの大人でも、その斧は両手でなければ振り回せないだろう。相手の姿が大きいために相対的に小さく見えているのだ。それを片手で軽々と持っているだけでも、相手の膂力の一端が垣間見える。

 

「我が名は獣王クロコダイン!! 魔軍司令ハドラー様が指揮する六つの軍団が一つ、百獣魔団の軍団長だ!!」

「六つの軍団……!?」

「さよう。我が魔王軍はモンスターの性質によって、百獣・氷炎・不死・妖魔・魔影・超竜の六つの軍団に分かれておる! オレの軍団は恐れを知らぬ魔獣の群れよ!!」

 

クロコダインの声が響き、村人たちはさらに怯えの色を濃くしていた。それも仕方ないだろう。この村に住む者は、誰でも一度はこの声を――恐ろしい雄叫びを聞いたことがある。その声の主が目の前にいるのだ。恐れない方がおかしいだろう。

 

「ダイ!」

「ど、どうしておれの名前を……!?」

「ハドラー様の勅命により、お前を討つ!! 死にたくなければ必死で発揮するのだな……魔軍司令殿をも傷つけたというお前の真の力を……」

 

クロコダインはダイを挑発するようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ダ、ダイ……大丈夫なんだよな……?」

「……わかんない」

「な、なにぃ~……」

 

ダイの自信のない返事に、ポップは言葉を詰まらせた。

初めて出会った時から強さを見せ、その力はアバンとの修行によってさらに強化されているはずだ。そのダイが、目の前の敵を相手に不安そうな様子を見せる。それはダイの力を当てにしていたポップにとって衝撃だった。

思わず逃げ出してしまいたくなるが、ポップはそれをグッと堪える。それは、なんだかんだと言いつつもダイがなんとかしてくれるだろうという淡い期待と、マァムが傍にいて自分の後ろに村と村人がいることでカッコ悪い姿を見せたくないという見栄のおかげで紙一重、ほんの薄皮一枚のところではあるがギリギリ耐えていた。

 

「そら、どうした、来ないのか? ならば戦いやすくしてやろう! ぬおおぉぉぉっ!!」

 

攻めあぐねているダイたちの様子に痺れを切らし、クロコダインは気合と共に力を込めてその斧を振るう。一瞬の強風が襲い掛かり、ダイたちは思わず目を伏せる。その風を感じた直後に、轟音が響き渡った。

 

「すごい……」

「な、なななななな……!!」

「嘘でしょ……」

 

そこにあったのは、破壊跡だった。クロコダインの振るった斧の衝撃波によって地面がえぐられ、森の木々が倒れて風通しの良さそうな道を作っていた。その破壊力は村にも被害を及ばせ、家が数軒ほど半壊している。

その光景は、三人の闘志を削ぐのに十分すぎるほどの威力を持っていた。

 

「各々の得意とする分野においてはハドラー殿を上回る力を持っているからこそ、軍団長を任されているのだ……さて、これで少しはやる気になったか?」

 

先ほどの一撃は村を狙ったものではなく、森を狙ったものだった。だがクロコダインの持つ驚異的なパワーは、余波だけでも村に破壊をもたらしていた。そして、これ以上迷うようであれば次は村により大きな被害が及びかねない。

 

「うおおおおっっ!!」

 

自らの不安を掻き消すように大声を上げながら、ダイはナイフを構える。その姿を見てクロコダインも満足気な表情を浮かべた。

 

「フハハハッ!! いくぞぉっ!!」

 

口火を切りつつ斧を振るう。先ほどのデモンストレーションのような力任せの一撃とは違い、斧を小さく素早く振るう。確実に当てることを優先した攻撃だ。

だが、肌に直接感じる風圧と風切り音が、当てることを目的とした攻撃であっても決して油断ならない威力を持っていることを如実に表していた。

しかしその恐ろしい攻撃をダイは紙一重で避ける。月明りがあろうとも暗い森の中、光源としては松明があるが、チラチラと揺れる見難い景色。そんな条件下でもだ。

アバンとの特訓によって会得した闘気を感じる能力をフル活用して難を逃れていた。

 

「ふむ……中々やるな……」

 

クロコダインからしてみれば攻撃をただ避けているだけ。だがその回避は的確で無駄がない。威力に慄き、大きく距離を取ってかわすのではない。逃げるのではなく戦うための回避だ。

それを理解しているからこそ、彼は目の前の少年の行動に低く唸りながら称賛した。

 

「いいぞダイ! その調子だ!!」

「ちょっとポップ! あなた何ボケッとしてるのよ!!」

 

ダイの様子を見て少しばかり勢いを取り戻したポップが声援を送るが、すぐにマァムが避難の声を上げる。彼女の指摘通り、ポップは何もしていない。だが彼からしてみれば、逃げ出さずにこの場に残っているだけでも僥倖と言っていい。

悲しいかな、それを知らないマァムは自身の中でポップの評価を下方修正した。

 

「しょ、しょうがねえだろ……下手に攻撃するとダイに当たりそうなんだよ……」

 

ポップは力弱くそう言うが、それもまたマァムに取ってみれば言い訳にしか感じられなかった。

 

「もういい! 私だけでも!」

 

そう言うとマァムはダイに誤射せずクロコダインを横から狙撃できるような位置を探して移動しつつ、ホルスターから魔弾銃を手に取る。そして装填用の弾丸を持ったところで気づいた。

 

――まずいわ! 弾丸が!!

 

今彼女が持っているのは、攻撃用にメラの呪文を詰めていた弾丸である。しかしそれも日中に撃ってしまい、現在は空っぽだった。いや、メラの弾丸だけではない。彼女が持つ弾丸のうち、攻撃呪文が込められていたものは全て撃ち尽くしていた。

マァムが長老の家に向かったのも、元々は撃ち尽くした攻撃呪文の再装填をお願いするのが目的だった。だが予期せぬ仲間たちとの出会い、そしてアバンの話などを聞くうちに、彼女の家に泊まるという流れになり、気が付けば当初の目的を完全に失念していた。

私のバカ!! と後悔するが、時間は元に戻らない。

 

「ならばこれはどうだ!!」

 

クロコダインは大きく息を吸い込むと、ダイへ向けて勢い良く吹き付けた。それはただの吐息ではない。高熱波により相手にダメージと麻痺の両方の効果を与える奥の手、焼けつく息(ヒートブレス)だ。

 

「なんの!!」

 

しかしダイもしめたもの。伊達に姉と教師に鍛えられたわけではない。直前の台詞と大きく息を吸い込むという前動作があれば、それを察知するのは容易いことだ。大きく横に飛び退き、ブレスの射程範囲から逃れた。

 

そこまではよかった。

 

「……え?」

 

戦闘に集中しすぎるあまり気が付かなかったのだろう。ダイが元居た場所の後ろには――それでも遥か後方ではあったが――ミーナとゴメちゃんがいた。

彼女は親に連れられ、クロコダインを刺激しないようにゆっくりゆっくりと下がっていた。そこに予期せぬ形で襲い掛かる焼けつく息(ヒートブレス)。彼女はまるで夢か何かを見ているように呆けた声を上げる。唐突すぎるあまりに、今の状況を正しく認識できていないのだろう。

 

「危ない!!」

 

咄嗟に反応出来たのはマァムだった。

狙撃地点への移動途中で足を止めたことが幸いしていた。彼女はミーナを庇うように焼けつく息(ヒートブレス)の前へ飛び出し、その全ての己の体で受け止めた。

 

「あああっ!!」

 

ブレスの高温によって体から薄く煙が立ち上り、文字通り焼けるような痛みに苦痛を漏らす。

 

「マァム! 大丈夫か!?」

「私よりも……ミーナ、は……?」

 

痛む体を起こしてマァムは必死に後ろを確認する。ポップもつられて後ろを見ると、そこには怪我一つないミーナの姿があった。怯えて腰を抜かしているが、彼女の親が抱き上げるとさらに後方へと避難していたから、これ以上は大丈夫だろう。

 

「ダイっ! もう少し後ろに気を付けてくれ!!」

 

無茶を言っているのは分かっている。それでもポップは叫ばずにはいられなかった。

 

「ああ……そんな……」

「流れ弾が当たるところだったか……武人でも無い者に手を上げるのは、オレも本意ではない」

 

戦う意思を見せない相手を傷つけるのは彼の望むところではない。魔王軍として侵略の命を受けているとはいえ、彼の気質は武人である。最低限の礼儀をわきまえているつもりだ。

だがダイにとってはクロコダインのその言葉も「己が油断の招いた結果、村人が犠牲になりかけたのだ」と、そう言っているように聞こえた。

完全な自分のミス。考えの足りなさが原因だ。ダイはそう自責する。

 

「だったらまずは……」

 

村を背にしていたのがそもそもの間違いだった。精神のスイッチを切り替えるように、クロコダインの横へ回り、さらに後ろへと大きく移動する。

 

「こっちだ! こい、クロコダイン!!」

「よかろう。村を気にしては、貴様も全力では戦えまい」

 

森の奥へと消えるダイ。それを追って、クロコダインもまた森の奥へと入っていった。

 

 

 

「大丈夫かマァム!! しっかりしろ!!」

「私はいいから……ダイを……」

 

明らかに苦しんでいるはずなのにダイを気遣うその姿に、不謹慎ではあるがポップは彼女のことを女として強く意識してしまった。

 

「いや、けどよぉ……」

 

ダイが心配な気持ちもわかる。だがポップにとってはマァムも心配なのだ。彼女の言葉に従ってダイを追うべきか、それとも彼女の傍についていてやるべきか。二択を突きつけられ、どちらも選ぶことが出来ずにオロオロとしてしまう。

 

「ポップ君、どいてちょうだい」

「おわっ、レイラさん!?」

 

まるでそんなポップを見かねたかのように、レイラが進み出てくるとマァムの傍にしゃがみ、精神を集中させて呪文を唱える。

 

「キアリク」

 

彼女が唱えたのは麻痺を治す呪文だ。焼けつく息(ヒートブレス)による麻痺効果をまずはこれで直すと、続けて呪文を唱えた。

 

「ホイミ」

 

癒しの光がマァムを包み、ダメージもこれで回復していた。影響が完全になくなったことでマァムの顔色もよくなり、先ほどまで苦しんでいたことが嘘のように素早く立ち上がる。

 

「なんでダイを追わないのよ!!」

 

そして開口一番、ポップへ向けて文句を言った。

 

「ふふ、マァム。ポップ君はあなたのことが心配でダイ君を追えなかったのよ」

「なっ! ち、ちがいますって! 誰が!! ダイはすげえから大丈夫なんだって!!」

 

だがポップが何か言うよりも早く、レイラが口を挟んだ。それは完全に虚を突かれた形になり、強く否定したいものの親の前ではそこまで言うこともできず、そのためポップは敬語とため口が入り混じったような訳のわからない口調でムキになって否定する。

 

「ああもう!! いいから追うわよ!!」

 

虚を突かれたのはマァムも同じだった。彼女は今の言葉を聞かなかったことにするかのように、母へのお礼の言葉も忘れて、ポップの腕を引っ掴んでダイの後を追って駆け出して行った。

 

 

 

クロコダインの斧が振るわれ、森の木が一本、まるで枯れ枝を折るように容易く切断された。だが肝心のダイには攻撃は当たらず、逆に反撃の隙を作ってしまう。それを見逃すダイではない。

 

「アバン流刀殺法! 大地斬!!」

「ぐうぅっ!!」

 

闘気の混じった大地斬はさながら劣化したアバンストラッシュだった。咄嗟に左腕を突き出してガードに転じるものの、ダイの攻撃はクロコダインの防御を突き破り、強固なはずの鱗を切り裂いて手傷を負わせた。

だがダイはその威力に不満だった。この程度しか自分は出来なかったのか? クロコダインの攻撃をもっとしっかりと避けられたはずではなかったのか? 闘いの最中だというのにそう自問してしまう。まるで小さなトゲが刺さっているような違和感を感じていた。

予期せぬ痛みを感じ、クロコダインは苦し紛れに丸太のような尾をダイへ放つ。まるで鞭のような鋭い一撃だったが、過去の修行で暴れ猿のような尾を持った相手と戦った経験がそれを察知させていた。すぐさま距離を取り、尾の一撃を避ける。

 

「オレの体に傷を負わせるとは……魔軍司令殿の言葉は嘘ではなかったか。下手な兵士など問題にならんほど強いな……それにその武器。ただのナイフのようだが相当な業物と見た」

「…………」

 

確かにパプニカのナイフは普通のナイフよりかは強度も威力もずっと高い。だが彼には姉が作ってくれたもっと強力な武器がある。ハドラーを相手に実戦を経験したあの武器の事を思い出し、一瞬言葉に詰まった。あれがあれば先ほどのような失態は見せなかっただろうか、と。

 

「だが、オレの持っている武器も並ではないぞ!! 唸れッ! 真空の斧よ!!」

 

ダイの様子など気にした風もなく、クロコダインは手にした斧を天高くかざす。その意志に反応したかのように、斧の中心に埋め込まれた魔石が輝き、竜巻を思わせるほどの強風が吹き荒れた。気を抜けばその瞬間に吹き飛ばされてしまいそうな風圧に翻弄され、ダイは動きを完全に止めてしまう。

 

「くらえっ!!」

 

真空の斧は持ち手の意志に従い、バギ系呪文の効果を発生させることの出来る伝説の武器である。クロコダインの狙いは、嵐を巻き起こしてダイの動きを止めることが一つ。そしてもう一つ、強風を追い風として強烈なショルダータックルをぶちかました。

 

「ぬおおぉぉぉっ!!」

「うわあああっっ!!」

 

動きを止めてしまったダイでは満足に避けることもできず、勢いのままに吹き飛ばされた。ただの体当たりというなかれ、多少スピードは遅くともクロコダインの質量そのものが小さなダイの体に直撃するのだ。闘気で強化されたそれはさながらダンプカーの正面衝突。

ダイも動けないまでも闘気を集中させて少しでも防御しようと試みたが、クロコダインの放った単純な衝撃には耐えきれない。

 

「が……がはっ……」

 

吹き飛んだ先が幸運にも茂みであり、葉っぱや枝が衝撃を殺してくれた。だが衝撃で息が詰まって動けなくなっていた。それでも最後の意地とばかりにナイフは手放さなかったことだけは驚嘆に値するだろう。

 

「まだ息があるか……たいしたものだ。だが……今、楽にしてやろう」

 

動けぬダイへと歩み寄るとクロコダインは斧を大きく振り上げる。だがそれが振り下ろされるよりも早く、ポップたちが追い付き姿を見せた。

 

「なっ!?」

 

だが状況は最悪に近かった。せっかく追い付いたものの、もはや決着がつきそうな場面である。マズイ!! そう思った瞬間、ポップの脳裏にある記憶が蘇った。

先のハドラー戦にて、同じようにダイが攻撃を受けかけた時に一人の少女が取った行動。自分よりも年下の女の子があれだけのことをやってみせたのなら、自分にも同じことができるのではないか。不利を悟って逃げ出そうと訴える弱い心とは反対に、ポップの心の中の小さな勇気がそう提案していた。

 

一方、マァムは倒れたダイの様子を見ていた。

あれは大ダメージを負っている。自分なら回復魔法をかけられるが、近寄る前に間違いなくダイが攻撃を受けてしまう。援護をしようにも魔弾銃の攻撃呪文はすべて撃ち尽くしているし、隣にいる魔法使いは当てにできそうもない。打てる手は……あった。少々分の悪い賭けかもしれないが、何より時間がないのだ。グズグズしていられない。

 

――やるなら今!!

 

二人は心の中でそう決意する。

そしてポップは左に、マァムは右に。まるで合図でもあったかのように、それぞれ分かれるように動いた。ポップは呪文を使うべく短杖を構え、マァムは魔弾銃に弾丸を装填する。

二手に分かれたことでクロコダインはどちらを先に狙うべきか躊躇う。このままダイを始末するべきか、新しく来た援軍二人の行動を妨害すべきか。

片方は杖を持っていることから魔法使いだろう。そしてもう片方は得体のしれない武器を構えている。その不気味さが彼の躊躇いを少しだけ後押しする。

その迷いはこの場では致命的だった。

 

「ヒャダルコ!!」

「当たって!!」

 

ポップの唱えた冷気呪文によって局所的な吹雪が吹き荒れ、クロコダインの武器を腕ごと凍り付かせる。かつてチルノが、ハドラーが放とうとした蹴りのタイミングを狂わせるために行った足止めと同じ。それをヒントとした行動である。

だがあの時とは呪文の威力が違う。

根性なしだとしてもアバンの下に一年近く師事しており、そして彼のなけなしの勇気が込められた呪文なのだ。その冷気はクロコダインの武器を腕ごと凍り付かせ、その凍結範囲は彼の右腕全体にまで及んでいた。

 

マァムの放った弾丸。そこにはホイミの呪文が込められていた。

魔弾銃には彼女の扱うことが出来ない攻撃系の呪文を多めに込めているが、それでも万が一、例えば自分が危険な状況に陥り助けを求める相手に回復呪文が使えない場面に遭遇するかもしれないと考えて、ホイミ・キアリー・キアリクの弾丸を用意していたのだ。

今まではこの弾丸が必要になることもない、無駄な備えだったかもしれない。だが彼女の準備は、この瞬間に最大の効果を発揮していた。

放たれた呪文は狙いを違うことなくダイへと命中して、彼の怪我を優しく癒していく。

 

ポップがクロコダインの攻撃を封じ、マァムがダイの怪我を癒す。事前に打ち合わせをしたわけでもないのに、二人の息はぴったりだった。どちらか片方だけではダイにトドメを刺されていたかもしれない。

己の武器が凍り付きクロコダインが一瞬たじろぐ。その隙にダイは起き上がっていた。ホイミの回復量では先ほどのダメージから全快はしなかったが、無いよりは何百倍もマシだ。

 

「くらえっ!! 海波斬!!」

「ぐおおおおおぉぉっ!!」

 

再び真空の斧を使われるのを恐れたダイは、直感的に海波斬を放っていた。だが闘気と共に放たれた海波斬だ。恐るべき速度と威力で放たれた剣閃は、クロコダインの纏う鎧を紙のように切断すると、鱗を物ともせずに断ち切る。それでも威力は衰えずに彼の左目を深く切り裂いた。

その衝撃に押されて、クロコダインが左目を押さえてたたらを踏む。そして残った右目を、怒りで真っ赤に燃え上がらせ、射殺すような視線を向けた。

 

「よくも、よくもオレの顔に……オレの誇りに傷をつけてくれたな!!」

 

口から紡ぎ出されるは呪詛のような低い声音。憤怒を立ち上らせ、剥き出しの敵対心を容赦なくダイたちにぶつける。

 

「覚えていろよダイ!! お前は俺の手で必ず殺す!! 必ずだ!!!!」

 

そう言うとクロコダインは痛む左手も気にせずに闘気を集中させると地面に打ち出す。そこに大穴を開けると飛び込んで姿を消した。

少し間をおいてから穴を覗き込むが、穴の底は光が届かないほど暗く、追撃は不可能だろう。

 

「なんとか、退けたか……」

「うん……でも出来ることなら倒したかった。手負いの相手ほど恐ろしいものはないって……」

 

――姉ちゃんが言っていた。

 

その言葉をダイは言わずに飲み込んだ。そうか、ようやくわかった。姉が――チルノがいないのが違和感の原因だと、自分が言おうとした言葉でようやく気付いた。

村での戦いのときだって、姉がいてくれたらきっと被害は少なかったに違いない。今の戦いだって、きっともっと楽に戦えたに違いない。ポップがヒャダルコで助けてくれたあの戦法も、元々は姉が使っていたものだった。

チルノがいない状態での初めての死闘。彼女がいればどんな敵にも負けないと思っていたのに。幼い頃からずっと、姉弟として共に暮らしてきた。それが今は離れている。その事実が、ダイをどうしようもなく不安にさせていた。

 

「それにしても、ポップもやるじゃない。少し見直したわ」

 

ダイにベホイミを掛けていたマァムだったが、傷が癒えたことで手を放すとポップへと言う。彼女からしてみれば、ポップがあそこで機転を利かせて氷結の呪文で武器を封じ込めるなど、思いもよらなかった。頼りなさそうに見えた魔法使いのまさかの妙手。そして同時に感じた、あの時の何も言わずとも連携が取れた快感。アバンの使徒として、みんなと繋がっているのだということを彼女は何となく意識してしまう。

 

「なんだよ、少しだけかよ。まあ、この天才魔法使いポップ様にかかれば、あの程度は……」

 

マァムの言葉に気を良くしたように、ポップはベラベラと話しだす。彼のやったことはチルノの真似でしかないのだが、有効な手段でもあった。それを指摘するほどダイも無粋ではない。

ポップの賑やかな声をBGMに、一行は村への帰路へと就いた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

あれから、村へと戻ったダイたちは村人に出迎えられた。

クロコダインの狙いは自分なのだからやめてくれというダイだったが、それでもせめてお礼は言わせてくれと村人たちは口々に感謝の意を述べていった。

だがそれでも、もう夜も遅いということもあり、長老の計らいによって今日はもうお開きとなり、ダイたちはマァムの家の客間へと戻っていた。

 

「お疲れ様でした。ダイ君、ポップ君」

 

後はもう寝るだけだ。そう思っていたダイたちであったが、不意に部屋の扉がノックされた。誰かと思い出てみたところ、その相手はレイラであった。訳も分からず室内へと招き入れたところ、彼女は先の言葉を述べていた。

 

「この村を守ってくださって、ありがとうございます」

「やめてください……クロコダインはおれを狙って来たんです。村に被害まで出しちゃって……お礼なんて言われるようなことはしてないです……」

 

会釈をしたレイラに対して、ダイは困ったようにそう言う。

 

「いいえ、それでもです。それに、重荷になるのであればではこう考えてみてはいかがでしょう? あのモンスターは遅かれ早かれ、村を襲っていた。でも、ダイ君たちはその標的を自分たちだけに向けることが出来た。そのおかげで村は助かったのだと」

 

そういわれると、ダイは返す言葉を失った。

確かに、肯定的に捉えればそう考えることもできるだろうが。それでもダイの気持ちは晴れない。

 

「アバン様が生きていたならば、きっとこう仰っていたと思いますよ」

「……ええっ!?」

 

最初、レイラが何を言っているのか理解できなかった。数秒の時を使い、まるで初めて聞いた言語を理解するかのようにして、ようやく彼女が言った言葉を理解する。

 

「い、いつから……」

「バカ!」

 

ダイが言いかけた言葉をポップは焦って止める。この時点ではまだカマをかけられただけという可能性もあったからだ。だがそれもダイの言葉でご破算となる。

 

「何となくですが、最初から」

「えぇ……」

「これでも僧侶としてアバン様にお仕えしていましたから。そう易々とは騙されませんよ」

「あの、その……ごめんなさい!」

 

何を言っていいのかわからず、ダイはただ頭を下げた。

 

「そんな、頭を上げてください。ダイ君たちは何も悪いことはしていないのでしょう?」

「ええ、そうっす……先生は、俺たちを守るためにメガンテを……」

「アバン、様……」

 

その言葉で十分だった。僧侶としての経験を積んでいるレイラにとってみれば、僧侶ですらないアバンが自己犠牲呪文を使えば、万に一つも蘇ることは叶わない。レイラは両手を組むと瞳を閉じ、アバンの冥福を天へと祈る。

 

「辛いお話をさせてしまい、申し訳ありませんでした。でも、後日になれば二人とももっと言い出し難かったでしょう?」

「ええ……」

「逆にそっちから言ってくれて、助かったって言うか……」

 

嘘というものは、時が経てば経つほど真実を言いにくくなる。だからレイラは、クロコダインと戦い疲れているのを承知で、今日のうちに二人に接触を持ったのだ。

 

「あの、このことはマァムには……」

「そうですね。折を見て伝えておきます」

 

その言葉だけで、ダイたちは心が幾らかでも軽くなった気がした。二人が安心した様子を見ながら、レイラは一瞬だけ扉の方を見ていた。

 

 

 

マァムは一人、明かりをつけることもなく居間で項垂れていた。やがて、奥の方から扉の軋む音が聞こえてきた。そして、彼女の母親が暗がりからゆっくりと姿を現す。

 

「母さん……さっき……聞いちゃって……私……」

 

要領を得ないその言葉。だがそれだけでレイラは何を言いたいかを理解した。

――いや、それよりももっと前から。ダイたちが話していることを、扉の向こうで聞いていたことを彼女は知っていた。

マァムはレイラが抜け出すようにコッソリとダイたちの部屋に行くことに気づき、それが何故か気になり、後をつけていた。そして語られるアバンの最期の瞬間。マァムが聞けたのはそこまでだった。それ以上はとても聞くことが出来ず、逃げるようにしてその場を去っていた。その時の僅かな気配をレイラは察知していた。引退したとはいえ、かつての英雄のパーティの一員である。

 

「そうね、マァム……」

 

今にも泣きだしそうな娘を、レイラは優しく抱きしめた。

 

「うそ、だよね……」

「いいえ。アバン様はダイ君たちに未来を託したそうよ」

「未来を……?」

「ダイ君は修行を三日しか受けておらず、ポップ君はまだ卒業と認められていない。それでも、アバン様は彼らに託した。それはきっと、あの二人が大いなる輝きを持っていると信じていたのでしょうね」

「でも、でもそれなら、どうして先生は生きてるなんて嘘をついたのよ!?」

 

レイラの言葉に一応の納得は出来る。だが、感情がそれを否定する。

 

「マァム。あなたならあの場面で、アバン様は魔王に倒されましたって正直に言えるかしら?」

「う……」

 

逆の立場になった場合を想像してみるが、マァムにはそのことを言えそうになかった。

あの場には長老もいた。自分もいた。レイラもいた。そこで真実を告げることの、どれだけ大変そうか。想像の域を出ていないが、それでも何となく理解出来た。

 

「それに二人は、嘘をついたことをずっと後悔していたわ。誰だって、言いたくないこと、言えないことくらいあるものよ」

 

レイラの胸の中で、マァムは涙を流しながら頷いた。

 

「ねえ、お母さん……先生の最期は、どうだったの……?」

「それは、自分で聞いてごらんなさい?」

「えぇ……」

「これもまた、人生経験よ」

 

愛娘に向けて、彼女は優しく微笑んだ。

 

 

 

翌日。

ダイたちは、壊れた村の復興を申し出ていた。村を守ってくれた英雄にそんなことをさせられないという意見もあったが、ダイたちの村を壊してしまい申し訳ないという考えとがぶつかり合い、押し問答の結果、では数日だけでも手伝ってもらおうということで落ち着いた。

 

「ねえ、二人とも……私、母さんから聞いたの……先生のことを……」

 

その復興の休憩時間、マァムはダイたちに向けてそう切り出した。

それを聞いたダイたちは、揃って何とも言えない顔をした。折を見て話すと言っていたが、まさか翌日に聞かれることになろうとは、完全に想定外だった。

 

「教えて! 先生の最期のことを……」

「どうする、ポップ……?」

「辛い思いをすると思うぜ」

「それでも、それでも聞かせて!」

 

マァムの真摯な想いに負けて、ポップはデルムリン島の出来事をゆっくりと語っていった。その全てを聞き終えると、マァムは満足そうに頷いた。

 

「そう……本当に、先生はあなたたちに未来を託していたのね……」

「レイラさんから聞いたのかい?」

「ええ、昨日ね……」

 

詳しくは自分の口からちゃんと聞け、と言われたことは流石に言わなかったが。

 

「私も、先生に少しは託されたのかしら……?」

 

マァムは魔弾銃を抜くと、遠い過去に思いを馳せる。

 

「ちょっととぼけているけれど……強くて、優しくて……本当に素敵な先生だったわ……でも、もう会えないのね……」

 

遠くを見つめながら、彼女は瞳から一筋の涙を零す。

その様子を、ダイとポップは何も言わずに見つめていた。

 

 

 

まるで彼らの旅立ちを祝福するかのように、空は晴れていた。いつもは日照不足のはずのこの村も、今日はやけに明るい。作業も落ち着きを見せ、今日はダイたちが旅立つ日だった。

村の出入り口には大勢の村人が押し寄せ、彼らの旅路を祝福している。

 

「ダイ兄ちゃん、ゴメちゃん。お仕事が終わったら、必ずまたこの村に来てね」

「気をつけてな」

「頑張るんじゃぞ」

「ありがとう、みんな」

 

口々に別れを惜しんでくれる村人たちに礼を言うと、そしてダイはマァムへと向き直る。

 

「マァムも、今までありがとう」

「今度もまたダイと一緒にこの村に来てやるよ」

 

マァムが気にしないように、後ろ髪を引かれないように、つとめて心配をかけないようにダイたちは言う。彼女にはこの村を守るという大事な仕事があるのだ。別れは惜しく、一緒に来てもらえればそれは嬉しいが、ダイたちのワガママに突き合わせるわけにもいかない。だから何事もなく別れようと、二人は昨晩話し合ってそう決めていた。

――途中、話が脱線して、少々ピンク色な話題になってしまったがそこはご愛嬌。

マァムのスリーサイズの話に発展した後に、なぜかポップが弟のダイも知らないはずのチルノのスリーサイズにまで言及しようとして、ちょっと竜の紋章が発動しかけた――なんてこともあったかもしれない。なかったかもしれない。

 

手を振りながら村を後にするダイとポップ。その二人の姿を見ているのがマァムの限界だった。

 

「みんな、ごめんなさい!!」

 

二人が村を出てまだ数歩も経たないうちに、マァムが力強く頭を下げた。そのあまりの勢いにダイたちも足を止めて村の方を見やる。

 

「私、やっぱりダイたちと一緒に行きたい!! この村を守るって誓ったのに、破ることになってしまって。本当にごめんなさい!!」

 

ダイたちからアバンの最期の話を聞いてから、ずっと心の中で揺れ動き続けていた感情。アバンから託された未来を、自分も共に守るべきなのではないかと。村の人たちを守るためにアバンに師事したというのに、その誓いを自ら破ろうとしている。

だがそれでも、彼女は我慢できなかった。

少しだけ小さくなったダイたちの背中を見て、ここで言わなかったらきっと一生後悔する。根拠は何もないが、なぜかそんな気がしたのだ。

 

「やっぱり、私の娘ね。しょうがないわよね」

「……母さん?」

 

人の輪から出てきたのはレイラだった。その手には荷物袋とマァムの装備品であるハンマースピアを持っている。

 

「私もね……十五年前、傷つきながらも戦い続けていたアバン様や父さんを見かねて、この村を飛び出して行ってしまったのよ」

「ははは、懐かしい話じゃのう。昨日のことのように思い出せるわ」

 

長老が茶化すように言う。

 

「前にも言ったでしょう? 守ってくれるのは嬉しいけれど、あなたの重しにはなりたくないの」

「でも、母さん……私は……」

「私だって、元は僧侶よ。バギ系の呪文くらい使えるし、多少なりとも戦えるわ」

 

レイラの言葉が引き金となったように、村人たちも一斉に声を上げる。

 

「そうだぜマァム。村はおれたちで守ってみせる」

「行ってきなよ」

「ゴメちゃんたちを助けてあげて!」

「わしも多少は攻撃呪文が使える。なんとか踏ん張って見せるわい」

 

村のみんなの声を聞きながら、マァムはレイラの持つ荷物を受け取る。

 

「みんな、ありがとう……ありがとう!」

「なんでぇ、結局来るのかよ」

「よろしくねマァム」

 

口では何と言おうと笑顔を隠し切れないまま、ダイとポップは新たな仲間を歓迎する。

 

「私、行ってきます! ダイ、ポップ、私も行くわ!」

 

村人たちに別れを告げ、そしてダイたちに加入の意志を示すと三人と一匹がネイル村を旅立っていく。段々と小さくなる彼らの背中を、村人たちはいつまでも見送っていた。

 

 




元々1話でまとめる予定だったものをぶった切って2話に……"話をどこで区切ればいいのかわからない病"の患者はこれだから困る。

戦士ロカ。いつ、どんな理由で死んだのかさっぱり不明の人。原作ではマァムがレイラを紹介するシーンでさらっと死んだって言ってるくらい? よくわからない。
個人解釈としては、ネイル村にいて村を守ってたと思う。でも途中で死んで、旧友の死を知って村に来たアバンがマァムを教えたと予想。この中ではそんな扱い。でも会話のネタの一つにしかなっていない。

おっさん戦。隻眼にする?やめる?ちょっと考えた結果、悩むことなく原作通り隻眼に。この辺は神の見えざる手(ご都合主義)を感じますね。
片目ってことは遠近感掴めないはずなのに、仲間になるとすごく頑張ってくれるおっさん。この人も大概バケモノですよね……
お目々の復活フラグとか仕込めるかな? 好きなんですよクロコダイン。
(あっちの世界だと、ベアトリクス・アーロン・イグニスとか? でも全員ファッション失明だし参考にならん……)

そしてレイラさん、察しが良すぎる。そしてちゃんとアバンの死について話し合う面々。レイラさんが仲立ちして、それぞれに影響を与えられた、かな? というか原作でも絶対気づいているよなあの人。伊達に人の生死を見る僧侶なんて商売やってないだろうし。
(お互いにアバンの死に対することができたので原作より少しだけマァムが強い決意を持てたんじゃないかと思います。だから自分から言い出せた)
でも実は先生は生きてますから。あの場にチルノがいたら、多分ストレスで胃に穴が開く。
てか、旦那を失っているから肉親を失う怖さは知っているはずなのに、娘まで戦いに送り出すのは相当断腸の思いで決断してたんだろうなぁ……カーチャンはすごいわ……

実はダイ君は初めてのお使い状態。凄く緊張していたことが判明。姉が一緒にいるのが当然だったので、失敗した事象はすべて「姉がいれば……」と悔やんでいます。その辺の気負いと不安のせいでクロコダイン相手に苦戦しています。普通だったらもっと楽なはず。
そんな感じに「原作より強いけれどメンタルが脆い(ヤバい)感じになっている」の認識で扱っています。依存しちゃってますね、誰のせいなんだ。
ポップはダイの強さを知っているので、それを根拠として原作よりも楽勝ムードで押せ押せな感じになっている。が、その分だけダイへの依存度も強くなっている認識で扱っています。まあ、ダイが優勢だと信じているので原作よりマシかもしれませんが、危ういのはこちらも変わらず。

……表現できているかはまた別のお話。

そういやダイが呪文使ってないですね……せっかく覚えてるのに……
(使わない方が強いと言ってはいけない)

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