資料用に買ったパーフェクトブックも付箋を外せる……
この三つには足を向けて眠れません。
「見えたッ!!」
壁や天井を足場として何度移動を繰り返しただろうか。崩れゆく
ようやく見えた外の景色にダイは小さく叫ぶと、最後の移動とばかりにガリアンソードの剣先を外壁に突き刺し、一気に外へ――そのまま地面へと降り立った。
「……やった!!」
剣を巧みに操ることで勢いを殺しているとはいえ、人を一人抱えての移動は今のダイには想像上に大変だった。上手く着地できたのも奇跡のようなものだろう。竜の神の加護か、はたまた剣がそれとなく力を貸してくれたのか。
「やったよ! 姉ちゃん!!」
「うん……!」
とあれダイは無事に脱出できたことを素直に喜んでいた。続いて腕の中の姉の様子を確認する。移動の衝撃で痛むのだろう、苦しそうな顔をしていたが命に別状はないようだ。
ダイたちが脱出し終えた頃、
「バーンの城が!」
「もうちょっと遅かったら、下敷きになってたのかもね……」
「そうだね。危なかった……」
あり得たかも知れない結末を想像したのだろう。ダイよりも細い腕で彼に必死にしがみつく姉を、ダイは落ち着くように抱き締める。
「ありがとう……私の勇者様……」
その心遣いを感じ取り、チルノはダイの頬にキスをした。
「アバン! それに皆さんも!! よくぞご無事で……」
「ええ、フローラ……確かに我々は戻ってくる事が出来ました……ですが……」
「何か――」
事情を知らぬフローラの言葉にアバンが歯切れ悪く応じる。
てっきり無事に生還してきたことを喜び合うと思っていたところで沈んだ反応に、何かあったのか尋ねようとする。だが、フローラがそれを言い切るよりも早くバランの声が響いた。
「ディーノを助けに行く!」
「待て待て! 助けに行くのは賛成だけど、どこを探す気だよ?」
「どこでも構わん!」
突入組と待機組が再開したかと思えば、一息つく暇もなく再び出発しようとするバランを、ポップたちが必死で止める。凄まじい剣幕と怒鳴るような言葉からは、フローラでなくとも何があったのかは容易に理解できた。
「そんな……まさか!」
「ええ、ダイとチルノの二人とはぐれてしまい、未だ見つかっていません」
最後の時に何が起きたのかをサッと要点のみをアバンが説明すると、一瞬立ちくらみを起こしたようにフローラは額を抑えた。だが、それも一瞬のこと。すぐに立ち直ると近くにいた騎士たちに厳命を下す。
「すぐに捜索隊を編制します! 草の根わけてでも二人を探しなさい!!」
「「「はっ!!」」」
乱れのない声が響く。瞬時に対応してみせたフローラとカール騎士たちの様子を、アバンは実に頼もしそうに見ていた。
「バラン様、お伴いたします」
「すまんなラーハルト。いざとなればこの瓦礫の山全てを粉微塵にしてでも――」
一方、静止の声を押し切ったバランにラーハルトが加わった。二人はもはや残骸と化した
だが結局、その気勢は徒労に終わる。
「そこまで頑張らなくても大丈夫だよ、父さん」
「チルノさん!!」
「ディーノ!!」
「ダイ!!」
「「「勇者殿!!」」」
ダイとチルノが姿を現した。
互いが互いに身体を寄せ、支え合うようにしながらゆっくりと歩いてくる。辛そうな表情と疲れ切った声からは、少し動くだけでも大変そうだ。ダイたちの登場にバランが、ポップが、マァムがレオナがヒュンケルがメルルが、その場にいた全ての人間が歓迎するように駆け寄っていく。
「ピィッ!!」
「ピィ~ッ!!」
その集団の先頭を行くのは、意外にもメルルだった。予知していたのか真っ先に駆け寄り、彼女が抱えるスラリンとゴメちゃんもまた、遅い帰還に嬉しそうな鳴き声を上げる。
「って!! ちょっと待った!! チルノ、どうしたのその格好!?」
だが全員が駆け寄るその途中で、レオナが大声を上げて足を止めた。二人の格好に気付いたからだ。ダイの上半身が裸なのはまだいい。問題はチルノである。
彼女は服も靴も身に付けておらず、ダイから受け取った上着を身体に当てて、肌を最低限隠しているだけだ。とても頼りなく、少しでも強い風が吹けば、たちまちその下までが露わになってしまうだろう。
ダイたち二人の奇跡の生還という事象に酔いしれて、この格好に気付かなかったのは大きな落ち度だった。とはいえ他の全員も同じだったらしく、全員がチルノの姿に気付くや否や自然と足を止めて所在なさげに目を逸らす。
「ほら男たちは足を止める!! それとこっちを見ない!!」
「全員! 良しと言うまで後ろを向いていなさい!!」
その点、女王二人は大したものだ。レオナとフローラの命に従い殆どの者が後ろを向く。残ったのは女性たちだけである。
「ど、どうしましょうか。何か代わりになる服を……わ、私の服を!」
「落ち着いてメルル! それよりもあたしのマントならまだマシでしょう? これを羽織れば……あ、でもこれじゃあ大きさが足りないわね」
「予備の装備の中に、鎧下か何かがあったはずです。とりあえずは、それで間に合わせましょう」
「私、取ってきます!!」
フローラの言葉を聞き、マリンが動く。メルルは自分の身体を盾にするようにしてチルノの事を隠そうとする。その少し離れた所では、大勢の男たちが後ろを向いて聞き耳を立てているという、なんともシュールな光景であった。
「……なんだか、前にもこんなことあったわね」
大魔王を倒した後とは思えない混沌とした状況にレオナは思わず呟く。
「ねえ、チルノってひょっとして脱ぎ癖とか、そういう趣味があるの?」
「あはは……」
不名誉極まりないレオナの言葉に、チルノは曖昧に笑うのが精一杯だった。
「ダイ、チルノ。よく無事で戻ってきてくれました」
チルノの着替えが済んだところで、仕切り直しとばかりに一つ咳払いをしてからフローラが口を開く。何事もなかったかのように平然としたその姿は、伊達にアバンで鍛えられてはいないようだ。
「それで、大魔王バーンは?」
「はい! おれたちで倒しました!!」
はっきりとしたダイの言葉に、周囲からは「おおっ!」という歓声が上がる。耳にした全員の顔にはっきりと喜色が浮かび、逸る気持ちを抑えきれないと言った様子で身を乗り出していた。
「なるほど」
フローラは一言そう頷くと、やがて厳かに口を開いた。
「ではここに、僭越ながらカール王国女王フローラが宣言します。大魔王バーンとその部下たちは、勇者たちの手によって討たれました。地上は再び平和を取り戻したのです!」
――ワアアアアァァッッッ!!!!
その言葉を聞いた途端、周囲から大歓声が湧き上がる。ある者は両手を天に掲げて喜びの声を叫び、またある者は隣の者たちと肩を組んで騒ぐ。ダイたち全員も囲まれ、それぞれが思い思いに、まるで洪水のように感謝の言葉を投げかけてくる。
蜂の巣を突いたような大騒ぎであった。
「お疲れ様でした、チルノさん」
「ありがとメルル」
そんな大喧騒を、チルノはスラリンを肩に乗せながら少し離れた場所から見ていた。疲労や怪我から座り込んでおり、彼女の傍らにはメルルが寄り添うようにして回復呪文を唱え続けている。
チルノを着替えさせようとした際、彼女が大怪我をしていることがわかったため、まずは動かせる程度に回復を。着替え完了後には大事を取って休ませ、治療は継続させることとなった。
ちなみにその際の治療役にはメルルが頑として譲らず、この為に覚えた
「とりあえずは終わったわね」
「とりあえず、ですか?」
「ピィ?」
「ええ」
メルルの言葉に頷くが、まだその全てが終わったわけではない。
「後は、黒の
楽しい気分に水を差すのを承知の上なので、声を低くして他の人には聞こえないよう注意しながらチルノは言う。また――これこそ大きな声では言えないが――魔界に残ったヴェルザーらが狙う可能性も考えられる。
「ふふふ、早速もう次の心配ですか?」
「フローラ様! アバン先生!!」
話に夢中になっていて気付かなかったのだろう。アバンとフローラがチルノたちのところへ来ていた。慌てて立ち上がろうとする彼女をフローラは片手を上げて「そのままでいい」と伝える。
「
「黒の
フローラの後を続けるようにアバンが口を開いた。
「本当ですかアバン?」
「ええ、勿論。私も少しは調べましたから。呪文の影響を受けると誘爆する恐れはありますが、物理的な衝撃では誤作動はしません。でなければ中央の塔が崩れた衝撃で爆発していてもおかしくないですからね」
「なるほど」
アバンの言葉にチルノは唸らされた。確かに崩れた瓦礫の下敷きになり、黒の
「ああ、そうだな。大体合っているぞ」
納得しているところに予想外の声が掛かる。
「ロン・ベルクさん? 一体どうしてここに?」
「騒がしいのも嫌いではないが、さすがにアレは喧しすぎてかなわん。逃げてきた」
口ではそう悪ぶっているが、満更でもない表情を見せながらロン・ベルクは手にした酒瓶を軽く呷る。
「オレも詳細に知っているわけではないがな。アレはあくまで機械仕掛けだ、瓦礫が積もっても壊れるだけだろう」
魔界の名工たるロン・ベルクのお墨付きを貰えたのだ。ならば当面は問題ないと、話を聞いていた者たちはアバンも含めて全員が胸をなで下ろす。
「あ! そういえば、ロン・ベルクさん。ダイの剣のことなんですけど」
「何かあったか?」
「戦いの影響で、ボロボロになっちゃって……」
思い出し、先に謝っておこうとチルノはダイに代わって頭を下げる。だがそれを聞いたロン・ベルクは上機嫌を崩すことはなかった。
「だが、折れたわけでも柄が消滅したわけでもなかろう?」
「え、ええ」
「それに、バーンを倒したんだ。謝られる筋合いはないな」
フッと鼻で笑うと、再び酒を呷る。
「どれ、オレの剣が最強と証明してくれたダイをいっちょ褒めてやるとするか」
空になった酒瓶を手で弄びながら、ロン・ベルクは再び喧騒の輪の中に消えていった。
――オイ。
「?」
ふと、突然聞こえた声にチルノは周囲を見渡す。
――黙っていたが、そろそろ良いだろう。オレたちとの契約を解け。
「ああ、ハドラーだったの。そうね、でも良いの? 最後のお別れくらいしてもいいじゃな……」
――構わん。オレたちがいては、邪魔になるだろう。
自分の内側から聞こえてきたその声の主に気付きチルノがそう言っていると、アバンが過敏な反応を見せた。
「なっ、ハドラーですか!? ですが、大魔王との戦いを終えて消えたはず……生きているのですか!?」
「生きているというか、再召喚が出来るので……呼びますか?」
「是非!」
がっつくようにそう言うと懐からシルバーフェザーを取り出し、チルノへと手渡す。受け取る方も慣れたもので、手にすると迷うことなく腕に刺し、魔法力を回復させる。
「【召喚】」
――よせ……っ!!
慌てふためくハドラーの声を耳にしながら、チルノは召喚術を唱える。一瞬の後、そこにはハドラーとその親衛隊たちの姿があった。
「……よせと言っただろうが」
「ハドラー……」
腕を組み、なんとも不機嫌な様子を隠そうともせずにハドラーが言う。同時に呼ばれた親衛騎団たちはどうしたものかと沈黙を貫いていた。
だがアバンはもう会えないと思っていた相手との再開に心を躍らせる。その様子に根負けしたのだろう、ハドラーは面倒そうに口を開く。
「アバン、それに久しいなカールの王女……いや、もはや女王か」
「え、ええ……十五年振りですねハドラー」
かつて、地上を征服しようとしていたハドラーとの面識もあるためそう返すフローラであったが、チルノが召喚魔法を使えることを知らぬため理解が追いつかず、目を白黒させていた。
「だが、これでもう用は済んだだろう? とっととオレたちとの契約を解け!」
「そんな! あなたたちもバーン打倒の立役者の一人でしょう!? せめて共に祝うくらいは……」
「くどい!」
もはや語る言葉はないと、ハドラーはチルノを急かす。アバンはなおも引き留めようとするが、彼はそれを一言で切って捨てた。
「そもそもオレはお前たちの敵だった男だ。カールにはオレのことを未だ恐れている者もいるだろう。そこにオレが顔を出したところで、場をしらけさせるだけだ。契約を結び、召喚に応じたのもバーンという共通の敵がいたからこそだ。でなければ、オレたちがどうして共闘などしようか」
バランは受け入れられたが、魔族である自分たちは違う。なにより未だハドラーのことを恐怖の象徴として目の敵にする者がいるかもしれない。共に闘ったのも、偶然の産物でしかない。そんな自分たちがあの場所に入っていくことなど出来ない。
そう口にするハドラーであったが、それが彼なりの気遣いなのだということはアバンには――いや、誰の目にも明らかだった。
「何より、オレたちはもう死している身だ。死者がいつまでも残るものではない。大魔王を相手にあそこまで意地を見せたのだ。もはや思い残すこともない」
「わかり……ました……」
「ハドラー、詳しい事情はわかりませんが、あなたがアバンたちに力を貸してくれたことだけは理解しました。私からもお礼を言わせていただきます」
「……フン」
アバンとフローラとハドラー。
奇妙な縁によってまさかの再会を果たした彼らは、そう言葉を交わし合うことで別れの言葉とする。
「じゃあ、契約を解除するわね……」
その言葉に、ハドラーたちはゆっくりと頷く。
やがて、契約が解除されたことで解放されたのだろう。ハドラーとその親衛騎団たちは、ゆっくりと光の粒となって消えていく。
アバンたちは瞬き一つすることなく、その光の粒の一つ一つまでを見つめていた。
「さて、それではアバン。私たちもそろそろ……」
「そうですね。もみくちゃにされてくるとしましょうか」
そう言いながらフローラたちもまた、人の中に入っていく。そして――
「……良いんですか、行かなくて?」
「うん、今はいいの。もう少しだけ、この光景を目に焼き付けておきたいから……」
……これで旅も終わりかぁ。長かったような気もするけど、実はとんでもなく短かったんだよな。
そうですね。ポップが私に弟子入りしていた期間よりもずっと短かったですよ。まったく、最初から本気で学んでいてくれれば、皆さんがどれだけ助かったことか……
せ、先生! それは言わないお約束ってもんでしょ!?
まあまあ。それよりもこれから先、みんなはどうするの?
そうだな……オレは……
ストーップ!! こういうのは、まずダイ君からでしょ!
ええっ!! おれから!?
当然でしょう? 世界を救った勇者様なんだから!
それでダイ、本当にどうするの? 全てを捨ててデルムリン島に戻っても良いのよ?
もう! からかわないでよ姉ちゃん!! ……えっと、その、おれは……オレは、チルノと父さんと、みんなと一緒に母さんの国を――
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アルキード王国。
かつて地図上から消滅したはずのこの国は、王女ソアラの子が生き延びていたことがわかり、名を新生アルキード王国と変えて再興を果たした。
唯一王家の血を引く生き延びた息子ダイは、何もかも無くなった土地をアルキードの領地とし、そこから国を立て直していくことを宣言。各国の王や代表たちもそれを承認し、ダイは妻と共に国を栄えさせていく。
この国には、ある一つの決まり事があった。
それは人間・魔物・魔族であろうとも、助けを求め手を差し伸べられたのならばしっかりと握り返し、誤解なく相手を理解せよ。というもの。
簡単な様に見えてなんとも難しいこの決まり事を、だがこの国に住まう者たちは常に心に留め、試行錯誤を伴いながら実践していく。
もう二度と、かつてのアルキード王国のような悲しいすれ違いを繰り返さないために。
3年近く――そんなに時間掛けてたのか!? 馬鹿じゃないのか私!!――お付き合いいただきまして、誠にありがとうございます。
昔、偉い人は「夢オチでも爆発オチでも何でもいいから、完結させろ。冒頭だけ書いて飽きてエタってたら、いつまでも上手くならん」と言いました。
うーん、耳が痛い。
ですがその言葉を信じて頑張りました。
正直疲れました。
次があるなら、一人称視点でメタなネタを多用する、頭を空っぽに出来る文章を書きたい。
Q.魔界編はどうした?
A.はははは、ご冗談を。