隣のほうから来ました   作:にせラビア

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感想やメッセージで
「バランとブラスが話し合うエピソードについて全く触れないとか、あなたの頭の中には脳じゃなくてヨーグルトが詰まっているのですか?(超々々意訳)」
というありがたい内容を頂く

びっくりするほど納得する

書かなきゃ……

まさか3巻でレイラさんが危ない水着を着るとは(←今ココ)



番外編 親の心、親の心

瞬間移動呪文(ルーラ)!!」

 

 呪文を唱えると同時にふわりと身体が浮き上がり、かと思えば矢のような速度で空を飛んで移動していく。移動に掛かる時間は一瞬だ、一瞬にして目的地に着いた。

 

 そこはラインリバー大陸の南海に浮かぶ小さな小さな島。着地地点となったのはその島の沿岸部、海岸の辺りだ。そこから見える景色だけでも美しい浜辺が広がっており、木々や草が立ち並んでいる。未開のような、だけどどこか穏やかな雰囲気をバランは感じていた。

 

「ここがそうなのか?」

「ええ、そうよ」

 

 バランの問いかけにチルノが肯定する。それに続いて、ダイが胸を張って答えた。

 

「ここがおれたちが育ったデルムリン島だよ、父さん!」

 

 

 

 発端は些細な、けれども当然の事からだった。

 

 大魔王バーンを倒したことを家族に――ブラスに伝えたい。

 そしてもう一つ――ダイの育った場所をバランにも見せてあげたい。

 

 ダイとチルノが望んだ、そんな願い。

 

 バーンとの戦いが終わり、ある程度の余裕が出来たこと。そして、バーンを倒した英雄としてしばらくの間は忙しくなるのが分かっているからこそ、今のうちにその願いを叶えてしまいたかった。

 そのためフローラたちや最終決戦に挑んだ者と一時別行動を取り、ダイ・チルノ・バランの三名――それに加えてスラリンとゴメちゃんもいるが――はこうしてデルムリン島までやってきたのだ。

 本当ならばラーハルトも一緒に来る予定だったが、本人が「オレは構いません。家族だけでどうぞ」と固辞し続けたため、この三名と二匹での帰郷である。

 

「ここからあの道を少し歩くと、私たちが住んでいた家があるの」

 

 海岸から続く道をどこか懐かしそうに眺めながら、チルノがそう説明する。指し示すその道は彼女の言う通り、島の奥へと続いているのが見えた。

 

「ふむ、なるほど。しかし、ならば家の前まで直接飛べば良かったのではないか?」

 

 その道を見ながら、バランはふと思ったことを口にした。瞬間移動呪文(ルーラ)は目的地のイメージができれば、場所は関係ない。極論、相手の迷惑を考慮しなければ家の中に突入することだって出来る。

 

「あ、うん……それはそうなんだけどさ……」

 

 尤もな意見を言われ、ダイは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながら口を開く。

 

「どうせなら少しでも父さんに島を見て貰いたいって思って……」

「ディーノ……フッ、なるほど。そういうことか」

 

 せっかくの機会なのだから、自分の育った場所を少しでも知ってもらいたい。そんな息子の想いを無下にするようなことは出来なかった。

 ならばじっくりと景色を楽しませて貰おう。そう言おうとするよりも先に、ダイが続けて口を開く。

 

「それにみんな(・・・)にも挨拶したかったからさ」

みんな(・・・)?」

 

 何のことかと首を捻るバランを横目にダイは、

 

 ――ヒュロロロローッ!!

 

 と指笛を鳴らす。するとその音に釣られるようにして、草むらや木の陰から魔物たちが姿を現した。いや、近くにいた者だけではない。島の奥地から駆け寄ってくる者、空を飛び集まってくる者、海中から顔を覗かせる者など、様々な魔物たちが次々に集まってくる。

 

「これは!?」

「みんな、おれたちの友達! 島で一緒に住んでいた仲間だよ!!」

「なるほど……そういえば話には聞いていたが……」

 

 魔物が突然群れとなって現れた様子にさしものバランといえど面食らったようだ。ダイやチルノから話を聞いていなければ、剣を抜いていたかもしれない。とはいえ、魔物たちの邪気のない瞳を見れば早合点だと気付いただろうが。

 

「みんなー! 久しぶりー! 元気にしてた?」

 

 久しぶり――とはいっても離れていたのは三ヶ月程度のだが――の仲間たちの再開にチルノが手を振って挨拶する。

 

「あ、あれ……?」

 

 だが集まった魔物たちはほんの少しだけ、怯えた様子を見せていた。チルノたちとの再会は嬉しいようだが、笑顔が引きつっているとでも表現すれば良いだろうか。

 

「なんで?」

「ピィ?」

 

 島の仲間たちの反応にチルノとスラリンは顔を見合わせた。怖がられるような身に覚えがないからだ。どうしたものかと首を捻っているチルノを尻目に、ダイが近くにいた魔物へと声を掛ける。

 

「なあ、それよりも、誰でも良いからじいちゃんに帰ってきたって連絡して欲しい――」

「おーい!」

 

 ダイがそう言い切るより早く、奥の方から声が聞こえてきた。耳に慣れたその声色を聞きつけた途端、ダイとチルノは弾かれたように揃って同じ方向を向く。そして、現れた人物の姿を見ると叫ぶように声を上げる。

 

「じいちゃん!!」

「おじいちゃん!!」

「集合の笛の音が聞こえたので、まさかとは思ったが……ダイ、チルノ。やはりお主たちじゃったか……」

 

 小走りに駆け寄ってくるブラスに二人もまた駆け寄っていく。そして互いの手が届く距離まで近づくと、チルノがブラスの胸へと飛び込んだ。突然の行動に慌てつつも、ブラスは少女の事を受けとめながらダイへと視線を向ける。

 

「お主たちがこの島にやってきたということは、もしや……!?」

「うん! そうだよじいちゃん!! おれたちバーンを倒したんだ!!」

「そうかそうか、大変だったじゃろうなぁ……」

 

 ダイのその言葉に、ブラスは全てを理解したとでもいうようにゆっくりと頷く。それだけでダイはブラスに認められたように感じられ、破顔していた。

 そしてチルノは、ブラスに抱きつきながら感極まったように涙を流しながら嗚咽の声を漏らす。

 

「おじいちゃん! おじいちゃんにまた会えた……」

「チルノや、お主は人一倍大変だったじゃろう」

「私、私……」

「よいよい、何があったのかゆっくりと聞かせておくれ。ワシでよければ何時までも付き合うぞ」

 

 チルノの頭を撫でながらそう言った所で、ブラスはようやくダイたちの後ろにいた男の存在に気付く。

 

「はて、そこの御仁は……?」

「そうだった、紹介するね。この人はバラン」

「バラン!! なんと、その名はダイの……!?」

「うん、おれの父さん……本当の父さんなんだ」

 

 バランと名前を紹介された途端、ブラスの表情が驚きに染まる。チルノから教えられたおかげでバランのことも知識としては知っており、こうして直接会う機会がいつかは訪れるだろうと予想はしていた。ただ、その"いつか"がまさか今日、このような形で実現することになるとは思いもよらずに面食らう。

 

「お初にお目に掛かります、ブラス老。先ほどディーノ――いや、ダイから紹介されたが、私の名はバラン。この子の本当の父だ」

「こ、これはご丁寧に。ワシの名はブラス、ダイの育ての親をさせていただきましたですじゃ」

 

 バランとブラス、二人が互いに深々と頭を下げ合う。それを見た途端、二人は慌てて更に深く頭を下げる。

 

「いえ、どうか頭を上げて欲しい。私は結局、ディーノが生きていることを最後まで信じ続けられなかった不肖者です。そのような者がどうして、ブラス殿よりも頭を高くできましょうか」

「いやいや! バラン殿こそ頭をお上げください! ワシの方こそダイをきちんと育てられませなんだ!」

 

 互いに思うところがあるのだろう。遠慮しあう光景にダイはどうしたものかと額に手をやりながらゴメちゃんと視線を合わせ、チルノもブラスたちの様子にいつの間にか泣き止んでいた。

 そこへ――

 

「ブラス殿!! いったいどうし……ややっ! あなたは勇者様!!」

「おお、本当だ! 勇者様だ!」

「なんとお久しい! いつぞや戻ってきた時以来ですかな? はて、今日は何かご用でしょうか?」

 

 ――ブラスから遅れて、島に在中していたロモス騎士がやってきた。彼らはダイの姿を一目見るなり騒ぎ始め、この場の混乱にさらなる拍車を掛ける。

 

「む、これは……私の話は後回しにした方がよいだろうか?」

「ちょ、ちょっとお待ちくだされバラン殿! それに皆さんも! ダイが戻ってきて、色々と積もる話もあるようなのです! このような所で立ち話などせずとも、我が家の方で改めてお話をいたしましょう! 狭い所ですが椅子と粗茶くらいは用意できますので。それで宜しいですかな?」

 

 このままでは収集が付かなくなると危惧したブラスは、一度場を整え改めて話をするように提案する。

 

「そうですな。確かに、少し性急過ぎたようです……申し訳ない」

「確かに我々も、申し訳ございません」

 

 バランたちが頷いたことにブラスはこっそりと胸をなで下ろすと、先頭に立って歩き始めた。

 

 

 

 

 

「なんと! やはりそうでしたか!! 少し前に邪気が払われたことに気付き、もしやと思っておりましたが……」

「では我々の任務も、もう終わりということですかな」

「寂しくなりますなぁ」

 

 あの後、ブラスたちの住居へと移動した一行は、改めて話をすることとなった。とはいえ家には全員が入れるほどの空間はない。そのため外にテーブルを用意し、その周りに椅子を並べる。足りない分は丸太や石に腰を下ろしている。

 そして話をするのは主にダイが、ときおりチルノが補足説明のために口を挟み、バランは水を向けられて頷く程度。話の内容はバーンを倒すまでの冒険の軌跡についてだ。

 

 話の一部始終を聞き終え、世界が平和になった事を知ったロモス騎士たちは口々にそう言いながら残念そうな表情を浮かべる。

 

「アベル殿、ベイト殿、チャック殿。今までありがとうございましたですじゃ。皆さんには感謝してもしきれません」

「いえいえ、これも騎士として当然のこと。なによりブラス殿の護衛役を務められたのは誉れですから」

 

 三名の騎士たちの名を呼びながら礼を言うブラスに、騎士アベルが自らの胸をドンと叩きながら答えた。

 ザボエラが策略の為にブラスを狙ってからは結局何事もなく、それどころか護衛の仕事を疎かにしていたようにも見えるのだが……まあそれはそれとして。

 

「しかし、なんとも大変な旅だったようじゃな。話を聞いていただけなのに疲れてしもうたわい」

「ええっ!? なんでさ! おれまだまだ話したりないのに!!」

 

 そう口では言うものの疲れよりも話を聞く楽しみの方がよっぽど勝っているのだろう。ブラスは抑えきれないほどの笑みを浮かべる。

 

「まあまあダイ、気付いていないの? 話を始めてから結構時間が経っているのよ」

「え……あ、ほんとだ……」

 

 不満顔なダイを宥めるように、チルノが周囲に目を向けさせる。やってきた時はまだ日も高く、青々としていた空は今や赤く染まっていた。

 

「はて、そういえば今日はどうするんじゃ? もうそろそろ暗くなるが……」

 

 帰るのか? それとも泊まっていく程度には時間に余裕があるのか? ブラスがそう切り出すと、ダイとチルノは顔を見合わせる。

 

「そういえば、帰りはいつ頃になるかは言ってなかったよね?」

「でもまあ一日くらいは許してくれるでしょ? デルムリン島に行くことは伝えてあるんだから」

 

 世界は平和になっており、ついでにこちらには地上世界最強の戦力が揃っている。心配するだけ烏滸がましいというもの。少しくらい帰りが遅れても、文句は言わないだろう。チルノの言葉に、ダイは飛び上がるように喜ぶ。

 

「やった! それじゃじいちゃん! 今度はおれの父さんのことも――」

「まてまてダイ。話し足りないのはわかるが、もう日が暮れかけとるんじゃ。続きは夕飯でも取りながらにせんか?」

 

 先ほどと同じペースで話し続けられれば、次に終わるのは真夜中だろうか。さすがにそこまで飲まず食わずなのはキツいと席を立とうとしたブラスであったが、先んじてチルノが待ったを掛ける。

 

「それなら私がやるから、おじいちゃんはダイの話を聞いてあげて」

「む、しかしじゃな……」

「いいのいいの。久しぶりに帰ってきたんだし、このくらいはさせてよ。ね?」

「むむ……」

 

 そう言うと有無を言わさぬ勢いで立ち上がり、台所へと向かう。その様子に少し困ったような顔を見せるものの、やはり嬉しいらしくブラスは大人しく座り直した。

 

「では我々もお手伝いを」

「お気持ちだけ頂いておきますね。皆さんもダイの話を聞いてあげてください」

 

 ならばと今度はロモス騎士たちが続こうとしたが、チルノはそれも抑えて一人で台所へと入る。

 勝手知ったるなんとやら、全然変わっていない台所の様子にすら懐かしさを覚えながら、手慣れた様子で料理を開始する。なにしろ旅に出る前までは彼女もこうして食事を作っていたのだからお手の物である。

 

 やがて、出来上がった夕食を食べながら話は更に盛り上がる。ダイやブラスは懐かしい味を堪能しながら。ロモス騎士たちは初めて口にしたチルノの手料理の味に感動しながら。そしてバランは、ダイはこういう物を食べながら育ったのかと一人感心しながら、時は流れていった。

 

 

 

 

 

 月は中天をとうに過ぎ、辺りは暗闇に包まれていた。夜風が木々を揺らす葉音と、周りから響く微かな寝息だけが静寂を邪魔している。

 

 あの後、ダイの話はやがて宴の様相を呈するようになり、話題が明るいものということもあって参加した者たちは全員が大騒ぎを始めてしまった。別にお酒の類いは出されていないのだが、雰囲気に酔ったということだろう。

 ほとんどの者が騒ぎ疲れて眠っていた。

 そんな中、バランは酔い覚ましを兼ねて少し離れた場所で夜空を眺めていた。南海の孤島の星空はいつかソアラと見た物と良く似ており、どこか心に哀愁を感じさせられる。

 

「おやバラン殿。起こしてしまいましたかな?」

「ブラス殿? いえ、私は酔い覚ましでもと……そちらは?」

 

 起きているのは自分だけだと思っていただけに、不意に掛けられたブラスの声に驚かされた。

 

「ああ、ワシはダイたちに毛布を掛けていましたのですじゃ。まあ、この島では無くとも平気なのですがな」

 

 からからと笑いながら言う。とはいえこの島は南洋に位置するため、他国と比べても充分に暖かい。夜とはいえそのようなことが必要だろうかとバランは疑問を浮かべ、そしてその疑問はすぐに氷塊した。

 

「さて、ではそろそろあの時の話の続きをしましょうか?」

「あの時の……?」

「おやおや、もうお忘れですかな? 二人で頭を下げ合ったではありませんか」

 

 ブラスはバランの隣に腰を下ろしながら当然のようにそう言った。なるほど、先ほど口にしたのは二人で話をするための理由作りだったのかと少し遅れて納得する。

 

「ははは、叶いませんな」

「なんのなんの。あの場では結局ダイの話を聞くだけで終わってしまいましたからな。約束は守りませんと」

「約束……ですが、本当に宜しいのですか?」

「何がですかな?」

「ブラス殿と話をしたい、その気持ちは私の中に確かにあります。ディーノをあのように育てていただいた大恩あるあなたと、一度で良いから言葉を交わしてみたかった。ですがこれは、私の我が儘でしかない。事実、先ほどまでディーノと楽しそうに語り合う姿を見ていた身からすれば、日を改めた方が良いかと……」

「おやおや、何を仰るのやら。ワシらは共にダイの親ではありませんか。遠慮する必要はありませんぞ」

 

 自分の都合を押しつける形であることを自覚し、そして自分が親として到らないと感じているからこそ、バランは遠慮するような言葉を口にしてしまった。だがブラスはそんなことは関係ないとばかりにそう断言する。

 

「共に……親……ありがたい、私の様な未熟者をそう呼んでくださるとは。その言葉を聞けただけでも、ここに来た甲斐はあったと胸を張って言えます」

「いやいやいや! そんな大げさな!! ワシとしてはただ当然のことを言ったまでですじゃ! そもそもワシは実の親ではありません。このような言い方は、むしろワシの方が失礼じゃったかと――」

 

 再び頭を下げ合いながらそう言ったところで、ブラスは思い出したように動きを止める。

 

「――おお、そうじゃ! 忘れるところじゃった!! バラン殿、少々お待ちいただけますかな!?」

「え、ええ。構いませんが」

 

 返事を聞くが早いか、ブラスは家の中へと入っていった。それから十数秒程待っただろうか、一抱えほどの大きながある何かを手にしながら戻ってくる。

 

「いやはや、忘れたわけではありませんが持ち出す機会がなかなか無くて……」

「これは……いや、これは!!」

 

 手渡されたそれを受け取った途端、バランは全身に電撃を浴びたような衝撃が走る。

 

「ははは、やはり見覚えがありましたか。あの子が、ダイがこの島に流れ着いた時に包まれていた揺りかごですじゃ」

 

 驚きと感動で手をぶるぶると震わせながら、バランはその揺りかごを大事そうに抱える。彼の記憶の中にも確かにこの揺りかごは存在していた。まだソアラと共に暮らしていた頃、生まれたばかりのダイを寝かせていた揺りかごだ。そして同時に、バランの脳裏に親子三人で幸せだった頃の思い出が甦ってきていた。

 大切な、そして深い深い絶望へと繋がる思い出にバランは一筋の涙を零す。

 

「その揺りかごの真ん中辺り――そうそう、その辺りです。見えますか?」

「Dの文字だけが……」

 

 そこにはDのアルファベットだけが辛うじて残る木製のネームプレートがあった。

 

「ええ。そのDの文字以外は削り取られたらしく、読み取れませんでした。ならばせめて頭文字だけでも同じにすれば、本当の御両親にも喜んでいただけるのではないかと思いましてな」

「……かたじけない。その心遣い、どれだけ言葉を尽くそうとも感謝に堪えない」

 

 ブラスの想いは十年以上の時を経て、バランの心へと確かに届いていた。

 

「いやいやいやいや! もう何度も言っておりますが頭を上げてくだされ! ワシはただ、当たり前の事をしただけですじゃ。それにダイという名はチルノが言い出した名なので……」

「いや、あの娘がそう言い出したということは遠からずブラス殿もダイと名付けていたということでしょう。それに私は、頭文字だけでも汲み取っていただけたその心に感服したのです。私は今夜の語らいを終生忘れることはないでしょう。本当に良かった……ディーノがあなたのような立派な人物に育てられて本当に良かった……やはり、あなたには感謝しかない」

「ですから、その……」

 

 ブラスを下にも置かせようとしないバランの言動にむずがゆさを感じ、なんと言うべきかと思わず口ごもってしまう。そして、さも今思いついたかのようにブラスは続けた。

 ずっと以前から、こう言おうと決めていたのにもかかわらず。

 

「そうだ! バラン殿、もしよろしければその揺りかご、貰ってやってはくれませんじゃろうか?」

「これを……?」

「その揺りかごは元々はバラン殿の持ち物だったのでしょう? 随分と長い年月が経ってしまいましたが、ようやくお返しすることが出来ましたですじゃ」

「しかしこれはブラス殿にとってもディーノとの思い出の品物のはず。それを私が独り占めするような真似は……」

「いやいやご心配にはおよびません」

 

 だがその申し出を受け取るのをバランは躊躇する。これはブラスとダイとを結ぶ物でもあるのだ。それを自分が受け取って良いのかと。けれどもブラスは笑いながら手にした杖を指し示した。

 

「ほらあそこ、見えますかな?」

「……? なにやら少し傷ついているようだが……これは?」

 

 そう言って見せたのは、家の壁の一部分だった。夜の中、光源が頼りないためにちゃんと見るのは難しいが、そこには何か補修した痕跡の様なものが見える。

 

「アレはダイがまだまだ子供だった頃、木製の剣を振り回していた時に付いた傷なのです。もう直してしまいましたが、当時は壁に穴を開けてしまい、こっぴどく叱ったものですじゃ」

 

 ブラスは昔を懐かしむように遠い目をしながら、さらに語り続ける。

 

「その傷だけではない。この島を少し歩けば、ダイたちの思い出とは至る所で出会えます。むしろ、何の思い出もない場所を探す方が難しいくらいですじゃ」

「……ブラス殿!!」

 

 ――だからせめて、その揺りかごは貰ってはくれないだろうか。

 

 そう心に直接訴えかけられたような気がして、バランは滂沱の涙を流す。

 

「かたじけない。やはり、あなたのような傑物に育てられたディーノは幸せでした。自分のような過ちを犯した者では……決して……あなたのように育てられたかは……」

「ははは……傑物ですか……」

 

 傑物と言われ、ブラスは渋面を浮かべる。そして、どうしたものかとしばらくの逡巡を見せるが、やがて意を決したように口を開く。

 

「バラン殿……バラン殿はワシの過去について聞いてはおりますかな?」

「ブラス殿の過去、ですか……?」

 

 過去と言われ、バランは首を傾げる。ダイやチルノから聞いていないのか、はたまた知ってはいても頭の中で繋がらないのか。ともあれバランの様子を見ながらブラスは話を続ける。

 

「ワシは昔、魔王ハドラーに仕えておりましたですじゃ。それも、自らの立場や頭脳、呪文を駆使して多くの人間を害しまして……」

「なんと!! それでは……」

「ええ。そういう意味では、ワシもバラン殿と同じように脛に傷を持つ身。ですので、ここまで持ち上げられるような身ではありません」

 

 かつてバランが大魔王軍に所属していたのと同じように、自分もまた魔王の部下として仕えて人間を傷つけていた。そんな自分が、バランにここまでのことを言われる程立派ではない。自分はバランと何も変わらないのだと、そう伝えたかった。

 

「……ブラス殿」

「なんでしょうかな?」

「私の過去を知っているが為に、案じてくださったのですね……かたじけない」

 

 ブラスの心を受けとめ、バランは深く感謝する。

 それっきり、しばらくの間は沈黙だけが場を支配していた。だが、やがてそれも終わりが訪れる。

 

「それにしても、かつて魔王に仕えた者同士が、ダイという絆で繋がり、今やこうして言葉を交わしている。なんとも不思議な縁ですな……奇跡と言っても良いでしょう……」

 

 不意にブラスが口を開いた。

 

「……もしも魔界でヴェルザーが動きを見せなかったら、バラン殿がハドラーを倒しており、おそらくワシはこの場にはいませんでしたじゃろう。魔王ハドラーの部下として、(ドラゴン)の騎士に討伐されておったでしょうなぁ……」

「ブラス殿! 突然何を!?」

 

 急に語り出した話の内容についていけず、バランは慌ててブラスを見やる。

 

「ええ、分かっております。勿論仮定の話ですじゃ。そうなればバラン殿は救国の英雄、ダイと離れることもなく、ダイもまた(ドラゴン)の騎士として成長して……バーンを倒していたかも知れません。それこそ、各国はさしたる被害を受けることなくもっと簡単に」

「それは――」

「ですから、仮定の話ですじゃ。今は、奇跡によって叶った我々の出会いに。そして、ダイたちの未来を祝いましょう」

 

 仮定の話をいくら積み重ねても意味は無い。

 ダイという一人の少年を通じて出会った親と親。同じ立場と同じ目線で、息子の成長を見守っていきましょうと、そう訴えていた。

 

「未来……確かに、その通りですな……」

「二人はアルキード王国を復興させるという新たな目標を見ているようですし、どうでしょうかバラン殿も何か考えてみられては?」

「そうですね……いえ、私の願いは決まっています」

 

 一瞬だけ考えるような素振りを見せたが、だがバランの心は初めから決まっている。決まっているはずだった。

 

「まずは自らの犯した罪を償い続けることです。超竜軍団の長として二国を滅ぼし、人々を恐怖で震え上がらせた。その償いを……そう考えていました。ですが、この島に来てもう少しだけ欲が出てきました」

「ほほう、とおっしゃると?」

「いつの日か、この揺りかごにディーノの子供を寝かせてやりたい……その光景をこの目で見届けたいと言う物です……その夢の為には、私はどのような苦難の道であろうと歩むつもりです」

 

 ブラスから譲り渡された揺りかごを見つめながら、新たに湧き上がった欲望を、ゆっくりと吐きだしていく。その姿はただの親であり、そして孫を望む一人の父としての顔だった。

 

「ダイの子供ですか……それはちぃっとばかり気が早いように思えますが……」

 

 チルノと結ばれたことも聞いていたが、二人はまだ若い。余計な口出しをせずとも出来るだろうが、無事に出産を済ませられることを考えると、もう後数年くらいは母体の肉体的な成長が欲しいところだろう。

 

「ですが、素敵な夢ですなぁ……無事にそんな日が訪れるように、ワシも祈らせていただきますじゃ」

「何をおっしゃるのです!!」

 

 バランが強い口調で叫ぶ。それには一切の否定や反論を許さないほどの強い意志が込められていた。

 

「その時は、あなたも一緒です。我々は同じ者同士だと言ったのはブラス殿ではありませんか」

「ははは……それはそれは、なんとも嬉しいですな……」

 

 涙で潤んだ瞳を拭いながら、ブラスは静かに頷く。

 

 夜はゆっくりと流れていった。

 




こんな大事なイベントを忘れるなんて……自分が情けない……
突っ込んでいただき、本当にありがとうございました。

しかし、二人のシーンだけで良かったんじゃないかこれ?

●ロモス騎士の名前
騎士アベル()ベイト()チャック()
ネームドのように見えて、実はABC扱い。

●描写できなかったシーン
実は、ブラスとバランでお酒を酌み交わさせたかったのです。
でも上手く絡められなかった……非力な私……

「おやこれはワイン、ですかな?」
「申し訳ない、このような物しかなくて。何しろ急に出発が決まったため、このような物しか思いつかず……ディーノたちから事前にブラス殿については聞き及んではいましたが、私にはどうにも贈り物のセンスが無いようで……」
「いやいや、ありがとうございますじゃ。さっそく頂いても?」
「勿論」
「ほほう、これはまた深みのある味わいですな」

こんな感じの会話を準備していたのに……

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