隣のほうから来ました   作:にせラビア

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※時系列・状況説明・注意書き等について。
・ED後から1年後くらい(なのでそれぞれ1年分くらい成長してる)
・登場はダイ、チルノ、レオナ、あとパプニカ勢が少々。
・ネタの性質上、オリキャラも登場。
・地味。



番外編 狂想曲をご一緒に 前編

「泊めて!」

「あのね、ウチは駆け込み寺じゃないんだけど……」

 

 唐突な来訪者を出迎えるべく玄関を開けてみれば、開口一番にこの言葉である。どう応対したものかとチルノは頭を抱える。

 

「かけこ……? 何それ?」

「なんでもないの、気にしないで」

 

 とはいえ相手が相手だ。このまま突き返すわけにもいかないし、ここで立ち話を続けるわけにもいかない。来訪者を招き入れるべく、大きく扉を開ける。

 

「とりあえずは上がって頂戴。狭いところだけどお茶も出すし、話も聞いてあげるから……だから、突然やってきたわけを聞かせてもらうわよ、レオナ?」

「さっすがチルノ! やっぱり持つべき者は友よね!」

 

 そういうと二人はくすくすと笑った。

 

 

 

 

 ダイたちがアルキードの復興に着手し始めてから、およそ一年ほどが経過していた。

 各国から支援や技術者たちを派遣してもらい、土地にあった作物や農業、商売などの方法などについてもある程度の目途が付き、前年の反省なども活かして今年はもっと大規模に生産量の向上を狙おうと息巻いている。

 書類仕事も一通り纏まり、前年の使い回しや前回からちょっと数字を変えるだけでなんとかなるようになって手間も減った。

 有り体に言ってしまえば、大仕事が始まる直前の手空きの時期だ。そんなタイミングでなければ、連絡もなしにやってきたレオナをここまで真摯に対応できたどうか。

 そんなことを考えながら、チルノは執務室兼用の応接間へと案内していた。

 

「レオナには狭く感じるかも知れないけれど、ゆっくりしていって」

「だいじょーぶよ。お構いなく、ってね」

 

 目的地の扉を開け、二人は室内に入る。

 

「あらダイ君久しぶり! 元気だった?」

「あれ、レオナ!?」

 

 突如現れたレオナの姿にダイは驚きの声を上げ、レオナは久しぶりに再会した友人の変わりぶりに驚いていた。

 

「背、伸びたわねぇ……!」

「うん……あ、レオナもその、綺麗になったね」

 

 なにしろ一年ぶりの再会なのだ。彼女の記憶の中にあるダイの姿よりも背は伸びており、今はまだ彼女の方が上背はあるようだが、追い抜かれるのも時間の問題だろう。体はがっしりとした男の特徴が少しずつ現れている。顔つきも、母親似だと評されているもののやはりバランの息子なのか凜々しさが増していた。

 とはいえそれはレオナも同じだ。

 一年ぶりに見たその姿は、少女らしいあどけなさを色濃く残しているものの、その奥には女の妖艶さが感じられる。肉体も以前見た時よりも丸みを帯びており、女性らしい艶やかさと少女らしい初々しさが両立していた。

 慌てて着替えたのか比較的簡素な格好をしているが、それでもパプニカの女王として過ごしてきた経験がそうさせるのか、隠しきれない高貴さが滲み出ている。

 

「ふふふ、惚れ直しちゃったかしら?」

「ええっ!? そ、そうじゃなくて……」

「はいはい、あんまりからかわないであげてね。ダイ、レオナは何か用があって来たみたいなの。今お茶を入れるから、詳しい話はそれから一緒に聞きましょう?」

 

 確かに今のレオナは同性のチルノが見ても目を引きそうなくらいに美しい。ダイが慌てるのも無理はないだろう。

 

(負けてないと思うんだけどなぁ……やっぱり生まれから違うからかな……?)

 

 だがそれはそれ。乙女心は複雑なのである。ダイ()の反応に微かな嫉妬を覚えながら、チルノ()はお茶の準備を進める。

 

 

 

「「結婚!?」」

 

 二人の上げた声で、執務机に積んでいた書類が何枚か落ちた。

 四人用の椅子とテーブル――いわゆる応接セットに三人は腰掛けており、テーブルの上にはうっすらと湯気の立つティーカップが三人分並ぶ。喉を湿らせるためにか一口に含んでから語られたレオナの来訪目的に、ダイたちは目を丸くしていた。

 

「あらこれ、結構美味しいわね」

「ええ、安物だけど手間を掛けて入れてるから……って、そうじゃなくて!!」

 

 さらにもう一口、今度は香りも堪能しながらの感想を言うレオナに思わず突っ込みを入れる。

 

「えーと、察するに結婚話が持ち上がったけれど、それが嫌でウチに逃げて来た――って事で良いのかしら?」

「さすがね、よく分かってるじゃない」

 

 得意満面のレオナにチルノは再び頭を抱えた。

 

「……あのね、レオナは女王なんだし立場とか役割とかあるんだし、そもそもその縁談だって重臣の人たちが持ってきたんでしょう? 一人の我が儘で破談には……」

「それはわかってるわよ!」

 

 レオナの強い言葉に二人は肩を軽く跳ね上げる。

 

「あたしだって、いつまでも子供じゃないわ。そりゃあ、本音を言えば素敵な殿方と恋愛して結婚したいわよ! でも必要とあれば、パプニカのために身を捧げる覚悟だって出来てるわ!」

「じゃ、じゃあなんで……?」

「それはね――」

 

 妙な迫力に思わず生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。

 

「――アレは無理!!」

「「……え?」」

「アレは絶対無理よ!! アレと結婚するくらいなら、ばくだんいわと結婚した方がマシよ!!」

「「ええ~……っ……」」

 

 予想外の返答に、このまま会話を打ち切ってしまいたかった。が、そういうわけにもいかない。気にくわないと言う理由だけで破談にはしない……しないはずだ! とチルノは自分に言い聞かせる。

 

「ま、待って待って! まず、レオナの婚約相手ってどこの誰なの? どういう人なの?」

「……ボナンデ家って知ってるかしら?」

「知らない、姉ちゃんは?」

「たしか、ベンガーナの有力貴族よね? クルテマッカ王に次ぐ国では第二位の実力者だとか」

「さすが! 勉強してるわね。そこの長男が相手なの」

「へぇ、そうなんだ。よく知ってるね」

「……ホントはダイも知ってなきゃ駄目なのよ? 代表はダイなんだから」

 

 今はまだ出来たばかりの村程度の規模しかないが、アルキードは形式上は他国にも認められた国家である。そのため王家の血を引いており王であるはずのダイには、こういう他国の知識も必要なのだが……

 その実情は推して知るべし。チルノにしわ寄せが行っているとも言う。

 

「でも、ボナンデ家なら相手としては問題ないんじゃない? 大貴族だしお金も持ってるし、結ばれたらパプニカも発展しそうだけど」

「ええ、家臣たちもそう言ってたの。それで先日、その婚約者――つまり長男が父親と一緒にパプニカまで挨拶に来たんだけど……」

 

(あ、まさか……!)

 

「長男はそうねぇ、一言で言えば……豚?」

「ぶ、豚……って……」

「もう少し言い方ってものがあったんじゃ……」

「だって本当にそうだったんだもの! オマケに性格も最悪でね、一応は取り繕ってたけれど、あたしのことを"結婚してやるからありがたく思え!"って態度が見え見えなの! 父親も父親で"この子は母親を早くに亡くして"とか"我がボナンデ家の商売は"とか、そんな話ばっかりだし!! あの父親の顔! 絶対なにか碌でもないこと企んでるわよ!! 気持ち悪すぎて途中で気分が悪いって言って逃げちゃったわよ!! なのに家臣たちは良い縁談だからって言うのよ!! 信じられる!?」

 

 よほど溜め込んでいたのか、雷が落ちたような怒濤の勢いで喋るその姿はダイたちを圧倒するほどだった。

 

「……なるほどね、ある意味ではホントに駆け込み寺だったんだ」

「ねえ、さっきからその、なんとか寺ってなんなの?」

「気にしないで」

 

 ちなみに駆け込み寺――本来の意味での駆け込み寺とは縁切り寺。夫との離縁のために妻が駈け込んだ寺の事である。最初に口にした時の駆け込み寺は、近代になっての"困った時に助けてくれる人や場所"の意味であり、二度目に口にした際は"縁切り"の意味である。

 

 まあ、それはそれとして。

 

(やっぱりそういう話なのね)

 

 先ほど浮かんだ予想は、当たらずとも遠からずだった。だがそれを喜んで良いのか悲しんで良いのか、チルノは複雑な心境だった。

 彼女が知る限り、本来の歴史ではレオナにこういった婚姻話が舞い込んできたようなことはない。自分が世界をかき回したことでワリを食わせてしまったようで、なんとなく心苦しい。

 

「……でも、そう言う部分を抜きにしても……駄目なの?」

「駄目! 絶対に無理!! どれだけ利益が出ようとも、あの親子は駄目!! 特に父親の方!!」

「そ、そんなに酷いの?」

「あってみればわかるわよ! あれは絶対に何か企んでいる顔よ!!」

「た……企んでいる顔……」

「まあ、言わんとしていることはわかるけれど……」

 

 決して譲らぬレオナの言葉に二人が思い浮かべたのは、ニセ勇者でろりんやパプニカのテムジンとバロンらであった。

 

「だから、お願い! アイツは何か隠してるわ! それを探してこんな結婚はとっとと破談にして欲しいの!!」

「ええっ!? そんなぁ……!!」

「自分がすっごい無茶なことを言ってるってわかってる!?」

 

 ――コイツはなんだか悪人っぽいからその証拠を見つけてくれ。

 

 如何に親交厚いレオナの頼みとは言え、流石にそれだけで動くのはダイたちでも無理だ。

 二人の言葉にどうやら多少なりとも冷静になったらしい。

 

「うーん、言われてみればそうよね……じゃあ! 今度ボナンデ家に向かう予定があるから、その時に一緒に行ってくれるかしら? 実際にあの親子を自分たちの目で見て判断して欲しいの!」

「まあ、それくらいなら……」

「待ってダイ!」

 

 OKを口に仕掛けたダイに待ったを掛ける。

 

「レオナ、幾ら個人的な親交があるとはいえ、私たちはアルキードの代表なのよ? それがパプニカの代表と一緒に軽々しく動くと、どこかで角が立つわ。少なくとも形式と建前くらいはしっかりしなくちゃ」

 

 一年前――大魔王たちと戦っていた頃とは少々状況が違うのだ。多少面倒でも、スジは通しておく必要がある。

 

「だから……"個人的な付き合いもあるレオナが婚約を結んだと聞いた。めでたいことなので、祝いの席に同席させてほしい"みたいな理由を先方に話しておいて。それで許可を貰ってくれれば私たちも……」

「つまり、相手がOKしてればいいのよね!?」

「え、ええ、まあ……?」

「それなら大丈夫! 向こうも機会があればチルノたちに会いたいって言ってたもの!! ゆっくりと親交を深めたいって言ってたけれど、善は急げよね!?」

「え、ええ……っ!?」

「それじゃ、早速行きましょう! 大丈夫! あたしも修行して、瞬間移動呪文(ルーラ)が使えるようになったし!!」

「あ、レオナも覚えたんだね」

「ダイ! そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 言質は取ったりトントン拍子に物事を進めようとする親友と空気も読めずに瞬間移動呪文(ルーラ)の習得を祝う弟の姿に呆れそうだった。

 

「レオナも! 仮に約束をしてても、いきなり私たちだけでボナンデ家に行くの!? それに私たち普段着の格好なのよ!? いくら何でも失礼過ぎるでしょう!?」

「大丈夫! パプニカに二人の正装も用意してあるから! まずはそっちからね!!」

「……え?」

「さあ、行くわよチルノ! ダイ君! まずはパプニカへ!!」

「おう!」

「……え!? ちょっと待って!? 今すぐなの!? 待って、せめて書き置き! 書き置きくらいは残させて!!」

 

 チルノの悲痛な悲鳴が響いた。

 

 

 

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「やられた……」

「え、何がですか?」

 

 結局、チルノが書き置きを完成させるや否や拉致同然にパプニカまで連れて来られる羽目になった。案の定レオナは城を無断で抜け出ており、到着した途端に「あ、陛下! どこに行ってらしたのですか!!」と兵士や家臣たちで軽い騒ぎになった。

 その後、ダイたちを連れてきたということと、明後日のボナンデ家への挨拶に二人も連れて行くことを唐突に知らされて騒ぎが大きくなったのだが……その騒ぎもようやく沈静化し、ダイとチルノは案内されるがまま衣装部屋へと向かっている最中だった。

 

「レオナのことですよ」

「今回のことは、その……陛下が申し訳ありません」

「ああ、止めてください! アポロさんが謝らなくていいんです!」

 

 同行しているアポロが頭を下げようとするのを、チルノは必死に止める。

 いつの間にか臣下たちもレオナの呼称が王女から陛下となっており、瞬間移動呪文(ルーラ)の時に上空から見えたパプニカの街並みも一年前とは比べものにならないほど発展していた。これも、彼女が代表として辣腕を振るっている証拠なのだろう。

 

「だからよねぇ……最初に無理難題を提示してから、譲歩を引き出す……考えれば、交渉の常識じゃない……冷静に考えれば充分気付けたはずなのに……」

 

 "見たこともない大貴族の身辺を調査して、有るか無いかも分からない何らかの悪行の証拠を探してくれ"という無茶振りの後に"じゃあ、その代わりに同席して欲しい"と頼む。

 最初のお願いに比べれば至極真っ当な願いだし、難易度もぐっと下がって見える。

 それがレオナの狙い。

 後者が本命で、受けることまで織り込み済みだったのだろう。でなければ、予めダイとチルノの正装を用意していたり、二日後に迫った予定に急遽組み込むような暴挙はできない。

 

「女王になって、成長したってことかしら……良くも悪くも……」

 

 

 

「ダイ君はそっちの部屋ね。サイズはあるはずだし、わからなかったらメイドに聞いて」

「う、うん、ありがと」

 

 衣装部屋――そこには名前の通り色とりどりの衣服が山のように並んでおり、まるで小さな遊園地のようだ。部屋自体も広く、ダイは勿論知識としては知っていたはずのチルノも圧倒されるほどだ。

 二人の驚きを余所に、レオナはこんなものは見慣れた光景とばかりにてきぱきと指示を出していく。

 

「で、チルノはこっち」

「こっちって……これ?」

 

 そう言われた先には、色とりどりのドレスがあった。デザインも多岐に渡っており、これらが皆、何かしらの用途があるのだと考えただけでめまいがしそうになる。

 

「ど、どれを選べば……?」

「そうね……とりあえず今回は無難に、白とかブルーにしておきましょう。何か良い感じのを見繕ってくれるかしら?」

「かしこまりました」

 

 お付きのメイドに命じると、彼女は比較的シンプルなデザインのドレスを何着か選ぶ。

 

「男共の目もあるし、着替えはそっちの部屋でね」

「え、これ着て平気なの?」

「大丈夫! あたしが着られるからサイズもばっちりよ!」

 

(そういう意味じゃないんだけどなぁ……)

 

 うっかり破いてしまいそうで恐いという意味で"平気か?"と尋ねたのだが、どうやら通じなかったようだ。仕方なし、大人しく着せ替え人形になろうと諦めながら隣部屋で着替え始める。

 

 着替え始めたのだが……

 

「ねえ、レオナ……ちょっといい?」

「なになに、どうしたの?」

 

 少しして、扉の影からチルノが申し訳なさそうに顔を出す。

 

「これ、サイズが……」

「あら? 大きかったかしら?」

「ううん、そうじゃなくて、その、小さいの、胸回りが窮屈で……」

「……えっ!?」

 

 ――余談ながら。

 大魔王たちと激戦を繰り広げていた一年前、チルノの体型はレオナを一回り小さくした程度だった。一年という歳月の流れた現在の彼女はレオナと同じくらいの背丈に成長しており、目測だがスタイルもほぼ同じくらいに見えたのだが……

 

「ちょ、ちょっとチルノ! どういうことなの!? 説明! 説明なさい!!」

「きゃあああぁっ!? なんで入ってくるのレオナ!? 扉! 早く閉めて!」

「この胸ね! この胸が!! なに、やっぱりダイ君に大きくしてもらったの!?」

「なんでダイが出てくるのよ!? 私はただ……」

「問答無用!! ちょっと確かめさせなさい!! これね!? これが……へぇ……これはなかなか……」

「――――ッ!!」

 

 着替え部屋から喧騒が響く。

 なお、近くにいた臣下たちは顔を真っ赤にしつつも必死で笑いを堪えていた。

 

 

 

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 翌日。

 

 色々とあったが、一行はボナンデ家へ向けて出発していた。パプニカで一泊後、護衛の兵や同行する臣下たちと共に瞬間移動呪文(ルーラ)でベンガーナへ。そこからは馬車に乗って目的地までの移動である。

 

「お二人とも、この度は誠に申し訳ありません。陛下の我が儘に付き合っていただき、本当にありがとうございます」

 

 馬車に揺られる最中、目付役兼護衛隊長として同行していたアポロがダイたちに頭を下げた。昨日は結局バタバタしていてきちんと謝罪することの出来ず、また家臣の前もあって結局馬車内という人目の届きにくい場所で謝らざるを得なかった。

 

「そんな、オレたちも平気ですから」

「そうです。昨日も少し言いましたけれど、アポロさんが謝られることはありませんから」

 

 そう言って、何でもないとアピールするダイたち。

 これから貴族の屋敷を訪問するということもあって二人とも今は正装に身を包んでいる。着慣れぬ服が窮屈そうで、豪華すぎる馬車の乗り心地にも落ち着かない様子だ。

 

「むしろ、謝らなきゃいけないのはレオナよね」

「えっ! あたし!?」

「当然でしょう? 私たちを巻き込むためにあんな無茶苦茶な話をしたり、無理矢理パプニカまで連れてきたり……」

「あはは……バレてた……?」

「冷静になって思い返したら、だけどね」

「えっ、そうだったの!?」

「もう……それならそうとちゃんと言ってくれれば、私たちだって協力したわよ」

「ごめんなさい」

 

 流石に旗色が悪いと思ったのか、レオナは素直に頭を下げた。

 

「でも、まるっきり嘘ってわけじゃないのよ。向こうはチルノたちと顔を繋ぎたい様子だったのは本当だし、直感だけどなんだか変に思えたのも本当なの」

「うーん、その辺は今の段階ではなんとも……」

「じゃあチルノの知ってる未来の知識は? 何かある?」

「ごめんなさい、今回の件に関してはそっちは完全に力になれないわ」

 

 俗に言う"こんなイベント知らない"と言う奴である。

 

「ねえ、オレ思ったんだけどさ。先生を頼るのは駄目だったの?」

「「あー……」」

 

 ダイの言葉に二人の少女が残念そうな声を上げる。

 

「それはあたしも考えたんだけどね……」

「パプニカの女王がベンガーナの重臣と結婚しますが、カールの国王はどう思いますか?  ――って聞くのは、ちょっと気が引けちゃうわよねぇ……」

 

 現在のアバンはカールの王だ。彼に相談すればきっと良い知恵を授けてくれるだろうが、お互いの立場が邪魔をしていた。私的な悩みを相談するならまだしも、今回の場合は国益も色々関わってくる。

 要らぬ勘ぐりを避けたかった、ということでもある。

 

「そうなのよ……面倒な立場、よねぇ……」

 

 吹けば飛ぶような立場のアルキードに頼るのとでは重さが違う。

 そんな気兼ねなく何でも頼れた昔が懐かしくて仕方ない。

 レオナは嘆息し、馬車内の空気がなんとなく重くなる。その空気を払拭したのもまた彼女だった。

 

「や、やだなもう! そんな深刻にならないでよ! そんなことより……あ、ほら。見えてきたわよ!」

 

 そう言って窓の外を指さす。そこには巨大な屋敷と、裾野のように広がる街々が見えた。色とりどりの屋根が無数に並ぶその風景は、なるほど確かにベンガーナの次席と呼ぶに相応しく発展しているようだ。

 

「あれがボナンデ家――ボナンデ領って言った方がいいのかしら?」

「ふぅーん……」

 

 そうしている間にも馬車は走り続け、遂に街中へと入った。

 ベンガーナと言えばまずデパートが思い当たるかもしれないが、あれは首都に一店存在するだけ。規模も活気も世界最大級なのだが、それと比較できる程度には活気があった。店頭に並ぶ品々は素人目にも品質が良く見えて、種類も多岐に渡っている。武器屋や防具屋、宝石類などのアクセサリーに服、日用雑貨や書店などなど店舗の種類も豊富だ。

 

(この辺りだけ見るとまともそうだけど、果たして鬼が出るか蛇が出るか……)

 

 馬車に揺られ、窓から流れる風景を観察しながらチルノはそんなことを考えていた。

 

 

 

「おおレオナ女王陛下! この度は遠いところをご足労頂き、ありがとうございます!」

「いえ、キナン公爵も急なお願いに応じていただきありがとうございます」

 

 街中からさらに走ることしばし、馬車はようやく目的地であるボナンデ家へと到着した。既に先触れの使者が来訪を伝えており、現当主のキナン・ボナンデ自ら出迎えの先頭に立つほどの歓迎っぷりだった。

 当主自らのいきなりの出迎えに、レオナは女王たる毅然とした態度で応じている。

 

「いえいえ、いずれは家族となるのですから! 遠慮など無用ですな。それどころか――」

 

 キナンは女王の後ろへ視線を移す。

 

「――こちらがアルキードの?」

「ええ、ダイとチルノ……現アルキードの代表とその奥方です。世間的には勇者たちと言った方がよく知られているかもしれませんね」

「なんと! 確かに繋がりを持てるよう口添えをお願いしましたが、まさかこれほど早く連れてきていただけるとは……!!」

 

(ん?)

(あれ?)

 

 ダイとチルノの二人は同時に微かな違和感を覚えた。上手くは表現出来ないのだが、心のどこかで引っ掛かる。小骨が喉に引っ掛かるような、そんな微かな違和感。

 だがその違和感の正体に気付くだけの時間はなかった。驚いた顔を浮かべながらキナンは二人へ近寄り挨拶する。

 

「お初にお目に掛かります、勇者ダイ殿に。そしてその妻のチルノ殿でしたな。ワシの名はキナン・ボナンデ。当家の家長です。以後お見知りおきを」

「アルキードのダイです」

「同じく、アルキードのチルノです。共々田舎育ちに加えて、未だ礼儀作法も勉強中の身でして……お見苦しいかと存じますが、お許しください」

 

 ダイは礼儀知らずなりに心を込めて丁寧に、チルノはパプニカにて一夜漬けで学んだ礼儀作法を総動員し、ドレスを摘まみながら屈膝礼(カーテシー)で返礼した。

 

 と、ここまでは良かった。

 

「へぇ、お前が噂の勇者とその女か」

 

((うわぁ……))

 

 ダイとチルノ、二人の心の声が見事なまでにハモった。

 

「ボクの名前はニニット・ボナンデ。もうじきレオナと結婚してパプニカの王となる者だ。まあ、よろしく頼むぞ」

 

(これは、後でレオナに謝らなきゃね……)

 

 キナンの後ろから出てきたのは、丸々と太った青年だった。一目見た途端、予めレオナから伝えられていた"豚"という言葉がダイとチルノの中でピタリと当てはまる。

 肥満体はまあ、愛嬌があるともいえなくはないのだが、それでカバーしきれぬほどの尊大な態度を隠そうともしない。こちらを見下したような目で挨拶され、二人の中で珍しく嫌悪感が湧き上がる。

 

「よ、よろしく……」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 キナンの時と同じように挨拶する。だがニニットはダイには目もくれず――

 

(……うっ……)

 

 ――無作法にもチルノの手を突然握りしめた。

 

「なんだお前、ちょっと変わっているが美人じゃないか。どうだ、ボクの愛人にしてやろうか?」

 

 そう言いながらチルノの手をじっくりたっぷりと撫で回す。手にはべっとりと脂汗が浮かんでおり、そのぬるぬるとした感触がとてつもなく気持ち悪い。オマケにニニットの視線はチルノの胸や腰回りに向けられ、それを隠そうともしない。

 稀にチラリと盗み見られるくらいならば、経験もあるのでまだ我慢できるのだが、これはハッキリ言って不愉快そのもの。

 

「い、いえ……私はダイの妻ですので……」

「なんだ、もう手つきなのか。つまらんな」

 

 口では"つまらない"と言いながらも手を撫で回すのはしばらくの間続いた。その間チルノは精神力を総動員して必死に平静を装っていた。顔にも態度にも出さずに乗り切ったのは称賛に値するだろう。

 その傍らでは、ダイも同じく必死に堪えていた。こちらはまだ未熟なためか不機嫌な顔が隠しきれずにいる。

 とはいえ自分の女にこれだけ失礼な態度を取られては、その気持ちはご尤も。もう少し長く手を握られていたら、怒りのままに暴れ出していたことだろう。

 

「ニニット! まったく、お前という奴は……レオナ女王陛下の前で何という態度だ!!」

「ええー!? 良いではないですか父上」

「兄さん、いい加減にしてくれないかな。そういう事をすると当家の評判も悪くなる。上に立つ者としての振る舞いではない」

 

 叱責する父親の言葉もどこ吹く風、反省の色を見せずにいるニニットへ諫言(かんげん)するのは、彼らの後ろで今まで一言も発さずにいた青年だった。

 痩せ型で背も高く、とても凜々しい好青年に見える。

 

「そうだぞニニット、ロマネの言う通りだ。お前はレオナ陛下との婚約を控えた身なのだ。短慮な行動は慎め!」

「ちぇっ……はーい……」

 

 納得しきれないと顔に書きながらも、しぶしぶと引き下がった……とはいえ、謝罪の言葉一つないのだが。

 

「ああ、ご紹介が遅れましたな。これは――」

「次男のロマネ・ボナンデと申します。ご高名なアルキードの勇者様たちとお会いできまして、誠に光栄です」

「ど、どうも」

「初めまして」

 

 上が駄目だと下がしっかり成長するという見本だろうか。

 体格も態度も礼儀作法も、アレの弟とは思えないほど見事なものだった。予想外すぎてダイたちが面食らうほどに。

 

「ロマネはなかなか優秀でしてな。幼い頃から頭が良く、最近は武術の腕前が急に上達するほどでして。いずれ良い縁談をと思っているのですが、これがなかなか……どこか、良い相手と良縁を結べればと考えているのですが……」

 

 そこまで口にすると、演技がかった仕草でさも良案を思いついたとばかりに手を叩く。

 

「おお! そう言えばダイ殿とチルノ殿は婚礼の儀もまだだったとお聞きしています。どうでしょう!? ここは一つ、ニニットとレオナ陛下と合同で大々的に行うというのは!? ベンガーナとパプニカに加えて、アルキードも固い結束を結んだという良い宣伝にもなりますよ! いかがでしょうか!?」

 

 あまりに強引すぎる言葉にレオナたちも面食らう。言っていること自体は耳障りが良いことに聞こえるのがまたタチが悪い。

 ただ、これを素直に頷くようなレオナではない。

 

「えーと……そう、忘れるところでした。実は連れのチルノが体調を崩しておりまして、お誘いは嬉しいのですが……」

「ええ、レオナ陛下。お気遣いありがとうございます。なにぶん、田舎者ですので馬車にも乗った経験もなく、どうやら酔ったようで……う……っ……」

 

 一瞬のアイコンタクトを受け、チルノは即座にレオナの意図を見抜いた。口元を押さえ、顔色悪くふらついたような演技を見せる。

 

「なんと、それはいけませんな。でしたら、部屋を用意させましょう。しばらくそちらで休んでくだされ」

「ふん! 馬車程度で体調を崩すとかひ弱な奴だな。お前、本当に勇者の仲間だったのか?」

「兄さん、そういう言い方は失礼だとさっき注意されたばかりでは?」

「なんだと!! お前、兄にその態度はなんだ!?」

「やめんかニニット! ロマネもだ! ……これは、お客様の前で申し訳ない。はしたないところをお見せいたしました。ささ、レオナ陛下や皆様もどうぞ」

 

 

 

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「あー、やっと逃げられたわ!!」

 

 休憩用にと用意されたボナンデ家の一室に通され、とりあえず相手の目はなくなった。女王としての仮面を脱ぎ捨て、深く椅子に腰掛けながらレオナは清々したように息を吐き出した。

 

「でもさすがチルノ! よく気付いてくれたわね!」

「あはは……まあ、気分が悪かったのも本当なんだけれどね」

 

 先ほど丹念に握られた右手をハンカチで何度も拭いながらそう返す。心情的には、石鹸で丹念に洗いたいところだ――手だけではなく、視線を向けられた部分全てを。

 

「ああ、アレね……気持ち悪かったでしょう? コッチが下手に出ていれば遠慮なくジロジロジロジロ!!」

「……ってことはレオナも?」

「……察して」

 

 目を逸らすその様子は、同類相哀れむというやつだった。

 

「なんなんだよアイツ! 勝手なことばっかり!!」

「そうよねダイ君! で、二人はどう思った? なんとかなりそう?」

「どう……って……」

「なんというか……色々と凄かったわね……」

 

 苦笑交じりに先ほどの三人を思い返す。

 

 ボナンデ家現当主、キナン・ボナンデ。

 髪には白髪が目立ち、体型も上位貴族らしくやや太め。だが年齢の割には目つき鋭く精力的な印象を受ける。そして、レオナの"何か企んでいる"という評も頷ける容姿をしていた。一言で言えば悪人顔なのだ。

 貴族らしく仕立ての良い上品な服装に上から下まできっちり固め物腰も丁寧なのだが、本人の印象の悪さが拭いきれない。

 

 キナンの息子にして長男のニニット・ボナンデ。

 背は低く、身体はたっぷりと肥えている。傲慢で他者を見下す態度は誰からも嫌われるだろう。礼儀も知らず、他国の代表を前にしても平然と無礼な振る舞いをする。言ってしまえば貴族の典型的なバカ息子としか思えない。

 

 そして次男のロマネ・ボナンデ。

 ニニットの弟とは思えないほど礼儀正しく、理知的な様子を見せていた男。この三人の中では容姿や性格を含めて一番まともそうに見えた。彼も上から下までをきっちりと着込んでおり、そのせいで悪い意味でニニットの格好が目立っていたのを覚えている。

 

「そういえば次男がいる、なんて話は聞かなかったけれど?」

「アレはあたしも始めて見たわね。アポロたちは聞いてた?」

 

 家臣たちに水を向けるが、全員無言で首を横に振る。

 

「誰も知らない……となると、厄介者を押しつけようって魂胆なのかしらね?」

「や、厄介者って、他人事だと思ってぇ……」

「でも、幾ら大貴族でもあれはないでしょう?」

 

 納得いかない様子ではあるが、レオナは少しだけ首を縦に振った。

 

「彼は長男だし、家督は長男が継ぐのが一般的なはず。でもアレに継がせたら多分だけどあっと言う間に家が傾くもの。なら、出来の良い次男に継がせたくなる気持ちも分からなくはないわ。でも出来が悪くても自分の子供、良い縁談を用意してあげたいって思ったのかしら……そう言う意味では、企んでいると言えなくもない」

「うーん、そう言われれば……」

「ロマネを連れて挨拶に行かなかったのも、案外先方に"こっちの方が良い"って言われない為の予防策でしかなかったのかもね。さっき話に上がった合同の結婚式っていうのも、まあ悪い話じゃない。仲の良さをアピールできるし、式を取り仕切ったのはボナンデ家だって宣伝も出来る。さすが、やり手よね。美味しいところを持って行くのに長けてるわ」

「じゃあ大人しくアレと結婚しろっていうの!? 嫌よ! チルノ、代わって!!」

 

 思わず想像したのだろう、レオナは身震いしながら悲鳴のような声を上げる。

 

「ただ……」

「ただ?」

「なんでアルキード――というか、私たちと仲良くしたいのかが不思議なの」

 

 大凡(おおよそ)のキナンの行動が腑に落ちる中、唯一引っ掛かったのがそこだった。

 

「え? そうかしら? 伝説の勇者が亡国の王家の血を引いていて、現在絶賛復興中でしょう? 新規市場の開拓とか狙ってるんじゃ……?」

「甘いわね。ウチに投資してどれだけ儲かると思う? 復興が軌道に乗って今までの援助を返せるようになるのは、何年も後の事よ? それに、新規市場って言っても狙うほどじゃないわ」

「そ、そうなの……?」

「手元にあれば、今年の決算表を見せてあげたいくらいにはね。マイナスが所狭しと並んでるわよ」

 

 それはそれはぞっとしない話である。レオナはおろかアポロや、臣下の何名かが青白い顔を浮かべる。赤字の帳簿を好き好んで見たい者などいない。口にした本人も思い出して顔に影を落とすほどだ。

 

「勿論、見落としている商機が転がっているのかもしれないけれど、それならそもそもウチとここまで仲良くしなくていい。人を出して安く商品を売ってくれながら"お互い良い商売をしたいですな"とか言えば、それだけでも十分な繋がりになるもの」

「なるほど、現場の意見よねぇ……」

「他にウチが他国よりも優れていることといえば……」

 

 チルノはゆっくりとダイの顔を見る。

 

「……え? 何?」

 

 その動きに釣られるようにレオナたちもダイの顔へと視線を集中させた。ただ、注目の的となった本人は訳が分からずぽかんとしている。

 

「ダイ君の存在?」

「それとバランもね。世界を救った伝説の勇者と(ドラゴン)の騎士という名声を利用して荒稼ぎしたいのかもしれないけれど、使いすぎると角が立つのよ。勇者は弱きを助けて強きを挫く存在だもの、イメージと違っちゃう。下手をすれば各国から非難囂々よ」

 

 そしてもう一つ残った可能性を口にする。

 

「あとは、まさかとは思うけれど、個人の戦闘能力をアテにしているのかもね」

「まっさかぁ! それこそまさかでしょう? 正式な依頼があればダイ君たちは解決に出向くし、仮に何か問題があったとしてもベンガーナの国力なら荒事にも対処できるでしょう?」

 

 軽い気持ちで否定しようとして、否定しきれなくなったのだろう。レオナの表情が真剣なものへと変わっていく。

 

 アルキードではバランらの罪滅ぼしと印象改善の一環として、各国の手伝いに出向く派遣業務のようなことも行っている。なお、依頼内容は力作業や凶暴化した魔物の鎮圧などが多く、勇者たちの等身大の姿を見られたり地上最高レベルの強さの一端に触れられることもあってそこそこ盛況だったりするのだが、それは余談として。

 

 つまり"何かあるのなら自国の力で解決できるはず。それが無理でもダイたちに正式に依頼すれば解決できないはずがない"ということなわけだが。裏を返せば"自国では手に余り、なおかつダイたちに依頼できないような何か(・・)"が今回の一件の裏に潜んでいるとしたら……

 

「……まさか、よね?」

「全部証拠は何一つない、妄想みたいな話だけどね」

「あの……」

 

 二人が顔を見合わせる中、パプニカ家臣の一人がおずおずと挙手しながら口を開いた。

 

「それらは全て考えすぎで、ただ勇者様たちのファン……ということは……」

「お気持ちはお察ししますが、それならもっと簡単に近づく方法が幾らでもありますよ。援助の名目でやってくるとか、さっきの依頼で"配下の兵を鍛えて欲しい"みたいなことを言えば良いわけですから」

 

 彼らからすれば、せっかく持ってきた縁談なのだ。国のためにも出来れば余計な波風なく穏便かつ円満にまとまって欲しいのだろう。がっくりと肩を落とす。

 

「……あ! 思い出した!!」

 

 ふと、ダイが声を上げる。

 

「姉ちゃんは感じなかった? ほら、オレたちが最初に挨拶した時……」

「あっ! そうだったわ!! なんだか不思議な感じがしたのよ」

「不思議な感じ? どんな風に?」

 

 えーと、と口にしながら二人はその時の感覚を思い返す。

 

「なんていうのかしら……歓迎されてるけれど、されてない?」

「喜んではいたみたいだけど、同時に邪魔に思われた……そんな感じかな?」

 

 だが思い返せど表現が難しいのだ。悪意と期待が入り交じったような独特の感情。

 

「つまりは邪魔に思ったってことよね? ほら、あたしの睨んだ通りじゃない! これはやっぱり調査が必要よね。お願いチルノ! ダイ君!!」

「陛下! しかし今の段階では推測の域を出ません!! あまり事を荒立てるのも!」

 

 我が意を得たりとばかりのレオナだったが、さすがに臣下たちが止めようとする。下手に動いて相手の印象を悪くするわけにもいかない。繰り返しになるが、証拠がないのだ。

 だが以外にもダイは賛同の意を示していた。

 

「ねえ、姉ちゃん。オレたちじゃ無理かもしれないけれどさ。レオナのためにもやるだけやってあげようよ」

「うーん……」

 

 ダイの言葉にチルノは悩む。

 気付けばダイだけでなくレオナもアポロも家臣たちまでもが全員、今度はチルノの言葉を待つように視線を向けていた。

 まるで最終決定権を渡されたようで、思わず溜息を零す。

 

「私たちが調べても所詮は素人、何も出てこない可能性の方が高いと思うんだけど、それでもいい?」

 

 

 

 

 

 結局、チルノたち二人が調査出来るだけ調査するという話で一旦落ち着いた。すぐさま動きやすくて目立たない格好に着替えると、屋敷をこっそりと抜け出して街へと潜り込む。

 なお抜け出す手段はベランダから飛翔呪文(トベルーラ)で出て行くというものである。貴族の屋敷らしく日中にも警備の目はあるのだが、今のダイの力量(レベル)ならば見つからずに逃げ出すなど朝飯前だ。

 

「大した物ね」

「うん、前に行ったデパートにも負けないくらいだ」

 

 ボナンデ領の街並みを歩きながら、そんな感想を述べ合っていた。馬車から眺めていたとき同様、活気に溢れていた。むしろその活気を肌で感じられる分だけ圧倒される。

 二人はロモスの方から来たという旅人を装い、買い物のついでや道を尋ねるついでに話を集めていく。とはいえ入手できる情報といえば「領主はやり手だ」「長男はボンクラだ」「次男は出来が良い」のような、さしあたりのない物ばかり。

 他には「低金利の金貸しを営んでいる」や「街道を整備して移動が楽になった」「先の戦乱の被害者を救済したり、孤児となった子供を養っている」「職にあぶれた者に働き口を斡旋している」「ときおり領民に炊き出しをするようになった」などの、領主の追い風となるような情報くらいだ。

 

「まあ、本当に何か企んでいたとしても、街中の人が知ってるわけないか。情報屋みたいな人がいれば、また話は別なんだろうけれど……」

「でもさ、なんだか楽しいよね」

 

 思案顔のチルノとは対照的にダイは顔いっぱいに隠しきれないほどの喜びを浮かべる。

 

「こうやって二人で並んで街を歩くなんて中々出来なかったし……それに覚えてるチルノ? ほら、オレたちが始めてロモスに行った時のこと」

「忘れられるわけないわ。ゴメちゃんを取り返しに乗り込んだ時のことでしょ」

 

 ダイも日々成長しており、私的な時には姉と、公的な場面や二人きりの時には名前で呼ぶように意識して使い分けている。

 今は"姉"ではなく"一人の女性"として接しているため、チルノと名前で呼んでいた。

 不意に名前を呼ばれ、顔を微かに赤く染めつつチルノは頷く。

 

 ちなみにゴメちゃんであるが、ウマが合うのかアルキードに来たチウと良く共に行動している。レオナが来た時もそちらに出向いていたため不在だった。

 

「そうそう、なんだかその時みたいでさ」

「言われてみれば、似てるかも。あの時は慣れないロモスで必死になってて……結局、井戸端会議から詳しい話を聞けたんだっけ」

 

 懐かしい思い出に思わず郷愁を感じてしまう。考えてみれば、まだあれから二年ほどだというのに。

 

「じゃあ、今回もそれでなんとかならないかな?」

「あれは建前上は"勇者が魔物の島から凱旋した"っていう祝い事だったからね。口も軽くなるし、色んな人が知っててもおかしくはなかったの。でも今回の場合は"隠してる秘密を探す"わけだからねぇ……知ってる人は限られるだろうし、簡単に話すわけがないし……」

 

 口には出さないが、そもそもそんな秘密があるかどうかも分からない。

 

「なにか後ろ暗いことをしているなら、証拠が残っていたり被害者に出会えるかも知れないけれど……」

 

 そんな都合の良い出来事が――

 

「ええい、黙れっ!!」

「だからっ! 何度も言ってんだろ!!」

 

 ――あったかもしれない。

 

 突如耳に飛び込んできたのは喧騒の声。そちらへ目をやれば、くたびれた格好の小さな子供と街の衛視らしき男が激しく言い争っていた。

 

「助けてくれって! ちゃんと調べてくれって!! 何かの間違いなんだ!!」

「そんなことがあるはずがないだろう! ご領主様のご采配を疑うのか!?」

 

(まさか、まさかねぇ……)

 

「あの、すみません」

「ん? なんだお前は?」

「何があったか存じませんが、小さい子供にそんな乱暴な態度はどうかと……」

「知らないなら黙ってろよ! こっちはこのおっさんと話をしてるんだ!!」

「……えっ……!?」

「お、おっさんだと……!?」

 

 助け船を出したつもりが、文句を言ってきたのはなんと子供の方だった。そのあまりの口の悪さにチルノの方が面食らってしまう。

 

「ん、んんっ!! ところでこの子供はあんたの連れか?」

「いえ、知らない子ですけど……」

「こっちだってアンタみたいなのは知らないよ! いいから引っ込んでろよ!」

「まあまあ、落ち着いて」

 

 野良犬のように噛みついてくる子供を宥めながら衛視の方を向く。

 

「関わってしまった以上、この子は一旦こっちで預かります。何か問題があれば改めて頼るかも知れませんが、この場はそれでどうでしょうか?」

「勝手なこと言うな! くそっ、放せ!」

 

 逃げだそうと暴れるが、力はチルノの方が上だ。子供の力ではビクともしない。

 

「街の治安を守るという重大な任務の最中に子供と言い争う姿を見せれば、住民も不安になりますよ。それに大声を出すと喉も痛くなるでしょう? 少ないですがこれで、何か飲み物でも頼んで英気を養ってから職務に励んでください」

「む? まあ、そういうことならば……」

 

 ゴールド硬貨を十枚ほどそっと差し出せば、相手はあっさりと受け取った。

 せっかくの気遣いを受け取らないのも失礼と思っただけかもしれないが、だとしても職務だと言って断るなど受け取るにしてもやり方があるだろう。

 

(つまり、賄賂を受け取る程度には規律が緩んでいる、と……)

 

「では後は任せるぞ」

 

 チルノの内心の評など露知らず、男は上機嫌に去って行く。それを見送りながらチルノは子供の手を握りながら一旦騒ぎのあった場所から離れ、ダイと合流する。

 

「姉ちゃん、なんでそんなことを?」

「お前! なんでこんな余計なことしたんだよ!」

「とりあえず、話だけでも聞いてあげようと思って」

 

 二人がほぼ同時に似たようなことを尋ねてきたのがおかしくて、少しだけ笑顔を浮かべながら、まずはとばかりにチルノはしゃがみ込んで少年の目の高さに視線を揃える。

 

「まずは自己紹介から。私はチルノ、こっちはダイよ。あなたの名前は?」

「……ラト」

「ラトちゃんね」

「ちゃん付けすんな!!」

「じゃあラト。あなたはどうして衛視さんに食って掛かっていたの? それも一人で」

「それは……」

 

 尋ねられた途端、ラトは目を逸らして口ごもる。

 

「ご両親も近くにはいないみたいだし……もしかして、ご家族に何かあったの?」

「…………」

「どこか、近くの村や街に住んでいたんでしょう? そこでご家族に何かがあった。近くの大人を頼ろうとしたけれど、駄目だった。だからここまで来て、領主に頼ろうと思ったのに衛視に話をした時点で断られた。でも納得出来なかった……違う?」

「な、なんでそこまで……!?」

「まあ、そのくらいはね」

 

 どういう状況なのかあっさりと見透かされ、ラトが驚きの眼差しを向ける。

 実際は先ほどの大声の内容から推測したものと、この子の衣服から少し離れた場所に住んでいるではと想定しただけの稚拙な推理なのだが……

 その横ではダイも似たような目でチルノを見ていた。

 

「もし良かったら、私たちに話してみて。もしかしたら力になれるかもしれないから」

「……やだ」

「……え?」

 

 このまま流れでなんとかなるかなと思っていたところへ、まさかのお断りだった。

 

「お前らみたいな子供に話をしたところで解決なんてするわけないだろ!」

「なっ! お前だって子供だろ!! オレたちは……」

「ダイ、落ち着いて」

 

 生意気な態度に苛立ったのだろう、思わず食って掛かろうとするダイを何とか止める。

 

「あのね、ラト。一年前に大魔王軍を倒した勇者って知ってる?」

「……しってる」

「このダイがその勇者なのよ」

「えー!? こんな弱っちそうなのが!?」

「よ、弱っちそうとは何だよ!!」

「だって背も低いし子供だし! お前みたいなのが勇者のわけないだろ!!」

 

(……どうしよう、コレ)

 

 わーわーと文句を言い合う二人を見ながら、チルノは途方に暮れていた。

 




長いので一旦ここで区切り。

後編は24時間後。
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