隣のほうから来ました   作:にせラビア

16 / 127
LEVEL:16 獣王戦決着

ザボエラと妖魔師団員の魔術師たちが室内で水晶玉を見つめている。その水晶玉にはポップがザボエラたちに向けて指を突きつけながら、怒りに身を任せて宣戦布告を行っている場面が映し出されている。

ロモスにて悪魔の目玉が見ている光景が中継され続けているのだ。

 

「ほほう、これは驚いたわ! 間抜けな人間にしてはよくやったと褒めてやってもいいじゃろうなぁ」

 

その場面を見ていたザボエラは、ポップの行動に嘲笑を浮かべつつも驚いたように声を上げた。

ザボエラからしてみれば、あの程度の語りと真贋定かではない死体を見ただけで騙された挙句に狼狽え、動きを止めていたポップたちは愚かな人間としか思えなかった。

あのまま無意味な説得を続けた挙句、死体の仲間入りをするとすら考えていた。事実、彼の知る人間の多くは、そうやって何も出来ぬまま死んでいくものが多かった。

だが怪我をしつつも、最終的には自ら敵を倒している。それはザボエラにとってみれば多少なりとも驚嘆すべき事実だった。

もっとも、心中の大半は何故このような無駄な行動を取るのかという嘲りの感情の方が圧倒的に強かったが。

 

「まあ、あの程度のゾンビにしては良く持った方じゃな」

「ザボエラ様、あの屍はまさか本物の……?」

 

ゾンビを使い捨ての道具としか見ていないザボエラに恐怖を覚えつつ、部屋にいる魔術師の一人が恐る恐ると声を掛けた。

 

「あん? そんなわけないじゃろうが。あれは実験で用済みになった使い捨て人間(モルモット)の再利用じゃよ。ちょうど話に聞くアバンと背格好が似通っておったからな」

 

妖魔師団の進める超魔生物学。その実験材料として連れてこられ、数々の非道な扱いを受けた哀れな人間の一人。それこそがポップたちの前に立ち塞がったアバンによく似たゾンビの正体だった。

 

子供(ダイ)には(ブラス)を。ならば生徒には(アバン)を、と思っておったが、さすがに勇者アバンは用意できんからのぉ。どうしようかと思っておったところで、廃棄予定の人間をちょいと強引に加工して偽物を作り出すことを思いついたのよ」

「おお、なんと……!」

「さすがはザボエラ様!」

 

周りの魔術師たちがこぞってザボエラに称賛の言葉を贈る。妖魔師団に属する魔術師たちにとってはこの程度のことは当然のこととして受け止めていた。感覚がマヒしているのだろう。

 

「あのモルモットがあの時に廃棄されなければ、この策は思いつかんかったわ。日頃の行いが良いと、こういう幸運にも恵まれるもんじゃて。キィ~ッヒッヒッヒッ!」

 

魔術師たちの言葉に気を良くしたザボエラは、声を一段階高いトーンにしてさらに言う。

 

「与えたダメージこそ少ないが、腹を立てるほどのことでもない。十分に時間は稼げたわ。ゴミの再利用にしては想像以上じゃ」

 

ザボエラからしてみれば、偽物のアバンは幾ら利用したところでポップたちの足を一瞬止める程度の存在だった。だが蓋を開けてみれば、時間を稼ぐどころか一撃を与えることまでしている。廃棄予定の存在がこれだけ役に立てば僥倖というものだ。

メラゾーマの炎で跡形もなく燃やされたが、そのことについては何の痛痒も感じない。

本命の策はブラス。そしてサタンパピーたちが脇を固めることで己の策をより強固にする。それならば失敗など起こりようはずもない。

そう確信していた。

 

「じゃがクロコダインはいただけんな……あの大マヌケは、さっさと始末してしまえば良いものを、何をやっておるんじゃ」

 

水晶玉を指で軽く弾きながら、映っているクロコダインに向けて悪態を吐く。ザボエラの予定では偽物のアバンが時間を稼いでいる間に、ダイは仕留められているはずだった。だが未だ仕留められずダラダラと長引かせていることに苛立ちを覚える。

――確かにザボエラの策は完璧だっただろう。親を人質に取られ、強力なモンスターでより確実に事を運ぶ。それは決して間違ってはいない。

 

「それにあれは、島でブラスが腕に着けておったものか。あれも面倒じゃのう……」

 

見誤ったことがあるとすれば、それは心。クロコダインの、ダイの、ポップの、マァムの、チルノの、それぞれの心を軽んじていたことだろう。

己の誇りを曲げることが、どれだけ苦しいのかを。

大切な人を危険に晒すことが、どれだけ激しい感情を生み出すのかを。

 

 

 

ダイはブラスのメラミによるダメージを受けながらも倒れることなく歯を食いしばって立ち続け、クロコダインの斧を相手に必死の抵抗を見せていた。彼の背後には依然としてブラスがおり、下手に攻撃を避ければブラスが危機に瀕するかもしれない。

そう考えると、ダイは動くことが出来なかった。

だが、心でそう決めていても体までは十全についてはこない。メラミのダメージを受けたダイの肉体は苦痛の悲鳴を上げ、力が入りにくくなっている。当初こそギリギリの地点で鎬を削り合っていたが、今ではじわじわとクロコダインの斧に押され始めていた。

 

「ぐっ……ぐぐっ……」

「んぎぎぎぎぎ……!!」

 

クロコダインとダイ。方や押し切ろうと、方や押し切られまいと声を上げながら必死で力比べを続けている。それは傍から見れば何とも無駄な行為。特にクロコダインなどは、ダイに無理に付き合うことなくブラスと協力してダイを仕留めた方が何倍も効率的だろう。

だがそれをしないのはクロコダインに残された最後の意地だ。

望まぬ人質を取っただけでなく、さらにはザボエラの手による無遠慮な増援も存在している。その存在がクロコダインの武人の心を逆に刺激していた。

ならばせめて、戦いだけでも正面から応じよう。

既に手放してしまった武人としての誇りを、せめて僅かでも取り戻そうとする自己満足にも似た無意識からの行動だった。

 

「ぎぎぎ……うああぁぁっ!!」

 

だが意地の張り合いも長くは続かない。

元々の力ですらクロコダインの方に軍配が上がるというのに、ダイは既にメラミによるダメージを受けて消耗しているのだ。むしろここまで持ったことが奇跡と言って良い。

拮抗状態は崩れ、じりじりと斧の位置が沈んでいく。

既に勝負ありと見ているのか、ブラスは何も動くことなくただ黙ってダイを見ていることが唯一の救いだろう。

ダイはそれでもなお賢明に腕に力を入れて押し返そうとしているが、無駄な努力に過ぎなかった。ついに斧の刃がダイの肩口に触れ、そして圧力に負けて肌に食い込み、血が流れ出てくる。痛みに耐えきれず、ダイの口から苦痛の呻きが漏れ出た。それでもなお、ダイが動くことはなかった。

 

――まさかこれほどとは!!

 

ブラスを庇い続けるダイを見ながらクロコダインは自問する。

メラミの炎を受け、斧が体に食い込んでも、それでもなお耐え続けるダイ。その姿はクロコダインを思い悩ませるのに十分だった。

クロコダインの知る、かつて戦ったことのある人間の中に、これほど強い相手はいなかった。戦闘力は勿論のこと、それ以上に強い心を持っている。

既に劣勢どころか敗北は確定的だというのに、それでもなおブラスの事を守り続けている。おそらくこのまま体が真っ二つにされようとも、決して引くことはないだろう。

――いや、それだけではない。クロコダインは気づいた。ダイの目はまだ勝負を諦めていなかった。まだチルノが、ポップが、マァムがいる。仲間たちがこの状況を打開してくれることを疑っていないのだろう。そうクロコダインは考える。

 

「……ぐっ!」

 

それに引き換え自分は何をしているのか。下劣な策に縋り、我が身の保身に走ってしまった。それどころか、見ればポップたちには死体を利用した姑息な策まで仕掛けている。このような策を使うなどクロコダインは聞いていない。

ブラスを人質に取るだけでもクロコダインの誇りを傷つけるというのに、そこまでする意味が果たしてどれほどあるのだろうか。ここまでして手に入れた勝利に果たして価値はあるのだろうか。

そう思うだけで、クロコダインの心の中に次々と迷いが生まれてくる。これまでも薄々とは感じていた、だが目を背けて蓋をしていた感情がクロコダインに牙を剥いて襲い掛かって来る。

 

「魔王軍ッ!! おれはテメエらを絶対に許さねぇ!!」

 

突如爆音が鳴り、それに続いてポップの絶叫が響き渡った。戦いの中で戦いを忘れかけていたクロコダインはその音のした方向へと反射的に振り向いてしまった。クロコダインだけではなく、サタンパピーとチルノもまた一瞬ではあるがそちらに目を向ける。

そこには偽アバンを倒したポップの姿があった。硬直気味だった戦況が動いたのだ。ポップとマァムは援護に駆け付けられるだろうし、逆にクロコダインたちは相手が増えたことで不利になる。

ロモス城の戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。

 

 

 

猛火によってゾンビの焼ける据えた臭いがマァムの鼻に漂ってくる。無視できないその香りに少しだけ顔を顰めつつも、今の状況について改めて見直す。

アバンと思わしき死体。それは今メラゾーマの炎によって完全に朽ち果てようとしている。それを見ながら改めて思った。これが本当にアバンなのかと。

確かにポップの気持ちもわかる。恩師であるアバンの醜態をこれ以上見ていたくないというのも分かってしまう。

だがそれよりも、マァムには目の前で燃え尽きていくこれが本物だとは思えなかった。冷静に考えてみれば、証拠は何もない。ザボエラがただ一人で語っていただけで、これぞという根拠などありはしなかった。

それを信じてしまうとは、雰囲気に呑まれて流されてしまったのだろう。そう、一人恥じる。

同時に――ポップも同じように呑まれてこそいたが――自らその呪縛を断ち切って状況を打破した仲間の魔法使いの姿に感心すら覚えていた。

 

――魔法使いは常に冷静でいろ……なんて誰かが言ってたわね。

 

かつて会ったこともある、親の古い知り合いの言葉を思い出しながら、マァムは気を引き締めなおす。まだクロコダインとサタンパピーが残っているのだ。

 

「ポップ! 今はダイたちを助けないと!!」

 

悪魔の目玉に向けて大見得を切ったポップに向けてマァムが叫んだ。

つい先ほど、チルノに向けられたメラゾーマに気づき警告を発したように、彼女はダイの状態についてもある程度は認識している。彼女が知覚している限りでは、ダイはメラミのダメージを受けてなおクロコダインを前に立ち塞がっている。

優先度合がチルノよりも上になっていても無理はないだろう。

 

「わかってる! けれど、ダイの方の鬼面道士には手を出すなよ! あれはブラスじいさんって言って、デルムリン島で……」

 

万が一マァムがブラスを倒してしまうことを懸念して、忠告するように口にする。それはポップに新たな気づきをもたらした。

ダイの下へ駆け寄ろうとした足が急速に止まり、ポップは再度自分の言った言葉を反芻するように呟き続ける。

 

「ポップ!?」

「デルムリン島……マホカトール……アバン先生……!!」

 

ポップは手に持ったアバンの守りを再び見つめながら言う。キーワードの断片が彼の頭の中で一つに繋がり、新たな妙手を形作る。

 

「そうだ! こいつは!!」

 

マホカトールの封じ込められた木板は、ポップへ破邪の結界に守られたデルムリン島をイメージさせる。

あの時にアバンがやったのと同じように、自分もマホカトールを使えばブラスを救えるかもしれないと気づいたのだ。さすがに島全体、もといお城全体は無理でも、ブラス一人を囲むくらいならばなんとかなるかもしれないと。

チルノ、アバン、ブラスの三人で考えた結果生み出されたアバンの守りは、目論見通りにポップへの気付きのヒントとなってくれた。

……想定していた事態と現状は大分異なっているが。

 

「余計な真似をされては困るのぉ」

 

だがポップが動くよりも早く悪魔の目玉は触手を伸ばし、ポップへと絡みつかせる。四肢の自由を奪うように巻き付いた触手は、グロテスクな悪魔の目玉の見た目に似合わずかなり力強い。力を込めて締め上げれば骨を折ってしまいそうなほどだ。

 

「ぐうううぅぅっ!!」

「ザボエラ!! あなたまだ!?」

 

ポップの苦痛の悲鳴を聞き、ハンマースピアを構えるとマァムは悪魔の目玉に突きつける。だがその程度で悪魔の目玉が拘束を解けば苦労はしない。ましてや相手は天井に張り付いているのだ。

 

「ポップ! ちょっとだけ耐えて!!」

 

触手を一本ずつ攻撃して戒めを解くしかない、そう考えてマァムはハンマースピアを振りかぶった。しかしそれにザボエラが待ったをかける。

 

「おっと! そう上手くいくかの? お主が振りほどくのとワシが絞め殺すの、果たしてどちらの方が早いかのぉ?」

 

答えは、こちらの方が早い。無駄なことはしない方がいいぞ。とばかりの口ぶりだ。そしてその証左であるように、悪魔の目玉はまだ遊んでいた触手の一本を挑発するようにゆらゆらと動かす。

 

「くっ……どこまでも卑怯な真似を……!!」

「キヒヒヒ、試してみるか? 非力な魔法使いの小僧の首など一捻りじゃよ」

 

ザボエラが絶対の自信を持ってそう言う。何しろ本来の歴史では悪魔の目玉はその触手を用いてマァムの動きを封じ込めていた。僧侶とはいえロカの怪力を受け継いでいたマァムですら悪魔の目玉の戒めを解くことは出来なかったほどの力を備えているのだ。

専業魔法使いとして肉体鍛錬の経験が少ないポップでは、振りほどくことなど出来ようはずもない。現にポップ自身もなんとかしようと必死で足掻いているが、触手は一向に動く気配を見せずにいる。

 

「そら、お主たちはクロコダインの斧でお仲間がくたばるのを特等席で見ておれ。それを確認し終えたら寂しくならないように後を追わせてやるぞ」

 

再び状況は硬直したことを確信してザボエラは余裕気にそう言い放つ。後はこのまま時間を稼ぎ、クロコダインがダイを倒すまで再び待てばいい。そう考えていた。

しかしそんなザボエラの考えを見透かしたように、ポップは苦し気な表情のままニヤリと笑う。

 

「マァム……配役は逆だけど、あんときと同じ呼吸でやるぞ……」

「えっ……?」

 

不意に言われたその台詞の内容に、マァムは困惑を隠せなかった。

同じ呼吸と言われてマァムが浮かべたのは、数日前にクロコダインを相手にダイを助けたとき、嘘のようにピッタリの呼吸で動けた時のことだった。それ以外にマァムはポップと呼吸を合わせたことはないのだから、おそらくそれで間違いないだろう。

あの時は攻撃を防ぐ役とダイを回復させる役に分かれていた。いわゆるオフェンスとディフェンスの分担だ。

だが配役は逆とポップは言う。ポップが狙っていたことから何をすればいいのか推測すれば……

 

「へへへ、俺をさっさと本気で絞め落とさなかったのは失策だな……」

 

口にしたのは数少ない言葉だけだったが、それでもマァムが理解してくれることを信じて、ポップは了承の返事を待つことなく行動を開始した。

実際、のんびりと作戦会議をしている暇など存在しないのだ。先ほどの最低限のポップの一言が準備時間であり、今の一言が行動開始の合図だ。

ポップは何をする? それを受けて自分は何をすればいい? そもそもポップは何を考えていた? マァムは必死に頭を回転させる。

 

「イオ!」

 

ほぼ動かない体を無理矢理捻ってポップはイオを上空に向けて撃った。

爆裂呪文であるイオはエネルギーの込められた球体を放ち、着弾した場所を中心に爆発を起こす呪文である。

誰もがポップは悪魔の目玉を狙ってイオを放ったと思っていた。だが不自由な体勢で狙いが逸れたのか、着弾予測地点は悪魔の目玉の場所から離れた位置だ。

それならば恐れる必要はない。直撃しなければ問題などない。何を考えていたかは知らないが作戦は失敗したのだとザボエラは考える。

しかし、その考えは誤りであったことをすぐに思い知らされた。

 

「な、なんじゃと!?」

 

ポップは考えていた。

カッコつけたもののすぐに行動不能になり、足を引っ張ってしまった自分に何が出来るのかを。当初はマホカトールを発動させようとしていたが、今では到底呪文を使う隙が与えられそうにない。

だが、手に持ったアバンの守りがある。これをブラスに触れさせることができれば、多少なりとも効果があるのではないかと考えた。

その考えに根拠などない。だが、アバンが作ったものだ。ならばきっと効果があるに違い無いだろう。先のゾンビを倒したことと相まって、ポップの中のアバンへの信頼がそう思わせていた。

 

だがまだ問題はある。これをどうやってブラスの下まで届けるか。

身動きが満足に取れない今では、投げても届くとは思えない。マァムに届けてもらうか? かといって口で説明するのは駄目だ。言えばザボエラにも聞かれ、当然邪魔をされる。

一体どうすればいい? なんとか口に出すことなく息の合った行動を――

 

――そうだ! あんときの!!

 

ポップがこの戦場に立つだけの勇気を振り絞る契機にもなった先のクロコダイン戦の一幕を、マァムとのコンビネーションを思い出す。人の真似ばっかりで申し訳ないと思いつつも、他に出来そうな手段もなければ時間もない。

あの時と同じ呼吸、そして配役が逆という短いキーワードで気づいてくれることに賭けて、ポップは天井にイオを放った。

狙いは拘束を緩ませることだ。悪魔の目玉に直撃させるように放ってしまっては、当たる前にきっと自分は絞め殺されるだろう。そして今度はマァムが絡み取られ、後は同じことの繰り返しだ。

だからまずは相手の裏をかく必要がある。

放たれたのは低ランクの呪文。それも直撃しないのであれば、きっと相手は油断するだろう。

ポップの目論見通り、イオのエネルギー弾は邪魔されることなく天井へとぶつかり、爆発を起こした。衝撃と震動で天井の一部が崩れていく。

足場が崩れたことで、悪魔の目玉は落下した。

 

「これが狙いか小僧!!」

 

支えを失ってバランスを崩し、イオの爆発に多少なりとも煽られたことで悪魔の目玉は落下する。その悪魔の目玉が見ているであろう目まぐるしく動く映像は、ザボエラたちの覗き込んでいる水晶玉にも映し出されていた。

ほんの僅かな時間ではあるが、さながら絶叫マシンを主観で撮影した映像のような光景が流れていく。こういった場面に耐性のない――空中戦などを行わない――妖魔師団員には辛かろう。

そして当然、落下の衝撃から身を守ろうとしてか、あるいは落ちまいとする意識からか、悪魔の目玉は本能的に残った触手で天井を掴もうとした。敵がそちらに意識を割いたおかげでポップへの注意は散漫になり拘束も緩む。

 

「マァム! こいつを!!」

「わかってるわ! ブラスさんに渡せばいいんでしょ!?」

 

動けるようになった隙を逃すことなく、ポップは瓦礫を回避するために少しだけ前に出るとアバンの守りをマァムへと放り投げた。マァムはポップの意図を理解して受け取ると迷うことなくブラスへと駆け出していく。

ポップがイオを放ったことで、マァムもようやく意図を理解していた。

なるほど、クロコダインの時にはポップが攻撃を妨害することで、ダイへの回復という目的を達成した。それの逆ということは、今度は自分が敵の攻撃を防ぐ番だとマァムは考える。

先ほどチルノに投げ渡された木板をポップは大事そうに持っていたのだ。その事実と組み合わせれば、ポップが何を狙っているのかは彼女にも読み取れた。

 

「マァム!」

 

だが全てがそう順調に行くわけではなかった。

ポップたちの動きに反応して、サタンパピーBが遅まきながらマァムを妨害しようと動く。

 

「邪魔しないでよ!」

 

だがチルノの警告があったおかげでマァムは余裕を持って対処することが出来た。走り出した勢いのままハンマースピアを思いっきり振り回すと、サタンパピーBの頭に直撃させる。

あまりに強烈な鈍器の一撃の前に、サタンパピーBは吹き飛んで意識も飛ばしたほどだ。

 

「【エアロラ】!」

 

さらにマァムを援護すべく、サタンパピーたちとの戦いすら無視してチルノが魔法を放つ。目標はクロコダインとサタンパピーCだ。目の前のサタンパピーから意識を外すのは危険だと承知しているが、彼女にとってはそれ以上にブラスの方が重要である。

 

「ぐぅっ……!」

 

エアロラの強風に押さえ込まれて、クロコダインはたまらずたたらを踏んだ。慌てたサタンパピーCがブラスを傷つけようと動き出すが、チルノの魔法の方がずっと早い。背中の羽が災いして、強風の煽りをモロに受け、ひっくり返ってしまう。

 

「じいちゃん!」

 

クロコダインが離れたことでダイも動けるようになった。痛みで朦朧とする意識を繋ぎ止めて、ダイはブラスに駆け寄ると再度もつれ合うようにして抵抗できなくする。

実のところ、ポップの狙いが何かまでダイは理解していたわけではない。だがポップが動き、マァムとチルノがそれに続いたのだ。それならば自分も何かしなければならない。そんな仲間意識に突き動かされて、ブラスの動きを拘束することを直感的に選んでいた。

 

「ダイ、ナイスよ!! ブラスさん! これを受け取って!!」

 

邪魔する者がいなくなった道を駆け抜けると、マァムはアバンの守りをブラスへと押し付けるように渡した。

護符に刻まれた破邪の結界はブラスが宿す邪悪な意思に一瞬反応するもの、不思議なことにすぐに一切の澱みなく自然にブラスの下へと収まった。まるで仕えるべき主の下へと戻ってきたかのように見える。

そして小さな結界とはいえマホカトールはその効果を存分に発揮し、ブラスの瞳に理性の色を取り戻させていた。

 

「うう……ここは……そうじゃ確か……」

 

完全に邪悪な意志の影響から逃れたわけではないが、それでも先ほどまでの凶暴化していた状態とは雲泥の差である。

 

「じいちゃん! 元に戻ったんだね!?」

「ダ、ダイ……?」

 

未だ苦しむ頭を抱えながら、正気を取り戻したブラスは自分が今どんな状況にいるのかを認識する。王宮のような石造りの建物の中、近くにはダイとリザードマンの恐ろしいモンスターがいる。

それだけで自分の身に何が起こったのかを、そしてチルノから聞いていたようにロモスでダイの敵となっていたのだということを理解した。

しかしこうして正気を取り戻したということは、予定通りポップがマホカトールの呪文を使ったのだろうとブラスは思っていた。だがその認識は誤りだったことに、チルノの声で気付かされる。

 

「二人とも、どいて!!」

 

ブラスが正気の戻ったことを確認すると、チルノは駆け寄りながら持参していた魔法の筒を取り出すとブラスへと向ける。

その光景を見ながら、ブラスは朧気ながら自分が連れ去られた後に何が起こったかを推察した。自分が手の中に握っているアバンの守りの存在が何よりの証拠だろう。

 

――なるほど、チルノや。お主の知る歴史の通りには動かなかったか。じゃが、頑張ってワシを助けてくれたんじゃな……

 

娘がどれだけ苦労をして自分を正気に戻してくれたのかは、今の彼女を見ているだけでも伝わってくる。ブラスはチルノを見ながら優しく微笑んだ。

 

「イルイル!!」

 

封印の呪文が唱えられ、魔法の筒が口を開く。ブラスは一切の抵抗を見せることなく魔法の筒へと吸い込まれていった。

 

「よしっ!」

「や、やった……!」

 

完全にブラスが吸い込まれ、魔法の筒の口が閉じる。それを確認したことで仲間たちからも自然と歓喜の声が漏れていた。当面の危機はこれで去ったのだ。後はこれを敵に奪われることなく、クロコダインを倒せばいい。チルノすら安堵のあまり動きを止める。

 

「……っ!!」

 

その油断の代償は大きかった。未だしぶとくチルノを付け狙い続けていたサタンパピーAが、手にした短剣をチルノ目がけて思い切り突き刺した。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

まず聞こえてきたのは、勝利を確信したサタンパピーの下品な笑い声だった。剣で刺され、床に崩れ落ちるチルノの姿を見たことでそれまでの鬱憤を晴らしたかのように歓喜している。

 

「姉ちゃん! そんな……そんな……」

「チル……ぐえぇっ!!」

 

短剣で突かれ、崩れ落ちるチルノを見てダイとポップは叫んだ。ダイは姉が刺突された瞬間を目の当たりにしてしまい、最悪の展開が頭をよぎり動けなくなってしまった。そして駆け寄ろうとしたポップは途中でその声を無理矢理に詰まらされる。彼の喉元には見慣れた触手が再び巻き付いていた。

 

「ぐっ……悪魔の、目玉……」

「ええい!! クロコダイン!! 何をしておるか!!」

 

悪魔の目玉は先のイオの影響から逃れられず落下してしまい地上を這いずったまま、それでもポップの首筋に趣味の悪いマフラーのように触手を巻き付けていた。その瞳には、中継先のザボエラの焦った姿が映し出されている。

 

「ボサッとしとらんで、さっさとそのガキどもを始末せんか!!」

「ザボエラ……」

「ブラスを失ったのはお主がグズグズしておったからじゃ!! じゃが安心せい、この通り新たな人質は手に入った!! 勝利は依然変わらず、お主のものよ!!」

 

ブラスを回収されて逆転されるなど想定外の事であった。まさか自らの危険も顧みず、仲間内で連携することで状況を打破するなどと、ザボエラには想像もできないことだった。

彼にしてみれば自らの策が人間の情などという訳の分からないものにひっくり返させるなど、あってはならないことだ。一刻も早く失態を勝利で覆い隠すために、強引にクロコダインを動かそうとする。それは先ほどまで見せていた狡猾かつ残忍な策士の姿からかけ離れたものだった。

 

「ダイ! 貴様は動くでないぞ!! さあやれ、クロコダイン!!」

「ダイ、おれなんか気にするな……先にクロコダインを……ぐっ……!!」

 

喉をギリギリと締め上げられているため、しわがれた声を上げながらもポップはダイに向けてそう言った。それだけでも相当な無茶をして声を出しているのだろう。すぐに咳き込み、ポップの顔がみるみる苦痛のそれに染まっていく。

そんなポップの様子を見ながら、ダイも、そしてクロコダインも動くことが出来なかった。

 

「ほーう、よく言った!! ならばその望みを叶えてやろう! サタンパピー! 貴様らはその小娘を……」

 

――新たな人質として掴まえろ。

そう言うはずであったザボエラの言葉は強制的に打ち切られた。

緑色に輝く衝撃波にも似た無数の巨刃が悪魔の目玉の眼前を荒れ狂い、ポップの首に巻き付いていた触手はおろか、悪魔の目玉が備えていた全ての触手すら一本残らず切り裂いていた。

突如として水晶玉に映し出されたその光景はさしものザボエラも理解の範疇を超えており、度肝を抜かれて言葉を失うほどだ。

 

「【ライオットソード】……」

 

技を放ったのはチルノであった。パプニカのナイフに込めた魔法の力を強力な衝撃波へと変換して放ち敵を切り裂く――俗に瀕死必殺技と呼ばれる、起死回生の大技である。

その威力は強力無比。本来であれば、発動させれば敵を一撃で倒すほどの破壊力を備えているのだが、悪魔の目玉はまだギリギリ生きながらえていた。もっとも、手足の役目を果たす触手を全て失い、今にも消え失せようとしている生命力を振り絞って床の上を這い回っている姿は、放っておいてもすぐにでも息絶えそうに見える。

 

――まさかこれを発動できるとは思わなかったわね……それに、こんなギリギリの状態じゃ、まともに動くことも辛い……

 

ふらつく足であったが何とか堪えて、平静を装うように顔を上げる。

元々がピンチに陥った際に偶然発動できるかもしれないという大技だ。傷つき疲弊した体でそんなものを使っても、最大威力を発揮できるはずもない。逆に言えば、この技を自在に繰り出すことが出来れば相当な戦力となるわけだが。その辺は鍛錬するしかないだろう。そもそもチルノは発動できることすら知らなかった。

 

「ごほっ、ごほっ……た、助かったぜ……」

 

喉を押さえ、調子を整えるようにさらに数回咳き込みながらもポップはチルノに言う。

 

「大丈夫なの? ずいぶん血が出ているみたいだけど……」

「なんとか、ね」

 

そして心配そうに尋ねるマァムにチルノはそう答える。

サタンパピーの攻撃は確かにチルノの腹部に刺さり、出血させるほどのダメージを彼女に与えていた。切り裂かれた服の奥から溢れ出てくる鮮血の色が生々しく映り、自分でも思わず顔を背けたくなるほどだ。

しかしプロテスの効果によってなんとか内蔵を傷つけることなく済んでいた。防御魔法がなければとっくに死んでいたかもしれない事実にチルノは身震いする。とはいえ身に纏った魔力防壁の様子を見るに、プロテスの効果もそろそろ打ち止めだろう。

 

「これで、策はもう品切れかしら?」

 

ズルズルと無様に後ずさる悪魔の目玉。その向こうにいるザボエラに向けてチルノは言う。

 

「だったらこの勝負、最後まで足掻ききった私たちの勝ちね」

 

その言葉にポップとマァムも追従するように頷き、それぞれが手に武器を構え直してクロコダインとサタンパピーの方を向く。

 

「ダイ! ずいぶん待たせたけれど、もう遠慮はいらないわ!」

 

棒立ちになっていたはずのダイが意識を取り戻したように再び動きだす。ダイの体の中を強い感情が駆け巡り、それに応じるようにダイの体の内側から黄金の闘気が立ち昇っていく。

 

「じいちゃんも、姉ちゃんも、ポップも傷つけた……」

 

意を決したように俯いていた頭を上げ、クロコダインたちを強く睨んだ。

 

「おれは! お前たちを絶対に許さない!!」

 

ダイの額には、竜の紋章が浮かび上がっていた。

放たれる竜闘気(ドラゴニックオーラ)はその場にいた敵に襲い掛かり、クロコダインたちの目を眩ませる。そして当然、その影響は悪魔の目玉を通した映像を映す水晶玉にも及ぼす。竜闘気(ドラゴニックオーラ)の圧力に耐えきれなくなったのか悪魔の目玉は絶命し、水晶玉は容量を超えるほどの凄まじい光を放ちながら甲高い音を立てて砕け散った。

最後に竜の紋章の姿を映し出しながら。

 

 

 

「あれは……!!」

「ハドラーを相手にしたときの、あの紋章ね……」

 

ポップの言葉にチルノは頷いて答える。マァムだけは、まだ紋章の事を知らされていなかったらしく、呆然としていた。

対する魔王軍陣営だが、クロコダインはダイからあふれ出すその闘気を鋭敏に感じ取り、恐怖していた。人間を相手にしているとは思えないほどの闘気がクロコダインの動きを止める。

サタンパピーたちはより顕著にそれを感じていた。元々が嗜虐的な性格を持ち、弱者をいたぶることを好む種族でもあるのだ。圧倒的な強者を前にして、勇猛果敢に挑もうなどという気概を持つことはなかった。

 

「ダイ、クロコダインを正面から正々堂々と相手してあげて。せめてもの情けよ」

「わかった。姉ちゃんはどうするの?」

 

竜の騎士(ドラゴンのきし)状態になったダイに向けてダメ元で声を掛けてみたところ、予想外にしっかりとした返答が返ってきたことにチルノは驚きを覚えた。それは紋章の力を制御しつつあることの証だ。

ダイの成長はこんなに早かっただろうかという浮かんだ疑問を胸にしまいながら、チルノはとても良い笑顔で微笑んだ。

 

「私は、おじいちゃんを狙ったアホの部下に落とし前をつけさせるから」

 

ダイの圧力に加え、その言葉を耳にしたことで百万言を費やしても言い表せないほどの恐怖を感じ取り、形勢不利を悟ったサタンパピーが我先に逃げ出し始めた。背中の翼をはためかせ、クロコダインが王宮に乗り込む際に天井に開けた大穴から飛び出そうとする。

 

「【グラビデ】」

 

その逃走経路はチルノの予想の範疇でしかなかった。飛行能力を持つ種族が、人間相手に逃げるのであれば空に逃げるのが一番手っ取り早い。ただし今回の場合はそれは裏目でしかない。空を飛んだところで逃げる先が一本道に限定されてしまう。

移動先が分かっているのであれば、その場所に向けて先んじて攻撃するだけだ。チルノの魔法で生み出された重力球は天井の入り口付近に展開し、今まさに外へと逃げ出そうとしていたサタンパピーたちをまとめて地面に縫い付ける。

 

「グ……ギギギィ……」

「ガハァ……!!」

 

油断していたところにグラビデの重力をまともに食らい、全身がひしゃげるような圧力に押しつぶされて悲鳴を上げる。圧力に耐えかねて、元々弱っていたサタンパピーAが遂に絶命した。

 

「まず一匹……逃げられると、思っていたの……?」

 

竜の紋章を発動させたダイと果たしてどちらが怖いだろうか。パプニカのナイフを片手に両腕をだらりと下げたままゆっくりとサタンパピーたちにチルノは近づいて行く。

 

「【魔法剣サンダラ】」

 

続けて剣に魔法の効果を付加する魔法剣を発動させる。もはやザボエラの監視の目もなければ、人質もいない。出し惜しみをする必要もなければ、そもそも相手を許すつもりもない。

サンダラの魔法を乗せたことで剣からは雷が立ち上り、今すぐにでもその力を発揮したいと訴えるようにバチバチとスパークしていた。

 

「――【剣の舞】」

 

雷撃を纏った剣を手に、文字通り踊るような動きと共に敵を斬りつける。魔法剣の効果によって斬撃を与えるたびに雷撃が弾け飛び、サタンパピーBの肉体を電撃が焼き焦がしていく。それはさながら雷の舞とでも言うべき様相を呈していた。

 

「二匹目」

 

裂傷と雷撃によるダメージに耐えきれず、Bも息絶えた。それを確認するとチルノは残る一匹へと目を向ける。

 

「……あなたは、おじいちゃんをずっと人質に取っていたヤツよね?」

「ヒイイィィ!!」

 

怯えて悲鳴を上げるサタンパピーCの声を無視して、一足飛びに駆け寄るとチルノは空いた片手で相手の顔面を鷲掴みにした。

 

「【デスクロー】」

 

青魔法を発動させ、左腕に力を込める。魔法の効果によってチルノは、一時的にだが恐ろしいまでの握力と殺傷能力を有するようになっている。元々の効果からして、相手を瀕死状態にまで追いやり麻痺させるほどの威力を秘めているのだ。そんなものを顔面に叩き込まれればどうなることか。

死のかぎ爪(デスクロー)とはよく言ったものである。

 

「トドメ!!」

 

左腕から伝わってくるゴキゴキという未知の刺激を感じながら、激痛で動けなくなった最後のサタンパピー目がけてナイフを振り下ろした。

未だ魔法剣の効果は健在だ。突き刺した瞬間から高電圧の電流が体中を駆け巡り、Cも果てた。

 

「すっ……げぇ……」

 

それを見ていたポップが思わず呟くほどの大暴れである。だが当のチルノはそこまで暴れると力尽きたように座り込んだ。怒りで体を突き動かしていたのだが、さすがに限界を超えていた。

慌てて近寄ってきたマァムを制するように、チルノは手を伸ばす。

 

「私はいいから……ポップの方を診てあげて……」

「え?」

「魔法使いに、喉は命でしょう? 呪文が唱えられなくなっちゃう」

「……わかったわ。でも、ポップの次はあなただからね!」

 

完全に納得したわけではないようだが、それでもチルノの言い分を聞いたのかマァムは引き下がりポップの下へと戻る。

そして彼女は残る力で弟の――ダイとクロコダインの戦いへと目を向けた。

 

 

 

「うおおおおおっっ!!」

 

竜闘気(ドラゴニックオーラ)から感じる恐怖を押し切るかのように、激しい雄叫びと共にクロコダインはダイへと斧を一切のためらいを捨てて叩きつけた。

だがダイはそれを右腕一本で受け止めて見せる。先ほどの焼き直しのように、ダイとクロコダインの間で押し合う恰好となる。だが決定的に違うのは、ダイはナイフすら使わない完全な素手で斧を受け止めており、そして今度はクロコダインの方が押し返されているということだった。上から体重をかけられるクロコダインが圧倒的に有利だというのに、その斧は獣王の筋力を以ってしても微動だにしない。

 

「だああああっ!!」

 

ダイはさらに力を込めると、斧ごとクロコダインを持ち上げて投げ飛ばす。猛烈な勢いに負けて斧を手放したためクロコダインの巨体が宙を飛び、壁に激突した。

 

「ぐ、ぐうう……」

 

自身がぶつかったことで大きくえぐれた壁を背中に感じながら、それでもクロコダインは立ち上がる。その身で十分すぎるほどに味わったダイの真の力に心は屈しかけつつあるが、それでもなおダイへと向かっていく。

誇りを捨ててまで策に縋ったクロコダインにとって、勝利すら手放してしまってはその全てを失ってしまう。そう己を奮い立たせていた。

 

「クロコダイン!! 全力で来い!! おれはその全てを受け止めて、倒してやる!!」

 

紋章を爛々(らんらん)と輝かせながらダイは言う。挑発とも挑戦とも取れる行為に、クロコダインは残りの全てを賭けることに決めた。

 

「よかろう!! 後悔するなよ!!」

 

クロコダインは全身の闘気を右腕一点へと集約させる。元々が丸太のように太い腕がさらに膨れ上がり、拳には凄まじい闘気のエネルギーが凝縮していく。

 

「オレの最大最強の技だ!! 貴様が如何ほどの闘気を纏っていようとも、これを至近距離から食らえば倒せぬ道理はない!!」

 

対するダイは、ナイフを逆手に持つとアバンストラッシュの構えを取って闘気を集中させる。

 

「砕け散れ!! 獣王痛恨撃!!」

 

激流すら生温く感じるほどの闘気流がクロコダインから放たれ、ダイに襲い掛かる。だがダイは動くことなく構えを崩さずにただ待ち構えている。宣言通り全てを受け止めようとしているのだ。

思わずポップが叫んだが、その声は聞こえなかった。ダイを飲み込んだ獣王痛恨撃の奔流はそのままロモス城の壁に激突すると勢いを殺すことなく打ち抜いた。ポップの叫び声を掻き消すほどの轟音が鳴り響き、城全体が一瞬揺れたほどだ。

 

「ハァッ……ハァッ……ハッ!!」

 

全身全霊を込めたクロコダインの一撃だったが、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を解放して防御に回していた今のダイには致命傷とはなりえなかった。

闘気流の収まったそこには、多少傷ついているものの構えを崩さぬダイの姿があった。

 

「アバンストラッシュ!!」

 

今度はこちらの番だとばかりに(ブレイク)タイプのアバンストラッシュを放ち、クロコダインをすれ違いざまに切り裂いた。

一瞬の静寂の後、クロコダインは口を開く。

 

「……下らん策になど頼らず……正面から全力でぶつかるべきだったわ……」

 

背後にいるダイへ向けて振り返ったクロコダインの体が傾いた。

 

「ダイよ、アバンの使徒たちよ……お前たちの、勝ちだ……」

 

弱々しくそう呟くと、クロコダインの左腹部が重厚な鎧もろとも切り裂かれ、血が噴き出る。

 

「武勲のない武人に意味はない……だが誇りを捨てた武人はそれ以下よ……」

 

傷は内臓にまで達しているのだろう、口の端からも血を流しながら、それでも最後の力とばかりにダイを見据える。

 

「一つだけ、聞かせてくれ……なぜオレの攻撃を受けとめた? 姉に言われたからか?」

「違う。姉ちゃんに言われたってのもあるけれど、それが無くても多分ああしてた。あんたはブラスじいちゃんを傷つけた許せない相手だ。でも、理由は分からないけれど、ああしなきゃって思っただけだ」

「そう……か……」

 

ダイの言葉を聞きながらクロコダインは満足げに頷く。チルノの言っていた情けという言葉がクロコダインの頭の中に蘇る。

武人としての誇りをかなぐり捨てたクロコダインに対して、正面から全力で戦う機会を与えてくれた。そんなことをする義理など何一つとして無いのにも関わらず。なぜあの少女はあんなことを言ったのだろうか? そしておそらくダイも、小難しい理屈は分からずとも、戦士としての本能で感じ取り、戦いに付き合ってくれたのだろう。

 

――詳しい理由は分からん。だが、最後に僅かでも誇りを取り戻すことが出来た……それだけでも感謝だな……

 

口には出さず、その代わりのように感謝の涙を流しながらクロコダインは体を引きずり後ずさっていく。その先には、先ほどの獣王痛恨撃で破壊された壁がある。

 

「さらばだ……勇者よ、常に強くあれ……」

 

そう言うと微塵も躊躇うこともなく壁を乗り越え、空中へとその身を投げ出した。

最期の咆哮を上げながら落下し、少し遅れて重々しい地響きが聞こえる。

 

その断末魔の咆哮は、人間・モンスターを問わずロモスで戦う全ての者へ向けられた、戦いの終了を告げる合図となった。

 

 




ザボエラの「キィ~ッヒッヒッヒッ!」を辞書登録する。だってザムザも言うんだもの。

悪魔の目玉に拘束されるポップ。なんでマァムじゃないんだ私、野郎の触手プレイなんてどこにも需要ないだろ……いやでもポップならありかなぁ?(困惑中)

マホカトールの護符を押し当てて無理矢理正気に戻しましたが、実際に可能なのかなあぁ?と書いてて思いました。結界に触れた時点で弾かれちゃうんじゃないかな? 半円状にしか結界がないことを利用して、護符を裏側から当てたからセーフ。とかアホな理由は考えたんですが(その理屈だとデルムリン島も穴掘れば楽勝で中に入れることになってしまう)
伝説の武具が持ち主を自分で選ぶように、結界がブラスを受け入れたということで。理由は……アバン先生がうまいことやったんでしょう(丸投げ)
だって当初はこんなことになるとは思ってなかったんだもん! なんだよサタンパピー3匹って!!(自分を殴る)

まあ、そのサタンパピーさんはうっぷん晴らしのように大技連発で倒されましたが。最初っからやっておけよ、ザボエラ気にしてる場合じゃないだろ。

次回はロモスの後始末をしてパプニカに向けて出港するまでくらいですかね?
がっつり忘れていた、ロモスの兵士たちとロモス王とゴメちゃんの存在についても補完してあげないと。
あとアバンの使徒たちのメンタルケアもしないと……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。