「デルパ!」
封印解除のキーワードがデルムリン島に響く。魔法の筒がその口を開け、中から一体の鬼面道士――ブラスを吐き出した。
「ん……おお!? こ、ここは……!?」
「デルムリン島よ」
手にしていた魔法の筒を近くにいたロモス騎士の一人に渡しながら、チルノが言う。
ブラスは突然解放されたことに驚きながらも、それでも筒の中でも少しだけ外の様子が分かっていたのか、冷静さを残していた。そしてチルノの言葉を聞いて、ロモスの事件が終わったことを理解する。
「おかえりなさい、おじいちゃん」
「ああ、ただいまチルノや。迷惑をかけたの……」
破邪の結界に包まれたデルムリン島ならば、凶暴化することもない。穏やかな瞳を携えてブラスが言う。無事にこの島に戻ってくることが出来たことが、何よりも嬉しく感じられる。
「む? ダイはどこじゃ?」
そう言いながらキョロキョロと辺りを見回す。今いるのはデルムリン島の自分たちの住む家の前であり、近くにはチルノと数人の騎士の姿が見えるだけだ。肝心のダイの姿が見えないことにブラスは不安を覚える。まさか自分の攻撃が原因で……と恐ろしい想像すら浮かぶ。
「ああ、ダイならパプニカ行きの船の中で待ってるわ」
「ふむ? それは一体……?」
「そっか、その辺は分かってないのね」
以前、アバンと共に話をしたような覚えがあるのだが、記憶違いだっただろうか。少しだけ首を傾げつつチルノは、ブラスが魔法の筒に閉じ込められてから今までに何があったのかを簡単に説明する。
あの日、ダイたち一行のお披露目が終わった後、ロモス王の計らいによって港からパプニカに向けて船を出してもらえることとなっていた。そのため、お披露目を終えたその日の午後には出発していた。目的地はパプニカであるが、その前にブラスをデルムリン島に戻す必要があるため航路は直行ルートから少し変更して、島を経由して目的地へ向かうというルートを取っていた。
今はまさにその途中、ロモスから数日を掛けてデルムリン島に戻ってきたところである。ブラスとの別れはもう済ませたということもあってか、ダイたちは上陸をしておらず、一行の中で島にいるのはチルノだけだ。
「なるほど、そういうことがあったわけか……」
チルノの話を聞いたブラスはしみじみと頷く。余談ながら、ブラスを封じた魔法の筒をチルノが道具袋にずっとしまっていたために情報が制限されていた。もしも仮に、ずっと手に持ったままなどであればこうした説明の必要はなかったのだが。
「して、こちらの方々は……」
気になっていたもう一つの事柄――近くに控えている正装をした騎士たち――についてブラスは尋ねる。ブラスが言うと、騎士たちは襟を正してブラスへと向き直った。
「ご挨拶が遅れましたブラス老。我らは、ロモス国の騎士。国王様よりブラス老の護衛をするように仰せつかっております」
そう言うと護衛の騎士たちは口々に自らの名前を名乗る。
「そんな、ワシなんぞのために護衛ですと!? もったいない……!!」
「そう仰らないでください。国王様のご命令なのです」
「勇者様と賢者様を育てられた方の護衛ですからね。むしろ光栄の至りです」
「いやいや、そんな……」
まるで国賓のような待遇でそう言われれば、悪い気はしない。遠慮をしながらも気持ちの上では受け入れつつあったところで、ブラスは気づいた。
「勇者に賢者……ですと?」
「ええ。今回の働きを認められて、国王様から直々に名乗るようにと」
「お二方とも、まだまだ未熟だと言って辞退なされていましたがね」
「なんと……そうでしたか……」
聞き間違いかと思い再度尋ねるが、返ってきたのは肯定の言葉だった。それどころか、ブラスが想像すらもしていなかったほどの下にも置かない扱いである。
ダイとチルノの二人が一国の王から認められるほど立派に成長したことを聞き、思いがけずブラスの目から涙が零れた。
「ブラス殿にも是非お見せしたかったですよ。お二人の晴れ姿を」
「今チルノ殿が着ていられるのは、国王様から賜った物ですよ。これを来て、ロモス国民の前に英雄としてお披露目されたのです」
国民の前に紹介された時も恥ずかしかったのに騎士たちに再び持ち上げられて、チルノは照れて顔を赤くする。ブラスはお披露目されていたチルノとダイの姿を夢想しながら、ようやく気付いたように言う。
「なるほど、そういえばチルノはずいぶんと綺麗な恰好をしておる……」
ロモス王から貰ったというその装備は、彼の目から見てもなるほど確かに上質な物である。比較対象が古着の布の服であるため、比べれば比べるほど差が浮き彫りになり、今までの格好がみすぼらしく思えてくるほどだ。
「すまんのう……年頃の娘であるはずのお主に、あんな粗末な恰好しかさせてやれんで……」
「大丈夫だってば。私は、おじいちゃんの子供でいられて幸せよ」
親として、子供――それも娘に良い服の一つも用意してやれなかったことを悔やみ、申し訳なさそうに言うブラスに対して、チルノは本当にブラスが気にすることのないように真摯に答えた。
「ダイ殿といいチルノ殿といい、本当に良い子ですな」
そんな親子の様子を見ながら、騎士たちは穏やかな表情を浮かべる。だが何時までもこうして和やかな時間を過ごしているわけにもいかなかった。
チルノは真面目な表情を浮かべると、騎士たちに向けて申し訳なさそうに言う。
「あの、皆さん。おじいちゃんと、二人だけで話したいことがあるんですが……」
「……何やら込み入ったお話ですかな? わかりました、我々は少し席を外しましょう」
「この島の地形も調べる必要がありますからね、むしろ丁度良いですよ」
「異変があればすぐに駆け付けますのでご安心を」
チルノのその言葉を聞き、騎士たちは少しだけ考えてから互いに頷きあい、そして返事をした。何かやむにやまれぬ事情があるのだろうことを慮って、チルノたちが気を遣わないようにとさも別の用事があるかのようにしながらも、それでいて護衛は欠かさないということも併せて宣誓しながら離れて行った。
「気を遣わせちゃったわね……護衛が役目なのに、その場を離れてくださいってお願いするのだから当然だけど……」
「そうじゃのう、本当に良い人たちじゃ」
チルノとブラスも、騎士たちの心遣いが分からないほど機微に疎くない。むしろ手早く用事を済ませるべく、一応の防音も兼ねてさっさと家の中へと入っていく。
「人払いをしてまでワシに聞きたいこと、となれば当然、未来に関することじゃな?」
「うん、でもまずは、ザボエラを相手に助けられなくてごめんなさい……」
開口一番、気に病んでいたことを謝りながらチルノは頭を下げた。
「そのことはもうよい。あの時お主はちゃんと戦ってくれたし、現にこうしてワシは助かっておる。これ以上は贅沢というものじゃよ」
「ありがとう、おじいちゃん。でも、ちゃんと言葉にしておきたかったの。それに、ダイも気にしていたわ。自分を攻撃したことを悔やんでいるんじゃないかって」
「なんと……全くあやつは……そこはワシに文句の一つも言う場面じゃろうが……」
攻撃をされたのはダイの方だというのにも関わらず、ブラスの身を案じている。そんなダイへ向けて悪態をつくふりをしながら、ブラスは心の中で感謝する。
「それじゃあ、本題。ザボエラに捕まったときのことなんだけれど……」
「あのときのことか……」
ブラスが渋い顔をする。
邪悪な意志に振り回されていたとはいえ、大暴れしたことは事実である。まだ思い出とするには苦い記憶であり、あまり率先して聞く気にはなれない。だがどうしても確認したいことがあり、チルノは尋ねることとした。
「あのとき、どんなことをしたの? もしかして、未来のことやアバン先生のことを喋ったんじゃないかと思って……」
「なるほどのぅ……不安の種はそれか……」
ブラスの言葉にチルノは頷く。彼女は島を出発する際、モンスターたちにブラスを連れて戻ってくることを約束しており、その約束を果たしたことを伝えるためにデルムリン島に上陸した。勿論その行動に嘘はないが、このことが気になっており、ダイが上陸しないことも併せてこれ幸いと聞きたかったのも事実である。
「安心せい、ワシは喋ってはおらぬよ」
確認したかった答えを聞くことが出来たことで、思わずチルノは安堵の息を零した。
「あの時の事は――覚えておる限りじゃが、あやつらはワシの事を手駒としか見ておらんかったようじゃ。受けた命令は「クロコダインに従う」ことと「ダイとその仲間を殺す」ことくらいか。情報を引き出そうという考えは持っておらんかったわ」
「なるほど……むしろザボエラの考えの甘さに助けられたってところね……」
かつて、旧魔王軍時代に暴れていた時のことが記憶として残っているように、先のロモス戦のこともブラスは覚えていた。その記憶を確認した限りでは、ブラスはアバンが生きていることもチルノが未来を知ることも誰にも話してはいなかった。
仮に命令に「秘密を喋れ」というものがあれば危なかったかもしれないが、クロコダインが一度戦っていたことで手の内が知られていたことや、親を人質に取れば知る必要もないと判断されたことなどが幸いしてか、それもなかった。
けれども、もう一つ頭に浮かんだ疑問をチルノは口にする。
「……自分から、ダイや私の秘密を喋ろうとはしなかったの?」
「ふむ……正直に言おう。その考えはワシの中にずっとあった」
「ッ!?」
ブラスのその言葉を聞き、総毛立つような恐ろしさと悲しみが襲ってくる。たったそれだけのことで裏切られたようにチルノには思えてしまう。
「じゃが、それだけは必死で抑え込んだ。親の贔屓と言われればそれまでじゃが、他の人間を傷つけたとしても、お主たちのことを売り渡すような真似だけは必死で堪えたわ」
上位者から命令を受けたために抗え切れず、ダイや城の兵士たちには攻撃呪文を使ってしまった。だが、命令をされなかったということと、なによりブラスが抱いていた家族との絆がギリギリのところでそれを踏みとどまらせたようだ。
「お主らがおらんかったら、きっと耐えきれずに話しておったじゃろう。ありがとう」
「ううん……私たちを信じてくれて、こっちこそありがとう」
絆というものの存在を噛みしめるように、二人は少しの間だけ笑い合った。それからも外で待つ騎士たちに迷惑をかけない程度に時間を掛けて話し合い、そして切り上げる。
「さて、もう聞きたいことはないかの?」
その言葉にチルノが頷くと、ブラスは真面目な顔をする。
「チルノ、お主ならわざわざ言わんでも分かっておるじゃろうが、今回の件で敵たちもダイたちを侮れん敵と認識して、本腰を入れてくるじゃろう。お主の持つ知識もどこまで活かせるかわからん。十分に注意するんじゃぞ」
「ええ、わかってる」
「ではこの話はこれで終わりじゃ。島の皆にも元気な姿を見せてこなければな。しばらく留守にしとったんじゃ、心配しておるじゃろう」
娘の姿にブラスも安心したのか、そのまま家から外に出て行く。当然チルノもそれに続いた。そして、外に出た二人の目に飛び込んできたのは、家を囲むようにずらっと整列するデルムリン島に生息するモンスターの数々と、その輪の内側でモンスターたちに話しかけている騎士たちの姿だった。
「なんじゃこれは……!?」
「あ、お二方! こちらは、この島の仲間の方たちですよね?」
「お二人が家に入った辺りから、どこからともなく集まってきまして。放っておくと無理矢理に押し入りそうだったので、やむを得ず止めさせてもらいました!」
「あの、このスライムがさきほどからずっと……」
どこから聞きつけたのか、ブラスの帰還を知ったモンスターたちが我先にと集まってきていた。それに気づいた騎士たちはさながら交通整理か警備員のように、モンスターの群れを宥める役目を強制的にさせられていたわけである。
とはいえ、中には言うことも聞かないモンスターもいるようで、一人の騎士が両手でよく見知ったスライムを捕まえていた。
「スラリン!?」
「ピィ!」
チルノの姿を確認した途端、どこにそんな力を隠していたのかスラリンは騎士の拘束を振り払うと彼女の下まで駆け寄り、その胸元目がけて飛び込んだ。
「わっ、どうしたのスラリン? 寂しかった?」
「ピィピィ!!
「え!? 待つのはもう嫌だから、自分もついて行くって……」
抱きとめながら話を聞いてみれば、スラリンもチルノの身を案じていたらしい。元々彼女と仲の良かったスライムなのだ。ブラスが連れ去られ、その奪還のためにチルノまで島を出たことで不安と不満が爆発したらしい。
「でも、あなたはこの島の外に出ると凶暴化しちゃうでしょ? 無理だってば」
「ピィ! ピィィ!!」
「ゴメちゃんは平気だから自分も平気って……んー、でもそれは……」
破邪の結界に守られているデルムリン島とは違い、一歩外に出れば魔王の邪気が襲い掛かり凶暴化してしまう。それを理由にスラリンの申し出を断りながら、同時に抱きしめていた手を離して、スラリンを地面に置いた。
だがスラリンもその程度では納得できないとばかりに、ゴメちゃんを引き合いに出して徹底抗戦の構えを崩さない。ゴメちゃんの正体を知る者からすれば、スラリンがどれだけ文句を言おうとも元々の存在からして違う例外的な存在なのだからと理由が分かっているのだが……
さてどう説明すればよいものか。頭を捻っているとスラリンが動いた。
「こ、こらっ!! スカートの中に入らないの!!」
沈黙を待ちきれなかったのか、チルノの言葉通りスカートの中へと侵入してでも強引について行こうという腹積もりだった。
いきなりの行動に騎士たちが慌てて視線を逸らす。
「チルノや、この護符はどうじゃ? これならば、外に出ても抵抗できるはずじゃが」
「え? うーん……でも、この護符でも完全に抵抗できるものではないみたいだし……それにスライムの体だといつ護符を落としてもおかしくないし……」
助け舟とばかりにブラスは手に持っていたアバンの守りを見せる。破邪の結界が刻まれたこれならば確かに効果があるだろう。だがチルノはスラリンをスカートの中から引きずり出してから言う。
ロモスでブラスが正気に戻った際には島と比べて効果が弱かったことを見ており、不定形であるスライムではいつどこで無くすか分かったものではない。
まさかずっとチルノが抱えているわけにもいかないだろうし、かといってここでまごまごしていたらまた強硬手段に訴えるかもしれない。
「もう……わかったわ! ただし、島の外に出ても正気を失わずにいること! これが条件よ!!」
チルノはヤケクソ気味にそう叫んだ。
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「なあ、チルノ。なんでゴメ公といいこのスライムといい、結界の外に出ても平気でいるんだ?」
「わかんないわよ、そんなの……」
上空を見上げればどこまでも続く青い空が目に飛び込んでくる。そこに白い雲たちがアクセントのように流れ、下を見れば太陽光が海面を反射してキラキラと輝く。
ロモス王がパプニカまで送り届ける手段として用意してくれた船の上で、ポップとチルノは言い合った。二人の視線の先には、ゴメちゃんとスラリンが仲良くふざけ合っている。
強引にでも旅について来ようとするスラリンに対して、半ば不可能だと思って突きつけたはずの条件であったが、渦中のスライムはなぜか島の外に出ても正気を保っていた。そのままあれよあれよとトントン拍子に事が運び、チルノと共にスラリンも旅に加わることとなった。
こうして、デルムリン島での用事とモンスターたちに別れを済ませたチルノは、沖合で停泊していた船へと戻りダイたちと共にパプニカへの船旅を再開していた。
「ゴメちゃんと一緒で、特別な力があるのかもしれないね」
「どうだか……こんなちっこいモンスターなんだし、手下にする価値なしと思って見逃されてるんじゃねぇの?」
「それもあるかもね。同じ労力なら強いモンスターの方がいいでしょうし」
――もしかして、魔獣使いの能力が働いているのかしら?
言いながらチルノは原因の一つに思い当たった。自身の持つ能力の一部には、魔物を操って戦う能力が存在している。
未来の知識において、チウが部下のモンスターを増やす描写があったが、その時にも仲間にしたモンスターたちは影響を受けていなかった。あれは獣王の笛の効果によりチウという明確な主を得たから邪気の影響から逃れられたらしいが、それと似たような効果を知らず知らずのうちに使っていたのかもしれない。
「まあ、理由なんざどうでもいいか。枯れ木も山の賑わいって言うしな。よろしくな、スラ公」
「ピィ!」
ポップの言葉にスラリンは元気いっぱいに返事をしていた。
「たぁっ!!」
その日、甲板の上でダイとチルノが木剣を手に打ち合いをしていた。近くには同じく木剣を手にしたマァムがおり、時折鋭い殺気を放ちながらダイへと攻撃を仕掛ける。だがダイは闘気を感じ取ることでその攻撃を察知して間一髪で受け止め、またすぐにチルノとの打ち合いに戻る。
「おーおー、やってるな」
そこへ顔を覗かせたポップが、ダイたちの様子を見て呑気に声を上げた。
ロモスからパプニカまでは、波風の機嫌にも左右されるが、船で最速でも数日掛かる。その数日の時間を無駄にしないためにも、ダイたちはアバンの手記を参考にしながらそれぞれ修行を行うことにしていた。
なお、ちゃんと船長と船員たちに事情を話し、船を壊さないことと運航を邪魔しないことを絶対条件とすることで許可を取り付けてある。決して無許可ではない。
現在行われているのはダイの修行の続き、空裂斬の特訓の言わば最終段階である。
精神鍛錬と見えざる敵との戦闘を行うという内容を基に、目隠しをして気配と闘気を感じ取りながら稽古をしていたのだ。
なおゴメちゃんとスラリンは、修行の見学――というよりは見物中である。
「あらポップ? 自分の修行はどうしたの?」
「さすがにもう魔法力が打ち止めだよ。その後に瞑想もしてたんだけど、お前らの声がうるさくてね」
ポップは魔法使いの修行のため、魔法力の総量を高める特訓と最も基礎である集中力を高める瞑想を地道に繰り返していた。
――瞑想中だというのにうるさくて集中できないというのは、肝心の集中がそもそも出来てないことに他ならないのだが……まあ、彼にしてはよくやっている方であった。
「この修行が終われば、ダイもアバンストラッシュをマスターするんだから。否応なしに気合も入るわよ」
「アバンストラッシュか……確かにあれもすごいけどよ」
チルノの言葉を聞きながらポップが記憶を掘り起こす。
「おれとしては、チルノがロモスで使ってたあの剣も驚いたな。ほら、敵のモンスターをズバズバ斬ってたアレ。もう使えないのか?」
「ああ、あれ? ちょっと待ってね……」
軽い口調のリクエストを受けて、チルノは手にしていた木剣を置くとナイフを引き抜いた。
「【魔法剣サンダラ】」
軽く息を吐いてから、魔法剣を発動させる。手にしたパプニカのナイフから雷が走り、それを見ていた周囲からはチルノへ歓声が上がった。
いつの間にかダイとマァムも手を止めてチルノの方を見ていた。ゴメちゃんたちも寄ってきており、珍しそうに魔法剣を眺めている。
「そっちか。まあ、そっちも凄かったんだけどよ」
ポップが言いたかったのは剣の舞の方だったのだが、こちらも確かにとんでもないものである。呪文の魔力を武器に纏わせるなど聞いたこともない。
というのもこの世界では「剣と魔法を同時に使用することは出来ない」というのが定説だ。実際、過去に幾人もが挑戦して挫折した技術であった。もはや人知を超えた能力であり、本来ならば
それを事もなさげに――必死の修行の結果、身に付けたものだが――行っているのだから、異質としか言いようがない。
「あの時は気が付かなかったけれど……もしかしてそれ、ライデイン!?」
一方マァムが、チルノが剣に纏わせた効果を見て叫んだ。
ライデインは勇者のみが使用可能と言われている雷撃の呪文である。僧侶である彼女でも知っているほどに知名度はあるものの、もはや伝説に近い呪文ですらある。それを操っているのだから、彼女の驚きは如何ほどか。
「ううん……ライデインとは違うのよね。マァムも聞いているかもしれないけれど、私は……」
「え? ああ、そういえば……」
この世界の呪文はメラもホイミも何も覚えることが出来ない。二人と比べればまだ付き合いの浅いマァムはチルノの秘密の事を思い出してそれ以上の口を噤んだ。
「魔法剣……!! か、カッコいい!!」
対してダイはと言えば、剣に電撃を纏わせた姉の姿に興味津々である。魔法剣の技術と電撃の魔法。そのどちらも高等すぎて今のダイでは理解が追いついていないのか、ただ単純にすごいものを見たという純粋な憧れの表情をしていた。
「おれも出来ないかな……うーん……うーん……」
そして姉の動きを思い出しながら真似するように目を瞑り、剣を手にすると、ああでもないこうでもないとまるで思索にふけるように唸っていた。そして――
「メラ!!」
呪文を唱えると、ダイの持つ剣から炎が噴き上がる。幼い頃からの剣と呪文の訓練の積み重ねと天性のセンスに加えて、目の前で姉が手本を見せているのだ。今のダイならば魔法剣を一発で成功させたとしても不思議ではなかった。
赤々と燃え上がる炎の剣を見ながら、ダイは顔を輝かせる。
「やった! できたぞ!! よーし、さっそく……」
「はい、そこまで」
「って! なんで邪魔するのさ姉ちゃん?」
まるで魔法剣の威力を試すかのように剣を振りかぶろうとしたダイの機先を制して、チルノが待ったをかける。
「船の上で炎とか、船長さんに怒られるわよ。もう少し考えなさい」
「あ、そっか……」
電撃を纏った短剣を持った姉が、炎を纏った剣を持つ弟を叱る。その場面は中々にシュールだ。そんな二人を見ていたマァムが感心するように呟いた。
「それにしても、よくそんな簡単に成功するわねぇ……」
「姉ちゃんの真似しただけだよ。おれ一人の力じゃないさ」
事もなさげに言うダイの姿に、ポップが反応した。
「真似、か……」
どこか愁いを帯びた呟きを聞きながら、チルノはポップに何かあったのだろうかと思う。ロモス城での戦いの中での彼の心境を知らない彼女は、ポップがチルノの使った方法を真似て切り抜けたことがずっと気になっていたのだ。
少し落ち着いて考えれば、客観的に見ることが出来れば、それは決して猿真似ではない――むしろ自己流にアレンジした立派な方法だと気づけるのだろうが、まだ年若いポップにそれをすぐに察しろというのは少々酷だった。
「真似でいいのよ。最初はみんな、誰かの真似から始まるのよ。その真似を昇華させて自分だけのものにする。そして最終的には真似じゃなくて自分のオリジナルを生み出すの」
それでも真似というキーワードから、何か伸び悩んでいるのだろうかとは推測できた。だから彼女は、謙遜するダイを諭すように――と見せかけてその実はポップに伝えるために言う。
「武術だって最初は師匠の真似から始まるし、そもそも呪文なんて私たちが生まれるよりも前からあるものでしょう? だから気にすることなんてないの」
そう言いながら横目でポップの顔を覗く。その顔色は、まだどこか悩んでいるようでもありながら、それでも一筋の光明を得たようにも見える。
「……そうか、そういうものだよな」
「ポップ、どうかしたの?」
呟いたその言葉にマァムが耳聡く気づき、声を掛ける。
「ん? ……いやぁ、この間の戦いで人間としての器っていうか、魔法使いとしてのグレードがぐ~んとレベルアップしちゃった感じがするんだよねぇ。そいつを実感していただけだっての」
悩んでいたことを悟られまいと、ポップは途端におどけた仕草と芝居がかった口調でそう言う。その反応にマァムは少々呆れたような、おかしいような、そんな反応を見せる。
「そうだね、おれも姉ちゃんやポップにマァム。いろんな人を真似してがんばるよ」
そしてダイも、チルノの言葉を聞いて更なるレベルアップに挑むべく決意を新たにする。
「じゃあ次はライデインを使えるようにしましょうか?」
「えええええっっ!?」
そのダイの覚悟を利用するかのように、新たな呪文を覚えさせようと画策する。あまりの習得難易度の違いに抗議の声を上げるがチルノは聞く耳を持たない。事実、この先では習得必須とすら言える呪文なのだから仕方ない。泣いて覚えられるのなら安いものだ。
「大丈夫、ポップが雨雲を呼ぶラナリオンって呪文でサポートしてくれるから」
「ってちょっとまて! ラナ系の呪文は消費魔法力が半端じゃなくてだな……!!」
不意に回ってきた矛先に異議を唱えるポップ。
パプニカへの航海の道すがら、このような馬鹿騒ぎを交えつつも次のパプニカで待ち構える戦いに向けて、ダイたちは着実にレベルアップしていった。
なお、ラナリオンを併用したライデインの特訓は、船長からの「雨雲が嵐に発達したり航路を見失いかねないからやめてくれ」という強い要望により、あまり芳しくなかったことを記しておく。
■□■□■□■□■□■□■
数日間の航海を終えて、ついに船はパプニカの港町が見える距離まで来ていた。風光明媚なことで有名なはずの港町は、今は人っ子一人見当たらず活気がない。
魔王軍の攻撃を受けたとはいえ決してどこか大きく壊れていたり設備に問題があるわけではないのだが、誰もいないだけでまるで廃墟となったように見える。
船首近くから皆と港町の様子を見ていたダイたちも、その光景に思わず目を丸くするほどだ。
「おれたちが降りたら、すぐ港を離れてください!!」
ひしひしと伝わってくる嫌な予感を真に受けながら、ダイは船長に願う。そして、港まで辿り着くと待ちきれないといったように船から飛び降りた。ダイに続けとばかりにポップとマァムも港へと降りる。
「船長さん、ロモス王様に伝言をお願いできますか?」
「え? それは構わないが一体何を……?」
そしてチルノだけは、下船を後回しにして船長へ頼みごとをする。
「覇者の剣は誰もが欲しがる伝説の剣なので、保管にはより一層の注意をしてください。それともう一つ、身元の確認ができない人間は信用しすぎないでください、と」
「なんだと、それは一体どういう……?」
「お願いします!!」
それは数日間の航海の間に彼女が考えた、今のタイミングで実現可能であろう比較的マシと思われる警告だった。覇者の剣とザムザについてどうなるか分からないが、これで少しでも楽に戦えるようになるかもしれない。気休め程度と言われればその程度、迫る脅威に対して明確に伝えることはできないが黙っていることもできなかった彼女が足掻いた末の行動である。
そう言うと船長からの返事も聞かずに飛び降りて、チルノもダイを追っていく。
新たな争乱の幕がゆっくりと開いていった。
(突っ込まれもしましたが)凶化ブラスに秘密をバラされたらかなりピンチだなぁと思っていまして。でも喋らずにいた理由をどうしようかと悩み、こんな感じに。敵側はあそこでダイたちを倒すと思いこんでいるから無警戒。命令は殲滅優先でチクれとは言われていない。加えてブラスが自分からチクるのは絆が邪魔してギリギリ踏みとどまった。でも命令されてたからダイたちに攻撃はするよ。
という(これはこれで後付けの泥縄っぽいなぁ……)ことにした――という言い訳のために島に上陸させられるチルノさん。
そのついでとばかりに、スラリンを連れて来てしまいました。現状、ゴメちゃんですら書くのを忘れかけているというのに、果たしてちゃんと活躍させられるのでしょうか?
名前だって付けたし連れて行こうか個人的にも迷っていましたし、つつかれたのもあって加入ルートへ……まあ、ナチュラルにセクハラする程度には出てくるかと(某漫画よろしく覚醒のためにバランあたりに握り潰されたらどうしよう……)
外に出ても何で平気なのかは――わかんない。もういいやスライムだし(思考放棄)
(一応、合体できるくらいに鍛えたって下地があるから、理由はもうそれでいいかなとも思ってます。ゲームに倣って喋らせたり、魔改造もありでしょうが、さて……)
船の中で少しだけ、各々のレベルアップや精神的成長などに費やしました。とはいえ船を壊すわけにもいかないので遠慮がちに特訓してます。
あとポップが少しやる気を出しました。気にしてたところが解消したので。直接伝えるのはちょっと恥ずかしいお年頃だと思って遠回りに言ってみる。