隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:19 魔剣士ヒュンケル

ロモスの船が港から離れていくのが見える。パプニカは今も各地で繰り広げられている魔王軍との戦いの中でも、最大の激戦地と噂になっている場所だ。航行中の船内にてダイたちはそう聞いていたが、実際に見れば納得の光景だった。

既にパプニカは敵の手に落ちているのだと誰もが思うだろう。港に降り立ったダイたちが周囲を簡単に調べただけでも、人影はおろか生き物の気配すら感じられない。破壊された建造物や瓦礫ばかりが目につき、ここで何が起こったのかを否応なく想像させられる。

 

「船を帰したのは英断だったわね。いつ戦闘に巻き込まれることか……」

「でもよ、帰りの足が無くなっちまったぜ?」

 

響き渡る潮騒の音を耳にしながら、チルノがダイの決断を褒める。それを聞いたポップが少しだけ不満そうに呟いた。いざという時の逃げ道が確保できていないことが、心の余裕を失わせるのだろう。

 

「それなら、ポップだけでも帰る?」

「へ!?」

「キメラの翼ならまだあるわよ」

 

素っ頓狂な声を出すポップへと、チルノは道具袋から取り出したキメラの翼を見せる。

 

「これがあれば、今すぐにだってロモスに戻れるわよ。今なら英雄の一人として大歓迎されるんじゃないの?」

「え、あ……」

 

見せつけるように取り出されたキメラの翼を前に、ポップが一瞬だけ物欲しそうな顔で手を伸ばしかけた。だがすぐにそれに気付くと自制するように手を引っ込めて、顔を赤くする。

 

「バ、バカ言ってもらっちゃ困るぜ!! おれはもう、そう簡単に逃げたりしないって決めたんだ!!」

 

そう言うポップの様子を見て、チルノは彼が成長していることを実感する。これならば、これからの戦いで気後れすることもなければ、そう易々と遅れを取ることもないだろう。

 

「ごめんなさいね、意地の悪い言い方しちゃって。でも、いざとなったらすぐに逃げて……命のやり直しは出来ないから……」

「ん……? お、おう……」

 

変に真面目なチルノの言い方に若干面食らいつつも、ポップは頷く。そうしていると、マァムとダイが姿を見せる。

 

「そっちには誰かいた?」

「ううん、誰も。姉ちゃんは?」

「こっちもいないわね」

 

少しだけ――はぐれることもなく、何かあればすぐに駆け付けられる程度の距離を保っての行動だったが――港の周囲を一行は探索していた。誰か生存者でもいれば儲けものと考えていたが、互いの報告を見るにその望みは空振りに終わっていた。

港という人が集まるべき場所に誰もいないのは、ここが魔王軍に襲われたからだと分かる。だが、襲ったはずの魔王軍もいない。パプニカ王家の存在するホルキア大陸は海に囲まれており、他国とは船がなければ行き来出来ない。つまり港は交通の要所。にもかかわらず敵は港を押さえていないのだ。

 

――本来の歴史通りに、私たちを誘っているってことかしら?

 

港に人が来ることは分かっているのだろうに無警戒のままなことから、チルノはそう推理する。そして、ならば乗ってやろうとも考える。

 

「ということは、人がいるとすればあっちの方かしらね?」

 

ここからでも見える、丘の向こうにある大神殿を見ながらチルノは呟く。ダイたちもそれに従って視線を向ける。

 

「わかった、行こう!」

 

チルノの言葉を聞くが早いか、ダイは待ちきれないといったように駆け出していた。それを見てポップたちも後を追っていく。

 

「さて、今のダイならいい勝負になると思うけれど……」

「ピィ?」

 

最後尾にてダイたちの後に続きながら口にしたチルノの呟きを聞き、スラリンが不思議そうに声を上げた。

 

 

 

文字通り廃墟と化した街を抜けて、神殿区画までようやくたどり着いた。だがそこの荒れ方は酷い物であった。まだ人が住めるであろう壊れ方をしている港の区画と比べれば、それこそ一目瞭然。

建物は完膚なきまでに壊されており、大理石と思しき柱がいたるところで折れている。風雨を凌ぐ屋根はおろか壁すらまともに残っていない。

 

「そ、そんな……」

 

それを見たダイが肩を落としていた。見ただけで理解できるほど、絶望感の漂ってくる光景である。まだ若いダイにはそれを見てなお希望を持ち続けられるほどの強さは備わっていなかったらしい。近くを飛んでいたゴメちゃんがダイを心配するように寄り添うが、効果のほどは果たして如何ほどだろうか。ダイは顔を上げることなく沈んだままだった。

 

「ダイ……」

「ひでえや……こりゃ……ダイにゃ悪いけど、生き残りは……」

 

ポップとマァムも追い付き、同じく眼前の光景に絶句していた。マァムが知っているロモスはまだここまでの被害が出ていなかったため、比較対象としてみれば壮絶な物があった。それだけにダイが落ち込む気持ちもどこか理解出来る。

ポップも似たようなものだ。こちらは多少なりとも現実的な意見だった。だが残酷ともいえる。言葉にしたことで最悪の想像が現実になりそうで、ダイの心はなお痛む。

 

「大丈夫よ、レオナは多分まだ生きているから」

「……どうしてさ?」

 

最後に追いついたチルノが、ダイと神殿の破壊跡を見ながらそう言った。だが姉の言葉であっても今のダイにはとても信じられなかった。この光景を見てなおレオナの無事をどうして信じられるのか、疑問でしかなかった。

 

「ここに来るまでに、敵モンスターが一匹もいなかったでしょう? それが根拠の一つ」

「……?」

 

根拠の一つと言われても、何が根拠なのか。ダイは訳が分からないといった顔を浮かべる。見ればポップたちも理解できないようで、チルノの方を真剣な眼差しで見て次の言葉を待っている。

 

「港は交通の要所よ。そこに敵がいないってことは、押さえられない理由があるってこと。何かそれ以上に大事な目的があったから、それに手を割けないんじゃないかしら? 例えば、逃げ延びた王族を探している、とか……?」

「えっ、それって……!?」

「魔王軍は各国に対して一斉に攻勢を仕掛けているんだから、他国の援軍はあまり期待できない。でもこの国を完全に落としたのなら、港くらいは押さえるべきでしょう? まさか、占領したら『はい、さようなら』って一斉に引き上げるわけないだろうし」

 

ここまでの道すがらで確認できた状況証拠と推論を交えながら話す。最初にレオナが無事である可能性を示唆したおかげか、ダイの話への食いつきはチルノの予想以上に良かった。

 

「反対に、敵がそれすらも分からない大マヌケだって可能性もあるけれど、それなら話が早いわよ。そんな大マヌケにあのレオナが簡単にやられるものですか」

 

本来の歴史ではレオナは無事に逃げ延びており、この歴史においても魔王軍はチルノの知る歴史と大きく異なった動きを見せていない。ならば推論はほぼ確実と考えていいだろう。

 

「それとも、ダイはレオナがもう死んでいるって思ってるの?」

「ううん……そうだね、まずおれたちが信じなきゃ……!」

 

チルノの言葉に、胸の奥から湧き上がってくる不安を落ち着かせるように胸をドンと叩いてからダイはそう返した。どうやら不安は打ち消せたようであり、姉の方もこっそりと胸を撫で下ろす。

 

「ねぇ、レオナってこの国のお姫様でしょう? 二人ってどういう関係なわけ?」

「おれも詳しくは知らねぇけどよ、パプニカのお姫様とお友達なんだってさ」

 

ダイを励ましている裏では、マァムとポップがこそこそと会話を繰り広げる。いや、当人たちからしてみればこっそりと話をしているつもりだが、場所が場所である。会話の内容は二人にも丸聞こえだった。

 

「憧れのお姫様を助けに勇者様自らの出陣だぜ? こりゃ泣かせる話じゃね~か!」

「へぇ、そうだったの……ダイも結構隅に置けないのね」

「そんなんじゃないってば!」

 

黙って聞いているのはそこまでが限界だった。当然のようにダイは振り返ると、大声で抗議する。だがその反応はむしろ火に油を注ぐようなものだ。マァムもポップも、ダイの反応にさらに笑顔を強くする。

 

「そんなこと言っちゃっていいの? レオナはダイの事を相当気に入ってくれてたじゃない。一国のお姫様のハートを射止めるなんて、中々できることじゃないわよ」

「姉ちゃんまで……別におれは……!!」

 

顔を真っ赤にして否定するダイだったが、その言葉が本心ではないことは誰の目にも明白であった。だが、ダイの様子がポップたちに否定するときと少しだけ違っていることに気付いたのは果たしているだろうか。

なおも何かを言おうとするダイであったが、彼の言葉を遮るように、近くの石造りの床がゴトゴトと動き出した。

 

「……スラリン、ゴメちゃん。二人とも隠れてなさい」

 

その様子をいち早く察知したチルノが二匹へ声を掛ける。だが二匹は何が起ころうとしているのかを理解していなかった。ピィと鳴きながらチルノの言葉に首を傾げている。

そうしている間にも床の揺れが大きくなり、ついには床板が弾け飛んだ。そしてその下からは剣を手に持った骸骨のモンスターが複数姿を現した。

地面からまるで湧き上がるように現れるそれは、敵対する相手に地獄の使者が襲い掛かってきたかのような恐怖を与える。

 

「こいつは!?」

「敵地だもんな、こんな馬鹿騒ぎしてたらそりゃ気づかれるわ」

「こいつらね、不死身の軍隊って……!!」

 

敵が姿を見せたことでダイたちも戦闘態勢へと意識を切り替える。

目の前に敵として現れたのは、不死騎団に所属する死霊の騎士と呼ばれるモンスターである。疲れも痛みも知らず、そして何よりも恐ろしいのは不死性だ。死を超越した、と恐れられるように、単純にただただ死ににくい。

少々の傷では影響が出ることはなく、普通の兵士がこれを倒そうとすれば、骨を粉々に砕くなどの多大な苦労が必要になるだろう。魔王軍のパプニカ攻略戦でも大活躍したであろう先兵だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「――無窮の安息を――聖なるかな――」

 

ダイたちが死霊の騎士に攻撃を仕掛けるよりも早く、チルノの歌声が戦場に響き渡った。少女である彼女にふさわしいソプラノが緊張した空気に水を差していくようだ。

 

「姉ちゃん!? 歌っている場合じゃ……」

「見て! 敵が……」

 

何も知らないダイたちから見れば、チルノの取った行動はまるで意味が分からなかっただろう。だがマァムの言葉に従い、敵へと視線を移しなおせば、そこには信じられない光景が広がっていた。

死霊の騎士たちは苦しみ、それでいてどこか安らかな雰囲気を纏わせながら、糸の切れたマリオネットのように四肢を放り出してそのまま崩れ落ちる。

やがてその場にいた全てのモンスターが昇天したところで、チルノは歌を止める。

 

「な……なんだったんだよありゃ……」

「何って、【鎮魂歌(レクイエム)】よ」

「れくいえむ……?」

 

姉の口から飛び出した耳慣れない言葉に、ダイは首を傾げる。

 

「死者の魂を鎮めて、穢れを祓い、安息を願うために歌う曲――ってところかしらね」

「でも、姉ちゃんそんなのいつの間に? おれ、全然知らなかった」

 

それは吟遊詩人の奏でる魔法のようなものである。歌――呪歌と呼ばれることもある――を歌うことで、曲によって様々な効果を発揮することができるのだ。

だが呪歌は、歌い出してから実際に対象へ効果が発揮するまで少しタイムラグがあり、また歌い続けなければ効果はない。そのため歌っている最中は無防備になるので、フォローしてくれる仲間がいなければとてもではないが安定して歌えるものではない。

何より、発揮させたい効果に沿った歌詞を口ずさみ、呪歌を奏でる才能があってこそ使えるものである。ただ闇雲に歌えばいいというものではない。

今回チルノが歌ったのは、説明した通りゾンビやアンデッドと言った不浄なる存在にのみ劇的な効果を与える呪歌――アバンから教わった、この世界に存在する鎮魂歌を歌い上げていたのである。

 

「そりゃ、デルムリン島には不死のモンスターはいないもの。敵に使ったのは初めてだけれど、できると思ったから」

「できると思った、で実際にやっちまうお前は本当にすげーと思うよ……」

 

もはや一々驚くのは諦めたというように達観した様子でポップが呟く。そしてマァムは、レクイエムの効果を聞き、それに感銘を受けていた。

 

「歌うことで、死者を祓い清める……」

「どうかしたのマァム?」

「ううん、素敵な歌だなって思って」

 

元来の相手を傷つけることを好まない性格の彼女にとってみれば、歌うことで昇天させるという効果はある種の憧れすらあった。無論、かつてアバンに諭されたこともあって彼女は力の重要性も理解しているが、それでもチルノの能力は羨望を覚えてしまう。これだけの多彩な力を使いこなすその姿は、同じ仲間であるからこそ自分と比べてしまい、力不足を感じてしまう。

 

「とにかくだ。そんな凄い歌があるんだったら、不死騎団なんてのは楽勝だな」

「あんまりアテにされすぎても困るんだけど……」

 

ポップの言葉にチルノはジト目で否定した。さすがに一国を攻略するほどのモンスターの大群を相手に全滅させるまで歌い続けることなど出来ないだろうし、そもそも不死騎団にはあの男がいるのだから。

そんなチルノの考えを肯定するかのように、一人の青年が姿を現した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「今のは、歌で敵を倒したのか……?」

 

いつの間に現れたのだろうか、その青年は廃墟と化した神殿の瓦礫の近くに佇んでいた。まだ若いがダイたちと比較すれば圧倒的に年上だろう。二十歳そこそこの見た目である。受ける印象は冷静な美形といったところだろうか。感情を内面に押し込めたような表情に加えて、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。銀髪がクールな様相にさらに拍車を掛けていた。大きめのマントを羽織り、その下には服のみで金属製の防具は一切身に着けていないことが見える。

 

「ええ、そうです。失礼ですけれど、あなたは?」

 

声を掛けられたことでダイたちは一斉にそちらを向く。そしてチルノが返事をした。

 

「少し前にこの国に来た者だ」

「じゃあこの国はどうなったのか、この国のお姫様はどうなったのか知りませんか!?」

「魔王軍の不死騎団によって少し前に滅ぼされた……姫の行方については知らんな。オレが知りたいくらいだ……」

 

マァムの質問に、青年は淡々と答える。だがその言葉を聞きながら、ダイの表情がじわじわと険しいものになっていく。

弟のそんな様子に気付くと、チルノは一足飛びに話を進めることを心に決める。

 

「私の名前はチルノと言います。あなた、お名前は?」

「オレか? オレの名は……」

「ヒュンケル、だったりして……」

「……ッ!?」

 

その質問は、青年の鉄面皮を崩すのに十分すぎるほどの衝撃だった。冷静な態度を取り続けていた男が見せた初めて驚愕を見せる。

 

「貴様、どうしてその名を!?」

「ヒュンケルっていやぁ……確か……?」

「先生の手記に書いてあった名前と同じ……?」

 

ここ数日の間、幾度となく読み返されたアバンの手記。それに書いてある名前なのだから、二人もさすがに憶えていたようだ。

 

「立ち振る舞いが、先生になんとなく似ていたの。それでまさかと思ったけれど……」

「じゃあ、こいつも先生の弟子だってのか!? こんな悪党面したやつが!?」

「失礼でしょポップ!! それに、顔についてはあなたも人の事言えるの?」

 

マァムが大声で注意すると、ポップは文句を言いたそうな顔をする。だが彼女はそれを無視してヒュンケルの方へと向き直った。

 

「とにかく、あなたがヒュンケルなら、ぜひ読んで欲しい物があるの。先生があなたに宛てて残した言葉が書いてあるのよ」

 

同じアバンの弟子として、心強い仲間を得た。とばかりにマァムはヒュンケルを歓迎する様子を見せる。だがそれにダイが待ったをかけた。

 

「ダメだっ!!」

「……ダイ? どうしたの?」

「そいつから、すごく嫌な気配がする。まるでハドラーの時みたいな!」

 

空裂斬の修行を行い、光の闘気と闇の闘気を感じられるようになってきたダイにとってみれば、今のヒュンケルから発せられる暗黒闘気は警戒すべき対象でしかなかった。だが同時に、光の闘気も感じている。それがダイを悩ませ続け、動くかどうかの明確に判断を今まで鈍らせていた。

だがマァムが直接近寄ろうとすれば話は別だった。判断しきれない不確定要素よりも、仲間の危機を優先して彼女を止めていた。

 

「それは多分、暗黒闘気――だったかしら? 先生が空裂斬の授業の時に言っていたでしょう? 悪の剣士が使う闘気を感じてたんだと思う」

「暗黒……闘気……」

 

ダイの言葉だけでは二人は理解しきれないだろう。そう思ったチルノが言葉を付け加える。それを聞いていた誰かがゴクリと唾を飲む音がした。

 

「それともう一つ。先生は、ヒュンケルには心の技をしっかりと伝えることが出来ずに別れたって言っていた。だったら……」

「ま、まさか……」

「そんな……うそ、でしょう……!?」

 

ダイの直感で感じたことと、チルノが付け足した事柄。その二人から導き出されるのは――もはやはっきりと答えを言わずともこの場の誰もが理解していた。スラリンたちなどは野生の勘か、既に離れた場所に逃げ出して隠れ始めている。

 

「フフフ……おめでたい頭の集団かと思っていたが、なかなか勘の良い奴がいるじゃないか……」

 

そしてヒュンケルも、もはや隠すつもりはないようだった。その身に纏う暗黒闘気を隠そうともせず、邪悪に笑う。

 

「概ね、お前たちの言った通りだ。オレは確かにアバンの下で修行をしていた」

 

これがその証拠だ、と言わんばかりに胸元から卒業の証であるアバンのしるしを見せる。

 

「だがアバンの弟子全てが師を尊敬し、正義を愛する者ではないということよ……中には暴力を愛し、その身を魔道に染めた者もいる。正義の非力さに失望してな……!!」

 

そして身に着けていたマントを翻すと、その下からゴテゴテと仰々しい装飾の剣を見せる。人によっては呪いの武具のように禍々しく感じるかもしれない。いつでも剣を抜けるとばかりの様子を見せながら、ヒュンケルは高らかに宣言する。

 

「改めて名乗らせてもらおう。オレの名はヒュンケル! 魔王軍六団長の一人、不死騎団長ヒュンケルだ!!」

 

 

 

「先生の弟子が、敵の軍団長だと……!?」

 

ポップは信じられないといった様子で言う。それはそうだろう。悪人面とは言ったが、アバンの使徒である以上は正義の味方であると信じていたのだ。その信頼が裏切られたとなれば落胆はいかなるほどか。だが同時にそれ以上の怒りを感じていた。ポップにとってアバンの存在は大きく、ヒュンケルの言葉は師の信頼を裏切ったも同然。ロモスでの偽物の一件もあり、その怒りは今にも爆発しそうだ。

 

「ヒュンケル!! あなたは知っているの!? 先生は、魔王軍に殺されたのよ!! あなたはそれでも魔王軍に味方するの!?」

 

むしろ信じられないという衝撃はマァムの方が大きかった。彼女はなんとか説得せんと、まるでヒュンケルと師アバンとの絆と情に訴えるように叫ぶ。

 

「ああ、知っているとも。ハドラーに殺されたそうだな……ガックリきたよ。まさか一度倒した相手に殺られちまうとはな……」

 

だがヒュンケルは動じることはない。再び冷酷な口調を取り戻しており、心底残念そうに言う。

 

「弟子作りなんぞにうつつを抜かして、自らの修行を怠った証拠だ。オレの手で引導を渡してやろうと思ったのに、全く口惜しい……」

「なっ、なんだとぉ!!」

 

だが残念の意味合いは、自らの手で師アバンを倒すことが出来なかったことに対する不服からだ。そしてアバンの事を軽んじ、弟子を取るという行為を脆弱と切って捨てる。それはダイら他のアバンの使徒からすれば到底許せるものではなかった。

 

「ざけんな!! 確かに先生はハドラーに負けた。けどな、先生は次の勇者をちゃんと育ててるんだよ!!」

「ああ、知っているとも。そこのダイとかいう小僧だろう? ロモスでクロコダインを倒したそうだが、貴様らはオレに始末される運命だ」

 

激昂するポップに対してヒュンケルはあくまで冷静に、それでいて絶対の自信を持った口ぶりだった。確かにその自信は間違いではないだろう。長年にわたって剣を磨き続け、バーンから貰った魔剣もある。そしてアバン流刀殺法ならば知り尽くしているのだ。そんな彼であれば、ダイたちを纏めて相手にして勝てると思うのも無理はない。

 

「そんなわけあるか!! おいダイ!! 構うことはねえ!! アバンストラッシュをぶちかませ!!」

 

その余裕の口ぶりからさらにポップはさらに過熱し、ダイに向けてそう言った。だがその内容にヒュンケルが少しだけ反応する。

 

「ふん、アバンストラッシュだと!? 言うに事を欠いて、ふざけたことを……貴様のような小僧に使えるものか。ハッタリなら、もう少しマシな嘘をつくのだな」

 

目の前の少年がアバンストラッシュを使えるなど、彼にしてみれば到底信じられない。鼻で笑い飛ばすが、ダイは鋼鉄の剣(はがねのけん)を抜くと逆手に構える。

 

「ヒュンケル、お前はアバン先生を殺すつもりだったと言った……たとえおれたちの先輩だったとしても、そんなことを言うなら許さない!!」

「ほう……許さないのなら、どうするつもりだ……?」

 

アバンストラッシュの構えを見ながらも、ヒュンケルは余裕の態度を崩さなかった。ダイの攻撃へ対応するために剣こそ抜くが、それ以上動くことはない。その間にダイは力を込め、闘気を集約させる。

 

「だったら、こうだ! アバンストラッシュ!!」

「ッ!?」

 

相手に闘気を飛ばす(アロー)タイプのストラッシュを放った。闘気の剣閃がヒュンケルへと襲い掛かる。それは紛れもない、かつてヒュンケル自身も子供の頃に目にしたことのある、本物のアバンストラッシュだ。それを目の当たりにしてようやくヒュンケルは己の愚を悟った。

手にした剣で慌てて迎撃を試みるものの、それは遅すぎる。

ヒュンケルは空の技を会得していない。そのためアバンストラッシュを使うことが出来ない。紛い物のストラッシュもどきのような技ならば使うことが出来る――彼の実力ならば、紛い物であっても下手な剣士の必殺技を凌駕するほど強力ではある――が、それでも本物の威力には届かない。

咄嗟に放った紛い物のストラッシュと、しっかりと準備された本物のストラッシュとが激突して、激しい爆発を起こした。

 

「あらら……」

「や、やった……!」

 

パプニカへの航路を進む途中、必死で繰り返した特訓によってダイは空裂斬を会得していた。正確には、空裂斬を放つような敵に海上では出会わなかったため、完成したかの実践確認は出来ていなかったのだが、この出来栄えを見れば完成したと断言して良いだろう。残る課題があるとすれば、自ら使い込むことで技の練度をさらに磨き上げるくらいか。

 

本物のアバンストラッシュの威力を間近で見て、チルノは惚けた声を上げていた。その破壊力に圧倒されたのも事実であったが、それ以外にもヒュンケルの事を心配していた。油断して直撃を受けてしまい、このまま満足に戦うことなく敗れてしまうのではないかと。

声こそ上げていないものの、マァムも似たようにヒュンケルの事を心配しているらしく、複雑な表情を浮かべていた。

一方、ストラッシュが決まったと思っているポップは歓喜の声を上げる。これで決着がついたと思っているのだ。

 

「いや、まだだ!」

 

ダイが警告の声を上げた。それを証明するかのように、ゆっくりと爆煙が晴れていく。するとそこには、ストラッシュの破壊力を相殺しきることが出来ず、ダメージを受けているヒュンケルの姿があった。纏っていた服があちこち破れ、そこから傷が覗いている。特に剣閃を受けた個所の威力はすさまじく、出血跡が痛々しい。

 

「はぁはぁ……バカな!! お前のような小僧が、まさかアバンストラッシュを使えるだと!?」

 

それはヒュンケルにしてみれば信じがたい事実だった。だが実際にダイのストラッシュを受ければ嫌でも分かってしまう。空の技を習得して、アバン流刀殺法を極めている。それは否定しようのない事実であった。

油断していたがためにこのような大怪我を負う。それはヒュンケルの戦士としてのプライドをいたく傷つけていた。信じられないが認めざるを得ない。

 

「くっ! ならばこちらも切り札を使わせてもらうぞ!!」

 

ボロボロになったマントを脱ぎ捨てると、鞘ごと魔剣を祈るように構える。構えとしては八相に近いだろう。

 

鎧化(アムド)!!」

 

そうしてキーワードとなる言葉を口にする。魔剣は唱えられた言葉に従い、その戒めを解き放ち幾重もの帯状に展開する。まるで金属の布が幾層も絡みついていたかのようだ。それがヒュンケルの体に巻きついて鎧を形成する。

 

「剣が、鎧になった……!?」

 

気が付けば頭のてっぺんからつま先まで、余すところなく覆い包む全身鎧を身に纏っていた。剣はまるで羽飾りを彷彿とさせるような形状で兜の前部に装着され、目の部分以外の全てを覆い隠している。機動性よりも守備力を重視したその姿は威圧感に満ち溢れていた。

 

「大魔王さまからいただいたこの鎧の魔剣は、最強の武器であり、同時に最強の防具だ。あらゆる攻撃呪文をはじき返す最強の鎧。それを纏えばオレは負けん!!」

「【ファイア】!」

 

不意打ち気味に、突如としてチルノの魔法によって生み出された炎がヒュンケルを包み込んだ。だがその炎を切り裂いて魔剣士は姿を現してみせる。煙こそ上がっているものの、ダメージを受けた様子がまるで存在しない。

 

「あらゆる攻撃呪文をはじき返す……嘘じゃないみたいね……」

「だったら、冷気だぜ! ヒャダルコ!!」

 

チルノに続けとばかりにポップが攻撃呪文を放つ。海の波すら凍り付かせた氷系呪文であったが、その冷気の中をヒュンケルは平然と歩き、影響範囲をまるで手で引き裂くようにして氷の世界を抜け出る。

 

「マジかよ……」

 

その様子にポップは驚愕の様相で呟いた。マァムも魔弾銃を構えてこそいるものの、効果がないことを理解しているのか、動かないままだ。

 

「どうした? それで終わりか?」

「くそっ!! けれど、アバンストラッシュがあるんだ! あれがありゃ……」

「ううん……多分、もう簡単にアバンストラッシュは当てられない……」

 

まだ手はあるとばかりにダイを見たが、その肝心のダイは自信なさげに言った。

最初にアバンストラッシュを当てることが出来たのは、ダイの事をヒュンケルが侮っていたからだ。初めから使うことなど出来ないと決めつけていたからこそ、対応が遅れたことも合わさって大ダメージを与えることが出来た。

だが今のヒュンケルにはその油断はない。魔剣の鎧を身に纏い、攻防共に隙の無い状態である。こうなってはもはや、大技を易々と当てることなど出来ない。

速度こそ早いものの、威力に劣る(アロー)タイプのストラッシュでヒュンケルにダメージを与えることができるかどうか。そもそも(アロー)タイプであっても当てることが出来るのだろうか。そう逡巡するほど、目の前のヒュンケルから迫る殺気は強烈であった。

その気配に中てられ続け、ダイは今まで動かなかったのではなく、動けずにいた。

 

「確かにアバンストラッシュを使えるのは驚かされた。だが、純粋な剣の腕前ではオレに勝てる者は存在しない! そしてお前のアバンストラッシュも、もはやオレには通じん!!」

 

ヒュンケルは兜から剣を引き抜く。

 

「だが、腐ってもアバンストラッシュを使えるのだ。ダイ! 貴様を殺すことで、アバンを殺すことが出来なかった、せめてもの代わりとなってもらおう!」

 

憎しみの込められた冷たい目でそう言うと、ダイたちへ向けて襲い掛かってきた。

 

「くっ!!」

 

ダイも気を振り絞ってヒュンケルの剣に応じる。だがその速度も剣の重さも、ダイが今までに経験したことがないほどに強烈だった。攻撃を一撃一撃受け止めるだけで、剣が弾き飛ばされそうになるほどの衝撃を受ける。

なんとか攻撃の合間を縫って反撃に転じるものの、その全ては相手の剣に受け止められる。稀に攻撃が相手の体を掠めるものの、鎧が邪魔をして傷一つ与えることが出来ない。

二人は一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「お、おお……わりとイケるんじゃねぇのか……?」

「技術も力も早さも経験も、相手の方が上のはず……そう思っていたんだけど……」

 

ポップとチルノが誰ともなくそう呟いた。チルノの予測通り、本来ならば剣技だけ見ればヒュンケルの方が上だっただろう。ダイがいかにアバン流刀殺法を身に着け、天性の素質を持っていようとも、ヒュンケルとて魔性の剣技を持つ天才だ。そして長年に渡り、アバンへの復讐を遂げるために技術と経験を蓄積してきている。

本来ならば、今のダイがこれほどまでに善戦出来る相手ではないのだ。それでも何とか食いつけていられるのは、これまでの修行の成果も勿論あった。

だがそれ以上に――

 

「多分、ダイが最初に撃ったアバンストラッシュの怪我のせいよ」

「そっか! 怪我で実力を出し切れない……それでもダイを上回っている、か……」

 

マァムが気づいて言ったその言葉に、チルノも頷いた。確かに言われてみればその通り、アバンストラッシュのダメージが影響しているのは十分にあり得る。だが逆に言えば、それだけの怪我をしてもなお互角の実力を有していることになる。

ヒュンケルの底知れない実力を目の当たりにして、チルノはその事実に恐怖した。

本来の歴史であれば、ダイたちは今よりももっと弱い状態で戦い、そして倒しているのだ。それがどれだけ大変なことか。たとえ、幸運の上に幸運を重ねるようにして掴み取った勝利だったとしてもだ。

 

「剣は通じない……呪文もきかない……」

 

そんな回りくどい言い方をしながら、ヒュンケルとダイの戦いを見守る。だがそんなチルノの呟きに、ポップは期待通り鋭敏に反応する。

 

「それだチルノ! ダイ!! 聞こえたか!? 剣も呪文も駄目だ! ならあれだ!!」

「そうか! わかった!!」

 

ポップの投げかけた声に即座に反応して、ダイは少しだけヒュンケルから距離を取った。どうやらあのやり取りだけで意図を理解したのだろう。

 

「メラ!!」

 

続いて呪文を発動させ、その魔力を剣へと伝わらせる。剣と呪文が結びつき、刀身から炎を燃え上がらせた。

 

「出たっ! 魔法剣!!」

「そうか、剣と呪文の……これならひょっとして!?」

 

ダイの魔法剣を見たことで、マァムもようやく意図を理解した。それぞれの反応を見たことでチルノも少しだけ安心する。剣術で負けているダイにとってこれは大きな決定打となるはずだ。伊達に今まで偶然を装ってヒントを与え続けてきたわけではない。

 

「なん、だと……」

 

対して、魔法剣というものを初めて見るヒュンケルは驚愕の色を隠せなかった。ダイたちよりも経験が長く、様々な知識を知る彼だからこそ分かる。剣と呪文を同時に発動させることなど誰にも出来るものではない。もしも可能とするのであれば、それはきっと人間を超えた能力を持つに違いない。

驚きの分だけ魔剣士の動きが遅れた。その隙を逃すことなくダイは魔法剣を振るう。

 

「ぐっ!!」

 

ヒュンケルの研ぎ澄まされた戦士としての本能が反射的に体を動かし、直撃は避けた。魔法剣は彼の鎧の表面を撫でただけだ。だが最強を謳っていたはずの鎧は、その一撃によって大きく刀傷が出来る。

 

「バカなっ!! この最強の鎧が……!?」

「よっしゃあ!! これなら押し切れるぜ!! そのまま倒しちまえ!!」

 

鎧に傷がついた。事実としてはそれだけのことだったが、受けた衝撃は正反対であった。ヒュンケルは無敵を誇っていたはずの鎧が傷つけられるということに更なる驚愕を味わい、ポップは無敵を誇っていたはずの鎧に対する突破口を見つけたとばかりに興奮して、ダイを応援する。

ダイ本人も、ここが勝負の決め所と理解していた。油断なく剣を振るい、ヒュンケルに着実な攻撃を仕掛けていく。魔法剣という未知の存在を相手にすることがそれを後押ししているのか、ヒュンケルの回避の動きはどこか鈍い。まるで薄皮を一枚一枚剥がされるように、鎧が傷ついていく。

そうして追い詰められていくヒュンケルの姿に、たまらずマァムは叫んだ。

 

「待ってダイ! ポップも!!」

「マァム!?」

 

彼女の言葉に、ダイは攻撃の手を止める。ヒュンケルも攻撃が止まったことに戸惑い、マァムの方を見る。

 

「それ以上ヒュンケルを攻撃しないで!!」

「何言ってんだよ!? こいつは敵なんだぜ!」

「でも、ヒュンケルがアバン先生の弟子だったことは……私たちの兄弟子だったことは、事実なのよ!! その私たちが争っているなんておかしいじゃない!!」

 

ポップが詰め寄るものの、マァムも引く気配を見せない。敵となっているはずのヒュンケルすら助けたいと願い、必死で訴えかける。今まで殺し合っていたはずの相手の命すら純粋に心配出来るその姿はまさに慈愛の魂を司る者にふさわしく見える。

 

「……そうね。ヒュンケルが仲間になってくれるのなら、これほど心強いことはないわ」

 

チルノもマァムの言葉に賛同したように頷く。こちらの場合は以降の大魔王たちとの戦いを見据えた打算も含まれているのだが。とあれ、それでも仲間の半分が敵であるヒュンケルを助けたいと願う光景はどこか不思議なものがあった。

それに気圧されたのか、ポップも黙ってしまう。

つい先ほどまで戦っていたとは思えないほどの静寂が辺りを包み込むが、すぐにその静寂は破られる。

 

「くっ……うおおおおおっっ!!」

 

ヒュンケルが動いた。彼はさながら大地斬と海波斬を合わせたような一撃を地面に向けて放つ。強力なパワーを素早く放つその技は、シンプルに大理石の床へと叩きつけられて辺りに噴煙を巻き上げる。

 

「なっ!?」

「目くらまし!?」

 

視界を封じて、その隙を突いて攻撃を行うのだろうか。そう考えてダイは左手の盾を構えて相手の攻撃に備える。だが、待てど暮らせど続く攻撃の気配はなく、気が付けばヒュンケルの闘気を探知できなくなっていた。

 

「逃げた、のか……?」

 

粉塵が晴れると、そこには誰もいなかった。ただ床に残る破壊跡だけが、ヒュンケルの痕跡を示している。

 

「不利を悟って退却、か……」

 

本来の歴史であればここは、ヒュンケルの強さにダイたちは圧倒されるものの、蘇生したクロコダインが重傷の体を押して割り込んでくることで、どうにか逃げることに成功する。マァムだけは捕らえられ、せっかく復活したクロコダインは再び大怪我を負う。

そんな展開であったはずなのだが。

目の前で起きている現実はまるで逆。ヒュンケルが逃げており、仲間は全員無事。しかしクロコダインは来ていない。

仲間が無事なのはいい。初戦で押し切ってしまい、そのまま上手くヒュンケルを改心させることもできるのではないか。そんな可能性も思い描いていた。だがクロコダインはどうしたのだろう。考えられるのは……蘇生が失敗したか、それとも獣王は改心することなく魔王軍に残ったのか。可能性は幾つか思い浮かぶが、いずれも空論であり決定的ではない。

逃げたヒュンケルの動向も気になる。このままパプニカから逃がすつもりはないだろうが、果たしてどんな手を使ってくるか。

 

――また、面倒なことになりそうね。

 

現状を再認識しながら、チルノはそう思いを馳せた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ヒュンケルと戦う必要はないって言ってるでしょう! どうして仲間同士で争わなきゃいけないのよ!!」

「だからって止めることはねぇだろうが! あそこで倒してから考えりゃ良かったんだ!!」

 

ポップとマァムのいがみ合う声が響く。

ヒュンケルとの戦いが一段落したところで、一行は戦場であった神殿跡地から離れ、安全だと思われる場所で野営の準備を行っていた。枯れ枝を集めたり用意していた携帯用食料を準備したりしていたところで、仲間たちで交わされる話題は当然のように先のヒュンケルのこととなる。

互いにそれぞれの考えを言い合っていたところ、些細なことから口論に発展。ついにはこのようになってしまった。

 

「姉ちゃん、止めなくていいの?」

 

少し離れた場所で二人を見つめながら、ダイがオロオロしながら尋ねてくる。ダイの言葉に続くように、ゴメちゃんとスラリンもどうしたものかとチルノを見る。

 

「少しは吐き出させた方が良いと思って。それに、夫婦喧嘩は犬も食わないって昔から言うし」

「「誰が夫婦(だ)(よ)」」

 

チルノの言葉に瞬時に反応して、ポップとマァムは異口同音に声を上げる。そのあまりに見事なタイミングは、さすがとしか言いようがない。ロモス戦での連携をきっかけに、コンビネーションが開花でもしたのだろうか。チルノはそんなことをふと思う。

 

「喧嘩が出来るうちが華、なんてことも言うわよ。さて、それじゃあ真面目に考えましょうか」

 

二人の反応にクスクスと笑いながら、彼女は真面目な顔をすると全員に向かって問いかける。

 

「ヒュンケルを何とかして仲間にするっていうのは、私も賛成。でも、どうやって説得するの?」

「それは……」

 

そう言われるとマァムは黙ってしまう。客観的に指摘されれば、何も考えがなかったことに気付けた。助けたいという想いだけが先行しすぎて、それ以外のことはおざなりになっていたのだ。

もっともこれには、理由を聞く暇がなく戦闘が終わってしまったというのもある。

 

「そもそも私たちは、ヒュンケルがアバン先生を恨んでいる理由を知らない。そこにヒントがあるのは想像がつくけれど、その理由がわからないままだったら手の打ちようがないもの」

「先生の手記を読む、っていうのは?」

「先生がわざわざ『本人以外は読まないでください』とまで書いているものを私たちが勝手に読むの?」

「いや……そうだよな……」

 

自分で言っておきながら、あり得ないと思っていたのだろう。チルノの真っ当な指摘にポップはあっさりと引き下がる。

 

「だから、理由は本人から聞いてくるわ」

「「「……ええっ!?」」」

 

あまりに当たり前のことのように言ったためか、うっかりと納得しかけたところで発言の異常性に気付き、三人は大声を上げる。だがチルノは何事もなかったかのように続ける。

 

「このままわからない事を考えていても、埒が明かないでしょう? だったら本人に聞いた方がよっぽど早いと思って」

「大丈夫なのチルノ? その、実現できるとは思えないんだけど……」

 

直接本人から聞くなど、今の段階では正気の沙汰とは思えないだろう。そもそも相手の居場所もわからず、場所が分かっても会える保証はどこにもない。本来の歴史を知るチルノでなければ、とてもではないが実行不可能な案である。それに加えて、知識だけでなく実際に行動できるだけの能力がなければ、こうも当然のように言うことなど出来るはずもない。

 

「大丈夫よ、考えがあるの。それにダイだって、善悪は別としてもヒュンケルの剣には勝ちたいと思わなかった?」

「それは……」

 

アバン流刀殺法の先輩であり、戦士としても先を生きているヒュンケルの剣は、ダイにとってはこの上ない目標であり、手本でもあった。そして姉の言うように、単純に戦士としての本能を刺激されていたことも事実であった。

兄弟子として剣術の稽古をつけてくれれば最良だが、必ずしもそれが叶うとも限らない。たとえ戦いの中であったとしても、ヒュンケルの剣を学び、そして勝つのだ。そう考えるだけでダイの体は武者震いをしていた。

 

「……うん。おれ、ヒュンケルに勝ちたい。ヒュンケルを許せないって気持ちもあるけれど、勝ちたいって気持ちもあるんだ」

「なら決まり。私がちょっと行って、話をつけてくるから」

「待て待て待て! ああ見えてもあいつは魔王軍の不死騎団長なんだぞ!? ノコノコ出て行ったら部下のゾンビどもがわんさか襲ってくるに決まっているだろうが!」

 

至極真っ当な疑問をポップは口にする。このまま一人で行ってもヒュンケルの下へと無事にたどり着けるわけがない。それはチルノもわかっている。ポップの疑問に答える代わりに彼女は一つの魔法を使う。

 

「【インビジ】」

 

そう唱えると、チルノの体が見えなくなった。まるで空中に溶けて消えてしまったかのように、どこにもその姿を確認することが出来ない。ついさっきまで確かにそこにいて会話をしていたというのにだ。

 

「消えた!?」

 

錯覚かと思い目元をゴシゴシと擦るがチルノの姿は見えないままだ。そこにいたはずの存在が一瞬にしてどこかに消える。ダイたちはチルノの姿を探るべく辺りをキョロキョロと見回す。

そうしている途中、不意にマァムの頬がふよんと突かれた。

 

「ひゃあっ!? え、なに、なんなの!?」

「ふふ、ごめんなさいマァム」

 

そこにはいつの間にか、いたずらをした子供のように小悪魔を彷彿とさせる笑顔のチルノの姿があった。先ほどまで全員で彼女がいないことを確認しており、マァムに至っては目の前にチルノがいるのだ。普通ならば気付かないはずがない。

 

「実は、透明になる魔法を使ったの。これがあれば敵に気付かれることなく進めるでしょう?」

「ハハッ……そんなことも出来るのかよ……ホント、もうお前のやることにいちいち驚くのが馬鹿らしく思えてくるぜ……」

 

まるで何かを諦めたようにポップは乾いた笑いを浮かべる。

チルノが使ったのはインビジという名の魔法であり、使用者を透明化させる効果がある。それだけ聞けばとても有用に見えるかもしれないが、制約として、透明状態を維持するには集中し続ける必要があることや、効果範囲は術者のみであること。集中を切らした段階で透明化が解除されるため、不意打ちなどはまず不可能であることなどを説明する。

そんな便利な手段があるのならば全員を連れていけという意見が出たが、チルノの説明によって対象が自分のみであると知ってガッカリされる。特にマァムなどは、直接ヒュンケルとやり取りをしたいと思っていたためにダイたちよりも落胆の色は大きい。

 

「あんまり落ち込まないで、ね? それに、魔法使いにはレムオルっていう透明になる呪文があったと思うんだけど?」

「なにぃ!? そんな呪文知らねえぞ!!」

 

チルノの言葉にポップがやたらと食いついてきた。

 

「くそっ、そんな呪文がありゃあ……」

「覗き放題だもんね」

「ああ……ん? そんなわけねぇだろうが!!」

「覗くときは正々堂々と覗くの?」

「その通……! いや……あ、違う! 違うぞ!!」

 

悔しがるポップに対して、さながら漫才でも行っているかのように言葉を続ける。相手をしなければいいものを、なまじ反応するものだからポップの旗色はますます悪くなっていく。ダイとマァムも、仲間であるはずの魔法使いをジト目で見るようになっていた。

そこへさらに、チルノの爆弾発言が飛び出す。

 

「まあ、ポップには今更っていうか……」

「「ええっ!?」」

 

何気なく言ったその言葉に、ダイとマァムが大げさなほど反応して見せる。

 

「姉ちゃんどういうこと!?」

「チルノ! あなたまさかポップに?」

「え? だってデルムリン島にいたときはポップに寝起きの姿まで見られているし。今更というか、気にするまでもないって言うか……」

 

喰い寄ってくる二人に向けて、チルノは何をそんなに慌てているのかわからないといった風体で返す。彼女にとってみれば、その程度のことでしかないのだ。むしろ、寝起きの油断しきった姿を見られることの方が恥ずかしいとすら感じている。

 

「なんだよ……驚かせやがって……」

「何か心当たりでもあるの?」

「それよりもだ!! ヒュンケルがどこにいるかお前わかってるのか!?」

 

まるでいつぞやの再現のように、言われた言葉を強引に無視してポップは話題を元に戻した。ダイとマァムの意見はこの際無視である。

 

「もちろん、アテはあるわよ」

「どこだよ? まさか姿を隠して虱潰しとかいうんじゃないだろうな?」

 

ポップの言葉を、チルノは首を横に振って答える。

 

「普通ならわからなかったわ。でも、この大陸に限って言えばそう難しいことでもない。拠点として使うのにピッタリの場所があるもの。むしろ、そこしか考えられない」

「そんな都合の良い場所があるの?」

「勿論よ。そこは――」

 

普通ならばわからない。だが本来の歴史を知る彼女にとってみれば、ヒュンケルがいる場所など悩む必要もないのだ。

 

 

 

「それじゃあ、行ってみましょうか」

 

数刻後、地底魔城へと続く螺旋階段を前にして、チルノはそう口にした。

 

 




何故か今回、すごく書けませんでした。なんでだろう??

さてパプニカに来まして、ヒュンケル戦です。
そりゃ、今のダイ相手ならこうなりますよね。これだけ準備してりゃ、多少は苦戦するでしょうけど負けませんよ。さすがに戦士としての技量と経験はヒュンケルの方が上なのですが、油断していたところにアバンストラッシュを喰らって怪我してれば、アムドしても手遅れ。最初の怪我が原因で不利になって引く羽目に。
舐めプで負傷して、剣は最強とか言いながら逃げちゃうとか……ヒュンケルさん……アバンの使徒の長兄としての威厳が……
(フレイザード戦はもっと悲惨になりそう。初手空裂斬の未来が見える……哀れなり1歳児……)
とあれ、事情を知っているチルノさんがアグレッシブに動いていくしかないかと思いまして。次回はインスニが炸裂するかと。

当初は、鎧は金属の性質は持ってるから、マヒャドで低温にすると肌に張り付くのかな? もしもその状態で無理に動いたら皮膚がバリって裂けて血が……とか。メラ系で熱伝導して金属が熱されて火傷するのでは? って思ってました。
熱伝導は遮断してるんですよねアレの鎧。ビバ不思議な素材。
(呪文無効化に加えてボラホーンの冷気ブレスでも凍り付かないから不凍性能もあるの?)
兜の切れ間から、毒蛾の粉(ドラクエらしく黒コショウでも可)を投げ込めば隙ができて勝てるんじゃないか……なんてみみっちい策を考えてました。
(いっそのこと、蚤を大量に流し込むとかしたらバーン様に「さしもの余も残酷さだけはお前に及ばん」って言ってもらえるかもしれない)

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