その日、南海の孤島であるデルムリン島に向けて航行する一艘の船があった。やや小さめではあるものの外洋航海にも耐えうる程度には丈夫さと頑丈さを持つそれは、帆に風を受けてゆっくりと進んでいく。
そして船上には、島の方角へ欲望に満ちた眼差しを向ける、四人の男女の姿が確認できた。
「洗濯終わり、っと。それにしても、ダイのも私のもだけど、随分服が傷んで来ちゃったわね。汚れも落ちにくくなったし……」
物干し竿代わりの木の枝に洗濯物を干し終えると、出来栄えを確認しながらチルノはつぶやいた。洗濯物の大半は大分薄くなっており、今にも擦り切れてしまいそうだ。衣類全体から見ても、落ちにくい汚れが所々に目立つ。
だがそれも仕方ないことだった。モンスターの隠れ棲むデルムリン島では、基本的にはこういった人間の作った品物が手に入ることはありえない。行商にやってくるよう奇特な人間など存在しないし、反対にモンスターが人間の住む町や村まで買い出しに行くこともない。
今現在チルノの前に鎮座する洗濯物たちは、チルノとダイが難破した船に積み込んであったであろう品物や、どこからか漂着したそれを拾ってやりくりするしかなかった。
先ほど『今にも擦り切れてしまいそう』や『汚れが目立つ』といったが、実際に擦り切れた服もいくつかあった。そのたびにチルノが古裂の布などを使ってどうにか補修していたのだ。そして前述の通りに洗剤も洗濯板も手に入らないにも関わらず、手洗いで汚れを落としている。こういったことも可能にする裁縫スキル様々である。
本来の歴史では、この島で服が必要なのはダイだけのため、多少乱暴に扱ってもまだ余裕があったのだが、チルノがいるせいで消費が二倍になっているので仕方のないことだった。
「すまんのうチルノ。本当なら、女の子のお主にはもっと奇麗な服の一つも着せてやりたいんじゃが……」
「おじいちゃんったら。その気持ちだけで十分だから、あんまり気にしないで」
「お主は本当に、優しい子じゃのう……」
優しい子というよりは、人間二人以外はモンスターしか生息しない島で十年以上も暮らしているうちに、人の目を気にするという感覚が抜け落ち気味なだけなのだが、育ての親フィルターを通したブラスには、親を気遣って我慢するという意味に聞こえたようだ。
「それに比べてダイのやつときたら、手伝いもせんとどこで遊んでおるんじゃか……」
「この間、剣術で私に勝ってから、この島を守る勇者になるんだってあちこちで公言してたし、またどこかで稽古でもしてるんじゃない?」
「島を守る勇者、のぅ……何を言っておるんじゃか……」
ブラスは胸中に複雑な想いを抱きながら、ダイが言ってた言葉を反芻する。
この島を守る勇者になるということは、当然この島に住み続けることとになる。だがダイは人間であり、自分はモンスターだ。いつかはダイも人間の輪の中で暮らす時が来る。
育ての親としては、ダイを人間と共に暮らせるようにしてやりたい。だが同時に、共に過ごしてきた家族としては、もっと一緒に過ごしたいという我儘な気持ちもあった。とはいえ流石に自分の我儘な感情を素直に表に出すほど、ブラスは若くはない。
「ふふふ、おじいちゃんも素直じゃないわね」
だがチルノには見破られていたようである。
なぜそんなに察しがいいのかと首をひねりつつも、ダイには内緒にするようにブラスが口を開きかけた時だった。
――ヒュロロロローッ
唐突に、指笛の音が響いてきた。
「む、なんじゃこれは?」
「これって、集合の笛? ダイが呼んでるってことかしら?」
「わからんのう。とにかく、行ってみるとしよう。何かあったのかもしれん」
これは集合の合図の指笛だ。この音を聞けば島中のモンスターがダイの下に集まるようになっている。これを鳴らすのは、この島ではチルノとダイの二人のみ。
訝しがりながらもダイの下へと向かうブラスとは対照的に、チルノは覚悟を決めた表情を見せる。
ついに物語が始まったか、と。
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「み、みんなどうした!? 何事じゃ?」
チルノとブラスがたどり着いたのは、デルムリン島の海岸沿いにほど近い場所だった。
その場所には、ダイの指笛に呼ばれてきたのだろう、この島に生息する全てのモンスターたちが集まっており、その見た目は圧巻の一言だった。
「だれ、あなたたち……?」
集まったモンスターたちに目を向けたブラスとは逆に、チルノはその魔物の群れの中心にいる人間に目を向け、そして軽く驚いていた。
実はチルノは、島に来たのはパプニカの王女とその一行だと思っていたのだ。だが実際にいたのは、某三作目の勇者ご一行パーティのような見た目の四人である。
これは年表のように未来を知るが故の反応であり、同時に十年以上に及ぶ年月によって細かな内容を忘れていたことが原因だ。身も蓋もない言い方をすれば、彼らのことを忘れていたのだ。
一瞬困惑していたものの、すぐに『そういえばこんな展開があったわね』と思い出し、そしてすぐさま戦慄した。
「ほう、鬼面道士が一匹生き残っていたか……」
「あ……!? 勇者さま……!?」
一行のリーダーである青年――名前をでろりんという――の顔立ちを見てブラスの過去の記憶が刺激され、勇者ではないかと口をこぼす。
「それに可愛らしいお嬢さんもいるようじゃのう……」
「ぐひひ……こんな島にいい女がいるのか」
まぞっほ――ちょろ髭を生やした魔法使い――が目ざとくチルノを見つけ、へろへろ――まるで類人猿のような顔立ちと体つきをした戦士――が嘗め回すように見つめる。
この世界に来て、そして女として生きて、初めて体験する下卑た無遠慮な視線に、チルノは身をすくませ、反射的に腕で自分の体を隠した。
彼女本人に自覚はないが、チルノは十二分に美人に分類される容姿をしていた。燃えるような真紅の髪は十一年の間に彼女の腰のあたりまで伸びており、邪魔にならないように布でくくり、背中へと垂らしている。身体は長年の特訓で鍛えられたおかげですらりと整っており、褐色の肌の色と相まって健康的な色香を匂わせた。髪と揃いの紅玉のような輝きを見せる瞳に加え、姉としての経験から形成されたのだろう年齢以上に大人びた顔つきもそれを後押しする。
まだ十三歳という年齢であり、着飾る服もなければ男の視線もないデルムリン島という環境も相まって、女性としての魅力には少々乏しいものの、逆に言えばそれは時間と環境が整えばすぐにでも解決するということだ。実際の話、くたびれきった無地の布の服を纏っているだけだというのに、男の目を引いたのがその証左だろう。
彼女にとっての想定外があるとすれば、そういった視線を今まで一度も受けずに生きてきたことだろう。仮に、デルムリン島にまともな感性を持つ男性が一人でもいれば、耐性の一つも持てただろうが。
だが、身をすくめたのも一瞬のこと。すぐにチルノは勇気を奮い立たせて大声で叫んだ。
「みんな! そいつらから今すぐ逃げて!! はやく!!!」
「「「「「なっ!?」」」」」
偽勇者パーティの四人とブラスが異口同音に驚く。偽勇者たちは、なぜ自分たちが警戒されたのかに対する驚きの声を。ブラスは、なぜチルノが勇者を危険視したのかに対する驚きの声を。
そして突然のチルノの叫びに、集まったモンスターたちは首を傾げながらも、チルノの言葉に従いのそのそと勇者たちから離れていく。だがその動きは遅すぎた。
「チッ、予定変更だ。とっとと片付けるぞ、やれ!」
気付かれたのであればもはや正体を隠す必要はない。ゴールデンメタルスライムは惜しいが、怪物退治の報酬だけでも貰っておこう。そう判断したでろりんが合図を出すと同時に、近くにいたモンスターに向けて剣を振るった。
「ギイイイィィィッ!!」
偶々近くにいたマンドリルが斬撃を受け、絶叫と共に血しぶきが飛び散る。それが決定打となり、モンスターたちは我先にと一目散に逃げだしていった。
「ゴメちゃん。大丈夫だよ、相手は勇者さまなんだぜ」
「ピー! ピー!!」
一方その頃、ダイはゴメちゃんを掴んだまま、でろりんら偽勇者たちのところへ向かっている途中だった。ゴメちゃんは嫌がって身をよじり、何とか逃れようとするが、ダイの方が力が強いため逃げ出せない。
「へへへ、勇者さまも喜んでくれるかな?」
ゴメちゃんが嫌がっているのを人見知りのせいだと思っているダイは、無理矢理にでも連れて行こうとする。
なぜこんなことをしているのかと言えば、そもそもはダイがでろりんたちの船を見つけたことにある。立派な船と、それに乗った人間たちの姿を見つけ、ダイはそれを話に聞く勇者たちだと勘違いしたのだ。
本来の歴史より強さはあるのだが、人を疑うことを知らず、人を見る目は養われていない。こればかりは、多くの人間に接して経験の中から鍛え上げていくしかない。平和で純朴な存在しかいないデルムリン島では磨き上げられようもない能力であり、チルノも教えることを失念していた。
口八丁にすっかり騙され、さながら盗人に追い銭をやるがごとく、彼らが狙う獲物だったゴメちゃん――ゴールデンメタルスライムを、わざわざ届けに行こうとしていた。
「あれ……み、みんな!?」
だが朗らかムードは、前方から必死の勢いで駆け込んできたモンスターたちの姿を確認した瞬間に霧散した。血相を変えた仲間の表情を見て何かあったと思い、全力で彼らが逃げた方向へ駆け抜ける。
「ああっ!! じいちゃん!! 姉ちゃん!!」
「ダイ!?」
ダイが目にしたのは、島の仲間であるモンスターのうちの何匹かが傷つき倒れている姿――その中には、呆然と立ち尽くす自らの姉の姿と、その姉を庇う様にして血を流しながらも必死で立ちふさがるブラスの姿もあった。
慌てて駆け寄ろうとするダイの目前に、ずるぼん――偽勇者一行の紅一点な僧侶――が立ちふさがり、ダイの手からゴメちゃんをあっという間に奪い取る。
「えっ?」
「もう諦めかけていたのにねぇ。ウフフ。ぼうや、ごくろうさん。ご褒美をあげるわ。バギ」
ずるぼんの唱えた呪文によって生み出された風の刃がダイに襲い掛かる。突然のことにも関わず必死で避けようとするものの、ダイは裂傷を負ってしまう。
「くそっ! 負けるもんか!!」
「くっくっく。怪我をしても威勢がいいみたいだが、武器も持たない小僧に何が出来る?」
「武器がないなら、こうするだけだ! メラ!」
ダイが右手をでろりんに向けると、そこから大きめの火球が生み出される。
「なんじゃと! ダイが呪文を!?」
「いけえっ!!」
そのまま火球を、ピッチャーが野球のボールを投げるような動作で放つ。一直線にでろりんへ向かったそれは、だが距離が離れていたこともあってでろりんは余裕をもって避ける。
「おおっと、メラとはいえ呪文を使えるとはな。目的の物は手に入ったし、無理はせずに引き上げだ」
「ああ、あぶない! みんな、ふせるんじゃ!」
「イオラッ!!」
打ち込まれたメラのお返しとばかりに、でろりんは魔法力によって生み出された光球を地面に向けて放つ。爆裂系の中級呪文であるイオラは、地面に接触した瞬間に大爆発を起こして辺り一面を焼き焦がした。
「今のうちだ!」
爆炎と煙によって視界が封じられているうちに、でろりんたちはゴメちゃんを捕獲したまま小舟に乗って逃走。気付いた時には沖に停泊させていた帆船に乗り込み高笑いをしながら帰っていくところだった。
そしてダイたちは、そんな姿をただ見ていることしかできなかった。
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「ちっくしょう!! おれのせいだ!! おれが騙されなきゃ……」
「ダイ、自分を責めるのはやめなさい……」
「姉ちゃん!!」
「私だって、いざ戦闘ってなったら、途端に何も考えられなくなった……体が動かなかった……本当に情けないのは私の方よ」
偽勇者たちが去った後に残ったのは、怪我をしたモンスターたちとダイ達だけだった。
傷ついたモンスターたちはブラスの『こやつらはワシが治療するから、お前たちは一度家に戻っておれ』という言葉に従い、帰宅していた。
だが家に入るなり激昂するダイとは対照的にチルノは膝を抱えて落ち込んでいた。いつも見せているような元気な表情が今は見る影もないくらいに暗く沈んでいる。
「普段から偉そうにしておきながら、いざとなったら何にもできないなんて……」
「ほっほっほ。そう落ち込むことはないぞい」
「じいちゃん! もうみんなの手当ては済んだの!?」
「ああ。傷が深いのもおったが、命に別状はなかろう。数も少ないから、それほど時間もかからんかったわ。これも、チルノがとっさに気付いて逃げるように警告したからこそじゃろうな……」
ブラスが帰ってくると、ダイとチルノがそちらを向いた。ダイの方は弾け飛びそうな勢いだったのに対して、チルノの方はのっそりと顔を上げて視線を向けただけだ。
やれやれ。どうやら傷はチルノの方が大きそうじゃのう。ブラスは二人の様子からそう判断する。
「おじいちゃん……でも……」
「なに、気にすることはない。結局全員命が助かったのじゃし、お主のおかげで大勢の仲間が助かったことには変わりはなかろう。それに、誰が悪いのかと言えば、あの偽勇者たちじゃよ」
「そうだよ姉ちゃん! おれなんて、あいつらを案内しちゃったんだぜ。おれなんて……」
「こりゃ、お主まで落ち込んでどうする! ……コホン。とにかくじゃ、自分を責めるのは筋違いというものじゃよ。この島にはチルノを恨んでいるものなど誰もおらん。それに、失敗するのが悪いこととはワシは思わん。その失敗をどうやって糧とするかこそが、重要なのじゃろうな」
「うん……」
「ダイを見てみよ。お主の下であれだけ失敗したからこそ、剣術だけではなく呪文まで……む、そういえばそうじゃったわい。ダイ、お主、いつの間にメラを覚えたんじゃ!?」
「え? へへへ、ちょっと前にようやく使えるようになってさ。じいちゃんを驚かせたくって内緒にしてたんだけど」
「そう、よね……悩んでいるだけじゃ、ダメ……」
呪文を使えるようになって得意げな顔を見せるダイを見ながら、チルノは気力を奮い立たせていた。考えてみれば、自分にとってはこの世界に来ての初の戦闘。初めて味わった殺意であった。
平和な現代社会に暮らしていた記憶を持つからこそ、その感覚に悩まされた。なまじダイの大冒険という物語について知っていたからこそ、もっとうまくできると思い込んでいた。なまじ小賢しい知識があったからこそ、上手に立ち回ろうとしていた。
その結果が、これである。一言で言えば、過信しすぎていたのだ。
結局、人は出来ることをやるしかない。偶々その出来ることの範囲が普通よりもちょっとだけ広かっただけのことでしかない。
「うん、こうしていてもゴメちゃんは戻ってこない。こっちから行って、取り返しましょう!」
「姉ちゃん! 勿論さ!! あいつらをとっちめてやろうぜ!!」
ダイに関わると決めたのだから、これ以上落ち込んでいるわけにもいかない――空元気とも開き直ったともいう――そう決断したのなら、即行動である。ダイの怒りに呼応するかのように、チルノも立ち上がると大きく腕を天に突き上げて宣言する。
「ふむふむ。二人とも元気になったところで、ワシからのとっておきの援助じゃよ」
「なにこれ?」
「開けてみなさい」
そう言いながらブラスは、手に持っていた木箱を二人の前に差し出す。促されるままにダイは木箱を受け取り開けてみると、中には金属製の筒が何本も納められていた。
「これは……」
「魔法の筒じゃ。あの偽物どもと戦うならば、これを持っていくがいい」
「どうやって使うものなの?」
「これは中に生き物を一体だけ封じ込める筒なのじゃ。持って"デルパ"!と唱えれば中身が飛び出す。"イルイル"と唱えれば筒を向けた相手を封じ込める。誰にでも使える魔法の道具じゃわい」
「ふぅーん……」
「おじいちゃん、こんなものどこにあったの? 家の中では見たこともないんだけど」
「ああ、とある場所に隠しておいたんじゃよ。あまり大っぴらに見せびらかすには忍ばれるし、すぐ手に取れる場所に保管しておいて、誰かにいたずらでもされたらかなわんからのぅ」
「イルイルかぁ」
「!!」
箱の中の魔法の筒を一本手に持ち、ダイは何となく封じ込めのキーワードを口にする。その瞬間、唱えられたキーワードに従い、魔法の筒は向けられた相手――今回の場合はブラス――を封じ込めようとする。
だが、一瞬ブラスの全身が淡く光ったかのように見えたが、次に瞬間には何事もなくなっていた。
「……ふぅ、危ないのう。こりゃダイ! 気を付けんか!!」
「あれ、封じ込められないじゃないか」
「当り前じゃ。そもそも魔法の筒が封じ込められるのは『封じ込められても良い』と思っておる相手でなければ効果はありゃせんわ」
「え、そうなの!?」
「当然じゃろう。対象の許可さえあれば、無条件で吸い込める。じゃがそうでない場合は、筒の力に対して抵抗が出来るんじゃ。抵抗しきれる程にレベルの高い相手は、封じ込められはせんよ」
「勇者でも魔王でも問答無用で封じ込められる、なんて上手い話は存在しないってことね」
「そういうことじゃ」
「ちぇー、これがあれば楽勝だと思ったのに……」
魔法の筒を恨みがましい目つきで見ながら、ダイはそう呟いた。
もっと性能が良かったり、特殊な処理を施した魔法の筒であれば、ダイが思い描いていたような荒業も可能となるかもしれないが。
どっちみち、家から離れた場所に魔法の筒を隠しておいて正解だったとブラスは一人安堵する。
「つまり、奪還作戦にはこの島の仲間を魔法の筒に入れて連れて行けばいいわけね」
「そういうことじゃ。これならそこまで荷物にもならんじゃろう」
「ありがとう、じいちゃん。ようし、そうと決まればさっそく仲間集めだ!!」
喜び勇んで外に飛び出ていくダイを尻目に、チルノはブラスに頭を下げた。
「ありがとう、おじいちゃん。あんな凄いアイテムまで持ち出させてしまって」
「気にすることはないわい。その気持ちで十分じゃよ」
「あ……」
それは奇しくも、チルノがブラスに向けたセリフだった。いや、ブラスがチルノに向けて狙って口にしたのだ。
「うん、そうね。ありがとう。それじゃあ、行ってきます……って言いたいんだけど」
「そうじゃな。もう日が暮れる。出発は明日の早朝にした方が良いじゃろう」
既に西日が目立つようになっていた。今から出発したとしても、すぐに夜になってしまい、ロクに距離を稼ぐことも行動もできないだろう。
「……とりあえず、ダイを連れて一旦戻ってくるわね」
「苦労をかけるのぅ……」
行動力はあるんだけどねぇ……ダイの性格を羨ましくも不安にも思いつつ、チルノはダイを探しに外へ出た。
「あんな奴ら勇者でもなんでもない! 一緒に行ってぶちのめしてやろうぜ!」
「がうっ!!」
「よぉーしっ、いくぞーっ! イルイル!!」
ダイの唱えたキーワードに従い、サーベルウルフが魔法の筒に音もなく吸い込まれていった。
「いた。ダイ、何してるの?」
「何って、仲間を集めるんだろ? もうこんなに集まったんだぜ」
イルイルの呪文で魔法の筒に封じ込められた仲間たちを見せながら、ダイは得意げだ。
「あー……水を差すようで悪いんだけど、出発は明日の朝ね。今日はもう、日が暮れるし」
「ええーっ!! なんでだよ!! 今すぐにでも追いかけなきゃダメだろ!?」
「あいつらは船で逃げて行ったのよね? 真っ暗な海上で、北も南もわからない、少し先にも何がいるかわからない。そんな状態で動ける?」
「平気だよ。キメラに乗っていくから」
「それも同じだから。明かりも満足に見えない夜の中で、キメラがまともに飛べると思う? それに、下手に迷ったりしたら力尽きて海に落ちて、そのまま魚の餌よ」
「う……でも、もうこんなに集めちゃったし……」
「筒の中なら影響はないみたいだから、そのままでも問題はないわよ」
「でもさぁ……」
「それに、そもそもあいつらがどこに行ったか分かるの?」
「え、それは……姉ちゃんこそ、わかるのかよ!?」
意気込んでいたところに、姉から矢継ぎ早に指摘を受けて、ダイの気持ちがみるみるしぼんでいく。それでも一矢報いようと逆に質問を投げかけた。
「わかるわよ」
だがその反撃もあっさりとつぶされた。
「船は北に向かったでしょ? だったらここから一番近い、ロモスに向かったんだと思う。ゴメちゃんを連れて行ったってことは、王宮に献上するんだと思う。他の国って可能性もあるけれど、ロモスが地理的には一番近いし、ここで間違いないでしょうね。夜に王宮に入れるとは思えないから、厳密には明日の朝に謁見するでしょうから……」
「あ、あのさ、姉ちゃん……ろもすってなんだっけ?」
「え? ……おじいちゃんに習ったわよね。覚えてる?」
「う、それは……」
はぁ、とチルノはため息を一つ吐いた。
「おじいちゃんには黙っていてあげるから、ゴメちゃんを取り戻したら地理のお勉強ね」
「うん」
原作知識と状況証拠からせっかく推論を述べていた途中に口を挟まれ、何かと思ったら、まさかその前の地点でわからなかったとは。
予想できたこととはいえ、チルノがちょっとだけ泣きたくなったのは秘密である。
「おじいちゃん、行ってきます」
「用意はいいか?」
「うん。みんな詰め込んだよ。必ずゴメちゃんを取り戻してきてやる!」
明けて翌日の早朝。デルムリン島の最北端に位置する崖に、ブラス・チルノ・ダイの三名は立っていた。
あれから結局、ダイは説得されて翌日の出発を不承不承に了承。五体満足な連中を選んで魔法の筒に詰め込んでいた本来の歴史とは違い、元気なモンスターが大勢いたため、チルノが原作知識を活かして連れていく仲間の選別を行っていた。
だがその作業も終えて、今まさにロモスへ向けて出発せんとするところであった。
「ワシも行きたいところじゃが、もう歳じゃ。そこまで機敏な動きはできんし、若いお主らの方が何かと役に立つじゃろう。そこでじゃ……」
ブラスは金色に輝く魔法の筒を取り出す。
「これはワシが昔、魔王よりゆだねられたものだ。何が入っているか、恐ろしくて開けたことがない。はるかな時空のかなたより来たれりものと聞くが……もしもの時、使ってみるがいい」
「ありがとう! じいちゃん!!」
普段とは様子の異なった、神妙な面持ちのブラスの態度から何かあることは察して、特別な魔法の筒をダイは慎重に受け取る。ブラスの期待に応えるためにも、絶対に取り戻して見せる。とダイは気持ちを新たに引き締めなおした。
「それじゃあダイ、行くわよ」
「うん」
「「デルパ!!」」
ダイとチルノ。二人が魔法の筒を構え、中のモンスターを開放する。ダイが呼び出したのは、原作と同じくキメラであり、チルノが呼んだ筒からは、バピラスが出てきた。
「よーし、たのむぞキメラ!!」
「キェェェッ!」
「北のロモスまでお願いね、バピラス!」
「クワアァッ!」
チルノとダイ。
二人の子供がデルムリン島から飛び立っていくのを、ブラスは優しく見守っていた。
チルノのちゃんとした容姿の描写を記述。子供の時にもチラリと書きましたが、原作開始の時じゃないと意味は薄いですので改めて。
とはいえ、某⑨な方とは大体真逆な要素で構成されています。
イルイルって唱えるだけで生き物なら無差別に封じ込められるならば、魔法の筒が最強となってしまうので、弱体化です。まあ、誰でも考え付きますよね。
バーン様にイルイルが通用したらギャグでしかないし。その辺の説明もちゃんとないし。